溶接電源の出力制御方法
【課題】グロビュール移行溶接又はスプレー移行溶接に使用し、かつ、リアクトルWLのインダクタンス値Liが数百μHと大きな値である溶接電源にあって、前記溶接電源の出力電圧Eと予め定めた電圧設定値Erとが略等しくなるように出力を制御する溶接電源の出力制御方法において、ワイヤ送給速度、トーチ高さ等の変動に起因して溶接電流iがハンチング状態になるのを抑制すること。
【解決手段】本発明は、溶接電流iを検出し、この溶接電流検出値idを移動平均して溶接電流移動平均値iraを算出し、この溶接電流移動平均値iraと前記溶接電流検出値idとの誤差増幅値ΔErを算出し、前記電圧設定値Erにこの誤差増幅値ΔErを加算して電圧制御設定値Ecrを算出し,この電圧制御設定値Ecrと前記出力電圧Eとが略等しくなるように出力を制御する。
【解決手段】本発明は、溶接電流iを検出し、この溶接電流検出値idを移動平均して溶接電流移動平均値iraを算出し、この溶接電流移動平均値iraと前記溶接電流検出値idとの誤差増幅値ΔErを算出し、前記電圧設定値Erにこの誤差増幅値ΔErを加算して電圧制御設定値Ecrを算出し,この電圧制御設定値Ecrと前記出力電圧Eとが略等しくなるように出力を制御する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グロビュール移行溶接又はスプレー移行溶接において外乱を起因とする溶接電流のハンチング状態を抑制して良好な溶接品質を得ることができる溶接電源の出力制御方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
溶接ワイヤと母材との間で短絡とアークとを繰り返す短絡アーク溶接においては、アーク負荷の変動に応じて短絡期間及びアーク期間中の溶接電流iの変化を適正化することが良好な溶接品質を確保するために重要である。短絡アーク溶接には定電圧特性の溶接電源を使用するので、その出力電圧をE[V]とし、溶接電源の内部及び外部を合わせたリアクトルのインダクタンス値をL[H]とし、内部及び外部を合わせた抵抗の値をr[Ω]とし、アーク負荷の電圧(以下、溶接電圧という)をv[V]とすると、出力に関して下式が成立する。
E=L・di/dt+r・i+v …(1)式
上式において、抵抗値rは通常小さな値であるので省略し、電流変化率(電流微分値)di/dtで整理すると下式となる。
di/dt=(E−v)/L …(2)式
上式において出力電圧Eは予め設定された値であるので、アーク負荷が変動して溶接電圧vが変化したときの電流変化率di/dtはインダクタンス値Lに反比例することになる。したがって、アーク負荷の変動に応じて電流変化率di/dtを適正化するためには、インダクタンス値Lを適正値Lm[H]に設定すれば良いことになる。
【0003】
通常、上記の適正インダクタンス値Lmは100〜500μHと大きな値であり、かつリアクトルに通電する溶接電流iは最大500A超と非常に大きな値であるために、リアクトルのサイズが大きくなり重量も重くなる。さらに、上記の適正インダクタンス値Lmは、溶接ワイヤの材質、直径、シールドガスの種類、ワイヤ送給速度(平均溶接電流値)等の種々の溶接条件によって変化する。しかし、鉄芯に導線を巻いて製作されるリアクトルでは、そのインダクタンス値を上記の溶接条件に応じて所望値に自在に変化させることはできない。そこで、ユーザにおいて多く使用されている溶接条件を標準溶接条件とし、この標準溶接条件に最適なインダクタンス値を有するリアクトルを溶接電源に内蔵する方法が採用されている。また、これ以外にも以下に説明する従来技術では、リアクトルと等価な作用を電子的に形成する制御(以下、電子リアクトル制御という)が開示され、広く慣用されている(例えば、特許文献1等参照)。
【0004】
電子リアクトル制御の原理は以下のとおりである。出力電圧の設定値をEr[V]とし、適正インダクタンス値をLm[μH]とし、溶接電流iを平滑するための数十μH(インバータ制御時)の固定インダクタンス値をLi[μH]とし、電子リアクトル制御によって形成される電子インダクタンス値をLr[μH]とする。したがって、Lm=Li+Lrとなる。これらを上記(2)式に代入して整理すると下式となる。
Er−Lr・di/dt=Li・di/dt+v …(3)式
【0005】
上式において、出力電圧がE=Er−Lr・di/dtになるように制御することによって電子インダクタンス値Lrを形成することができる。すなわち、溶接電流iを検出して微分し増幅率Lrを乗じた電流微分値Bi=Lr・di/dtを算出する.続いて、予め定めた電圧設定値Erから上記の電流微分値Biを減算して電圧制御設定値Ecr=Er−Lr・di/dtを算出し、出力電圧Eがこの電圧制御設定値Ecrと略等しくなるように制御する。ここで、上記の増幅率Lr=Lm−Liであるので、種々の溶接条件に応じて適正インダクタンス値Lmが決まると、増幅率(電子インダクタンス値)Lrが決まる。したがって、適正インダクタンス値Lmを任意の値に電子リアクトル制御によって設定することができる。
【0006】
図5は、上述した従来技術の電子リアクトル制御を採用した溶接電源のブロック図である。以下、同図を参照して各ブロックについて説明する。
【0007】
電源主回路PMCは、商用電源(3相200V等)を入力として、後述する電圧誤差増幅信号Ampに従ってインバータ制御、チョッパ制御、サイリスタ位相制御等による出力制御を行い、出力電圧Eを出力する。リアクトルWLは、鉄芯に導線を巻いたものであり、インバータ制御のときは数十μH程度の小さな値の固定インダクタンス値Li[μH]を有する。溶接ワイヤ1はワイヤ送給装置の送給ロール5によって溶接トーチ4内を通って送給され、母材2との間にアーク3が発生する。
【0008】
電流検出回路IDは、溶接電流iを検出して溶接電流検出信号idを出力する。電子リアクトル制御回路ERCは、上記の溶接電流検出信号idを微分して増幅率Lrを乗じて電流微分信号Bi=Lr・di/dtを出力する。増幅率Lrは、上述したように種々の溶接条件に応じて適正値に予め設定する。
【0009】
電圧設定回路ERは、所望値の電圧設定信号Erを出力する。減算回路SUBは、この電圧設定信号Erから上記の電流微分信号Biを減算して、電圧制御設定信号Ecr=Er−Biを出力する。出力電圧検出回路EDは、出力電圧Eを検出して出力電圧検出信号Edを出力する。誤差増幅回路AMPは、上記の電圧制御設定信号Ecrとこの出力電圧検出信号Edとの誤差を増幅して電圧誤差増幅信号Ampを出力する。
