説明

活性汚泥における硫黄化合物の生成抑制剤及び生成抑制方法

【課題】 活性汚泥における硫黄化合物の生成抑制剤、及び硫黄化合物生成抑制方法を提供する。
【解決手段】 廃糖蜜を有効成分とする、活性汚泥における硫黄化合物の生成抑制剤、及び廃糖蜜を活性汚泥に散布又は混合することを特徴とする、活性汚泥における硫黄化合物の生成抑制方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、活性汚泥中において硫化水素およびメチルメルカプタンのような硫黄化合物の生成を抑制するのに有用な硫黄化合物の生成抑制剤、及びその生成抑制方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
下水処理場、し尿処理場、食品工場、および紙パルプ工場などの有機性産業排水の処理施設では、微生物を含む活性汚泥が腐敗することにより発生する悪臭が問題となっている。活性汚泥は汚泥脱水ケーキに加工され埋め立てや焼却のために施設から搬出されるが、その際に発生する悪臭は付近の住民に不快感を与えるなど、環境に悪影響を及ぼしている。
【0003】
活性汚泥から発生する腐敗臭物質として特に高濃度に検出される物質は、硫化水素やメチルメルカプタンなどの硫黄化合物である。硫化水素とメチルメルカプタンは下水処理施設における腐敗臭の主な原因物質であるだけでなく、チトクロムオキシダーゼの阻害作用を持つ毒性の強い化合物でもあり、下水道管渠の底泥に蓄積した大量の硫化水素が清掃作業中に急激に発生し、作業員が死亡した例も報告されている。また、下水道管渠で発生する硫化水素はコンクリート腐食の主な原因であり、施設の耐久性が著しく低下していることが問題視されている。
【0004】
以上のように、活性汚泥中で生成する硫化水素やメチルメルカプタン等の硫黄化合物は腐敗臭の主要な原因物質であると共に、ヒトや動物に対して有害な物質でもあることから、それらの生成を抑制する素材や方法等が求められている。
【0005】
環境中の硫黄化合物を除去する、あるいは生成を抑制する目的で使用する素材は、廃棄後の環境への配慮から天然物由来のものが望まれている。このような観点から、これまでに、硫黄化合物が原因の悪臭を消臭する天然物由来の脱臭・消臭剤として、各種植物抽出物を利用する方法が開発されている。例えば、ミツガシワ、マツリカ、ノイバラ、サクラソウ、キョウチクトウ、トショウジツ、およびデンシチの抽出物のうち1種または2種以上の混合物を含有する消臭・脱臭剤、マツ科植物の抽出液から消臭成分を得る方法、柿エキス、ヨモギエキス、マッシュルーム抽出液等が報告されている。これらは硫化水素臭又はメチルメルカプタン臭を低減するが、これらの化合物の生成を抑制するか否かは明らかになっていない。
【0006】
甘蔗由来のものとして、甘蔗汁または甘蔗由来の製糖蜜をカラムクロマトグラフィーで処理することにより得られる消臭物質(特許文献1、2、3、4)、甘蔗汁および甘蔗の溶媒抽出物を蒸留して得られる物質を有効成分とする消臭剤(特許文献5)、甘蔗抽出物と甘蔗抽出物以外の消臭成分を配合した消臭剤組成物(特許文献6)、甘蔗抽出物等の植物抽出物を消臭基材とした消臭剤組成物(特許文献7)等が報告されている。これらは、いずれも甘蔗汁あるいは甘蔗由来の製糖蜜を原料として調製したものであり、硫化水素臭およびメチルメルカプタン臭を消臭するが、微生物を含む活性汚泥においてこれらの硫黄化合物の生成を抑制するか否かは明らかでない。また、これらの消臭剤を得るには、甘蔗汁あるいは甘蔗由来の製糖蜜を原料とすること、及びカラムクロマトグラフィーや蒸留などの工程が必要であるため、煩雑であるという問題があった。
【特許文献1】特開平10−151182号公報
【特許文献2】特開平11−189519号公報
【特許文献3】特開平11−187825号公報
【特許文献4】特開平11−155497号公報
