説明

炭素短繊維、炭素短繊維の製造方法、炭素短繊維強化樹脂組成物、及び炭素短繊維強化セメント組成物

【課題】 複合材の材料として用いた際に、マトリックス成分と優れた親和性を示す炭素短繊維を提供することを課題とする。
【解決手段】 本発明は、炭素繊維強化樹脂複合材料を、常圧過熱水蒸気と接触下、分解ガスが充満する雰囲気で、前記複合材料中のマトリックス樹脂を300℃〜600℃で加熱分解することにより、水素原子、窒素原子、及び酸素原子から選択された1種以上の原子により炭素短繊維表面が化学修飾されている炭素短繊維を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マトリックス成分に対する親和性に優れた炭素短繊維、マトリックス成分に対する親和性に優れた炭素短繊維を製造する方法、及び前記炭素短繊維を含む樹脂組成物やセメント組成物などの複合材に関する。
【背景技術】
【0002】
繊維強化樹脂複合材料(FRCM:Fiber Reinforced Resin Composite Material)は、マトリックス樹脂が繊維によって強化された複合材料である。繊維強化樹脂複合材料は、強度及び弾性率に優れ、設計の自由度も大きいことから、近年、金属代替材料として様々な分野に使用されている。
このうち、炭素繊維強化樹脂複合材料(CFRCM:Carbon Fiber reinforced resin composite material)は、主としてマトリックス樹脂と炭素繊維によって構成されており、炭素繊維とマトリックス樹脂との親和性が重要視されている。炭素繊維とマトリックス樹脂との親和性が低ければ、炭素繊維がマトリック樹脂内に均一に分散し難くなり、その結果、CFRCMの諸特性が均質とならない虞があるためである。
【0003】
ここで、不要になったCFRCMを再利用する試みがなされている。
例えば、特許文献1には、CFRCMをマトリックス樹脂の分解点以上で且つ炭素繊維の分解点以下の温度で加熱処理することでマトリックス樹脂の分解物と炭素繊維とで一体化して得られた炭素繊維塊が開示されている。
しかし、この炭素繊維塊は、その表面にマトリックス樹脂の分解物(炭化物)が付着している。そのため、この炭素繊維塊を複合材の材料として用いても、マトリックス成分(マトリックス樹脂や無機質マトリックス)との親和性が低い。そのため、マトリックス成分中における、炭素繊維塊の分散性や、マトリックス成分間の接着強度が低くなる。その結果、得られる複合材の強度等の諸特性が低くなるという問題がある。
【0004】
また、特許文献2には、破砕したCFRCMを3〜18体積%の酸素濃度で、300〜600℃で燃焼させないで処理し、マトリックス樹脂を熱分解して得られた再生炭素繊維が開示されている。
しかし、この再生炭素繊維は、マトリックス樹脂の分解物(炭化物)が、その表面に付着することをある程度抑制されているものの、複合材の材料として再利用する際に強度等に影響がでない程度にまで炭化物の付着が抑制されていない。
そのため、特許文献1と同様に、再生炭素繊維を複合材の材料として用いても、再生炭素繊維の分散性やマトリックス成分間の接着強度が低くなる。その結果、得られる複合材の強度等の諸特性が低くなるという問題がある。
【0005】
さらに、特許文献3には、樹脂で結合された炭素繊維(CFRCM)を100μm〜3mmの範囲の繊維長を有する粉砕物に粉砕し、この粉砕物を分級して繊維長を整えることが開示されている。また、特許文献3には、分級によって繊維長が整えられた1種又は2種以上の粉砕物を、粉砕物の分解ガスが充満する雰囲気下、350〜500℃の加熱空気によって加熱分解することによって得られた、所望の繊維長分布を有する炭素短繊維が開示されている。
しかし、この炭素短繊維は、炭化物の付着がかなり抑制されているものの、特許文献2の再生炭素繊維と同様に、複合材の材料として再利用する際に強度等に影響がでない程度にまで炭化物の付着が抑制されていない。そのため、この炭素短繊維を用いた複合材は、再生品でない炭素短繊維(もともと、マトリックス樹脂を含まない炭素短繊維)を用いた複合材に比して諸特性が劣るという問題がある。
【0006】
加えて、特許文献4には、樹脂で含浸された炭素繊維を含むプリプレグの硬化物を、所望の繊維長に切断し、樹脂の分解ガスの充満下や不活性ガス雰囲気中で加熱分解し、炭素繊維を抽出することが開示されている。また、特許文献5及び6には、樹脂で結合された炭素繊維を粉砕及び分級し、この分級品を加熱分解して得られた炭素繊維を熱可塑性樹脂組成物やゴム組成物に含有させることが開示されている。
しかし、これら特許文献4乃至6に開示された方法によって得られた炭素繊維を用いた複合材は、特許文献3と同様に、再生品でない炭素短繊維を用いた複合材に比して諸特性が劣るという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平4−323009号公報
【特許文献2】特開平6−099160号公報
【特許文献3】特開平11−50338号公報
【特許文献4】特開平11−290822号公報
【特許文献5】特開平11−209634号公報
【特許文献6】特開2000−219780号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、複合材の材料として用いた際に、マトリックス成分に対する親和性に優れた炭素短繊維、マトリックス成分に対する親和性に優れた炭素短繊維の製造方法、及び前記炭素短繊維を含む樹脂組成物やセメント組成物などの複合材を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、水素原子、窒素原子、及び酸素原子から選択された1種以上の原子により炭素短繊維表面が化学修飾された炭素短繊維である。
【0010】
本発明の炭素短繊維は、好ましくは、前記化学修飾により、炭素−水素結合、炭素−窒素結合、及び炭素−酸素結合から選択された1種以上の結合が炭素短繊維表面に導入されている。
【0011】
本発明の炭素短繊維は、好ましくは、炭素繊維強化樹脂複合材料を、常圧過熱水蒸気と接触下、分解ガスが充満する雰囲気で、前記複合材料中のマトリックス樹脂を300℃〜600℃で加熱分解することによって得られたものである。より好ましくは、炭素短繊維の重量平均繊維長が30μm〜1500μmである。
【0012】
また、本発明の別の局面によれば、炭素繊維強化樹脂複合材料を、常圧過熱水蒸気と接触下、分解ガスが充満する雰囲気で、前記複合材料中のマトリックス樹脂を300℃〜600℃で加熱分解する工程を有する、炭素短繊維の製造方法が提供される。
【0013】
本発明の好ましい炭素短繊維の製造方法は、前記加熱分解工程において、炭素繊維強化樹脂複合材料を粉砕した粉砕物を、常圧過熱水蒸気と接触させる。また、より好ましくは、前記炭素繊維強化樹脂複合材料が、炭素繊維プリプレグの硬化物である。また、より好ましくは、前記炭素繊維強化樹脂複合材料中のマトリックス樹脂が、エポキシ樹脂を含む。
【0014】
また、本発明の好ましい炭素短繊維の製造方法は、前記常圧過熱水蒸気の温度が、200℃〜600℃である。
【0015】
本発明のさらに別の局面によれば、上記の炭素短繊維と、樹脂と、を含む、炭素短繊維強化樹脂組成物、及び上記の炭素短繊維と、無機質セメントと、を含む、炭素短繊維強化セメント組成物が提供される。
【発明の効果】
【0016】
本発明の炭素短繊維は、マトリックス成分に対する親和性に優れている。そのため、複合材の材料として用いることで、諸特性が均質化された優れた複合材を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】炭素短繊維の製造方法の一例を示す概略図。
【図2】実施例及び比較例で得られた炭素短繊維を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察した拡大図。
【図3】実施例及び比較例で得られた炭素短繊維についてX線光電子分光解析(ESCA)を行った結果を示すグラフ図。
【図4】実施例及び比較例で得られた炭素短繊維についてフーリエ変換赤外分光光度(FT−IR)を測定した結果を示すグラフ図。
【発明を実施するための形態】
【0018】
<炭素短繊維>