【0010】
図6は、図5で上述した溶接電源における各信号のタイミングチャートである。同図(A)は溶接電流iの、同図(B)は溶接電圧vの、同図(C)は電流微分信号Biの、同図(D)は電圧制御設定信号Ecrの時間変化を示す。以下、同図を参照して説明する。
【0011】
時刻t1〜t2の短絡期間Ts中はアーク負荷が短絡負荷になるために、同図(A)に示すように、溶接電流iは増加し、同図(B)に示すように、溶接電圧vは低い値になる。これに伴い、同図(C)に示すように、電流微分信号Biは溶接電流iの増加率に比例した正の値となる。続いて、続いて、時刻t2〜t3のアーク期間Ta中は短絡負荷からアーク負荷に変化するために、、同図(A)に示すように、溶接電流iは減少し、同図(B)に示すように、溶接電圧vはアーク電圧値になる。これに伴い、同図(C)に示すように、電流微分信号Biは溶接電流iの減少率に比例した負の値となる。そして、同図(D)に示すように、電圧制御設定信号Ecrは予め定めた電圧設定信号Erから同図(C)に示す電流微分信号Biを減算した値となる。この電圧制御設定信号Ecrと略等しくなるように溶接電源の出力電圧Eが出力制御される。この結果、固定インダクタンス値Liよりも大きな値の適正インダクタンス値Lmが形成される。
【0012】
また、時刻t21〜t22の期間中の動作は以下のとおりである。アーク期間Ta中には、送給速度の変動、手振れ等によるトーチ高さの変動、溶融池からのガスの噴出等の種々の外乱によってアーク長が短時間に急変することがときどき発生する。この外乱によるアーク長の急変に伴って溶接電流iが大きく変動すると、溶接品質が悪くなる。このために、アーク期間中の適正インダクタンス値Lmを大きくすることで、同図(A)に示すように、溶接電流iの変動を抑制することができる。このように、電子リアクトル制御とは、大きな値のインダクタンス値を電子的に形成する制御であり、固定インダクタンス値Liを大きな値に可変することができる制御である。
【0013】
【特許文献1】特開2004−181526号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
上述した適正インダクタンス値Lmを有するリアクトルの主な作用は2つある。第1は、溶接電流i及び出力電圧Eを平滑してリップルを所定値よりも小さくすることである。リップルが大きいと、小電流域でアーク切れを発生しやすくなる。また、リップルが大きいとリップルによる電流変化幅が大きくなりビード外観が悪くなる場合もある。出力制御方式が数十kHzのインバータ制御の場合は、この平滑作用のために数十μH以上あれば十分であり、上述した固定インダクタンス値Liで対応することができる。しかし、出力制御方式がサイリスタ位相制御の場合には制御周波数が商用交流電源の6倍(300又は360Hz)と低いために、この平滑作用のために数百μHのインダクタンス値が必要になる。数kHzのチョッパ制御の場合でも、150μH程度のインダクタンス値が必要となる。
【0015】
第2の作用は、上述したように、短絡期間中の電流増加率及びアーク期間中の電流減少率を適正化することである。この作用のためには、上述したように、100〜500μH程度のインダクタンス値が必要になる。この電流変化適正化作用は、アーク現象によって定まる値であるので、出力制御方式がインバータ制御、チョッパ制御又はサイリスタ位相制御と変わり制御周波数が変化してもあまり影響を受けない。
【0016】
上述した電子リアクトル制御は、上記の第1の平滑作用においてインダクタンス値を電子的に形成することには使用することはできない。この理由は、以下のとおりである。すなわち、電子リアクトル制御は電圧制御設定信号Ecrと出力電圧Eが略等しくなるようにそれぞれの出力制御方式の制御周波数で制御している。このために、制御周波数で定まるリップルを制御することはできない。したがって、第1の平滑作用に必要なインダクタンス値は固定インダクタンス値Liによって形成する必要がある。他方、第2の電流変化適正化作用に必要なインダクタンス値は、上述したように、電子リアクトル制御によって形成することができる。従来技術の電子リアクトル制御では、固定インダクタンス値Liに電子インダクタンス値Lrを加算して大きくし適正インダクタンス値Lmを得るものである。
【0017】
また、インバータ制御式溶接電源においても、溶接電源の出力端子と母材及び溶接トーチとが離れているために溶接ケーブルが長くなる場合には、ケーブルによるインダクタンス値とリアクトルWLによるインダクタンス値が加算されて数百μHになることもある。
【0018】
ところで、本発明は、固定インダクタンス値Liが数百μH程度ある溶接電源を使用してグロビュール移行溶接又はスプレー移行溶接を行う場合に生じる下記の課題を解決しようとするものである。グロビュール移行溶接には中電流域以上のCO2溶接、フラックス入りワイヤによる溶接等が含まれ、スプレー移行溶接には中電流域以上のMAG溶接、MIG溶接等が含まれる。これらの溶接では、溶接ワイヤと母材との短絡はときたまにしか発生せず、アーク期間のみが継続した状態になる。
【0019】
図7は、外乱によってアーク負荷X1、X2が変動したときの溶接電源の定電圧特性Xcとアーク負荷X1、X2との関係図である。消耗電極ガスシールドアーク溶接には定電圧特性Xcを有する溶接電源が使用される。ただし、同図に示すように、定電圧特性Xcであっても内部抵抗値rの影響によって−3V/100A程度の右下がりの特性となる。現時点でのアーク負荷がX1であるとする。この状態において、送給速度の変動、トーチ高さの変動、溶接姿勢の変化、溶接速度の変化等の外乱が生じるとアーク長が変動してアーク負荷はX1→X2へと変化する。これに伴って、溶接電流はi1→i2へと変化し、溶接電圧はv1→v2へと変化する。すなわち、外乱によってアーク負荷が変化すると、溶接電流i及び溶接電圧vが変化する。特に、わずかに右下がりの定電圧特性Xcの場合には、溶接電流iの変化幅が大きくなる。また、動作点がt1からt2へと移動する速度(電流変化率)は、上述したように、溶接電源のインダクタンス値に反比例する。したがって、本発明が対象とする数百μHという大きなインダクタンス値を有する溶接電源では、動作点の移動速度は緩やかになる。
【0020】
