説明

滑り軸受

【課題】ゾル化は迅速に行われ、ゲル化速度は緩慢となって、焼結金属への吸収が効率的に行われ、広い面圧レンジを有する潤滑油を介在させた滑り軸受を提供する。
【解決手段】鉱油系潤滑基油、合成系潤滑基油、生分解系潤滑基油の少なくとも1種類の潤滑基油と、ワックス及びグリースからなる潤滑剤と、これら潤滑剤を固めるゲル化剤を含浸させた多孔質部材を一方側の摺動部材とし、この多孔質部材に対して摺動する他方の摺動部材から構成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軸と軸受部材との間に潤滑剤を介在させた滑り軸受に関するものである。
【背景技術】
【0002】
滑り軸受においては、軸と軸受部材との間に潤滑剤を介在させて、その間に潤滑膜を形成して、円滑な摺動動作を行わせるようにする。潤滑剤は、摺動動作における低速域から高速域まで、また高負荷状態から低負荷状態まで、摺動部全体にわたって均一な膜厚の潤滑膜を維持しなければならない。潤滑膜の膜強度が弱いと、摺動動作の円滑性を欠くことになり、摺動部における摩耗が進行し、動作中における負荷が大きくなる。甚だしい場合には、摺動部の焼き付きが発生するおそれもある。また、潤滑膜の膜厚は薄い方が摺動動作の安定性の点で望ましい。さらに、作動中における潤滑膜の粘度変化を最小限に抑制する必要がある。
【0003】
滑り軸受に用いられる潤滑剤は、種々の組成を有するものが用いられるが、油性のもの即ち潤滑油や、液状の潤滑油に増ちょう剤を分散させたグリース、さらには蝋等のワックスが代表的なものである。ただし、潤滑剤を単体で用いたのでは、摺動部に作用する面圧を受承できる範囲が限られる。そこで、滑り軸受の性能を向上させるために、即ち摺動動作が低速で、低負荷の状態から、低速で高負荷の状態、さらには高速で低負荷の状態までの広い範囲にわたって適正な潤滑膜を保持し、幅広い面圧レンジで、高い潤滑機能を持たせるために、従来から種々研究がなされてきている。
【0004】
例えば、特許文献1に、鉱油系及び/または合成系の液状潤滑油からなる基油として、この基油に均一ゲルを生成する高級脂肪酸を配合したゲル状潤滑剤組成物が開示されている。そして、この特許文献1における高級脂肪酸は、数十〜百数十℃の融点を持つ半固体状ゲルであって、基油としての液状潤滑油と混合することによりゲル状潤滑剤組成物を構成するものである。この潤滑剤組成物は軸受を構成する焼結金属に含浸させるようにして使用される。さらに、この特許文献1によれば、このゲル状潤滑剤組成物は、常温乃至機械全体のバルク温度では半固体ゲル状を保ち、摺動により加熱されたときには、高級脂肪酸の融点以下において、脂肪酸による低摩擦状態が達成されるとある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−117741号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、軸受部材として焼結金属を用いるのは、潤滑機能を発揮しないときには、焼結金属に形成されている多数の微小空隙に潤滑剤を保持させて、潤滑剤が周辺に漏れ出して周囲を汚損させることがなく、また流出による損失を最小限に抑制するためである。このために、ゾル‐ゲルの相変化を利用する。即ち、潤滑剤は、潤滑機能を発揮している間は摩擦熱の作用でゾル状態となし、静止状態になると温度が低下することによりゲル化するが、このときに潤滑剤を軸受部材に含浸させる。従って、摺動部の静止状態では、潤滑剤を焼結金属から構成される軸受部材にほぼ完全に吸収させるようになし、摺動が開始すると、潤滑剤の粘度低下に伴って、焼結金属から迅速に滲み出して摺動部に供給されて、必要な厚みで、摺動面に作用する圧力を有効に受承できる潤滑膜が摺動面の全体に均一に形成されなければならない。
【0007】
特許文献1にあるように、液状潤滑油からなる基油に均一ゲルを生成する高級脂肪酸を混合させたゲル状潤滑組成物では、摺動開始時において、潤滑組成物の焼結金属における微小空隙からの滲み出しが迅速かつ円滑に行うことができない場合があり、また摺動停止時に、潤滑組成物が焼結金属の微小空隙に効率的に滲み込むようにはならないが、摺動部の表面に浮き出したまま残存することもある。特に、ゲル状潤滑組成物の組成と、焼結金属における微小空隙の構造との関係において、高負荷で低速摺動する状態から低負荷で高速摺動する状態までにわたって、摺動面における潤滑機能と潤滑組成物の保持機能において、必ずしも満足な機能を発揮しない場合がある。
