説明

木造建築物の補強構造

【課題】引張力に対する強度を確実に向上させることができる木造建築物の補強構造を提供する。
【解決手段】木造建築物の床又は屋根の外周部、吹抜外周部又は入隅部における少なくとも一つの木材接合部分の両側にわたるように帯状の薄鋼板(長尺コイル)を敷設し、釘で薄鋼板を床又は屋根に固定する。薄鋼板には釘穴を備えておらず、構造に応じて必要な引張強度を得るための本数と間隔で適切な位置に釘打ちを行い、また薄鋼板は床又は屋根の外周部、吹抜外周部又は入り隅部を構成する木材の上面又は側面に取り付ける。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、木造建築物の補強構造に関し、特に、木造建築物の床又は屋根の外周部、吹抜外周部又は入隅部の変形を抑制できる補強構造に関する。
【背景技術】
【0002】
木枠組壁構造の床ダイヤフラム又は屋根ダイヤフラム(以下、床又は屋根ダイヤフラムと称する)において、「粘り強さ」に大きな影響を与えるのは、引張力に対する床又は屋根ダイヤフラムの周縁部(フランジ相当部分)の引張強度である。例えば地震や台風などにより、床又は屋根ダイヤフラムに水平力が加わり、図1(a)に示すような単純な長方形状の床又は屋根ダイヤフラム10に矢印方向の水平力が加えられ、図1(b)に示すような曲げ変形が生じると、長方形状における各辺付近である床又は屋根ダイヤフラム10の周縁部10aは引張力を受ける。このとき、引張強度が不足し、引張力を受ける周縁部10aが変形すると、そこに打ち込まれている釘に剪断力がかかるとともに、曲げ応力が最も大きい周縁部10a側の中心付近(図中の中心線c付近)の釘から順に抜けることになる。そして、引張力は周縁部10aの木材接合部(継手や仕口など)に集中するため、引張力により接合部に欠陥が生じると、構造全体に予期せぬ変形が生じることがある。
【0003】
引張強度の具体的な構造計算例を以下に示す。床又は屋根ダイヤフラムの周縁部の接合部(継手など)は、住宅工事共通仕様書(いわゆる公庫仕様書)(住宅金融普及協会発行)では、3本の釘CN75を両面打ちとしているので、片側はCN75×6本となり、短期荷重の引張強度は、94kgf×6×1.6/3=300.8kgfである。
【0004】
図2(a)は、住宅などの小規模木造建築物における区画例として、間口12m×奥行5m=60m2区画を示し、この60m2区画の床又は屋根ダイヤフラムにかかる引張力を計算すると、地震時又は台風時の水平力を50kgf/m2と仮定すれば、
W=50kgf/m2×5m=250kgf/m
Mmax=250kgf/m2×(12m)2/8=4500kgfm
引張力=4500kgfm/5m=900kgf(>300.8)
(W=床または屋根ダイヤフラムの周縁部10aの単位メートルあたりの水平荷重、
Mmax=床または屋根ダイヤフラムの周縁部10aの最大曲げモーメント)
となり、60m2区画の建物は、公庫仕様書による釘打ちでは、計算上耐力不足となる。ただし、実際は、上枠や下枠などへの釘打ちの効果により、全体としては、マルチプルメンバーシステムとしての効果で安全である。なお、釘耐力は2倍程度の安全率を見込んでいる。ダイヤフラムは、多数の面材、軸組、釘、金物、接着剤などで構成されており、建物全体はマルチプルメンバーシステムと言える。マルチプルメンバーシステムでは、一つの部材、一カ所の接合部の破壊が構造全体の破壊に結びつくことはない。構造計算に考慮されていない部材も応力を負担しているからである(「木造構造設計ノート」日本建築学会(1995年発行)参考)。
【0005】
図2(b)は、大規模木造建築物における区画例として、間口25m×奥行12m=300m2区画を示し、この300m2区画の床ダイヤフラムの引張力を計算すると、
W=50kgf/m2×12m=600kg/m
Mmax=600kgf/m2×(25m)2/8=46875kgfm
引張力=46875kgfm/12m=3906kgf
となる。これを補強するには、太め釘ZN40の許容耐力が69kgf/本であるから、接合部分の片側だけで3906/69=57本の釘が必要となり、既存の補強金物(例えばCマーク金物S90)を用いることを想定すると、これを接合部の片側だけで10本並べて取り付ける必要がある。通常、間口25mの長さの周縁部に4つの接合部があることを想定し、且つ安全のためにすべての継手に3906kgfの引張力が存在すると仮定すると、その両側8カ所に10本ずつ(計80本)補強金物を取り付ける必要が生じる。これでは、施工に手間がかかりすぎ且つ不経済であり、現実的でない。なお、大規模建築においても、上述同様、計算外の応力負担分があり、且つかなりの安全率が見込まれているので、補強しなくとも危険とは言えない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ただし、特に、大規模建築の場合、実寸大振動実験は現実的には困難であり、構造計算のみで引張力に対する安全が確認できる程度に補強されることが好ましい。