インダクタンス値が小さい場合には、外乱によって一時的にアーク負荷がX2に変化しても動作点はt2にすばやく移動する。したがって、外乱が消滅してアーク負荷がX1に戻ると動作点は元の安定状態のt1にすばやく移動する。しかし、インダクタンス値が大きくなると動作点の移動は緩やかであるために、安定状態t1へはすぐに戻ることができない。
【0021】
図8は、グロビュール移行溶接において外乱が生じてアーク負荷が変動したときの溶接電流i、溶接電圧v及びアーク発生状態の時間変化図である。時刻t1以前においては溶接状態は安定した状態にあるので、同図(A)に示す溶接電流i及び同図(B)に示す溶接電圧vはほぼ一定値である。また、同図(C1)に示すように、母材2上に溶融池2aが形成されて溶接ワイヤ1との間で安定したアーク3が発生している。
【0022】
時刻t1において上述したような外乱が生じると、同図(C2)に示すように、アーク長が短くなりアーク負荷が変動する。図7で上述したように、これに伴って溶接電流iは増加して時刻t2でピーク値となる。この溶接電流iの変化速度は、溶接電源のインダクタンス値が大きいので緩やかである。時刻t2におけるアーク発生状態は、同図(C3)に示すように、溶接電流値iが大きくなりアーク力も大きくなるので、溶融池2aは窪んだ状態になりアーク長は一転して長くなる。この状態で外乱が消滅しても、溶接電流iの変化と溶融池2aの振動とが共振状態に似た状態(以下、ハンチング状態という)となる。このハンチング状態は、同図(C4)に示すように、時刻t3において溶融池が振動によって盛り上がりアーク長が短くなり溶接電流iが小さくなっても継続する。そして、このハンチング状態は長い期間続くことになる。この結果、溶接品質が不良となる。すなわち、比較的大きな電流が通電しアーク長が長い状態であるグロビュール移行溶接又はスプレー移行溶接において、溶接電源のインダクタンス値が大きい場合には、外乱に起因して上述したハンチング状態に陥りやすい。図6(A)の時刻t21〜t22に示す電流変化も外乱によるものであるが、同図は比較的溶接電流値iが小さくアーク長も短い短絡アーク溶接の場合であるので、上述したハンチング状態は発生しにくい。また、従来技術の電子リアクトル制御は溶接電源のインダクタンス値を大きくする制御であるために、上述したハンチング状態を抑制することはできない。
【0023】
そこで、本発明は、インダクタンス値が大きな溶接電源を使用したグロビュール移行溶接又はスプレー移行溶接において、種々の外乱に起因する溶接電流と溶融池とのハンチング状態の発生を抑制することができる溶接電源の出力制御方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0024】
上述した課題を解決するために、第1の発明は、溶接ワイヤからの溶滴移行がグロビュール移行又はスプレー移行となるアーク溶接に使用しかつ出力に設けられたリアクトルのインダクタンス値が数百μHと大きな値である溶接電源にあって、前記溶接電源の出力電圧と予め定めた電圧設定値とが略等しくなるように出力を制御する溶接電源の出力制御方法において、
溶接電流を検出し、この溶接電流検出値を移動平均して溶接電流移動平均値を算出し、この溶接電流移動平均値と前記溶接電流検出値との誤差増幅値を算出し、前記電圧設定値にこの誤差増幅値を加算して電圧制御設定値を算出し,この電圧制御設定値と前記出力電圧とが略等しくなるように出力を制御することを特徴とする溶接電源の出力制御方法である。
【0025】
また、第2の発明は、溶接ワイヤと母材との短絡が発生している期間中の前記電圧制御設定値を、前記電圧設定値と等しい値又は前記電圧設定値から所定範囲に制限した値に設定することを特徴とする第1の発明記載の溶接電源の出力制御方法である。
【発明の効果】
【0026】
上記第1の発明によれば、インダクタンス値が大きなリアクトルを有する溶接電源を使用してグロビュール移行溶接又はスプレー移行溶接を行うときに、種々の外乱に起因して溶接電流と溶融池とのハンチング状態が生じかけても、溶接電流の変動を抑制してこのハンチング状態を大幅に改善することができ、良好な溶接品質を維持することができる。
【0027】
さらに、上記第2の発明によれば、上述した効果に加えて、短絡が発生している機関中は本発明による溶接電流の変化抑制作用を略禁止することによって、短絡を早期に解除してアーク再発生に導くことができる。このために、短絡が発生しても溶接状態を安定に保つことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
以下、図面を参照しながら本発明の実施の形態について説明する。
【0029】
[実施の形態1]
本発明の実施の形態1は、溶接電流iを移動平均して溶接電流移動平均値iraを算出し、この溶接電流移動平均値iraと溶接電流iとの誤差増幅値ΔEr=Gain・(ira−i)を算出し、予め定めた電圧設定値Erにこの誤差増幅値ΔErを加算して電圧制御設定値Ecrを算出し,この電圧制御設定値Ecrと溶接電源の出力電圧Eとが略等しくなるように出力を制御する。上記のGainは予め定めた増幅率である。以下、詳細について図面を参照して説明する。
【0030】
図1は、実施の形態1に係る溶接電源の出力制御方法を実施するための溶接電源のブロック図である。同図において上述した図5と同一のブロックには同一符号を付してそれらの説明は省略する。以下、図5とは異なる点線で示すブロックについて説明する。
【0031】
溶接電流移動平均値算出回路IRAは、溶接電流検出信号idを移動平均して溶接電流移動平均信号iraを出力する。移動平均する期間は10〜100ms程度であり、上述した外乱に起因したハンチング状態の周期よりも長く設定する。したがって、溶接条件に応じて適正値に設定する。誤差増幅値算出回路DERは、上記の溶接電流移動平均信号iraと溶接電流検出信号idとの誤差を増幅して誤差増幅信号ΔEr=Gain・(ira−id)を出力する。ここで、Gainは予め定めた増幅率であり、0.01〜0.1程度に設定する。数値例を挙げると、Gain=0.03とすると、ira−id=100Aの誤差に対してΔEr=3Vとなり、出力電圧値Eが3V増加する。加算回路ADは、電圧設定信号Erと上記の誤差増幅信号ΔErとを加算して電圧制御設定信号Ecr=Er+ΔErを出力する。以後は、この電圧制御設定信号Ecrと出力電圧Eとが略等しくなるように出力制御される。
【0032】
