説明

溶接装置

【課題】安定した溶滴の成長および安定したアークの発生を実現することができる溶接装置を提供する。
【解決手段】溶接装置100は、電源回路102と、電源制御装置104とを備える。電源制御装置104は、短絡期間の後に続くアーク期間の初期の第1アーク期間Ta1にハイレベル電流が出力され、アーク期間の後期の第2アーク期間Ta2に定電圧制御された溶接電圧に対応したアーク電流が出力されるように、電源回路102を制御する。電源制御装置104は、さらに、増減を繰返す波形を振幅中心電流に重畳してハイレベル電流が発生されるように電源回路102を制御する。電源制御装置104は、さらに、溶接電流の電流設定値に対応して推奨電圧値Vcを算出し、推奨電圧値Vcと溶接電圧の電圧設定値Vrとの電圧差に応じて振幅中心電流Ihcrを増減させる。これにより電圧設定値Vrが変更された場合にもアークが不安定となることが防止される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、溶接装置に関し、特に炭酸ガスアーク溶接を行なう溶接装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特公平4−4074号公報(特許文献1)には、消耗電極と母材との間で短絡とアーク発生とを繰返す消耗電極式アーク溶接方法が開示されている。この消耗電極式アーク溶接方法は、溶滴の形成過程と溶滴の母材への移行過程とを繰返す。
【0003】
図13は、短絡とアーク発生とを繰返す消耗電極式アーク溶接方法を説明するための図である。
【0004】
図13を参照して、短絡とアーク発生とを繰返す消耗電極式アーク溶接方法では、以下に説明する(a)〜(f)の過程が順に繰返し実行される。(a)溶滴が溶融池と接触した短絡初期状態、(b)溶滴と溶融池との接触が確実になって溶滴が溶融池に移行している短絡中期状態、(c)溶滴が溶融池側へ移行して溶接ワイヤと溶融池との間の溶滴にくびれが生じた短絡後期状態、(d)短絡が開放されてアークが発生した状態、(e)溶接ワイヤの先端が溶融して溶滴が成長するアーク発生状態、(f)溶滴が成長し溶融池と短絡する直前のアーク発生状態。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特公平4−4074号公報
【特許文献2】特許第4702375号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特公平4−4074号公報で示された従来の短絡移行溶接では、アークと短絡とが規則的に発生する。しかし、高い電流(溶接ワイヤの直径が1.2mmで200Aを超える電流)で炭酸ガスアーク溶接法によって溶接を行なう場合には、短絡を伴うグロビュール移行では、アーク反力によって溶滴がワイヤ上部にせり上がり、アーク時間が延びて周期的な短絡の発生が困難になり、アークと短絡とが不規則に発生する。
【0007】
このように、短絡とアークとの周期が不規則に変動すると、短絡時の溶滴サイズが不定となり、ビード止端部の揃いが悪くなる。
【0008】
また、高い電流は溶融池に対して不規則な位置に過大なアーク力を作用させるので溶融池を大きくかつ不規則に振動させ、特に溶融池を溶接方向と反対側に押し出すことでハンピングビードが発生し易くなる。
【0009】
特に、生産性を向上させるために溶接スピードを高速にすることが求められており、高速溶接では上記の問題の影響による溶接品質の劣化が顕著に現れてくる。なお、溶接スピードを高速にするためには、単位溶着量を稼ぐためにワイヤ送給速度を速くする必要がある。それに伴い、溶接電流が高くなるという関係がある。
【0010】
また、溶接装置は、設定電流またはワイヤ送給速度を設定すると、自動的に推奨電圧(一元電圧とも称する)が定まる機能を有するものが多い。これに対して溶接のできばえを見ながらオペレータが溶接電圧を推奨電圧とは異なるように設定することも多い。しかし、推奨電圧に対して設定電圧を極端に上下させるとアークが不安定になりやすい。
【0011】
この発明の目的は、安定した溶滴の成長および安定したアークの発生を実現することができる溶接装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
この発明は、要約すると、炭酸ガスをシールドガスに使用し、短絡状態とアーク状態とを交互に繰返す炭酸ガスアーク溶接方法によって溶接を行なう溶接装置であって、トーチと母材との間に電圧を与えるための電源回路と、電源回路の電圧を制御する制御部とを備える。制御部は、短絡期間の後に続くアーク期間の初期の第1アーク期間にハイレベル電流が出力され、アーク期間の後期の第2アーク期間に定電圧制御された溶接電圧に対応したアーク電流が出力されるように、電源回路を制御する。制御部は、さらに、増減を繰返す波形を振幅中心電流に重畳してハイレベル電流が発生されるように電源回路を制御する。制御部は、さらに、溶接電流の電流設定値に対応して推奨電圧値を算出し、推奨電圧値と溶接電圧の電圧設定値との電圧差に応じて振幅中心電流を増減させる。
【0013】
この発明は、他の局面では、炭酸ガスをシールドガスに使用し、短絡状態とアーク状態とを交互に繰返す炭酸ガスアーク溶接方法によって溶接を行なう溶接装置であって、トーチと母材との間に電圧を与えるための電源回路と、電源回路の電圧を制御する制御部とを備える。制御部は、短絡期間の後に続くアーク期間の初期の第1アーク期間にハイレベル電流が出力され、アーク期間の後期の第2アーク期間に定電圧制御された溶接電圧に対応したアーク電流が出力されるように、電源回路を制御する。制御部は、さらに、増減を繰返す波形を振幅中心電流に重畳してハイレベル電流が発生されるように電源回路を制御する。制御部は、さらに、溶接電流の電流設定値に対応して推奨電圧値を算出し、推奨電圧値と溶接電圧の電圧設定値との電圧差に応じて第1アーク期間を増減させる。
【0014】
