説明

油成分含有眼用組成物

【課題】油成分を含有していても優れた防腐、防菌効果を発揮することができる点眼剤などの眼用組成物を提供すること。
【解決手段】本発明は、無機塩類と油成分を含有し、非イオン界面活性剤によって水中油型のエマルションを形成させ、これに防腐剤としてクロルヘキシジンまたはその塩を加えてなる乳化型の眼用組成物である。油成分としては、ヒマシ油または流動パラフィンが好ましく、防腐剤成分としてはグルコン酸クロルヘキシジンが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、油成分を含有する眼の治療用組成物、特にドライアイの治療用に適した眼用組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
近年では、例えばコンピューターなどの情報機器の普及に伴って長時間にわたってディスプレイ装置を使用し続けることなど、厳しい環境のもとでの目の酷使による疲労、乾燥感、視力低下などの症状を訴える人が増加している。このような目の疲労や乾燥感を緩和するための点眼剤、治療剤として、主にドライアイの治療用の点眼剤として、従来から油成分を含有する眼用組成物が種々提案されている。
【0003】
例えば、炭化水素油と膜形成蝋をゲル化させた、体温では液体であって眼球表面上で均一フィルムを形成し得るゲル化油を、準安定水中油型エマルションの状態で人工涙膜として使用するもの(特許文献1参照)や;実効電荷を有する複合リン脂質と油とを含んでいる水性水中油滴型エマルションからなる人工涙膜の形成によって乾き目を治療するための眼用医薬組成物(特許文献2参照);人工涙液からなる点眼薬に微量の流動パラフィンなどの油を添加したドライアイ治療用目薬(特許文献3参照);アルカリ金属イオンとともにアルカリ土類金属イオンを補助的に含み、浸透圧が220〜295(OsmkgH2O;引用者注:この単位は「mosmol/kg H2O」、もしくは「mOsm」の誤りであると思われる。)、pHが6〜8になるように調整したドライアイ用の人工涙液(特許文献4参照);ヒマシ油を含有することによって、セルロース系粘稠化剤と非イオン性界面活性剤を配合した粘度の安定に保持された粘膜適用組成物(特許文献5参照)などである。
【0004】
このような特にドライアイ用の人工涙液や点眼剤などの眼用組成物は、いずれも油脂類や流動パラフィンなどの油成分を含んだものが多く、更にはこの油成分を乳化状態にした水中油滴型エマルションタイプのものが多い。
【0005】
点眼剤などの眼用組成物は、一般的に容器を開封後繰り返し使用することが多く、使用期間中に細菌などの微生物に汚染される恐れがある。特に、上記のようなドライアイ用の人工涙液や点眼剤は油成分を含む組成物であるため微生物による汚染の恐れが高く、これを効果的に防止することが必要であり、このような目的のために防腐、防菌効果のある保存剤を添加する必要がある。
【0006】
また、一般的に防腐剤は防腐効果を有する反面、細胞毒性を有し、単に保存効力が得られるまで高濃度に配合すればよいというものではない。特に、ドライアイに適用する製剤のように、ダメージを受けた角膜に適用される眼科用剤では、可能な限り防腐剤の配合量を少なくすることが求められており、できるだけ少ない防腐剤によって十分な防腐、防菌効果を発揮させることが求められている。
低い濃度で有効な眼用の防腐剤として、塩化ベンザルコニウムや塩化ベンゼトニウムなどが知られており、これらは通常0.002〜0.01質量%の濃度で用いられ、刺激性がなく長期保存しても安定である。同じく逆性石鹸類に属するものとしてクロルヘキシジンまたはその塩も知られており、その代表例であるグルコン酸クロルヘキシジンは、通常0.01質量%の濃度で使用される(非特許文献1参照)。
【0007】
しかしながら、油成分が界面活性剤によって乳化されたエマルション状態となっている眼用組成物に対し、上述の防腐剤のうち、最も広く用いられている塩化ベンザルコニウムを通常濃度添加しても、通常期待される防腐、防菌効果が得られないことが本発明者らの製品開発中に判明した。
【0008】
【特許文献1】特開平7−2647号公報
【特許文献2】特許第3281392号
【特許文献3】特開平10−218760号公報
【特許文献4】特開2000−159659号公報
【特許文献5】特開2005−206599号公報
【非特許文献1】本瀬賢治「点眼剤」76〜83頁、南山堂
