説明

楽音発生装置

【課題】アコースティックピアノの離鍵弦振動音および筐体共鳴音を模擬する楽音発生装置を提供する。
【解決手段】押鍵に応答して通常楽音波形記憶部15、離鍵弦振動音波形記憶部16、および筐体共鳴音波形記憶部17から波形データを読み出し、この波形データはフィルタ21〜23、乗算部24〜26を経て加算部27で合成される。押鍵時は離鍵弦振動音発生手段のフィルタ22は、カットオフ周波数を通常より十分に低くしているので、離鍵弦振動音は発生されない。離鍵時にダンパーペダルがオンになっていない場合、フィルタ22のカットオフ周波数は通常に戻され、離鍵弦振動音が発生される。離鍵弦振動音や筐体共鳴音は、通常楽音より長い時間をかけて減衰するようにレベル制御部30で制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、楽音発生装置に関し、特に、アコースティックピアノの離鍵時の効果音を模擬するに好適な楽音発生装置に関する。
【背景技術】
【0002】
アコースティックピアノでは、ダンパーと呼ばれる部品を使用して押鍵時以外で弦が振動するのを抑えている。押鍵すると、つまり鍵を押し下げると、まずアクションが動作し、押し下げられた鍵に対応するダンパーが開放される。次いで、ハンマーが打弦してピアノ音が発生する。押鍵を止めて鍵を元に戻すと、アクションが反対に動作し、開放されていたダンパーが再び弦に当接して振動を抑え、ピアノ音は停止される。このピアノ音停止の際、まだ振動している途中の弦にダンパーが当接するので、わずかな時間ではあるが通常の楽音とは異なる微妙な弦振動音を発生する。以下、この弦振動音を「離鍵弦振動音」と呼ぶ。
【0003】
また、ダンパーは全ての弦に設置されているのではなく、高音側1オクターブ半ほどの弦にはダンパーが設けられておらず、常に開放状態である。さらに、ダンパーが設置されている弦であっても、通常は振動させない弦の部分(フォアストリングスやバックストリングス)はダンパーの動作にかかわらず、常に開放状態にあるのと同等である。
【0004】
これら開放状態の弦やフレーム等によって、アコースティックピアノはわずかに共鳴する。したがって、一旦打鍵してピアノ音が発生するとピアノ自身のわずかな共鳴音が付加される。この共鳴音は、押鍵中はピアノ音にマスクされて聞き取れない程度であるが、離鍵してピアノ音が停止すると残っていることが分かる。この共鳴音を、以下、「筐体共鳴音」と呼ぶ。
【0005】
従来、電子ピアノ等の電子楽器において離鍵弦振動音や筐体共鳴音を模擬することができることが課題となっている。特許文献1には、この離鍵弦振動音や筐体共鳴音の代替として、キーオフ情報が供給されたときに、生成中の主楽音を消去するとともにキーオフ音を生成するキーオフ音を発生することができる楽音発生装置が提案されている。この楽音発生装置では、キーオフ情報が供給されたときに、該キーオフ情報により指示される音高の主楽音の特性を検出し、キーオフ音の特性を、前記検出された主楽音の特性に決定する。また、この楽音発生装置は、キーオンからキーオフまでの時間に応じてキーオフ音の特性を決定する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2001−236067号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、離鍵時(キーオフ時)に新たに離鍵弦振動音(キーオフ音)を発生する上記特許文献1に記載の方法では、離鍵に応答して楽音発生するという新たな仕組みが必要になる。それだけでなく、通常楽音との連続性を保つために押鍵時間や通常楽音の音量等を管理し、それに応じて発生する効果音を制御する必要があるので、制御が複雑化し、かつ規模が大きくなるという問題点があった。
【0008】