【0007】
しかしながら、引張力が集中する継手や仕口などの接合部を補強するための種々の継手金物が提案されているが、引張力に対して、木枠組壁工法による木造建築物を構成する床又は屋根ダイヤフラムを補強するための専用金物はない。従って、木枠組壁工法では、床や屋根の外周、吹抜外周、入隅部に継手金物は使用されず、側根太の継手をずらした釘打ちなどにより、引張強度の低下を抑制している。
【0008】
上述したように、家庭用の住宅などの小規模建築(例えば、60m2区画の建物)では耐力不足は生じないが、大規模建築(例えば、300m2区画程度又はそれ以上の建物)では、引張力に対する接合部の補強なしでは耐力不足の可能性が残る。接着剤と異形鉄筋によって仕口を固める工法も提案されているが、接着剤の固化までの養生期間は仮設の補強材を必要とする欠点がある。
【0009】
そこで、本発明の目的は、養生を不要とし且つ引張力に対する強度を確実に向上させることができる木造建築物の補強構造を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の目的を達成するための本発明の木造建築物の補強構造は、木造建築物の床又は屋根の外周部、吹抜外周部又は入隅部における少なくとも一つの木材接合部分の両側にわたるように帯状の薄鋼板を敷設し、釘で前記薄鋼板を前記床又は屋根に固定することを特徴とする。
【0011】
好ましくは、前記薄鋼板は釘穴を備えておらず、木造建築物の構造に応じて必要な引張強度を得るための本数と間隔で適切な位置に釘打ちを行うことができる。また、前記薄鋼板は、床又は屋根の外周部、吹抜外周部又は入り隅部を構成する木材の上面又は側面に取り付けられる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、木造建築物に水平力が加えられた場合に床又は屋根の外周部、吹抜外周部又は入隅部に生じる引張力に対する強度を、汎用的な帯状の薄鋼板(長尺コイル)を用いた容易な施工により、確実に向上させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。しかしながら、かかる実施の形態例が、本発明の技術的範囲を限定するものではない。
【0014】
本発明では、木造建築物の床又は屋根の外周部、吹抜外周部又は入隅部に帯状の細長薄鋼板(一般に長尺コイルとも呼ばれ、以下、長尺コイルと称する)12を敷設し、釘で床又は天井に取り付ける。引張力により変形する周縁部に長尺コイル12を取り付けることで、周縁部の変形が抑制され、引張力に対する強度を向上させることが可能となる。
【0015】
例えば、上述の図2(b)に示した300m2区画の間口25m側の床又は屋根ダイヤフラム10の周縁部10aに、図3(a)に示すように長尺コイル12を取り付ける場合を想定する。長尺コイル12の取り付け位置は、後に詳述するが、床又は屋根ダイヤフラムの周縁部における上面又は側面のいずれでもよく、図3(a)では、一例として上面に取り付ける場合が例示される。図3(a)に示す長尺コイル12は、図示される矢印方向からの水平力により周縁部10aにかかる引張力を補強するためのものである。
【0016】
長尺コイル12の厚さを1.2mm、幅を60mm、1mm2あたりの引張強度を360Nとすると、当該長尺コイル12の引張強度は、
1.2×60×1.5倍(短期荷重)×360/9.8=3967kgf本
となり、長尺コイル12一本で、上述の図2(b)で計算した全引張力3906kg(最大値)を負担することができる。このとき、太め釘ZN40又はZN65の短期許容耐力を69kgfとすると、3967/69=58本となり、周縁部10aの両端の接合部の端側にそれぞれ最大58本釘打ちする。両端の接合部の中心側(内側)では、長尺コイル12を木材に押さえつける程度に釘打ちすればよい。また、周縁部10aに接合部が3カ所以上ある場合、両端の接合部以外の接合部の両側には、長尺コイル12を木材に押さえつける程度の少ない本数の釘打ちが行われるのみである。
【0017】