この発明はさらに他の局面では、炭酸ガスをシールドガスに使用し、短絡状態とアーク状態とを交互に繰返す炭酸ガスアーク溶接方法によって溶接を行なう溶接装置であって、トーチと母材との間に電圧を与えるための電源回路と、電源回路の電圧を制御する制御部とを備える。制御部は、短絡期間の後に続くアーク期間の初期の第1アーク期間にハイレベル電流が出力され、アーク期間の後期の第2アーク期間に定電圧制御された溶接電圧に対応したアーク電流が出力されるように、電源回路を制御する。制御部は、さらに、増減を繰返す波形を振幅中心電流に重畳してハイレベル電流が発生されるように電源回路を制御する。制御部は、さらに、溶接電流の電流設定値に対応して推奨電圧値を算出し、推奨電圧値と溶接電圧の電圧設定値との電圧差が第1の範囲である場合には電圧差に応じて振幅中心電流を増減させ、電圧差が第1の範囲と異なる第2の範囲である場合には、電圧差に応じて第1アーク期間を増減させる。
【0015】
好ましくは、上記いずれかの溶接装置において、増減を繰返す波形は、三角波または正弦波である。
【0016】
好ましくは、上記いずれかの溶接装置において、制御部は、短絡期間中に溶滴のくびれを検出した場合には短絡電流を減少させるくびれ検出制御を行なう。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、炭酸ガスアーク溶接方法において、アーク期間初期の電流に一定周波数かつ溶滴のサイズに合わせた振幅で増減する波形を重畳して電流を出力することによって、安定した溶滴の成長を実現することができる。これにより、アーク初期に不要な短絡が発生せず、高い溶接安定性を得ることができる。また、設定電圧を溶接装置が設定する推奨電圧から変更してもアークが不安定となることが防止される。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】実施の形態1に係る溶接装置のブロック図である。
【図2】実施の形態1に係る溶接装置で溶接を行なう際の溶接電圧および溶接電流を示した動作波形図である。
【図3】図2のt=t3における溶接部分の状態を示した図である。
【図4】図2のt=t4における溶接部分の状態を示した図である。
【図5】図2のt=t5における溶接部分の状態を示した図である。
【図6】図2のt=t7における溶接部分の状態を示した図である。
【図7】実施の形態2に係る溶接装置100Aの構成を示したブロック図である。
【図8】実施の形態3に係る溶接装置100Bの構成を示したブロック図である。
【図9】実施の形態4に係る溶接装置100Cの構成を示したブロック図である。
【図10】実施の形態4に係る溶接装置で溶接を行なう際の溶接電圧および溶接電流と制御信号とを示した動作波形図である。
【図11】実施の形態5に係る溶接装置100Dの構成を示したブロック図である。
【図12】実施の形態6に係る溶接装置100Eの構成を示したブロック図である。
【図13】短絡とアーク発生とを繰返す消耗電極式アーク溶接方法を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照しながら詳細に説明する。なお、図中同一または相当部分には同一の符号を付して、その説明は繰返さない。なお、本実施の形態で説明する溶接方法は、短絡状態とアーク状態を繰返す溶接方法であり、パルスアーク溶接方法とは異なる。
【0020】
[実施の形態1]
図1は、実施の形態1に係る溶接装置のブロック図である。
【0021】
図1を参照して、溶接装置100は、電源回路102と、電源制御装置104と、ワイヤ送給装置106と、溶接トーチ4とを含む。
【0022】
電源制御装置104は、電源回路102を制御して溶接トーチ4に出力される溶接電流Iwおよび溶接電圧Vwが溶接に適した値となるように制御する。
【0023】
ワイヤ送給装置106は、溶接トーチ4に溶接ワイヤ1を送給する。図示しないが、炭酸ガスを主成分とするシールドガスが、溶接トーチ4の先端部分から放出される。溶接トーチ4の先端から突出した溶接ワイヤ1と母材2との間でアーク3が発生し、溶接ワイヤ1が溶融して母材2を溶接する。ワイヤ送給装置106は、送給速度設定回路FRと、送給制御回路FCと、送給モータWMと、送給ロール5とを含む。
【0024】
電源回路102は、電源主回路PMと、リアクトルWL1およびWL2と、トランジスタTR1と、電圧検出回路VDと、電流検出回路IDとを含む。
【0025】
電源主回路PMは、3相200V等の商用電源(図示せず)を入力として、後述する誤差増幅信号Eaに従ってインバータ制御による出力制御を行ない、アーク溶接に適した溶接電流Iw及び溶接電圧Vwを出力する。図示しないが、電源主回路PMは、例えば、商用電源を整流する1次整流器と、整流された直流を平滑するコンデンサと、平滑された直流を高周波交流に変換するインバータ回路と、高周波交流をアーク溶接に適した電圧値に降圧する高周波変圧器と、降圧された高周波交流を整流する2次整流器と、誤差増幅信号Eaを入力としてパルス幅変調制御を行ないこの結果に基づいて上記のインバータ回路を駆動する駆動回路とを含んで構成される。
【0026】
リアクトルWL1とリアクトルWL2とは、電源主回路PMの出力を平滑する。リアクトルWL2には、並列にトランジスタTR1が接続されている。トランジスタTR1は、後に図2で説明する第2アーク期間にLowとなるナンド(NAND)論理信号Naに応じて、第2アーク期間Ta2のみOFFとなる。
【0027】
送給速度設定回路FRは、予め定められた定常送給速度設定値に相当する送給速度設定信号Frを出力する。送給制御回路FCは、送給速度設定信号Frの値に相当する送給速度で溶接ワイヤ1を送給するための送給制御信号Fcを送給モータWMに出力する。溶接ワイヤ1は、ワイヤ送給装置106の送給ロール5の回転によって溶接トーチ4内を通って送給され、母材2との間にアーク3が発生する。
【0028】
電流検出回路IDは、溶接電流Iwを検出して、溶接電流検出信号Idを出力する。電圧検出回路VDは、溶接電圧Vwを検出して、溶接電圧検出信号Vdを出力する。
【0029】
電源制御装置104は、アーク検出回路ADと、タイマー回路TMと、ナンド(NAND)回路NAと、反転回路NOTと、ゲイン設定回路G1Rと、振幅中心電流設定回路IHCRと、周波数設定回路FHと、振幅設定回路WHと、溶接電流設定回路IRと、電流誤差増幅回路EIと、溶接電圧設定回路VRと、基準電圧設定回路VCRと、電圧誤差増幅回路EVおよびECと、電圧平均化回路VAと、外部特性切換回路SWとを含んで構成される。
【0030】
