説明

海面養殖魚用ワクチン製剤、並びに感染症予防方法

【課題】海面養殖魚などに新規に発生した疾患の原因菌の分離・同定、その疾患に対する有効な予防手段の提供。
【解決手段】日本国鹿児島県の養殖場において、原因不明の眼球の白濁などの症状を発症したブリについて、その原因菌を分離、その菌をストレプトコッカス・アガラクティエと同定するとともに、その不活化ワクチン製剤であり、海面養殖魚のストレプトコッカス・アガラクティエ感染症に対する不活化ワクチン製剤。ブリ属魚類の養殖場などで、この感染症が広く伝播・蔓延する可能性、また、この感染症がブリ属魚類以外の海面養殖魚にまで広く伝播する可能性に対し、この不活化ワクチン製剤を海面養殖魚に投与することにより、海面養殖魚におけるこの感染症の発生・伝播・蔓延を有効に予防できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、海面養殖魚のストレプトコッカス・アガラクティエ(Streptococcus agalactiae)感染症に対する、該細菌の不活化菌体を含有する不活化ワクチン製剤、海面養殖魚のストレプトコッカス・アガラクティエ感染症予防方法などに関連する。
【背景技術】
【0002】
収穫量を増大でき、比較的安価に安定供給できる点などから、ブリ(ハマチ)、マダイ、カンパチ、ヒラメ、シマアジ、マアジ、ヒラマサなどをはじめ、多くの海産魚において、海面養殖が普及している。
【0003】
一方、海面養殖の場合、天然魚と比較して、飼育密度が高く環境条件も悪化しやすいため、感染症が発生・伝播しやすい。また、地球規模の気候変動による海水温の上昇なども観察されていることや、海面養殖魚は隔離された地域から人為的に移動されることが多いことなどから、今まで天然魚では発生又は顕在化しなかった疾病が海面養殖魚で新たに発生し、蔓延する可能性もある。
【0004】
海面養殖魚の感染症に対する予防手段の一つとして、ワクチン投与が有効である。現在、海面養殖魚用のワクチンとして、ブリ属魚類のα溶血性レンサ球菌症不活化ワクチン(原因菌:Lactococcus garvieae)、ビブリオ病不活化ワクチン(原因菌:Vibrio anguillarum)、イリドウイルス感染症不活化ワクチン(原因ウイルス:Red seabream iridovirus)、類結節症不活化ワクチン(原因菌:Photobacterium damselae subsp piscicida)、ヒラメなどのβ溶血性レンサ球菌症不活化ワクチン(原因菌:Streptococcus iniae)、ストレプトコッカス・ジスガラクチエ感染症不活化ワクチン(原因菌:Streptococcus dysgalactiae)などが実用化されている(特許文献1〜5など参照)。ブリ属魚類のα溶血性レンサ球菌症不活化ワクチンは経口又は注射ワクチンであり、ビブリオ病不活化ワクチンは浸漬又は注射ワクチンであり、その他のものは全て注射ワクチンである。
【0005】
その他、レンサ球菌に対する魚用ワクチンとして、ストレプトコッカス・フォカエ(Streptococcus phocae)ワクチン、ヒラメに対するEdwardsiella tarda、Streptococcus iniae、Streptococcus parauberisの不活化混合ワクチンなどが報告されている(特許文献6、7参照)。
【0006】
ここで、本発明の関連事項として、ストレプトコッカス・アガラクティエについて、以下説明する。
【0007】
ストレプトコッカス・アガラクティエは、B群レンサ球菌とも呼ばれ、ウシ乳房炎などの起炎菌の一つである。ヒトでは、女性性器などに常在し、出産時に新生児に感染し、新生児髄膜炎・新生児敗血症の起炎菌となる場合がある。β溶血性のものが多いが、α溶血性、非溶血性(γ溶血性)のものも存在する。
【0008】
魚類では、1984年にイスラエルの養殖場において淡水養殖魚ティラピア(Oreochromis aura、Oreochromis niloticus)及びニジマス(Oncorhynchus mykiss)の、2000年にクウェートの養殖場においてイボダイ科のPampus argenteusのストレプトコッカス・アガラクティエ感染が、それぞれ報告されている(非特許文献1〜3参照)。
【0009】
また、β溶血性のB群レンサ球菌の完全に殺菌した細胞、及び、β溶血性のB群レンサ球菌の培養液の濃縮エキスから構成される、淡水養殖魚ティラピアに対するワクチンが開示されている(特許文献8、非特許文献4参照)。
【特許文献1】特開平8−231408号公報
【特許文献2】特開平9−176043号公報
【特許文献3】特開2006−1849号公報
【特許文献4】国際公開WO2008/23453
【特許文献5】特開2007−326794号公報
【特許文献6】国際公開WO2005/53716
【特許文献7】特開2008−50300号公報
【特許文献8】国際公開WO2005/89447
【非特許文献1】Elder, A. et al, 1995. Experimental streptococcalmeningo-encephalitis in cultured fish. Vet. Microbiol. 43, 33-40.
