説明

標的ポリペプチドに結合するポリペプチドを選択する方法

【課題】本発明は、ポリペプチドライブラリーから標的ポリペプチドに結合するポリペプチドを選択するための方法の提供を課題とする。
【解決手段】本発明によって、in vitro翻訳系によって合成された標的ポリペプチドをベイトとして用いる、ポリペプチドライブラリーのスクリーニング方法が提供された。in vitro翻訳系の利用によって、標的ポリペプチドを容易に不溶性担体へ結合させることができる。たとえば、in vitro翻訳系による合成において結合性リガンドを導入された標的ポリペプチドは、結合パートナーを有する不溶性担体によって容易に捕捉される。その結果、標的ポリペプチドを高度に精製することなく、非特異反応のレベルを抑制することもできる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリペプチドライブラリーから標的ポリペプチドに結合するポリペプチドを選択する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリペプチドライブラリーは、多種類のポリペプチドで構成された集合体である。ポリペプチドライブラリーを、スクリーニングすることによって、目的の機能を有するポリペプチドを単離することができる。スクリーニングとは、ポリペプチドの集合体から目的とする機能を備えたポリペプチドを選択する行為である。例えば、次の工程によってポリペプチドライブラリーから、特定の物質に結合するポリペプチドを選択することができる。
(1) ポリペプチドライブラリーを目的とする物質に接触させ、
(2) その物質に結合したポリペプチドを、その他の結合しなかったポリペプチドから分離し、そして
(3) 前記物質に結合したポリペプチドを目的の機能(すなわち前記物質と結合する機能)を有するポリペプチドとして選択する。
【0003】
このような原理に基づいて、様々な物質を対象として、幅広いポリペプチドライブラリーをスクリーニングする試みが報告されている。抗原性物質を結合対象とする抗体ライブラリーのスクリーニングは、その代表的な例である。抗体ライブラリーを構成するポリペプチドは、抗体(イムノグロブリン)、あるいはその抗原結合活性を備えた断片である。抗体のような機能性分子の他にも、ランダムなアミノ酸配列を持つポリペプチドからなる、人為的に合成したランダムポリペプチドライブラリーも提案されている。このようなライブラリーからも、結合対象物質に対する結合活性を備えたポリペプチドを選択できる。
【0004】
ポリペプチドライブラリーのスクリーニングは、ディスプレイ技術の登場によって、その潜在的な可能性が高く評価されるようになった。ディスプレイ技術とは、機能を担うポリペプチド(蛋白質;表現型)とそれをコードする核酸(遺伝子型)が対応付けられている状態において、ライブラリーをスクリーニングし、特定の機能を有するポリペプチドを選択する技術をいう。代表的なディスプレイ技術として、たとえば次のような方法が報告されている。
ファージディスプレイ(非特許文献1)、
リボソームディスプレイ(特許文献1−4、非特許文献2)、
mRNAディスプレイ(非特許文献3−5)
ディスプレイ技術を利用したスクリーニング法によって選択されたポリペプチドは、そのアミノ酸配列をコードする遺伝情報を伴っている。したがって、ディスプレイ技術によって選択されたポリペプチドは、それをコードする遺伝情報に基づいて、直ちに、遺伝子工学的に大量に複製することができる。またアミノ酸配列についても、遺伝情報を解析することによって、容易に明らかにすることができる。更に、得られた遺伝情報に変異を導入することによって、変異ポリペプチドからなる新たなポリペプチドライブラリーを得て、その中から、より機能の強化されたポリペプチドを選択することもできる。このように、ディスプレイ技術は、ポリペプチドの選択と改良に要する時間を劇的に短縮した。
【0005】
このようなディスプレイ技術を利用したポリペプチドの選択と変異導入による改良の繰り返しは、ポリペプチドの人工的な分子進化(Artificial Molecular Evolution)と呼ぶことができる。更に、分子進化を中心とする学術領域として、分子進化工学(Evolutionary Molecular Engineering)と呼ばれる研究分野も生まれた。
【0006】
in vitro翻訳系を利用するリボソームディスプレイやmRNAディスプレイなどのin vitroディスプレイは、ファージディスプレイに比べて、以下に示すような利点があり、今後の利用の広がりが期待されている。
(1) 多様性の高いライブラリーを使用することが可能(たとえば分子種1013以上).
(2) 細胞毒性のあるポリペプチドでも合成(提示)可能.
(3) 選択(提示)するポリペプチドに非天然アミノ酸の導入が容易で新しい機能分子の創出が可能.
(4) 反応系に分子シャペロンなどの外来性因子を添加して、提示ポリペプチドの機能(活性)を向上させることが可能.
(5) スクリーニングに要する時間が短縮され、わずか1-2日で変異と選択のプロセスを行うことが可能.
【0007】
上記のようなポリペプチドライブラリーのスクリーニングにおいて、抗体分子等のポリペプチドを選択する場合、標的となる物質を不溶性担体に固定化する方法が主流である。不溶性担体としては、不溶性のビーズやアッセイプレートなどが用いられる。ポリペプチドを標的物質として用いる場合には、たとえば次のような固定化技術が利用されている。
(1) ELISAプレートなどのアッセイプレートに非特異的に吸着固定する(非特許文献2、3).
(2) 標的ポリペプチド配列に付加したタグ配列(His-、 Strep-、SNAP-、Halo-など)を利用する.
(3) アミノ(NH2)基やスルフィドリル(SH)基に反応する試薬を用いて、ポリペプチド中のアミノ基やスルフヒドリル基をランダムにビオチン化した後、アビジン化担体に固定化する(非特許文献6).
【0008】
標的物質としてポリペプチド(蛋白質)を使用する場合の調製法としては、たとえば大腸菌や酵母などの生細胞において発現させ、精製した組み換え蛋白質を用いる方法が主流である。スクリーニングを行なう際に、標的ポリペプチド以外の成分が共存すると非特異的な反応の原因となるため、標的とするポリペプチドは高度に精製する必要がある。具体的には、たとえば宿主由来の蛋白質が標的ポリペプチドに混入していると、標的ポリペプチドに結合するポリペプチドのみならず、共存する蛋白質に結合するポリペプチドも回収されてしまう。この問題を回避するための高度な精製のためには、大量の組み換え蛋白質が必要となる。また、精製には時間と労力も消費される。更に、遺伝子組み換えを利用する限り、宿主の生存を妨げる活性を持ったポリペプチドを標的ポリペプチドとして得ることはできない。このように、標的ポリペプチドを生細胞から調製する方法は問題点が多く、ディスプレイ技術の利点、特にin vitroディスプレイの利点が生かされていなかった。
【特許文献1】特許第3127158号公報
【特許文献2】特表2001-521395号公報
【特許文献3】特表2002-500514号公報
【特許文献4】国際公開第01/75097号パンフレット
【非特許文献1】G. P. Smith et al. (1985) Science, vol.228, p.1315-1317
【非特許文献2】J Hanes and A Pluckthun (1997) Proc Natl Acad Sci U S A, vol.94, p.4937-4942
【非特許文献3】L.C. Mattheakis et al. (1994) Proc Natl Acad Sci U S A, vol.91, p.9022-9026
【非特許文献4】R. W. Roberts et al. (1997) Proc Natl Acad Sci U S A, vol.94, p.12297-12302
【非特許文献5】N. Nemoto et al. (1997) FEBS Lett., vol.414, p.405-408
【非特許文献6】C. Zahnd et al. (2006) J.Biol.Chem., vol.281, p.35167-35175
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、ポリペプチドライブラリーのスクリーニング方法の提供を課題とする。より具体的には、ポリペプチドライブラリーのスクリーニング方法においてベイトとして用いられる標的ポリペプチドの調製方法と、それを利用したスクリーニング方法の提供が本発明の課題である。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、ベイトとしての標的ポリペプチド(蛋白質)の調製において、生細胞に代えて、in vitro翻訳系の利用を試みた。すなわち、標的ポリペプチドをin vitro翻訳系で合成し、ベイトとして利用することができれば、生細胞を用いた発現系にともなう多くの問題を解決できるのではないかと考えた。その結果、in vitro翻訳系で合成した標的ポリペプチドをベイトとして利用することによって、ポリペプチドライブラリーのスクリーニング方法における種々の課題を解消できることを明らかにして本発明を完成した。すなわち、本発明はポリペプチドライブラリーから標的ポリペプチドに結合するポリペプチドを選択するための、以下の方法、あるいはキットに関する。
〔1〕次の工程を含む、ポリペプチドライブラリーから標的ポリペプチドに結合するポリペプチドを選択する方法;
(1) in vitro翻訳系によって標的ポリペプチドを合成する工程;
(2) 標的ポリペプチドにポリペプチドライブラリーを接触させる工程;
(3) 工程(2)の前、または後に標的ポリペプチドを不溶性担体に固定化する工程;および
(4) 不溶性担体に標的ポリペプチドを介して保持されたポリペプチドを回収し、標的ポリペプチドに結合するポリペプチドを得る工程。
〔2〕ポリペプチドライブラリーを構成するポリペプチドが、当該ポリペプチドをコードする核酸を伴っている〔1〕に記載の方法。
〔3〕ポリペプチドライブラリーがファージディスプレイライブラリー、またはin vitroディスプレイライブラリーである〔2〕に記載の方法。
〔4〕in vitroディスプレイライブラリーが、リボソームディスプレイライブラリー、mRNAディスプレイライブラリー、およびDNAディスプレイライブラリーからなる群から選択されるいずれかのin vitroディスプレイライブラリーである〔3〕に記載の方法。
〔5〕工程(2)、または工程(3)の前に、in vitro翻訳系によって合成された標的ポリペプチドを、in vitro翻訳系を構成する成分から分離する工程を含む〔1〕〜〔4〕のいずれかに記載の方法。
〔6〕工程(2)および工程(3)のいずれか、または両方が、in vitro翻訳系を構成する少なくとも1つの成分の存在下で行われる〔1〕〜〔4〕のいずれかに記載の方法。
〔7〕標的ポリペプチドを不溶性担体に固定化する工程が、結合性リガンドを有する標的ポリペプチドと、当該結合性リガンドの結合パートナーを保持した不溶性担体とを接触させて、結合性リガンドと結合パートナーの結合を介して標的ポリペプチドを不溶性担体に固定化する工程である、〔1〕〜〔6〕のいずれかに記載の方法。
〔8〕結合性リガンドが、結合パートナーとの結合活性を有する結合性ポリペプチドであり、標的ポリペプチドが当該結合性ポリペプチドとの融合ポリペプチドである〔7〕に記載の方法。
〔9〕結合性リガンドを有する標的ポリペプチドが、結合性リガンドで修飾されたアミノ酸でチャージされたサプレッサーtRNAを含むin vitro翻訳系において、前記サプレッサーtRNAのアンチコドン部分に対応したコドンをポリペプチドコード領域の中に含む核酸を翻訳することによって合成された標的ポリペプチドである〔7〕に記載の方法。
〔10〕結合性リガンドを有する標的ポリペプチドが、次の工程によって合成されたポリペプチドである〔7〕に記載の方法;
(i) 結合性リガンドで修飾可能なアミノ酸でチャージされたサプレッサーtRNAを含むin vitro翻訳系において、前記サプレッサーtRNAのアンチコドン部分に対応したコドンをポリペプチドコード領域の中に含む核酸を翻訳することによって標的ポリペプチドを合成する工程;および
(ii)(i)で合成したポリペプチド中の結合性リガンドで修飾可能なアミノ酸を結合性リガンドで修飾する工程。
〔11〕標的ポリペプチドとポリペプチドライブラリーを接触させる前に、ポリペプチドライブラリーを、不溶性担体およびin vitro翻訳系を構成する少なくとも1つの成分のいずれか、または両方と接触させる工程を含む、〔1〕〜〔10〕のいずれかに記載の方法。
〔12〕次の要素を含む、ポリペプチドライブラリーから標的ポリペプチドに結合するポリペプチドを選択するためのキット;
(1) 標的ポリペプチドを合成するためのin vitro翻訳系;
(2) 標的ポリペプチドを固定化するための不溶性担体;および
(3) ポリペプチドライブラリー。
〔13〕in vitro翻訳系が、結合性リガンドで修飾されたアミノ酸、または結合性リガンドで修飾可能なアミノ酸でチャージされたサプレッサーtRNAを含むin vitro翻訳系である〔12〕に記載のキット。
〔14〕in vitro翻訳系が、次の要素を含むin vitro翻訳系である〔12〕に記載のキット;
(1) 結合性リガンドで修飾されたアミノ酸、または結合性リガンドで修飾可能なアミノ酸;
(2) 前記アミノ酸でチャージされうるサプレッサーtRNA;および
(3) 前記アミノ酸を前記サプレッサーtRNAにチャージするアミノアシルtRNA合成酵素。
〔15〕in vitro翻訳系が、結合性リガンドで修飾可能なアミノ酸、もしくは結合性リガンドで修飾可能なアミノ酸でチャージされたサプレッサーtRNAを含むin vitro翻訳系であり、さらに付加的に前記アミノ酸を結合性リガンドで修飾するための試薬を含む〔13〕、もしくは〔14〕に記載のキット。
〔16〕以下の工程を含む、ポリペプチドライブラリーのスクリーニングのための標的ポリペプチドの製造方法;
(1) 標的ポリペプチドをコードする核酸から、in vitro翻訳系によって標的ポリペプチドを合成する工程;および
(2) (1)で合成されたポリペプチドを標的ポリペプチドとして不溶性担体に固定する工程。
〔17〕in vitro翻訳系が、結合性リガンドで修飾されたアミノ酸、または結合性リガンドで修飾可能なアミノ酸でチャージされたサプレッサーtRNAを含むin vitro翻訳系であり、かつ標的ポリペプチドをコードする核酸が、前記サプレッサーtRNAのアンチコドン部分に対応したコドンをポリペプチドコード領域の中に含む核酸である〔16〕に記載の方法。