アーク検出回路ADは、溶接電圧検出信号Vdを入力として、溶接電圧検出信号Vdの値がしきい値以上になったことによってアークの発生を判別するとハイ(High)レベルになるアーク検出信号Adを出力する。タイマー回路TMは、アーク検出信号Adを入力として、アーク検出信号Adがロー(Low)レベルである期間及びアーク検出信号Adがハイレベルになってから予め定めた期間ハイレベルになるタイマー信号Tmを出力する。ナンド回路NAは、タイマー信号Tmが反転回路NOTによって反転された信号と、アーク検出信号Adとを入力に受けて、ナンド論理信号Naを出力する。
【0031】
溶接電圧設定回路VRは、オペレータ等によって設定される溶接電圧設定信号Vr(図2の電圧Vrに相当する)を出力する。電圧平均化回路VAは、溶接電圧検出信号Vdを平均化した平均電圧検出信号Vaを出力する。電圧誤差増幅回路EVは、溶接電圧設定信号Vrと平均電圧検出信号Vaとの誤差を増幅して、電圧誤差増幅信号Evを出力する。
【0032】
基準電圧設定回路VCRは、ワイヤ送給速度、溶接速度等の溶接条件に対応して適切なアーク長になるように予め定められている電圧設定値を示す基準電圧設定信号Vcrを出力する。この基準電圧設定信号Vcrは、一元電圧中心に相当する。電圧誤差回路ECは、溶接電圧設定信号Vrと基準電圧設定信号Vcrとの誤差を算出して、基準電圧誤差信号Ecを出力する。
【0033】
ゲイン設定回路G1Rは、予め定めた第1ゲイン設定信号G1rを出力する。振幅中心電流設定回路IHCRは、第1ゲイン設定信号G1rと基準電圧誤差信号Ec(=Vr−Vcr)とを入力として、次式(1)に示される振幅中心電流設定信号Ihcrを出力する。
Ihcr=Ihcr0+G1r*(Vr−Vcr) …(1)
ここで、Ihcrは振幅中心電流設定信号を示し、Ihcr0は、基準電圧設定信号Vcrに対応する基準振幅中心電流設定信号を示し、G1rは、第1ゲイン設定信号を示し、Vrは溶接電圧設定信号を示し、Vcrは基準電圧設定信号を示す。G1rは、たとえば10〜50(A/V)とすることができる。これは電圧偏差1Vに対して振幅中心電流設定信号Ihcrの変化幅が10〜50Aとなることを示す。
【0034】
周波数設定回路FHは、予め定めた周波数設定信号Fhを出力する。振幅設定回路WHは、予め定めた振幅設定信号Whを出力する。溶接電流設定回路IRは、振幅中心電流設定信号Ihcr、周波数設定信号Fh及び振幅設定信号Whを入力として、溶接電流設定信号Irを出力する。電流誤差増幅回路EIは、溶接電流設定信号Irと溶接電流検出信号Idとの誤差を増幅して、電流誤差増幅信号Eiを出力する。
【0035】
外部特性切換回路SWは、タイマー信号Tm、電流誤差増幅信号Ei及び電圧誤差増幅信号Evを入力として受ける。
【0036】
外部特性切換回路SWは、タイマー信号Tmがハイレベルのときは入力端子a側に切り換わり電流誤差増幅信号Eiを誤差増幅信号Eaとして出力する。このときには電流誤差が電源主回路PMにフィードバックされるので、定電流制御が行なわれる。
【0037】
外部特性切換回路SWは、タイマー信号Tmがローレベルのときは入力端子b側に切り換わり電圧誤差増幅信号Evを誤差増幅信号Eaとして出力する。これらのブロックによって、溶接電流Iwが制御される。このときには電圧誤差が電源主回路PMにフィードバックされるので、定電圧制御が行なわれる。
【0038】
図2は、実施の形態1に係る溶接装置で溶接を行なう際の溶接電圧および溶接電流を示した動作波形図である。
【0039】
図1、図2を参照して、溶接は、短絡期間Tsとアーク期間とが繰返されることにより進行する。アーク期間は、初期の第1アーク期間Ta1と、後期の第2アーク期間Ta2とに分かれる。
【0040】
時刻t0〜t2の短絡期間Tsでは、溶接ワイヤ1と母材2とが接触して短絡電流が流れ溶接ワイヤ1の先端にジュール熱が発生し溶接ワイヤ1の先端部が高温となる。
【0041】
時刻t2で溶接ワイヤ1の先端部の溶滴が移行してアークが発生すると、電源制御装置104は、溶接電圧が急上昇したことに応じてアークが発生したことを判別する。これに応じて、電源制御装置104は、制御を定電流制御に切換え、第1アーク期間Ta1に移行する。溶接電流は、ハイレベル電流(振幅中心は振幅中心電流Ihcr)まで上昇する。その後、一定期間溶接電流としてハイレベル電流が流される。このハイレベル電流は、アーク力による溶滴のせり上がりが発生しない程度の電流値に抑制される。この第1アーク期間Ta1に流れる溶接電流をハイレベル電流と呼ぶ。
【0042】
溶接装置100にワイヤ送給速度または溶接電流(平均値)を設定すると、対応する推奨電圧(一元電圧)Vcrが定まる。これに対して、オペレータは溶接電圧設定信号Vrによって設定電圧Vrを設定することができる。
【0043】
そして、電源制御装置104は、設定電圧Vr(溶接電圧設定信号Vrに対応)と基準電圧Vcr(基準電圧設定信号Vcrに対応)との電圧差に応じて、振幅中心電流Ihcrを増減させる。
【0044】
設定電圧Vrが低いときは振幅中心電流Ihcrを下げることによって、ワイヤがアーク期間初期(第1アーク期間Ta1)に溶融しすぎることを防ぎ、アーク期間後半(第2アーク期間Ta2)の定電圧制御で出力電圧が下がりやすくなる。
【0045】
逆に、設定電圧Vrが高いときは振幅中心電流Ihcrを上げることによって、アーク期間初期(第1アーク期間Ta1)にワイヤを十分溶融させ、アーク期間後半(第2アーク期間Ta2)の定電圧制御で出力電圧が上がりやすくなる。
【0046】
さらに図2の例では、ハイレベル電流に増減する波形(たとえば三角波)を重畳させている。なお、ハイレベル電流に増減する波形を重畳させない場合であっても上記のように振幅中心電流Ihcrを増減させこれをハイレベル電流としてもよい。しかし、増減波形を重畳するとより一層高品質な溶接が得られる。
【0047】
溶接ワイヤの溶融速度Vmは、Vm=αI+βI2Rであらわされる。ここで、α,βは係数を示し、Iは溶接電流を示し、Rは溶接ワイヤがトーチ先端のコンタクトチップから突出している部分(突き出し長さ)の抵抗値を示す。溶接電流Iを増加させると溶接ワイヤの溶融速度Vmも大きくなることが分かる。
【0048】