【0008】
本発明者等は、その原因について鋭意研究したところ、焼結金属における微小空隙の構造から、潤滑組成物において、基油となる液状潤滑油をゲル化するための高級脂肪酸がこの液状潤滑油に対するバインダとしての機能を発揮して、液状潤滑油が焼結金属から滲み出したり、滲み込んだりする際における阻害要因となっていることを知見して、本発明を完成させるに至った。従って、本発明の目的とするところは、ゾル化は迅速に行われ、ゲル化速度は緩慢となって、焼結金属への吸収が効率的に行われ、広い面圧レンジに対応する潤滑油を介在させた滑り軸受を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前述した目的を達成するために、本発明は、鉱油系潤滑基油、合成系潤滑基油、生分解系潤滑基油の少なくとも1種類の潤滑基油と、ワックス及びグリースからなる潤滑剤と、これら潤滑剤を固めるゲル化剤を含浸させた多孔質部材と、この多孔質部材に対して摺動する他方の部材から構成したことをその特徴とするものである。
【0010】
滑り軸受は、それぞれ摺動面を有する一方側の摺動部材と他方側の摺動部材とから構成される。両摺動部材のうち、一方側は多孔質部材から構成され、潤滑剤はこの多孔質部材に含浸させる。ここで、多孔質部材は、一般的には焼結金属であるが、セラミック等で構成することもできる。例えば、回転軸とこの回転軸が摺動可能に挿通される軸受とから構成する場合には、軸受側を多孔質部材とするのが望ましい。軸受に保持させる潤滑剤は、潤滑基油を含み、増ちょう剤からなるグリースと、ワックスとを主成分とする。
【0011】
潤滑基油は、鉱油系潤滑剤基油、合成系潤滑剤基油及び生分解系潤滑剤基油から構成され、潤滑基油としては、単独若しくは複数種類の基油を混合したものを用いることができる。そして、基油に混合される増ちょう剤としては、カルシウム石鹸基や、カルシウム複合石鹸基,ナトリウム石鹸基,アルミニウム石鹸基,リチウム石鹸基等からなる石鹸系、例えばカルシウムスルフォネートコンプレックスを用いることができ、また非石鹸系、例えばウレア系等のものが用いられる。ワックスは、ハゼ蝋,ウルシ蝋等の木蝋や、ガルナバル蝋,パーム蝋等からなる植物系蝋や、蜜蝋等からなる動物蝋を用いることができる。
【0012】
ワックスは、一般に、室温程度では固体であり、水の沸点である100℃以下で液化するが、好ましくは概略80℃で液化するものを用いる。グリースとワックスは均一に混合されることが必要であり、このために、例えば混合組成物を高速攪拌することにより生成することができる。
【0013】
潤滑剤としては、グリースが5〜30重量%含み、またワックスは5〜30重量%含むものとし、これらの成分以外は各種の添加剤を混合する。グリースやワックスが5重量%以下であると、所期の潤滑機能を発揮できなくなる。また、混合比率が30重量%を超えると、混合の不均一が生じ安定的な性能が得られないので、望ましくはない。
【0014】
摺動部において、摺動部材間の摺動速度が高速となり、摺動部が高温にまで加熱されるような場合には、潤滑剤の組成のうちのグリースの比率を大きくし、摺動部に作用する負荷が大きい場合には、ワックスの比率を多くする。例えば、建設機械において、掘削手段を構成するブーム,アーム及びバケットの各部に設けた枢軸を回転自在に支持する軸受として構成とした場合、枢軸と軸受との間の摺動面には大きな負荷が作用することがある。このために、枢軸と軸受との間に介在させる潤滑剤としては、摺動面間に介在して高い油圧力を保持することができるワックスの比率の高いものを用いるのが望ましい。一方、例えば、油圧ポンプにおける回転軸を回転自在に支持する軸受のように、作用する負荷はさほど大きくはないが、回転速度が速いために、摺動部に高熱が発生する場合には、グリースの比率を高めることによって、その間の潤滑性を高めるようにする。
【0015】
前述したグリースとワックスとからなる潤滑剤には、各種の添加剤が混合される。添加剤としては、界面活性剤からなるゲル化剤を含むものである。さらに、固体潤滑剤,極圧添加剤の少なくとも1種類を含ませることができる。
【0016】