【非特許文献2】Duremdez, R. et al, 2004. Isolation of Streptococcus agalactiae fromcultured silver pomfret, Pampus argenteus (Euphrasen), in Kuwait. J. Fish Dis, 27, 307-310.
【非特許文献3】Joyce J. Evans et al. First report of Streptococcus agalactiae andLactococcus garvieae from a wild bottlenose dolphin (Tursiops truncates).Journal of Wildlife Diseases, 42(3), 2006, pp.561-569
【非特許文献4】Joyce J. Evans et al. Efficacy of Streptococcus agalactiae (group B)vaccine in tilapia (Oreochromis niloticus) by intraperitoneal and bathimmersion administration. Vaccine 22 (2004) 3769-3773.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、海面養殖魚などに新規に発生した疾患の原因菌を分離・同定するとともに、その疾患に対する有効な予防手段を提供することなどを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、日本国鹿児島県の養殖場において、原因不明の眼球の白濁、壊死、体躯曲折、痩せなどの症状を発症したブリについて、その原因菌を分離、その菌をストレプトコッカス・アガラクティエと同定するとともに、その不活化ワクチンの開発に成功した。
【0012】
そこで、本発明では、海面養殖魚のストレプトコッカス・アガラクティエ感染症に対する、該細菌の不活化菌体を含有する不活化ワクチン製剤を提供する。
【0013】
この不活化ワクチン製剤が対象とする感染症であるストレプトコッカス・アガラクティエ感染症は、今後、ブリ属魚類の養殖場などで広く伝播・蔓延する可能性がある。
【0014】
加えて、上記の通り、地球規模の気候変動による海水温の上昇なども観察されていることや、海面養殖魚は隔離された地域から人為的に移動されることが多いことなどから、今後、ストレプトコッカス・アガラクティエ感染症がブリ属魚類以外の海面養殖魚にまで広く伝播する可能性もある。
【0015】
それに対し、例えば、この不活化ワクチン製剤を海面養殖魚に投与することにより、海面養殖魚におけるストレプトコッカス・アガラクティエ感染症の発生・伝播・蔓延を有効に予防できる可能性がある。
【発明の効果】
【0016】
本発明により、海面養殖魚などで新規に発生したストレプトコッカス・アガラクティエ感染症に対し、その発生・伝播・蔓延を予防できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
<ストレプトコッカス・アガラクティエSAG1001株について>
本発明者らは、日本国鹿児島県の養殖場において異常が認められたブリより、原因菌の分離に成功し、その菌をストレプトコッカス・アガラクティエと同定した。日本近海の海面養殖魚では同細菌の感染症が確認されていないこと、ブリ属魚類でこの細菌の感染症の報告がされていないこと、分離菌の感染実験で野外発生魚の症状を再現できたことなどから、この菌が、海面養殖魚に対し病原性を有するストレプトコッカス・アガラクティエの新規株であると判断し、分離した菌株をSAG1001株と命名した。
【0018】
SAG1001株の形態的性状としては、通性嫌気性のグラム陽性球菌で数個の連鎖を形成する。夾膜・繊毛を有し、運動性、芽胞形成はない。培養的性質としては、一般的に用いられる肉エキス寒天平板培地、カゼイン・ダイズ混合ペプトン寒天平板培地などで白色のコロニーを形成する。また、一般的に用いられる肉エキス液状培地、カゼイン・ダイズ混合ペプトン液状培地などで振とう培養することにより増殖する。培養温度は25〜30℃が好適である。
【0019】
SAG1001株の生化学的性状を以下に示す。
(1)グラム染色性:グラム陽性
(2)硝酸塩の還元:+
(3)脱窒反応:−
(4)MRテスト:+
(5)VPテスト:+
(6)インドールの生成:−
(7)硫化水素の生成:−