しかし、溶接電流Iを増加すると溶滴に対して働く上向きのアーク力も増加する。アーク力は溶接電流Iの2乗に比例する。その一方で、溶滴には重力も働いているので、重力とアーク力がちょうど釣り合う電流値を境に、電流値が大きければ上向きの力が働き、電流値が小さければ下向きの力が働く。溶接電流Iに交流電流を重畳させると、溶滴には上向きの力と下向きの力が交互に働くことになる。本願発明者によれば、このように電流を増減させることにより上下向きの力を交互に溶滴に働かせた方が、全体的に電流を増加させて上向きの力を連続して溶滴に働かせるよりも溶滴が安定しており、スパッタを低減させることができることが分かった。そこで、本実施の形態では、第1アーク期間に電流を増減させて、溶滴の安定的かつ段階的な成長を図っている。
【0049】
第1アーク期間Ta1のうち時刻t3〜t6の期間には、以下に説明する三角波を振幅中心電流Ihcrに重畳させる。
【0050】
重畳する三角波は、振幅中心電流Ihcr(200〜400A)を中心として、2.5kHz〜5kHzの周波数、第1アーク期間Ta1は、0.3ms〜3.0msとする。振幅は+−50〜100Aとする。例えば、振幅中心電流IhcrをIhcr=400A、周波数をf=4kHz、第1アーク期間をTa1=1.0msというように設定し、重畳する三角波は4周期というように設定しても良い。なお、重畳させる波形は三角波に限定されるものではなく、正弦波などの他の波形でも構わない。
【0051】
以下、第1アーク期間Ta1における溶接部分の状態について詳細に説明する。
(1)三角波の0〜1/2周期
図3は、図2のt=t3における溶接部分の状態を示した図である。t=t3は、三角波の重畳が開始された時点である。
【0052】
図3を参照して、溶接ワイヤ1の先端と母材2との間にはアーク3が発生している。アーク3による熱により溶接ワイヤ1の先端が加熱され先端部が溶融し、溶滴6が形成される。溶接ワイヤ1は送給装置によって母材2方向に送給される。
【0053】
重畳した電流によってワイヤ溶融速度が増加し溶滴が大きくなり、溶滴にかかる力は1/4周期で最大となり、溶滴がアーク反力によってせり上がりが加速されようとする。しかし、1/2周期に向かって電流が減少するに伴いアーク反力も低下するので、せり上がりを防止することができる。
【0054】
図4は、図2のt=t4における溶接部分の状態を示した図である。t=t4は、三角波の1/2周期が経過した時点である。図4に示すように、溶接ワイヤ1の先端部の溶滴6は少し成長し、少しせり上がった状態となっている。
【0055】
(2)三角波の1/2〜3/4周期
この期間は、電源制御装置104によって溶接電流が振幅中心電流Ihcrよりも減少され、溶滴に対するアーク反力が更に下げられる。
【0056】
(3)三角波の3/4〜1周期
三角波の3/4〜1周期では、三角波の下側ピーク値から振幅中心電流Ihcrまで再び溶接電流を増加させる。
【0057】
図5は、図2のt=t5における溶接部分の状態を示した図である。t=t5は、三角波の1周期が経過した時点である。図5に示すように、アーク反力が低下したことにより、溶滴6に働く重力とアーク反力とがちょうどよいバランスとなる。これによって、溶滴6のせり上りが解消されて、溶滴6が垂れ下がった状態になる。
【0058】
そして、(1)〜(3)で説明した三角波を所定回数繰返して振幅中心電流Ihcrに重畳する。これにより、アーク反力によるせり上がりを防止させつつ徐々に溶滴サイズが増加されて、所望サイズの溶滴が形成されることになる。
【0059】
なお、第1アーク期間Ta1のインダクタンス値WL1は、三角波の重畳を容易に行なうために、次の第2アーク期間Ta2(インダクタンス値はWL1+WL2)よりも小さくしている。
【0060】
以下、第2アーク期間Ta2における溶接部分の状態について詳細に説明する。
再び図2を参照して、時刻t2において、第1アーク期間Ta1が終了して第2アーク期間Ta2に移行する。第2アーク期間Ta2では、電源制御装置104は、電源回路102のインダクタンス値を大きくして、アーク長制御のために制御を定電流制御から定電圧制御に切換える。この切換は、図1では、外部特性切換回路SWを端子aから端子bに切換えることに相当する。インダクタンスが大きいので、溶接電流はアーク負荷に応じて緩やかに減少する。また、溶接電圧も緩やかに減少する。
【0061】
図6は、図2のt=t7における溶接部分の状態を示した図である。
第1アーク期間Ta1で形成された溶滴は、図6に示すように、せり上がることなく、第2アーク期間Ta2において少し大きくなりながら、溶融池の方へ近づいていく。せり上がりによるアーク長の変化が防止されかつ定電圧制御によってアーク長が調整され、アーク力の変化が緩やかになるので、溶融池を振動させることが少ない。さらに溶接電流が緩やかに減少するので、母材への入熱が十分行なわれ、ビードの止端部のなじみが良くなる。
【0062】
図2の時刻t8において、溶滴が溶融池に接触して短絡が発生すると、溶接電圧が急降下する。図1の電源制御装置104は、この溶接電圧の急降下によって短絡を判別すると、溶接電流を所望の立ち上がり速度で増加させる。溶接電流の上昇によって溶滴の上部に電磁ピンチ力が働いてくびれが発生して、溶滴6が溶融池7へ移行する。
【0063】
以上説明したように、実施の形態1に示した溶接方法は、低スパッタ制御を行なう炭酸ガスアーク溶接法であるが、パルスアーク溶接方法とは異なる。
【0064】
すなわち、実施の形態1に示した溶接方法は、短絡状態とアーク状態を繰返す溶接方法である。このような溶接方法では、溶接速度を上げるため溶接電流を増加させるとグロビュール移行領域で溶接が行なわれ、短絡状態とアーク状態との繰返しが不規則になる。
【0065】
そこで、実施の形態1に示した溶接方法では、一定期間の第1アーク期間Ta1にハイレベル電流を出力し、この第1アーク期間Ta1に定電流制御を行なって、交流電流、例えば、三角波、又は正弦波のように周期的に変化する一定周波数の低周波電流を重畳する。これによって、溶滴がアーク反力によってせり上がることを防止して、安定した溶滴の成長を実現することができる。
【0066】
そして、ハイレベル電流の振幅中心を設定電圧Vr(溶接電圧設定信号Vrに対応)と基準電圧Vcr(基準電圧設定信号Vcrに対応)との電圧差に応じて、振幅中心電流Ihcrを増減させる。
【0067】