図2は、外乱によるアーク負荷の変動が発生したときの上記溶接電源の各信号のタイミングチャートである。同図(A)は溶接電流iの、同図(B)は溶接電圧vの、同図(C)は電圧制御設定信号Ecrの時間変化を示す。同図は、上述した図8と対応しており、時刻t1において外乱が発生した場合である。
【0033】
時刻t1において上述したような種々の外乱が発生してアーク長が短くなると、同図(A)に示すように、溶接電流iはi2に増加する。他方、溶接電流移動平均信号iraは点線で示すように平均化されているので略一定値となる。このために、ira<i2となり誤差増幅信号ΔEr=Gain・(ira−i2)<0となる。そして、同図(C)に示すように、電圧制御設定信号Ecr=Er+ΔErであるので、Ecr<Erとなり出力電圧Eが低下する。これに伴って、同図(A)に示すように、溶接電流iの増加が抑制される。同様に、溶接電流iの減少も抑制される。この結果、外乱に起因するハンチング状態は抑制されることになる。上記においては、誤差増幅信号ΔErをP(誤差)制御する場合を説明したが、慣用されているPI(誤差・積分)制御又はPID(誤差・積分・微分)制御を使用しても良い。
【0034】
[実施の形態2]
本発明の実施の形態2は、実施の形態1において、短絡期間中の電圧制御設定値Ecrを電圧設定値Erと等しい値又は電圧設定値Erから所定範囲に制限した値に設定するものである。上述したように、グロビュール移行溶接又はスプレー移行溶接においても数ms超の短絡が稀に発生する。この短絡期間中にはアーク負荷が短絡負荷に変化するので溶接電流は増加する。このときに本発明が作用すると溶接電流の増加を抑制することになる。しかし、短絡期間中は溶接電流を増加させて早期に短絡を解除してアークを再発生させた方が溶接状態は安定化する。このために、実施の形態2においては、短絡期間中は本発明の電流変化抑制制御を略禁止するものである。以下、詳細について図面を参照して説明する。
【0035】
図3は、実施の形態2に係る溶接電源の出力制御方法を実施するための溶接電源のブロック図である。同図において上述した図1と同一のブロックには同一符号を付してそれらの説明は省略する。以下、図1とは異なる点線で示すブロックについて説明する。
【0036】
短絡判別回路SDは、溶接電圧vの値によって短絡状態を判別してHighレベルとなりアークを判別してLowレベルとなる短絡判別信号Sdを出力する。第2誤差増幅値算出回路DER2は、上記の短絡判別信号SdがLowレベル(アーク期間)のときは溶接電流移動平均信号iraと溶接電流検出信号idとの誤差を増幅して誤差増幅信号ΔEr=Gain・(ira−id)を出力し、上記の短絡判別信号SdがHighレベル(短絡期間)のときは誤差増幅信号ΔEr=0又は小さな値の所定値にして出力する。これによって、短絡期間中の本発明の電流変化抑制制御を略禁止している。
【0037】
図4は、上述した図2において短絡Tsが発生したときの上記溶接電源の各信号のタイミングチャートである。同図(A)は溶接電流iの、同図(B)は溶接電圧vの、同図(C)は電圧制御設定信号Ecrの時間変化を示す。同図は、上述した図2と対応しており、短絡期間Ts以外の動作は同一である。以下、同図を参照して短絡期間Tsの動作について説明する。
【0038】
短絡期間Ts中は、同図(A)に示すように、溶接電流iは増加し、同図(B)に示すように、溶接電圧vは低い値になる。この溶接電圧vの値によって短絡状態を判別して誤差増幅信号ΔEr≒0にするので、同図(C)に示すように、電圧制御設定信号Ecr≒Erとなる。これによって本発明の電流変化抑制制御は略禁止されるので、同図(A)に示すように、溶接電流iの増加は続行される。この結果、短絡は早期に解除されてアークが再発生する。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】本発明の実施の形態1に係る溶接電源の出力制御方法を実施するための溶接電源のブロック図である。
【図2】図1の溶接電源における各信号のタイミングチャートである。
【図3】本発明の実施の形態2に係る溶接電源の出力制御方法を実施するための溶接電源のブロック図である。
【図4】図3の溶接電源における各信号のタイミングチャートである。
【図5】従来技術における溶接電源の出力制御方法を実施するための溶接電源のブロック図である。
【図6】図5の溶接電源における各信号のタイミングチャートである。
【図7】本発明の課題を説明するための溶接電源の定電圧特性Xcとアーク負荷X1、X2との関係図である。
【図8】本発明の課題を説明するための外乱が発生してハンチング状態となったときの電流・電圧波形図である。
【符号の説明】
【0040】
1 溶接ワイヤ
2 母材
2a 溶融池
3 アーク
4 溶接トーチ
5 送給ロール
AMP 誤差増幅回路
Amp 電圧誤差増幅信号
Bi 電流微分(値/信号)
DER 誤差増幅値算出回路
DER2 第2誤差増幅値算出回路
E 出力電圧
Ecr 電圧制御設定(値/信号)
ED 出力電圧検出回路
Ed 出力電圧検出信号
ER 電圧設定回路
Er 電圧設定(値/信号)
ERC 電子リアクトル制御回路
i 溶接電流
ID 電流検出回路
id 溶接電流検出信号
IRA 溶接電流移動平均値算出回路
ira 溶接電流移動平均(値/信号)
L インダクタンス値
Li 固定インダクタンス値
Lm 適正インダクタンス値
Lr 増幅率/電子インダクタンス値
PMC 電源主回路
r 溶接電源の内部抵抗値
SD 短絡判別回路
Sd 短絡判別信号
SUB 減算回路
Ta アーク期間
Ts 短絡期間
v 溶接電圧
WL リアクトル
X1、X2 アーク負荷
Xc 定電圧特性
ΔEr 誤差増幅(値/信号)
【技術分野】
【0001】
本発明は、グロビュール移行溶接又はスプレー移行溶接において外乱を起因とする溶接電流のハンチング状態を抑制して良好な溶接品質を得ることができる溶接電源の出力制御方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
溶接ワイヤと母材との間で短絡とアークとを繰り返す短絡アーク溶接においては、アーク負荷の変動に応じて短絡期間及びアーク期間中の溶接電流iの変化を適正化することが良好な溶接品質を確保するために重要である。短絡アーク溶接には定電圧特性の溶接電源を使用するので、その出力電圧をE[V]とし、溶接電源の内部及び外部を合わせたリアクトルのインダクタンス値をL[H]とし、内部及び外部を合わせた抵抗の値をr[Ω]とし、アーク負荷の電圧(以下、溶接電圧という)をv[V]とすると、出力に関して下式が成立する。