(8)デンプンの加水分解:−
(9)クエン酸の利用・Koser培地:−、Christensen培地:−
(10)無機窒素原の利用:−
(11)色素の生成:−
(12)ウレアーゼ:−
(13)オキシダーゼ:−
(14)カタラーゼ:−
(15)生育の範囲:pH4.5〜9.5、温度10〜40℃
(16)酸素に対する態度:通性嫌気性
(17)O-Fテスト:F
(18)糖類からの酸・ガス生成の有無:L-アラビノース:−、マルトース:−、ラクトース:−、D-トレハロース:−、D-ソルビトール:−、D-リボース:−、D-マンニトール:−、D-ラフィノース:−、D-アラビトール:−、D-メリビオース:−、サッカロース:+、タガトース:−
(19)糖類の分解:β-グルコシダーゼ活性:−、β-グルクロニダーゼ活性:+、β-ガラクトシダーゼ活性:−、α-ガラクトシダーゼ活性:−
(20)馬尿酸の分解:+
(21)アルギニンの分解:+
(22)コアグラーゼ:−
(23)溶血性:非溶血型(γ型)
【0020】
ストレプトコッカス・アガラクティエSAG1001株の特許微生物寄託を行った(寄託機関:独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター、所在地:日本国茨城県つくば市東1-1-1つくばセンター中央第6、受託番号FERM P-22063、受託日:2011年2月4日、日本において採取された菌株)。
【0021】
なお、本発明は、不活化することにより、海面養殖魚のストレプトコッカス・アガラクティエ感染症を有効に予防できるものであればよく、このSAG1001株を用いる場合のみに狭く限定されない。
【0022】
<本発明に係る不活化ワクチン製剤について>
本発明は、海面養殖魚のストレプトコッカス・アガラクティエ感染症に対する、該細菌の不活化菌体を有効成分として少なくとも含有する不活化ワクチン製剤をすべて包含する。また、本発明は、前記細菌の培養菌液を不活化処理することにより得られた菌液を有効成分として含有する不活化ワクチン製剤、即ち、例えば、菌体と培養液を分離せずに用いることにより、若しくは菌体と培養液を分離しないまま濃縮することにより、菌体以外に、菌体由来成分が含有した場合も広く包含する。
【0023】
不活化に供する菌体は、例えば、ストレプトコッカス・アガラクティエ感染症を発症した魚類から分離して用いてもよい。分離菌は、公知の固形培地・液体培地、例えば、肉エキス寒天平板培地、カゼイン・ダイズ混合ペプトン寒天平板培地、肉エキス液状培地、カゼイン・ダイズ混合ペプトン液状培地などで培養し、増殖させることができる。
【0024】
SAG1001株は、不活化することによりワクチンとして用いることができる点、及び、アジュバントとの相性がよく、不活化したものとアジュバントとを混合して用いることにより相乗的なワクチン効力を奏する点などから、本発明に用いるストレプトコッカス・アガラクティエの菌体として最も好適である。
【0025】
不活化菌体は、例えば、培養菌液に対し、物理的処理(紫外線照射、X線照射、熱処理、超音波処理など)、化学的処理(ホルマリン・クロロホルムなどによる有機溶媒処理、酢酸などの弱酸による酸処理、アルコール・塩素・水銀などによる処理)などを行うことにより作製できる。
【0026】
例えば、培養菌液にホルマリンを0.001〜2.0%、より好適には0.01〜1.0%の容量濃度で添加し、培養菌液を4〜30℃で、1〜3日間感作することにより、ホルマリンによる不活化を行うことができる。例えば、緩衝液などで不活化処理菌体を洗浄してホルマリンなどの不活化剤を除去したり、不活化処理菌体に中和剤を添加して中和したりしてもよい。また、膜ろ過や遠心分離などにより不活化処理菌体を回収したり、菌体と培養液を分離しないまま培養菌液を濃縮したりしてもよい。
【0027】
不活化ワクチン製剤に含まれる不活化菌体の量は、特に制限はないが、例えば、不活化前の菌体の量が103〜1011CFU/mLの範囲が好適で、107〜1011CFU/mLの範囲がより好適である。
【0028】
本発明に係る不活化ワクチン製剤は、アジュバントを含有するもの、即ち、上述の不活化菌体とアジュバントとを有効成分として少なくとも含有するものであってもよい。
【0029】
例えば、SAG1001株のように、アジュバントとの相性のよい菌の不活化菌体とアジュバントとを混合して用いることにより相乗的なワクチン効力を発揮させることができる。
【0030】
