説明

熱電変換材料

【課題】熱電変換素子に好適な、優れた熱電変換特性を有するSiクラスレート化合物を
用いた熱電変換材料を提供する。
【解決手段】クラスレート化合物ASi46−b−c(元素Aは、Ba、Sr
から選択した1成分以上の元素、元素Mは、Cu、Ag、Auから選択した1成分以上の
元素、元素Qは、Al、Ga、Inから選択した1成分以上の元素)を用いた熱電変換材
料であって、D=−2a+3b+cで定義されるD値が−3以上である。好ましくは、a
が7.7以上8.0以下、かつbが3.4以上3.9以下、かつcが2.2以上3.6以
下である。また、焼結密度が理論密度の95%を超える焼結体であること、クラスレート
化合物相の最強ピーク比が85%以上であることがより好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クラスレート化合物を用いた熱電変換材料に関する。
【背景技術】
【0002】
ゼーベック効果を利用した熱電変換素子は、熱エネルギーを電気エネルギーに変換する
ことを可能とする。その性質を利用し、産業・民生用プロセスや移動体から排出される排
熱を有効な電力に変換することができるため、熱電変換素子は、環境問題に配慮した省エ
ネルギー技術として注目されている。
【0003】
ゼーベック効果を利用した熱電変換素子の無次元性能指数ZTは、下記の数式(1)で
表すことができる。
【0004】
ZT=SρT/κ ・・・(1)
(ここで、S、ρ、κ及びTは、それぞれ、ゼーベック係数、電気抵抗率、熱伝導度及び
測定温度を表す。)
【0005】
上記の数式(1)から明らかなように、熱電変換素子の性能を向上させるためには、素
子のゼーベック係数を大きくすること、電気伝導度を大きくすること、熱伝導度を小さく
することが重要である。
【0006】
高い性能指数を示す熱電材料として、従来より、ビスマス・テルル系材料、シリコン・
ゲルマニウム系材料、鉛・テルル系材料などを用いた熱電変換素子が知られている。
【0007】
ところで、従来の熱電変換素子は、それぞれ解決すべき課題を有する。例えば、ビスマ
ス・テルル系材料は室温では大きなZT値を有するが、100℃を越えれば急激にそのZ
T値が小さくなり、熱電材料として利用できなくなる。またビスマス・テルル系、鉛・テ
ルル系は環境負荷物質の鉛とテルルを含んでいる。また、シリコン・ゲルマニウム系材料
は、700℃以上の高温域で大きなZTを有するが、中低温では低性能である。
【0008】
そこで、熱電性能が良好で環境負荷が少なく、さらに軽量な新しい熱電材料が求められ
ている。そして、そのような新しい熱電材料の一つとして軽元素であるSiをベースとし
たクラスレート化合物が注目されている。
【0009】
何種類かのSiクラスレート化合物の組成や多結晶体の合成法については既に開示され
ている。
【0010】
例えば、14族元素と13族元素でクラスレート格子を形成し、2族元素などを内包す
るクラスレート化合物(特許文献1参照)、BaCuSi40クラスレート化合物(
特許文献2参照)、Ba(Al,Ga)Si46−xにおいて10.8≦x≦12.