【特許文献5】特開2001−87365号公報
【特許文献6】特開2000−342672号公報
【特許文献7】特開2002−711号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、前述の状況を鑑みなされたものであって、活性汚泥に散布又は混合することにより、硫化水素やメチルメルカプタン等の硫黄化合物の生成を抑制する硫黄化合物生成抑制剤を提供することを課題とする。
本発明者は廃糖蜜に硫化水素およびメチルメルカプタンのような硫黄化合物の生成を抑制する効果があることを見出し、上記課題の解決に成功した。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、廃糖蜜を有効成分とする、活性汚泥における硫黄化合物の生成抑制剤を提供するものである。
本発明はまた、廃糖蜜を活性汚泥に散布又は混合することを特徴とする、活性汚泥における硫黄化合物の生成抑制方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明に係る硫黄化合物の生成抑制剤は、活性汚泥中において硫化水素およびメチルメルカプタンの生成を抑制する。しかも、本発明の有効成分である廃糖蜜は、ヒトが古くから食しているさとうきび由来の安全なものである。したがって、本発明に係る生成抑制剤は活性汚泥に散布若しくは混合し腐敗臭の消臭剤として利用できるほか、硫化水素が及ぼす悪影響からヒトや動物、およびコンクリート施設を防護する目的で利用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
さとうきびは、古来、黒糖や砂糖の原料として用いられてきたものであり、ヒトに有害な物質が含まれているという報告はなく、安全である。従って、黒糖や砂糖の製糖工程で得られる廃糖蜜もヒトに有害な物質が含まれていないと考えられており、そのような報告も無く、安全である。
【0011】
本発明において「廃糖蜜」とは、甘蔗を原料とする原料糖工場、精製糖工場などの分蜜糖を製造する工場において、結晶化工程で得られた砂糖結晶と母液の混合物を遠心分離にかけ、結晶と分離して得られる振蜜(これを糖蜜という)のうち、これ以上経済的に砂糖を取り出すことが困難になった最終の振蜜を意味する。
工場の工程により異なるが、一般的には、原料糖工場では2番〜3番蜜を原糖廃蜜(または製糖廃蜜)としており、また精製糖工場では5番〜7番蜜を精糖廃蜜としている。
このようにして得られた廃糖蜜を、そのままで、あるいは、溶媒中に溶解または分散させて硫黄化合物生成抑制剤として使用できる。前記溶媒としては水及び、メタノール、エタノール等の低級アルコール類を代表とする親水性溶媒が使用できる。或いは廃糖蜜にポリスチレン粒子、ポリ塩化ビニル粒子、尿素樹脂粒子等のプラスチック粒子及びシリカゲルなどの各種固体を担体として添加して硫黄化合物生成抑制剤とすることができる。硫黄化合物生成抑制剤の形態は特に限定されず、粉末、顆粒、ペースト又は液体等の形態であることができる。
【0012】
本発明で「活性汚泥」とは、下水処理場、し尿処理場、食品工場、および紙パルプ工場などの有機性産業の排水の処理施設での生物処理工程における、微生物、例えば有機物分解菌や脱窒細菌、脱リン細菌、硝化細菌等の各種従属栄養細菌及び独立栄養細菌を含む汚泥を意味する。
このような生物処理の方法としては特に限定されず、広く微生物を利用した処理すべてに適用でき、例えば標準活性汚泥法、活性汚泥変法(ステップエアレーション法、酸素活性汚泥法、長時間エアレーション法、オキシデーションディッチ法、回分式活性汚泥法、循環式消化脱窒法、消化内生脱窒法、嫌気無酸素好気法、嫌気好気法、等)などの浮遊生物法;回転生物接触法、散水ろ床法、接触酸化法、好気性ろ床法等の生物膜法;固定化微生物法などの処理方法が挙げられる。