アジュバントには、公知のものを広く用いることができる。例えば、動物油(スクアレンなど)又はそれらの硬化油、植物油(パーム油、ヒマシ油など)又はそれらの硬化油、無水マンニトール・オレイン酸エステル、流動パラフィン、ポリブテン、カプリル酸、オレイン酸、高級脂肪酸エステルなどを含む油性アジュバント、PCPP、サポニン、グルコン酸マンガン、グルコン酸カルシウム、グリセロリン酸マンガン、可溶性酢酸アルミウム、サリチル酸アルミニウム、アクリル酸コポリマー、メタクリル酸コポリマー、無水マレイン酸コポリマー、アルケニル誘導体ポリマー、水中油型エマルジョン、第四級アンモニウム塩を含有するカチオン脂質などの水溶性アジュバント、水酸化アルミニウム(ミョウバン)、水酸化ナトリウムなどの沈降性アジュバント、コレラ毒素、大腸菌易熱性毒素などの微生物由来毒素成分、その他、ベントナイト、ムラミルジペプチド誘導体、インターロイキンなどが挙げられる。また、これらを混合したものでもよい。
【0031】
また、この不活化ワクチン製剤は、他の疾患に対するワクチン、例えば、α溶血性レンサ球菌症不活化ワクチン、ビブリオ病不活化ワクチン、イリドウイルス感染症不活化ワクチン、類結節症不活化ワクチン、ストレプトコッカス・ジスガラクチエ感染症不活化ワクチンなどのいずれか又は複数との混合ワクチン製剤であってもよい。
【0032】
その他、目的・用途などに応じて、緩衝剤、等張化剤、無痛化剤、防腐剤、抗酸化剤などを適宜添加してもよい。
【0033】
緩衝剤の好適な例として、例えば、リン酸塩、酢酸塩、炭酸塩、クエン酸塩等の緩衝液などを用いることができる。
【0034】
等張化剤の好適な例として、例えば、塩化ナトリウム、グリセリン、D−マンニトールなどを用いることができる。
【0035】
無痛化剤の好適な例として、例えば、ベンジルアルコールなどを用いることができる。
【0036】
防腐を目的とした薬剤の好適な例として、例えば、チメロサール、パラオキシ安息香酸エステル類、フェノキシエタノール、クロロブタノール、ベンジルアルコール、フェネチルアルコール、デヒドロ酢酸、ソルビン酸、その他、各種防腐剤、抗生物質、合成抗菌剤などを用いることができる。
【0037】
抗酸化剤の好適な例として、例えば、亜硫酸塩、アスコルビン酸などを用いることができる。
【0038】
その他、この薬剤には、補助成分、例えば、保存・効能の助剤となる光吸収色素(リボフラビン、アデニン、アデノシンなど)、安定化のためのキレート剤・還元剤(ビタミンC、クエン酸など)、炭水化物(ソルビトール、ラクトース、マンニトール、デンプン、シュークロース、グルコース、デキストランなど)、カゼイン消化物、各種ビタミンなどを含有させてもよい。
【0039】
ワクチン製剤の剤型などについては、公知のものを採用でき、特に限定されない。例えば、液体製剤として用いてもよいし、凍結乾燥などの処置の後、餌などに混入させてもよい。
【0040】
<本発明に係る不活化ワクチン製剤製造方法について>
本発明は、ストレプトコッカス・アガラクティエの菌体を不活化する工程を少なくとも含む、海面養殖魚の該細菌感染症に対する不活化ワクチン製剤製造方法をすべて包含する。
【0041】
上述の通り、ストレプトコッカス・アガラクティエの菌体を不活化することにより、海面養殖魚の該細菌感染症に対する不活化ワクチン製剤を製造できる。
【0042】
本発明に係る不活化ワクチン製剤は、例えば、ストレプトコッカス・アガラクティエの菌体を増殖する工程、その菌体を不活化する工程、その不活化菌体にアジュバントなどを添加する工程、などにより行うことができる。
【0043】
用いる菌体、及び、その菌体の不活化方法については、上記の通りである。また、目的・用途に応じて、上述のアジュバント、緩衝剤、等張化剤、無痛化剤、防腐剤、抗酸化剤などを適宜添加してもよい。
【0044】
<不活化ワクチン製剤製造のための菌の使用について>
本発明は、海面養殖魚のストレプトコッカス・アガラクティエ感染症に対する不活化ワクチン製剤製造のための該菌の使用を広く包含する。
【0045】
海面養殖魚のストレプトコッカス・アガラクティエ感染症に対する不活化ワクチン製剤製造のために、上述のストレプトコッカス・アガラクティエを広く用いることができる。
【0046】
<本発明に係るストレプトコッカス・アガラクティエ感染症予防方法>
上述の不活化ワクチン製剤を投与する、海面養殖魚のストレプトコッカス・アガラクティエ感染症予防方法を広く包含する。
【0047】
上述の不活化ワクチン製剤を海面養殖魚に投与することにより、海面養殖魚のストレプトコッカス・アガラクティエ感染症の発生・伝播・蔓延を有効に予防できる。
