説明

熱交換器用高強度高耐食性アルミニウム合金クラッド材

【目的】 ろう付性を害することなく、ろう付後に高強度が得られ、かつ、犠牲陽極層の厚さが大きくなりすぎないようなクラッド材を提供すること。
【構成】 芯材が、Mn:0.3〜2.0%、Cu:0.25〜0.8%、Si:0.05〜1.0%、Mg:0.5%以下、そして必要に応じTi:0.35%以下を含むAl合金、その片面に複合された犠牲陽極材がMg:1.0〜2.5%、Si:0.05〜0.20%、更に、In、Sn、Gaの中の何れかを0.2%以下含有するAl合金、犠牲陽極とは反対面に複合された皮材はAl−Si系合金のろう材である、熱交換器用高強度高耐食性アルミニウム合金クラッド材。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】この発明は不活性ガス雰囲気中で弗化物フラックスを用いたろう付やあるいは真空ろう付によりラジエータやヒーターコアなどのAl熱交換器を製造するに際して、その構造部材であるチューブ材やヘッダープレート材などとして用いるに適した、ろう付性が良好で、かつろう付後に高強度および高耐食性を有するAl合金クラッド材に関するものであり、特に薄肉で用いられるチューブ材に適する。
【0002】
【従来の技術】自動車のラジエータやヒーターコアなどのチューブ材やヘッダープレート材には、3003などのAl−Mn系合金を芯材とし、片面にAl−Si系合金のろう材、他の片面にAl−Zn系合金やAl−Zn−Mg系合金の犠牲陽極材をクラッドした3層クラッド材が用いられている。Al−Si系のろう材はチューブとフィンの接合、チューブとヘッダープレートとの接合のためのものである。ろう付は不活性ガス雰囲気中で弗化物フラックスを用いて行われたり、真空ろう付を用いて行われることが多い。犠牲陽極材をクラッドした他の片面は、使用中に内側(水側)になり、犠牲陽極作用を発揮して芯材の孔食や隙間腐食を防止する。
【0003】近年ラジエータやヒーターコアなどの軽量化を求める要求が強く、チューブ材やヘッダープレート材の薄肉化が必要となっている。そのためには材料の高強度化特にろう付後の強度の向上が必要であり、高強度化のために芯材中にMgを添加することが多くなってきている。しかし、Mgは耐食性を低下させるとともに、ろう付性を害する。すなわち弗化物フラックスろう付の場合はMgはろう付中に表面に拡散していき、弗化物フラックスと反応するため、綿状生成物(Mgの弗化物)が生成して付着したり、接合不良を生じたりする。また、真空ろう付の場合も、ろう付性を害する。こうして、芯材中へのMgの添加量は最大でも0.5%、実用上は0.2〜0.3に制限され、高強度化の妨げとなっている。
【0004】チューブ材やヘッダープレート材の強度は、犠牲陽極材にMgを添加することによっても向上する可能性がある。犠牲陽極材にMgを添加したクラッド材に関しては、従来からいくつかの提案がある。
【0005】すなわち、ラジエータ用ヘッダープレート材やチューブ材の犠牲陽極材に、■ MgとZn等を含有させる方法(特公昭63−28704号)が、■ ZnとMgを添加する方法(特開昭61−89498号)が、■ SnとMgを同時添加する方法(特開昭56−16646号、特開昭63−89641号)が、■ 比較的高濃度までのMgとZnを添加する方法(特公昭62−45301)、■ MgあるいはMgとZnなどを添加する方法(特開平2−175093)、が提案されている。
【0006】しかし、上記■および■のMgの添加は1.1%あるいは1.5%以下と少なく、孔食や隙間腐食の防止のために添加されており、強度向上が得られない。
【0007】上記■のMgの添加はSnの粒界拡散を抑制し、熱間圧延時の割れを防止することを目的とし、上記■のMgの添加は耐孔食性の改善を目的としているが、いずれもMgが高濃度の場合には芯材に拡散してある程度の強度向上効果も得られる可能性がある。また、上記■はMgの芯材中への拡散により強度向上をはかったものである。しかし、薄肉のチューブ材(クラッド材)を作った場合、芯材の強度は犠牲陽極材から拡散するMgにより高くできても、犠牲陽極材の強度はMg添加のみでは不足となり、クラッド材全体の強度を高くすることができない。すなわち、薄肉になると、芯材のみでなく犠牲陽極材の強度への寄与も大きくなり、犠牲陽極材の強度も高くすることが必要となるのである。
【0008】又、従来は犠牲陽極材としてAl−Zn系やAl−Zn−Mg系合金を用いており、ろう付時にZnが芯材中へ拡散して0.1〜0.2mmの深さに及ぶ濃度勾配を形成し、この拡散層を犠牲陽極層として芯材を防食している。
【0009】この方法は、クラッド材が比較的厚いとき、即ち0.25〜0.3mm以上のときは有効であるが、クラッド材を薄肉化し、例えば0.25mm以下にすると、Znの拡散深さ、即ち、犠牲陽極層の厚さが0.1〜0.2mmでは大きすぎ、クラッド材の板厚の多くが腐食代になってしまう。その結果、使用中、犠牲陽極層の消耗と共に材料の強度が著しく低下し、問題になっている。
【0010】以上の理由で、ろう付用クラッド材の薄肉化には限界があった。
【0011】