本発明は、上記問題点に鑑み、筐体共鳴音の微妙な音を再現することができる楽音発生装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記問題点を解決し、目的を達成するための本発明は、押鍵情報に基づいて発音開始指示を出力し、押鍵情報および操作子情報に基づいて発音停止指示を出力する発音指示手段と、通常楽音信号を発生する通常楽音発生手段と、筐体共鳴音信号を発生する筐体共鳴音発生手段と、前記通常楽音信号および筐体共鳴音信号がそれぞれ入力される複数のフィルタ手段と、 前記複数のフィルタ手段から出力される信号にそれぞれエンベロープを付与する複数のエンベロープ付与手段と、前記エンベロープ付与手段から出力される信号を加算して楽音信号を出力する加算手段とを具備し、前記発音開始指示に応答して前記通常楽音発生手段および筐体共鳴音信号発生手段が前記通常楽音信号および前記筐体共鳴音信号をそれぞれ発生開始するように構成した点に第1の特徴がある。
【0010】
また、本発明は、前記筐体共鳴音発生手段の同時発音数が、前記通常楽音発生手段の同時発音数よりも少なく設定されている点に第2の特徴がある。
【0011】
また、本発明は、前記筐体共鳴音発生手段の空きチャンネルが不足した場合は発音中の筐体共鳴音信号の一つを停止するとともに、該停止した筐体共鳴音信号と同時に発生開始した通常楽音信号の発音停止時の減衰時間を長くするためように構成した点に第3の特徴がある。
【0012】
また、本発明は、前記空きチャンネルの不足の判断を、前記発音指示手段によって出力された発音開始指示が出力された時点で行うようにした点に第4の特徴がある。
【0013】
また、本発明は、空きチャンネルが不足した場合、停止する筐体共鳴音信号は、低音もしくは高音優先または後押し優先で決定する点に第5の特徴がある。
【0014】
また、本発明は、筐体共鳴音発生手段が、予め設定した特定の鍵または鍵域について設けられている点に第6の特徴がある。
【0015】
また、本発明は、前記エンベロープ付与手段が、前記発音停止指示に応答して減衰される前記筐体共鳴音信号の減衰時間を前記通常楽音信号の減衰時間よりも長くしたエンベロープを付与するように構成されている点に第7の特徴がある。
【0016】
また、本発明は、筐体共鳴音発生手段が、予め筐体共鳴音波形データを記憶する記憶手段と、波形読み出し手段とからなる点に第8の特徴がある。
さらに、本発明は、筐体共鳴音波形データが、一自由度粘性減衰系モデルで合成されている点に第9の特徴がある。
【発明の効果】
【0017】
第1の特徴を有する本発明によれば、押鍵時に、エンベロープが付与された通常楽音信号および筐体共鳴音信号が発生される。アコースティックピアノでは筐体共鳴音は押鍵時から小さいレベルで発生しており、第1の特徴によれば、この筐体共鳴音を模擬できる。
【0018】
第2の特徴によれば、楽音発生チャンネル数を多くしすぎない範囲で筐体共鳴音を模擬することができる。
【0019】
第3の特徴によれば、筐体共鳴音発生手段のチャンネル数が不足した場合に、新たな発音開始指示を優先させ、発音中のものを一つ停止させる。そして停止させた筐体共鳴音に代えて通常楽音の発音停止時の減衰時間が長くなるように設定して模擬することができる。これによって、少ないチャンネル数を補完できる。
【0020】
第4の特徴によれば、チャンネル数の不足は発音開始指示の出力時に判断して、通常楽音の減衰時間を長く設定しておくことができる。
【0021】
第5の特徴によれば、筐体共鳴音の目立つ高音、または最新の発音が優先される。弦振動の振幅が小さい高音域や最先に発音開始された音については、大きい筐体共鳴音を発生させないためである。
【0022】
第6の特徴によれば、例えば、押音域にダンパーが設けられていないアコースティックピアノに適合させて、高音域には筐体音共鳴音発生手段を設けないようにできる。
【0023】
第7の特徴によれば、筐体共鳴音信号による減衰音を通常楽音が減衰し終わった後も維持させて、アコースティックピアノを高い精度で模擬できる。
【0024】
