説明

注射器

【課題】注射器において、注射液を加圧するための燃焼ガスを発生させるガス発生剤を好適に燃焼させ、且つその燃焼に際して生じる燃焼残渣を抑制する。
【解決手段】注射目的物質を生体の注射対象領域に注射する注射器において、注射器本体と、注射目的物質を封入する封入部と、注射器本体に設けられた燃焼室であって、封入部に封入された注射目的物質に対して加圧するための燃焼ガスを生成するガス発生剤を収容する燃焼室と、燃焼室に収容されたガス発生剤を着火させる点火手段と、を備える。そして、点火手段は、外部の高電圧電源から供給されるエネルギーにより電極間にプラズマを発生させる、一対の電極を含み、ガス発生剤は、燃焼室において一対の電極間に配置されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、注射目的物質を生体の注射対象領域に注射する注射器に関する。
【背景技術】
【0002】
注射針の有無にかかわらず、注射器では、注射液に対して加圧を行うことで、注射液の射出が実現されるが、例えば、注射針を介することなく注射を行う無針注射器では、その加圧源として火薬が使用される場合がある(例えば、特許文献1を参照)。特許文献1に示される無針注射器では、雷管と火工装薬が備えられ、撃鉄が雷管を刺し、雷管が発火することで、その熱エネルギーが火工装薬に伝えられ、そこで燃焼ガスが発生し注射液への加圧が行われることになる。このように燃焼ガスを発生させる火工装薬としては、ニトロセルロースをベースにした単一の火薬のような、燃焼ガスを発生させる火薬が使用される。
【0003】
また、例えば特許文献2には、火薬に対して摩擦力によるエネルギーを付与することで、その火薬を燃焼させ、注射液への加圧を行う無針注射器が開示されている。当該技術では、無針注射器を使用するユーザが、注射器の部品を押圧することで当該部品を火薬に対して挿入させ、当該部品と火薬の間に生じる摩擦力によって火薬の燃焼を行わせるものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表2004−532049号公報
【特許文献2】米国特許第6537245号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来技術のように雷管を利用して火工装薬を燃焼させる場合、ニトロセルロースをベースとした火工装薬からはその大部分は気体のガスを発生させるが、雷管からは幾らかの燃焼残渣が発生する。そして、発生した燃焼残渣が注射液に混合すると、注射液とともに注射対象領域へ射出されることになるため好ましくない。また、ユーザの押圧操作に応じて火薬に対して摩擦エネルギーを付与することで火薬の燃焼を行う場合、摩擦によって瞬間的に生じる火花が着火源となるが、電気式の点火手段に比べると威力が小さく火薬への着火性能が必ずしも十分ではないことから、注射液を加圧するのに十分な程度に火薬を燃焼させることが困難となる可能性がある。
【0006】
本発明では、上記した問題に鑑み、注射液を加圧するための燃焼ガスを発生させる火薬(ガス発生剤)を好適に燃焼させ、且つその燃焼に際して生じる燃焼残渣を抑制することのできる注射器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明は、注射液を加圧するためのガス発生剤を、プラズマを発生させる電極を利用して燃焼させる構成を採用した。雷管と異なりプラズマは、原理的にはその発生時には一切の燃焼残渣を生じさせるものではなく、プラズマが発生している間は、ガス発生剤に対して燃焼エネルギーを供給することが可能となる。したがって、より好適な注射液の射出が実現され得る。
【0008】
具体的には、本発明は、注射目的物質を生体の注射対象領域に注射する注射器であって