本発明では、廃糖蜜をこのような生物処理工程の適当な段階で散布又は混合してやればよい。具体的には、例えば標準活性汚泥法或いは活性汚泥変法であれば、下記の1又は2以上の処理工程において、廃糖蜜を散布又は混合することができる:
(a)曝気槽(反応タンク)に、従属栄養細菌及び/又は独立栄養細菌を含有する活性汚泥を加え、有機物の除去及び/又は生物学的窒素処理を行う工程、
(b)産生された活性汚泥を含む汚泥を沈殿させる工程、
(c)沈殿させた汚泥、余剰汚泥、又は返送汚泥を、濃縮槽にて沈殿濃縮させる工程、及び
(d)濃縮させた汚泥に凝集剤を混入し、脱水処理を行う工程。
【0013】
廃糖蜜を活性汚泥における硫黄化合物の生成を抑制する目的で使用するには、投与量は対象となる汚泥の固形分量等に応じて適宜調整してやればよく、例えば固形分0.19重量%の活性汚泥であれば、廃糖蜜は原料糖工場又は精製糖工場から得られた廃糖蜜として、活性汚泥の0.1重量%以上、好ましくは0.1〜50重量%、特に0.2〜10重量%となる量で散布あるいは混合するのが好ましい。
廃糖蜜は、活性汚泥に散布又は混合する前にpH5〜8、好ましくはpH6〜8,特にpH6〜7に調整するのが好ましい。pHの調整は、廃糖蜜を水やリン酸緩衝液に溶解した後、水酸化ナトリウム水溶液を添加することにより行うことができる。
【実施例】
【0014】
次に実施例を挙げ、本発明を更に詳しく説明するが、本発明はこれら実施例等に何ら制約されるものではない。なお、以下の実施例において本発明に係る廃糖蜜の硫黄化合物生成抑制作用は、下記(イ)ないし(ニ)の方法により測定した。
(イ)供試試料の調製
原料糖工場の廃糖蜜としては、宮古製糖株式会社製の原糖廃蜜を用いた。当該原糖廃蜜は、Brix 84.7;灰分10.9重量%;少糖類としてはショ糖30.2重量%、グルコース6.4重量%、果糖7.2重量%;ポリフェノール2.5重量%であった。含量の重量%は全てサンプル重量当たりの値で示した。
精製糖工場の廃糖蜜としては、新三井製糖株式会社千葉工場製の精糖廃蜜を用いた。当該精糖廃蜜は、Brix 78.3;灰分10.3重量%;少糖類としてはショ糖30.4重量%、グルコース4.5重量%、果糖6.0重量%;ポリフェノール2.1重量%であった。含量の重量%は全てサンプル重量当たりの値で示した。
成分の分析は、一般に用いられている方法で行った。即ち、Brix、灰分量、およびポリフェノール量は、各々レフブリックス測定法、硫酸灰分法、およびフォリンーチオカルト法により測定した。また、少糖類の定量は、高速液体クロマトグラフィーによる内部標準法により標準物質(スクロース、グルコースおよびフルクトース)と比較して求めた。なお、高速液体クロマトグラフィーの条件は、カラムERC−NH−1171(エルマ(株)製)、流速1.0ml/分、温度20℃、溶媒アセトニトリル:水=80:20(体積比)、検出器RI−8010(東ソー(株)製)、内部標準物質グリセリン(和光純薬(株))、クロマトレコーダーSC−8020(東ソー(株)製)とした。
この廃糖蜜を0.1Mのリン酸緩衝液に溶解しpHを6.8に調整し、硫黄化合物の生成抑制試験に供する。
(ロ)活性汚泥の採取
下水処理施設の反応タンクより活性汚泥(固形分量0.19重量%)を採取し、硫黄化合物の生成抑制試験に供する。
(ハ)硫黄化合物の測定
硫化水素およびメチルメルカプタンは後記条件により、ガスクロマトグラフィーを使用して測定する。
【0015】
【表1】

【0016】
【表2】

【0017】
(ニ)硫黄化合物の生成量の求め方
活性汚泥中で生成した硫黄化合物の量は次式を使って算出する。
Z = Y−X
Z:生成した硫黄化合物の量
Y:嫌気培養後の活性汚泥中の硫黄化合物量
X:嫌気培養前の活性汚泥中の硫黄化合物量
なお、活性汚泥の培養条件、および硫黄化合物の測定条件の詳細は以下の通りである。
