説明

比熱測定装置及び比熱測定方法

【課題】新たな比熱の測定方法を提供する。
【解決手段】比熱測定装置は、熱浴10、伝熱部20、ヒーター30、制御部40、及び比熱算出部50を備えている。熱浴10は、一定の温度に保たれており、熱容量は試料100の熱容量に対して十分大きい。熱浴10は、例えば銅塊などの金属塊である。伝熱部20は、熱浴10と試料100とを熱的に接続する。ヒーター30は試料100に熱を加える。制御部40は、ヒーター30への入力を制御する。比熱算出部50は、試料100と熱浴10との温度差の変化、又は試料100の温度の変化に基づいて試料100の比熱を算出する。そして制御部40は、ヒーター30に、一定の値である第1の電力と、第1の電力とは異なる一定の値である第2の電力とを交互に入力する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、比熱測定装置及び比熱測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
物質の比熱を算出する方法には複数あるが、代表的な方法としては、緩和法(例えば非特許文献1)と交流法(例えば非特許文献2)がある。
【0003】
緩和法では、比熱は、以下のようにして測定される。まず、試料に一定の熱量Qを与え続け、定常状態に達したときの試料と熱浴との温度差ΔTから熱伝導度K=Q/ΔTを測定する。次いで、熱量Q=0にした時間を原点として、試料と熱浴との温度差の時間依存性ΔT(t)を測定し、この時間依存性に基づいて比熱を算出する方法である。
【0004】
交流法では、比熱は、以下のようにして測定される。まず、試料に角振動数ωの熱量Qsin(ωt)を与える。すると、試料と熱浴との温度差の時間依存性ΔT(t)は、ΔTsin(ωt+φ)となる。これにより、比熱cは、c=Q/(ωΔT)で算出される。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】R. Bachmann et al, Rev. Sci. Inst. 43. No2(1972),P205-214
【非特許文献2】P. S Sullivan and G. Seidel, Phys. Rev. 173(1968), P679-685
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
緩和法では、比熱の絶対値を容易に決定することはできるが、測定時間がながく、温度差ΔTが大きくなってしまう。一方、交流法では、相対的な比熱を高精度で測定することはできるが、比熱の絶対値を決定することは難しい。
これらの欠点を同時に解消するためには、新たな比熱の測定方法を開発することが望ましい。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明によれば、熱浴と、
前記熱浴と試料とを熱的に接続する伝熱部と、
前記試料に熱を加えるヒーターと、
前記ヒーターへの入力を制御する制御部と、
前記試料と前記熱浴との温度差の変化、又は前記試料の温度に基づいて前記試料の比熱を算出する比熱算出部と、
を備え、
前記制御部は、前記ヒーターに、一定の値である第1の電力と、前記第1の電力とは異なる一定の値である第2の電力とを交互に入力する比熱測定装置が提供される。
【0008】
本発明によれば、試料を熱浴に電気的に接続し、
前記試料にヒーターを取り付け、前記ヒーターに、一定の値である第1の電力と、前記第1の電力とは異なる一定の値である第2の電力とを交互に入力することにより熱を加え、
前記試料の温度変化に基づいて前記試料の比熱を算出する、比熱測定方法が提供される。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、新たな比熱の測定方法、及びこの測定方法に用いられる比熱測定装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】実施形態に係る比熱測定装置の構成を示す図である。
【図2】制御部によるヒーターへの入力の一例を示す図である。
【図3】図2に示したタイミングチャートでヒーターに電圧を印加したときの、ヒータの発熱量の時間依存性を示す図である。
【図4】図2に示したタイミングチャートでヒーターに電圧を印加したときの、試料と熱浴の温度差の時間依存性を示す図である。
【図5】比熱算出部が行う演算処理の第1例を説明するための図である。
【図6】比熱算出部が行う演算処理の第2例を説明するための図である。
【図7】図4に示した試料と熱浴の温度差を時間で微分した結果を示す図である。
【図8】比熱cと1/Tの相関を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施の形態について、図面を用いて説明する。尚、すべての図面において、同様な構成要素には同様の符号を付し、適宜説明を省略する。
【0012】
図1は、実施形態に係る比熱測定装置の構成を示す図である。この比熱測定装置は、熱浴10、伝熱部20、ヒーター30、制御部40、及び比熱算出部50を備えている。熱浴10は、一定の温度に保たれており、熱容量は試料100の熱容量に対して十分大きい。熱浴10は、例えば銅塊などの金属塊である。伝熱部20は、熱浴10と試料100とを熱的に接続する。ヒーター30は試料100に熱を加える。制御部40は、ヒーター30への入力を制御する。比熱算出部50は、試料100と熱浴10との温度差の変化、又は試料100の温度の変化に基づいて試料100の比熱を算出する。そして制御部40は、ヒーター30に、一定の値である第1の電力と、第1の電力とは異なる一定の値である第2の電力とを交互に入力する。比熱算出部50が行う処理を含め、以下、詳細に説明する。
【0013】
試料100には温度データ生成部60が取り付けられており、熱浴10には温度データ生成部62が取り付けられている。温度データ生成部60は、試料100の温度を示すデータを生成し、温度データ生成部62は、熱浴10の温度を示すデータを生成する。温度データ生成部60,62は、例えばこれら2つで一組の熱電対を構成する。比熱算出部50は、温度データ生成部60及び温度データ生成部62によって生成されたデータ(例えば電圧)に基づいて、試料100と熱浴10の温度差を算出する。
【0014】
図2は、制御部40によるヒーター30への入力の一例を示す図である。上記したように、制御部40は、ヒーター30に、一定の値である第1の電力と、第1の電力とは異なる一定の値である第2の電力とを交互に入力する。本図に示す例において、ヒーター30はジュール熱によって発熱する。そして制御部40は、第1の電力としてV+v(V)の電圧をヒーター30に印加し、第2の電極としてV−v(V)の電圧をヒーター30に印加する。そして、第1の電力が入力される時間と、第2の電力が入力される時間は、互いに同じ時間tである。すなわち制御部40は、ヒーター30に、第1の電力と第2の電力とを、互いに同じ時間tずつ交互に入力する。
【0015】
このため、抵抗値Rのヒーター30からの発熱量W(t)は、以下の式(1)及び(2)で示されるように、矩形波と直流が重畳した状態(WAVを中心とする振幅ΔWの矩形波)と見なすことができる。
【0016】
【数1】