E=L・di/dt+r・i+v …(1)式
上式において、抵抗値rは通常小さな値であるので省略し、電流変化率(電流微分値)di/dtで整理すると下式となる。
di/dt=(E−v)/L …(2)式
上式において出力電圧Eは予め設定された値であるので、アーク負荷が変動して溶接電圧vが変化したときの電流変化率di/dtはインダクタンス値Lに反比例することになる。したがって、アーク負荷の変動に応じて電流変化率di/dtを適正化するためには、インダクタンス値Lを適正値Lm[H]に設定すれば良いことになる。
【0003】
通常、上記の適正インダクタンス値Lmは100〜500μHと大きな値であり、かつリアクトルに通電する溶接電流iは最大500A超と非常に大きな値であるために、リアクトルのサイズが大きくなり重量も重くなる。さらに、上記の適正インダクタンス値Lmは、溶接ワイヤの材質、直径、シールドガスの種類、ワイヤ送給速度(平均溶接電流値)等の種々の溶接条件によって変化する。しかし、鉄芯に導線を巻いて製作されるリアクトルでは、そのインダクタンス値を上記の溶接条件に応じて所望値に自在に変化させることはできない。そこで、ユーザにおいて多く使用されている溶接条件を標準溶接条件とし、この標準溶接条件に最適なインダクタンス値を有するリアクトルを溶接電源に内蔵する方法が採用されている。また、これ以外にも以下に説明する従来技術では、リアクトルと等価な作用を電子的に形成する制御(以下、電子リアクトル制御という)が開示され、広く慣用されている(例えば、特許文献1等参照)。
【0004】
電子リアクトル制御の原理は以下のとおりである。出力電圧の設定値をEr[V]とし、適正インダクタンス値をLm[μH]とし、溶接電流iを平滑するための数十μH(インバータ制御時)の固定インダクタンス値をLi[μH]とし、電子リアクトル制御によって形成される電子インダクタンス値をLr[μH]とする。したがって、Lm=Li+Lrとなる。これらを上記(2)式に代入して整理すると下式となる。
Er−Lr・di/dt=Li・di/dt+v …(3)式
【0005】
上式において、出力電圧がE=Er−Lr・di/dtになるように制御することによって電子インダクタンス値Lrを形成することができる。すなわち、溶接電流iを検出して微分し増幅率Lrを乗じた電流微分値Bi=Lr・di/dtを算出する.続いて、予め定めた電圧設定値Erから上記の電流微分値Biを減算して電圧制御設定値Ecr=Er−Lr・di/dtを算出し、出力電圧Eがこの電圧制御設定値Ecrと略等しくなるように制御する。ここで、上記の増幅率Lr=Lm−Liであるので、種々の溶接条件に応じて適正インダクタンス値Lmが決まると、増幅率(電子インダクタンス値)Lrが決まる。したがって、適正インダクタンス値Lmを任意の値に電子リアクトル制御によって設定することができる。
【0006】
図5は、上述した従来技術の電子リアクトル制御を採用した溶接電源のブロック図である。以下、同図を参照して各ブロックについて説明する。
【0007】
電源主回路PMCは、商用電源(3相200V等)を入力として、後述する電圧誤差増幅信号Ampに従ってインバータ制御、チョッパ制御、サイリスタ位相制御等による出力制御を行い、出力電圧Eを出力する。リアクトルWLは、鉄芯に導線を巻いたものであり、インバータ制御のときは数十μH程度の小さな値の固定インダクタンス値Li[μH]を有する。溶接ワイヤ1はワイヤ送給装置の送給ロール5によって溶接トーチ4内を通って送給され、母材2との間にアーク3が発生する。
【0008】
電流検出回路IDは、溶接電流iを検出して溶接電流検出信号idを出力する。電子リアクトル制御回路ERCは、上記の溶接電流検出信号idを微分して増幅率Lrを乗じて電流微分信号Bi=Lr・di/dtを出力する。増幅率Lrは、上述したように種々の溶接条件に応じて適正値に予め設定する。
【0009】
電圧設定回路ERは、所望値の電圧設定信号Erを出力する。減算回路SUBは、この電圧設定信号Erから上記の電流微分信号Biを減算して、電圧制御設定信号Ecr=Er−Biを出力する。出力電圧検出回路EDは、出力電圧Eを検出して出力電圧検出信号Edを出力する。誤差増幅回路AMPは、上記の電圧制御設定信号Ecrとこの出力電圧検出信号Edとの誤差を増幅して電圧誤差増幅信号Ampを出力する。
【0010】
図6は、図5で上述した溶接電源における各信号のタイミングチャートである。同図(A)は溶接電流iの、同図(B)は溶接電圧vの、同図(C)は電流微分信号Biの、同図(D)は電圧制御設定信号Ecrの時間変化を示す。以下、同図を参照して説明する。
【0011】
時刻t1〜t2の短絡期間Ts中はアーク負荷が短絡負荷になるために、同図(A)に示すように、溶接電流iは増加し、同図(B)に示すように、溶接電圧vは低い値になる。これに伴い、同図(C)に示すように、電流微分信号Biは溶接電流iの増加率に比例した正の値となる。続いて、続いて、時刻t2〜t3のアーク期間Ta中は短絡負荷からアーク負荷に変化するために、、同図(A)に示すように、溶接電流iは減少し、同図(B)に示すように、溶接電圧vはアーク電圧値になる。これに伴い、同図(C)に示すように、電流微分信号Biは溶接電流iの減少率に比例した負の値となる。そして、同図(D)に示すように、電圧制御設定信号Ecrは予め定めた電圧設定信号Erから同図(C)に示す電流微分信号Biを減算した値となる。この電圧制御設定信号Ecrと略等しくなるように溶接電源の出力電圧Eが出力制御される。この結果、固定インダクタンス値Liよりも大きな値の適正インダクタンス値Lmが形成される。
【0012】
また、時刻t21〜t22の期間中の動作は以下のとおりである。アーク期間Ta中には、送給速度の変動、手振れ等によるトーチ高さの変動、溶融池からのガスの噴出等の種々の外乱によってアーク長が短時間に急変することがときどき発生する。この外乱によるアーク長の急変に伴って溶接電流iが大きく変動すると、溶接品質が悪くなる。このために、アーク期間中の適正インダクタンス値Lmを大きくすることで、同図(A)に示すように、溶接電流iの変動を抑制することができる。このように、電子リアクトル制御とは、大きな値のインダクタンス値を電子的に形成する制御であり、固定インダクタンス値Liを大きな値に可変することができる制御である。
【0013】
【特許文献1】特開2004−181526号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