本発明の炭素短繊維は、その表面が、水素原子、窒素原子、及び酸素原子から選択された1種以上の原子により炭素短繊維表面が化学修飾されている。このような原子によって表面が化学修飾された炭素短繊維は、複合材として利用した際、マトリックス成分(マトリックス樹脂や無機質マトリックス)に対する親和性に優れている。
【0019】
炭素短繊維表面を上記の原子により化学修飾する方法は、特に限定されない。本発明の炭素短繊維は、例えば、炭素繊維強化樹脂複合材料(CFRCM)を、常圧過熱水蒸気と接触下、分解ガスが充満する雰囲気で、前記複合材料中のマトリックス樹脂を300℃〜600℃で加熱分解することで製造することができる。
CFRCMを常圧過熱水蒸気と接触させて自燃焼成することで、マトリックス樹脂や自燃雰囲気、乾燥した常圧過熱水蒸気、及び分解ガスに含まれる原子で、炭素短繊維の表面が化学修飾され、炭素短繊維の表面性が改質される。
【0020】
かかる化学修飾により、炭素−水素結合、炭素−窒素結合、及び炭素−酸素結合から選択された1種以上の結合が炭素短繊維表面に導入されており、より好ましくは、前記炭素−水素結合及び炭素−窒素結合の2種が炭素短繊維表面に導入されており、特に好ましくは、前記炭素−水素結合、炭素−窒素結合、及び炭素−酸素結合の3種が炭素短繊維表面に導入されている。
なお、前記炭素−窒素結合は、単結合又は2重結合であってもよいが、好ましくは3重結合である。また、前記炭素−酸素結合は、単結合であってもよいが、好ましくは2重結合である。
【0021】
また、本発明の炭素短繊維のアスペクト比(繊維長/繊維直径)は、好ましくは5以上であり、より好ましくは10以上である。
以下、本発明の炭素短繊維の製造方法について詳述する。ただし、本明細書において、「AAA〜BBB」は、AAA以上BBB以下を意味する。
【0022】
<炭素短繊維の製造方法>
本発明の炭素短繊維の製造方法は、少なくとも、炭素繊維強化樹脂複合材料(CFRCM)を、常圧過熱水蒸気と接触下、分解ガスが充満する雰囲気で、前記複合材料中のマトリック樹脂を300℃〜600℃で加熱分解する工程(以下、加熱工程や加熱処理と表す場合がある)を有する。
CFRCMと常圧過熱水蒸気を接触させることで、CFRCMに含まれるマトリックス樹脂が加熱分解(自燃焼成)する。
【0023】
(原料)
本発明の炭素短繊維の製造方法に用いられる原料は、CFRCMであり、その種類は、炭素繊維とマトリックス樹脂(樹脂成分)が含まれていれば特に限定されず、本発明では任意のものを用いることができる。
このような、CFRCMの入手経路は特に限定されず、新品(廃材や端材を含む)であってもよく、使用済のリサイクル品であってもよく、未使用のまま長期間保管されたデッドストック品であってもよく、また、自ら作製したものを用いてもよい。自ら作製する場合、炭素繊維をマトリックス樹脂で含浸し、前記マトリックス樹脂を固化させることで容易にCFRCMを調製することができる。
【0024】
もっとも、本発明では、資源再利用の観点から、リサイクル品やデッドストック品を用いることが好ましく、より好ましくは、炭素繊維プリプレグのデッドストック品の硬化物が用いられる。
ここで、炭素繊維プリプレグとは、炭素繊維及び、炭素繊維からなる布帛等に熱硬化性樹脂を含浸させ、未硬化状態(Bステージ)に保ったものである。
炭素繊維プリプレグの硬化物の形状は特に限定されず、マット状又はロービング状であってもよく、すでに、CFRCMの形状に成型されていてもよい。また、炭素繊維プリプレグは、炭素繊維をサイジング処理により収束した状態であってもよい。
炭素繊維プリプレグは、例えば、ゴルフシャフト、釣竿、自転車のフレームなどのスポーツ用品;電子部品などの産業用品;航空機や人工衛星に用いられる航空宇宙用品などの原料として用いられている。そのため、炭素繊維プリプレグの硬化物として、これらのデッドストック品を回収することで容易に入手可能である。
なお、炭素短繊維プリプレグの硬化物のデッドストック品とは、未使用状態であるにもかかわらず硬化してしまった炭素繊維プリプレグである。炭素繊維プリプレグは、樹脂の未硬化状態(Bステージ)を維持したまま低温保存を長期間行うことができないため、このようなデッドストック品が発生する。
【0025】
CFRCM中に含まれる炭素繊維の形態は特に限定されない。炭素繊維は、マトリックス樹脂中に不規則に分散されていてもよく、或いは、規則的に分散されていてもよい。また、炭素繊維は、不織布や織布など、シート状の形態で含まれていてもよい。
さらに、CFRCM中に含まれる炭素繊維の種類は、特に限定されない。通常、その炭素繊維は、有機繊維、石炭ピッチ、又は石油ピッチ等を紡糸して製造された繊維を炭化して得られる繊維である。このような炭素繊維としては、例えば、ポリアクリロニトリル(PAN)繊維を原料に用いたPAN系炭素繊維、石炭ピッチ又は石油ピッチを原料に用いたピッチ系炭素繊維が挙げられる。また、これらの炭素繊維を1種単独でまたは、2種以上含むCFRCMを用いることもできる。
【0026】
CFRCM中において、マトリックス樹脂に対する炭素繊維の割合は特に限定されないが、通常、マトリックス樹脂100質量部に対し、0.1質量部〜100質量部であり、好ましくは0.1質量部〜80質量部であり、より好ましくは1質量部〜50質量部である。
【0027】
CFRCM中に含まれるマトリックス樹脂(樹脂成分)は、特に限定されず、例えば、天然樹脂、合成樹脂、ゴム系樹脂等が挙げられる。また、マトリックス樹脂は、熱可塑性樹脂であってもよく、熱硬化性樹脂であってもよい。
熱硬化系樹脂としては、エポキシ樹脂;アルキド樹脂などのポリエステル樹脂;ビニルエステル樹脂;イミド樹脂;ビスマレイミド樹脂;熱硬化性ポリウレタン樹脂;熱硬化性アクリル樹脂;アミド樹脂、メラミン樹脂、尿素樹脂、フェノール樹脂などのアミノ樹脂などが挙げられる。熱可塑性樹脂としては、プロピレン樹脂などのオレフィン樹脂;熱可塑性アクリル樹脂;熱可塑性ポリウレタン樹脂;ビニル樹脂などが挙げられる。ゴム系樹脂としては、天然ゴム、スチレンブタジエンゴム、エポキシ化天然ゴム、ニトリルゴム、エチレンプロピレンジエンゴムなどが挙げられる。
【0028】
本発明では、マトリックス樹脂は、好ましくは、熱可塑性樹脂または熱硬化性樹脂であり、より好ましくは熱硬化性樹脂であり、特に好ましくは、エポキシ樹脂である。なお、熱可塑性樹脂を用いたCFRCMは、炭素繊維強化プラスチック(Carbon Fiber Reinforced Plastic:CFRP)と呼ばれることもある。
マトリック樹脂が熱硬化性樹脂であるCFRCMは、加熱工程によってマトリックス樹脂やその炭化物が、炭素短繊維の表面に残存し難い。他方、マトリックス樹脂として、熱可塑性樹脂を用いたCFRCM(即ちCFRP)は、加熱工程においてマトリックス樹脂が溶融し、CFRPのマトリックス樹脂が再融着し、加熱分解が不十分となる。その結果、得られた炭素短繊維の表面に炭化物が残る虞がある。
【0029】
また、マトリックス樹脂は、1種単独又は2種以上を併用してもよい。マトリックス樹脂を2種以上併用する場合、熱可塑性樹脂と熱硬化性樹脂を併用したポリマーアロイを含むCFRCMを用いることが好ましい。
前記ポリマーアロイを含むCFRCMは、熱可塑性樹脂のみを含むCFRCM(CFRP)を用いた場合に比して、常圧過熱水蒸気との接触時にマトリックス樹脂が再融着し難くなるためである。
また、マトリックス樹脂には、架橋剤、架橋開始剤、反応触媒、可塑剤、酸化防止剤、紫外線吸収剤、難燃剤、または着色剤などの添加剤が添加されていてもよい。これらの添加剤は、1種単独でまたは2種以上添加されていてもよい。
【0030】
(粉砕工程)
本発明の製造方法においては、加熱工程前に、上記CFRCMを、粉砕することが好ましい。
CFRCMを粉砕する工程を有することにより、加熱工程時にマトリックス樹脂が自燃焼成し易くなる。
【0031】
粉砕工程は、例えば、CFRCMを所定の粒度(粒径)を有する粉砕物に加工する工程である。
具体的には、CFRCMを粗粉砕し、得られた一次粉砕物を、粉砕機を用いて再粉砕する。この粉砕物をスクリーンメッシュ(スクリーン径:1mm〜15mm)に通すことにより、最終粉砕物を得る。なお、前記再粉砕は2回以上行ってもよい。再粉砕を複数回繰り返すことで、より小さい粉砕物を得ることができる。