【数2】

【0017】
この発熱量をタイミングチャートに示すと、図3のようになる。
【0018】
図4は、図2に示したタイミングチャートでヒーター30に電圧を印加したときの、試料100と熱浴10の温度差の時間依存性を示す図である。試料100の温度は、ヒーター30に第1の電力が印加されている間(0<t<t)と、ヒーター30に第2の電力が印加されている間(t<t<2t)それぞれで、以下の通り、指数関数を用いた式(3)、式(4)、及び式(4)´で表すことができる。なお、τは緩和時間である。
【0019】
【数3】

【数4】

【数4−1】

【0020】
ただし、式(3)及び式(4)において、A及びTminは、以下の式(5)及び式(6)で示すことができる。これらのうちAは、周期T(=2t)を無限大としたときのWAV+ΔWの収束値及びWAV+ΔWの収束値それぞれの実測結果、及び、式(5)から、算出することができる。
【0021】
【数5】

【数6】

【0022】
そして、熱伝導度Kは、以下の式(7)で示される。ただし、式(7)の分母は、試料100の温度と熱浴10の温度との温度差の平均値(言い換えると、試料100の平均温度と熱浴10の温度の差)である。
【0023】
【数7】

【0024】
そして、比熱cは、以下の(8)式で示される。
【0025】
【数8】

【0026】
(8)式のうち、Kは式(7)で与えられ、緩和時間τは式(3)〜(6)を用いて算出できる。従って、(8)式を用いて試料100の比熱cを算出することができる。
【0027】
比熱算出部50は、上記した原理に基づいて、試料100の比熱cを算出する。なお、温度データ生成部60が試料100の温度を直接算出することができる場合、図4において、試料100と熱浴10の温度差の代わりに、試料100の温度を用いることができる。
【0028】
以下、比熱算出部50が行う演算処理の例を示す。
【0029】
(第1例)
図5は、比熱算出部50が行う演算処理の第1例を説明するための図である。本例において、比熱算出部50は、図4に示した温度差の変化を三角波に近似し、近似後の三角波を用いて試料100の比熱を算出する。この方法は、τがT(=2t)よりも十分に長い(例えば5倍以上)ときに、特に有効である。
【0030】
具体的には、上記した式(3)及び式(4)より、試料100と熱浴10の温度差の交流成分は、三角波に近似できる。従って、温度差T(t)は、以下の式(9)及び式(10)に近似することができる。
【0031】
【数9】