、注射器本体と、前記注射目的物質を封入する封入部と、前記注射器本体に設けられた燃焼室であって、前記封入部に封入された前記注射目的物質に対して加圧するための燃焼ガスを生成するガス発生剤を収容する燃焼室と、前記燃焼室に収容された前記ガス発生剤を着火させる点火手段と、を備える。そして、前記点火手段は、外部の高電圧電源から供給されるエネルギーにより、前記燃焼室内に配置された電極間にプラズマを発生させる、一対の電極を含み、前記ガス発生剤は、前記燃焼室において前記一対の電極間に配置されている。
【0009】
本発明に係る注射器では、燃焼室でガス発生剤が燃焼されて燃焼ガスが生じ、該燃焼ガスにより封入部に封入されている注射目的物質に対して圧力が加えられることで、注射目的物質の注射器外部への射出が行われる。この注射目的物質は、注射対象領域の内部で効能が期待される成分を含むものであり、上記のように燃焼ガスによって加えられる圧力がその射出時の駆動源である。そのため、燃焼ガスの加圧による射出が可能であれば、注射目的物質の注射器内の収容状態や、液体やゲル状等の流体、粉体、粒状の固体等の注射目的物質の具体的な物理的形態は問われない。また注射器も、前記ガス発生剤の燃焼によって得られる圧力プロファイル次第では、針を介して注射目的物質を注射対象領域に供給するタイプであってもよいし、針を介さずに供給するタイプであってもよい。
【0010】
たとえば、注射目的物質は液体であり、また固体であっても射出を可能とする流動性が担保されればゲル状の固体であってもよい。更には、注射目的物質は、粉体の状態であってもよい。そして、注射目的物質には、生体の注射対象領域に送り込むべき成分が含まれ、当該成分は注射目的物質の内部に溶解した状態で存在してもよく、又は当該成分が溶解せずに単に混合された状態であってもよい。一例を挙げれば、送りこむべき成分として、抗体増強のためのワクチン、美容のためのタンパク質、毛髪再生用の培養細胞等があり、これらが射出可能となるように、液体、ゲル状等の流体に含まれることで注射目的物質が形成される。
【0011】
ここで、燃焼室内に収容されるガス発生剤の着火は、点火手段によって実行され、当該点火手段は、注射器の外部の高電圧電源から供給される高電圧の印加電圧によってプラズマを発生させる一対の電極として構成される。プラズマは、電子と正イオンの濃度がほとんど等しく空間電荷は零であるようなイオン化されたガス状媒質と定義されるものであり、ガス発生剤を着火させるためのエネルギーをガス発生剤に供給し得るものである。そして、一対の電極間にプラズマが発生している状態と、従来技術のように雷管が点火している状態で大きく異なるのは、後者は雷管に含まれる火工装薬が点火されて燃焼した後には幾ばくかの燃焼残渣が生じる場合があり、一方で前者のプラズマはあくまでも所定空間、すなわちガス発生剤が配置される一対の電極間の空間においてイオン化されたガス状媒質が生成されている状態であるため、プラズマの発生自体によって何らかの残渣が生じる可能性は極めて低い。
【0012】
したがって、本発明に係る注射器では、作動時における燃焼残渣を実質的に減少させながらも、当該ガス発生剤をプラズマからのエネルギーにより着火させ、好適に燃焼させることが可能となる。その結果、従来技術で懸念されていた燃焼残渣と注射目的物質との接触の可能性は低くなり、例えば、燃焼残渣が注射目的物質と接触するのを回避するための特別な構造を簡素化あるいは省略できるなど、注射器の構造をより簡素なものとすることも可能となる。
【0013】
ここで、上記注射器において、前記一対の電極は、前記外部の高電圧電源から所定時間にわたってエネルギー供給を受けることが可能となるように構成されてもよい。ここでいう所定時間は、一対の電極が外部の高電圧電源からエネルギー供給を受ける時間であるが、換言すれば、一対の電極間にプラズマを発生させる時間、すなわちガス発生剤に対して
着火のためのエネルギー供給を行う時間に相当する。このように本発明に係る注射器では、外部の高電圧電源から一対の電極がエネルギー供給を受ける時間を介して、ガス発生剤の着火時間を設定することが可能である。その結果、ガス発生剤を十分に燃焼させることが可能となり、不十分な燃焼による注射目的物質への加圧力不足が生じるのを回避することができる。