第8の特徴を有する本発明によれば、筐体共鳴音の波形データを使用して精度の高い模擬を行うことができる。
第9の特徴を有する本発明によれば、一自由度粘性減衰系モデルを使用して作成した筐体共鳴音波形データにより押鍵時に筐体共鳴音を発生させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明の実施形態に係る楽音発生装置の要部機能を示すブロック図である。
【図2】本発明の実施形態に係る楽音発生装置のハード構成部分を示すブロック図である。
【図3】楽音発生装置のタイミングチャートである。
【図4】楽音発生装置のメイン処理を示すフローチャートである。
【図5】鍵盤イベント処理(その1)を示すフローチャートである。
【図6】鍵盤イベント処理(その2)を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、図面を参照して本発明を詳細に説明する。図2は本発明の一実施形態に係る楽音発生装置の一例である電子ピアノのハードウェア構成を示すブロック図である。同図において、CPU1は、システムバス2を介して図中に示した各部を制御する。システムバス2は、アドレスバス、データバスおよび制御信号ラインからなる。ROM3はCPU1で用いられるプログラムを記憶するプログラムメモリ3aや少なくとも音色データを含む各種データを記憶するデータメモリ3bを有している。RAM4はCPU1による制御において発生する各種のデータ等を一時的に記憶する。
電子ピアノには、操作パネル(以下、単に「パネル」と呼ぶ)5、MIDIインタフェース6、およびダンパーペダル(以下、単に「ペダル」と呼ぶ)7が設けられる。パネル5は、発生すべき楽音の音色を選択する音色スイッチ5aを含む各種状態設定のためのスイッチ等によって構成され、このパネル5から設定された情報はCPU1に供給される。ペダル7は該ペダル7の操作(踏込)状態を検出して、そのペダル情報をCPU1に供給するペダルセンサ7aを含んでいる。ペダルセンサ7aは、可変抵抗器であり、この可変抵抗の抵抗値に応じた電圧の変動などをペダル7の踏み込み量として検出する。検出されたペダル7の踏み込み量データは、CPU1に送られる。CPU1は踏み込み量データを受けた場合、RAM4上に共鳴設定フラグを「1」に設定する。そして、この踏み込みが無くなれば、踏み込み量が「0」としてCPU1に送られ、RAM4上の共鳴設定フラグは、「0」に設定される。
【0027】
鍵盤8はA0〜C8までの88鍵からなる鍵盤回路であり、図示しない鍵盤スキャン回路によって押鍵情報が検出される。各鍵にはそれぞれタッチセンサつまりキースイッチ8aが設けられる。キースイッチ8aは、演奏者の鍵盤8に対する演奏操作を検出して、押鍵された鍵の音高を示すキーコードKCや、押鍵・離鍵に対応して楽音の発生・消音タイミングを指示するキーオンKON・キーオフKOFF、押鍵速度に対応するキータッチKTなどの押鍵情報を出力する。キースイッチ8aから出力される情報はシステムバス2を介してCPU1に供給される。
【0028】
楽音発生部9は、同時に複数の発音を行なうため時分割制御される複数のチャンネルを備えたトーンジェネレータであり、複数のチャンネルすべての出力信号を累算して出力する。楽音発生部9では、押鍵操作により、いずれかのチャンネルが割り当てられ、該チャンネルにおいて押鍵操作に対応する通常楽音および筐体共鳴音、並びに離鍵操作やペダル操作に対応する離鍵弦振動音が生成される。
【0029】
波形メモリ10には、通常楽音、離鍵弦振動音、および筐体共鳴音の波形データが記憶されており、楽音発生部9は、波形メモリ10に記憶されている波形データをキーコードKCに応じたピッチで読み出し、該波形データに基づいて楽音信号を生成する。
【0030】
通常楽音、離鍵弦振動音、および筐体共鳴音の楽音信号は合成されてDA変換器12でアナログ信号に変換され、サウンドシステム13に入力される。サウンドシステム13は、アンプやスピーカ等から構成されており、DA変換器12の出力信号を電子ピアノの出力として外部に発音させる。