上述した適正インダクタンス値Lmを有するリアクトルの主な作用は2つある。第1は、溶接電流i及び出力電圧Eを平滑してリップルを所定値よりも小さくすることである。リップルが大きいと、小電流域でアーク切れを発生しやすくなる。また、リップルが大きいとリップルによる電流変化幅が大きくなりビード外観が悪くなる場合もある。出力制御方式が数十kHzのインバータ制御の場合は、この平滑作用のために数十μH以上あれば十分であり、上述した固定インダクタンス値Liで対応することができる。しかし、出力制御方式がサイリスタ位相制御の場合には制御周波数が商用交流電源の6倍(300又は360Hz)と低いために、この平滑作用のために数百μHのインダクタンス値が必要になる。数kHzのチョッパ制御の場合でも、150μH程度のインダクタンス値が必要となる。
【0015】
第2の作用は、上述したように、短絡期間中の電流増加率及びアーク期間中の電流減少率を適正化することである。この作用のためには、上述したように、100〜500μH程度のインダクタンス値が必要になる。この電流変化適正化作用は、アーク現象によって定まる値であるので、出力制御方式がインバータ制御、チョッパ制御又はサイリスタ位相制御と変わり制御周波数が変化してもあまり影響を受けない。
【0016】
上述した電子リアクトル制御は、上記の第1の平滑作用においてインダクタンス値を電子的に形成することには使用することはできない。この理由は、以下のとおりである。すなわち、電子リアクトル制御は電圧制御設定信号Ecrと出力電圧Eが略等しくなるようにそれぞれの出力制御方式の制御周波数で制御している。このために、制御周波数で定まるリップルを制御することはできない。したがって、第1の平滑作用に必要なインダクタンス値は固定インダクタンス値Liによって形成する必要がある。他方、第2の電流変化適正化作用に必要なインダクタンス値は、上述したように、電子リアクトル制御によって形成することができる。従来技術の電子リアクトル制御では、固定インダクタンス値Liに電子インダクタンス値Lrを加算して大きくし適正インダクタンス値Lmを得るものである。
【0017】
また、インバータ制御式溶接電源においても、溶接電源の出力端子と母材及び溶接トーチとが離れているために溶接ケーブルが長くなる場合には、ケーブルによるインダクタンス値とリアクトルWLによるインダクタンス値が加算されて数百μHになることもある。
【0018】
ところで、本発明は、固定インダクタンス値Liが数百μH程度ある溶接電源を使用してグロビュール移行溶接又はスプレー移行溶接を行う場合に生じる下記の課題を解決しようとするものである。グロビュール移行溶接には中電流域以上のCO2溶接、フラックス入りワイヤによる溶接等が含まれ、スプレー移行溶接には中電流域以上のMAG溶接、MIG溶接等が含まれる。これらの溶接では、溶接ワイヤと母材との短絡はときたまにしか発生せず、アーク期間のみが継続した状態になる。
【0019】
図7は、外乱によってアーク負荷X1、X2が変動したときの溶接電源の定電圧特性Xcとアーク負荷X1、X2との関係図である。消耗電極ガスシールドアーク溶接には定電圧特性Xcを有する溶接電源が使用される。ただし、同図に示すように、定電圧特性Xcであっても内部抵抗値rの影響によって−3V/100A程度の右下がりの特性となる。現時点でのアーク負荷がX1であるとする。この状態において、送給速度の変動、トーチ高さの変動、溶接姿勢の変化、溶接速度の変化等の外乱が生じるとアーク長が変動してアーク負荷はX1→X2へと変化する。これに伴って、溶接電流はi1→i2へと変化し、溶接電圧はv1→v2へと変化する。すなわち、外乱によってアーク負荷が変化すると、溶接電流i及び溶接電圧vが変化する。特に、わずかに右下がりの定電圧特性Xcの場合には、溶接電流iの変化幅が大きくなる。また、動作点がt1からt2へと移動する速度(電流変化率)は、上述したように、溶接電源のインダクタンス値に反比例する。したがって、本発明が対象とする数百μHという大きなインダクタンス値を有する溶接電源では、動作点の移動速度は緩やかになる。
【0020】
インダクタンス値が小さい場合には、外乱によって一時的にアーク負荷がX2に変化しても動作点はt2にすばやく移動する。したがって、外乱が消滅してアーク負荷がX1に戻ると動作点は元の安定状態のt1にすばやく移動する。しかし、インダクタンス値が大きくなると動作点の移動は緩やかであるために、安定状態t1へはすぐに戻ることができない。
【0021】
図8は、グロビュール移行溶接において外乱が生じてアーク負荷が変動したときの溶接電流i、溶接電圧v及びアーク発生状態の時間変化図である。時刻t1以前においては溶接状態は安定した状態にあるので、同図(A)に示す溶接電流i及び同図(B)に示す溶接電圧vはほぼ一定値である。また、同図(C1)に示すように、母材2上に溶融池2aが形成されて溶接ワイヤ1との間で安定したアーク3が発生している。
【0022】
時刻t1において上述したような外乱が生じると、同図(C2)に示すように、アーク長が短くなりアーク負荷が変動する。図7で上述したように、これに伴って溶接電流iは増加して時刻t2でピーク値となる。この溶接電流iの変化速度は、溶接電源のインダクタンス値が大きいので緩やかである。時刻t2におけるアーク発生状態は、同図(C3)に示すように、溶接電流値iが大きくなりアーク力も大きくなるので、溶融池2aは窪んだ状態になりアーク長は一転して長くなる。この状態で外乱が消滅しても、溶接電流iの変化と溶融池2aの振動とが共振状態に似た状態(以下、ハンチング状態という)となる。このハンチング状態は、同図(C4)に示すように、時刻t3において溶融池が振動によって盛り上がりアーク長が短くなり溶接電流iが小さくなっても継続する。そして、このハンチング状態は長い期間続くことになる。この結果、溶接品質が不良となる。すなわち、比較的大きな電流が通電しアーク長が長い状態であるグロビュール移行溶接又はスプレー移行溶接において、溶接電源のインダクタンス値が大きい場合には、外乱に起因して上述したハンチング状態に陥りやすい。図6(A)の時刻t21〜t22に示す電流変化も外乱によるものであるが、同図は比較的溶接電流値iが小さくアーク長も短い短絡アーク溶接の場合であるので、上述したハンチング状態は発生しにくい。また、従来技術の電子リアクトル制御は溶接電源のインダクタンス値を大きくする制御であるために、上述したハンチング状態を抑制することはできない。