【0014】
また、上述までの注射器において、前記燃焼室は、前記注射器本体の一端側に、開口端を備える凹部によって形成され、前記注射器は、更に、前記凹部の開口端を塞ぐように該凹部に対して取り付けられる蓋部を備えてもよい。そして、前記一対の電極は前記凹部の内壁面に互いに対向するように配置されるとともに、該一対の電極に接続される電源線は、該凹部の開口端側に露出するように配線され、前記蓋部が前記凹部の開口端を塞ぐように取り付けられると、前記外部の高圧電源に接続される前記蓋部側の電源線が、該凹部側の電源線と接触するように構成される。
【0015】
このように構成される注射器では、蓋部を凹部に対して取り付けることで、閉空間としての燃焼室が形成されることとなる。したがって、ガス発生剤を一度燃焼させて注射目的物質の射出を行った後に、再び別の注射目的物質の射出を行う場合には、封入部に注射目的物質を改めて封入するとともに、蓋部を凹部から取り外し、ガス発生剤を再度凹部内に収容し、蓋部を取り付ければよい。このような構成を採用することで、注射目的物質の繰り返しの射出が容易に実行し得る。更に、上記の通り、燃焼室を形成するために、蓋部が凹部の開口端を塞ぐように取り付けられると、外部の高圧電源に接続される蓋部側の電源線が、凹部側の電源線のうちその開口端側に露出している部分と接触するように構成されることで、一対の電極への配線を気にすることなく、蓋部を凹部に取り付けることによって、一対の電極へのエネルギー供給の準備を完了することができる。そのため、本発明に係る注射器のユーザの利便性を向上させることができる。
【0016】
なお、凹部に対する蓋部の取り付けの態様としては、蓋部を凹部に対して螺合させてもよく、また、爪部などの係合部材を利用して蓋部を凹部に対して係合させるなど、凹部に対して蓋部が着脱可能に取付・固定されるのが好ましい。
【0017】
また、本発明に係る注射器において、前記一対の電極には、前記外部の高電圧電源に含まれるコッククロフトウォルトン回路からの出力電圧によるエネルギーが供給されてもよい。コッククロフトウォルトン回路は、一般的に、簡易な回路構成で比較的高圧の出力電圧を得ることを可能とする回路である。もちろん、コッククロフトウォルトン回路以外の高電圧発生回路を含む電源を、本願発明に係る注射器の一対の電極への電源として採用しても構わない。
【0018】
また、上述までは、ガス発生剤の着火において点火手段から発生する残渣を可及的に抑制するために、一対の電極によるプラズマ発生を利用したガス発生剤の着火構成について言及してきたが、もちろん、ガス発生剤の燃焼においても残渣が生じるのを可及的に抑制するのが好ましい。そこで、ガス発生剤の一例として、ニトロセルロース系の火薬が好適に採用できる。
【0019】
ここで、本願発明を、上述までの注射器と、その一対の電極にエネルギー供給する外部の高電圧電源とを含めて構成される注射システムとして捉えることもできる。当該注射システムによる場合も、上記注射器の場合と同様に、注射器の作動時における燃焼残渣を実質的に減少させながらも、当該ガス発生剤をプラズマからのエネルギーにより着火させ、好適に燃焼させることが可能となる。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、注射器において、注射液を加圧するための燃焼ガスを発生させる火薬(ガス発生剤)を好適に燃焼させ、且つその燃焼に際して生じる燃焼残渣を抑制することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明に係る注射器の概略構成を示す図である。
【図2】図1に示す注射器における燃焼ガスを生成するガス発生剤近傍の概略構成を示す図である。
【図3】図1に示す注射器において、蓋部側と注射器本体側の配線の接点の配置を示す図である。
【図4】図1に示す注射器の電極に対して高電圧を印加するための電源の構成を示す図である。