【0031】
波形メモリ10に格納される離鍵弦振動音の波形データは通常楽音の波形データを加工して合成する。主に、低次倍音と高次倍音のレベルを下げるか削除し、中帯域の倍音を抽出して離鍵弦振動音の波形データとする。この波形データはループ読み出しできるように周知のループ処理をして波形メモリ10に記憶する。なお、通常楽音を加工するのではなく、実際にアコースティックピアノを打弦して、弦の振動中にダンパーを弦に軽く接触させた状態で録音した音の波形データを離鍵弦振動音の波形データとしてもよい。
【0032】
一方、筐体共鳴音の波形データは、高音域の開放弦やフォアストリングスおよびバックストリングスの共鳴回路を設計し、通常楽音をこの共鳴回路に入力して得る。そして、この共鳴回路から出力される波形データをループ処理して波形メモリ10に記憶する。共鳴回路は、そのインパルス応答を、倍音の振動波形の一自由度粘性減衰系モデルで模擬するように構成することができる。一自由度粘性減衰系モデルに関しては、本出願人による特願2006−11469号明細書および特願2006−11470号明細書をここに参照のため援用する。なお、筐体共鳴音の波形データはアコースティックピアノの、常時開放されている弦の近くにマイクロフォンを設置してサンプリングしてもよい。
【0033】
図1は、楽音発生部9の要部構成を示すブロック図である。通常楽音波形記憶部15、離鍵弦振動音波形記憶部16、および筐体共鳴音波形記憶部17は、前記波形メモリ10内に設定される楽音波形の格納領域であり、それぞれ、通常楽音波形データ、離鍵弦振動音波形データ、および筐体共鳴音波形データが予め格納される。これらの波形データは、キーオンKONに応答して前記波形メモリ10から読み出されて格納される。これらの波形データは、波形読み出し部18,19,20によってそれぞれ読み出され、デジタルフィルタ21,22,23に入力される。通常楽音波形記憶部15および波形読み出し部18は通常楽音発生手段を構成する。また、離鍵弦振動音波形記憶部6および波形読み出し部19は離鍵弦振動音発生手段を構成し、筐体共鳴音波形記憶部17および波形読み出し部20は筐体共鳴音発生手段を構成する。
【0034】
デジタルフィルタ21,22,23で処理された波形データは乗算部24,25,26でそれぞれレベル調整された後、加算器27で合成され、前記DA変換器12(図2参照)に入力される。
発音指示部31は、押鍵情報と操作子情報つまりペダルの踏み込み状態を示すRAM4上の共鳴設定フラグの値とに基づいて、読み出し制御部28,フィルタ制御部29、およびレベル制御部30に発音開始指示を与える。
【0035】
読み出し制御部28は、発音指示に従って波形読み出し部18,19,20のそれぞれに読み出し指令を与える。フィルタ制御部29は、発音指示に従ってデジタルフィルタ21,22,23のそれぞれのカットオフ周波数を制御する。レベル制御部30は、デジタルフィルタ21,22,23から出力された波形データにエンベロープを付与するためのエンベロープデータを決定し、乗算部24,25,26にそれぞれ入力する。エンベロープデータは、押鍵情報に基づいて決定され、離鍵後は、さらにペダル7の状態によって通常楽音、離鍵弦振動音、および筐体共鳴音を、それぞれに関して予め設定されている減衰速度で現在発音されている音を減衰させるためのエンベロープデータを決定する。
【0036】
離鍵時にペダル7がオフであれば、通常楽音、離鍵弦振動音および筐体共鳴音毎に異なる特有の減衰速度で減衰するようにエンベロープデータが決定される。離鍵時にペダル7がオンの場合は、ダンパーが上がっていて弦に接触しないので、通常楽音、筐体共鳴音および離鍵弦振動音のエンベロープデータは変更せずに、発音が継続される。
【0037】
フィルタ制御部29は、発音指示部31から送出される発音開始指示または発音停止指示に基づいて、離鍵弦振動音に対応して設けられるデジタルフィルタ22のカットオフ周波数を制御する。デジタルフィルタ22のカットオフ周波数は、発音開始時に通常よりも十分に低くし、発音停止時には通常に戻される。