〔18〕in vitro翻訳系が、次の要素を含むin vitro翻訳系であり、かつ標的ポリペプチドをコードする核酸が、下記サプレッサーtRNAのアンチコドン部分に対応したコドンをポリペプチドコード領域の中に含む核酸である〔16〕に記載の方法;
(a) 結合性リガンドで修飾されたアミノ酸、または結合性リガンドで修飾可能なアミノ酸;
(b) 前記アミノ酸でチャージされうるサプレッサーtRNA;および
(c) 前記アミノ酸を前記サプレッサーtRNAにチャージするアミノアシルtRNA合成酵素。
【発明の効果】
【0011】
本発明によって、ポリペプチドライブラリーから標的ポリペプチドに結合するポリペプチドを迅速に選択する方法が提供された。本発明においては、標的ポリペプチドはin vitro翻訳系を用いて合成される。従来法における生細胞を使用しないため、細胞毒性を有したポリペプチドを調製し、標的物質とすることが可能となる。
【0012】
また、in vitro翻訳系を用いたポリペプチドの合成では、結合性リガンドを有した非天然アミノ酸を含むポリペプチドを容易に合成することができる。そのため、合成したポリペプチドを合成反応液から高度に精製することなく、不溶性担体に固定し、ポリペプチドライブラリーのスクリーニングにおける標的ポリペプチドとすることができる。すなわち、従来法で、最大の課題となっていた合成ポリペプチドの精製を必要としないため、スクリーニングにかかる時間と労力が大幅に削減される。
【0013】
発明の詳細な説明:
本発明は、次の工程を含む、ポリペプチドライブラリーから標的ポリペプチドに結合するポリペプチドを選択する方法に関する。
(1) in vitro翻訳系によって標的ポリペプチドを合成する工程;
(2) 標的ポリペプチドにポリペプチドライブラリーを接触させる工程;
(3) 工程(2)の前、または後に標的ポリペプチドを不溶性担体に固定化する工程;および
(4) 不溶性担体に標的ポリペプチドを介して保持されたポリペプチドを回収し、標的ポリペプチドに結合するポリペプチドを得る工程。
【0014】
本発明は、in vitro翻訳系によって標的ポリペプチドを合成する工程を含む。本発明において、「ポリペプチド」とは、アミノ酸が2個以上重合したポリマーのことをいい、「蛋白質」も含まれる。ここで、アミノ酸には、天然アミノ酸だけでなく、非天然アミノ酸も含むことができる。天然のアミノ酸に任意の官能基が付加した構造を有するアミノ酸は、非天然アミノ酸に含まれる。たとえばアジドチロシンやアミノフェニルアラニンなどの非天然アミノ酸が公知である。「標的ポリペプチド」とは、選択しようとしている目的のポリペプチドが結合できる任意のポリペプチドをいう。いいかえると、ライブラリーの中から選択すべきポリペプチドが結合するポリペプチドが標的ポリペプチドである。本発明においては、ポリペプチドが結合する可能性のあるあらゆるポリペプチドを標的ポリペプチドとして利用することができる。本発明の標的ポリペプチドには、例えば、ヒトを含む哺乳動物、植物、ウイルス、マイコプラズマ、酵母、あるいは細菌など、あらゆる生物に由来する天然の配列を持つポリペプチドを用いることができる。あるいは、前記天然ポリペプチドの一部や、アミノ酸配列を改変した変異ポリペプチドを標的ポリペプチドとして利用することもできる。更に、人工的に設計されたアミノ酸配列を含むポリペプチドを標的ポリペプチドとすることもできる。
標的ポリペプチドの長さは、選択すべきポリペプチドが結合できる限り任意である。具体的には、少なくとも2、あるいは3残基以上のアミノ酸によって構成されるポリペプチドを標的ポリペプチドとして利用することができる。標的ポリペプチドは、一般に2〜5000、通常10〜2000、例えば20〜1000残基のアミノ酸で構成される。
【0015】
標的ポリペプチドは、直鎖状のポリペプチドのみならず、環状や分岐等の構造を有するポリペプチドも標的ポリペプチドとすることもできる。また本発明におけるポリペプチドは、単量体のみならず、複数のサブユニットからなる複合体であることもできる。複合体を構成するサブユニットは、同一(ホモ)であっても、異なっていても(ヘテロ)良い。更に、本発明における標的ポリペプチドは、種々の修飾が許容される。具体的には、リン酸化、メチル化、アセチル化等の修飾、あるいは脂質や糖鎖によって修飾されたポリペプチドも、標的ポリペプチドとして利用することができる。
【0016】
本発明において、標的ポリペプチドとするポリペプチドには、様々な機能を有するポリペプチド、あるいはその断片を利用することができる。具体的には、抗体、リガンド、接着因子、ポンプ、チャンネル、あるいは受容体などの細胞外に分泌される蛋白質や細胞膜上の蛋白質、シグナル伝達因子、核内受容体、転写因子などの細胞内の蛋白質、あるいはそれらの部分断片などを利用できる。また、ウイルス粒子を構成する構造蛋白質やその断片を標的ポリペプチドとすることもできる。たとえば、ウイルス粒子のエンベロープ蛋白質は、ウイルスの病原性を中和する抗体を選択するための標的ポリペプチドとして有用である。さらには、機能未知の配列を有したポリペプチドも利用できる。
【0017】
例えば、これらの標的ポリペプチドに対して、後述する抗体ライブラリーをスクリーニングすることにより、標的ポリペプチドに結合する抗体を取得することができる。あるいは受容体を標的ポリペプチドとして、ランダムポリペプチドライブラリーをスクリーニングすることで、受容体のリガンドポリペプチドを得ることができる。
【0018】
本発明における標的ポリペプチドは、in vitro翻訳系によって合成される。本発明において、「in vitro翻訳系」とは、細胞抽出液等の蛋白質合成に必要な因子を含む反応液を用いた蛋白質合成系のことで、無細胞蛋白質合成系ともいう。すなわち、in vitro翻訳系は、mRNAからポリペプチドへの翻訳に生細胞を必要としないことを特徴とする。本発明におけるin vitro翻訳系は、翻訳、または転写および翻訳を行なう翻訳系を含む。すなわち、本発明のin vitro翻訳系は、以下のいずれをも含む。
(1)mRNAからポリペプチドに翻訳するin vitro翻訳系
(2)DNAからmRNAに転写し、更にmRNAからポリペプチドに翻訳するin vitro翻訳系
【0019】
本発明におけるin vitro翻訳系には、細胞抽出液、または細胞抽出液の粗精製画分を利用するin vitro翻訳系を含む。ここで、細胞抽出液としては、大腸菌、小麦胚芽、ウサギ網状赤血球、酵母、培養細胞などの細胞抽出液があげられる。これらの細胞抽出液には、蛋白質合成に必要な成分が含まれており、目的の蛋白質をコードするmRNAを添加することにより、蛋白質を合成できる。しかし、これらの細胞抽出液には、蛋白質合成には必要ない成分や、蛋白質合成を阻害する成分も含まれているため、合成産物の分解や未知の修飾が起こる場合がある。また、反応液に未知成分が含まれるため、反応液を目的に合わせて調節することも難しい。
【0020】
本発明におけるin vitro翻訳系は、独立に精製された因子からなる再構成型のin vitro翻訳系(reconstituted in vitro translation system)も含む。再構成型in vitro翻訳系としては、例えば、本発明者らが発明したPUREシステムをあげることができる(Y. Shimizu et al. (2001) Nat. Biotechnol., vol.19, p.751-755)。再構成型in vitro翻訳系は、従来の細胞抽出液を使用するin vitro翻訳系よりもヌクレアーゼやプロテアーゼの混入を容易に防ぐことができる。このため、前記(1)工程でmRNAからポリペプチドへ翻訳する効率を高めることができる。また、反応系の構成因子の調節が容易なため、後述する結合性リガンドを有した標的ポリペプチドの合成系の構築も容易である。これらの点から、再構成型in vitro翻訳系は、本発明におけるin vitro翻訳系として好適である。
【0021】
再構成型in vitro翻訳系は、例えば、以下のような因子を精製された状態で含むことができる。これらの因子は、大腸菌等の原核細胞由来のものに限らず、真核細胞由来のものも使用できる。「因子」とは、独立して精製することができる、in vitro翻訳系の構成単位を指す。因子は、単独の蛋白質や基質類を含む。更に、粗分画から単離できる各種の複合体や混合物も含む。例えば、複合体として精製される因子には、2量体の蛋白質、リボソームなどが含まれる。また、混合液としては、tRNA混合物等が含まれる。精製された状態とは、因子が単一の蛋白質の場合、好ましくは、電気泳動によって各因子がほぼ単一のバンドとして確認できることを言う。また、リボソームなどの複合体についても、電気泳動によって構成因子のみがバンドとして確認できることを言う。なお、リボソーム以外のこれらの因子および因子の精製方法は公知である(特開2003-102495)。
開始因子、
伸長因子、
解離因子、
アミノアシルtRNA合成酵素、
リボソーム、
アミノ酸、
ヌクレオシド三リン酸、
tRNA、
塩類、
緩衝液、
さらに、大腸菌等の原核細胞由来の反応系である場合は、メチオニルtRNAトランスフォルミラーゼおよび、10-フォルミル5,6,7,8-テトラヒドロ葉酸(FD)を含む。
【0022】
独立に精製された因子は、種々の細胞の抽出液から精製することによって得ることができる。因子を精製するための細胞は、例えば原核細胞、または真核細胞を挙げることができる。原核細胞としては、大腸菌細胞、高度好熱菌細胞、または枯草菌細胞を挙げることができる。真核細胞としては、酵母細胞、植物細胞、昆虫細胞、または哺乳動物細胞を挙げることができる。特に、独立に精製された因子が蛋白質のみからなる場合には、各因子を以下のような方法によって得ることができる。
(1)各因子(蛋白質)をコードする遺伝子を単離し、発現ベクターに導入後、適当な宿主細胞に形質転換して発現させ、回収する。
(2)各因子をコードする遺伝子を単離し、in vitro翻訳系で合成し、回収する。
(1)では、はじめに発現制御領域を含む発現ベクターに、該領域の制御により目的とする因子が発現されるように各因子の遺伝子を組み込んだ発現プラスミドを作成する。ベクターを構成する発現制御領域とは、例えば、エンハンサー、プロモーター、およびターミネーターなどを指す。発現ベクターは、薬剤耐性マーカーなどを含むこともできる。次に、この発現プラスミドで宿主細胞を形質転換し、各因子を発現させる。
【0023】
宿主細胞として、例えばJM109、DH5α、HB101、XL1-Blueなどの大腸菌を使用する場合には、lacZプロモーター(Ward et al. (1989) Nature, vol.341, p.544-546, Ward (1992) FASEB J., vol.6, p.2422-2427)、araBプロモーター(Better et al. (1988) Science, vol.240, p.1041-1043)、及びT7プロモーターなどを例示できる。このようなプロモーターを持つ発現ベクターとしては、pGEX(GE Healthcare Biosciences製)、pQE(Qiagen製)、またはpET(Novagen製)を例示することができる。各因子をコードする遺伝子を導入した発現プラスミドは、例えば、塩化カルシウム法またはエレクトロポレーション法によって大腸菌に導入することができる。
【0024】
目的とする因子に相互に付着し合う関係にある物質の一方でラベルをすることで、発現(合成)した目的の因子を容易に精製することができる。例えば、ニッケルイオンなどを保持した金属アフィニティ樹脂カラムに付着するヒスチジンタグ、グルタチオン−セファロース樹脂カラムに付着するグルタチオンS-トランスフェラーゼ、または抗体等のアフィニティー樹脂カラムに付着するエピトープタグで因子をラベルする。ラベルの方法は、たとえば、これらのラベルをコードする塩基配列を含む発現ベクターに、目的とする因子をコードする遺伝子を組み込んで、両者の融合蛋白質を発現させることによって行なうことができる。両者の間にプロテアーゼの認識配列を介在させておくこともできる。融合蛋白質をラベルに結合する不溶性担体に捕捉し、更に当該認識配列を切断するプロテアーゼを作用させて、目的とする因子を回収することもできる。このようにして因子を精製する方法は公知である(K. Boon et al. (1992) Eur. J. Biochem., vol.210, p.177-183、K. S. Wilson et al. (1998) Cell, vol.92, p.131-139、Yu-Wen Hwang et al. (1997) Arch. Biochem. Biophy., vol.348, p.157-162)。
【0025】
本発明のin vitro翻訳系で使用される開始因子は、翻訳開始複合体の形成に必須であるか、又は、これを著しく促進する因子であり、大腸菌由来のものとして、IF1、IF2及びIF3が知られている(O. Claudio et al. (1990) Biochemistry, vol.29, p.5881-5889)。開始因子IF3は、翻訳の開始に必要な段階である、70Sリボソームの30Sサブユニットと50Sサブユニットへの解離を促進し、また、翻訳開始複合体の形成の際に、フォルミルメチオニルtRNA以外のtRNAのP部位への挿入を阻害する。開始因子IF2は、フォルミルメチオニルtRNAと結合し、30SリボソームサブユニットのP部位へフォルミルメチオニルtRNAを運び、翻訳開始複合体を形成する。開始因子IF1は開始因子IF2,IF3の機能を促進する。本発明において用いられる開始因子の好ましい例は、大腸菌由来のものであり、例えば大腸菌K12株から得られるものを挙げることができるが、真核細胞由来のものも使用できる。大腸菌由来の開始因子を使用した場合、例えば、0.01 μM-300 μM、好ましくは、0.04 μM-60 μMで使用できる。
【0026】