ここで、最終粉砕物の形状は、特に限定されず、好ましくは、篩分けにより所望の粒度に揃えられる。篩分けにより得られた粉砕物を加熱処理することで、炭素短繊維を容易に製造することができる。
【0032】
CFRCMを粉砕する粉砕機は、特に限定されず、マトリックス樹脂の種類に合わせて任意の粉砕機を用いることができる。このような粉砕機としては、例えば、カッターミル、ロータリーミル、ハンマーミル等が挙げられる。
【0033】
一般的に、炭素短繊維を複合材に利用する際、炭素短繊維の繊維長にばらつきがあると、複合材の強度にばらつきが生じる。そのため、通常、炭素繊維を予め収束剤によって表面処理を施し、この表面処理を施した炭素繊維を複数本束ね、所定の長さに切断して短繊維化することが知られている。
しかし、炭素短繊維を複合材に利用するに際し、表面に収束剤が残留していると、複合材中において炭素短繊維が十分に分散しない虞がある。また、炭素短繊維を3000μm以下の繊維長に切断することは困難である。
これに対し、本発明では、炭素短繊維を得る前(即ち、CFRCMの加熱工程前)に、CFRCMを粉砕し、この最終粉砕物を加熱処理する。即ち、本発明によれば、CFRCMに含まれるマトリックス樹脂が収束剤の機能を果たしているため、炭素繊維の短繊維化(粉砕)に収束剤を用いる必要がない。
従って、本発明によれば、表面に収束剤が付着していない炭素短繊維が得られる。かかる炭素短繊維は、マトリックス成分に対して優れた親和性を有するため、全体に均一な諸特性を有する複合材を得ることができる。
【0034】
(加熱工程)
加熱工程は、CFRCMを、常圧過熱水蒸気と接触下、分解ガスが充満する雰囲気で、前記複合材料中のマトリックス樹脂を300℃〜600℃で加熱分解(自燃焼成)する工程である。
好ましくは、上記のように粉砕したCFRCMの最終粉砕物を加熱処理する。
【0035】
常圧過熱水蒸気をCFRCM(加熱工程の欄において、特に区別する必要がない限り、上記最終粉砕物を含めて、単にCFRCMと記す)に接触させる方法は特に限定されない。その方法は、CFRCMに常圧過熱水蒸気を直接当てる方法、或いは、常圧過熱水蒸気の雰囲気下にCFRCMを暴露する方法などが挙げられる。
もっとも、CFRCMと常圧過熱水蒸気とを、分解ガスが充満する雰囲気で接触させる本発明においては、前者の方法が好ましい。前者の方法によれば、自燃炉の自燃室の空気を、逆転点温度以上の常圧過熱水蒸気によって置換することで、容易に分解ガスが充満する雰囲気を保持できるからである。また、CFRCMを自燃炉の自燃室で常圧過熱水蒸気と接触させる場合、CFRCMは、自燃用容器に充填されることが好ましい。自燃用容器としては、一般的に、坩堝が用いられる。
なお、後者の方法は、ロータリーキルン等を用いた自燃焼成炉に常圧過熱水蒸気を導入した連続焼成法に適用できる。
以下、図面を参照しつつ、本発明の炭素短繊維の製造方法の一例について詳述する。
【0036】
図1は、本発明のCFRCMの加熱工程(即ち、CFRCMを加熱分解(自燃焼成)する工程)を自燃炉で行う場合における、システム概略図である。なお、図1において、網掛線部分は、自燃炉の炉壁部分を表す。
図1において、CFRCM1は、加熱処理用の坩堝2に充填される。CFRCM1が充填された坩堝2は、自燃炉3内に設けられた自燃室31に収納される。自燃炉3(自燃室31)には、常圧過熱水蒸気導入管4を介して常圧過熱水蒸気発生装置5が連結されている。自燃炉3は、自燃室31と加熱室32を有し、自燃室31は、加熱室32内に配置されている。
自燃炉3には、排気ダクト8が接続されており、排気ダクト8は、加熱室32(第2加熱室322)に接続した第1排気ダクト81と、加熱室32(第1加熱室321)に接続した第2排気ダクト82と、を有する。また、自燃室31と加熱室32(第1加熱室321)は、分解ガス流出管6を介して連通されている。従って、自燃室31の内壁には、常圧過熱水蒸気導入管4の開口端部、及び分解ガス流出管6の開口端部が配置されている。同様に、加熱室32の内壁には、分解ガス流出管6の開口端部、並びに、第1排気ダクト81及び第2排気ダクト82の開口端部が配置されている。
また、加熱室32は、区画壁33を介して第1加熱室321と第2加熱室322に隔てられている。区画壁33には、調整弁(図示せず)が設けられており、第1加熱室321と第2加熱室322の空気が双方に入出可能となるように調整されている。
なお、第1加熱室321には、補助バーナー7が備え付けられており、常圧過熱水蒸気によるマトリックス樹脂の加熱分解(自燃焼成)を補助する役割を果たす。
【0037】
常圧過熱水蒸気発生装置5によって発生した常圧過熱水蒸気は、常圧過熱水蒸気導入管4を通って自燃炉3の自燃室31に注入される。常圧過熱水蒸気を注入することで、予め自燃室31内に存在する空気が常圧過熱水蒸気に置換される。また、これと併せて、補助バーナー7を用いて加熱室32を補助的に加熱する。
そして、過熱水蒸気の熱量によって、CFRCMに含まれるマトリックス樹脂が着火(自然発火)し、自燃焼成される。その後、自燃室31には、常圧過熱水蒸気が随時注入されるため、もともと自燃室31に存在していた空気は略全て過熱水蒸気に置換され、自燃室31は、マトリックス樹脂の加熱分解によって生じる分解ガスと常圧過熱水蒸気で満たされる。
自燃室31が、分解ガスと常圧過熱水蒸気で満たされることで、常圧過熱水蒸気の熱量によってマトリック樹脂の加熱分解(自燃焼成)が継続される。
【0038】
常圧過熱水蒸気の熱量によって、マトリックス樹脂が、自燃焼成されるにつれ、自燃室31内に樹脂が加熱分解して生じる分解ガスが充満する。自燃室31内で充満又は飽和した分解ガスは、分解ガス流出管6を介して回収され、自燃炉3に設けられた加熱室32に導かれる。
加熱室32に回収された分解ガスは、区画壁33に設けられた調整弁を介して、第1加熱室321と第2加熱室322とを入出可能とされている。そのため、加熱された分解ガスを再利用して自燃室31を加熱することができる。
なお、常圧過熱水蒸気の熱量によってマトリックス樹脂の加熱分解(自燃焼成)が継続された後は、補助バーナー7による加熱は不要となる。
【0039】
分解ガス流出管6を通じて、加熱室32に随時注入される分解ガスの一部は、第1排気ダクト81及び第2排気ダクト82を通じて自燃炉3外に排出される。
第1排気ダクト81と第2排気ダクト82の開口端部には、調整弁(図示せず)が設けられており、前記調整弁を介して、自燃室31及び加熱室32は常に常圧雰囲気に保たれる。
【0040】
本発明において、常圧過熱水蒸気の温度は、逆転点温度及びマトリックス樹脂の分解速度を考慮して適宜設定され、200℃〜600℃であり、好ましくは、200℃〜500℃であり、より好ましくは、300℃〜500℃である。
常圧過熱水蒸気の温度が200℃未満であれば、常圧過熱水蒸気は、逆転点温度に達せず、乾燥水蒸気が得られない虞がある。また、マトリックス樹脂の分解が遅くなるため加熱工程に要する処理時間が長くなる虞がある。他方、常圧過熱水蒸気の温度が600℃以上であれば、常圧過熱水蒸気を発生させるために多量の熱量(加熱)を必要とする虞がある。また、CFRCMに含まれる炭素繊維が損耗する虞がある。
上記温度範囲にある常圧過熱水蒸気を用いることによって、CFRCMに含まれるマトリック樹脂を300℃〜600℃で加熱分解(自燃焼成)することができる。
【0041】
また、自燃室及び加熱室の圧力は、常圧である。ここで、常圧とは、日常生活における外気圧(大気圧)に等しい。
なお、大気圧は、高さ(海抜)100mで約10hPa変わり、高地ほど低くなる。従って、大気圧を比較するときは、海抜補正され、通常、1013hPa前後である。
自燃室の圧力が常圧(大気圧)よりも高いまたは低い場合、常圧過熱水蒸気の状態が保てず(即ち、逆転点温度を示さず)、乾燥水蒸気が得られない虞がある。
本発明では、自燃室内に常圧過熱水蒸気が注入されることで、マトリックス樹脂が自然発火する。そして、自燃室内に常圧過熱水蒸気を随時注入することでマトリックス樹脂が自燃焼成し、分解ガスが生じる。その結果、自燃室内は、乾燥状態の常圧過熱水蒸気と分解ガスの混合ガスで満たされるが、この場合も自燃室の圧力は常圧に保持される。