【図5】図1に示す注射器に組み込まれるプラズマを発生させるための構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下に、図面を参照して本発明の実施形態に係る注射器として、針のない無針注射器1(以下、単に「注射器1」という)を例に挙げて説明する。なお、以下の実施形態の構成は例示であり、本発明はこの実施の形態の構成に限定されるものではない。
【0023】
ここで、図1(a)は注射器1の断面図であり、図1(b)は注射器1を、注射液を射出するノズル4側から見た側面図である。なお、本願の以降の記載においては、注射器1によって注射対象物に注射される注射目的物質を「注射液」と総称する。しかし、これには注射される物質の内容や形態を限定する意図は無い。注射目的物質では、皮膚構造体に届けるべき成分が溶解していても溶解していなくてもよく、また注射目的物質も、加圧することでノズル4から皮膚構造体に対して射出され得るものであれば、その具体的な形態は不問であり、液体、ゲル状、粉末状等様々な形態が採用できる。ここで、注射器1は、金属製の注射器本体2を有し、該注射器本体2の中央部には、その軸方向に延在し、軸方向に沿った径が一定である貫通孔14が設けられている。そして、貫通孔14の一端は、該貫通孔14の径より大きい径を有する燃焼室9に連通し、残りの一端は、ノズル4が形成されたノズルホルダー5側に至る。なお、この燃焼室9は、注射器本体2側に設けられた凹部21(後述する図2を参照)と、その開口端を塞ぐように取り付けられる金属製の蓋部30によって形成される閉空間である。
【0024】
より具体的には、貫通孔14には、金属製のピストン6が、貫通孔14内を軸方向に沿って摺動可能となるように配置され、その一端が燃焼室9側に露出し、他端には封止部材7が一体に取り付けられている。そして、注射器1によって注射される注射液MLは、該封止部材7と、別の封止部材8との間の貫通孔14内に形成される空間に収容、封入される。したがって、封止部材7、8および貫通孔14によって、本発明に係る注射器の封入部が形成されることになる。この封止部材7、8は、注射液MLの封入時に該注射液が漏れ出さないように、且つピストン6の摺動に伴って注射液MLが円滑に貫通孔14内を移動できるように、表面にシリコンオイルを薄く塗布したゴム製のものである。
【0025】
ここで、注射器1の先端側(図1の右側)には、注射液MLを射出するためのノズル4が装着されたノズルホルダー5が設けられている。注射器1においては、ノズル4はいわゆる使い捨てタイプのノズルであり、注射液MLの射出が行われるごとに新たなノズルに取り換えられるように、ノズルホルダー5に対して脱着可能に保持される構成となっている。ノズル4およびノズルホルダー5の詳細な構成については、本願発明の中核を為す構成ではないことからその詳細な説明は割愛する。このノズルホルダー5はガスケット3を挟んで注射器本体2の端面に、ホルダー用キャップ13を介して固定される。ホルダー用
キャップ13はノズルホルダー5に対して引っ掛かるように断面が鍔状に形成され、且つ注射器本体2に対してネジ固定される。これにより、ノズルホルダー5は、注射液MLの射出時に注射液MLに掛けられる圧力によって注射器本体2から脱落することが防止される。
【0026】
また、ノズルホルダー5が注射器本体2に取り付けられた状態のとき、封止部材8と対向する箇所に、封止部材8を収容可能な凹部10が形成されている。この凹部10は、封止部材8とほぼ同じ径を有し、封止部材8の長さより若干長い深さを有する。これにより、ピストン6に圧力がかかり注射液MLが封止部材7、8とともに注射器1の先端側(ノズル4側)に移動したときに、封止部材8が凹部10内に収容されることが可能となる。凹部10に封止部材8が収容されると、加圧された注射液MLが解放されることになる。そこで、ノズルホルダー5の注射器本体2側に接触する部位に、解放された注射液MLがノズル4まで導かれるように流路11が形成されている。これにより、解放された注射液MLは、流路11を経てノズル4から注射対象物へ射出されることになる。また、凹部10が封止部材8を収容する深さを有することで、注射液MLの射出が封止部材8によって阻害されることを回避できる。