本発明のin vitro翻訳系で使用される伸長因子は、大腸菌由来のものとして、EF-Tu、EF-Ts及びEF-Gが知られている。伸長因子EF-Tuは、GTP型とGDP型の2種類があり、GTP型はアミノアシルtRNAと結合してこれをリボソームのA部位へ運ぶ。EF-Tuがリボソームから離れる際にGTPが加水分解され、GDP型へ転換する。(T. Pape et al. (1998) EMBO J, vol.17, p.7490-7497)。伸長因子EF-Tsは、EF-Tu(GDP型)に結合し、GTP型への転換を促進する(YW. Hwang et al. (1997) Arch. Biochem. Biophys., vol.348, p.157-162)。伸長因子EF-Gは、ペプチド鎖伸長過程において、ペプチド結合形成反応の後の転位(translocation)反応を促進する(RK. Agrawal et al. (1999) Nat. Struct. Biol., vol.6, p.643-647, MW. Rodnina et al. (1999) FEMS Microbiology Reviews, vol.23, p.317-333)。本発明において用いられる伸長因子の好ましい例は、大腸菌由来のものであり、例えば大腸菌K12株から得られるものを挙げることができるが、真核細胞由来のものも使用できる。大腸菌由来の伸長因子を使用した場合、例えば、0.005 μM-200 μM、好ましくは、0.02 μM-50 μMで使用できる。
【0027】
本発明のin vitro翻訳系で使用される解離因子は、大腸菌由来のものとして、RF1、RF2及びRF3が知られている。解離因子はタンパク質合成の終結、翻訳されたペプチド鎖の解離、更に次のmRNAの翻訳開始へのリボソームの再生に必須である。解離因子RF1及びRF2は、終止コドン(UAA、UAG、UGA)がリボソームのA部位に達した時、A部位に入ってペプチジルtRNA(P部位にある)からのペプチド鎖の解離を促進する。RF1は終止コドンのうちUAAおよびUAGを認識し、RF2はUAAおよびUGAを認識する。解離因子RF3は、RF1、RF2によるペプチド鎖の解離反応後の、RF1、RF2のリボソームからの解離を促進する。リボソーム再生因子(RRF)は、タンパク質合成の停止後、P部位に残っているtRNAの脱離と、次のタンパク質合成へのリボソームの再生を促進する。本発明においては、RRFも解離因子の一つとして取扱うことにする。なお、解離因子RF1、RF2、RF3及びRRFの機能については、DV. Freistroffer et al. (1997) EMBO J., vol.16, p.4126-4133、MY. Pavlov et al. (1997) EMBO J., vol.16, p.4134-4141に解説されている。本発明において用いられる解離因子の好ましい例は、大腸菌由来のものであり、例えば大腸菌K12株から得られるものを挙げることができるが、真核細胞由来のものも使用できる。大腸菌由来の解離因子を使用した場合、例えば、0.005 μM-200 μM、好ましくは、0.02 μM-50 μMで使用できる。
【0028】
アミノアシルtRNA合成酵素(AARS)は、ATPの存在下でアミノ酸とtRNAを共有結合させ、アミノアシルtRNAを合成する酵素であり、各アミノ酸に対応したアミノアシルtRNA合成酵素が存在している(C. Francklyn et al. (1997) RNA, vol.3, p.954-960, 蛋白質核酸酵素 (1994) vol.39, p.1215-1225)。本発明において用いられるアミノアシルtRNA合成酵素の好ましい例は、大腸菌由来のものであり、例えば大腸菌K12株から得られるものを挙げることができるが、真核細胞由来のものも使用できる。また、非天然アミノ酸を認識する人工アミノアシルtRNA合成酵素(特許第3896460号など)を用いることもできる。大腸菌由来のアミノアシルtRNA合成酵素を使用した場合、例えば、1 U/ml-1,000,000 U/ml、好ましくは、5 U/ml-500,000 U/mlで使用できる。もしくは、0.01 μg/ml-10,000 μg/ml、好ましくは、0.05 μg/ml-5,000 μg/mlで使用できる。ここで、1分間に1 pmolのアミノアシルtRNAを形成する活性を1 Uとする。
【0029】
メチオニルtRNAトランスフォルミラーゼ(MTF)は、原核生物における蛋白質合成においてメチオニル開始tRNAのアミノ基にフォルミル基がついたN-フォルミルメチオニル(fMet)開始tRNAを合成する酵素である。即ち、メチオニルtRNAトランスフォルミラーゼは、FDのフォルミル基を、開始コドンに対応するメチオニル開始tRNAのアミノ基に転移させ、fMet-開始tRNAにする(V. Ramesh et al. (1999) Proc.Natl.Acad.Sci.USA, vol.96, p.875-880)。付加されたフォルミル基は開始因子IF2により認識され、タンパク質合成の開始シグナルとして作用する。真核生物の細胞質における蛋白質合成系にはMTFが存在していないが、真核生物のミトコンドリア及び葉緑体における蛋白質合成系には存在する。本発明において用いられるMTFの好ましい例は、大腸菌由来のものであり、例えば大腸菌K12株から得られるものである。大腸菌由来のMTFを使用した場合、例えば、100 U/ml-1,000,000 U/ml、好ましくは、500 U/ml-400,000 U/mlで使用できる。ここで、1分間に1 pmolのfMet-開始tRNAを形成する活性を1 Uとする。また、MTFの基質であるFDは、例えば、0.1 μg/ml-1000 μg/ml、好ましくは、1 μg/ml-100 μg/mlで使用できる。
【0030】
更に反応液に添加される核酸がDNAの場合には、mRNAに転写するためのRNAポリメラーゼを含むことができる。具体的には、次のようなRNAポリメラーゼを本発明に利用することができる。これらのRNAポリメラーゼは市販されている。
T7 RNAポリメラーゼ
T3 RNAポリメラーゼ
SP6 RNAポリメラーゼ
T7 RNAポリメラーゼを使用した場合、例えば、0.01 μg/ml-5000 μg/ml、好ましくは、0.1 μg/ml-1000 μg/mlで使用できる。
【0031】
リボソームは、リボソームRNAと種々のリボソーム蛋白質とで構成される巨大な複合体である。細胞内においては、リボソームが蛋白質合成の場となっている。基本的には大小2つのサブユニットからなり、原核生物と真核生物とでは、リボソームの成分の構成や大きさが相違している。リボソームやそれを構成するサブユニットは、ショ糖密度勾配などによって相互に分離することができ、その大きさは、沈降係数によって表される。具体的には、原核生物においては、リボソームとそれを構成するサブユニットは、それぞれ次のような大きさを有する。
リボソーム(70S)=大サブユニット(50S)+小サブユニット(30S)
分子量: 約2.5x106 約1.6x106 約0.9x106
【0032】
更に細かく見ると、50Sサブユニットと30Sサブユニットは、それぞれ次のような成分で構成されていることが明らかにされている。
50Sサブユニット;
L1〜L34の34種類の蛋白質(リボソーム蛋白質)
23S RNA(約3200ヌクレオチド)
5S RNA(約120ヌクレオチド)
30Sサブユニット;
S1〜S21の21種類の蛋白質(リボソーム蛋白質)
16S RNA(約1540ヌクレオチド)
つまり各サブユニットは、これらの成分からなる複合体として単離されうる。
【0033】
一方、真核細胞においては、リボソームとそれを構成するサブユニットは、それぞれ次のような大きさを有する。
リボソーム(80S)=大サブユニット(60S)+小サブユニット(40S)
したがって、本発明におけるin vitro翻訳系を真核細胞由来のリボソームで構成する場合には、80Sリボソームとして精製されたリボソームを利用することができる。
【0034】
in vitro翻訳系は、転写や翻訳のための因子に加え、更に付加的な成分を含むことができる。付加的な成分として、たとえば、次のような成分を示すことができる。
反応系においてエネルギーを再生するための酵素:
クレアチンキナーゼ;
ミヨキナーゼ;および
ヌクレオシドジフォスフェートキナーゼなど
転写・翻訳で生じる無機ピロリン酸の分解のための酵素:
無機ピロフォスファターゼなど
上記酵素は、例えば、0.01 μg/ml-2000 μg/ml、好ましくは、0.05 μg/ml-500 μg/mlで使用できる。
【0035】
アミノ酸としては、天然型アミノ酸に加え、非天然型アミノ酸も用いることができる。これらのアミノ酸は、in vitro翻訳系を構成するアミノアシルtRNA合成酵素の作用によってtRNAに保持される。あるいは、予めアミノ酸をtRNAにチャージしてin vitro翻訳系に加えることができる。本発明において、tRNAへのアミノ酸のチャージとは、tRNAにアミノ酸を保持(carry)させ、リボソームにおける翻訳反応に利用される状態にすることを言う。後述のとおり、非天然アミノ酸を認識する人工アミノアシル合成酵素存在下で非天然アミノ酸を添加したり、あるいは非天然アミノ酸でチャージされたtRNAを用いることで、蛋白質の特定のコドンの部位に非天然アミノ酸を導入することが可能となる。天然のアミノ酸を使用した場合、例えば、0.001 mM-10 mM、好ましくは、0.01 mM-2 mMで使用できる。
【0036】
tRNAとしては、大腸菌、酵母等の細胞から精製したtRNAを用いることができる。またアンチコドンやその他の塩基を任意に変更した人工tRNAも用いることができる(T. Hohsaka et al. (1996) J. Am. Chem. Soc., vol.121, p.34-40, I. Hirao et al. (2002) Nat. Biotechnol., vol.20, p.177-182)。例えば、CUAをアンチコドンとして持つtRNAに非天然のアミノ酸をチャージすることで、本来終止コドンであるUAGコドンを非天然アミノ酸に翻訳することができる。
また,4塩基コドンをアンチコドンとして持つtRNAに非天然アミノ酸をチャージした人工アミノアシルtRNAを用いることにより,天然には存在しない4塩基コドンを非天然アミノ酸に翻訳することもできる(T. Hohsaka et al. (1999) J.Am.Chem.Soc., vol.121, p.12194-12195)。このような人工tRNAを用いることにより、後述する部位特異的に非天然アミノ酸を導入した蛋白質を合成することができる。大腸菌tRNA混合液を使用した場合、例えば、0.1 A260/ml-1000 A260/ml、好ましくは、1 A260/ml-500 A260/mlで使用できる。ここで、1 A260/mlとは、1 mlあたりの260 nmにおける吸光度を示している。
【0037】
上記in vitro翻訳系を構成する各因子は、転写や翻訳に好適なpH7-8を維持する緩衝液に加えることによって、in vitro翻訳系とすることができる。本発明に用いられる緩衝液としては、リン酸カリウム緩衝液(pH 7.3)、Hepes-KOH(pH 7.6)などをあげることができる。Hepes-KOH(pH 7.6)を使用した場合、例えば、0.1 mM-200 mM、好ましくは、1 mM-100 mMで使用できる。
【0038】
in vitro翻訳系には、因子の保護や活性の維持を目的として塩類を加えることもできる。具体的には、グルタミン酸カリウム、酢酸カリウム、塩化アンモニウム、酢酸マグネシウム、塩化マグネシウム、塩化カルシウムなどがあげられる。これらの塩類は、通常、0.01 mM-1000 mM、好ましくは、0.1 mM-200 mMで使用される。
【0039】
in vitro翻訳系には、酵素の基質として、および/もしくは、活性の向上、維持を目的として、その他の低分子化合物を添加できる。具体的には、ヌクレオシド三リン酸(ATP, GTP, CTP, UTPなど)などの基質、プトレシン(putrescine)、スペルミジン(spermidine)などのポリアミン類、ジチオトレイトール(DTT)などの還元剤、およびクレアチンリン酸などのエネルギー再生のための基質などをin vitro翻訳系に加えることができる。これらの低分子化合物は、通常、0.01 mM-1000 mM、好ましくは、0.1 mM-200 mMで使用できる。
【0040】
in vitro翻訳系の具体的な組成は、Shimizuら(Shimizu et al., Nat. Biotechnol. (2001) vol.19, p.751-755、Shimizu et al., Methods (2005) vol.36, p.299-304)、あるいはYingら(Ying et al., Biochem. Biophys. Res. Commun. (2004) vol.320, p.1359-1364)の記載を基に調製することができるが、前述のとおり、因子の濃度は、精製した因子の比活性や目的などに応じて適宜増減できることは言うまでもない。
【0041】
標的ポリペプチドをコードするmRNAを、前記in vitro翻訳系に鋳型として添加することにより、標的ポリペプチドを合成することができる。in vitro翻訳系によってポリペプチドに翻訳されるmRNAは、目的のアミノ酸配列をコードする配列に加え、翻訳に有利な塩基配列を付加的に含むことができる。たとえば、in vitro翻訳系として大腸菌由来の翻訳系を利用する場合には、大腸菌を使用した蛋白質発現系と同様、開始コドンの上流にリボソーム結合配列であるShine-Dalgarno(SD)配列を含むことにより、翻訳反応の効率が上昇する。さらに、標的ポリペプチドのコード領域の5’端、および/または3’端に、後述するタグ配列をコードする塩基配列を付加することもできる。
【0042】
後述するように、非天然アミノ酸を標的ポリペプチドに部位特異的に導入するために、前記mRNAは、そのアミノ酸配列コード領域の任意の部位に、サプレッサーtRNAが認識する終止コドンや4塩基コドンなどを含むことができる。サプレッサーtRNAは、そのアンチコドンの相補配列を認識する。たとえば、アンチコドンがCUAであるサプレッサーtRNAを使用する場合、コード領域にアンバーコドン(UAG)を含むmRNAを使用できる。このような終止コドンや4塩基コドンは、公知の部位特異的変異導入法によって導入することができる。
【0043】
このような構造を備えたmRNAは、例えば、プロモーター配列およびSD配列を含む5’UTR配列を備えた発現ベクターに目的の遺伝子を挿入し、RNAポリメラーゼにより転写することにより得ることができる。一般に、RNAポリメラーゼは、プロモーターと呼ばれる特定の配列を含む領域を認識し、その下流に配置されたDNAの塩基配列に基づいてmRNAを合成する。発現ベクターを使用せずに、PCRを利用して目的の構造を有する転写鋳型を構築することもできる(Split-Primer PCR法、Sawasaki et al. (2002) Proc.Natl.Acad.Sci.USA, vol.99, p.14652-14657)。この方法は、目的のDNAにPCRによって5’UTR配列を付加した鋳型DNAを構築する。DNAからmRNAを調製するにあたり、上記のようなベクターにクローニングする必要がない。このため、時間と労力を節約することができる。