【0048】
適用対象となる海面養殖魚としては、養殖される海水魚を広く包含し、特に限定されない。
【0049】
スズキ目アジ科の海面養殖魚として、例えば、ブリ属魚類(ブリ、カンパチ、ヒラマサなど)、シマアジ属魚類(シマアジなど)、マアジ属魚類(マアジなど)などが挙げられる。また、サバ科魚類(マサバ、クロマグロなど)、イシダイ科魚類(イシダイなど)、タイ科魚類(マダイ、チダイ、クロダイなど)、イサキ科魚類(イサキなど)、ニベ科魚類(オオニベなど)、メジナ科魚類(メジナなど)、ハタ科魚類(マハタ、クエなど)、スズキ科魚類(スズキ、ヒラスズキ、中国スズキなど)なども海面養殖魚に含まれる。
【0050】
その他、カレイ目ヒラメ科魚類(ヒラメなど)、フグ目フグ科魚類(トラフグなど)、カワハギ科魚類(カワハギなど)、カジカ目カサゴ科魚類(メバル、カサゴ、クロソイなど)なども海面養殖魚に含まれる。
【0051】
本発明に係る海面養殖魚としては、アジ科魚類、タイ科魚類又はヒラメ科魚類が好適であり、アジ科魚類がより好適であり、ブリ属魚類が最も好適である。
【0052】
不活化ワクチン製剤の投与方法として、例えば、注射法、浸漬法、経口法などが挙げられる。
【0053】
注射法の場合、例えば、不活化前の菌体の量を103〜1011CFU/mLの範囲に調製した不活化ワクチン製剤を、0.05〜3.0mL筋肉内又は腹腔内に投与する。即ち、不活化前の菌体の量が103〜1011CFU/mLであり、一回当たりの投与量が0.05〜3.0mLである不活化ワクチン製剤、その用量で筋肉内又は腹腔内に投与する不活化ワクチン製剤は、ストレプトコッカス・アガラクティエ感染症の予防に有効である。
【0054】
浸漬法の場合、例えば、不活化前の菌体の量を103〜10CFU/mLの範囲に調製した不活化ワクチン製剤含有液に、対象魚を0.05〜48時間浸漬する。即ち、不活化前の菌体の量が103〜10CFU/mLであり、一回当たり0.05〜48時間の浸漬を行う不活化ワクチン製剤は、ストレプトコッカス・アガラクティエ感染症の予防に有効である。
【0055】
経口法の場合、例えば、不活化前の菌体の量を103〜1011CFU/mLの範囲に調製した不活化ワクチン製剤を混合した飼料を自由摂餌させ、1〜20日間の連続投与を行う。即ち、不活化前の菌体の量が103〜1011CFU/mLであり、1〜20日間の経口連続投与を行う不活化ワクチン製剤は、ストレプトコッカス・アガラクティエ感染症の予防に有効である。
【0056】
このうち、注射法による腹腔内投与が、感染予防効果が高く、免疫持続期間が長いため、最も好適である。
【0057】
不活化ワクチン製剤の投与回数は、その作用が持続する限り1回でよいが、対象魚類の大きさ、ワクチン効果の度合いなどに応じて、1〜60日間隔で複数回投与してもよい。
【実施例1】
【0058】
実施例1では、日本国鹿児島県の養殖場において異常が認められたブリ4尾の病性鑑定を行った。
【0059】
鹿児島県にて9m×9mの生簀に約4,000尾のブリ(2年魚、体重約3.5kg)を飼育していた養殖場において、2010年9月に4,000尾中約200尾が斃死した。そのうち、4尾について、病性鑑定を行った。
【0060】
外観所見では、全ての個体で両眼白濁が認められ、また、複数の個体で鰓退色、尻鰓又は尾鰓の発赤などが認められた。
【0061】
剖検所見では、3検体で心外膜炎、軽度の脾腫大、腎臓粗ぞうが認められ、一部の検体では、腹水貯留、脾臓の小白点又は複数の白色結節が認められた。
【0062】
保菌検査では、全検体について、脳・腎臓・脾臓・尾柄部より菌分離を試みた。その結果、4検体のほぼすべての組織から、微小コロニーを形成する単一の菌が分離された。これらのコロニーは、白色でスムーズ型であり、粘性が高かった。これらのコロニーは、ブリ属魚類のα溶血性レンサ球菌症の原因菌であるLactococcus garvieaeのKS-7M株(供試株)により形成されたコロニーとは異なる形状を示し、分離菌は、Lactococcus garvieaeとは異なる菌であると推定された。
【0063】
分離菌をグラム染色し観察したところ、いずれもグラム陽性のレンサ球菌であった。
【0064】
Lactococcus garvieae、Streptococcus iniae、Streptococcus parauberisの抗血清を用いて、各検体の脳より分離された菌を材料として、凝集試験を行った。その結果、いずれの血清においても凝集は確認されず、分離菌はこれらの菌でないことが明らかになった。