設定電圧Vrが低いときは振幅中心電流Ihcrを下げることによって、ワイヤがアーク期間初期(第1アーク期間Ta1)に溶融しすぎることを防ぎ、アーク期間後半(第2アーク期間Ta2)の定電圧制御で出力電圧が下がりやすくなる。
【0068】
逆に、設定電圧Vrが高いときは振幅中心電流Ihcrを上げることによって、アーク期間初期(第1アーク期間Ta1)にワイヤを十分溶融させ、アーク期間後半(第2アーク期間Ta2)の定電圧制御で出力電圧が上がりやすくなる。
【0069】
第1アーク期間Ta1が経過すると、第2アーク期間Ta2にアーク長制御を行なうために、溶接電源の制御を定電流制御から定電圧制御に切換える。溶接電源のリアクトルのインダクタンス値を第1アーク期間Ta1よりも大きくして、溶接電流を緩やかに減少させる。これによって、アーク力の変化が緩やかになるので、溶融池を振動させることが少なくなる。さらに溶接電流が緩やかに減少するので、母材への入熱が十分行なわれ、ビードの止端部のなじみが良くなる。
【0070】
上述した実施の形態1において、第2アーク期間Ta2に溶接電源のリアクトルのインダクタンス値を第1アーク期間Ta1よりも大きくするために、実際のリアクトルWL2を挿入している。この代わりに、リアクトルを電子的に制御してインダクタンス値を大きくしてもよい。
【0071】
上述した実施の形態1において、短絡期間Tsでは、定電圧制御のままで電流を所望の値まで立ち上げたり、又は、定電流制御に切換えて電流を所望の値まで立ち上げたりしても良い。
【0072】
また、上述した実施の形態1ではハイレベル電流に三角波を重畳させる例を示したが、三角波を重畳させない場合であっても、設定電圧Vrと基準電圧Vcrとの電圧差に基づいてハイレベル電流を変化させても、アークが不安定になることを防ぐことができる。
【0073】
[実施の形態2]
実施の形態1では、設定電圧Vrと基準電圧Vcrとの電圧差に基づいてハイレベル電流の大きさを変化させたが、実施の形態2では、図2に示したハイレベル電流の期間(第1アーク期間Ta1)を設定電圧Vrと基準電圧Vcrとの電圧差に基づいて変化させる。
【0074】
図7は、実施の形態2に係る溶接装置100Aの構成を示したブロック図である。以下の説明では、実施の形態1と異なる部分のみについて説明し、実施の形態1と同様な部分については同一の符号を付して説明は繰返さない。
【0075】
図7を参照して、溶接装置100Aは、電源回路102と、電源制御装置104Aと、ワイヤ送給装置106と、溶接トーチ4とを含む。
【0076】
電源制御装置104Aは、図1に示した電源制御装置104の構成において、ゲイン設定回路G1Rに代えてゲイン設定回路G2Rを含む。ゲイン設定回路G2Rは、予め定めた第2ゲイン設定信号G2rを出力する。ゲイン設定回路G2Rの出力はタイマー回路TMに入力される。
【0077】
図1においては、振幅中心電流設定回路IHCRは、基準電圧誤差信号Ecとに基づいて振幅中心電流設定信号Ihcrを出力していたが、図7においては、振幅中心電流設定回路IHCRは、予め定めた振幅中心電流設定信号Ihcrを出力する。
【0078】
また、電圧誤差回路ECが出力する基準電圧誤差信号Ecは、振幅中心電流設定回路IHCRに入力される代わりにタイマー回路TMに入力される。
【0079】
タイマー回路TMは、アーク検出信号Adと第2ゲイン設定信号G2rと基準電圧誤差信号Ecを入力として、アーク検出信号Adがロウ(Low)レベルである期間及びアーク検出信号Adがハイレベルになってから第1アーク期間Ta1だけハイレベルになるタイマー信号Tmを出力する。第1アーク期間Ta1は次の式(2)で示される。
Ta1=Ta10+G2r*(Vr−Vcr) …(2)
ここで、Ta1は第1アーク期間を示し、Ta10は、基準電圧設定信号Vcrに対応する基準第1アーク期間を示し、G2rは第2ゲイン設定信号を示し、Vrは溶接電圧設定信号を示し、Vcrは基準電圧設定信号を示す。なお、G2rは、たとえば100〜500(μs/V)とすることができる。これは電圧偏差1Vに対して第1アーク期間Ta1の変化幅が100〜500μsとなることを示す。
【0080】
なお、電源制御装置104Aの他の部分の構成は、図1に示した電源制御装置104と同様であるので説明は繰返さない。
【0081】
実施の形態2の溶接装置100Aは、第1アーク期間Ta1を設定電圧Vrと基準電圧Vcrとの電圧差に基づいて変化させることによって、設定電圧Vrを変化させた場合でも実施の形態1と同様にアークが不安定になるのを防ぐことができる。
【0082】
[実施の形態3]
実施の形態1では、電圧差(Vr−Vcr)に応じて振幅中心電流設定信号Ihcrのみを増減させ、実施の形態2では、第1アーク期間Ta1のみを増減させた。
【0083】
実施の形態3では、電圧差に上下のしきい値を設けておき、しきい値までは振幅中心電流設定信号Ihcrのみを増減させ、しきい値を超えた電圧差またはしきい値未満の電圧差については、第1アーク期間Ta1のみを増減させる。
【0084】
図8は、実施の形態3に係る溶接装置100Bの構成を示したブロック図である。以下の説明では、実施の形態1と異なる部分のみについて説明し、実施の形態1と同様な部分については同一の符号を付して説明は繰返さない。
【0085】
図8を参照して、溶接装置100Bは、電源回路102と、電源制御装置104Bと、ワイヤ送給装置106と、溶接トーチ4とを含む。
【0086】
電源制御装置104Bは、図1に示した電源制御装置104の構成に加えて、基準電圧誤差信号分配回路DECと、ゲイン設定回路G2Rとを含む。ゲイン設定回路G2Rは、予め定めた第2ゲイン設定信号G2rを出力する。
【0087】
基準電圧誤差信号分配回路DECは、上限しきい値Tv1および下限しきい値Tv2と基準電圧誤差信号Ecとを受けて、基準電圧誤差分配電流信号Eriおよび基準電圧分配時間信号Ertを出力する。
【0088】
基準電圧誤差分配電流信号Eriは、基準電圧誤差信号Ecに代えて、第1ゲイン設定信号G1rとともに振幅中心電流設定回路IHCRに入力される。
【0089】
また、基準電圧分配時間信号Ertは、第2ゲイン設定信号G2rとともにタイマー回路TMに入力される。
【0090】