【0038】
また、フィルタ制御部29は、発音指示部31から送出される発音開始指示または発音停止指示に基づいて、通常楽音および筐体共鳴音に対応してそれぞれ設けられるデジタルフィルタ21,23のカットオフ周波数を制御する。これらのカットオフ周波数は発音開始時から通常に高く設定される。
【0039】
発音数監視部32は、通常楽音、離鍵弦振動音、および筐体共鳴音のそれぞれについて発音数を監視しており、この発音数に応じてチャンネル割り当てが行われる。本実施形態では、通常楽音用のチャンネル数よりも、離鍵弦振動音や筐体共鳴音が使用できるチャンネル数を少なく設定してある。すなわち、離鍵弦振動音発生手段の同時発音数が、通常楽音発生手段の同時発音数よりも少なく設定されている。例えば、通常楽音には50チャンネル、離鍵弦振動音および筐体共鳴音にはそれぞれ10チャンネルずつ割り当てられるようにしておく。そして、これらのチャンネル数よりも発音数が多くなった場合には、予定の基準に従ってどれかを消音する。この消音により発音されなくなる離鍵弦振動音や筐体共鳴音を模擬するために、消音された音に対応する通常楽音の減衰時間を長くする処理を行う。
【0040】
図1に示した離鍵弦振動音波形記憶部16、波形読み出し部19、デジタルフィルタ22、および乗算部25は全ての鍵に対応して設けることはなく、特定の鍵または鍵域に設けるようにするのが望ましい。例えば、ダンパーが設けられることがない高音域には、離鍵弦振動音発生手段は設けないでよい。
【0041】
図3は、本実施形態に係る発音のタイミングチャートである。図3を参照して図1の構成に基づく動作を説明する。発音指示は、押鍵情報および操作子情報に基づいて出力される。押鍵情報のキーオンKONに応答して発音指示がオンになり、押鍵情報のキーオフKOFFおよび操作子情報によるペダル7のオフが検出されたときに発音指示はオフになる(発音停止され、減衰が開始される)。
【0042】
発音指示のオンに応答して、通常楽音波形記憶部15、離鍵弦振動音波形記憶部16および筐体共鳴音波形記憶部17からデジタルフィルタ21,22,23に波形データが読み出される。通常楽音、離鍵弦振動音、および筐体共鳴音は、図3に示すエンベロープに従ってレベル変化し、発音指示のオフに応答して所定の減衰速度で減衰するようにエンベロープデータが設定されて減衰する。
【0043】
ここで、離鍵弦振動音に対応するデジタルフィルタ22のカットオフ周波数は、発音指示のオンに応答して通常よりも十分に低く設定され、発音指示のオフを条件に通常に戻される。したがって、読み出された離鍵弦振動音の波形データは、このカットオフ周波数により、通常楽音の発音中はデジタルフィルタ22から出力されない。発音指示のオフによりカットオフ周波数が通常に戻されると、その時点で読み出されている離鍵弦振動音のレベルで発音開始され、減衰速度に基づいて音は減衰される。
【0044】
実際に放音される離鍵弦振動音の波形を図3中の下から2段目に示す。発音指示のオフによってカットオフ周波数が通常に戻されたときに放音波形は立ち上がり始めるので、放音レベルが十分大きくなるまでに少し遅延がある。しかし、離鍵弦振動音の放音レベルは、通常音レベルがゼロになるまでに大きくなるので、実際上問題にならない。なお、離鍵弦振動音の減衰時間T1が通常楽音の減衰時間T0よりも長くなるように減衰速度を設定しているので、通常楽音が減衰した後も離鍵弦振動音は時間(T1−T0)の間減衰を続けていて、微妙に発音されている。
アコースティックピアノでは、押鍵し、すぐに離鍵した場合は、押鍵直後の弦振動が大きい状態でダンパーが弦に触れるので、離鍵弦振動音は大きく、倍音も多く含んでいる。一方、押鍵後しばらくしてから離鍵した場合、弦振動が小さくなっている状態でダンパーが弦に触れるので、離鍵弦振動音は小さく、倍音も少ない。つまり、離鍵弦振動音は離鍵タイミングによって変化する。