2であるクラスレート化合物(特許文献3参照)、希土類元素を添加したLaBa
Si40などのクラスレート化合物(特許文献4参照)などが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特許第4372276号公報
【特許文献2】特開2001−064006号公報
【特許文献3】特開2004−067425号公報
【特許文献4】特開2006−057124号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
ところで、これらのSiクラスレート化合物においては以下の課題が挙げられる。
【0013】
特許文献1に記載の技術では、BaSi26Al20において700KではZT=1
.05であることが開示されているが、その他の温度における特性は明らかではなく、性
能が低いことが懸念される。特許文献2に記載の技術では、BaAl16Si30にお
いて1000KでZT=0.5であることが開示されているが、中低温ではその特性が低
い。特許文献3に記載の技術では、熱電特性が不明である。特許文献4に記載の技術では
、希土類元素添加によりバンドギャップが増大してZTが大きくなるとの予測が開示され
ているが、その熱電変換性能は不明である。
【0014】
そこで、本発明は、熱電変換素子に好適な、優れた熱電変換特性を有するSiクラスレ
ート化合物を用いた熱電変換材料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
すなわち、本発明は、クラスレート化合物ASi46−b−c(A=Ba、
Srから選択した1成分以上の元素、M=Cu、Ag、Auから選択した1成分以上の元
素、Q=Al、Ga、Inから選択した1成分以上の元素)において、D=−2a+3b
+cで定義されるD値が−3以上であることを特徴とする熱電変換材料である。好ましく
は、aが7.7以上8.0以下、かつbが3.4以上3.9以下、かつcが2.2以上3
.6以下である。
【0016】
また、本発明は、焼結密度が理論密度の95%を超える焼結体であること、クラスレー
ト化合物相の最強ピーク比が85%以上であることを、より好ましい特徴としている。
【0017】
なお、本発明に係る熱電変換材料には、クラスレート化合物を主成分とし、他の添加物
を少量含有するものも含まれる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、優れた熱電変換特性を有する熱電変換素子を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の実施形態を説明する。
本発明の好ましい実施形態は、クラスレート化合物ASi46−b−c(A
=Ba、Srから選択した1成分以上の元素、M=Cu、Ag、Auから選択した1成分
以上の元素、Q=Al、Ga、Inから選択した1成分以上の元素)を用いた熱電変換材
料であって、D=−2a+3b+cで定義されるD値が−3以上である。
【0020】
本発明の実施形態に用いられるクラスレート化合物は、例えば、該クラスレート化合物
の原料混合物を溶解させる溶解工程を経て製造することができる。原料混合物の構成要素
は、単一の元素であってもよく、あるいは、2種以上の元素を含む合金や化合物であって
もよい。また、原料混合物は、所定の組成が得られるように配合する。
【0021】
原料混合物の溶解温度としては、最も融点の高い原料であるSiの融点(1414℃)
以上が必要であるが、製造時の省エネルギーを考慮すると、溶解温度はなるべく低温であ
ることが望まれる。溶解温度は、1414℃〜1500℃がさらに好ましく、1414〜
1420℃が特に好ましい。
【0022】
また、溶解時間としては、すべての原料が液体状態で均質に混ざり合う時間が必要だが
、製造時の省エネルギーを考慮するとなるべく短時間であることが望まれ、1〜100分
が好ましく1〜10分がさらに好ましく、1〜5分が特に好ましい。
【0023】
原料混合物を溶解する方法は、特に限定されるものではなく、種々の方法を用いること
ができる。例えば、アーク溶解や高周波溶解、アルミナ坩堝を用いた真空誘導装置、コー
ルドクルーシブル溶解装置等で溶解してもよい。
【0024】
また、原料混合物の溶解は、酸化を防ぐために、真空または真空に近い状態で行うか、
不活性ガス雰囲気下で行うのが好ましい。
【0025】
本発明の実施形態に用いられるクラスレート化合物の製造においては、前記溶解工程後
にアニール処理を行ってもよい。製造時の省エネルギーを考慮するとなるべく短時間であ
ることが望まれるが、アニール効果を考慮すると長時間が必要であり、アニール処理の処
理時間は1時間以上が好ましく、1〜10時間がさらに好ましい。
【0026】
アニール処理の処理温度は、700〜930℃が好ましく、850〜930℃がさらに
好ましい。
【0027】
本発明の熱電変換素子の好ましい実施形態は、上記クラスレート化合物の焼結体である
。本発明の熱電変換素子の好ましい実施形態は、本発明の好ましい実施形態のクラスレー
ト化合物を微粒子にする微粒子化工程と、前記微粒子化工程で得られた微粒子を焼結する
焼結工程とを経て製造することができるが、この方法に限定されるものではない。
【0028】
