説明

油脂組成物及び乳化油脂組成物

【目的】 風味良好な新規の油脂組成物、及び該油脂組成物を用いて得られる、風味良好で乳化安定な新規の乳化油脂組成物を提供すること。
【構成】 油脂組成物は、油脂とポリグリセリンからなる混合物に、リパーゼによるエステル交換反応を行わせて得られる。また乳化油脂組成物は、油脂とポリグリセリンからなる混合物に、リパーゼによるエステル交換反応を行わせて得られた油脂を含む油脂分と水分を乳化させて得られる。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、風味の良い油脂組成物、及び該油脂を用いて得られる、風味が良く、清涼感のある食品、特に製菓材料に好適に適用される乳化油脂組成物に関する。
【0002】
【従来の技術】ポリグリセリンは、グリセリンの重合体で、粘性の強い、吸湿性のある甘味をもった液体であり、多価アルコールの一種である。この脂肪酸エステルは、ポリグリセリンの水酸基のうちいくつかを脂肪酸でエステル化したものであり、酸性領域で高い安定性を示し、食品分野では乳化剤や粘度調製剤として広く使用されている。我が国では昭和56年6月より食品添加物「グリセリン脂肪酸エステル」として使用が認められており、また、海外では1960年代には、多くの研究者により代謝や安全性に関する研究が行われ、FAO/WHO(国連食糧農業機構/世界保健機構)で評価され、安全性の高い乳化剤であることが確認されている。
【0003】ポリグリセリン脂肪酸エステルの製造法としては、直接エステル化法とエステル交換による方法及び酵素法があるが、一般には脂肪酸とポリグリセリンのアルカリ触媒等を使用した直接エステル化法が工業的に実施されている。一方、酵素法は一般的には実施されておらず奥村らの報告では酵素としてリパーゼを用い、アルコール類のエステル化に関する一連の研究の中でジグリセリンオレイン酸エステルが合成できることを報告している(Biochim, Biophy. Acta, 575, 156 (1979))。
【0004】また、乳化剤メーカーではポリグリセリンエステルをリパーゼを用いて検討しているが、上記の報告はポリグリセリンと脂肪酸を出発原料としてエステル化反応に関するものであり、油脂とポリグリセリンとの酵素を用いたエステル交換についての報告はなされていない。またリパーゼは、油脂特にトリグリセリドの加水分解酵素として知られているが近年、加水分解のみでなくエステル化反応をも触媒することが認められ、多くの応用例が報告されている
【0005】
【発明が解決しようとする課題】本発明の目的は、油脂とポリグリセリンからなる混合物におけるエステル交換を、酵素を用いて温和な反応条件で行わせて得られる、風味良好な新規の油脂組成物、及び該油脂組成物を用いて得られる、風味良好で乳化安定な新規の乳化油脂組成物を提供することにある。
【0006】
【課題を解決するための手段】本発明者らは、油脂のエステル交換反応にリパーゼを使用することに関し、鋭意検討を続けてきたが、リパーゼのもつエステル交換活性に着目してさらに検討した結果、ポリグリセリンと油脂の間でもエステル交換反応が可能であることを知見した。
【0007】本発明は、上記知見に基づいてなされたもので、油脂とポリグリセリンからなる混合物に、リパーゼによるエステル交換反応を行わせて得られる新規な油脂組成物を提供するものである。また、本発明のは、油脂とポリグリセリンからなる混合物に、リパーゼによるエステル交換反応を行って得られた油脂を含む油脂分と水分を乳化させて得られる、新規の乳化油脂組成物を提供するものである。
【0008】まず、第1発明について説明する。本発明において使用されるポリグリセリンとは、重合度2〜15、好ましくは2〜10のグリセリンの脱水縮合物であり、直鎖状もしくは環状のポリグリセリン全てが対象となる。具体的には、ジグリセリン、トリグリセリン、テトアグリセリン、ペンタグリセリン、ヘキサグリセリン、ヘプタグリセリン、オクタグリセリン、ノナグリセリン、デカグリセリン、ペンタデカグリセリン等である。ポリグリセリンは、グリセリンの脱水縮合の他グリセリンの蒸留残分からの回収もしくはグリセリン類似化合物からの合成によるものも使用することができる。