【0045】
これに対して、押鍵と同時に読み出し開始している離鍵弦振動音の波形データは実際の発音には供されていないが、押鍵後の時間経過に伴って変化している。したがって、離鍵するタイミングに応じた最適な波形データで離鍵弦振動音を発生することができ、レベル制御部30の制御で減衰時間も制御される。
【0046】
筐体共鳴音のカットオフ周波数は、通常楽音と同様、押鍵から通常レベルに設定されているので、図3に示したように、押鍵時から通常楽音よりも小さいレベルで発音される。減衰時間T2は通常楽音の減衰時間T0よりも長くなるように減衰速度を設定しているので、通常楽音減衰後も筐体共鳴音は時間(T2−T0)の間維持される。
【0047】
なお、筐体共鳴音は押鍵から常に発生させておくのではなく、離鍵弦振動音と同様、押鍵によってデジタルフィルタ23のカットオフ周波数を十分に低くし、離鍵時にこれを通常の高い値に戻すようにしてもよい。離鍵時に筐体共鳴音が発音開始することで筐体共鳴音の強調効果を高めることができる。
【0048】
図3の通常楽音のエンベロープのうち、発音停止指示の後の減衰状態を示す点線は、離鍵弦振動音発生手段の空きチャンネルや筐体共鳴音発生手段の空きチャンネルがない場合に長くした通常楽音の減衰時間に対応するものである。この長くした通常楽音の減衰時間により、空きチャンネルがない場合の、離鍵弦振動音や筐体共鳴音の模擬を可能にしている。
【0049】
次に、発音数監視部32による発音数に応じたトランケート処理を含む鍵盤イベントの処理をフローチャートを参照して説明する。まず、図4は全体処理を示すフローチャートである。ステップS1では、CPU1、RAM4、音源LSI(DSP)等を初期化する。ステップS2では、パネル5のスイッチ等の状態を読み込んで対応の処理を行うパネルイベント処理を行う。ステップS3では、キースイッチ8aの出力に基づいて通常音の楽音信号を発生する鍵盤イベント処理を実行する。鍵盤イベント処理にはキータッチKTに応じたエンベロープの設定も含まれる。
【0050】
ステップS4では、ペダルセンサ7aの出力に対応したペダルイベント処理が行われる。なお、ペダルイベント処理には、ペダル(ダンパーペダル)以外のペダルの処理を含むことができる。ステップS5では、その他の処理が行われる。
【0051】
図5および図6は、鍵盤イベント処理(ステップS3)の詳細を示すフローチャートである。図5および図6において、通常楽音バッファ、離鍵弦振動音バッファ、および筐体共鳴音バッファは、それぞれ、通常楽音、離鍵弦振動音、および筐体共鳴音のエンベロープやデジタルフィルタのカットオフ周波数、波形メモリ10のアドレス等を一時保存するRAMの領域であり、発音停止時の減衰速度もこれらに保存されている。
【0052】
まず、図5のステップS10ではキーオンKONの有無により鍵盤8のオンイベントの有無つまり押鍵の有無を判断する。オンイベントならばステップS11に進み、通常楽音の発音中チャンネル数を計数するカウンタpをインクリメントする。ステップS12では、発音中チャンネル数pが通常楽音の最大発音チャンネル数pm以上か否かを判断する。
【0053】
ステップS12が肯定ならば、空きチャンネルがないと判断され、ステップS13に進む。ステップS13では、チャンネルを空けるために、発音中の通常楽音のうち一つのチャンネル割り当てを解除するトランケート処理を行う。このトランケート処理の対象は、例えば、後押し優先とし、発音時間の長いチャンネルから順に開放される。ステップS14では、チャンネルの開放に対応してカウンタpをデクリメントし、ステップS15に進む。
【0054】
ステップS12が否定ならば、空きチャンネルがあると判断され、チャンネルを空ける必要がないので、ステップS13,S14はスキップしてステップS15に移行する。
【0055】
ステップS15では、ステップS10のオンイベントに対応した(通常楽音発生のための)通常楽音データを、データメモリ3bから通常楽音バッファに読み出す。