振幅中心電流設定信号Ihcrの基準振幅中心電流設定信号Ihcr0からの増加量の上限をIh1とする。式(1)において増加量はG1r*(Vr−Vcr)であるから、電圧差(Vr−Vcr)の予め定めた上限しきい値Tv1は、次式(3)で表される。
Tv1=Ih1/G1r …(3)
たとえば、第1ゲイン設定信号G1rが10A/Vのとき、増加量の上限Ih1が50Aとすると、Tv1は5Vとなる。
【0091】
基準電圧誤差信号分配回路DECは、基準電圧誤差信号Ecが上限しきい値Tv1に達するまでは、基準電圧誤差信号Ecを基準電圧誤差分配電流信号Eriとして出力する。この場合、実施の形態1と同様に式(1)に基づいてハイレベル電流の振幅中心が変更される。
【0092】
また基準電圧誤差信号分配回路DECは、基準電圧誤差信号Ecが上限しきい値Tv1を超えたときは、上限しきい値Tv1を基準電圧誤差分配電流信号Eriとして出力し、(基準電圧誤差信号Ec−上限しきい値Tv1)を基準電圧分配時間信号Ertとして出力する。この場合、上限しきい値Tv1に対応する電圧分、ハイレベル電流の振幅中心が変更される。そして上限しきい値Tv1を超える変化分については、実施の形態2で説明したように第1アーク期間Ta1が対応する時間だけ変更される。
【0093】
また、振幅中心電流設定信号Ihcrの基準振幅中心電流設定信号Ihcr0からの減少量の下限をIh2とする。式(1)において増加量はG1r*(Vr−Vcr)であるから、電圧差(Vr−Vcr)の予め定めた下限しきい値Tv2は、次式(4)で表される。
Tv2=Ih2/G1r …(4)
基準電圧誤差信号分配回路DECは、基準電圧誤差信号Ecが下限しきい値Tv2に達するまでは、基準電圧誤差信号Ecを基準電圧誤差分配電流信号Eriとして出力する。この場合、実施の形態1と同様に式(1)に基づいてハイレベル電流の振幅中心が変更される。
【0094】
また基準電圧誤差信号分配回路DECは、基準電圧誤差信号Ecが下限しきい値Tv2未満となったときは、下限しきい値Tv2を基準電圧誤差分配電流信号Eriとして出力し、(基準電圧誤差信号Ec−下限しきい値Tv2)を基準電圧分配時間信号Vrtとして出力する。この場合、下限しきい値Tv2に対応する電圧分、ハイレベル電流の振幅中心が変更される。そして下限しきい値Tv2より低い変化分については、実施の形態2で説明したように第1アーク期間Ta1が対応する時間だけ変更される。
【0095】
実施の形態3では、実施の形態1で説明したハイレベル電流の振幅中心電流Ihcrの増減と、実施の形態2で説明した第1アーク期間Ta1の変更を、設定電圧の変動の度合いに合わせて組み合わせて用いることで、アークが不安定になるのを防止している。
【0096】
なお実施の形態3では、電圧差が所定範囲であるときにハイレベル電流の振幅中心電流Ihcrを増減させ、電圧差が所定範囲の外である場合に第1アーク期間Ta1を変化させる例を示したが、振幅中心電流Ihcrと第1アーク期間Ta1を同時に変化させても良い。
【0097】
[実施の形態4]
実施の形態4では、実施の形態1で説明した溶接方法に加え、アークが発生する前に溶滴のくびれを検出することによって、アークが発生する前に電流を下げてスパッタを低減させる。
【0098】
図9は、実施の形態4に係る溶接装置100Cの構成を示したブロック図である。以下の説明では、実施の形態1と異なる部分のみについて説明し、実施の形態1と同様な部分については同一の符号を付して説明は繰返さない。
【0099】
図9を参照して、溶接装置100Cは、電源回路102Aと、電源制御装置104Cと、ワイヤ送給装置106と、溶接トーチ4とを含む。
【0100】
電源回路102Aは、図1に示した電源回路102の構成に加えて、トランジスタTR2と限流抵抗器Rとを含む。トランジスタTR2は電源主回路PMの出力にリアクトルWL1およびWL2と直列に挿入される。トランジスタTR2に並列に限流抵抗器Rが接続されている。電源回路102Aの他の部分の構成は、図1の電源回路102と同様であるので説明は繰返さない。
【0101】
電源制御装置104Cは、図1に示した電源制御装置104の構成に加えて、くびれ検出回路NDと、くびれ検出基準値設定回路VTNと、駆動回路DRとを含む。電源制御装置104Cの他の部分の構成は、図1の電源制御装置104と同様であるので説明は繰返さない。
【0102】
図10は、実施の形態4に係る溶接装置で溶接を行なう際の溶接電圧および溶接電流と制御信号とを示した動作波形図である。
【0103】
図10の波形が、図2の実施の形態1の波形と異なる箇所は、時刻t1aにおいて、溶滴のくびれが検出されると溶接電流を減少させて、その後時刻t2において、アークが発生するようにした点である。
【0104】
時刻t2におけるアークが発生したときの電流値の大きさにスパッタの量は比例するので、アークが発生するときに電流値を下げておくとスパッタの発生を低減させることができる。
【0105】
図9、図10を参照して、くびれ検出基準値設定回路VTNは、予め定めたくびれ検出基準値信号Vtnを出力する。くびれ検出回路NDは、このくびれ検出基準値信号Vtnと、図1で説明した溶接電圧検出信号Vd及び溶接電流検出信号Idとを入力として、短絡期間中の電圧上昇値ΔVがくびれ検出基準値信号Vtnの値に達した時点(時刻t1a)でハイレベルとなり、アークが再発生して溶接電圧検出信号Vdの値がアーク判別値Vta以上になった時点(時刻t2)でローレベルになるくびれ検出信号Ndを出力する。したがって、このくびれ検出信号Ndがハイレベルの期間がくびれ検出期間Tnとなる。
【0106】
なお、短絡期間中の溶接電圧検出信号Vdの微分値が、これに対応するように設定したくびれ検出基準値信号Vtnの値に達した時点で、くびれ検出信号Ndをハイレベルに変化させるようにしても良い。さらに、溶接電圧検出信号Vdの値を溶接電流検出信号Idの値で除算して溶滴の抵抗値を算出し、この抵抗値の微分値がこれに対応するように設定したくびれ検出基準値信号Vtnの値に達した時点で、くびれ検出信号Ndをハイレベルに変化させるようにしても良い。くびれ検出信号Ndは、電源主回路PMに入力される。電源主回路PMは、くびれ検出期間Tnにおいては出力を停止する。
【0107】