【0009】本発明において使用される油脂としては、通常の食用に用いられる動植物樹脂、具体的には、ヤシ油、大豆油、菜種油、パーム油、パーム核油、ヒマワリ油、サフラワー油、オリーブ油、米油、綿実油、ひまし油等の植物油、乳脂、牛脂、豚脂、魚油等の動物油及びヒドロキシ酸を含むヒマシ油が挙げられる。さらにこれらの水添油、分別油等も挙げることができる。
【0010】本発明の油脂組成物は、上述した油脂とポリグリセリンを、モル当量でポリグリセリン1に対して油脂10〜1、好ましくは8〜2となるように混合し、これにリパーゼを添加して30℃〜70℃の温和な条件下で反応させて製造するものである。本発明において使用されるリパーゼとしては、1,3位置特異性のあるリパーゼ及び1,3位置特異性のないリパーゼのどちらも使用できる。具体的には、1,3位置特異性のあるリパーゼとしては、リゾプス・デレマー等のリゾプス属、アスペルギルス・ニガー等のアスペルギルス属、ムコール・ミーハイ等のムコール属、アルカリゲンス属等の微生物起源の酵素、パンクレアチン等の動物由来の酵素を使用することができる。1,3位置特異性のないリパーゼとしては、キャンデダ属の微生物起源の酵素を使用することができる。
【0011】本発明の油脂組成物を製造するに際しての、リパーゼの添加形態は特に限定されないが、効率的、経済的には固定化リパーゼを使用することが好ましい。リパーゼの固定化は、不溶性担体に物理吸着、イオン結合等により固定化すればよい。不溶性担体としては、ケイソウ土、イオン交換樹脂、活性炭、アルミナ、キトサン等を挙げることができる。本発明においては、特にケイソウ土、イオン交換樹脂が好適である。
【0012】リパーゼの添加量は任意であるが、トリグリセリド(油脂)に対して0.001〜100重量%、好ましくは0.1〜50重量%とすればよい。また、本発明において、反応系に有機溶媒を添加して行うことも可能であり、例えば、ヘキサン、イソオクタン、アセトン、t−ブチルアルコール等を挙げることができ、特に、ヘンキサンは酵素活性に悪影響を与えないため好ましい。
【0013】さらに、本発明いおいては、リパーゼによる油脂の加水分解によって生じる遊離脂肪酸の生成を防止するため、反応原料は反応前によく脱水、乾燥することが望ましい。また、別の方法として、反応系にモレキュラーシーブ等の乾燥剤を添加し、反応中に反応系の水分を吸着除去することも可能である。またさらに、本発明において、反応系にメタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、ブタノール等の一価の低級アルコールを添加して水分を除去してもよい。
【0014】以上により得られた本発明の油脂組成物は、トリグリセリド85重量%以下、好ましくは30〜80重量%、ジグリセリド10重量%以上、好ましくは15〜30重量%、モノグリセリド5重量%以下、好ましくは4重量%以下、ポリグリセリンエステル10重量%以上、好ましくは20〜45重量%を含有するものである。
【0015】上記ポリグリセリンエステルは、油脂とポリグリセリンの混合物に、リパーゼによるエステル交換反応を行わせて得られる、前記ポリグリセリンの脂肪酸エステルである。脂肪酸は油脂により供給されるため、前期ポリグリセリンの脂肪酸エステルは、反応に使用される油脂により異なるが、例えば、前記ポリグリセリンのパルミチン酸エステル、前記ポリグリセリンのステアリン酸エステル、前記ポリグリセリンのオレイン酸エステルが挙げられる。以上の油脂組成物は、通常の油脂の精製工程により漂白、脱臭することにより、乳化油脂組成物の油脂として好適に用いられるものである。