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、ドライアイ用の人工涙液や点眼剤などの油成分を含む乳化型の眼用組成物のこのような問題点を解決し、優れた防腐、防菌効果を発揮することができる眼用組成物を提供することをその目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、点眼剤などの油成分を含む乳化型の眼用組成物の防腐、防菌作用について鋭意研究を行い、乳化型の眼用組成物において特定の防腐剤を組み合わせて使用することによって、上記の課題を解決することができることを見出し、本発明を完成した。
【0011】
即ち、本発明は、無機塩類と油成分を含有し、非イオン界面活性剤によって水中油型のエマルションを形成させ、これに防腐剤としてクロルヘキシジンまたはその塩を加えてなる乳化型の眼用組成物を提供するものである。
また、本発明は、クロルヘキシジンまたはその塩がグルコン酸クロルヘキシジンである乳化型の眼用組成物である。
また、本発明は、防腐剤のクロルヘキシジンまたはその塩の含有量が眼用組成物の0.0005〜0.05質量%である乳化型の眼用組成物である。
また、本発明は、油成分がヒマシ油または流動パラフィンである乳化型の眼用組成物である。
また、本発明は、無機塩類がアルカリ金属塩またはアルカリ土類金属塩のいずれかである乳化型の眼用組成物である。
また、本発明は、無機塩類が、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウムまたは炭酸ナトリウムのいずれかである乳化型の眼用組成物である。
また、本発明は、非イオン界面活性剤が、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油、ポリオキシエチレンヒマシ油、モノステアリン酸ポリエチレングリコールまたはポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステルからなる群から選ばれる化合物のいずれかである乳化型の眼用組成物である。
【発明の効果】
【0012】
本発明の乳化型の眼用組成物は、油成分を含有しており角膜への油成分の補給によってドライアイや眼精疲労などの予防や治療に適した組成物であるが、さらに防腐、防菌作用が低下することなく、十分に高いレベルの組成物の防腐・保存作用を有している。一般に、油成分を含有する眼用組成物では、これに防腐剤成分を配合しても、防腐、防菌作用が低下してしまい、満足な保存剤として使用できないが、本発明ではこのような防腐、防菌作用の低下がなく、優れた防腐、保存作用を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の眼用組成物において、油成分としては、生体適合性が高く、角膜への油分補給に適する油成分であれば任意のものが使用可能である。具体的には、例えば、オリーブ油、オレンジ油、ダイズ油、ツバキ油、ナタネ油、ヤシ油、ユーカリ油、ヒマシ油等の液体植物油及び流動パラフィンなどが例示できる。この中でも、特にヒマシ油と流動パラフィンが、生体適合性の高さや、点眼時の目のかすみが少ないなどの点から有利に利用できる。
油成分は、治療に必要とされ、適量の界面活性剤によって乳化可能な量であれば、その配合量は問わないが、通常は眼用組成物の0.01質量%〜1.0質量%、好ましくは0.05質量%〜0.8質量%、より好ましくは0.1質量%〜0.5質量%である。
【0014】
本発明の眼用組成物においては、もう一つの有効成分として特にドライアイの治療を目的として無機塩類を配合する。配合可能な無機塩類としては、生体適合性が高く、製剤上許容可能な成分であれば、その種類は特に制限されないが、具体的にはアルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩が例示できる。これらの中でも、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、炭酸ナトリウムが生体適合性の高さや、ドライアイ治療の目的に沿うことから好ましい。更には、必要に応じてホウ酸ナトリウム、ホウ酸カリウムなどのホウ酸塩、リン酸ナトリウムなどのリン酸塩、硫酸ナトリウムなどの硫酸塩等も使用することができる。これらの無機塩類を精製水などの水に溶解して、水相に無機塩類を含有させる。
【0015】
上記の油成分と無機塩類を含有する水相とを、非イオン界面活性剤によって乳化して、水中油型のエマルション状態とする。非イオン界面活性剤としては、本発明の効果を妨げない範囲で種々の公知のものが利用できる。具体的には、例えば、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油、ポリオキシエチレンヒマシ油、モノステアリン酸ポリエチレングリコール、ポリオキシエチレン−ポリオキシプロピレンブロックコポリマー、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステルなどから選択される一種または二種以上を例示できる。