【発明が解決しようとする課題】本発明は、ろう付性を害することなく、すなわち、芯材のMg添加量を最大0.5%に抑えたままで、ろう付後に高強度が得られ、なおかつ、犠牲陽極層の厚さが大きくなりすぎないようなクラッド材を提供しようとするものである。
【0012】
【課題を解決するための手段】本発明者らは、芯材中のMg添加量を最大0.5%に抑えたままで、ろう付け後に高強度が得られる方法について検討し、犠牲陽極材中に高濃度のMgとSiを添加すると、犠牲陽極材中のMgの一部がろう付け中に芯材中へ拡散して、芯材を強化し、また、犠牲陽極材そのものもMgとSiにより強化されること、更に犠牲陽極材中のSiが多くなるとろう付後冷却速度が小さいときに粒界腐食が生ずるが、Siを適量にすれば粒界腐食が防止できることを見出し、本発明を完成した。
【0013】更に、犠牲陽極材の添加元素について検討を加えた結果、Znの様にろう付け中に芯材へ拡散する速さが大きい元素を添加すると、芯材の表面に生じる拡散層(犠牲陽極層)が厚くなってしまうのに対して、Sn、In、Gaの1種以上を微量添加すると芯材へ拡散する速さが小さいために犠牲陽極層の厚さが大きくならないこと、そしてクラッド率を変えることによって犠牲陽極層の厚さを任意に調節できることを見出した。
【0014】これらの知見に基づいて本発明を完成した。
【0015】すなわち、本発明の構成は、(1)芯材が、Mn:0.3〜2.0%(重量%、以下同じ)、Cu:0.25〜0.8%、Si:0.05〜1.0%、Mg:0.5%以下を含有し、残部Alと不可避不純物からなるアルミニウム合金で構成され、該芯材の片面に複合された犠牲陽極材がMg:1.0〜2.5%、Si:0.05以上0.20%未満を含有し、更に、In:0.2%以下、Sn:0.2%以下、及びGa:0.2%以下の1種又は2種以上を含有し、残部Alと不可避不純物からなるアルミニウム合金で構成され、かつ、前記芯材の他の片面に複合された皮材がAl−Si系合金のろう材で構成された熱交換器用高強度高耐食性アルミニウム合金クラッド材である。
【0016】
【作用】本発明における組成及び組成範囲の限定理由について述べる。
【0017】(1)芯材Mn:Mnは強度を向上させる。又、芯材の電位を貴にして犠牲陽極材との電位差を大きくし耐食性を向上させる。0.3%未満では効果が十分でなく、2.0%を越えると鋳造時に粗大な化合物が生成し、健全な板材が得られない。
【0018】Cu:Cuは芯材の電位を貴にして、犠牲陽極材およびろう材と芯材との電位差を大きくし、犠牲陽極材およびろう材の犠牲陽極効果による防食作用を大きくする。更に、芯材中のCuはろう付時に犠牲陽極材中及びろう材中へ拡散してなだらかな濃度勾配を形成し、芯材側が貴な電位、犠牲陽極材及びろう材の各々表面側が卑な電位となり、その間になだらかな電位分布を形成して腐食形態を全面腐食型にする。
【0019】芯材中のCuは強度向上にも寄与する。
【0020】以上に示したCuの防食作用と強度向上効果は、芯材中のCu量が0.25%未満では発揮されず、一方、0.8 %を越えると芯材自体の耐食性が悪くなるとともに芯材の融点が下がって、ろう付時に局部的な溶融を生ずるようになる。
【0021】Si:Siは芯材の強度を向上させる。特に、ろう付中に犠牲陽極材から拡散してくるMgと共存することになり、ろう付後の時効硬化により強度がより高くなる。0.05%未満では効果が十分でなく、1.0%を越えると耐食性が低下するとともに芯材の融点が下がってろう付時に局部的な溶融を生ずるようになる。
【0022】Mg:Mgは芯材の強度を向上させる効果があるが、ろう付け性を劣化させる。このため芯材中のMg含有量は0.5%以下にする必要がある。すなわち、弗化物フラックスろう付の場合は、Mgが0.5%を越えると、弗化物フラックスと反応して、ろう付性を阻害したり、Mgの弗化物が生成して外観が悪くなる。また、真空ろう付の場合は、Mgが0.5%を越えるとろうが芯材を侵食しやすくなる。
【0023】Ti:Tiは芯材の耐食性をより一層向上させる。すなわちTiは濃度の高い領域と低い領域に分かれ、それらが板厚方向に交互に分布して層状となり、Ti濃度が低い領域が高い領域に比べて優先的に腐食することにより、腐食形態を層状にする。その結果板厚方向への腐食の進行を妨げて材料の耐孔食性を向上させる。0.35%を越えると鋳造時に粗大な化合物が生成し、健全な板材が得られない。
その他の元素:Fe、Zn、Cr、Zrなどは本発明の効果を損なわない範囲で含まれてもよい。ただし、Feは多量に含まれると耐食性を害するので0.7%以下にするのが好ましい。Znは芯材の電位を卑にし、犠牲陽極材及びろう材との電位差を小さくするので0.2%以下にするのが好ましい。
【0024】(2)犠牲陽極材Mg:犠牲陽極材中のMgの一部は、主としてろう付中に芯材中へ拡散し、芯材中のSiやCuとともに芯材強度を向上させる。また、犠牲陽極材中に残存したMgはSiとともに犠牲陽極材の強度を向上させる。そしてこれらの作用により、クラッド材全体の強度向上に寄与する。1.0%未満では効果が十分でなく、2.5%を越えるとろう付時に局部溶融が生じ、好ましくない。
【0025】なお、ろう付中に犠牲陽極材中のMgは芯材中へ拡散するが、図1のような濃度分布を有するようになり、ろう材側へ大量に拡散して、ろう付性を阻害することはない。また、クラッド製造中にも拡散が起こり、芯材と犠牲陽極材との境界では僅かな濃度分布を有していることはいうまでもない。