【0065】
体細胞壁に由来するC多糖体による分類に基づいてA、B、C、D、F、G群を判別可能な市販レンサ球菌群検出用検査薬「Pastorex Strep(BioRad社)」を用いて、ランスフィールド型別試験を行った。その結果、この分離菌はB群と判定された。なお、これにより、この分離菌は、C群に分類されるStreptococcus dysgalactiaeではないことが分かった。
【0066】
グラム陽性球菌同定キット「Rapid ID32 Strep(日本ビオメリュー)」を用いて、分離菌の生化学的性状試験を行った。対照として、Lactococcus garvieaeのKS-7M株についても同様の試験を行った。表1に示す通り、分離菌は、26項目中9項目でLactococcus garvieaeと性状が異なっていた。
【表1】

【0067】
以上の結果より、鹿児島県の養殖場において異常が認められたブリから分離された菌が、B群レンサ球菌であり、Lactococcus garvieae、Streptococcus iniae、Streptococcus parauberis、Streptococcus dysgalactiaeのいずれでもないことが分かった。
【実施例2】
【0068】
実施例2では、実施例1の分離菌の16S rRNAの解析を行った。
【0069】
滅菌超純水500μLに実施例1の分離菌数コロニーを懸濁し、5分間煮沸した後、遠心分離して上清を採取し、テンプレートとした。16S rRNAのユニバーサルプライマー(配列番号1及び2)を用いてPCRにより増幅した。
【0070】
「QIAquick PCR Purification Kit(QIAGEN)」を用いてPCR産物を精製し、「TOPO TA Cloning Kit For Sequencing(Invitrogen)」で、TベクターにPCR産物を挿入したプラスミドを作製した。大腸菌に形質転換してそのプラスミドを増幅し、「Wizard Plus SV Minipreps DNA Purification System(Promega)」でプラスミドDNAを精製した後、シークエンス解析を行った(配列番号3)。
【0071】
その結果、分離菌の16S rRNAの配列は、既報のストレプトコッカス・アガラクティエ(COH1株、Accession no.AAJR01000001、39829-41335bp)と100%(1507bp/1507bp)の相同性を示し、鹿児島県の養殖場において異常が認められたブリから分離された菌が、ストレプトコッカス・アガラクティエと同定された。この分離菌をSAG1001株と命名した。
【実施例3】
【0072】
実施例3では、分離菌をSAG1001株の溶血性を調べた。
【0073】
羊血液寒天培地に、Streptococcus iniae(BS-1株)、Lactococcus garvieae(KS-7M株)、分離菌(SAG1001株)をそれぞれ播種し、25℃で2日間、培養した。
【0074】
その結果、Streptococcus iniae(BS-1株)ではコロニー周辺に透明な溶血環が形成され、β溶血性を示し、Lactococcus garvieae(KS-7M株)では緑色の不完全溶血環が形成され、α溶血性を示したのに対し、分離菌(SAG1001株)では溶血環が形成されず、非溶血性(γ溶血性)であることが分かった。
【実施例4】
【0075】
実施例4では、分離菌(ストレプトコッカス・アガラクティエSAG1001株)の感染実験を行った。
【0076】
ストレプトコッカス・アガラクティエSAG1001株を0.5%NaCl加SCD液状培地(Soybean Casein Digest Broth)に接種し、28℃で2日間、振とう培養した。
【0077】
養殖用ブリ36尾及び養殖用カンパチ36尾を12尾ずつ各3群に分け、各群にストレプトコッカス・アガラクティエSAG1001株をそれぞれ4.1×107CFU/尾(原液)、4.1×105CFU/尾(100倍希釈)、4.1×103CFU/尾(10,000倍希釈)ずつ、腹腔内注射し、感染させた。各供試魚を、感染後14日間、28℃で飼育した。
【0078】
その結果、ブリの場合、ストレプトコッカス・アガラクティエSAG1001株を4.1×107CFU/尾(原液)注射した群では感染後4日までに、4.1×103CFU/尾(10,000倍希釈)注射した群では感染後6日までに全尾死亡し、死亡率は100%であった。
【0079】