【0044】
PCRによって、鋳型DNAを構築する方法を具体的に例示する。
(1)ゲノムDNA、cDNA、またはクローン化DNAなどから、標的ポリペプチドをコードするDNA領域を、コード領域の5’端領域および5’UTR配列(プロモーター及びSD配列を含む)の一部を含むプライマーと、コード領域の3’端領域を含むプライマーを使用したPCRで増幅する。
(2)増幅したDNAを、5’UTR全体を含むプライマーと、コード領域の3’端領域を含むプライマーで再度増幅する。
このように構築したDNAを必要に応じてさらに増幅し、それを鋳型としてRNAポリメラーゼで転写することにより、翻訳反応の鋳型となるmRNAを得ることができる。
【0045】
RNAポリメラーゼによって転写されたmRNAを必要に応じて回収し、本発明におけるin vitro翻訳系に利用することができる。転写されたmRNAは、フェノール処理後、エタノール沈殿により回収することができる。また、mRNAの回収には、RNeasy(Qiagen製)などの市販のRNA抽出用キットを利用することもできる。また、in vitro翻訳系にRNAポリメラーゼを含む場合は、遺伝子に転写および翻訳に必要な塩基配列を組み込んだ上記DNA自体を鋳型としてin vitro翻訳系に添加することもできる。
【0046】
本発明は、in vitro翻訳系により合成した標的ポリペプチドを、ポリペプチドライブラリーに接触させる工程を含む。本発明において、「ポリペプチドライブラリー」とは、2種類以上の任意のポリペプチドの集合である。ポリペプチドライブラリーの規模は、たとえば、100種類以上、通常103以上、たとえば104以上、好ましくは105以上、より好ましくは106以上である。具体的には、たとえば後述するファージディスプレイライブラリーなどでは、通常、103〜108程度の規模のライブラリーが構築されている。
【0047】
本発明においてポリペプチドライブラリーを構成するポリペプチドは、標的ポリペプチドに結合する可能性のあるあらゆるポリペプチドを利用することができる。具体的には、抗体、リガンド、接着因子、ポンプ、チャンネル、あるいは受容体などの、細胞外に分泌される蛋白質や細胞膜上の蛋白質、シグナル伝達因子、核内受容体、転写因子などの細胞内の蛋白質、あるいはそれらの部分断片などを利用できる。あるいは、特定の機能に限らず、ランダムなアミノ酸配列を有するランダムポリペプチドも利用できる。ランダムポリペプチドライブラリーを構成するポリペプチドは、たとえば3残基以上、通常5〜100残基、好ましくは5〜50残基、あるいは5〜20残基程度の長さからなるランダムなアミノ酸配列を有する。ランダムポリペプチドは、そのアミノ酸配列および長さのいずれか、または両方に違いを有するポリペプチドを含む。
【0048】
本発明のポリペプチドライブラリーは、ディスプレイライブラリー(display library)を含む。ディスプレイライブラリーとは、ライブラリーを構成するポリペプチドが、そのアミノ酸配列をコードする核酸(遺伝情報)を伴っているライブラリーを言う。言い換えれば、遺伝情報が、それがコードしているポリペプチドとして提示(display)されているライブラリーをディスプレイライブラリーという。ディスプレイの種類には、ファージディスプレイや、in vitroディスプレイなどが知られている。さらに、in vitroディスプレイには、リボソームディスプレイ、mRNAディスプレイ、DNAディスプレイなどが知られている。
【0049】
本発明における「核酸」は、主としてデオキシリボヌクレオチド、およびリボヌクレオチドの重合体をいう。すなわち、デオキシリボ核酸(DNA)、または、リボ核酸(RNA)である。更に、本発明における核酸は、人工塩基を有するヌクレオチド誘導体を含むこともできる。また、ペプチド核酸(PNA)を含むこともできる。目的とする遺伝情報が保持される限り、核酸の構成単位は、これらの核酸のいずれか、あるいは混成であることができる。したがって、DNA-RNAのハイブリッドヌクレオチドは本発明における核酸に含まれる。あるいはDNAとRNAのような異なる核酸が1本鎖に連結されたキメラ核酸も本発明における核酸に含まれる。本発明における核酸の構造も、目的とする遺伝情報が維持できる限り限定されない。具体的には、一本鎖、二本鎖、あるいは三本鎖などの構造をとりうる。
【0050】
ファージディスプレイライブラリーは、現在、最も広く利用されているディスプレイライブラリーの一つである。典型的なファージディスプレイにおいては、繊維状ファージ(filamentous phage)の構成蛋白質をコードする遺伝子に、提示すべきポリペプチドをコードする遺伝子が連結される。その結果、ファージの構造蛋白質との融合蛋白質として、ポリペプチドがファージ表面に提示される(G. P. Smith et al. (1985) Science, vol.228, p.1315-1317)。ファージディスプレイライブラリーとして構築された抗体ライブラリーを利用して、多くの抗体が取得されている。ファージディスプレイライブラリーは、本発明におけるポリペプチドライブラリーとして好ましい。
【0051】
ファージディスプレイシステムとしては、たとえば、T7Select(R) Phage Display System(Novagen社製)のようなキットが市販されている。このようなキットを利用すれば、任意のcDNAライブラリーの遺伝情報をファージにポリペプチドとして提示させることができる。更に、スクリーニング用のライブラリーについても、Pre-made T7Select(R) cDNA Libraries(Novagen社製)などの市販のライブラリーを利用することができる。
【0052】
本発明において、「in vitroディスプレイライブラリー」とは、in vitro翻訳系を用いて合成されたポリペプチドが提示されたライブラリーを言う。in vitroディスプレイとしては、リボソームディスプレイ、mRNAディスプレイ、あるいはDNAディスプレイなどが知られている(Rothe A. et al. (2006) FASEB J., vol.20, p.1599-1610)。いずれのディスプレイも、mRNAあるいはDNAに記録された遺伝情報と、その遺伝情報によってコードされるポリペプチドのリンクを維持するためのメカニズムを有する。
【0053】
ファージディスプレイにおいては、標的ポリペプチドと結合したポリペプチドの遺伝情報を得るために、標的ポリペプチドと結合しなかったファージを洗浄により除去した後、標的ポリペプチドに結合するポリペプチドを提示するファージを溶出して、大腸菌へ感染させ、ファージを増殖させる工程が必要になる。パニングを繰り返す場合であれば、大腸菌への感染およびファージの増殖の工程も繰り返し行う必要がある。
一方in vitroディスプレイは、これらの工程を必要としない。パニングを繰り返す場合であっても、例えば、リボソームディスプレイやmRNAディスプレイでは、標的ポリペプチドと結合したポリペプチドと核酸を含む複合体中のmRNAからcDNAを合成し、PCRにより増幅させた後、再び転写・翻訳反応を行なえばよい。あるいは、DNAディスプレイシステムにおいては、cDNAを直接回収し増幅することができる。このような利点は、in vitroディスプレイライブラリーに共通する特徴である。したがって、in vitroディスプレイライブラリーは、本発明におけるポリペプチドライブラリーとして好ましい。
【0054】
以下にいくつかのin vitroディスプレイを例示して、簡単に説明する。
リボソームディスプレイ(Ribosome Display):リボソームディスプレイにおいては、与えられた遺伝情報に基づいてin vitro翻訳系によってポリペプチドが合成される。生細胞中では、合成されたポリペプチドをリボソームから解離させるメカニズムが働くため、通常、両者のリンクは維持されない。しかし、リボソームディスプレイにおいては、両者の解離が抑制されているため、提示されたポリペプチドはそれをコードする遺伝情報(mRNA)を伴ったまま維持される。mRNA−リボソーム−ポリペプチドの3つの要素が複合体を形成することから、リボソームディスプレイと呼ばれている。標的ポリペプチドに結合したポリペプチドを回収することによって、その遺伝情報も回収される。
【0055】
mRNAディスプレイ:リボソームディスプレイにおいては、mRNAと翻訳されたポリペプチドのリボソームからの解離を抑制することによって、提示されたポリペプチドとそれをコードする遺伝情報のリンクが維持された。これに対して、ポリペプチドとmRNAを化学的に結合することによって、両者のリンクを維持するテクノロジーが提案された。mRNAとポリペプチドの結合には、たとえば抗生物質の1種であるピューロマイシン(puromysin)の誘導体が利用されている。ピューロマイシンは、リボソーム上で伸長中のポリペプチドのC末端に結合することにより伸長反応を阻害し、ポリペプチドをリボソームから解離させる。mRNAディスプレイでは、翻訳するmRNAの3末端にピューロマイシン誘導体が結合しており、このピューロマイシンがポリペプチドのC末端に結合することで、mRNAとポリペプチドが共有結合でリンクされる。
【0056】
DNAディスプレイ:DNAディスプレイにおいては、DNA結合性蛋白質が利用される。すなわち、ライブラリーを構成するポリペプチドが、DNA結合性蛋白質との融合蛋白質として合成される。合成された融合蛋白質は、当該融合蛋白質をコードするDNAに結合することにより、両者のリンクが実現する。たとえば、DNA結合蛋白質としてRepAを用い、RepAのCIS領域(DNA)への結合を利用したCISディスプレイ(R. Odegrip et al. (2004) Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A., vol.101, p.2806-2810)は、DNAディスプレイの一つである。
【0057】
抗体ライブラリーは、本発明におけるポリペプチドライブラリーとして好ましいライブラリーの一つである。本発明において、「抗体」には、完全長の抗体だけでなく、Fabなどの部分断片、もしくは重鎖可変領域(VH)と軽鎖可変領域(VL)をリンカーペプチドでつないだ単鎖抗体(scFv)(Hudson et al (1999) J Immunol. Methods, vol.231, p.177-189)なども含む。scFvのリンカーペプチドには、5〜20残基程度のアミノ酸配列が利用される。水溶性を与えるためにArgを導入したアミノ酸配列などがリンカーとして利用されている。あるいはグリシン(Gly)やセリン(Ser)で構成されるアミノ酸配列を利用したGSリンカーも、scFvの構築においてよく利用されている。たとえば、(GGGGS)3(配列番号:8)などのアミノ酸配列は、代表的なGSリンカーの一つである。
【0058】
抗体ライブラリーには、ナイーブライブラリーや免疫ライブラリーが含まれる。ナイーブライブラリーは、特定の抗原で免疫していない動物の抗体産生細胞を材料とする。抗体産生細胞は、例えば末梢血リンパ球、骨髄リンパ球、および脾臓を挙げることができる。ナイーブライブラリーは、特定の抗原に特異的なライブラリーではないが、種々の抗原に対する多様な抗体を含むライブラリーである。また、多数の動物から抗体遺伝子を集めることにより、抗体の多様性を向上させることができる。したがって、仮に十分に多様なナイーブライブラリーを作成すれば、様々な抗原に対する抗体を得ることができる、汎用性のあるライブラリーとして使用することができる。
【0059】
一方、免疫ライブラリーは、特定の抗原で免疫された動物の抗体産生細胞を材料とする。免疫ライブラリーは、免疫抗原を認識する抗体を多く含むと予測される。そのため、一般に、ライブラリーのサイズが小さくても特異性の高い抗体を容易に得ることができる。しかし、目的とする抗原ごとにライブラリーを作成する必要がある。
【0060】
scFvをコードするディスプレイライブラリーは、抗体産生細胞のmRNAからcDNAを合成し、可変領域をランダムに組み合わせて作成することができる。具体的には以下の工程で行うことができる。
(1)抗体産生細胞からmRNAを抽出してcDNAを合成する。
(2)cDNAを鋳型としてVH遺伝子領域およびVL遺伝子領域をそれぞれPCRにより増幅する。
(3)増幅したVH遺伝子領域とVL遺伝子領域をアセンブリPCRにより連結させ、scFvをコードするDNAを調製する。
(4)調製したscFvをコードするDNAをベクターに組み込み、ライブラリーを構築する。
抗体の可変領域のクローニング用プライマーは公知である(Marks et al. (1991) J. Mol. Biol., vol.222, p.581, Welschof et al. (1995) J. Immunol. Methods, vol.179, p.203, Campbell et al. (1992) Mol. Immunol., vol.29, p.193)。GSリンカーによってscFvを構築するためには、VH遺伝子領域とVL遺伝子領域を増幅する際にGSリンカーをコードする塩基配列を付加したプライマーを利用すればよい。通常、scFvにおけるVHとVLの組み合わせはランダムである。
【0061】
本発明においては、最終的に得られたscFvをコードするcDNAをmRNAに転写し、更にin vitro翻訳系によってscFvに翻訳したscFvライブラリーが使用できる。したがって、cDNAのベクターへの組み込みは必須ではない。たとえば、scFvをコードするcDNAの5’UTRにプロモーターやSD配列などの転写・翻訳に必要な構造を有していれば、そのままmRNAへ転写することもできる。たとえば、アセンブリPCRの後に、PCR産物にプロモーターやSD配列を含む2本鎖DNAをライゲーションすることによって、転写および翻訳に必要な構造を与えることができる。ライゲーションに先立ち、必要に応じて、PCR産物の末端を平滑化したり、あるいは制限酵素で消化したりすることもできる。あるいは、プロモーターやSD配列を含むプライマーを用いてPCRを行なうことにより、5’UTRを付加することも可能である。
【0062】
抗体ライブラリーの構築に当たり、遺伝子に変異を導入することもできる。抗体の可変領域遺伝子全体、あるいは可変領域を構成するCDR特異的に、ランダムに変異を導入するための手法が公知である。具体的には、エラープローンPCR(Error-Prone PCR)やCDRシャフリングなどの試みが報告されている。エラープローンPCRは、基質である4種類のデオキシヌクレオチドの濃度や、添加する二価カチオンの種類や濃度を調節することによってエラーが起こり易くなる現象を利用している。あるいはCDRシャフリングにおいては、異なる抗体分子に由来するCDRがランダムに組みかえられる。このようにして変異を導入された抗体ライブラリーは、合成抗体ライブラリーと呼ばれる。合成抗体ライブラリーにおいては、ライブラリーの多様性が、変異の導入によって人為的に高められる。