【0027】
なお、ノズル4は、ノズルホルダー5に複数形成されてもよく、または、一つ形成されてもよい。複数のノズルが形成される場合には、各ノズルに対して解放された注射液MLが送り込まれるように、各ノズルに対応する流路が形成される。さらに、複数のノズル4が形成される場合には、図1(b)に示すように、注射器1の中心軸の周囲に等間隔で各ノズルが配置されるのが好ましい。なお、本実施の形態では、ノズルホルダー5において3個のノズル4が、注射器1の中心軸の周囲に等間隔で配置されている。また、ノズル4の内径は、注射対象物、注射液MLに掛かる射出圧力、注射液の物性(粘性)、注射対象物への注射深さ等を考慮して適宜設定される。
【0028】
このように構成される注射器1では、燃焼室9に配置されたガス発生剤40が燃焼することで生じる燃焼ガスによって、燃焼室9に露出しているピストン6の一端面を加圧することで、注射液MLのノズル4からの射出が実行されることになる。すなわち、ガス発生剤40から発生した燃焼ガスがピストン6を介して注射液MLに圧力を加えることで、注射対象物である皮膚構造体の表面を注射液MLが貫通することが可能となり、以てその内部に注射液MLが到達し、注射器1における注射の目的を果たすことが可能となる。
【0029】
ここで、燃焼室9内に配置されたガス発生剤40は、注射液MLの射出に十分な圧力を提供する燃焼ガスを、自己の燃焼により発生させる。ガス発生剤40の一例としては、ニトロセルロース98質量%、ジフェニルアミン0.8質量%、硫酸カリウム1.2質量%からなるシングルベース無煙火薬が挙げられる。また、エアバッグ用ガス発生器やシートベルトプリテンショナ用ガス発生器に使用されている各種ガス発生剤を用いることも可能である。また、燃焼室9内に配置されるときのガス発生剤40の寸法や大きさ、形状は、注射液MLの射出に適した圧力を発生させるように適宜調整すればよい。
【0030】
次に、注射器1におけるガス発生剤40の点火手段について、図2−図5に基づいて説明する。図2は、燃焼室9近傍の詳細な構成を示す断面図である(但し、注射器1の構成を把握しやすいように、図2における断面箇所は電極20に接続される電源線22、23が見える位置に設定されている)。また、図3の左図は、蓋部30を図2に示す注射器本体2側から覗き込んだときの平面図であり、図3の右図は、燃焼室9の一部を形成する凹部21の開口端を含む、注射器本体2の一端側を、図2に示す蓋部30側から覗き込んだときの平面図である。したがって、図3の左図に示す蓋部30の端面が、図3の右図に示す凹部21の開口端を塞ぐように、該蓋部30が注射器本体2側に螺合される。このとき、図2に示すように、当該螺合部分近くの蓋部30の端面と注射器本体2の端面との間に
はOリング等のシール部材12が配置されており、蓋部30と注射器本体2との間から湿気が燃焼室9(凹部21と蓋部30によって囲まれる閉空間)内に進入し、ガス発生剤40の着火が阻害されないように工夫されている。
【0031】
本実施形態では、注射器1におけるガス発生剤40の点火手段として、一対の電極20によってプラズマを燃焼室9内に発生させる構成が採用されている。燃焼室9を形成する凹部21の側壁(ピストン6の端面が露出していない壁)には、対向するように一対の電極20が配置され、その電極間にガス発生剤40が配置されている。そして、一方の電極20は、注射器本体2の内部に配設された電源線22に接続され、他方の電極20は、同じように注射器本体2の内部に配設された電源線23に接続されている。電源線22、23は、その周囲は絶縁部24で囲まれており、注射器本体2の他の部分(金属部分)との絶縁が保たれている。また、絶縁部24は凹部21の側壁までも延在しており、一対の電極20のそれぞれも、絶縁部24によって同じように注射器本体2の他の部分(金属部分)との絶縁が保たれている。