カンパチの場合、ストレプトコッカス・アガラクティエSAG1001株を4.1×107CFU/尾(原液)注射した群の死亡率は92%、4.1×105CFU/尾(100倍希釈)注射した群の死亡率は42%、4.1×103CFU/尾(10,000倍希釈)注射した群の死亡率は75%であった。
【0080】
死亡魚の外観所見では、眼球の白濁、壊死、体躯曲折、痩せなどがみられ、α溶血性レンサ球菌症の症状と近似していた。剖検所見では、心外膜炎及び脾臓腫大が認められた。鹿児島県の養殖場における野外発生魚の症状を再現していた。なお、死亡魚の脳より感染菌が再分離されることを確認した。
【0081】
以上の結果より、本菌は、ブリ、カンパチなどのブリ属魚類に高い病原性を有することが分かった。
【実施例5】
【0082】
実施例5では、ストレプトコッカス・アガラクティエに対するワクチンの作製と、ブリ属魚類に対するワクチンとしての効力を調べた。
【0083】
0.5%NaCl加SCD寒天培地(Soybean Casein Digest Agar Broth、以下同じ)で生育したStreptococcus agalactiae SAG1001株のコロニーをかきとり、PBSでマクファーランド濁度標準液番号4程度に懸濁し、PBSで100倍希釈し、0.5%NaCl加SCD液状培地(Soybean Casein Digest Broth、以下同じ)100mLにその希釈液を100μL接種し、28℃で2日間、振とう培養した。不活化前の生菌数は1.4×109CFU/mLであった。
【0084】
培養液に0.3%(容量)ホルマリンを添加し、28℃で2日間感作し、菌体を不活化した後、4℃に保管した。なお、不活化が完全になされたことを不活化試験により確認した。
【0085】
養殖用ブリ90尾及び養殖用カンパチ90尾を30尾ずつ各3群に分け、第一群にはPBSを(対照)、第二群には0.3%ホルマリン不活化菌液(1.4×10CFU/尾)を、第三群には0.3%ホルマリン不活化菌液(4.2×107CFU/尾)とアジュバント「Montanide ISA 763 A VG(Seppic社)」を30:70で混合したものを、それぞれ腹腔内注射し、免疫した。免疫後、25℃で14日間飼育した。
【0086】
免疫の14日後に、ストレプトコッカス・アガラクティエSAG1001株を5.6×103CFU/尾腹腔内注射し、攻撃した。攻撃後、さらに28℃で14日間飼育した。
【0087】
結果を表2及び表3に示す。表2はブリの生存率を、表3はカンパチの正常率を表す。表中、「PBS」は免疫時にPBSを腹腔内注射した群の結果を、「不活化菌液」は免疫時に0.3%ホルマリン不活化菌液を腹腔内注射した群の結果を、「不活化菌液+アジュバント」は免疫時に0.3%ホルマリン不活化菌液とアジュバント乳化液の30:70混合液を腹腔内注射した群の結果を、それぞれ表わす。「RPS(relative
percent survival)」は下記数式1で演算した値を表す。なお、発症魚では、痩せ、眼球壊死・出血、眼球突出、背骨湾曲などの症状が観察された個体を発症魚として数えた。
【表2】

【表3】

【数1】

【0088】
表2及び表3に示す通り、不活化菌液でブリ又はカンパチを免疫した場合、対照と比較して、ストレプトコッカス・アガラクティエに対する発症防御効果が認められた。また、不活化菌液とアジュバントとの混合液でブリ又はカンパチを免疫した場合、顕著な発症防御効果が認められた。従って、この不活化菌液、並びにこの不活化菌液とアジュバントとの混合液は、海面養殖魚、特にブリ属魚類のストレプトコッカス・アガラクティエ感染症に対するワクチンとして有効である。
【0089】
なお、ブリ及びカンパチの生存魚又は正常魚を、それぞれ5匹ずつ無作為に選出し、その脳及び脾臓より、菌分離を行った。その結果、菌は再分離されず、菌は完全に排除されていた。
【実施例6】
【0090】
実施例6では、ブリに対する攻撃方法を変え、ワクチンとしての効力を調べた。
【0091】
実施例5と同様、0.5%NaCl加SCD寒天培地で生育したStreptococcus agalactiae SAG1001株のコロニーをかきとり、PBSでマクファーランド濁度標準液番号4程度に懸濁し、PBSで1,000倍希釈し、0.5%NaCl加SCD液状培地100mLにその希釈液を100μL接種し、28℃で2日間、振とう培養した。不活化前の生菌数は9.6×108CFU/mLであった。
【0092】