【0063】
ヒトの抗体産生細胞から構築された抗体ライブラリーは、ヒト抗体ライブラリーとすることができる。上記のナイーブライブラリーや免疫ライブラリーについても、ヒトの抗体産生細胞を材料として作成した場合にはヒト抗体ライブラリーとなる。言うまでもなく、倫理上、ヒトをライブラリーの構築を目的として免疫することはできない。しかし、たとえば感染症患者、癌患者、自己免疫疾患の患者などの抗体産生細胞を利用することによって、特定の抗原に対する免疫ライブラリーを構築することができる。
【0064】
ランダムポリペプチドライブラリーも、本発明におけるポリペプチドライブラリーとして利用することができる。ランダムポリペプチドライブラリーとは、ポリペプチドを構成するアミノ酸配列の一部、あるいは全てが、無作為に異なるアミノ酸配列からなるポリペプチドの集合である。たとえば酵母 two-hybrid アッセイ用のランダムポリペプチドライブラリーが市販されている(Matchmaker Random Peptide Library)。このライブラリーは107個のランダムポリペプチドをコードする核酸を含むライブラリーである。
【0065】
本発明は、in vitro翻訳系を用いて合成された標的ポリペプチドに結合したポリペプチドを回収する工程を含む。ディスプレイライブラリーなどのポリペプチドライブラリーと標的ポリペプチドを接触させ、結合を可能にする条件は公知であり(WO95/11922、WO93/03172、WO91/05058)、当業者にとって過度の負担なしに確立することができる。標的ポリペプチドに結合したポリペプチドを回収するには、標的ポリペプチドと結合したポリペプチドを、標的ポリペプチドと結合していない多数のポリペプチドの中からスクリーニングする必要がある。これはパニングとよばれる既知の方法に従って行う(Coomber (2002) Method Mol. Biol., vol.178, p.133-145)。パニングの基本的なプロトコルは以下のとおりである。
(1)不溶性担体に固定化した標的ポリペプチドにポリペプチドライブラリーを接触させる。もしくは、不溶性担体に捕捉される結合性リガンドで標識されている標的ポリペプチドにポリペプチドライブラリーを接触させ、その後にポリペプチドと結合した標的ポリペプチドを不溶性担体に固定化する。
(2)標的ポリペプチドに結合しなかった、ライブラリーに含まれていたその他のポリペプチドを除去する。例えば、洗浄により除去することができる。
(3)除去されなかったポリペプチド、すなわち標的ポリペプチドに特異的に結合していたポリペプチドを回収する。
(4)必要に応じ(1)から(3)の操作を複数回繰り返す。
【0066】
ポリペプチドライブラリーがin vitroディスプレイライブラリーであれば、一連の工程を繰り返す場合には、(1)の工程の前に、回収されたポリペプチド-核酸を含む複合体中の核酸を増幅することもできる。例えば、mRNAはRT-PCRによって増幅することができる。RT-PCRによって、mRNAを鋳型としてDNAが合成される。DNAを再びmRNAに転写し、複合体の形成のために利用することができる。転写反応のためには、DNAをベクターに挿入することができる。あるいは、転写に必要な構造をDNAに連結することによって、mRNAに転写することもできる。
【0067】
本明細書において、「スクリーニング」とは合成された化合物、または天然物より所望の性質を有するものを選び出すことをいう。また、「クローニング」とは特定の遺伝子を単離することをいう。
【0068】
本発明においては、標的ポリペプチドと結合して保持し、スクリーニングに用いる媒体から分離できる素材を不溶性担体として利用することができる。不溶性担体は標的ポリペプチドと直接的、または間接的に結合できる物であればよく、不溶性担体の形状は板状、棒状、粒子状、またはビーズ状のいずれをも含む。不溶性担体は、スクリーニングに用いる媒体である水や有機溶媒に不溶な素材を用いることができる。例えばプラスチック、ガラス、ポリスチレン等の樹脂、金薄膜などの金属を不溶性担体に利用する素材として挙げることができる。
【0069】
標的ポリペプチドは、直接的または間接的に不溶性担体に結合することができる。直接的な結合とは、例えば化学的結合、または物理的吸着をいう。間接的な結合とは、例えば結合性リガンドとその結合パートナーを利用した結合をいう。標的ポリペプチドが直接的もしくは間接的に固定化された不溶性担体は、本発明の標的ポリペプチドと結合するポリペプチドのスクリーニングに用いることができる。あるいは、標的ポリペプチドと、ポリペプチドライブラリーを接触させた後に、標的ポリペプチドを不溶性担体に捕捉して結合したポリペプチドを単離することもできる。また、標的ポリペプチドを固定化した後、不溶性担体表面を不活性蛋白質などでコートすることによって、ポリペプチドライブラリーの非特異的な結合を防ぐこともできる。
【0070】
蛋白質などの親水性物質は、プラスチック表面に吸着される。このような結合を物理的吸着と呼ぶ。したがって、蛋白質が標的ポリペプチドの場合、プラスチックからできているプレートやチューブの内壁に、物理吸着によって結合することができる。あるいは、熱処理による蛋白質の不溶性担体への吸着も物理吸着に含まれる。標的ポリペプチドは、不溶性担体に化学的に結合することもできる。化学的な結合とは、たとえば、共有結合などによる結合を含む。具体的には、カルボキシル基やアミノ基などの官能基を表面に有する不溶性担体が知られている。これらの官能基に、ポリペプチド、糖、または脂質などを共有結合によって結合させることができる。一般に、物理吸着に比べて、化学結合の結合は強固である。
【0071】
標的ポリペプチドは、物理吸着や化学結合などの直接的な結合の他に、間接的に不溶性担体と結合することもできる。本発明において、間接的な結合に利用する「結合性リガンド」とは、相互に付着しあう関係にある物質の一方であり、標的ポリペプチドを標識する物質をいう。また、「結合パートナー」とは、相互に付着しあう関係にある物質の他方をいう。すなわち、相互に付着しあう関係にある物質をそれぞれ「A」、「B」としたとき、標的ポリペプチドを標識する物質がAであれば、Aを「結合性リガンド」といい、Bは「結合パートナー」である。これらの物質の関係を次の一般式で表すことができる。
「標的ポリペプチド」+「結合性リガンド」=「結合パートナー」+「不溶性担体」
このように、標的ポリペプチドを不溶性担体に間接的に固定化する態様においては、標的ポリペプチドとポリペプチドライブラリーの接触後に不溶性担体に捕捉する場合にも、特異的なスクリーニングが可能である。結合性リガンドとその結合パートナーとの結合が選択的であることに加え、強固なので、十分に洗浄することができるためである。
【0072】
標的ポリペプチドが結合性リガンドで標識されているときは、当該結合性リガンドの結合パートナーを有する不溶性担体を利用することができる。すなわち、標的ポリペプチドを、結合性リガンドとその結合パートナーとの結合を介して不溶性担体に保持することができる。以下に本発明に利用することができる結合性リガンドとその結合パートナーの組み合わせを例示する。
・Hisタグとニッケル錯体、コバルト錯体等の金属錯体(Bornhorst and Falke (2000) Methods Enzymol., vol.326, p.245-254)
・T7タグとanti-T7タグ抗体(Deora et al. (1997) J. Bacteriol., vol.179, p.6355-6359)
・FLAGペプチドとanti-FLAGペプチド抗体(Woodring and Garrison (1997) J. Biol. Chem., vol.272, 30447-30454)
・Sタグとanti-Sタグ抗体
・Mycタグとanti-Mycタグ抗体
・HAタグとanti-HAタグ抗体
・Strepタグとストレプトアビジン(Skerra and Schmidt (2000) Methods Enzymol., vol.326, p.271-311)
・GST(グルタチオンS-トランスフェラーゼ)とグルタチオン
・MBP(マルトース結合蛋白質)とマルトース
・SNAPタグとベンジルグアニン(M.Kindermann (2003) J.Am.Chem.Soc., vol.125, p.7810-7811)
・HaloタグとHaloタグリガンド
・Thioredoxin とphenylarsine oxide(Alejo et al. (1997) J. Biol. Chem., vol.272, p.9417-9423)
・Staphylococal Protein A (SPA)と抗体(IgG)(Nilsson and Abrahmsen (1990) Methods Enzymol., vol.185, p.144-161)
・ビオチンとアビジン(または、ストレプトアビジンあるいはそれらの誘導体)(Alche and Dickinson (1998) Prot. Express. Purif., vol.12, p.138-143)
その結合様式が特異的である組み合わせであれば、上記以外の組み合わせも使用できる。
【0073】
前記結合性リガンドがタグ、あるいは蛋白質などのポリペプチドである場合、当該配列を、N末端、あるいはC末端に融合した融合蛋白質を標的ポリペプチドとして用いることができる。この場合、標的ポリペプチドをコードする塩基配列の5’側、あるいは3’側に、融合させるタグもしくは蛋白質をコードする塩基配列を付加したmRNAから翻訳反応を行なうことによって融合蛋白質を得ることができる。また、これらのタグあるいは蛋白質は、標的ポリペプチドの不溶性担体への固定だけでなく、合成後の精製にも使用できる。
【0074】
標的ポリペプチドが結合性リガンドとしてビオチンで標識されている場合は、ビオチンの結合パートナーであるアビジン、ストレプトアビジン、あるいはそれらの誘導体をあらかじめ固定した不溶性担体が使用できる。ビオチンとアビジン、ストレプトアビジン、あるいはそれらの誘導体を結合させることにより、ビオチンを介して間接的に標的ポリペプチドを不溶性担体に固定することができる。アビジンやストレプトアビジンの誘導体には、ニュートラアビジン(Neutraavidin、Pierce社)やストレプタクチン(Strep-Tactin、IBA社)などが知れており、購入して使用することが可能である。
【0075】
標的ポリペプチドをビオチンなどで標識する方法としては、天然のポリペプチドが有する官能基を利用して、化学的にビオチンなどを結合させる方法を用いることができる。たとえば、システイン残基の側鎖のスルフィドリル基(SH)と選択的に反応するマレイミド試薬などを利用すれば、ビオチンなどをポリペプチドに導入することができる。しかし、天然のアミノ酸が有する官能基は、in vitro翻訳系に存在する標的ポリペプチド以外の蛋白質、あるいは蛋白質以外の分子にも存在する。そのため、結合性リガンドを導入する標的ポリペプチドは、これらの夾雑物から高度に精製されなければならない。わずかでも他の蛋白質が混在すると、目的とするポリペプチド以外の蛋白質にも結合性リガンドが導入されることになる。結合性リガンドが導入された混在蛋白質は、当該リガンドの結合パートナーを有する不溶性担体に標的ポリペプチドとともに固定化される。その結果、ポリペプチドライブラリーのスクリーニングにおいて、混在蛋白質に結合するポリペプチドも選択されてしまう。つまりスクリーニングの特異性を低下させる原因につながる。このように、天然のアミノ酸が有する官能基を利用した結合性リガンドの導入方法においては、標的ポリペプチドの高度な精製が要求される。
【0076】
また、NH2基やSH基などの天然アミノ酸に見出される官能基は、一つのポリペプチド中に複数存在する場合が多いため、これらの官能基を利用して導入された結合性リガンドは、分子ごとに異なる位置に導入される可能性がある。その結果、分子ごとに異なる方向で不溶性担体に固定化され、ポリペプチドライブラリーからの特異的な結合能をもったポリペプチドの選択効率が低下する場合がある。更に、SH基は、ジスルフィド結合による蛋白質の立体構造の維持に必要な官能基である。結合性リガンドの導入時に、蛋白質の立体構造を支えているジスルフィド結合が破壊されると、蛋白質の立体構造が維持できなくなり、標的蛋白質が変性する可能性がある。
【0077】
ビオチンなどの結合性リガンドで標識されたポリペプチドを調製する方法としては、非天然アミノ酸を利用する方法も用いることができる。例えば、側鎖に結合性リガンドを含む非天然アミノ酸や、結合性リガンドを含む標識化剤で特異的に標識できる官能基を有する非天然アミノ酸を含むポリペプチドを合成し、標的ポリペプチドとして使用することができる。具体的には、ビオチン等の結合性リガンドで修飾されたアミノ酸、または結合性リガンドで修飾可能なアミノ酸でチャージされたtRNAを含むin vitro翻訳系を用いて標的ポリペプチドを合成できる。結合性リガンドで修飾可能なアミノ酸を使用した場合は、翻訳後に結合性リガンドを含む修飾剤で修飾することにより、結合性リガンドで標識されたポリペプチドを得ることができる。
【0078】
in vitro翻訳系においては、非天然アミノ酸を含むポリペプチドを容易に合成できる。具体的には、ポリペプチドをコードする核酸の特定の部位のコドンに、非天然アミノ酸が対応するように人為的な遺伝暗号を設定する方法が公知である。例えば、本来は翻訳反応停止を指示する終止コドンに非天然アミノ酸を対応づけることができる。あるいは、3塩基によってアミノ酸を指定する通常の遺伝暗号(3塩基コドン)とは異なり、4塩基もしくは5塩基によってアミノ酸を指定する4塩基コドン、5塩基コドンを利用する方法も報告されている。前記変異核酸から非天然アミノ酸を含むポリペプチドを合成する場合、非天然アミノ酸に対応づけられた遺伝暗号(コドン)に対応したアンチコドンを持つ変異tRNA(サプレッサーtRNA)を含むin vitro翻訳系が用いられる。言い換えれば、前記サプレッサーtRNAのアンチコドン部分に対応したコドンが、翻訳される核酸のポリペプチドコード領域の中の非天然アミノ酸を導入すべき部位に導入される。
【0079】