CFRCMの加熱時間(過熱水蒸気との接触時間)は、通常、1時間〜8時間であり、好ましくは、2時間〜5時間である。加熱時間が1時間未満であると、マトリックス樹脂が十分に自燃焼成されない虞がある。他方、加熱時間が5時間を越えると、炭素繊維が損耗する虞がある。
【0042】
また、自燃用容器内のCFRCMの充填量は、自燃用容器内のCFRCMの空隙によって定まり、充填するCFRCMの比重、粉砕状態によって変動する。通常、充填率は、5体積%〜20体積%である。なお、好ましい充填率は5体積%〜15体積%である。ここで、充填率は、空隙を除外した状態において、自燃用容器内でCFRCMが占める割合を示す。
CFRCMの充填率が高ければ、一度の加熱処理でより多くの炭素短繊維を得ることができるものの、未分解のマトリックス樹脂やマトリックス樹脂の炭化物が炭素短繊維の表面に残存する虞がある。他方、その充填率が低ければ、高純度の炭素短繊維を得ることができるものの、一度に加熱処理をするCFRCMの量が限られる。
なお、本発明の好ましい態様では、自燃用容器の内容積に対し、空隙を含んだ状態で、粉砕物が85〜95%程度、充填される。粉砕物を自燃用容器の上縁、満杯(100%)まで容れると、着火時、分解ガス等で空隙が多くなった時、内容物が容器からあふれ出る虞がある。
【0043】
また、本発明の製造方法においては、加熱処理時の雰囲気(上記自燃炉で加熱処理を行う場合は、自燃室の雰囲気)に、不活性ガスの導入が不要である。通常の自燃雰囲気では、過激な燃焼の抑制のため、窒素やアルゴンなどの不活性ガスを導入して酸素濃度の調整が必要である。これに対し、本発明では、高温の常圧過熱水蒸気を用い、自燃室が乾燥状態の水蒸気で満たされるので、不活性ガスの導入が必要でなく、逆に、不活性ガスを含まないことが好ましい。不活性ガスが含まれていると、CFRCMを逆転点温度以上の常圧過熱水蒸気と接触させても、マトリックス樹脂の自燃焼成が不完全となり、炭素短繊維の表面が化学修飾されない虞がある。このように、表面が化学修飾されていない炭素短繊維を複合材の材料として用いても、マトリックス成分に対して親和性が低くなる。
【0044】
本発明の製造方法は、常圧過熱水蒸気と接触下、分解ガスが充満する雰囲気でマトリックス樹脂を自燃焼成させることにより、マトリックス樹脂が炭素短繊維の表面に殆ど残存しなくなる。そのため、マトリックス樹脂の分解物(炭化物)が炭素短繊維に付着することを防止できる。
また、常圧過熱水蒸気は逆転点温度以上で、乾燥水蒸気となる特異な性質を示す。かかる乾燥状態の常圧過熱水蒸気は、炭素短繊維表面を活性化し、炭素短繊維の表面が改質される。本発明の製造方法によって得られた炭素短繊維は、その表面が改質されているため、複合材の材料として用いる際、マトリックス成分と優れた親和性を示す。
【0045】
また、本発明者らは、本発明の炭素短繊維の製造方法が優れている理由として以下のような推測をしている。
常圧過熱水蒸気は、その温度が上昇するにつれ170℃前後で湿熱状態から乾熱状態に反転する逆転点を示す。逆転点温度以上では、常圧過熱水蒸気は乾燥した水分子となる。また、常圧過熱水蒸気は、500℃での空気(約240kj/m)に対し、約4倍の熱量(約960kj/m)を有する。そのため、逆転点温度以上の常圧過熱水蒸気は、加熱効率に優れ、CFRCMを急速に自燃焼成することができる。このような熱効率は、乾燥加熱空気、加圧過熱水蒸気では認められない。
そのため、常圧過熱水蒸気を用いれば、同温度の加熱空気を用いた場合に比してCFRCMを急速且つ効率よく加熱することができると考えられる。また、常圧過熱水蒸気は、逆転点温度以上で還元性を示し、これも、自燃焼成後に得られる炭素短繊維の表面にマトリックス樹脂の分解物が残存し難く、且つ、炭素短繊維表面に化学修飾を生じさせる一因であると推測される。化学修飾によって、炭素短繊維表面が活性化され、空気中の水分子、窒素、及びマトリックス樹脂の自燃焼成時に発生する一酸化炭素等が炭素短繊維表面の炭素原子と共有結合し、炭素短繊維の表面が化学修飾されると考えられる。
従って、本発明の製造方法によれば、マトリックス成分に対する親和性に優れた炭素短繊維が得られる。
【0046】
(解繊工程及び分級工程)
本発明の製造方法においては、加熱工程によって得られた炭素短繊維を、解繊し、分級することが好ましい。分級により、複合材の材料として用いることのできない炭素短繊維の微粉末(所謂、ショット)を除くことができるだけでなく、略同一繊維長を有する炭素短繊維を一度に製造することができる。
【0047】
この点、従来の炭素短繊維の製造方法では、解繊工程及び分級工程が行われないか、又は、行われるとしても加熱工程前に最終粉砕物に対して行われるのが一般的であった。
しかし、近年、ニーズの多様化に伴い、平均繊維長が100μm以下の炭素短繊維が求められており、従来の方法では、このような平均繊維長を有する炭素短繊維を提供できない。
また、本発明の炭素短繊維の原料として用いられる炭素繊維プリプレグなどのCFRCMは、全ての炭素繊維が同一方向(平行)に配列されているものが主流である。しかし、近年、高強度に適合する必要から、炭素繊維同士が直交するように配列されたものや、炭素繊維同士が平織りされたものなど、複雑な配列を有するCFRCMが用いられている。そのため、このように複雑な炭素繊維の配列を有するCFRCMに対し、従来の方法で炭素短繊維を製造した場合、最終粉砕物の繊維長や粒度と、得られた炭素短繊維の繊維長や粒度が一致し難い。即ち、従来の炭素繊維の製造方法では、繊維長の整った炭素短繊維を製造することが困難である。また、従来の方法では、得られた炭素短繊維の表面にマトリックス樹脂の炭化物が、微粉末(ショット)として残るという問題がある。
これに対して、本発明では、解繊工程及び分級工程を、加熱工程を経て得られた炭素短繊維に行うことによって、ショットを含まず、且つ、平均繊維長が100μm以下でも揃った炭素短繊維を得ることができる。
【0048】
炭素短繊維を解繊する工程は、例えば、加熱工程を経て得られた炭素短繊維を、スクリーンメッシュに通すことで、各々の炭素短繊維間の絡まりをほどく工程である。解繊工程におけるスクリーンメッシュのスクリーン径は特に限定されないが、一般的には、上記<粉砕工程>で用いたスクリーンメッシュのスクリーン径よりも小さく、具体的には1mm〜5mmである。
【0049】
炭素短繊維を分級する工程は、例えば、加熱工程によって得られた炭素短繊維を、任意の重量平均繊維長(Lw)を有する1種または2種以上の炭素短繊維群に分級する工程である。
かかる工程を加えることで、所望の重量平均繊維長を有する炭素短繊維を製造することができる。なお、本明細書において、重量平均繊維長を単に平均繊維長と表す場合がある。
【0050】
得られた炭素短繊維は、篩等の分級機によって、所定の平均繊維長を有する炭素短繊維群に選別される。なお、平均繊維長は、以下の式(1)により求められる値をいう。
Lw=ΣWi・Li/ΣWi …(1)
上記式(1)において、Liは、各炭素短繊維の繊維長を表し、Wiは、繊維長がLiの炭素短繊維の重量を表す。
なお、Wiは、以下の式(2)を意味する。
Wi=α・Ni・Li …(2)
上記式(2)において、αは、πrρ(rは、各炭素短繊維の半径を表し、ρは、各炭素短繊維の密度を表す)を意味する。なお、本発明では、rおよびρは、原料のCFRCMに含まれる炭素繊維と同じある。従って、各々の炭素短繊維のrおよびρは等しい。
なお、式(1)に式(2)を代入することによって、以下の式(3)及び式(4)を求めることができ、平均繊維長は、以下の式(4)として示される。
Lw=Σ(α・Ni・Li)Li/Σα・Ni・Li …(3)
Lw=ΣNi・Li/ΣNi・Li …(4)
例えば、重量平均繊維長(Lw)は、顕微鏡等の画像処理により、繊維長(Li)及び同じ繊維長(Li)を有する炭素短繊維の数(Ni)を計測することで得られる。
なお、炭素短繊維の平均繊維長は、特に限定されないが、好ましくは、30μm〜3000μmであり、より好ましくは、30μm〜1500μmである。
【0051】
ここで、分級された炭素短繊維の平均繊維長は、±50%の変動幅を含む値である。また、「分級」の目的は、所定の平均繊維長(Lw)(±50%の変動幅分を含む繊維長)の炭素短繊維の割合が85重量%以上になるように炭素短繊維群を選別することである。