培養液に0.2%(容量)ホルマリンを添加し、28℃で3日間感作し、菌体を不活化した後、4℃に保管した。なお、不活化が完全になされたことを不活化試験により確認した。
【0093】
養殖用ブリ60尾を30尾ずつ2群に分け、第一群にはPBSを(対照)、第二群には0.2%ホルマリン不活化菌液(9.6×10CFU/尾)を、それぞれ腹腔内注射し、免疫した。免疫後、25℃で14日間飼育した。
【0094】
免疫の14日後に、を9.3×105CFU/mLのストレプトコッカス・アガラクティエSAG1001株を含む飼育水に30分間漬浸し、攻撃した。攻撃後、さらに28℃で14日間飼育した。
【0095】
結果を表4に示す。表4は浸漬によりブリを攻撃した場合におけるブリの生存率を表す。表中、「PBS」は免疫時にPBSを腹腔内注射した群の結果を、「不活化菌液」は免疫時に0.2%ホルマリン不活化菌液を腹腔内注射した群の結果をそれぞれ表わす。「RPS(relative percent survival)」は、表2又は表3と同様、上記数式1で演算した値を表す。
【表4】

【0096】
表4に示す通り、浸漬によりブリを攻撃した場合においても、実施例5と同様、対照と比較して、ストレプトコッカス・アガラクティエに対する発症防御効果が認められた。また、アジュバントを添加しない場合でも、実施例5と同様、ストレプトコッカス・アガラクティエに対する発症防御効果が認められた。
【産業上の利用可能性】
【0097】
現時点で、海面養殖魚のストレプトコッカス・アガラクティエ感染症は、日本近海の海面養殖魚ではほとんど確認されていない。しかし、ブリ・カンパチにおける感染実験では、症状は重篤であり、ブリは多くが死亡し、カンパチも眼球の白濁、壊死、体躯曲折、痩せなどの症状がひどく、商品価値を保持していない。従って、養殖されたブリ属魚類でこの感染症が広く蔓延すると、経済的損失が非常に大きくなる。従って、本発明によりこの疾患の発生・伝搬・蔓延を予防することは、養殖産業上有用であると考える。
【0098】
また、地球規模の気候変動による海水温の上昇なども観察されていることや、海面養殖魚は隔離された地域から人為的に移動されることが多いことなどから、今後、ストレプトコッカス・アガラクティエ感染症がブリ属魚類以外の海面養殖魚にまで広く伝播する可能性もある。その観点からも、本発明によりこの疾患の発生・伝搬・蔓延を予防することは、養殖産業上有用であると考える。
【0099】
その他、ワクチン製剤を用いてストレプトコッカス・アガラクティエ感染症を予防することには、ストレプトコッカス・アガラクティエ感染症が発生してから抗生物質などにより治療する場合よりもコスト面で有利なほか、薬剤残留の心配が少ないという有利性がある。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
海面養殖魚のストレプトコッカス・アガラクティエ(Streptococcus agalactiae)感染症に対する、該細菌の不活化菌体を含有する不活化ワクチン製剤。
【請求項2】
前記細菌の培養菌液を不活化処理することにより得られた菌液を有効成分として含有する請求項1記載の不活化ワクチン製剤。
【請求項3】
アジュバントを含有する請求項1又は請求項2記載の不活化ワクチン製剤。
【請求項4】
不活化前の菌体の量が103〜1011CFU/mLであり、一回当たりの投与量が0.05〜3.0mLである請求項1〜請求項3のいずれか一項記載の不活化ワクチン製剤。
【請求項5】
腹腔内に投与する請求項1〜請求項4のいずれか一項記載の不活化ワクチン製剤。
【請求項6】
不活化に供する菌体が非溶血型である請求項1〜請求項5のいずれか一項記載の不活化ワクチン製剤。
【請求項7】
請求項1〜請求項6のいずれか一項記載の不活化ワクチン製剤を投与する、海面養殖魚のストレプトコッカス・アガラクティエ感染症予防方法。
【請求項8】
ストレプトコッカス・アガラクティエの菌体を不活化する工程を含む、海面養殖魚の該細菌感染症に対する不活化ワクチン製剤製造方法。
【請求項9】
受託番号FERM P-22063のストレプトコッカス・アガラクティエSAG1001株。

【公開番号】特開2012−184226(P2012−184226A)
【公開日】平成24年9月27日(2012.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−33005(P2012−33005)
【出願日】平成24年2月17日(2012.2.17)
【出願人】(591047970)共立製薬株式会社 (20)
【Fターム(参考)】