ゲル化剤である界面活性剤は、潤滑剤の親油性及び親水性を向上させて、グリースとワックスとの分散性を向上させるものであって、アニオン系界面活性剤,ノニオン系界面活性剤等各種のものを用いることができる。ここで、ゲル化剤は3〜15重量%とする。ゲル化剤が3重量%以下である場合には、ゲル化への相変化が遅延することになり、15重量%を超すと、潤滑剤の多孔質部材における微小空隙への吸収機能が低下する。
【0017】
また、固体潤滑剤は、二硫化モリブデン,グラファイト,四フッ化エチレン樹脂等からなり、潤滑剤に混合することによって、摺動面における凝着の防止、摩耗の低減を図り、潤滑膜の耐圧レンジを向上させることができる。極圧添加剤は、摺動面間の摩耗を減少させ、焼き付き防止等のために加えられる添加剤であって、摺動面間の潤滑膜の粘度が低い場合において、摺動面間に作用する圧力を向上させるためのものである。極圧添加剤は、高級脂肪酸,高級アルコール,アミン,エステル,金属石鹸等、摺動部材である金属に対する吸着力が高められる。
【発明の効果】
【0018】
潤滑剤のゾル化が迅速に行われて、摺動面における摺動が開始されると、この摺動面の全体にわたって、均一な厚みを有する潤滑膜が形成され、摺動面の温度条件に変化があっても、潤滑膜の粘度が一定に保たれ、摩擦係数の変化が抑制される。摺動面における摺動が停止したときには、潤滑剤はゲル化するが、そのゲル化速度が緩慢であり、この間に焼結金属の微小空隙への吸収が効率的に行われる。その結果、長期間にわたって摺動部材相互における潤滑膜が膜切れ等を低下させるようなことはない。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】滑り軸受装置が装着される機械の一例としての油圧ショベルの外観図である。
【図2】図1の油圧ショベルにおけるブームフート部の断面図である。
【図3】実施例1,2と比較例3〜8の潤滑材を焼結金属に含浸させた状態での摩擦係数の変化を示す線図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、図面に基づいて本発明の実施の形態について説明する。図1に滑り軸受が装着されている装置の一例として、建設機械の代表的なものである油圧ショベルを示す。図中において、1は油圧ショベルを示し、油圧ショベル1は、左右にクローラ式走行手段2を有する下部走行体3と、下部走行体3上に旋回装置4を介して連結して設けた上部旋回体5とから構成され、上部旋回体5にはオペレータが搭乗する運転室6及び各種の機械・器具類を収納した機械室建屋7が設けられている。また、上部旋回体5には、作業機8が装着されており、この作業機8は、土砂の掘削等といった作業を行うためのものであり、ブーム9,アーム10及び交換可能なフロントアタッチメントとしてのバケット11から構成される。
【0021】
作業機8には、ブームシリンダ12,アームシリンダ13及びバケットシリンダ14が設けられており、これら各シリンダ12〜14を駆動することによって、土砂の掘削等の作業が実行される。
【0022】
図2に示したように、アーム10はブーム9に設けた一対のブラケット15,15間に枢支ピン16を介して連結されており、枢支ピン16はブラケット13に設けた滑り軸受17により回動可能に支持されている。滑り軸受17は円筒形状の部材から構成され、ブーム9はアームシリンダ13を作動させることによって、上下方向に回動動作を行わせることになる。このときに、枢支ピン16は滑り軸受17に対して摺動回転することになる。
【0023】
ブーム9が俯仰動作を行うと、滑り軸受17と枢支ピン16とが摺動する結果、この摺動部の温度が上昇する。この枢支ピン16と滑り軸受17との間を円滑に摺動させるために、この摺動面に適正な厚みの潤滑膜を形成する。このために、滑り軸受17は多孔質部材である焼結金属から構成され、潤滑剤はこの滑り軸受17に含浸させている。従って、滑り軸受17と枢支ピン16との間の摺動による摩擦熱で、滑り軸受17の温度が上昇することになるが、多孔質の部位に吸着された状態となっている潤滑剤が滑り軸受17の表面に滲み出させる。
【0024】
その結果、滲み出した潤滑剤が摺動面全体に回り込むことによって、全周にわたって潤滑膜が形成されるようになる。このようにして潤滑膜は形成されることが必要であり、しかも摩擦係数が小さく、この潤滑膜の粘度変化が少ないものとする。これによって、潤滑膜は摺動面全体に回り込んだ状態となり、滑り軸受17と枢支ピン16との間を円滑に摺動回転させることができる。