具体例を挙げると、平均繊維長が100μmの炭素短繊維を分級するとは、繊維長が50μm(100μm×0.5)〜150μm(100μm×1.5)の範囲にある炭素短繊維群を選別し、その選別した炭素短繊維群中において、繊維長が50μm〜150μmの炭素短繊維が85重量%以上含まれていることである。
【0052】
ここで、本明細書において、炭素短繊維の平均繊維長を重量平均繊維長で示したのは、本発明の炭素短繊維が複合材の材料として利用される際に、重量仕様で算出されることが多いため、複合材の性質の解析に重量平均繊維長を知ることが有用と判断したためである。
なお、一般に、画像処理による繊維長の測定では、上述のLi及びNiが計測されるので、一般に平均繊維長といえば、数平均繊維長(Ln)を意味することが多い。数平均繊維長は、以下の式(5)で示される。
Ln=ΣNi・Li/ΣNi …(5)
なお、重量平均繊維長(Lw)と数平均繊維長(Ln)の比較から、繊維長分布の状態がわかり、Lw=Ln、即ち、Ln/Lw=1.0の時、短繊維試料群の繊維長が全て同じ即ち、単分散性であることを意味する。
【0053】
なお、本発明では、上記解繊工程及び分級工程は、加熱工程を経て得られた炭素短繊維に対して行われるが、本発明の炭素短繊維の原料であるCFRCMの炭素繊維の配列が一方向である場合、加熱工程後に行う分級工程を省略し、加熱処理前のCFRCMの最終粉砕物に対して分級工程を行うことも可能である。
もっとも、CFRCMには炭素短繊維の周りにマトリックス樹脂が存在する。そのため、分級した最終粉砕物から得られる炭素短繊維の繊維長は、均一とならない虞がある。また、最終粉砕物(CFRCM)の微細粉砕、分級等によって平均繊維長が100μm以下の炭素短繊維を得るのは困難、且つ熟練を要する。従って、解繊工程及び分級工程は、加熱工程を経て得られた炭素短繊維に対して行われるのが好ましい。
【0054】
<炭素短繊維の用途>
本発明の炭素短繊維及び本発明の製造方法によって得られた炭素短繊維(炭素短繊維の用途の欄において、両者を纏めて炭素短繊維と記す場合がある)の用途は特に限定されない。代表的には、炭素短繊維を含む塗料、接着剤、及びその他各種の複合材の調製に用いられる。また、FRCMのマトリックス中に充填剤としても用いることも出来る。
【0055】
本発明の炭素短繊維を含む複合材は、マトリックス樹脂や無機質マトリックスなどのマトリックス成分に、本発明の炭素短繊維を分散させることで得られる。本発明の炭素短繊維をマトリックス樹脂に分散させることで炭素短繊維強化樹脂組成物が得られる。
この複合材のマトリックス樹脂は、特に限定されず、例えば、上記に例示した、原料CFRCMに含まれるマトリックス樹脂と同様なものを使用できる。
また、無機質マトリックスとしては、ポルトランドセメント、アルミナセメント、高炉セメント、石膏、ドロマイトなどのセメント材料;ケイ酸ナトリウム、ケイ酸カリウムなどの水ガラス類、コロイダルシリカ、コロイダルアルミナなどの水系分散物等が挙げられる。好ましくは、無機質マトリックスは、セメント材料である。本発明の炭素短繊維をセメント材料に分散させることで、炭素短繊維強化セメント組成物が得られる。
なお、これらのマトリックス成分は、1種単独でまたは2種以上併用してもよい。
【0056】
また、粉砕されていない炭素繊維(長繊維)を含むCFRCMを作製する際に、本発明の炭素短繊維をマトリックス成分に分散させ、本発明の炭素短繊維と長繊維とを含むCFRCMを作製することもできる。
このような長繊維としては、炭素繊維やガラス繊維などが例示され、マトリックス成分としては、上記に例示したマトリックス樹脂や無機質マトリックスを用いることができる。
長繊維と本発明の炭素短繊維を併用することにより、長繊維のみを用いた場合に比して、CFRCMの曲げ弾性率などの諸特性を改善することができる。
特に、本発明の炭素短繊維の繊維長が、長繊維の繊維径の10倍以上の時、応力が分散した均質な曲げ弾性率を示す。また、炭素長繊維と組み合わせることで、導電性も均質化された良導電性組成物を得ることができる。
【0057】
本発明の炭素短繊維を含む複合材には、各種の添加剤が含まれていてもよい。添加剤は、特に限定されず、例えば、紫外線吸収剤、着色剤、骨材、混和剤、充填剤、補強剤、導電剤等が挙げられる。これらの添加剤は、1種単独でまたは2種以上併用してもよい。
【0058】
前記複合材における炭素短繊維の含有量は、特に限定されず、複合材の用途に応じて適宜設定できる。
炭素短繊維をマトリックス樹脂に含有させた複合材(炭素短繊維強化樹脂組成物)の場合には、通常、炭素短繊維の含有量は、複合材全体の5重量%〜70重量%であり、好ましくは、5重量%〜60重量%であり、より好ましくは、10重量%〜50重量%であり、特に好ましくは、25重量%〜50重量%である。
炭素短繊維の含有量が5重量%未満であると、複合材の強度等の諸特性を十分に改善することができず、他方、70重量%を越えると、複合材の諸特性が劣化する虞がある。
【0059】
また、炭素短繊維を無機質マトリックスに含有させた複合材の場合には、通常、炭素短繊維の含有量は、複合材全体の0.1体積%〜3.0体積%であり、好ましくは、0.1体積%〜2.0体積%であり、より好ましくは、0.5体積%〜1.5体積%である。
【0060】
また、マトリックス成分に炭素短繊維を分散する際には、炭素短繊維より粒子径の小さい球状粒子を併用させて分散してもよい。この場合、炭素短繊維と球状粒子の質量比(炭素短繊維/球状粒子)は、5/100〜100/1であることが好ましい。球状粒子を併用することで、得られる複合材の応力に等方性が認められる。特に、球状粒子が導電性粒子である場合、得られる複合材は、等方導電性を示す。また、得られる複合材の収縮性を抑制し、その表面平滑性等も改善することができる。
なお、炭素短繊維と球状粒子の質量比が5/100よりも小さい場合、得られる複合材が等方電導性を示さない虞がある。他方、炭素短繊維と球状粒子の質量比が100/1よりも大きい場合、得られる複合材の応力の分散が不十分となる虞がある。
【0061】
本発明の炭素短繊維は、その表面が、水素原子、窒素原子、又は酸素原子によって化学修飾されている。そのため、前記炭素短繊維を複合材の材料として用いた際、マトリックス成分に対する親和性が向上する。また、複合材の諸特性の均質化や強度等が改善される。
特に、炭素短繊維をセメント材料に分散させることで、流動性、平滑性、鏝伸び性、充填性、撓み性等の諸特性が改善された繊維強化セメント組成物が得られる。
また、炭素短繊維を含むセメント組成物は、少量の骨材でも強度が発現するため、導電性モルタルなどの帯電防止床等の形成材料として好適である。
【0062】
また、前記炭素短繊維を含む複合材の表面に、エポキシ樹脂系サイジング剤などを用いたサイジング処理、化学気相蒸着(CVD)、イオンスパッタリング処理、電気メッキ処理、シランカップリング処理、酸化処理等の表面処理を施してもよい。このような表面処理を施すことにより、複合材の、それ以外の材料との接着性を向上させることができる。
【実施例】
【0063】
以下、実施例及び比較例を示して本発明を更に説明する。なお、本発明は、下記実施例のみに限定されるものではない。
【0064】
<粉砕処理>
エポキシ樹脂をマトリックス樹脂に使用したPAN系炭素繊維(東邦テナックス(株)製、製品名「ベスファイトHTA」)のプリプレグを5mmの厚みに積層し、常圧加熱炉にて加熱し(180℃、1時間)、硬化させた。この硬化物(CFRCM)をマルチロータ式破砕機((株)アーステクニカ製、製品名「一軸せん断破砕機PRO MR6」)により粗粉砕し、スクリーン径10mmのスクリーンメッシュに2度通して最終粉砕物を得た。
【0065】
[実施例1]
<加熱処理>
上記粉砕処理によって得られた最終粉砕物を坩堝に充填した。坩堝における最終粉砕物の充填率は10体積%であった。最終粉砕物を充填した坩堝を自燃炉(ウイスカ(株)製、製品名「BA1000」。その概略は図1参照)の自燃室に収納し、常圧過熱水蒸気発生装置(ダイドー(株)製、製品名「UL600」)によって発生した常圧過熱水蒸気(300℃)を、15分間、加熱室に導入し、自燃室内を乾燥状態の水蒸気で充満させた。引き続き自燃室に常圧過熱水蒸気(400℃)を導入し、常圧を維持しながら自燃室が400℃に到達するまで30分間加熱した。その後、自燃室を400℃に保ったまま3時間自燃することでマトリックス樹脂を自然焼成し、その後、自燃室を室温にまで冷却した。