【0032】
また、蓋部30の内部にも電源線32、33が配設されており、蓋部30が注射器本体2に螺合された状態では、電源線32が電源線22に接触し、電源線33が電源線23に接触するように構成される。なお、電源線32、33の周囲も絶縁部34に囲まれており、電源線同士の絶縁や、各電源線と蓋部30のその他の部分(金属部分)との絶縁が保たれている。なお、図2において、絶縁部24、34は、それぞれ注射器本体2、蓋部30の一部にのみ形成されているが、各絶縁部が形成される範囲は、部品の強度や製造のし易さ等を踏まえて適宜変更することができる。
【0033】
ここで、蓋部30と注射器本体2との取り付け時における各電源線の接続について、図3に基づいて説明する。蓋部30においては、電源線32の端部32aおよび電源線33の端部33aは、それぞれ表面が丸みを帯びた突起状に形成され、蓋部30の端面に露出している。そして、端部32aは、蓋部30の中心(蓋部30が注射器本体2に螺合されるときの、その回転中心)から半径r1の円周上に位置しており、端部33aは、蓋部30の中心から半径r2(r2>r1)の円周上に位置している。一方、注射器本体2においては、電源線22の端部22aおよび電源線23の端部23aは、それぞれ注射器本体2の端面において環状の帯として形成されている。詳細には、端部22aは、注射器本体2の中心(蓋部30が注射器本体2に螺合されるときの、蓋部30の回転中心に対応する軸)から半径r1となる環状の帯として形成され、当該帯幅は蓋部30側の端部32aの突起の大きさに対応している。また、端部23aは、注射器本体2の中心から半径r2(r2>r1)となる環状の帯として形成され、当該帯幅は蓋部30側の端部33aの突起の大きさに対応している。
【0034】
このように一方の電極20に電力を供給する電源線22、32に関する端部22a、32aは、中心から半径r1の円周上に位置し、他方の電極20に電力を供給する電源線23、33に関する端部23a、33aは、中心から半径r2の円周上に位置するように構成することで、蓋部30が注射器本体2に螺合されるときに蓋部30が回転しても、端部32aが端部22aに接触し、端部33aは端部23aに接触する状態を維持することができる。そのため、凹部21内に配置されたガス発生剤40を燃焼室9内に収容すべく蓋部30を螺合すると、それと同時にガス発生剤40の着火のための一対の電極20への配線も完了させることができ、これはユーザの利便性向上に資するものである。
【0035】
ここで、蓋部30が注射器本体2に螺合されて取り付けられると、蓋部30側の電源線32、33が、高電圧電源50に接続される。高電圧電源50は、燃焼室9内の一対の電極20にプラズマ発生のための高電圧を印加する直流高電圧発生装置であり、その一例としては、コッククロフトウォルトン回路を使用したものが知られている。このコッククロ
フトウォルトン回路を使用した直流高電圧発生装置は、図4に示すように構成されている。コッククロフトウォルトン回路では、複数のコンデンサC11〜C1N、C21〜C2Nを2群に分かち、それぞれN段に接続して縦続回路を構成する。そして、これら縦続回路の各コンデンサの接続点の間を順次ダイオードDで接続している。また、各縦続回路の最下段が入力側となり、交流電源51が接続される。そして、直流高電圧は高圧側出力端子52及び低圧側出力端子53の間に発生し、これら出力端子52、53から直流高電圧が出力電圧Voutとして出力される。
【0036】
このように構成された高電圧電源50からの直流高電圧が一対の電極20間に印加されることで、燃焼室9内にプラズマが発生される。ここで、一対の電極20によるプラズマ発生について、図5に基づいて詳細に説明する。一対の電極20のうち一方の電極200は、後述の他方の電極210との空間にプラズマを発生させるために高電圧を印加する電極となるもので、ガスシャワープレート201を有している。ガスシャワープレート201は、処理ガス供給管205(図2においては、図示省略)から供給される酸素ガスなどの処理ガスを下方に吹き出すと共に電極板となるもので、例えばアルミニウムででき、周囲に下向きに突出した縁部203を有し中央部には空間部204を有して成る。そして、このガスシャワープレート201に対し電源50から高電圧が供給されるようになっている。符号202は電極200の絶縁板を示している。