【0023】
そこで、本発明は、インダクタンス値が大きな溶接電源を使用したグロビュール移行溶接又はスプレー移行溶接において、種々の外乱に起因する溶接電流と溶融池とのハンチング状態の発生を抑制することができる溶接電源の出力制御方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0024】
上述した課題を解決するために、第1の発明は、溶接ワイヤからの溶滴移行がグロビュール移行又はスプレー移行となるアーク溶接に使用しかつ出力に設けられたリアクトルのインダクタンス値が数百μHと大きな値である溶接電源にあって、前記溶接電源の出力電圧と予め定めた電圧設定値とが略等しくなるように出力を制御する溶接電源の出力制御方法において、
溶接電流を検出し、この溶接電流検出値を移動平均して溶接電流移動平均値を算出し、この溶接電流移動平均値と前記溶接電流検出値との誤差増幅値を算出し、前記電圧設定値にこの誤差増幅値を加算して電圧制御設定値を算出し,この電圧制御設定値と前記出力電圧とが略等しくなるように出力を制御することを特徴とする溶接電源の出力制御方法である。
【0025】
また、第2の発明は、溶接ワイヤと母材との短絡が発生している期間中の前記電圧制御設定値を、前記電圧設定値と等しい値又は前記電圧設定値から所定範囲に制限した値に設定することを特徴とする第1の発明記載の溶接電源の出力制御方法である。
【発明の効果】
【0026】
上記第1の発明によれば、インダクタンス値が大きなリアクトルを有する溶接電源を使用してグロビュール移行溶接又はスプレー移行溶接を行うときに、種々の外乱に起因して溶接電流と溶融池とのハンチング状態が生じかけても、溶接電流の変動を抑制してこのハンチング状態を大幅に改善することができ、良好な溶接品質を維持することができる。
【0027】
さらに、上記第2の発明によれば、上述した効果に加えて、短絡が発生している機関中は本発明による溶接電流の変化抑制作用を略禁止することによって、短絡を早期に解除してアーク再発生に導くことができる。このために、短絡が発生しても溶接状態を安定に保つことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
以下、図面を参照しながら本発明の実施の形態について説明する。
【0029】
[実施の形態1]
本発明の実施の形態1は、溶接電流iを移動平均して溶接電流移動平均値iraを算出し、この溶接電流移動平均値iraと溶接電流iとの誤差増幅値ΔEr=Gain・(ira−i)を算出し、予め定めた電圧設定値Erにこの誤差増幅値ΔErを加算して電圧制御設定値Ecrを算出し,この電圧制御設定値Ecrと溶接電源の出力電圧Eとが略等しくなるように出力を制御する。上記のGainは予め定めた増幅率である。以下、詳細について図面を参照して説明する。
【0030】
図1は、実施の形態1に係る溶接電源の出力制御方法を実施するための溶接電源のブロック図である。同図において上述した図5と同一のブロックには同一符号を付してそれらの説明は省略する。以下、図5とは異なる点線で示すブロックについて説明する。
【0031】
溶接電流移動平均値算出回路IRAは、溶接電流検出信号idを移動平均して溶接電流移動平均信号iraを出力する。移動平均する期間は10〜100ms程度であり、上述した外乱に起因したハンチング状態の周期よりも長く設定する。したがって、溶接条件に応じて適正値に設定する。誤差増幅値算出回路DERは、上記の溶接電流移動平均信号iraと溶接電流検出信号idとの誤差を増幅して誤差増幅信号ΔEr=Gain・(ira−id)を出力する。ここで、Gainは予め定めた増幅率であり、0.01〜0.1程度に設定する。数値例を挙げると、Gain=0.03とすると、ira−id=100Aの誤差に対してΔEr=3Vとなり、出力電圧値Eが3V増加する。加算回路ADは、電圧設定信号Erと上記の誤差増幅信号ΔErとを加算して電圧制御設定信号Ecr=Er+ΔErを出力する。以後は、この電圧制御設定信号Ecrと出力電圧Eとが略等しくなるように出力制御される。
【0032】
図2は、外乱によるアーク負荷の変動が発生したときの上記溶接電源の各信号のタイミングチャートである。同図(A)は溶接電流iの、同図(B)は溶接電圧vの、同図(C)は電圧制御設定信号Ecrの時間変化を示す。同図は、上述した図8と対応しており、時刻t1において外乱が発生した場合である。
【0033】
時刻t1において上述したような種々の外乱が発生してアーク長が短くなると、同図(A)に示すように、溶接電流iはi2に増加する。他方、溶接電流移動平均信号iraは点線で示すように平均化されているので略一定値となる。このために、ira<i2となり誤差増幅信号ΔEr=Gain・(ira−i2)<0となる。そして、同図(C)に示すように、電圧制御設定信号Ecr=Er+ΔErであるので、Ecr<Erとなり出力電圧Eが低下する。これに伴って、同図(A)に示すように、溶接電流iの増加が抑制される。同様に、溶接電流iの減少も抑制される。この結果、外乱に起因するハンチング状態は抑制されることになる。上記においては、誤差増幅信号ΔErをP(誤差)制御する場合を説明したが、慣用されているPI(誤差・積分)制御又はPID(誤差・積分・微分)制御を使用しても良い。
【0034】
[実施の形態2]
本発明の実施の形態2は、実施の形態1において、短絡期間中の電圧制御設定値Ecrを電圧設定値Erと等しい値又は電圧設定値Erから所定範囲に制限した値に設定するものである。上述したように、グロビュール移行溶接又はスプレー移行溶接においても数ms超の短絡が稀に発生する。この短絡期間中にはアーク負荷が短絡負荷に変化するので溶接電流は増加する。このときに本発明が作用すると溶接電流の増加を抑制することになる。しかし、短絡期間中は溶接電流を増加させて早期に短絡を解除してアークを再発生させた方が溶接状態は安定化する。このために、実施の形態2においては、短絡期間中は本発明の電流変化抑制制御を略禁止するものである。以下、詳細について図面を参照して説明する。
【0035】
図3は、実施の形態2に係る溶接電源の出力制御方法を実施するための溶接電源のブロック図である。同図において上述した図1と同一のブロックには同一符号を付してそれらの説明は省略する。以下、図1とは異なる点線で示すブロックについて説明する。
【0036】