【0066】
<解繊処理>
加熱処理によって得られた炭素短繊維を坩堝から取り出し、スクリーン径3mmのスクリーンメッシュに通した。このスクリーンメッシュを通過した炭素短繊維を上記<粉砕処理>と同様の粉砕機を用いて再粉砕し、再度スクリーン径1mmのスクリーンメッシュに通した。
【0067】
<分級処理>
解繊処理で得られた炭素短繊維を、JIS Z 8801に準拠し、50μm〜3000μmのメッシュサイズの異なる多段式自動振盪ふるい機(筒井理化学器(株)製、製品名「振動式ふるい振盪基VUD−80形」)で分級し、繊維長の整った8種類の炭素短繊維群(分級No.1乃至分級No.8)を得た。なお、分級サイズは、平均繊維長が、それぞれ30μm、55μm、105μm、140μm、260μm、390μm、510μm、及び1500μmである。得られた各分級品の平均繊維長とその各分級品中に含まれる各繊維長の炭素短繊維(変動幅±50%を含む)の割合を、表1に示す。
【0068】
なお、比較のために、市販のミルド炭素短繊維(東邦テナックス(株)製、製品名「HTA」、以下、単にミルド繊維と示す。)に含まれる平均繊維長が299μm(変動幅±50%を含む)の繊維の割合を、表1に示す。表1から明らかなように、市販のミルド繊維は、分級工程を行った粉砕物に比してばらつきが大きい。
【0069】
【表1】

【0070】
分級No.2の炭素短繊維を走査型電子顕微鏡(日本電子(株)製、製品名「走査型電子顕微鏡JSM6510」)で倍率1500倍にした拡大図を、図2に示す。同炭素短繊維について、X線光電子分光解析装置(アルバックファイ(株)製、製品名「550MT」)によって解析を行った結果を、図3に示し、フーリエ変換赤外分光光度計((株)パーキンエルマー製、製品名「スペクトラルFT−IR」)によって解析を行った結果を、図4に示す。
【0071】
[比較例1]
上記<粉砕処理>で得られた最終粉砕物を、自燃炉に過熱水蒸気を導入せず、自燃炉の加熱室に接続された補助バーナーだけを用いて加熱(即ち、加熱空気で加熱)したこと以外は、上記実施例1と同様に加熱処理を行った。なお、自燃室の坩堝内に収納された粉砕物は、坩堝に蓋を軽くかぶせた密閉状態で加熱した。
ただし、比較例1では、自燃室が400℃に到達するまで10時間を要し、その後、自燃室を400℃に保ったまま3時間加熱した。
得られた、炭素短繊維を、実施例1の<解繊処理>及び<分級処理>と同様の工程を経て分級し、平均繊維長が55μm(実施例1の分級No.2の炭素短繊維に相当)の炭素短繊維を、走査型電子顕微鏡等を用いて解析した。
実施例1と同様に、走査型電子顕微鏡での拡大図を、図2に示し、X線光電子分光解析装置によって解析を行った結果を、図3に示し、フーリエ変換赤外分光光度計によって解析を行った結果を、図4に示す。
【0072】
[比較例2]
表1に表される、市販のミルド繊維(東邦テナックス(株)製、製品名「HTA」)を、実施例1と同様に走査型電子顕微鏡等を用いて解析した。
実施例1と同様に、走査型電子顕微鏡での拡大図を、図2に示し、X線光電子分光解析装置によって解析を行った結果を、図3に示し、フーリエ変換赤外分光光度計によって解析を行った結果を、図4に示す。
【0073】
[評価]
比較例1は、自燃室が400℃に到達するまで10時間を要したのに対し、常圧過熱水蒸気を用いた実施例1では、自燃室が400℃に到達するまで30分しか要しなかった。これは、逆転点温度以上に加熱された常圧過熱水蒸気が、高い潜熱を有するためと考えられる。
また、実施例1と比較例1を、図2の各拡大図で見比べると、補助バーナーによる加熱だけによって得られた比較例1の炭素短繊維は、その表面に未分解のマトリックス樹脂やマトリックス樹脂の分解物(炭化物)が残留しているのに対し、実施例1の炭素短繊維は、比較例1に比してマトリックス樹脂やその炭化物の残留が極めて少ないことが分かる。比較例2は、もともとマトリックス樹脂が存在しない市販の炭素繊維をそのまま粉砕した炭素短繊維である。実施例1と比較例2を比較すると、実施例1には、マトリックス樹脂の分解物は、殆ど存在しないことが分かる。
【0074】
図3で表される、X線光電子分光解析(ESCA)の結果について、図3(a)は、実施例1の炭素短繊維、比較例1の炭素短繊維、及び比較例2の炭素短繊維の表面における炭素原子の電子の1S軌道の狭域スキャンスペクトルであり、図3(b)は、実施例1の炭素短繊維、比較例1の炭素短繊維、及び比較例2の炭素短繊維の表面における酸素原子の電子の1S軌道の狭域スキャンスペクトルである。
炭素1S軌道(図3(a))及び酸素1S軌道(図3(b))の何れについても、実施例1及び比較例1は、比較例2に比して、ケミカルシフトが認められた。
但し、比較例1の酸素1S軌道について考察すると、比較例1及び2では、ピークの領域が狭く、PANの特性が明確に表れたものと考えられる。他方、実施例1では、ピーク領域が広く、非晶性炭素の存在が明らかである。また、実施例1は、比較例1及び2のピークと比べて低エネルギー領域が広範囲に拡がり、カルボニル(−C=O)性酸素結合のケミカルシフトが認められた。
【0075】
図4は、実施例1の炭素短繊維、比較例1の炭素短繊維、及び比較例2の炭素短繊維についてフーリエ変換赤外分光光度(FT−IR)で分析した結果を表すグラフである。
FT−IRの吸収特性を考察すると、実施例1と比較例1及び2の比較から、実施例1に認められる、2941cm−1、2249cm−1、1735cm−1、1617cm−1の吸収が、比較例1及び2には認められない。なお、図4において、これらの吸収に実線矢印を付している。これらの吸収において、2941cm−1ピークは、炭素短繊維に炭素−水素結合が導入されていることを表し、2249cm−1ピークは、炭素短繊維に炭素−窒素結合(−C≡N)が導入されていることを表し、1735cm−1ピークは、炭素短繊維に炭素−酸素結合(−C=O)が導入されていることを表し、1617cm−1ピークは、炭素短繊維に炭素−炭素結合(−C=C)が導入されていることを表す。
図2から、比較例1の炭素短繊維の表面には、実施例1に比して、マトリックス樹脂の炭化物が多く残存している。従って、比較例1の残存炭化物には、炭素短繊維表面に対する化学修飾性が認められないことが分かる。また、図3及び図4の結果から、これらの化学修飾は、炭素短繊維の表面特性に限定されることが分かる。
【0076】
このように、図2乃至図4の結果をふまえると、実施例1の炭素短繊維の表面には、マトリック樹脂及びその炭化物が殆ど残留しておらず、その表面が、水素や窒素原子等によって化学修飾されている、即ち、炭素短繊維の表面性が改質されていることが分かる。
【0077】
次に、実施例1及び比較例1で得られた炭素短繊維を用いた複合材の実施例及び比較例を説明する。
【0078】
[実施例2]
上記実施例1で得られた平均繊維長140μmの炭素短繊維(分級No.4)を用いた。
炭素短繊維をナイロン66樹脂(宇部興産(株)製、製品名「宇部ナイロンPA66 2020B」)に分散させることによって複合材を得た。なお、複合材に含まれる炭素短繊維の割合は、複合材の総質量に対して10重量%であった。
この複合材をインジェクション成形して、縦150mm×横100mm×厚み2mmの平板を作製した。得られた平板を、3点曲げ試験用として縦80mm×横10mmの試験片に切断調整し、表面導電率測定用として縦100mm×横100mmの試験片に切断調整した。試験片の3点曲げ試験を行い、曲げ強度と曲げ弾性率を測定した。また、試験片の表面導電率を測定した。その結果を表2に示す。
なお、3点曲げ試験は、ISO 178法に準拠した方法で行い、試験片の表面導電率は、JIS−K7194法に準拠した方法で、抵抗率計測器(三菱化学アナリテック(株)製:製品名「ローレスタK−GP」)を用いて測定した。
【0079】
[実施例3]
炭素短繊維を20重量%にしたこと以外は、実施例2と同様にして試験片を作製し、同様に3点曲げ試験を行い、曲げ強度と曲げ弾性率を測定した。また、試験片の表面導電率を測定した。その結果を表2に示す。