【0025】
ところで、ブーム9の動作が停止すると、滑り軸受17と枢支ピン16との間の摺動が停止して、その間の温度が低下する。このときに、摺動時に表面に滲み出した潤滑剤が滑り軸受17を構成する焼結金属の微小空隙に吸着させるようにする。このためには、潤滑剤に毛細管現象を働かせる必要があり、潤滑剤ができるだけ長い時間所定の低粘度状態に保持させる。つまり、粘度上昇を抑制することである。
【0026】
ところで、滑り軸受17は、図1に示した油圧ショベル等の建設機械に装着されるものであって、適用箇所や稼働状態によっては、摺動条件が異なってくる。摺動速度が低速で、摺動面に作用する荷重が低荷重状態になることがあり、また低速で、高荷重状態となることもある。さらに、摺動速度が高速で、低荷重となることもある。
【0027】
以上のことから、潤滑剤が備えなければならない特性としては、焼結金属に対する吸脱着が円滑に行われ、潤滑剤は、焼結金属の温度が上昇すると、迅速に滲み出し、温度低下に応じて確実に吸着されるものであり、しかも潤滑膜が形成されている際には、温度条件による潤滑膜の粘度変化の幅が小さく、高圧下でも潤滑膜が保持されるように、高い耐圧性を備える必要がある。このために、潤滑剤を次に示したような組成としている。
【実施例1】
【0028】
表1に示した組成と初期摩擦係数とを有する潤滑剤を焼き入れ組織の多孔質鉄系焼結金属を用いて、ステンレス板に当接させて摺動試験を行った。荷重は19.61Nで、摺動速度は400mm/minで、ストロークを100mmで往復動させるようにした。
【0029】
【表1】

表1において、試料No.1及びNo.2は本発明の実施例であり、試料No.3〜No.8は比較例である。
【0030】
これら試料No.1〜No.8の試験時間に対する摩擦係数の変化を図3に示す。本発明の実施例である試料No.1及びNo.2では、試験時間の変化に対する摩擦係数の初期値からの変化は最も小さいものとなり、安定した摺動特性を発揮している。
【0031】
そして、摺動を停止させた後に5分後に各試料の摺動面の状態を検査したところ、試料No.1及びNo.2では、表面は乾燥状態となっていた。従って、摺動時に形成されていた潤滑膜は、摺動停止後に速やかに多孔質鉄系焼結金属の気孔に吸引されたことになる。これに対して、試料No.3〜No.8では多かれ少なかれべとつきが検出され、多孔質鉄系焼結金属の気孔に完全に吸引されることはなかった。
【符号の説明】
【0032】
1 油圧ショベル
9 ブーム
10 アーム
16 枢支ピン
17 滑り軸受

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉱油系潤滑基油、合成系潤滑基油、生分解系潤滑基油の少なくとも1種類の潤滑基油と、ワックス及びグリースからなる潤滑剤と、これら潤滑剤を固めるゲル化剤を含浸させた多孔質部材と、この多孔質部材に対して摺動する他方の部材から構成した滑り軸受。
【請求項2】
前記潤滑基油に混合されるグリースは5〜30重量%含み、またワックスは5〜30重量%含むものとし、ゲル化剤は3〜15重量%であることを特徴とする請求項1記載の滑り軸受。
【請求項3】
前記潤滑基油は、鉱油系潤滑剤基油、合成系潤滑剤基油及び生分解系潤滑剤基油から構成され、この潤滑基油に混合される前記ワックスは、ハゼ蝋,ウルシ蝋等の木蝋や、ガルナバル蝋,パーム蝋等からなる植物系蝋、蜜蝋等からなる動物蝋であり、前記グリースは、カルシウム石鹸基や、カルシウム複合石鹸基,ナトリウム石鹸基,アルミニウム石鹸基,リチウム石鹸基等からなる石鹸系、ウレア系の非石鹸系であることを特徴とする請求項1または請求項2記載の滑り軸受。
【請求項4】
前記多孔質部材は焼結金属またはセラミックであることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれかに記載の滑り軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−113371(P2013−113371A)
【公開日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−259850(P2011−259850)
【出願日】平成23年11月29日(2011.11.29)
【出願人】(000005522)日立建機株式会社 (2,611)
【Fターム(参考)】