【0037】
また他方の電極210は、上記電極200に対向する位置で該電極200との空間にプラズマを発生させるために高電圧を印加する別の電極となるもので、表板211を有している。表板211は、平板状の電極板となり、例えばアルミニウムででき、上記ガスシャワープレート201と平行に配置されている。これにより、上記ガスシャワープレート201と表板211とが平行平板型に構成されている。そして、この表板211は、接地線213により接地されている。符号212は電極210の絶縁板を示している。
【0038】
そして、処理ガス供給管205から処理ガスが供給されるとともに一対の電極20に対して高電圧電源50から高電圧が印加されると、電極に挟まれた空間にプラズマが発生し、そこに配置されたガス発生剤40がプラズマの有するエネルギーによって着火されることになる。その結果、燃焼室9内に急激に燃焼ガスが発生し、その圧力によってピストン6が加圧され、注射液MLの射出が実行されることになる。
【0039】
このように一対の電極20間に発生するプラズマを利用してガス発生剤40の着火を行うことで、従来技術による雷管やその他の点火薬に含まれる金属粒子に起因して生成される燃焼残渣の発生を可及的に抑制することが可能となる。注射器1のように針の無い無針注射器において、注射液を射出するための駆動源として雷管やガス発生剤(併せて「火工装薬」という)を採用する場合、使用される火工装薬の量自体はそれほど多くはないものの、火工装薬においてガス発生剤に対する雷管等が占める割合は決して少なくはない(例えば、雷管が50-80mgに対してガス発生剤が10mg)。したがって、上記のようにプラズマを利用してガス発生剤の着火を行うようにすることで、雷管等の燃焼が実質的に省略されることになるため、燃焼残渣の発生量を大きく低減させることが可能となり、注射液MLと燃焼残渣が混合する可能性を小さくすることができる。
【0040】
また、本実施の形態のように、プラズマによってガス発生剤の着火を行う構成では、従来技術のように雷管等で着火する場合と比べて着火時の作動音や振動を大きく低減させることが可能となる。特に、着火時の振動が抑制されることで、ユーザが注射器のノズルを注射対象領域に当てた状態でガス発生剤の着火が行われたときに、注射器が振動で位置ズレを起こすこともなくなり、以て適切な注射が可能となる。また、電極間でのプラズマは高電圧電源から電圧が印加され続けている間は、基本的には継続して発生し続けるものである。そのため、従来技術のように雷管着火や摩擦力による着火のようにガス発生剤を瞬
間的に着火させる構成と異なり、ガス発生剤をより確実に燃焼させて、注射のために十分な量の燃焼ガスを確実に発生させることができる。この観点から、注射器1においては、高電圧電源50から一対の電極20が電圧印加を受ける時間は、燃焼室9内に配置されたガス発生剤40を十分に燃焼される所定時間に設定されるのが好ましい。
【0041】
<その他の実施例>
本発明に係る注射器1によれば、上述した注射液を皮膚構造体に注射する場合以外にも、例えば、ヒトに対する再生医療の分野において、注射対象となる細胞や足場組織・スキャフォールドに培養細胞、幹細胞等を播種することが可能となる。例えば、特開2008−206477号公報に示すように、移植される部位及び再細胞化の目的に応じて当業者が適宜決定し得る細胞、例えば、内皮細胞、内皮前駆細胞、骨髄細胞、前骨芽細胞、軟骨細胞、繊維芽細胞、皮膚細胞、筋肉細胞、肝臓細胞、腎臓細胞、腸管細胞、幹細胞、その他再生医療の分野で考慮されるあらゆる細胞を、注射器1により注射することが可能である。より具体的には、上記播種すべき細胞を含む液(細胞懸濁液)を封止部材7、8により貫通孔14に収容し、それに対して加圧することで、移植される部位に所定の細胞を注射、移植する。