図3(b)は、図3(a)の点線部分の拡大図であって、周縁部10aにおいて、両端の接合部11aの端側に、引張力を補強するための釘14が打ち込まれた長尺コイル12を示す図である。図3(b)に示されるように、例えば間口25mの間に木材の接合部が複数箇所ある場合、両端の接合部11aの端側にのみ、引張力を補強するために必要な本数の釘打ちが行われ、両端の接合部11aの中心側及び両端以外の接合部11bの両側では、長尺コイル12を木材に押さえつける程度の少ない本数の釘打ちで足りる。従来の継手金物では、各接合部の両側に引張強度を補強するのに必要な本数の釘打ちを行わなければならないが、本発明では、周縁部10aに含まれる接合部の数にかかわらず、両端の接合部の端側にのみ、引張強度を補強する釘打ちを行えばよいので、釘14を大量に打ち込むことによる木材割れを防止することができるとともに、釘打ちの本数を大幅に削減することができるので、容易且つ安価な補強が達成される。
また、周縁部10aの両端の接合部の端側が比較的短く、上記で算出した本数の釘14を打ち込むだけの長さ及び幅を確保できない場合、実際上、当該本数よりも少ない本数の釘打ちで足りる。上記で算出した本数は、引張力の最大値であって、それは、周縁部10aの中心付近における引張力である。引張力は、中心付近が最大となり、端側ほど小さくなる。上述では、最大限の安全を見込んで、周縁部10aの端側でも、引張力の最大値に耐えうる釘の本数を計算したが、周縁部10aの端側にかかる引張力は、実際上、上記で算出した値より小さいので、必要な釘の本数も上記算出本数より少なくてすむ。従って、引張力の最大値に対応する本数の釘を打ち込めない場合は、釘を打ち込む領域の実際の引張力を別途算出し、最低限、当該引張力に耐えうる本数の釘を用いればよい。
【0018】
釘14は、例えば5cm〜20cm間隔で打ち込まれるが、その間隔は任意な設計事項である。また、用いられる長尺コイル12の幅は、例えば60mm〜100mm程度であり、厚さは、例えば0.8mm〜1.2mm程度である。但し、各寸法は、これらに限られず、設計に応じて、任意の寸法を採用しうる。
【0019】
また、より幅広の長尺コイル12を用いることにより、並列に釘打ちすることも可能である。図4は、一例として、幅広(例えば180mm程度)の長尺コイル12に、適宜必要な本数の釘14が並列に打ち込まれる例を示す。
【0020】
長尺コイル12にはあらかじめ釘穴は設けられておらず、自動釘打ち機(オートネイラ)により釘打ち可能な程度の薄鋼板が用いられる。従って、釘の本数、釘打ちの間隔、釘径などを必要な引張強度に応じて自由に設定でき、設計の自由度が確保される。
【0021】
図5は、長尺コイル12を取り付ける位置を説明する図であって、図5(a)は、木造建築物の床の模式的な平面を示し、図5(b)は、木造建築物の模式的な断面を示す。図5(a)に示されるように、長尺コイル12は、床の周縁部10aである床の外周部分Aと吹き抜け外周部分Bに取り付けられる。同様に、図5(b)に示されるように、木造建築物(断面図)を構成する床又は屋根ダイヤフラムの周縁部である床の外周部分A、床の吹抜外周部分B、屋根の外周部分C及び屋根の吹抜外周部分Dの位置に長尺コイル12が取り付けられる。
【0022】
図6は、床ダイヤフラムの外周部分Aの断面図を示し、図6を用いて、各取り付け位置での具体的な取り付け方法を説明する。他の取り付け部分B、C、Dにも同様に取り付けられる。図6(a)では、長尺コイル12は、床又は屋根ダイヤフラムの外壁側側面に2段に取り付けられる。用いられる長尺コイル12のサイズは、必要な引張強度を確保できるサイズであればよく、例えば幅50mm、厚さ0.8mmである。図示されるように、仮釘で受けた後に、本打ちすることで作業可能である。また、長尺コイル12を2段にして取り付けたのは、長尺コイルの重量を考慮すると、複数本に分けた方が施工性が良くなる場合があるからである。状況に応じて、3段以上にして取り付けてもよいし、1段での取り付けであってもよい。
【0023】
図6(b)では、長尺コイル12は、床ダイヤフラムの上面の最も外側に取り付けられる。但し、この位置には、壁ダイヤフラムの下枠16が設置されているので、図7に示す下枠16の断面図のように、長尺コイル12の幅と厚さを収容可能な欠き込みが必要である。
【0024】
図6(c)では、長尺コイル12は、床ダイヤフラムの上面の最も外側より手前(室内側)であって、壁ダイヤフラムと重ならない位置にずらして取り付けられる。力学的には、図6(a)又は図6(b)のように、最外側位置が好ましいが、図6(a)は、仮釘による作業が必要となり、また、図6(b)では、下枠に欠き込みが必要となるが、図6(c)では、そのような必要もなく、作業が容易となる。最外側位置でないことを考慮して構造計算を行うことで、強度の不利が生じないようにすることができる。また、長尺コイル12の取り付け位置下側には、補強根太が設けられる。