【0016】
これらのうち、ポリオキシエチレン−ポリオキシプロピレンブロックコポリマーとしては、具体的にはポリオキシエチレン(n=3)ポリオキシプロピレン(n=17)グリコール、ポリオキシエチレン(n=20)ポリオキシプロピレン(n=20)グリコール、ポリオキシエチレン(n=42)ポリオキシプロピレン(n=67)グリコール、ポリオキシエチレン(n=54)ポリオキシプロピレン(n=39)グリコール、ポリオキシエチレン(n=105)ポリオキシプロピレン(n=5)グリコール、ポリオキシエチレン(n=120)ポリオキシプロピレン(n=40)グリコール、ポリオキシエチレン(n=160)ポリオキシプロピレン(n=30)グリコール、ポリオキシエチレン(n=196)ポリオキシプロピレン(n=67)グリコール、ポリオキシエチレン(n=200)ポリオキシプロピレン(n=70)グリコールなどとして入手できる。
また、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステルとしては、ポリソルベート20、ポリソルベート60、ポリソルベート65、ポリソルベート80、ポリソルベート85、イソステアリン酸PEG−20ソルビタン、ステアリン酸PEG−6ソルビタン、オレイン酸PEG−6ソルビタンなどとして入手できる。ここで、カッコ内のnの数値はポリオキシエチレン鎖、またはポリオキシプロピレン鎖の酸化エチレンのモル数である。非イオン界面活性剤の中でも乳化安定性の面から、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油、ポリオキシエチレンヒマシ油、モノステアリン酸ポリエチレングリコール、ポリソルベート類が好適に用いられる。
【0017】
また、これらの非イオン界面活性剤は、油成分の乳化に必要であれば、製剤上許容可能な範囲で自由にその配合量を調整できるが、具体的には通常0.01質量%〜1.0質量%、好ましくは0.03質量%〜0.8質量%、より好ましくは0.05質量%〜0.5質量%である。
【0018】
本発明の乳化型眼用組成物においては、上記のように油成分を、非イオン界面活性剤によって無機塩類を含有する水相に乳化した水中油型の乳化系に防腐、防菌成分としてクロルヘキシジンまたはその塩を添加する。クロルヘキシジンの塩としては、具体的には、グルコン酸クロルヘキシジン、塩酸クロルヘキシジン、酢酸クロルヘキシジンなどが挙げられる。クロルヘキシジンまたはその塩は、強力な殺菌薬で、臨床各領域や医薬品で消毒薬もしくは防腐剤として用いられている。グラム陽性・陰性菌共に、広く抗菌作用を表すが、グラム陽性菌に対してより効果的である。粘膜や皮膚からほとんど吸収されないので全身的な毒性は低いとされる。
【0019】
一般に油成分を含む乳化型の眼用組成物に防腐、防菌剤を配合しても、油成分が油相の中に取り込まれて満足な防腐、防菌作用を発揮しないが、本発明においては、防腐、防菌として選択的にクロルヘキシジンまたはその塩を油成分の乳化系に適用することによって、防腐、防菌作用の低下がなく、優れた防腐、防菌作用を発揮する眼用組成物とすることができたものである。
クロルヘキシジンまたはその塩の使用量は比較的少量でよく、通常眼用組成物の0.0005質量%〜0.05質量%であり、好ましくは0.001質量%〜0.03質量%、特に好ましくは0.005質量%〜0.01質量%である。
【0020】
次に、本発明を実施例によって更に詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例によって何ら限定されるものではない。また、実施例中の「%」及び「部」は、いずれも特に注記しない限り質量基準である。
【実施例】
【0021】
(1) 眼用組成物の調製:
加温した精製水に、別に流動パラフィン0.3gとモノステアリン酸ポリエチレングリコール(n=10)0.2gを溶解したものを加え、塩化ナトリウム0.45g、塩化カリウム0.16g、塩化カルシウム0.015g、乾燥炭酸ナトリウム0.04g、クエン酸0.02g及びホウ酸0.6gを加え、これをマグネティックスターラーによって10分間攪拌して水中油型の乳化系とした。次に、この水中油型の乳化系に20w/v%グルコン酸クロルヘキシジン0.05gを加えた後、緩やかに攪拌して精製水を加えて全量100mLとし、点眼剤を調製し、これを実施例1とした。