【0080】
[実施例4]
炭素短繊維を30重量%にしたこと以外は、実施例2と同様にして試験片を作製し、同様に3点曲げ試験を行い、曲げ強度と曲げ弾性率を測定した。また、試験片の表面導電率を測定した。その結果を表2に示す。
【0081】
[比較例3]
上記比較例1で得られた平均繊維長140μmの炭素短繊維を用いた。
炭素短繊維をナイロン66樹脂(宇部興産(株)製、製品名「ウベナイロンPA66 2020B」)に分散させることによって複合材を得た。なお、複合材に含まれる炭素短繊維の割合は、複合材の総質量に対して10重量%であった。
この複合材をインジェクション成形して、縦150mm×横100mm×厚み2mmの平板を作製した。得られた平板を、縦80mm×横10mmの試験片に裁断し、その試験片の3点曲げ試験を行い、曲げ強度と曲げ弾性率を測定した。また、試験片の表面導電率を測定した。試験結果を表2に示す。
【0082】
[比較例4]
炭素短繊維を20重量%にしたこと以外は、比較例3と同様にして試験片を作製し、同様に3点曲げ試験を行い、曲げ強度と曲げ弾性率を測定した。また、試験片の表面導電率を測定した。その結果を表2に示す。
【0083】
[比較例5]
炭素短繊維を30重量%にしたこと以外は、比較例3と同様にして試験片を作製し、同様に3点曲げ試験を行い、曲げ強度と曲げ弾性率を測定した。また、試験片の表面導電率を測定した。その結果を表2に示す。
【0084】
[比較例6]
炭素短繊維を入れなかった(ナイロン66のみとした)こと以外は、実施例2と同様にして試験片を作製し、同様に3点曲げ試験を行い、曲げ強度と曲げ弾性率を測定した。その結果を表2に示す。なお、比較例6においては、表面導電率は測定限界を超えていたため、計測することができなかった。
【0085】
【表2】

【0086】
炭素短繊維の含有量が同じ複合材同士を比較した場合、実施例2乃至4の複合材は、比較例3乃至5の複合材よりも、曲げ強度及び曲げ弾性率が優れている。これは、実施例2乃至4で用いた炭素短繊維が、表面におけるマトリックス樹脂の残留が少なく、ナイロン66中における炭素短繊維の分散性が改善されたことに起因すると考えられる。また、この炭素短繊維は、図3及び図4に示すように、表面にマトリックス樹脂(ナイロン66)と親和性を有する結合性基が多く存在する。これも、炭素短繊維の分散性が優れる一因であると考えられる。
【0087】
[実施例5]
上記実施例1で得られた平均繊維長105μmの炭素短繊維(分級No.3)を用いた。
100質量部の不飽和ポリエステル樹脂(昭和電工(株)製、製品名「リゴラック157」)に、酸化マグネシウム(MgO)0.20質量部、水酸化アルミニウム(Al(OH))15質量部、硬化剤(日本油脂(株)製:製品名「パーメックN」)0.5質量部を添加した不飽和ポリエステル樹脂組成物を作製した。
この樹脂組成物に炭素短繊維を分散させ、加圧ニーダーにて大気圧下、25℃で混練し、複合材としてBMC(Bulk Molding Compound)材料を得た。なお、BMC材料中において、炭素短繊維は、その総質量に対して15重量%含まれるように分散され、不飽和ポリエステル樹脂組成物は85重量%含まれていた。
得られた複合材(BMC材料)を、金型に圧入した後、圧力10MPaにて、120℃で3時間、圧縮成型法によって硬化させることにより成形板を得た。成形板の寸法は、縦300mm×横300mm×厚み2mmであった。得られた成形板をダイヤモンドカッターにより、縦100mm×横25mm×厚み2mmの試験片に裁断し、その試験片の3点曲げ試験を行い曲げ弾性率を測定した。また、同様に縦100mm×横100mm×厚み2mmに裁断した試験片の表面導電率を測定した。その結果を表3に示す。
【0088】
[実施例6]
炭素短繊維がBMC材料中に25重量%含まれるにしたこと以外は、実施例5と同様にして試験片を作製し、同様に3点曲げ試験を行い、曲げ弾性率を測定した。また、試験片の表面導電率を測定した。その結果を表3に示す。
【0089】
[比較例7]
上記比較例1で得られた平均繊維長105μmの炭素短繊維を用いたこと以外は、実施例6と同様にして試験片を作製した。なお、試験片(BMC材料)中において、炭素短繊維は総質量に対して25重量%含まれるように分散された。試験片に対し、3点曲げ試験を行い、曲げ弾性率を測定した。また、試験片の表面導電率を測定した。その結果を表3に示す。
【0090】
[比較例8]
上記比較例2のミルド繊維を用いたこと以外は、実施例6と同様にして試験片を作製した。なお、試験片(BMC材料)中において、炭素短繊維は総質量に対して25重量%含まれるように分散された。試験片に対し、3点曲げ試験を行い、曲げ弾性率を測定した。また、試験片の表面導電率を測定した。その結果を表3に示す。
【0091】
【表3】

【0092】
炭素短繊維の含有量が同じ複合材同士を比較した場合、実施例6の複合材は、比較例7及び8の複合材よりも、曲げ弾性率が優れている。実施例5は、比較例8と比較して、炭素短繊維の充填料が少ないのにもかかわらず、曲げ弾性率が優れている。これは、実施例で用いた炭素短繊維が、表面におけるマトリックス樹脂の残留が少なく、マトリックス樹脂(不飽和ポリエステル樹脂)との親和性が優れているため、不飽和ポリエステル樹脂中における炭素短繊維の分散性が改善されたことに起因すると考えられる。
【0093】
[実施例7]
上記実施例1で得られた平均繊維長105μmの炭素短繊維(分級No.3)を用いた。
炭素短繊維10質量部を、70質量部のビスフェノールA型エポキシ樹脂(ジャパンエポキシレジン(株)製、製品名「エピコート825」)に分散させ、さらに、40質量部の硬化剤(三井化学ファイン(株)製、4,4’−ジアミノジフェニルスルホン)を加えて混合することによって複合材を得た。
この複合材を離型紙上に延展後、30質量部の炭素長繊維(東邦テナックス(株)製、製品名「ベスファイトプリプレグ材」、繊維径7μm、12K)を一方向に配向させて含浸させることによってプリプレグを作製した。このプリプレグを5℃以下で冷蔵保存した後、これを10枚重ねてプリプレグシートを作製し、これを加圧成型、蒸気養生して厚み1mmの均一なCFRCMシートを得た。そのCFRCMシートの曲げ弾性率及び表面導電率を測定した。その結果を表4に示す。
【0094】
なお、CFRCMシートの曲げ弾性率(GPa)は、炭素長繊維の配向方向及びその配向方向と直交する方向に、前記厚み1mmのシートを、それぞれISO 178法に準拠して試験片を切り出して測定した。曲げ弾性率の値は、3個の平均値とした。
【0095】
また、CFRCMシートの表面導電率(Ω)は、次のようにして測定した。
前記厚み1mmのCFRCMシートから、縦120mm×横10mmの第1試験片を5枚切り出した。この5枚の第1試験片は、その長辺(縦)が炭素長繊維の配向方向と平行となるように切り出した。同様に、前記厚み1mmのCFRCMシートから、縦10mm×横120mmの第2試験片を5枚切り出した。この5枚の第2試験片は、その長辺(横)が炭素長繊維の配向方向と直交するように切り出した。
5枚の第1及び第2試験片の各表面に、導電性ペースト[製品名「ドータイト(登録商標)D−550」を塗布して、一対の電極(電極間隔80mm)を形成した。なお、前記導電性ペースト(一対の電極)は、それぞれ幅10mmとし、第1及び第2試験片の各長辺の長軸方向両端から内側10mmの位置から形成した。
5枚の第1及び第2試験片を、それぞれ、アドバンテスト(株)製、R6581デジタルマルチメーターを用いて、電極間の抵抗(四端子法による抵抗)を測定し、縦方向と横方向の表面抵抗の平均値を比較した。
【0096】
[実施例8]
炭素短繊維を25質量部にしたこと以外は、実施例7と同様にしてCFRCMシートを作製し、同様に曲げ弾性率及び表面導電率を測定した。その結果を表4に示す。
【0097】
[比較例9]
炭素短繊維を配合しなかったこと以外は、実施例7と同様にしてCFRCMシートを作製し、同様に曲げ弾性率及び表面導電率を測定した。その結果を表4に示す。
【0098】
[比較例10]
分級No.3の炭素短繊維に代えて、比較例2のミルド繊維を25質量部混合したこと以外は、実施例8と同様にしてCFRCMシートを作製し、同様に曲げ弾性率及び表面導電率を測定した。その結果を表4に示す。