in vitro翻訳を使用して、非天然アミノ酸を部位特異的に含むポリペプチドを合成する方法としては、アンバーサプレッション法(J. Ellman et al. (1991) Methods Enzymol., vol.202, p.301-336)が使用できる。アンバーサプレッション法では、目的のポリペプチド中の非天然アミノ酸を導入したい部位のコドンを、終止コドンの一つであるアンバーコドン(UAG)に置換した変異mRNAを用意する。in vitro翻訳系内で転写反応も行なう場合は、TAGに置換したDNAを用意する。また、アンチコドンをCUAに置換したtRNA(サプレッサーtRNA)に導入したい非天然アミノ酸をチャージしたアミノアシルtRNAも用意する。非天然アミノ酸がチャージされたアミノアシルサプレッサーtRNAを含むin vitro翻訳系を用いて、前記変異mRNAを翻訳することにより、部位特異的に任意の非天然アミノ酸が導入されたポリペプチドを合成することができる。
【0080】
非天然アミノ酸をチャージしたサプレッサーtRNAの調製法には、大きく2種類の方法がある。一つは、化学的な手法により、予め、チャージしたtRNAを調製する方法である。もう一つは、変異アミノアシルtRNA合成酵素(AARS)を利用する方法である。それぞれの方法について、以下に簡単に説明するが、いずれの方法も、本発明に用いる非天然アミノ酸をチャージしたサプレッサーtRNAの調製法として好適に用いることができる。
【0081】
非天然アミノ酸でチャージされたサプレッサーtRNAの調製では、Hechtらのグループによって、報告された方法がよく用いられている(T.G.Heckler et al. (1984) Biochemistry, vol.23, p.1468-1473)。この方法は、まず、tRNAの3’末端のCCA配列のうち、末端のCAを含まないtRNAをin vitroでの転写反応により調製する。また、ジヌクレオチドpdCpAに目的の非天然アミノ酸を結合させたアミノアシル化pdCpAを化学的に合成する。両者を、RNAリガーゼを用いて連結することによって、目的の非天然アミノ酸をチャージしたサプレッサーtRNAを得ることができる。この方法で調製したサプレッサーtRNAを使用して様々な非天然アミノ酸が導入できることが示されている(J. Ellman et al. (1991) Methods Enzymol., vol.202, p.301-336)。
【0082】
非天然アミノ酸でチャージされたサプレッサーtRNAを調製する方法としては、変異AARSを用いる方法も複数のグループから報告されている(L. Wang et al. (2001) Science, vol.292, p.498-500、D. Kiga et al. (2002) Proc Natl Acad Sci USA, vol.99, p.9715-9720、S. Ohno et al. (2001) J Biochem. (Tokyo), vol.130, p.417-423、特許3896460号)。この方法は、ポリペプチドの合成に使用するin vitro翻訳系内のtRNAは認識しないAARS、およびin vitro翻訳系内のAARSには認識されないtRNAのペアを利用する。実際には、前記tRNAのアンチコドンをCUAに置換したサプレッサーtRNA、および変異を導入して非天然アミノ酸を認識可能にした前記AARSの存在下で、非天然アミノ酸を添加したin vitro翻訳系を用いて、ポリペプチドを合成することにより目的の部位に非天然アミノ酸が導入されたポリペプチドを合成できる。変異AARSの代わりに、RNAを触媒として用いて、アミノアシルtRNAを調製する方法も報告されている(H. Murakami et al. (2002) J.Am.Chem.Soc., vol.124, p.6834-6835、特表2003-514572)。
【0083】
導入する部位のコドンとしては、アンバーコドンだけでなく、4塩基コドンも使用できる。この場合、4塩基コドンをアンチコドンとして持つtRNAに非天然アミノ酸をチャージした人工アミノアシルtRNAを用いることにより,天然には存在しない4塩基コドンを非天然アミノ酸に翻訳することが可能である(T. Hohsaka et al. (1999) J.Am.Chem.Soc., vol.121, p.12194-12195)。
また、通常は、天然のアミノ酸に対応しているセンスコドンも使用することができる(K. Josephson et al. (2005) J.Am.Chem.Soc., vol.127, p.11727-11735、I. Kwon et al. (2003) J.Am.Chem.Soc., vol.125, p.7512-7513)。ただし、センスコドンを利用した場合は、使用したセンスコドンの全ての部位に非天然アミノ酸が導入されたポリペプチドが合成されるので、目的の部位以外のコドンの置き換えが必要である。
【0084】
非天然アミノ酸が導入されたポリペプチドの合成のために、好適なin vitro翻訳系を利用するのが望ましい。たとえば、アンバーサプレッション法においては、終止コドンであるアンバーコドンに非天然アミノ酸を割り当てている。大腸菌由来のS30抽出液等の細胞抽出液を基にしたin vitro翻訳系には、終止コドンを認識する解離因子(RF)が存在する。したがって、細胞抽出液を含むin vitro翻訳系を利用するときには、アミノアシル化サプレッサーtRNAはRFとの競合によって、非天然アミノ酸の導入効率が低くなる傾向がある。一方、本発明者らが開発した再構成型in vitro翻訳系では、競合相手のRFを添加していない反応系を容易に構築することができる。従って、この改良型in vitro翻訳系では、アミノアシル化サプレッサーtRNAの競合相手が存在しないため、非天然アミノ酸が効率よく導入される。上記の理由により、本発明においては、再構成型in vitro翻訳系が好適に用いられる。
【0085】
結合性リガンドを含む標識化剤で特異的に標識できる官能基としては、天然アミノ酸には存在しない官能基が好適に用いられる。このような官能基としては、アジド基(N3-)、カルボニル基(CO-)、アセチル基(CH3CO-)、ヨード基(I-)、ニトロ基(NO2-)などを例示できる。アジド基は、トリアリルホスフィン基やアルキン基などと特異的に反応する(S. Ohno et al. (2007) J.Biochem., vol.141, p.335-343)。また、カルボニル基の場合は、ヒドラジド基などと特異的に反応する(V. Cornish et al. (1996) J.Am.Chem.Soc., vol.118, p.8150-8151)。例えば、アジド基を含んだポリペプチドを合成後、トリアリルホスフィン基を有する結合性リガンドで標識することにより、結合性リガンドで標識された標的ポリペプチドを得ることができる。あるいは、非天然アミノ酸として、結合性リガンドで修飾されたアミノ酸を与えることによって、結合性リガンドを有する標的ポリペプチドを、直接合成することもできる。
【0086】
上記のような、非天然アミノ酸を利用して結合性リガンドをポリペプチドに導入する場合では、結合性リガンドは、合成した標的ポリペプチドにのみ導入される。従って、当該リガンドの結合パートナーと結合させる際に、標的ポリペプチドを高度に精製する必要なく、特異的に結合できる。すなわち、従来の組み換え蛋白質を用いる際に問題であった精製の過程を省略することができ、ポリペプチドライブラリーのスクリーニングに至る時間を大幅に節約できる。
【0087】
さらに、アンバーサプレッション法などの方法を使用することにより、非天然アミノ酸が標的ポリペプチドの特定の位置にのみ導入され、結合性リガンドも標的ポリペプチドの特定の位置に導入される。従って、結合パートナーを有する不溶性担体に固定化するときにも、標的ポリペプチドは全ての分子が同じ位置で固定化される。その結果、再現性の高いスクリーニングを実現することができる。また、アンバーサプレッション法による非天然アミノ酸の導入においては、標的ポリペプチドの本来の構造に影響を与える可能性の低い部位を選ぶことができるため、不溶性担体に固定化する際に変性する可能性が低くなる。これらの理由により、標的ポリペプチドへの結合性リガンドの導入法としては、非天然アミノ酸を利用した方法が好適に使用できる。
【0088】
本発明において、in vitro翻訳系によって合成された標的ポリペプチドは、ペプチドライブラリーとの接触、あるいは固定化する前に、予め、in vitro翻訳系を構成する成分と分離することができる。本発明者らが開発したPURE systemは、in vitro翻訳系を構成する蛋白質成分にHisタグを導入した再構成型in vitro翻訳系である。このようなin vitro翻訳系を使用すれば、in vitro翻訳系を構成する蛋白質成分をニッケルカラムなどによって容易に除去することができる。現在、PURE systemは、キットとして市販されており、入手可能である。(商品名:PURESYSTEM;(株)ポストゲノム研究所の登録商標)。
【0089】
ポリペプチドライブラリーのスクリーニングにおいて、標的ポリペプチドに対する高い特異性を維持するには、標的ポリペプチド以外の成分に結合するポリペプチドの排除が有効である。アンバーサプレッション法を利用する結合パートナーの導入は、標的ポリペプチド以外の成分のスクリーニング系への混入を防ぐ有効な対策の一つである。しかし、たとえ標的ポリペプチド以外の成分に結合パートナーが導入されないとしても、不溶性担体との接触時に、結合パートナーを介さない結合が起きる可能性は否定できない。パニングにおいては、不溶性担体の洗浄工程などによって、非特異的な結合の可能性を小さくすることができる。しかし、標的ポリペプチド以外の成分に対して結合したポリペプチドをできるだけ選択しないようにすることができれば理想的である。
【0090】
そのためには、たとえば、パニングに先立ち、予め、ポリペプチドライブラリーをin vitro翻訳系を構成する成分と接触させる工程が有効である。たとえば、蛋白質成分をHisタグで修飾した再構成型in vitro翻訳系を用いれば、ポリペプチドライブラリーに含まれる、in vitro翻訳系中の蛋白質に結合するポリペプチドを容易に除去することができる。具体的には、ポリペプチドライブラリーをin vitro翻訳系を構成する各蛋白質と接触後、蛋白質に結合したポリペプチドは、ニッケルカラムによって蛋白質とともに吸着される。すなわち、in vitro翻訳系を構成する蛋白質に結合するポリペプチドを、スクリーニングに先立って吸収することができる。また、標的ポリペプチドを含まないin vitro翻訳系と接触させた不溶性担体で、ポリペプチドライブラリーを前処理することも可能である。
【0091】
本発明による標的ポリペプチドに結合するポリペプチドを選択する方法に用いられる要素は、予め組み合わせてキットとして供給することができる。すなわち本発明は、次の要素を含む、ポリペプチドライブラリーから標的ポリペプチドに結合するポリペプチドを選択するためのキットを提供する。
(1) 標的ポリペプチドを合成するためのin vitro翻訳系;
(2) 標的ポリペプチドを固定化するための不溶性担体;および
(3) ポリペプチドライブラリー
【0092】
本発明のキットには、標的ポリペプチドの合成に当たり、結合性リガンドで修飾された非天然アミノ酸、あるいは、結合性リガンドで修飾可能な非天然アミノ酸を導入するための要素を組み合わせることができる。すなわち本発明は、以下の成分を付加的に含む、ポリペプチドライブラリーから標的ポリペプチドに結合するポリペプチドを選択するためのキットを提供する。
in vitro翻訳系を構成する非天然アミノ酸が、結合性リガンドで修飾される非天然アミノ酸であるときには、本発明のキットは、更に付加的に、結合性リガンドによる修飾のための試薬を含むことができる。たとえば、アジド基で修飾されたアミノ酸には、トリアリルホスフィン基を有する結合性リガンドを、結合性リガンドで修飾するための試薬として組み合わせることができる
(4) 非天然アミノ酸でアミノアシル化されたサプレッサーtRNA
あるいは、
(5) サプレッサーtRNA;および
(6) 非天然アミノ酸;および
(7) 前記非天然アミノ酸をサプレッサーtRNAにチャージするアミノアシルtRNA合成酵素。
【0093】
更に、本発明のキットは、標的ポリペプチド以外の成分に非特異的に結合するポリペプチドを吸収するための手段を付加的に含むことができる。たとえば、本発明のキットを構成するin vitro翻訳系を構成する成分を固定した不溶性担体を、非特異結合ポリペプチドの吸収手段として利用することができる。あるいは、先に述べたように、in vitro翻訳系を構成する成分がHisタグなどの結合性リガンドで修飾されている場合には、それを捕捉する結合パートナーを有する不溶性担体を組み合わせて、非特異結合ポリペプチドの吸収手段とすることもできる。このような不溶性担体としては、ニッケルカラムなどを利用することができる。
【0094】
本発明によって、ポリペプチドライブラリーのスクリーニングに有用な標的ポリペプチド(ベイト)の製造方法が提供された。すなわち、本発明は、以下の工程を含む、標的ポリペプチドの製造方法を提供する。
(1) 標的ポリペプチドをコードする核酸から、in vitro翻訳系によって標的ポリペプチドを合成する工程;および
(2) (1)で合成されたポリペプチドを標的ポリペプチドとして不溶性担体に固定する工程。
【0095】
上述のように、天然アミノ酸には存在しない官能基を含む非天然アミノ酸を用いることによって、標的ポリペプチドに任意の官能基を導入することができる。更に、当該官能基を利用して、結合性リガンドを標的ポリペプチドに導入することができる。また、結合性リガンドを側鎖に有する非天然アミノ酸を用いて、標的ポリペプチドに直接結合性リガンドを導入することもできる。こうして導入された結合性リガンドの結合パートナーを有する不溶性担体に、標的ポリペプチドを接触させて固定化された標的ポリペプチドを得ることができる。あるいは、ペプチドライブラリーのスクリーニングにおいて、ペプチドライブラリーと標的ポリペプチドを接触させた後に、不溶性担体を利用して標的ポリペプチドを回収することもできる。
【0096】
すなわち本発明は、次の工程を含む、標的ポリペプチドの製造方法を提供する。
(1) 結合性リガンドで修飾されたアミノ酸、または結合性リガンドで修飾可能なアミノ酸でチャージされたサプレッサーtRNAを含むin vitro翻訳系によって、前記サプレッサーtRNAのアンチコドン部分に対応したコドンをポリペプチドコード領域の中に含む核酸から標的ポリペプチドを合成する工程;あるいは、
次の要素を含むin vitro翻訳系によって、下記サプレッサーtRNAのアンチコドン部分に対応したコドンをポリペプチドコード領域の中に含む核酸から標的ポリペプチドを合成する工程;