【0016】次に、第2発明について説明する。本発明において使用される油脂とポリグリセリンからなる混合物に、リパーゼによるエステル交換反応を行って得られた油脂を含む油脂分とは、油脂とポリグリセリンからなる混合物に、リパーゼによるエステル交換反応を行って得られた油脂組成物(以下、第1発明の油脂という)を、油脂分全体中に3重量%以上含有する油脂である。
【0017】第1発明の油脂以外の油脂としては、前述したような通常の食用に用いられる動植物油脂、又はこれらの水添油、分別油等を挙げることができる。本発明において使用される水分としては、水、牛乳等一般的に使用されるものが挙げられる。
【0018】上記油脂分と水分は、上記油脂分10〜90重量%に対して、水分90〜10重量%の割合で使用される。また、本発明の乳化油脂組成物においては、上記油脂分及び水分以外の、一般の乳化油脂組成物に含有される成分も適宜含有させてよい。例えば、フルーツペースト、ジャム、顆粒状固形物、食物繊維、澱粉、蛋白質が挙げられ、本発明の乳化油脂組成物中に30重量%以下の割合で使用される。
【0019】本発明の乳化油脂組成物は、水中油型の乳化油脂組成物でも、油中水型の乳化油脂組成物でもよい。乳化の方法は、一般的な方法により行えばよい。以上により得られた乳化油脂組成物は、食品用、特に製菓材料として用いられるものである。
【0020】
【実施例】以下、本発明を実施例により具体的に説明する。
実施例1ハイオレイックひまわり油500g(米国SVO社製、TRISUN 80)と、ジグリセリン(鹿島ケミカル(株)製 K−COL−II)80gの混合物に、リパーゼ〔アルカリゲネス起源のリパーゼPL粉末(名糖産業(株)製)〕15gを添加して、40℃により15時間エステル交換反応を行なわせた。以上の反応により、各種エステル(反応生成物)の生成が認められ、イアトロスキャン分析の結果、図1のチャートに示す如く、トリグリセリド(TG)、ジグリセリド(DG)、ジグリセリンモノエステル(DGM)及びジグリセリンジエステル(DGD)のピークが確認された。尚、上記イアトロキャン分析に際しては、次の機器及び展開溶媒を用いた。〔機器;イアトロキャンTH−10(ヤトロン(株)) クロマロッドS−III 展開溶媒;ベンゼン:クロロホルム:蟻酸=70:30:2〕
【0021】上記反応生成物(油脂組成物)の具体的な組成は、トリグリセリド36重量%、ジグリセリド20重量%、ジグリセリン脂肪酸エステル43重量%であり、ジグリセリン脂肪酸エステルとしては、ジグリセリンオレエート、ジグリセリンジオレエート、ジグリセリンテトラオレエート等が含有されていた。得られた反応生成物は、濾紙濾過により酵素粉末と分離した。漂白、脱臭は通常の油脂精製方法に準じて実施した。漂白は白土3%、温度85℃、減圧下30分間行った。脱臭は温度190℃、40分間水蒸気の吹き込みで行い、脱臭終了して温度を下げる時に水蒸気の吹き込みを中止して、漂白、脱臭処理した油脂組成物が得られた。以上により、得られた油脂組成物の臭いは殆ど無い状態になり、一部未反応のジグリセリンは留分として出てきた(仕込み450g、留分1g)。
【0022】実施例2実施例1により得られた油脂組成物1に対して、60℃の温水を3の割合で加え、スパーチラでゆっくり掻き混ぜた。この操作だけで乳化が簡単に起こり、白色の乳化油脂組成物が得られた。乳化油脂組成物はヨーグルト状の特徴ある物性を示し、口溶けは良好、風味も良好であった。
【0023】実施例3実施例1で調製した油脂組成物30重量%と、水55重量%、苺ジャム10重量%及び砂糖5重量%を混合し、ホモジナイザーにて乳化させて水中油型乳化組成物を得た。得られた乳化油脂組成物の乳化安定性を評価した。結果を表1に示す。
【0024】比較例1〜2実施例1で調製した油脂組成物の代わりに、下記乳化剤2重量%とハイオレイックひまわり油28重量%の混合物を使用した以外は、実施例3と同様にして集合体中油型乳化組成物を得た。比較例1には市販の蒸留モノグリセリドのオレイン酸エステル、比較例2には市販のジグリセリンモノオレートを使用した。得られた乳化油脂組成物の乳化安定性を評価した。結果を表1に示す。
【0025】
【表1】