【0099】
[比較例11]
分級No.3の炭素短繊維に代えて、比較例1で得られた平均繊維長105μmの炭素短繊維を25質量部混合したこと以外は、実施例8と同様にしてCFRCMシートを作製し、同様に曲げ弾性率及び表面導電率を測定した。その結果を表4に示す。
【0100】
【表4】

【0101】
縦/横で表される曲げ弾性率の比率は、比較例9及び10では、何れも2.0以上である。つまり、比較例9及び10では、曲げ弾性率の縦横差が広がり、分散が劣る。このように、本発明の炭素短繊維をFRCMの組成に用いると、曲げ弾性率が大きく改善できることが明らかになった。また、比較例11では、表面導電性が不十分であった。実施例7のFRCMは、横方向の曲げ弾性率が改善されただけでなく、表面導電性も等方性を示した。
【0102】
[実施例9]
上記実施例1で得られた平均繊維長105μmの炭素短繊維(分級No.3)を用いた。
100質量部の不飽和ポリエステル樹脂(昭和電工(株)製、製品名「リゴラック157」)に、酸化マグネシウム(MgO)0.20質量部、水酸化アルミニウム(Al(OH))15質量部、硬化剤(日本油脂(株)製:製品名「パーメックN」)0.5質量部を添加した不飽和ポリエステル樹脂組成物を作製した。
この樹脂組成物に、炭素短繊維と、エポキシシラン表面処理が施され且つ繊維長30mmにカットしたガラス長繊維を分散させ、加圧ニーダーにて大気圧下、25℃で混練し、複合材としてBMC材料を得た。なお、BMC材料中において、炭素短繊維は、その総質量に対して15重量%含まれるように分散され、ガラス長繊維は、その総質量に対して30重量%含まれるように分散された。また、BMC材料中において、不飽和ポリエステル樹脂組成物は55重量%含まれていた。
得られた複合材(BMC材料)を、金型に圧入した後、圧力10MPaにて、120℃で3時間、圧縮成型法によって硬化させることにより成形板を得た。成形板の寸法は、縦300mm×横300mm×厚み2mmであった。得られた成形板をダイヤモンドカッターにより、縦100mm×横25mm×厚み2mmの試験片に裁断し、その試験片の3点曲げ試験を行い曲げ弾性率を測定した。また、同様に縦100mm×横100mm×厚み2mmに裁断した試験片の表面導電率を測定した。その結果を表5に示す。
【0103】
[実施例10]
炭素短繊維がBMC材料中に25重量%、不飽和ポリエステル樹脂組成物がBMC材料中に45重量%含まれるにしたこと以外は、実施例9と同様にして試験片を作製し、その試験片の3点曲げ試験を行い曲げ弾性率を測定した。また、試験片の表面導電率を測定した。その結果を表5に示す。
【0104】
[比較例12]
上記比較例1で得られた平均繊維長105μmの炭素短繊維を用いたこと以外は、実施例10と同様にして試験片を作製した。なお、試験片(BMC材料)中において、炭素短繊維は、その総質量に対して25重量%含まれるように分散された。試験片に対し、3点曲げ試験を行い、曲げ強度と曲げ弾性率を測定した。また、試験片の表面導電率を測定した。その結果を表5に示す。
【0105】
[比較例13]
上記比較例2のミルド繊維を用いたこと以外は、実施例10と同様にして試験片を作製した。なお、試験片(BMC材料)中において、ミルド繊維は、その総質量に対して25重量%含まれるように分散された。試験片に対し、3点曲げ試験を行い、曲げ強度と曲げ弾性率を測定した。また、試験片の表面導電率を測定した。その結果を表5に示す。
【0106】
【表5】

【0107】
炭素短繊維の含有量が同じ複合材同士を比較した場合、実施例10の複合材は、比較例12及び13の複合材よりも、曲げ弾性率が優れている。これは、実施例で用いた炭素短繊維が、表面におけるマトリックス樹脂の残留が少なく、不飽和ポリエステル樹脂やガラス繊維の表面処理剤に対しても親和性が改善でき、炭素短繊維の分散性が改善されたことに起因すると考えられる。
【0108】
[実施例11]
上記実施例1で得られた平均繊維長55μmの炭素短繊維(分級No.2)を用いた。
炭素短繊維を0.5体積%含むように、炭素短繊維をセメント材料(普通ポルトランドセメント(C)、6号珪砂(S)、水(W))に混合することにより、セメント組成物を調製した。JIS A 1132(コンクリートの強度試験用供試体の作り方)に準拠して、前記セメント組成物から試験体を作製し、JIS A 1108(コンクリートの圧縮試験方法)及びJIS A 1106(曲げ強度試験方法)に準じて各物性を測定した。セメント組成物の組成及び測定結果を表6に示す。
【0109】
[実施例12]
組成を表6のように変更したこと以外は、実施例11と同様にしてセメント組成物を調製し、同様に試験体を作製して各物性を測定した。セメント組成物の組成及び測定結果を表6に示す。
【0110】
[比較例12]
炭素短繊維を配合しなかったこと以外は、実施例11と同様にしてセメント組成物を調製し、同様に試験体を作製して各物性を測定した。セメント組成物の組成及び測定結果を表6に示す。
【0111】
[比較例13]
分級No.2の炭素短繊維に代えて、上記比較例1で得られた平均繊維長55μmの炭素短繊維を用いたこと以外は、実施例11と同様にしてセメント組成物を調製し、同様に試験体を作製して各物性を測定した。セメント組成物の組成及び測定結果を表6に示す。
【0112】
【表6】

【0113】
実施例11及び12では、セメント組成物の圧縮強度が改善された、また、スランプが小さくなり、流動性は低下している。実施例11及び12では、チクソ性は改善され、鏝作業性、レベリング性も改善できることが確認できた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水素原子、窒素原子、及び酸素原子から選択された1種以上の原子により炭素短繊維表面が化学修飾されている炭素短繊維。
【請求項2】
前記化学修飾により、炭素−水素結合、炭素−窒素結合、及び炭素−酸素結合から選択された1種以上の結合が炭素短繊維表面に導入されている、請求項1記載の炭素短繊維。
【請求項3】
炭素繊維強化樹脂複合材料を、常圧過熱水蒸気と接触下、分解ガスが充満する雰囲気で、前記複合材料中のマトリックス樹脂を300℃〜600℃で加熱分解することによって得られたものである、請求項1又は2に記載の炭素短繊維。
【請求項4】
重量平均繊維長が30μm〜1500μmである、請求項1乃至3のいずれか一項に記載の炭素短繊維。
【請求項5】
炭素繊維強化樹脂複合材料を、常圧過熱水蒸気と接触下、分解ガスが充満する雰囲気で、前記複合材料中のマトリックス樹脂を300℃〜600℃で加熱分解する工程を有する、炭素短繊維の製造方法。
【請求項6】
前記加熱分解工程において、前記炭素繊維強化樹脂複合材料を粉砕した粉砕物を、前記常圧過熱水蒸気と接触させる、請求項5に記載の炭素短繊維の製造方法。
【請求項7】
前記炭素繊維強化樹脂複合材料が、炭素繊維プリプレグの硬化物である、請求項5又は6に記載の炭素短繊維の製造方法。
【請求項8】
前記炭素繊維強化樹脂複合材料のマトリックス樹脂が、エポキシ樹脂を含む、請求項5乃至7のいずれか一項に記載の炭素短繊維の製造方法。
【請求項9】
前記常圧過熱水蒸気の温度が、200℃〜600℃である、請求項5乃至8のいずれか一項に記載の炭素短繊維の製造方法。
【請求項10】
請求項1乃至4のいずれか一項に記載の炭素短繊維と、樹脂と、を含む、炭素短繊維強化樹脂組成物。
【請求項11】
請求項1乃至4のいずれか一項に記載の炭素短繊維と、無機質セメントと、を含む、炭素短繊維強化セメント組成物。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図2】
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【公開番号】特開2013−87269(P2013−87269A)
【公開日】平成25年5月13日(2013.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−232144(P2011−232144)
【出願日】平成23年10月21日(2011.10.21)
【出願人】(000002336)財団法人生産開発科学研究所 (10)
【Fターム(参考)】