(a) 結合性リガンドで修飾されたアミノ酸、または結合性リガンドで修飾可能なアミノ酸;
(b) 前記アミノ酸でチャージされうるサプレッサーtRNA;および
(c) 前記アミノ酸を前記サプレッサーtRNAにチャージするアミノアシルtRNA合成酵素。
(2) (1)で合成されたポリペプチドを標的ポリペプチドとして不溶性担体に固定する工程。

本発明の好ましい態様において、工程(2)の標的ポリペプチドは、(1)で導入された非天然アミノ酸が有する官能基に導入された結合性リガンドを、それが結合する結合パートナーで捕捉することによって固定することができる。あるいは非天然アミノ酸が有する結合性リガンドを認識して結合する結合パートナーによって、標的ポリペプチドを捕捉することもできる。
以下に、実施例により本発明を更に詳細に説明するが、もとよりこれらは例示であり、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例】
【0097】
実施例1;蛋白質合成反応試薬
蛋白質合成反応試薬の基本組成は次のとおりである(Shimizu et al. (2005) Methods, vol.36, p.299-304)。
50 mM HEPES-KOH pH7.6、
2 mM ATP、2 mM GTP、
1 mM CTP、1 mM UTP、
20 mM クレアチンリン酸(Creatine phosphate)、
56 A260 units/ml 大腸菌tRNA混合液、
0.01 μg/μl 10-formyl-5,6,7,8-tetrahydrofolic acid(FD)、
0.3 mM 各アミノ酸、
13 mM 酢酸マグネシウム、
100 mM グルタミン酸カリウム、
2 mM スペルミジン(Spermidine)、
1 mM ジチオスレイトール(DTT)、
1.2 μM大腸菌リボソーム、
0.02 μg/μl IF1、
0.04 μg/μl IF2、
0.015 μg/μl IF3、
0.02 μg/μl EF-G、
0.04 μg/μl EF-Tu、
0.02 μg/μl EF-Ts、
0.01 μg/μl RF1、
0.01 μg/μl RF2、
0.01 μg/μl RF3、
0.01 μg/μl RRF、
0.6-6 units/μl各アミノアシルtRNA合成酵素(AARS)及びメチオニルtRNAトランスフォルミラーゼ(MTF)、
0.004 μg/μl クレアチンキナーゼ(CK; creatine kinase)、
0.003 μg/μlミオキナーゼ(MK; myokinase)、
0.001 μg/μl ヌクレオシド二リン酸キナーゼ(NDK; nucleoside diphosphate kinase)、
0.0356 units/μl ピロフォスファターゼ(PPiase; Pyrophosphatase)及び
0.01 μg/μl T7 RNAポリメラーゼ
この蛋白質合成反応試薬に、鋳型DNAを最終濃度が0.02-0.1 μMになるように添加して37℃で反応を行なった。なお、蛋白質合成の目的に応じて、上記基本組成に追加および、もしくは除去した試薬を使用した。上記組成のうち、リボソームは、Ohashi et al. (2007) BBRC, vol.352, p.270-276、及び蛋白質因子は、Shimizu et al. (2001) Nat. Biotechnol., vol.19, p.751-755に従って調製され、純度が測定されたものを、その他の成分は市販の精製試薬を使用した。
【0098】
実施例2;ビオチン付加大腸菌ジヒドロ葉酸還元酵素(DHFR)の合成
実施例1の基本組成から、RF1を除去し、6.25 μg/ml変異酵母TyrRS、0.5 A260 units/ml サプレッサーtRNA、0.02 mMアジドチロシン(S. Ohno et al. (2007) J.Biochem., vol.141, p.335-343)を添加した蛋白質合成反応試薬を使用した。野生型の大腸菌DHFR(配列番号:7)をコードするDNAを基に、Overlap extension PCR(R. Higuchi et al. (1988) Nucleic Acid Res., vol.16, p.7351-7367)により、70位、87位、128位または145位のコドンをアンバーコドン(TAG)に置換した変異DHFR遺伝子DNAの5’UTRに、T7プロモーター配列およびSD配列を付加して鋳型DNAとした。前記鋳型DNA加えて、10 μlになるように調製した合成反応液を37℃で1時間反応させた。5-{3-diphenylphosphino-4-(methoxycarbonyl) benzamido}pentyl biotinamide (triarylphosphine-biotin conjugate)(S. Ohno et al. (2007) J.Biochem., vol.141, p.335-343)を、0.05 mMになるように添加してさらに1時間反応させた。
【0099】
ビオチン化DHFRの検出は、triarylphosphine-biotin conjugateとのカップリング反応後の反応液をSDS-PAGE後、PVDF膜に転写し、Streptavidin-Cy5(GE Healthcare Biosciences)を用いて行なった(図1)。その結果、いずれの部位にアンバーコドンを導入した場合も、DHFR全長に相当する分子量のサイズのバンドが検出された。ここで、見かけの分子量が異なっているのは、アミノ酸を置換した上、ビオチン化したため、SDS-PAGEにおける移動度が異なったためと考えられる。この結果は、上記方法により、部位特異的ビオチン化DHFRが正しく合成できていることを示している。以後の実験では、酵素活性中心に近い128位、および反対側に位置する87位にビオチンを導入したDHFRを使用した。
【0100】
実施例3;ビオチン付加DHFRの不溶性担体への固定化
実施例2と同様にして、87位または128位にビオチンを導入したDHFRを合成した。triarylphosphine-biotin conjugateとのカップリング反応後、脱塩スピンカラム(マイクロバイオスピンカラム6、Bio-Rad製)で未反応のtriarylphosphine-biotin conjugateを除去した。固定バッファーで100 μlに希釈した反応液を、ストレプトアビジンをコートしたELISAプレート(イモビライザー(ストレプトアビジン)、Nunc製)のウェルに添加して1時間静置することによって、合成したDHFRを87位もしくは128位でプレートに固定化した。また、DNAを添加せずに蛋白質合成反応およびカップリング反応を行なった反応液を添加したウェルも同様に調製した。
固定化バッファーの組成:
50 mM HEPES-KOH pH7.6、
150 mM 塩化カリウム、
13 mM 酢酸マグネシウム、
0.1% Tween 20
【0101】
実施例4;DHFR結合scFvをコードするmRNAの選択
マウス脾臓由来scFv遺伝子ナイーブライブラリーから、DHFRに対する結合活性を有するscFvの遺伝子をリボソームディスプレイで選択した。本発明に用いたマウス脾臓由来scFv遺伝子ナイーブライブラリーの一次構造を図2Aに示す。scFvの5'UTRには、T7プロモーターおよびSD配列を配置した。一方、scFvの下流には、M13のgeneIIIの部分配列、および大腸菌SecMのC末端領域(終止コドンを含む)をコードする配列を配置した。M13のgeneIIIの部分配列は、翻訳されたscFvがリボソームの外側で正しく高次構造を形成するためのスペーサーとして機能する(Ohashi et al., (2007) BBRC, vol.352, p.270-276)。また、SecMのC末端領域の配列は、翻訳伸長反応を停止させ、mRNA-リボソーム-ポリペプチド三者複合体を安定に維持する機能がある(Nakatogawa et al., (2002) Cell, vol.108, p.629-636、Nakatogawa et al., (2006) Mol. Cell, vol.22, p.545-552)。また、クローニングの際に用いるため、scFvをコードする塩基配列の5’側と3’側に、それぞれSfiIとNotIの制限部位を導入した。
【0102】
リボソームディスプレイのための合成反応液として、実施例1の基本組成から、DTT、RF1、RF2、RF3、RRFを除去し、リボソーム濃度を0.5 μMに変更した反応液に、大腸菌由来の分子シャペロンDnaK、DnaJ、GrpEを、それぞれ4 μM、2 μM、2 μMになるように加えたものを使用した。これらの分子シャペロンは、scFvの高次構造形成を助けることが報告されている(Ying et al., (2004) BBRC, vol.320, p.1359-1364)。この反応液に、上記の一次構造を有した0.1 pmolのマウス脾臓由来scFv遺伝子ナイーブライブラリーを加えて20 μlの反応液を調製し、37℃で20分間反応させてmRNA-リボソーム-ポリペプチド三者複合体を形成させた。
反応後、予め氷上で冷却した固定バッファーで100 μlに希釈した反応液を、実施例3のDHFRを固定していないウェルに添加し、4℃で1時間静置した。反応液を、ビオチン化DHFRを固定化したウェルに移し、さらに1時間静置した。200 μlの固定バッファーで、ウェルを5回洗浄した後、ウェルに100 μlの溶出バッファー(50 mM HEPES-KOH pH7.6、150 mM 塩化カリウム、20 mM EDTA)を加えて4℃で20分間静置し、ウェルに結合していたmRNAを回収した。回収したmRNAは、RNeasy MinElute Cleanup kit(Qiagen製)を用い、添付のマニュアルに従って精製、濃縮した。
【0103】
実施例5;回収したmRNAからのcDNA合成
精製したmRNAの1/3量から、SuperScriptIII(Invitrogen製)を使用し、添付のマニュアルに従ってcDNAを合成した。なお、逆転写反応時のオリゴヌクレオチドとして、下記塩基配列からなるSecMC8を使用した。合成したcDNAを鋳型DNAとして、またプライマーとして、下記塩基配列からなるT7pro2、およびSecMC8を使用したPCRを行ってcDNAを増幅した(図2B)。その結果、22サイクルで目的のcDNAが増幅された(レーン2および5)。一方、抗原としてDNAを加えていない蛋白質合成反応液を固定したウェルから回収したmRNAからのRT-PCRでは、22サイクルでは、バンドはほとんど検出できなかった(レーン8)。この結果からmRNAは、抗原特異的に回収されたことが示唆された。
SecMC8:ggattagttattcattaggtgaggcgttgaggg(配列番号:1)
T7pro2:gaaattaatacgactcactatagggagaccacaacgg(配列番号:2)
【0104】
<実施例6;DHFR結合scFv遺伝子のクローニング>
pET20b(Novagen製)のpelB leader領域に、QuickChange II Site-Directed Mutagenesis Kits(Stratagene製)でSfiIの制限部位を導入した。その際、プライマーとして、下記塩基配列からなるpelB-SfiI-FおよびpelB-SfiI-Rを用いた。
pelB-SfiI-F:gctcctcgcggcccagccggccatggccatgg(配列番号:3)
pelB-SfiI-R:ccatggccatggccggctgggccgcgaggagc(配列番号:4)
このSfiI部位の導入では、アミノ酸配列は変化しない。SfiI部位を導入したベクターをpET20b(SfiI)とした。実施例4で増幅したcDNAを制限酵素SfiIおよびNotIで切断し、アガロース電気泳動後、ゲルから抽出することによって精製した。同様に、上記発現用ベクターpET20b(SfiI)も、SfiIおよびNotIで切断し、精製した。上記DNA断片を上記ベクターに連結した後、大腸菌に導入し、独立したコロニーを得た。各コロニーを50 μlの水で懸濁した懸濁液から、プライマーとしてT7pro2、および下記塩基配列からなるT7terを用いて、ExTaq(TakaraBio製)でPCRを行なった。このPCR反応液の200倍希釈液から、プライマーとして、T7pro2、および下記の塩基配列からなるFRAG-Rを用いて、KOD-plus-(Toyobo)でPCRを行ない、in vitro翻訳系合成用のscFv-FLAGの鋳型DNAを調製した。
T7ter:gctagttattgctcagcgg(配列番号:5)
FRAG-R:cttgtcatcgtcatccttgtagtctgcggccgcccgtttgattt(配列番号:6)
【0105】
実施例7;クローン化scFv-FLAGの合成
実施例1の基本組成に[35S]メチオニンを添加した反応液を用いて、実施例5で調製したクローン化鋳型DNAからscFvを合成した。37℃で2時間合成反応を行なった後、反応液をSDS-PAGEに供した。ゲルを固定、乾燥後、BAS5000(FujiFilm製)でRIを含むバンドを検出した(図3)。合成反応を行なった16クローンのうち、予想されるscFvの分子量(約30 kDa)付近に明確なバンドが確認できたのは、87位で固定したDHFRを抗原にした場合で12クローン、128位で固定した場合では9クローンだった。見かけの分子量が異なるクローンが含まれていることから、複数種のクローンが得られていることが示唆される。合成が確認できたクローンについて、DHFRに対する結合活性をELISAで評価した。
【0106】
実施例8;ELISAプレートの調製
大腸菌DHFRを、実施例1の基本組成の蛋白質合成反応液を用いて以下のように合成、および精製した。30 μlの合成反応液を37℃で2時間反応させた後、氷上に移し、30 μlのミリQ水を加えて希釈した。希釈した反応液に、6 μlのNi-NTA agarose樹脂(Qiagen製)を加え、4℃で撹拌しながら1時間反応させた。樹脂を含む反応液をMicrocon YM100(Millipore製)にのせ、卓上遠心機で5,000rpm、30分の遠心を行なった。素通り画分を回収し、これを精製DHFRとした。
この精製DHFR溶液を、TBS(50 mM Tris-HCl pH7.5、150 mM NaCl)で50倍に希釈し、96ウェルELISAプレート(MaxiSorp、Nunc製)の各ウェルに100 μlずつ添加し、4℃で一晩放置することによって吸着させた。また、DNAを加えていない蛋白質合成反応液から同様に精製を行なって吸着させたウェル、およびELISAのネガティブコントロールとして、TBSのみを添加したウェルも作成した。ウェルから抗原溶液、およびTBSを除去し、200 μlのTBSで3回洗浄後、200 μlの0.1%牛血清アルブミン(BSA)溶液を加えて、4℃で1時間以上放置した。BSA溶液を除去し、TBS-T(TBS + 0.05% Tween20)で3回洗浄して、このプレートを以下のELISAに用いた。