【数10】

【0032】
このとき、温度差T(t)は、以下の式(11)に示すように、フーリエ級数展開することができる。ただし、上記したようにT=2tである。
【0033】
【数11】

【0034】
ただし、ω2n−1は2nー1次の角振動数であり、以下の式(12)で示される。
【0035】
【数12】

【0036】
また、三角波を解析することにより、以下の式(13)を得ることができる。
【0037】
【数13】

【0038】
なお、d2nー1は温度差Ts(t)の2n―1次の項であり、以下の式(14)で示される。
【0039】
【数14】

【0040】
そして、式(13)及び式(14)から、以下の式(15)を得ることができる。
【0041】
【数15】

【0042】
一方、比熱算出部50は、例えばロックインアンプを用いて、温度差Ts(t)の2n―1次の項d2n―1を測定する。
【0043】
そして比熱算出部50は、適宜nを定めた上で、項dの実測値、及び式(7)で算出されるKを式(15)に代入することにより、緩和時間τを算出する。次いで比熱算出部50は、算出した緩和時間τ及び(7)で算出されるKを式(8)に代入することにより、100の比熱cを算出する。
【0044】
例えばn=1の場合を考える。dは最も交流成分で値が大きいものであるため、比熱cの算出精度は高くなる。n=1の場合、式(15)は、以下の式(16)に書き直せる。
【0045】
【数16】

【0046】
ただし、α、及びT´は、以下の式(17)及び式(18)で表すことができる。
【0047】
【数17】

【数18】

【0048】
(第2例)
図6は、比熱算出部50が行う演算処理の第2例を説明するための図である。第2例では、比熱算出部50は、第1例における式(18)に示されているように、T´と、dが比例関係にあることを利用する。
【0049】
制御部40及び比熱算出部50は、ΔW及びWAVを変化させずにtのみを変化させ、各tに対してd1及びKを測定する。そして比熱算出部50は、図6に示すように、(ΔW/K+π2/8)Tを変数とした上で、この変数に対するdの依存性を、一次式で近似する。そして比熱算出部50は、その傾きαを求める。
【0050】
また、式(17)及び式(8)より、以下の式(19)が求まる。比熱算出部50は、式(19)にα及びKを代入することにより、比熱cの絶対値を算出する。
【0051】
【数19】

【0052】
(第3例)
第3の例では、比熱算出部50は、ナノボルトメータやDMM(Digital Multimeter)のAC測定モードを用いて、図5に示した三角波の振幅dを測定する。また、dと緩和時間τは、以下の式(20)の関係にある。なお、式(20)におけるAは、以下の式(21)で示される。
【0053】
【数20】

【数21】

【0054】
式(20)及び式(21)を変形すると、式(22)が得られる。この式(22)は、第1例における式(16)と同じように扱うことができる。従って比熱算出部50は、式(22)を用いて第1例及び第2例と同様の処理を行うことができる。
【0055】
【数22】

【0056】
(第4例)
第4例では、比熱算出部50は、試料100と熱浴10の温度差の変化を微分した結果、または試料100の温度の変化を微分した結果を用いて試料100の比熱cを算出する。
【0057】
図7は、図4に示した試料100と熱浴10の温度差を時間で微分した結果を示している。この微分値は、以下の式(23)及び式(24)で示すことができる。ただし、上記した例と同様に、T=2tである。
【0058】
【数23】

【数24】

【0059】
そして、式(23)及び式(24)を、ωを用いてフーリエ級数展開すれば、以下の式(25)が得られる。
【0060】
【数25】

【0061】
ここで、n=0のとき、a=0となる。
【0062】
また、ωのa、bで示されるベクトルの大きさの絶対値fは、以下の式(26)及び式(27)で示される。
【0063】
【数26】