【0056】
ステップS16では、離鍵弦振動音の発音中チャンネル数を計数するカウンタqをインクリメントする。ステップS17では、発音中チャンネル数qが離鍵弦振動音の最大発音チャンネル数qm以上か否かを判断する。
【0057】
ステップS17が肯定ならば、空きチャンネルがないと判断され、ステップS18に進む。ステップS18では、チャンネルを空けるために、発音中の離鍵弦振動音のうち一つを発音停止するトランケート処理を行う。このトランケート処理の対象は、例えば、後押し優先または低音優先のうち予め設定された方とする。低音優先とするのは、低音の方が弦振動の振幅が大きく弦振動音が顕著だからである。
【0058】
ステップS19では、チャンネルの開放に対応してカウンタqをデクリメントする。ステップS20では、トランケートされた弦振動音に対する通常楽音バッファに設定されている減衰時間を書き換えて長くし、ステップS21に進む。
【0059】
ステップS17が否定ならば、空きチャンネルがあると判断され、チャンネルを空ける必要がないので、ステップS18〜S20はスキップしてステップS21に移行する。
【0060】
ステップS21では、ステップS10のオンイベントに対応した離鍵弦振動音データをデータメモリ3bから離鍵弦振動音バッファに読み出す。
【0061】
ステップS22では、筐体共鳴音の発音中チャンネル数を計数するカウンタrをインクリメントする。ステップS23では、発音中チャンネル数rが筐体共鳴音の最大発音チャンネル数rm以上か否かを判断する。
【0062】
ステップS23が肯定ならば、空きチャンネルがないと判断され、ステップS24に進む。ステップS24では、チャンネルを空けるために、発音中の筐体共鳴音のうち一つのチャンネル割り当てを解除するトランケート処理を行う。この筐体共鳴音のトランケート処理の対象は、例えば、後押し優先または高音優先とする。アコースティックピアノにおいて、筐体共鳴音は高音側でよく聞こえるからである。ステップS25では、チャンネルの開放に対応してカウンタrをデクリメントする。ステップS26では、トランケートされた共鳴音に対する通常楽音バッファに設定されている減衰時間を書き換えて長くし、ステップS27に進む。
【0063】
ステップS23が否定ならば、空きチャンネルがあると判断され、チャンネルを空ける必要がないので、ステップS24〜S26はスキップしてステップS27に移行する。
【0064】
ステップS27では、ステップS10のオンイベントに対応した筐体共鳴音データをデータメモリ3bから筐体共鳴音バッファに読み出す。
【0065】
図6のステップS28では、通常楽音波形記憶部15に読み出された波形データを使用して、図1に関して説明した構成と動作により通常楽音発音処理を行う。同様に、ステップS29では、離鍵弦振動音波形記憶部16に読み出された波形データを使用して離鍵弦振動音の発音処理を行い、ステップS30では、筐体共鳴音波形記憶部17に読み出された波形データを使用して筐体共鳴音の発音処理を行う。
【0066】
また、図5のステップS10の判断が否定の場合は、図6のステップS31に進み、キーオフKOFFの有無により鍵盤8のオフイベントの有無つまり離鍵の有無を判断する。離鍵ならば、ステップS32に進んで操作子情報に基づいてペダル7がオンか否かが判断される。ペダル7がオンでなければ、ステップS33に進んで離鍵に対応する通常楽音の消音処理を行う。ステップS34は離鍵に対応する離鍵弦振動音の消音処理を行う。ステップS35では、離鍵に対応する筐体共鳴音の消音処理を行う。
【0067】
なお、上記実施形態では楽音発生装置として電子ピアノを例に挙げて説明しているが、本発明は電子ピアノにのみ限定されるものではなく、鍵盤を有し、ペダル操作で効果音を付与する他の電子楽器にも、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で同様に適用することができる。