【0107】
実施例9;クローン化scFv-FLAGの抗原結合活性評価
scFv-FLAGを、実施例1の基本組成に、4 μM DnaK、2 μM DnaJおよび2 μM GrpEを加え、DTTを除去した10 μlの蛋白質合成反応液を用いて、37℃で2時間反応させることにより合成した。合成後、390 μlのTBS-Tを加えた後、実施例8で作成したELISAプレートの各ウェルに100 μlずつ加えた。4℃で3時間反応させた後、反応液を除去し、200 μlのTBS-Tでウェルを洗浄した。TBS-Tで希釈したペルオキシダーゼ結合抗FLAG抗体(Sigma製)を100 μl加え、4℃で1時間反応させた。ウェルをTBS-Tで洗浄後、1-Step Turbo TMB-ELISA(Pierce製)を用いて発色させた。1 M硫酸を加えて発色を停止させた後、各ウェルの450 nmの吸光度を測定し、バックグラウンドの吸光度を引いた値を算出した(図4)。
【0108】
その結果、DHFR-87のクローン5や、DHFR-128のクローン2以外のクローンでは、DHFRを含む反応液を固定したウェル(黒いバー)で最も高い吸光度が得られた。このことは、DHFRに対して特異的に結合するクローンが得られたことを示している。特に、DHFR-87のクローン12や、DHFR-128のクローン5およびクローン7は、DHFRに特異的な結合をするクローンと考えられる。一方、DHFRを含まない反応液を固定したウェルで得られた吸光度(灰色のバー)が高いクローンもあった(DHFR-87のクローン11や、DHFR-128のクローン14など)。この吸光度は、バッファーのみを固定したウェルで得られた吸光度と同程度であることから、蛋白質合成反応液に含まれる因子ではなく、ブロッキングに用いたBSAと交差しているクローンであると推定される。ただし、これらのクローンでも、DHFRが存在する場合に最も高い吸光度を示していることから、DHFRに対してより強い結合活性を持っていると考えられる。
また、DHFRを固定した部位で比較した場合、128位で固定した場合のほうが、特異的な結合を示すクローンが多かった。これは、構造の揺らぎが大きい酵素活性中心が不溶性担体側を向いていて、抗原になりやすかったためと考えられる。
以上の結果から、今回の発明により、ナイーブライブラリーから1回のパニングで特異的な結合活性を持ったクローンが複数得られることが示された。すなわち、本発明の方法では、抗原の調製からパニングまで1日ですみ、従来の抗原調製法を使用した場合と比較して、大幅に作業時間、コストの低減がはかれることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0109】
本発明によって、ポリペプチドライブラリーから、任意の標的ポリペプチドに結合するポリペプチドを迅速に選択することができる。すなわち本発明は、ポリペプチドライブラリーのスクリーニング方法として有用である。ポリペプチドライブラリーを構成するポリペプチドがその遺伝情報を伴っている、すなわちディスプレイライブラリーであれば、本発明によってディスプレイライブラリーのスクリーニングが提供される。
【0110】
たとえば、抗体の可変領域ライブラリーが公知である。具体的には、抗体の可変領域としてscFvを提示したファージディスプレイライブラリーやリボソームディスプレイライブラリーが報告されている。これらのライブラリーからは、抗原性物質との結合を指標に、目的の結合特性を有する可変領域が選択される。本発明における標的ポリペプチドとして抗原ポリペプチドを利用すれば、当該抗原を認識する可変領域を選択することができる。ディスプレイライブラリーから選択されたポリペプチド(可変領域)は、それをコードする遺伝情報(すなわち可変領域遺伝子)を伴っている。こうして得られた可変領域遺伝子を利用して、キメラ抗体やヒト化抗体を構築することができる。
【図面の簡単な説明】
【0111】
【図1】ビオチン化DHFRの合成を示す写真である。アンバーサプレッションおよび部位特異的な修飾で合成したビオチン化DHFRをSDS-PAGEおよびブロッティングで検出した。70位、87位、128位および145位のコドンをそれぞれアンバーコドンに置換したDHFR遺伝子からアジドチロシン含有DHFRを合成し、その後、アジドチロシンを特異的にビオチン化した。合成産物を、SDS-PAGE後、PVDF膜に転写した。Streptavidin-Cy5でブロッティングし、Cy5の蛍光をFLA3000(FujiFilm製)で検出した。各レーンのビオチン化DHFRをドットで示している。なお、アミノ酸を置換し、ビオチン化しているため、SDS-PAGE上の見かけの分子量が異なっている。
【図2】リボソームディスプレイによるDHFR結合活性を有したscFvの選択を示す図である。A. 本発明で使用したマウス由来scFvナイーブライブラリーの一次構造の概略図。図中のSDはShine-Dalgarno配列(リボソーム結合部位)を、VHは重鎖可変領域を、VLは軽鎖可変領域を、(G4S)4 (配列番号:9)linkerはグリシン及びセリンからなるリンカーを、g3p(220-326)はgeneIIIの部分配列を、そしてSecM(148-170)はSecMの部分配列を示している。また、SfiIおよびNotIの制限部位を上側に示している。 B. 87位および128位でビオチン化してプレートに固定したDHFRに対して、リボソームディスプレイで選択、回収したmRNAからRT-PCRを行ない、アガロース電気泳動で増幅産物を検出した。サイクル数は、PCRのサイクル数を、DHFR-87およびDHFR-128は、使用した抗原がそれぞれ87位および128位で固定したDHFRであることを示している。また、予想される長さのバンドを矢印で示している。
【図3】クローニングしたscFv遺伝子からの蛋白質合成を示す写真である。クローニングしたscFv遺伝子から、再構成無細胞蛋白質合成系を用いて[35S]メチオニン存在下で蛋白質を合成し、合成産物をSDS-PAGEおよびイメージアナライザーで検出した。予想される分子量(約30 kDa)の位置を矢印で示している。なお、合成産物が同じ長さであっても配列が異なるので、SDS-PAGE上の見かけの分子量も異なっている。DHFR-87およびDHFR-128は、使用した抗原がそれぞれ87位および128位で固定したDHFRであることを示している。また、ぞれぞれの図の上の数字は、クローン番号を示している。
【図4】クローニングしたscFvの結合活性測定を示すグラフである。87または128位で固定したDHFRに対して選択したscFv遺伝子のうち、図3で目的分子量の蛋白質の合成が確認されたクローンについて、DHFRを固定したプレートを用いてELISAを行なった。抗原としたDHFRは再構成無細胞蛋白質合成系で合成・精製したものを使用した。白いバー、灰色のバーおよび黒いバーは、バッファー(TBS)、DHFR DNAを添加していない合成反応液、DHFR DNAを添加した合成反応液を添加したウェルの吸光度を示している。また、図3と同様に、バーの下の数字はクローン番号を示し、DHFR-87およびDHFR-128は、スクリーニングに使用した抗原がそれぞれ87位および128位で固定したDHFRであることを示している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
次の工程を含む、ポリペプチドライブラリーから標的ポリペプチドに結合するポリペプチドを選択する方法;
(1) in vitro翻訳系によって標的ポリペプチドを合成する工程;
(2) 標的ポリペプチドにポリペプチドライブラリーを接触させる工程;
(3) 工程(2)の前、または後に標的ポリペプチドを不溶性担体に固定化する工程;および
(4) 不溶性担体に標的ポリペプチドを介して保持されたポリペプチドを回収し、標的ポリペプチドに結合するポリペプチドを得る工程。
【請求項2】
ポリペプチドライブラリーを構成するポリペプチドが、当該ポリペプチドをコードする核酸を伴っている請求項1に記載の方法。
【請求項3】
ポリペプチドライブラリーがファージディスプレイライブラリー、またはin vitroディスプレイライブラリーである請求項2に記載の方法。
【請求項4】
in vitroディスプレイライブラリーが、リボソームディスプレイライブラリー、mRNAディスプレイライブラリー、およびDNAディスプレイライブラリーからなる群から選択されるいずれかのin vitroディスプレイライブラリーである請求項3に記載の方法。
【請求項5】
工程(2)、または工程(3)の前に、in vitro翻訳系によって合成された標的ポリペプチドを、in vitro翻訳系を構成する成分から分離する工程を含む請求項1〜請求項4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
工程(2)および工程(3)のいずれか、または両方が、in vitro翻訳系を構成する少なくとも1つの成分の存在下で行われる請求項1〜請求項4のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
標的ポリペプチドを不溶性担体に固定化する工程が、結合性リガンドを有する標的ポリペプチドと、当該結合性リガンドの結合パートナーを保持した不溶性担体とを接触させて、結合性リガンドと結合パートナーの結合を介して標的ポリペプチドを不溶性担体に固定化する工程である、請求項1〜請求項6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
結合性リガンドが、結合パートナーとの結合活性を有する結合性ポリペプチドであり、標的ポリペプチドが当該結合性ポリペプチドとの融合ポリペプチドである請求項7に記載の方法。
【請求項9】
結合性リガンドを有する標的ポリペプチドが、結合性リガンドで修飾されたアミノ酸でチャージされたサプレッサーtRNAを含むin vitro翻訳系において、前記サプレッサーtRNAのアンチコドン部分に対応したコドンをポリペプチドコード領域の中に含む核酸を翻訳することによって合成された標的ポリペプチドである請求項7に記載の方法。
【請求項10】
結合性リガンドを有する標的ポリペプチドが、次の工程によって合成されたポリペプチドである請求項7に記載の方法;
(i) 結合性リガンドで修飾可能なアミノ酸でチャージされたサプレッサーtRNAを含むin vitro翻訳系において、前記サプレッサーtRNAのアンチコドン部分に対応したコドンをポリペプチドコード領域の中に含む核酸を翻訳することによって標的ポリペプチドを合成する工程;および
(ii)(i)で合成したポリペプチド中の結合性リガンドで修飾可能なアミノ酸を結合性リガンドで修飾する工程。
【請求項11】
標的ポリペプチドとポリペプチドライブラリーを接触させる前に、ポリペプチドライブラリーを、不溶性担体およびin vitro翻訳系を構成する少なくとも1つの成分のいずれか、または両方と接触させる工程を含む、請求項1〜請求項10のいずれかに記載の方法。
【請求項12】
次の要素を含む、ポリペプチドライブラリーから標的ポリペプチドに結合するポリペプチドを選択するためのキット;
(1) 標的ポリペプチドを合成するためのin vitro翻訳系;
(2) 標的ポリペプチドを固定化するための不溶性担体;および
(3) ポリペプチドライブラリー。
【請求項13】
in vitro翻訳系が、結合性リガンドで修飾されたアミノ酸、または結合性リガンドで修飾可能なアミノ酸でチャージされたサプレッサーtRNAを含むin vitro翻訳系である請求項12に記載のキット。
【請求項14】
in vitro翻訳系が、次の要素を含むin vitro翻訳系である請求項12に記載のキット;
(1) 結合性リガンドで修飾されたアミノ酸、または結合性リガンドで修飾可能なアミノ酸;
(2) 前記アミノ酸でチャージされうるサプレッサーtRNA;および
(3) 前記アミノ酸を前記サプレッサーtRNAにチャージするアミノアシルtRNA合成酵素。
【請求項15】
in vitro翻訳系が、結合性リガンドで修飾可能なアミノ酸、もしくは結合性リガンドで修飾可能なアミノ酸でチャージされたサプレッサーtRNAを含むin vitro翻訳系であり、さらに付加的に前記アミノ酸を結合性リガンドで修飾するための試薬を含む請求項13、もしくは請求項14に記載のキット。
【請求項16】
以下の工程を含む、ポリペプチドライブラリーのスクリーニングのための標的ポリペプチドの製造方法;
(1) 標的ポリペプチドをコードする核酸から、in vitro翻訳系によって標的ポリペプチドを合成する工程;および
(2) (1)で合成されたポリペプチドを標的ポリペプチドとして不溶性担体に固定する工程。
【請求項17】
in vitro翻訳系が、結合性リガンドで修飾されたアミノ酸、または結合性リガンドで修飾可能なアミノ酸でチャージされたサプレッサーtRNAを含むin vitro翻訳系であり、かつ標的ポリペプチドをコードする核酸が、前記サプレッサーtRNAのアンチコドン部分に対応したコドンをポリペプチドコード領域の中に含む核酸である請求項16に記載の方法。
【請求項18】
in vitro翻訳系が、次の要素を含むin vitro翻訳系であり、かつ標的ポリペプチドをコードする核酸が、下記サプレッサーtRNAのアンチコドン部分に対応したコドンをポリペプチドコード領域の中に含む核酸である請求項16に記載の方法;
(a) 結合性リガンドで修飾されたアミノ酸、または結合性リガンドで修飾可能なアミノ酸;
(b) 前記アミノ酸でチャージされうるサプレッサーtRNA;および
(c) 前記アミノ酸を前記サプレッサーtRNAにチャージするアミノアシルtRNA合成酵素。

【図4】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−112286(P2009−112286A)
【公開日】平成21年5月28日(2009.5.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−292232(P2007−292232)
【出願日】平成19年11月9日(2007.11.9)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成19年5月25日、「第7回 日本蛋白質科学会年会」において発表
【出願人】(507371294)
【Fターム(参考)】