駆動回路DRは、このくびれ検出信号Ndがローレベルのとき(非くびれ検出時)はトランジスタTR2をオン状態にする駆動信号Drを出力する。くびれ検出期間Tnにおいては駆動信号Drはローレベルであるので、トランジスタTR2はオフ状態になる。この結果、限流抵抗器Rが溶接電流Iwの通電路(電源主回路PMから溶接トーチ4に至る経路)に挿入される。この限流抵抗器Rの値は、短絡負荷(0.01〜0.03Ω程度)の10倍以上大きな値(0.5〜3Ω程度)に設定される。このために、溶接電源内の直流リアクトル及びケーブルのリアクトルに蓄積されたエネルギーが急放電されて、図10の時刻t1a〜t2に示すように、溶接電流Iwは急激に減少して小電流値となる。
【0108】
時刻t2において、短絡が開放されてアークが再発生すると、溶接電圧Vwが予め定めたアーク判別値Vta以上になる。これを検出して、くびれ検出信号Ndはローレベルになり、駆動信号Drはハイレベルになる。この結果、トランジスタTR2はオン状態になり、以降は図2を用いて実施の形態1で説明したアーク溶接の制御となる。以降の第1アーク期間Ta1と第2アーク期間Ta2については、図2で説明しているので説明は繰返さない。
【0109】
実施の形態4に係る溶接装置は、アーク再発生時(時刻t2)のアーク再発生時電流値を小さくすることができるので、実施の形態1で説明した溶接装置が奏する効果に加えて、アーク発生開始時のスパッタをさらに低減させることができる。
【0110】
なお、実施の形態4では、くびれを検出したときに溶接電流Iwを急速に減少させる手段として、限流抵抗器Rを通電路に挿入する方法を説明した。これ以外の手段として、溶接装置の出力端子間にスイッチング素子を介してコンデンサを並列に接続し、くびれを検出するとスイッチング素子をオン状態にしコンデンサから放電電流を通電して溶接電流Iwを急速に減少させる方法を用いても良い。
【0111】
[実施の形態5]
実施の形態5では、実施の形態2で説明した溶接方法に加え、アークが発生する前に溶滴のくびれを検出することによって、アークが発生する前に電流を下げてスパッタを低減させる。
【0112】
図11は、実施の形態5に係る溶接装置100Dの構成を示したブロック図である。以下の説明では、実施の形態2と異なる部分のみについて説明し、実施の形態2と同様な部分については同一の符号を付して説明は繰返さない。
【0113】
図11を参照して、溶接装置100Dは、電源回路102Aと、電源制御装置104Dと、ワイヤ送給装置106と、溶接トーチ4とを含む。
【0114】
電源回路102Aは、図7に示した電源回路102の構成に加えて、トランジスタTR2と限流抵抗器Rとを含む。トランジスタTR2は電源主回路PMの出力にリアクトルWL1およびWL2と直列に挿入される。トランジスタTR2に並列に限流抵抗器Rが接続されている。電源回路102Aの他の部分の構成は、図7の電源回路102と同様であるので説明は繰返さない。
【0115】
電源制御装置104Dは、図7に示した電源制御装置104Aの構成に加えて、くびれ検出回路NDと、くびれ検出基準値設定回路VTNと、駆動回路DRとを含む。電源制御装置104Cの他の部分の構成は、図7の電源制御装置104Aと同様であるので説明は繰返さない。
【0116】
また、くびれ検出に関連するくびれ検出回路NDと、くびれ検出基準値設定回路VTNと、駆動回路DRの各々の動作については、実施の形態4で説明したので説明は繰返さない。
【0117】
実施の形態5の溶接装置100Dも、アーク再発生時のアーク再発生時電流値を小さくすることができるので、実施の形態2で説明した溶接装置が奏する効果に加えて、アーク発生開始時のスパッタをさらに低減させることができる。
【0118】
[実施の形態6]
実施の形態6では、実施の形態3で説明した溶接方法に加え、アークが発生する前に溶滴のくびれを検出することによって、アークが発生する前に電流を下げてスパッタを低減させる。
【0119】
図12は、実施の形態6に係る溶接装置100Eの構成を示したブロック図である。以下の説明では、実施の形態3と異なる部分のみについて説明し、実施の形態3と同様な部分については同一の符号を付して説明は繰返さない。
【0120】
図12を参照して、溶接装置100Eは、電源回路102Aと、電源制御装置104Eと、ワイヤ送給装置106と、溶接トーチ4とを含む。
【0121】
電源回路102Aは、図8に示した電源回路102の構成に加えて、トランジスタTR2と限流抵抗器Rとを含む。トランジスタTR2は電源主回路PMの出力にリアクトルWL1およびWL2と直列に挿入される。トランジスタTR2に並列に限流抵抗器Rが接続されている。電源回路102Aの他の部分の構成は、図8の電源回路102と同様であるので説明は繰返さない。
【0122】
電源制御装置104Eは、図8に示した電源制御装置104Bの構成に加えて、くびれ検出回路NDと、くびれ検出基準値設定回路VTNと、駆動回路DRとを含む。電源制御装置104Cの他の部分の構成は、図7の電源制御装置104Bと同様であるので説明は繰返さない。
【0123】
また、くびれ検出に関連するくびれ検出回路NDと、くびれ検出基準値設定回路VTNと、駆動回路DRの各々の動作については、実施の形態4で説明したので説明は繰返さない。
【0124】
実施の形態6の溶接装置100Eも、アーク再発生時のアーク再発生時電流値を小さくすることができるので、実施の形態3で説明した溶接装置が奏する効果に加えて、アーク発生開始時のスパッタをさらに低減させることができる。
【0125】
なお実施の形態6では、電圧差が所定範囲であるときにハイレベル電流の振幅中心電流Ihcrを増減させ、電圧差が所定範囲の外である場合に第1アーク期間Ta1を変化させる例を示したが、振幅中心電流Ihcrと第1アーク期間Ta1を同時に変化させても良い。
【0126】
最後に、再び実施の形態1〜6について、図1等を参照して総括する。
実施の形態1〜6の溶接装置は、炭酸ガスをシールドガスに使用し、短絡状態とアーク状態とを交互に繰返す炭酸ガスアーク溶接方法によって溶接を行なう溶接装置である。溶接装置100,100A〜100Eは、トーチ4と母材2との間に電圧を与えるための電源回路102,102Aと、電源回路102,102Aの電圧を制御する電源制御装置104,104A〜104Eとを備える。電源制御装置104,104A〜104Eは、短絡期間の後に続くアーク期間の初期の第1アーク期間Ta1にハイレベル電流が出力され、アーク期間の後期の第2アーク期間Ta2に定電圧制御された溶接電圧に対応したアーク電流が出力されるように、電源回路102,102Aを制御する。電源制御装置104,104A〜104Eは、さらに、増減を繰返す波形を振幅中心電流に重畳してハイレベル電流が発生されるように電源回路102,102Aを制御する。