【0026】Si:Siは犠牲陽極材の強度を向上させ、クラッド材全体の強度向上に寄与する。特に、犠牲陽極材中に残存したMgとともに、時効硬化を生じて、強度向上に寄与する。0.05%未満では効果が十分でない。Si量が多いほど強度は高くなるが、0.20%以上になるとろう付後の冷却速度が小さいときに犠牲陽極材およびその直下で粒界腐食を生ずる。
【0027】Sn、In、Ga:Sn、In、Gaは、微量の添加により犠牲陽極材の電位を卑にし、芯材に対する犠牲陽極効果を確実にする。その結果、芯材の孔食や隙間腐食を防止する。その含有量が上限値を越えると自己耐食性、圧延加工性が劣化するとともにろう付時の拡散が多くなり、犠牲陽極層が厚くなってしまう。これらの元素を微量添加した場合、Znの場合と異なり拡散が速くないのでろう付け後の拡散層の厚さがろう付前の犠牲陽極材の厚さより大巾に大きくなることはない。従って、腐食代の厚さを任意に、かつ、小さく制御することができる。
【0028】その他の元素:Fe、Cu、Zn、Ti、Cr、Zr、Mnなどは本発明の効果を損わない範囲で含まれてもよい。但し、Cu、Mnは多量に含まれると犠牲陽極材の電位を貴にするので各々0.05%、0.5%以下にするのが好ましい。Znは犠牲陽極材の電位を卑にするが、多く含まれると、ろう付中に拡散して犠牲陽極層が厚くなるので0.5%以下にするのが好ましい。
【0029】(3)ろう材ろう材は通常用いられるAl−Si合金である。通常6〜13%のSiを含む合金が用いられる。真空ろう付の場合はAl−Si−Mg系合金やAl−Si−Mg−Bi系合金などが用いられる。
【0030】
【実施例】以下実施例によって、本発明を具体的に説明する。
【0031】下記表1に示す芯材用合金、表2に示す犠牲陽極材用合金、およびろう材用合金4343の鋳塊を準備し、芯材用合金と犠牲陽極材用合金について均質化処理を行った。そして、犠牲陽極材用合金およびろう材用合金を熱間圧延して所定の厚さとし、これらと芯材用合金の鋳塊とを組み合わせて熱間圧延し、クラッド材を得た。その後、冷間圧延、中間焼鈍、冷間圧延により厚さ0.23mmの板(H14材)を作製した。クラッドの構成はろう材を0.025mm一定とし、犠牲陽極材を0.025〜0.050mmとした。
【0032】各材料の合金組成とその組合せは表3に示すとおりである。
【0033】得られたクラッド板材のろう材側に、Al−1.2%Mn−1.5%Zn合金からなる厚さ0.10mmのコルゲートフィンを乗せ、窒素ガス中で弗化物フラックスを用いてろう付を行った。ろう付温度(材料温度)は600℃であった。ろう付後板材とフィンとの接合状況を目視観察により、また、芯材および犠牲陽極材の溶融状況を断面金属組織により調べた。
【0034】次に厚さ0.23mmの板材をそのまま(フィンと接触させることなく)弗化物フラックスろう付と同じ条件で加熱した後50℃/minおよび15℃/minの速度で冷却し、引張試験と腐食試験を行った。腐食試験の方法は、外面側(ろう材側)についてはCASS試験、30日間とし、内面側(犠牲陽極材側)についてはCl-100ppm、SO42-100ppm、HCO3-100ppm、Cu2+10ppmを含む水溶液中に浸漬し、8hrの間88℃に加熱し、その後室温まで放冷しながら16hr放置するというサイクルを繰返し、3ケ月間行った。
【0035】以上の結果をまとめて表3に示す。発明例No.1〜17の場合、ろう付性は良好で、引張強さも17kgf/mm2以上と高く、最大腐食深さも小さい。
【0036】比較例No.18の場合、犠牲陽極材のMgが少ないために引張強さが低い。
【0037】比較例No.19は、Mgが多いためにろう付時に局部溶融が生じている。
【0038】比較例No.20は、犠牲陽極材のSiが少ないために引張強さが低い。
【0039】比較例No.21は、Siが多いためにろう付時に局部溶融が生じている。
【0040】No.22、23、24は犠牲陽極材のSn、InあるいはGaが多いために、内面側の腐食深さが大きい。
【0041】No.25は犠牲陽極材がSn、In、Gaを含まないために、内面側の腐食深さが大きい。
【0042】No.26はZnを含む犠牲陽極材を使ったために、内面側の腐食深さが大きい。
【0043】No.27は、芯材のMnが少ないために引張強さが低く、No.28は芯材のMnが多いために健全な板材が得られていない。
【0044】No.29は芯材のCuが少ないために引張強さが低く、外面側の腐食深さが大きい。
【0045】No.30は、芯材のCuが多いためにろう付時に溶融が生じている。
【0046】No.31は、芯材のSiが少ないために引張強さが低い。
【0047】No.32は、芯材のSiが多いためにろう付時に溶融が生じている。
【0048】No.33は、芯材がMgを含まないために引張強さが低い。
【0049】No.34は、芯材のMgが多いためにろう付不良が生じている。
【0050】No.35は、芯材のTiが多いために健全な板材が得られていない。
【0051】No.36は、芯材が3003であるため、引張強さが低く、外面側の腐食深さが大きい。
【0052】
【表1】