更に、表1に示す種々の配合組成によって、実施例1と同様の方法によって点眼剤を調製し、これらをそれぞれ実施例2および比較例1〜4とした。
【0022】
(2) 保存効力試験
第十五改正日本薬局方の保存効力試験法に準拠して、これらの点眼剤についての保存効力を評価した。ここでは、試験菌として、Escherichia coli(E.coli)、Pseudomonas aeruginosa(P.aeru)、Staphyrococcus aureus(S.aureu)の細菌類及びAspergillus niger(A.niger)、Candida albicans(C.albi)の真菌類を用いた。
【0023】
保存効力試験の評価基準は以下のとおりである。
○:接種した各細菌類に対する14日間培養後の菌数の割合が0.1%未満であり、
28日間培養後の菌数の割合が、14日後のレベルと同等若しくはそれ以下、
かつ各真菌類に対する14日間培養後の菌数の割合が接種菌数と同レベル若しく
はそれ以下であり、28日間培養後の菌数の割合が接種菌数と同レベル若しくは
それ以下である。
×:上記判定基準を満たさなかったとき。
これらの評価結果を表1に示す。
【0024】



【表1】

【0025】
この結果からわかるように、油成分を含まない点眼剤の配合組成のものでは、比較例4に示すように抗菌成分として塩化ベンザルコニウムを使用したものであってもすべての細菌類に対して良好な抗菌活性を示すが、油成分として流動パラフィンを配合したもの(比較例1)およびヒマシ油を配合したもの(比較例2および3)では、これらを非イオン界面活性剤で乳化し、これに抗菌成分として塩化ベンザルコニウムを配合したものは抗菌活性が弱まり、Escherichia coliおよびPseudomonas aeruginosaに対しては十分な抗菌活性を示さなかった。
これに対して、油成分として流動パラフィンやヒマシ油を配合し、これを非イオン界面活性剤で乳化したものであっても、抗菌成分としてグルコン酸クロルヘキシジンを使用したもの(実施例1および2)では、抗菌活性が低下することがなく、すべての細菌類に対して良好な抗菌活性を示した。
【産業上の利用可能性】
【0026】
本発明によれば、油成分を配合した点眼剤や人工涙液などの眼用組成物で少量の抗菌成分を使用するだけで良好な抗菌活性を示し、防腐、防菌作用の良好な眼用組成物とすることができる。従って、特にドライアイ用の点眼剤などに有用である。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
無機塩類と油成分を含有し、非イオン界面活性剤によって水中油型のエマルションを形成させ、これに防腐剤としてクロルヘキシジンまたはその塩を加えてなる乳化型の眼用組成物。
【請求項2】
クロルヘキシジンまたはその塩がグルコン酸クロルヘキシジンである請求項1に記載の乳化型の眼用組成物。
【請求項3】
防腐剤のクロルヘキシジンまたはその塩の含有量が眼用組成物の0.0005〜0.05質量%である請求項1または2に記載の乳化型の眼用組成物。
【請求項4】
油成分がヒマシ油または流動パラフィンである請求項1ないし3のいずれかの項に記載の乳化型の眼用組成物。
【請求項5】
無機塩類がアルカリ金属塩またはアルカリ土類金属塩のいずれかである請求項1ないし4のいずれかの項に記載の乳化型の眼用組成物。
【請求項6】
無機塩類が、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウムまたは炭酸ナトリウムのいずれかである請求項1ないし5のいずれかの項に記載の乳化型の眼用組成物。
【請求項7】
非イオン界面活性剤が、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油、ポリオキシエチレンヒマシ油、モノステアリン酸ポリエチレングリコールまたはポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステルからなる群から選ばれる化合物のいずれかである請求項1ないし6のいずれかの項に記載の乳化型の眼用組成物。









【公開番号】特開2008−222638(P2008−222638A)
【公開日】平成20年9月25日(2008.9.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−63577(P2007−63577)
【出願日】平成19年3月13日(2007.3.13)
【出願人】(390031093)テイカ製薬株式会社 (38)
【Fターム(参考)】