【0127】
実施の形態1、4の電源制御装置104,104Cは、さらに、溶接電流の電流設定値に対応して推奨電圧値(基準電圧Vcr)を算出し、推奨電圧値(基準電圧Vcr)と溶接電圧の電圧設定値Vrとの電圧差に応じて振幅中心電流Ihcrを増減させる。
【0128】
実施の形態2、5の電源制御装置104A,104Dは、さらに、溶接電流の電流設定値に対応して推奨電圧値(基準電圧Vcr)を算出し、推奨電圧値(基準電圧Vcr)と溶接電圧の電圧設定値Vrとの電圧差に応じて第1アーク期間Ta1を増減させる。
【0129】
実施の形態3、6の電源制御装置104B,104Eは、さらに、溶接電流の電流設定値に対応して推奨電圧値(基準電圧Vcr)を算出し、推奨電圧値(基準電圧Vcr)と溶接電圧の電圧設定値Vrとの電圧差が第1の範囲(上限しきい値Th1と下限しきい値Th2の間)である場合には電圧差に応じて振幅中心電流を増減させ、電圧差が第1の範囲と異なる第2の範囲(上限しきい値Th1より上、または下限しきい値Th2より下)である場合には、電圧差に応じて第1アーク期間を増減させる。
【0130】
好ましくは、溶接装置100、100A〜100Eにおいて、増減を繰返す波形は、三角波または正弦波である。
【0131】
好ましくは、溶接装置100C〜100Eにおいて、電源制御装置104C〜104Eは、図10で説明したように、短絡期間中に溶滴のくびれを検出した場合には短絡電流を減少させるくびれ検出制御を行なう。
【0132】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0133】
1 溶接ワイヤ、2 母材、3 アーク、4 溶接トーチ、5 送給ロール、6 溶滴、7 溶融池、100,100A〜100E 溶接装置、102,102A 電源回路、104,104A〜104E 電源制御装置、106 送給装置、AD アーク検出回路、DEC 基準電圧誤差信号分配回路、DR 駆動回路、EC 電圧誤差回路、EV 電圧誤差増幅回路、EI 電流誤差増幅回路、FC 送給制御回路、FH 周波数設定回路、FR 給速度設定回路、G1R,G2R ゲイン設定回路、ID 電流検出回路、IHCR 振幅中心電流設定回路、IR 溶接電流設定回路、NA ナンド回路、ND くびれ検出回路、NOT 反転回路、R 限流抵抗器、SW 外部特性切換回路、TM タイマー回路、TR1,TR2 トランジスタ、VA 電圧平均化回路、VCR 基準電圧設定回路、VD 電圧検出回路、VR 溶接電圧設定回路、VTN 検出基準値設定回路、WH 振幅設定回路、WL1,WL2 リアクトル。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭酸ガスをシールドガスに使用し、短絡状態とアーク状態とを交互に繰返す炭酸ガスアーク溶接方法によって溶接を行なう溶接装置であって、
トーチと母材との間に電圧を与えるための電源回路と、
前記電源回路の電圧を制御する制御部とを備え、
前記制御部は、短絡期間の後に続くアーク期間の初期の第1アーク期間にハイレベル電流が出力され、前記アーク期間の後期の第2アーク期間に定電圧制御された溶接電圧に対応したアーク電流が出力されるように、前記電源回路を制御し、
前記制御部は、増減を繰返す波形を振幅中心電流に重畳して前記ハイレベル電流が発生されるように前記電源回路を制御し、
前記制御部は、溶接電流の電流設定値に対応して推奨電圧値を算出し、前記推奨電圧値と溶接電圧の電圧設定値との電圧差に応じて前記振幅中心電流を増減させる、溶接装置。
【請求項2】
炭酸ガスをシールドガスに使用し、短絡状態とアーク状態とを交互に繰返す炭酸ガスアーク溶接方法によって溶接を行なう溶接装置であって、
トーチと母材との間に電圧を与えるための電源回路と、
前記電源回路の電圧を制御する制御部とを備え、
前記制御部は、短絡期間の後に続くアーク期間の初期の第1アーク期間にハイレベル電流が出力され、前記アーク期間の後期の第2アーク期間に定電圧制御された溶接電圧に対応したアーク電流が出力されるように、前記電源回路を制御し、
前記制御部は、増減を繰返す波形を振幅中心電流に重畳して前記ハイレベル電流が発生されるように前記電源回路を制御し、
前記制御部は、溶接電流の電流設定値に対応して推奨電圧値を算出し、前記推奨電圧値と溶接電圧の電圧設定値との電圧差に応じて前記第1アーク期間を増減させる、溶接装置。
【請求項3】
炭酸ガスをシールドガスに使用し、短絡状態とアーク状態とを交互に繰返す炭酸ガスアーク溶接方法によって溶接を行なう溶接装置であって、
トーチと母材との間に電圧を与えるための電源回路と、
前記電源回路の電圧を制御する制御部とを備え、
前記制御部は、短絡期間の後に続くアーク期間の初期の第1アーク期間にハイレベル電流が出力され、前記アーク期間の後期の第2アーク期間に定電圧制御された溶接電圧に対応したアーク電流が出力されるように、前記電源回路を制御し、
前記制御部は、増減を繰返す波形を振幅中心電流に重畳して前記ハイレベル電流が発生されるように前記電源回路を制御し、
前記制御部は、溶接電流の電流設定値に対応して推奨電圧値を算出し、前記推奨電圧値と溶接電圧の電圧設定値との電圧差が第1の範囲である場合には前記電圧差に応じて前記振幅中心電流を増減させ、前記電圧差が前記第1の範囲と異なる第2の範囲である場合には、前記電圧差に応じて前記第1アーク期間を増減させる、溶接装置。
【請求項4】
前記波形は、三角波または正弦波である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の溶接装置。
【請求項5】
前記制御部は、前記短絡期間中に溶滴のくびれを検出した場合には短絡電流を減少させるくびれ検出制御を行なう、請求項1〜4のいずれか1項に記載の溶接装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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