【符号の説明】
【0068】
1…CPU、 7…ダンパーペダル、 7a…ペダルセンサ、 8…鍵盤、 8a…キーススイッチ、 10…波形メモリ、 15…通常楽音波形記憶部、 16…離鍵弦振動音波形記憶部、 17…筐体共鳴音波形記憶部、 21,22,23…デジタルフィルタ、 27…加算部、 29…フィルタ制御部、 30…レベル制御部、 31…発音指示部、 32…発音数監視部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
押鍵情報に基づいて発音開始指示を出力し、押鍵情報および操作子情報に基づいて発音停止指示を出力する発音指示手段と、
通常楽音信号を発生する通常楽音発生手段と、
筐体共鳴音信号を発生する筐体共鳴音発生手段と、
前記通常楽音信号および筐体共鳴音信号がそれぞれ入力される複数のフィルタ手段と、
前記複数のフィルタ手段から出力される信号にそれぞれエンベロープを付与する複数のエンベロープ付与手段と、
前記エンベロープ付与手段から出力される信号を加算して楽音信号を出力する加算手段とを具備し、
前記発音開始指示に応答して前記通常楽音発生手段および筐体共鳴音信号発生手段が前記通常楽音信号および前記筐体共鳴音信号をそれぞれ発生開始するように構成したことを特徴とする楽音発生装置。
【請求項2】
前記筐体共鳴音発生手段の同時発音数が、前記通常楽音発生手段の同時発音数よりも少なく設定されていることを特徴とする請求項1記載の楽音発生装置。
【請求項3】
前記筐体共鳴音発生手段の空きチャンネルが不足した場合、発音中の筐体共鳴音信号の一つを停止するとともに、該停止した筐体共鳴音信号と同時に発生開始した通常楽音信号の発音停止時の減衰時間を長くするため減衰時間に関する前記通常楽音発生手段の設定データを変更することを特徴とする請求項1または2記載の楽音発生装置。
【請求項4】
前記空きチャンネルの不足の判断を、前記発音指示手段によって出力された発音開始指示が出力された時点で行うように構成されたことを特徴とする請求項3記載の楽音発生装置。
【請求項5】
空きチャンネルが不足した場合、発音中の筐体共鳴音信号のうち、最も低音の筐体共鳴音信号および最先に発音開始指示された筐体共鳴音信号のいずれか一方を停止するように構成されたことを特徴とする請求項3または4記載の楽音発生装置。
【請求項6】
前記筐体共鳴音発生手段が、予め設定した特定の鍵または鍵域について設けられていることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一つに記載の楽音発生装置。
【請求項7】
前記エンベロープ付与手段が、前記発音停止指示に応答して減衰される前記筐体共鳴音信号の減衰時間を前記通常楽音信号の減衰時間よりも長くしたエンベロープを付与するように構成されていることを特徴とする請求項1〜6のいずれか一つに記載の楽音発生装置。
【請求項8】
前記筐体共鳴音発生手段が、予め筐体共鳴音波形データを記憶する記憶手段と、波形読み出し手段とからなることを特徴とする請求項1〜7のいずれか一つに記載の楽音発生装置。
【請求項9】
前記筐体共鳴音波形データが、一自由度粘性減衰系モデルで合成されていることを特徴とする請求項1〜8のいずれか一つに記載の楽音発生装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−154394(P2011−154394A)
【公開日】平成23年8月11日(2011.8.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−83569(P2011−83569)
【出願日】平成23年4月5日(2011.4.5)
【分割の表示】特願2006−208089(P2006−208089)の分割
【原出願日】平成18年7月31日(2006.7.31)
【出願人】(000001410)株式会社河合楽器製作所 (563)
【Fターム(参考)】