【数27】

【0064】
そしてn=奇数の場合、式(26)は、式(28)のように変形できる。
【0065】
【数28】

【0066】
そして式(28)と式(5)より、n=1の場合には式(29)が得られる。
【0067】
【数29】

【0068】
この式(28)を用いて、比熱算出部50は緩和時間τを算出する。そして式(7)及び式(8)を用いて、比熱算出部50は試料100の比熱cを算出する。
【0069】
(第5例)
第5例では、第1例に示した式(1)及び式(2)をフーリエ級数展開して、以下の熱量W(t)に関する式(30)を得る。
【0070】
【数30】

【0071】
このように、フーリエ級数展開を用いれば、W(t)を、基本各振動数ω(=2π/T)の奇数倍の角振動数を持つ正弦波に分解することができる。W(t)のフーリエ級数展開の一次の項(n=1)は、以下の式(31)で示される。
【0072】
【数31】

【0073】
このため、第1例と同様に、ロックインアンプ等で温度差Ts(t)の1次の項dを測定すれば、比熱算出部50は、以下の式(32)を用いることにより、試料100の比熱cを算出することができる。
【0074】
【数32】

【0075】
また、図8に示すように、T(=2t)を変化させて複数回試料100の比熱cを測定すると、比熱算出部50は、比熱cを1/Tの多項式で近似し、1/T=0への外挿を用いることにより、試料100の比熱cの相対的な変化を高い精度で算出することができる。
【0076】
以上、本実施形態によれば、新たな方法で試料100の比熱cを算出することができる。そしてこの方法によれば、制御部40は、ヒーター30に、一定の値である第1の電力と、第1の電力とは異なる一定の値である第2の電力とを交互に入力するため、短い時間(少ない労力)で、試料100の比熱cの絶対値を算出することができる。
【0077】
また、測定中の試料100の温度変化(温度の振幅)を小さくすることができるため、試料100の温度の振幅に試料100の相変態温度が含まれないようにすることができる。このため、試料100の比熱cを高い精度で測定することができる。
【0078】
以上、図面を参照して本発明の実施形態について述べたが、これらは本発明の例示であり、上記以外の様々な構成を採用することもできる。
【符号の説明】
【0079】
10 熱浴
100 試料
20 伝熱部
30 ヒーター
40 制御部
50 比熱算出部
60 温度データ生成部
62 温度データ生成部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱浴と、
前記熱浴と試料とを熱的に接続する伝熱部と、
前記試料に熱を加えるヒーターと、
前記ヒーターへの入力を制御する制御部と、
前記試料と前記熱浴との温度差の変化、又は前記試料の温度に基づいて前記試料の比熱を算出する比熱算出部と、
を備え、
前記制御部は、前記ヒーターに、一定の値である第1の電力と、前記第1の電力とは異なる一定の値である第2の電力とを交互に入力する比熱測定装置。
【請求項2】
請求項1に記載の比熱測定装置において、
前記比熱算出部は、前記温度差の変化または前記試料の温度の変化を三角波に近似し、近似後の三角波を用いて前記試料の比熱を算出する比熱測定装置。
【請求項3】
請求項1に記載の比熱測定装置において、
前記比熱算出部は、前記温度差の変化または前記試料の温度の変化を微分した結果を用いて前記試料の比熱を算出する比熱測定装置。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項に記載の比熱測定装置において、
前記制御部は、前記第1の電力と前記第2の電力とを、互いに同じ時間tずつ交互に入力する比熱測定装置。
【請求項5】
試料を熱浴に電気的に接続し、
前記試料にヒーターを取り付け、前記ヒーターに、一定の値である第1の電力と、前記第1の電力とは異なる一定の値である第2の電力とを交互に入力することにより熱を加え、
前記試料の温度変化に基づいて前記試料の比熱を算出する、比熱測定方法。
【請求項6】
請求項5に記載の比熱測定方法において、
前記温度差の変化または前記試料の温度の変化を三角波に近似し、近似後の三角波を用いて前記試料の比熱を算出する比熱測定方法。
【請求項7】
請求項5に記載の比熱測定方法において、
前記温度差の変化または前記試料の温度の変化を微分した結果を用いて前記試料の比熱を算出する比熱測定方法。
【請求項8】
請求項5〜7のいずれか一項に記載の比熱測定方法において、
前記第1の電力と前記第2の電力とを、互いに同じ時間tずつ交互に入力する比熱測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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