【0025】
さらに、長尺コイル12は、建築物の入隅部に取り付けることで、入隅部にかかる引張力に対する補強が可能となる。
【0026】
図8は、入隅部に長尺コイル12を取り付ける場合を説明する図である。図8(a)は入隅部を有する木造建築物の模式的な平面図であり、入り隅部を有する床又は屋根に水平力が加えられると、入隅部Eに曲げ応力が集中する。曲げ応力は入隅部Eの位置では引張力として働く。従って、図8(b)に示すように、入隅部Eにおいて、入隅部Eをわたるように引張力の方向に長尺コイル12を取り付けることで、入隅部Eにおける引張強度を補強することができる。
【0027】
入隅部に長尺コイル12を取り付ける場合は、図8(b)に示すように、建築物の室内側に長尺コイル12が延びる部分があるので、施工が最も容易な取り付け方法は、図6(c)のように、壁ダイヤフラムと重ならない室内側における室内側床又は屋根ダイヤフラムの上面に取り付ける方法である。もちろん、床根太など床又は屋根ダイヤフラムの側面部分に取り付けてもよい。
【0028】
上述の実施の形態例では、木枠組壁構造における床又は屋根の外周部分、吹抜外周部分、入隅部などに長尺コイル12を取り付ける補強構造について例示したが、木枠組壁構造に限らず、例えば木造軸組工法における床又は屋根の外周部分、吹抜外周部分及び入隅部に長尺コイル12を取り付ける補強構造であってもよい。
【0029】
このように、本発明では、木造建築物の床の外周部、吹抜外周部又は入隅部、又は屋根の外周部、吹抜外周部及び入隅部において、引張力が集中する木材接合部分の両側にわたるように帯状の薄鋼板(長尺コイル12)を敷設し、釘打ちにより取り付けることにより、引張力に対する床又は屋根の引張強度を簡易且つ容易に補強することができる。また、特殊な継手金物を用いることなく、釘穴を必要としない安価な薄鋼板を必要な長さだけ取り付け、木造建築物の構造に応じて必要な引張強度を得るための本数と間隔で釘打ちを行えばよく、設計の柔軟性も高く、且つ施工も容易であり、さらに、床又は屋根の引張強度を確実に確保できる補強を安価に実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】床又は屋根ダイヤフラム10の周縁部10aにかかる引張力を説明する図である。
【図2】木造建築物の区画例を示す図である。
【図3】床又は屋根ダイヤフラムの周縁部に長尺コイルが取り付けられる例を示す図である。
【図4】幅広の長尺コイル12を示す図である。
【図5】床又は屋根ダイヤフラムにおける長尺コイル12の取り付け位置を示す図である。
【図6】床ダイヤフラムの外周部における長尺コイル12の取り付け方法を説明する図である。
【図7】欠き込みを有する下枠を示す図である。
【図8】入隅部に長尺コイル12を取り付ける場合を説明する図である。
【符号の説明】
【0031】
10:床又は屋根ダイヤフラム、10a:周縁部、11a及び11b:接合部、12:長尺コイル(帯状薄鋼板)、14:釘、16:下枠

【特許請求の範囲】
【請求項1】
木造建築物の床又は屋根の外周部、吹抜外周部又は入隅部における少なくとも一つの木材接合部分の両側にわたるように帯状の薄鋼板を敷設し、釘で前記薄鋼板を前記床又は屋根に固定することを特徴とする木造建築物の補強構造。
【請求項2】
請求項1において、
前記薄鋼板は釘穴を備えていないことを特徴とする木造建築物の補強構造。
【請求項3】
請求項1又は2において、
前記薄鋼板は、床又は屋根の外周部、吹抜外周部又は入隅部を構成する木材の上面又は側面に取り付けられることを特徴とする木造建築物の補強構造。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれか一つにおいて、
複数の木材接合部分の両側にわたるように前記薄鋼板が敷設される場合、両端の木材接合部分の各端側にのみ、前記薄鋼板が敷設される箇所にかかる引張力に耐えうる釘打ちがなされることを特徴とする木造建築物の補強構造。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate


【公開番号】特開2008−274574(P2008−274574A)
【公開日】平成20年11月13日(2008.11.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−116392(P2007−116392)
【出願日】平成19年4月26日(2007.4.26)
【出願人】(300001679)株式会社北洲 (2)