【0026】実施例4表2に示した配合にてホイップクリームを常法により調製した。その際、予備乳化は70℃、500rpmのホモミキサーにて3分間、殺菌は80℃、一次均質化は30kg/cm2 、二次均質化は70kg/cm2 、エージングは5℃で5日間行った。得られたホイップクリームのオーバーラン、保型性について以下の方法により評価した。オーバーランは、5℃水浴中でホイッパーにて1分間毎に測定した。保型性は、ホイップクリームを絞って造花し、5℃で静置して観察した後(製造直後)、10℃で静置して観察した。結果を表3に示す。
【0027】
【表2】


【0028】比較例3〜4実施例1で調製した油脂組成物の代わりに、下記乳化剤2重量%とハイオレイックひまわり油28重量%の混合物を使用した以外は、実施例4と同様にしてホイップクリームを得た。比較例3には市販のモノオレエート、比較例4には市販のジグリセリンモノオレートを使用した。得られたホイップクリームのオーバーラン及び保型性について実施例4と同様にして評価した。結果を表3に示す。
【0029】
【表3】


【0030】実施例5ナタネサラダ油500gとジグリセリン80gの混合物に、リパーゼとしてムコール・ミーハイの固定化酵素( Lipozyme NOVO社製)20gを添加して、40℃にて15時間エステル交換反応を行い、反応生成物(トリグリセリド55重量%、ジグリセリド18重量%、モノグリセリド4重量%、結合する脂肪酸が主にパルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノール酸であるジグリセリン脂肪酸エステル20重量%)を得た。得られた反応生成物は、次子例1と同様に精製し油脂組成物を得た。
【0031】実施例6実施例5で調製した油脂組成物2重量%と、大豆硬化油58重量%、水40重量%を混合し、一般に行われている方法でファットスプレッドを得た。得られたファットスプレッドについて、クリーミング性と吸水性を以下の方法により評価した。クリーミング性は、ホイップして経時的に比容積(mg/g)を測定した。吸水性は、ミキサーにてホイップしながら25℃のメチレンブルーで着色した水を滴下、水が混和しなくなるまでの注水量を測定した。結果を表4に示す。
【0032】比較例5〜6実施例5で調製した油脂組成物の代わりに、下記乳化剤5重量%とナタネサラダ油45重量%の混合物を使用した以外は、実施例6と同様にしてファットスプレッドを得た。比較例5には市販のモノオレエート、比較例6には市販のジグリセリンモノオレートを使用した。得られたファットスプレッドについて、そのクリーミング性と吸水性について実施例6と同様にして評価した。結果を表4に示す。
【0033】
【表4】


【0034】実施例7大豆白絞油500gとデカグリセリン(鹿島ケミカル(株)K−COL−IV700)50gの混合物に、リパーゼとしてムコール・ミーハイの固定化酵素30gを添加して、40℃にて15時間エステル交換反応を行わせ、反応生成物(トリグリセリド70重量%、ジグリセリド10重量%、結合する脂肪酸が主にオレイン酸、リノール酸であるデカグリセリン脂肪酸エステル20重量%)を得た。得られた生成物は、実施例1と同様にして精製し、臭いが殆どなく風味が良好な油脂組成物を得た。
【0035】実施例8実施例7で調整された油脂組成物を用い、表5に示した配合によりアイスクリームを試作したところ、起泡性、保型性に優れていた。
【0036】
【表5】


【0037】比較例7大豆白絞油500gとデカグリセリン50gの混合物に、反応触媒としてナトリウムメチラート0.5gを使用して、80℃にて1時間エステル交換反応を行い、反応生成物(トリグリセリド60重量%、ジグリセリド15重量%、結合する脂肪酸が主にオレイン酸、リノール酸であるデカグリセリン脂肪酸エステル25重量%)を得た。しかしながら、反応終了後、触媒除去目的の湯洗を行うため水を添加したところ、乳化が生じてしまい、目的とする清澄な状態の組成物を得ることができなかった。又、着色がおこり脱色が困難であった。
【0038】
【発明の効果】本発明の新規な油脂組成物は、風味が良いものである。又、本発明の上記油脂組成物を乳化させて得られる本発明の新規な乳化油脂組成物は、風味良好で乳化が安定で、しかも清涼感があるものである。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の油脂組成物(反応生成物)の一例の組成のイアトロスキャン分析による分析結果を示すチャートである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 油脂とポリグリセリンからなる混合物に、リパーゼによるエステル交換反応を行わせて得られることを特徴とする油脂組成物。
【請求項2】 油脂とポリグリセリンからなる混合物に、リパーゼによるエステル交換反応を行わせて得られた油脂を含む油脂分と水分を乳化させて得られることを特徴とする乳化油脂組成物。

【図1】
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