嫌気条件下、(ロ)に記載の活性汚泥9mlを含むガス洗浄ビンに(イ)に記載の廃糖蜜の溶液1mlを添加し良く撹拌した後、30℃の水浴中で振とう培養する。24時間後に6Nの塩酸水溶液0.5mlを添加し微生物の生育を停止した後、高純度窒素を通気し(300ml/分、10分間)、発生する気体をテドラーバックに採集する。テドラーバック中の気体に含まれる硫黄化合物を上記(ハ)に記載のガス濃縮装置を付帯したガスクロマトグラフィーで測定する。また、以上の操作を廃糖蜜の非存在下で行ったものを陰性対照とする。
【0018】
実施例 1:精製糖工場の廃糖蜜を使用した硫黄化合物の生成抑制試験
上記(ロ)の活性汚泥に(イ)の精製糖工場の廃糖蜜の溶液を添加し、硫黄化合物の生成が抑制されるか否か調べた。活性汚泥中の廃糖蜜の最終濃度は、0(陰性対照)、0.25、0.5、1、及び2重量%とした。結果を図1に示す。
図1に示すように、活性汚泥中に精製糖工場の廃糖蜜を添加することによって、硫化水素及びメチルメルカプタンの生成が顕著に低下した。精製糖工場の廃糖蜜を2重量%の濃度で活性汚泥に添加することによって、硫化水素とメチルメルカプタンの生成がほぼ完全に抑制された。
この結果は、活性汚泥に精製糖工場の廃糖蜜を散布ないしは混合することによって、硫黄化合物の生成が抑制されることを示すものである。
【0019】
実施例 2:原料糖工場の廃糖蜜を使用した硫黄化合物の生成抑制試験
上記(ロ)の活性汚泥に(イ)の原料糖工場の廃糖蜜の溶液を添加し、硫黄化合物の生成が抑制されるか否かを調べた。活性汚泥中の廃糖蜜の最終濃度は、0(陰性対照)、1、及び2重量%とした。結果を図2に示す。
図2に示すように、活性汚泥中における硫化水素及びメチルメルカプタンの生成量は反応液中の廃糖蜜の濃度に依存して低下した。原料糖工場の廃糖蜜を2重量%の濃度で活性汚泥に添加することによって、硫化水素とメチルメルカプタンの生成がほぼ完全に抑制された。
この結果は、活性汚泥に原料糖工場の廃糖蜜を散布ないしは混合することによって、硫黄化合物の生成が抑制されることを示すものである。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】活性汚泥に精製糖工場の廃糖蜜を添加した場合の硫黄化合物の生成抑制を示すグラフである。(実施例1)
【図2】活性汚泥に原料糖工場の廃糖蜜を添加した場合の硫黄化合物の生成抑制を示すグラフである。(実施例2)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
廃糖蜜を有効成分とする、活性汚泥における硫黄化合物の生成抑制剤。
【請求項2】
前記硫黄化合物が硫化水素及び/又はメチルメルカプタンであることを特徴とする請求項1記載の硫黄化合物の生成抑制剤。
【請求項3】
廃糖蜜を活性汚泥に散布又は混合することを特徴とする、活性汚泥における硫黄化合物の生成抑制方法。
【請求項4】
前記廃糖蜜を活性汚泥の0.2〜10重量%の量で使用する請求項3記載の硫黄化合物の生成抑制方法。
【請求項5】
活性汚泥にpHを5〜8に調製した廃糖蜜を散布又は混合することを特徴とする、請求項3又は4記載の硫黄化合物の生成抑制方法。
【請求項6】
前記硫黄化合物が硫化水素及び/又はメチルメルカプタンであることを特徴とする請求項3、4又は5記載の硫黄化合物の生成抑制方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−142170(P2006−142170A)
【公開日】平成18年6月8日(2006.6.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−334083(P2004−334083)
【出願日】平成16年11月18日(2004.11.18)
【出願人】(000006884)株式会社ヤクルト本社 (132)
【出願人】(501190941)三井製糖株式会社 (52)
【Fターム(参考)】