【0042】
さらには、特表2007−525192号公報に記載されているような、細胞や足場組織・スキャフォールド等へのDNA等の送達にも、本発明に係る注射器1を使用することができる。この場合、針を用いて送達する場合と比較して、本発明に係る注射器1を使用した方が、細胞や足場組織・スキャフォールド等自体への影響を抑制できるためより好ましいと言える。
【0043】
さらには、各種遺伝子、癌抑制細胞、脂質エンベロープ等を直接目的とする組織に送達させたり、病原体に対する免疫を高めるために抗原遺伝子を投与したりする場合にも、本発明に係る注射器1は好適に使用される。その他、各種疾病治療の分野(特表2008−508881号公報、特表2010−503616号公報等に記載の分野)、免疫医療分野(特表2005−523679号公報等に記載の分野)等にも、当該注射器1は使用することができ、その使用可能な分野は意図的には限定されない。
【符号の説明】
【0044】
1・・・・注射器
2・・・・注射器本体
4・・・・ノズル
5・・・・ホルダー
6・・・・ピストン
7、8・・・・封止部材
9・・・・燃焼室
10・・・・凹部
20・・・・一対の電極
21・・・・凹部
22、23・・・・電源線
22a、23a・・・・端部
24・・・・絶縁部
30・・・・蓋部
32、33・・・・電源線
32a、33a・・・・端部
34・・・・絶縁部
40・・・・ガス発生剤
50・・・・高電圧電源

【特許請求の範囲】
【請求項1】
注射目的物質を生体の注射対象領域に注射する注射器であって、
注射器本体と、
前記注射目的物質を封入する封入部と、
前記注射器本体に設けられた燃焼室であって、前記封入部に封入された前記注射目的物質に対して加圧するための燃焼ガスを生成するガス発生剤を収容する燃焼室と、
前記燃焼室に収容された前記ガス発生剤を着火させる点火手段と、を備え、
前記点火手段は、外部の高電圧電源から供給されるエネルギーにより、前記燃焼室内に配置された電極間にプラズマを発生させる、一対の電極を含み、
前記ガス発生剤は、前記燃焼室において前記一対の電極間に配置されている、
注射器。
【請求項2】
前記一対の電極は、前記外部の高電圧電源から所定時間にわたってエネルギー供給を受けることが可能となるように構成される、
請求項1に記載の注射器。
【請求項3】
前記燃焼室は、前記注射器本体の一端側に、開口端を備える凹部によって形成され、
前記注射器は、更に、前記凹部の開口端を塞ぐように該凹部に対して取り付けられる蓋部を備え、
前記一対の電極は前記凹部の内壁面に互いに対向するように配置されるとともに、該一対の電極に接続される電源線は、該凹部の開口端側に露出するように配線され、
前記蓋部が前記凹部の開口端を塞ぐように取り付けられると、前記外部の高圧電源に接続される前記蓋部側の電源線が、該凹部側の電源線と接触するように構成される、
請求項1又は請求項2に記載の注射器。
【請求項4】
前記一対の電極には、前記外部の高電圧電源に含まれるコッククロフトウォルトン回路からの出力電圧によるエネルギーが供給される、
請求項1から請求項3の何れか1項に記載の注射器。
【請求項5】
前記ガス発生剤は、ニトロセルロース系の火薬である、
請求項1から請求項4の何れか1項に記載の注射器。
【請求項6】
前記注射器は、注射針を介することなく、注射目的物質を注射対象領域に注射する無針注射器である、
請求項1から請求項5の何れか1項に記載の注射器。
【請求項7】
請求項1から請求項6の何れか1項に記載の注射器と、
前記外部の高電圧電源と、
を含む、注射システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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