【0053】
【表2】


【0054】
【表3】


【0055】
【表4】


【0056】
【発明の効果】以上説明したように、本発明のクラッド材は弗化物フラックスろう付用あるいは真空ろう付用材料として、高強度、耐食性で、かつ、ろう付性が優れたAl熱交換器用クラッド材である。これによって、チューブ材やヘッダープレート材を薄肉にすることができ、ラジエータやヒータの軽量化が可能である。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の材料のろう付後のMgの濃度分布を示す断面図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 芯材が、Mn:0.3〜2.0%(重量%、以下同じ)、Cu:0.25〜0.8%、Si:0.05〜1.0%、Mg:0.5%以下を含有し、残部Alと不可避不純物からなるアルミニウム合金で構成され、該芯材の片面に複合された犠牲陽極材がMg:1.0〜2.5%、Si:0.05以上0.20%未満を含有し、更に、In:0.2%以下、Sn:0.2%以下、及びGa:0.2%以下の1種又は2種以上を含有し、残部Alと不可避不純物からなるアルミニウム合金で構成され、かつ、前記芯材の他の片面に複合された皮材がAl−Si系合金のろう材で構成されたことを特徴とする熱交換器用高強度高耐食性アルミニウム合金クラッド材。
【請求項2】 芯材が、Mn:0.3〜2.0%、Cu:0.25〜0.8%、Si:0.05〜1.0%、Mg:0.5%以下、Ti:0.35%以下を含有し、残部Alと不可避不純物からなるアルミニウム合金で構成され、該芯材の片面に複合された犠牲陽極材がMg:1.0〜2.5%、Si:0.05以上0.20%未満を含有し、更に、In:0.2%以下、Sn:0.2%以下、及びGa:0.2%以下の1種又は2種以上を含有し、残部Alと不可避不純物からなるアルミニウム合金で構成され、かつ、前記芯材の他の片面に複合された皮材がAl−Si系合金のろう材で構成されたことを特徴とする熱交換器用高強度高耐食性アルミニウム合金クラッド材。

【図1】
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【公開番号】特開平5−230576
【公開日】平成5年(1993)9月7日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平4−30648
【出願日】平成4年(1992)2月18日
【出願人】(000002277)住友軽金属工業株式会社 (552)