短絡判別回路SDは、溶接電圧vの値によって短絡状態を判別してHighレベルとなりアークを判別してLowレベルとなる短絡判別信号Sdを出力する。第2誤差増幅値算出回路DER2は、上記の短絡判別信号SdがLowレベル(アーク期間)のときは溶接電流移動平均信号iraと溶接電流検出信号idとの誤差を増幅して誤差増幅信号ΔEr=Gain・(ira−id)を出力し、上記の短絡判別信号SdがHighレベル(短絡期間)のときは誤差増幅信号ΔEr=0又は小さな値の所定値にして出力する。これによって、短絡期間中の本発明の電流変化抑制制御を略禁止している。
【0037】
図4は、上述した図2において短絡Tsが発生したときの上記溶接電源の各信号のタイミングチャートである。同図(A)は溶接電流iの、同図(B)は溶接電圧vの、同図(C)は電圧制御設定信号Ecrの時間変化を示す。同図は、上述した図2と対応しており、短絡期間Ts以外の動作は同一である。以下、同図を参照して短絡期間Tsの動作について説明する。
【0038】
短絡期間Ts中は、同図(A)に示すように、溶接電流iは増加し、同図(B)に示すように、溶接電圧vは低い値になる。この溶接電圧vの値によって短絡状態を判別して誤差増幅信号ΔEr≒0にするので、同図(C)に示すように、電圧制御設定信号Ecr≒Erとなる。これによって本発明の電流変化抑制制御は略禁止されるので、同図(A)に示すように、溶接電流iの増加は続行される。この結果、短絡は早期に解除されてアークが再発生する。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】本発明の実施の形態1に係る溶接電源の出力制御方法を実施するための溶接電源のブロック図である。
【図2】図1の溶接電源における各信号のタイミングチャートである。
【図3】本発明の実施の形態2に係る溶接電源の出力制御方法を実施するための溶接電源のブロック図である。
【図4】図3の溶接電源における各信号のタイミングチャートである。
【図5】従来技術における溶接電源の出力制御方法を実施するための溶接電源のブロック図である。
【図6】図5の溶接電源における各信号のタイミングチャートである。
【図7】本発明の課題を説明するための溶接電源の定電圧特性Xcとアーク負荷X1、X2との関係図である。
【図8】本発明の課題を説明するための外乱が発生してハンチング状態となったときの電流・電圧波形図である。
【符号の説明】
【0040】
1 溶接ワイヤ
2 母材
2a 溶融池
3 アーク
4 溶接トーチ
5 送給ロール
AMP 誤差増幅回路
Amp 電圧誤差増幅信号
Bi 電流微分(値/信号)
DER 誤差増幅値算出回路
DER2 第2誤差増幅値算出回路
E 出力電圧
Ecr 電圧制御設定(値/信号)
ED 出力電圧検出回路
Ed 出力電圧検出信号
ER 電圧設定回路
Er 電圧設定(値/信号)
ERC 電子リアクトル制御回路
i 溶接電流
ID 電流検出回路
id 溶接電流検出信号
IRA 溶接電流移動平均値算出回路
ira 溶接電流移動平均(値/信号)
L インダクタンス値
Li 固定インダクタンス値
Lm 適正インダクタンス値
Lr 増幅率/電子インダクタンス値
PMC 電源主回路
r 溶接電源の内部抵抗値
SD 短絡判別回路
Sd 短絡判別信号
SUB 減算回路
Ta アーク期間
Ts 短絡期間
v 溶接電圧
WL リアクトル
X1、X2 アーク負荷
Xc 定電圧特性
ΔEr 誤差増幅(値/信号)
【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接ワイヤからの溶滴移行がグロビュール移行又はスプレー移行となるアーク溶接に使用しかつ出力に設けられたリアクトルのインダクタンス値が数百μHと大きな値である溶接電源にあって、前記溶接電源の出力電圧と予め定めた電圧設定値とが略等しくなるように出力を制御する溶接電源の出力制御方法において、
溶接電流を検出し、この溶接電流検出値を移動平均して溶接電流移動平均値を算出し、この溶接電流移動平均値と前記溶接電流検出値との誤差増幅値を算出し、前記電圧設定値にこの誤差増幅値を加算して電圧制御設定値を算出し,この電圧制御設定値と前記出力電圧とが略等しくなるように出力を制御することを特徴とする溶接電源の出力制御方法。
【請求項2】
溶接ワイヤと母材との短絡が発生している期間中の前記電圧制御設定値を、前記電圧設定値と等しい値又は前記電圧設定値から所定範囲に制限した値に設定することを特徴とする請求項1記載の溶接電源の出力制御方法。
【請求項1】
溶接ワイヤからの溶滴移行がグロビュール移行又はスプレー移行となるアーク溶接に使用しかつ出力に設けられたリアクトルのインダクタンス値が数百μHと大きな値である溶接電源にあって、前記溶接電源の出力電圧と予め定めた電圧設定値とが略等しくなるように出力を制御する溶接電源の出力制御方法において、
溶接電流を検出し、この溶接電流検出値を移動平均して溶接電流移動平均値を算出し、この溶接電流移動平均値と前記溶接電流検出値との誤差増幅値を算出し、前記電圧設定値にこの誤差増幅値を加算して電圧制御設定値を算出し,この電圧制御設定値と前記出力電圧とが略等しくなるように出力を制御することを特徴とする溶接電源の出力制御方法。
【請求項2】
溶接ワイヤと母材との短絡が発生している期間中の前記電圧制御設定値を、前記電圧設定値と等しい値又は前記電圧設定値から所定範囲に制限した値に設定することを特徴とする請求項1記載の溶接電源の出力制御方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【公開番号】特開2006−122957(P2006−122957A)
【公開日】平成18年5月18日(2006.5.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−314957(P2004−314957)
【出願日】平成16年10月29日(2004.10.29)
【出願人】(000000262)株式会社ダイヘン (990)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成18年5月18日(2006.5.18)
【国際特許分類】
【出願日】平成16年10月29日(2004.10.29)
【出願人】(000000262)株式会社ダイヘン (990)
【Fターム(参考)】
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