前記微粒子化工程においては、ボールミル等を用いてクラスレート化合物を粉砕するこ
とにより微粒子を得ることができる。
【0029】
前記微粒子の粒径としては、焼結性を向上するために粒度が細かいことが望まれ、15
0μm以下が好ましく、75μm以下がさらに好ましい。
【0030】
また、真空中でクラスレート化合物の蒸気を発生させ、前記蒸気を高圧の不活性ガスで
吹き飛ばすことにより微粒子を得る、いわゆるフローイングガスエバポレーション法を用
いることができる。フローイングガスエバポレーション法の詳細は、特公平5−9483
号公報等に詳しい。
【0031】
前記焼結工程においては、放電プラズマ焼結法、ホットプレス焼結法、熱間等方圧加圧
焼結法等を用いて微粒子を焼結することができる。
【0032】
放電プラズマ焼結法を用いる場合の焼結条件としては、温度は600〜900℃が好ま
しく、800〜900℃がより好ましい。焼結時間は、1〜10分が好ましく、3〜7分
がより好ましい。圧力は、40〜80MPaが好ましく、50〜70MPaがより好まし
い。
【0033】
(特性評価試験)
本発明の好ましい実施形態におけるクラスレート化合物の生成は、X線回折により確認
することができる。具体的には、焼成後のサンプルがX線回折によりタイプIのクラスレ
ート相のみを示すものであれば、タイプIのクラスレート化合物が合成されたことが確認
できる。
【0034】
本発明の好ましい実施形態における、クラスレート化合物相の最強ピーク比は85%以
上であることが好ましく、90%以上であることがより好ましい。なお、当該ピーク比は
、粉末X線回折測定において測定されたクラスレート化合物相の最強ピーク(IHS)、
不純物相Aの最強ピーク強度(IA)、不純物相Bの最強ピーク強度(IB)より、
IHS/(IHS+IA+IB)×100(%)で定義される。
【0035】
次に、上記の方法で製造された本発明に係る熱電材料について、無次元性能指数ZTを
算出するために行った特性調査について説明する。特性調査項目は、粉末X線回折(XR
D)、ミクロ組織観察、電子線マイクロアナライザー(EPMA)、ゼーベック係数S、
電気抵抗率ρ、熱伝導度κ、とした。
【0036】
ゼーベック係数および電気抵抗率は、四端子法によりアルバック理工(株)製の熱電特
性評価装置 ZEM−3を用いて測定した。
【0037】
熱伝導率κは、
κ=cδα ・・・(2)
の式により算出した。ここで、cは比熱、δは密度、αは熱拡散率である。
【0038】
比熱cは、DSC(Differential Scanning Calorimetry)法により測定した。測定装
置として、エスアイアイ・ナノテクノロジー(株)製の示差走査熱量計 EXSTAR6
000DSCを用いた。
密度δは、アルキメデス法により測定した。測定装置として、(株)島津製作所製の精
密電子天秤 LIBROR AEG−320を用いた。
熱拡散率αは、レーザーフラッシュ法により測定した。測定装置として、アルバック理
工(株)製の熱定数測定装置 TC−7000を用いた。
焼結密度は、上記密度δと理論密度δtとの比δ/δtにより評価した。理論密度δt
とは、気孔や欠陥を含まない理想的な焼結体の密度で、理論的に算出されるものである。
【0039】
この測定結果により、上述の数式(1)を用いて熱電変換性能を評価する指数である無
次元性能指数ZTを算出して、得られた熱電変換材料の特性を評価することとした。
【実施例】
【0040】
以下、本発明を、実施例を用いてさらに詳細に説明するが、本発明は下記実施例により
限定されるものではない。
【0041】
純度2N以上の高純度のBa、Srから選択した1成分以上の元素と純度3N以上の高
純度のCu、Ag、Auから選択した1成分以上の元素と純度3N以上の高純度のAl、
Ga、Inから選択した1成分以上の元素と純度3N以上の高純度のSiとを秤量し、原
料混合物を用意した。
【0042】
この原料混合物をAr雰囲気中でアーク溶解した後、冷却することによりインゴットを
得た。得られたインゴットは、メノウ製遊星ボールミルを用いて粉砕し、粉砕物を得た。
得られた粉砕物は放電プラズマ焼結法(SPS法)を用いて焼結した。このようにして得
られた焼結物を上記の特性評価試験に供した。なお、表1中の「EPMA定量値」は、ク
ラスレート化合物ASi46−b−c(元素Aは、Ba、Srから選択した1
成分以上の元素、元素Mは、Cu、Ag、Auから選択した1成分以上の元素、元素Qは
、Al、Ga、Inから選択した1成分以上の元素)の各元素の定量値である。
【0043】
無次元性能指数ZTについては、温度500℃におけるZTが0.3以上の値を示すも
のを「良」と判定して表に「○」印を付し、0.3未満の値を示すものを「不可」と判定
して表に「×」印を付した。また、クラスレート化合物ASi46−b−c
元素Aは、Ba、Srから選択した1成分以上の元素、元素Mは、Cu、Ag、Auから
選択した1成分以上の元素、元素Qは、Al、Ga、Inから選択した1成分以上の元素
)において、D=−2a+3b+cで定義されるD値を表に示した。
【0044】
得られた結果を表1に示す。
【0045】
【表1】

【0046】
表1に示されるとおり、本発明の好ましい実施形態である、上記D値が−3以上である
サンプルは、いずれも温度500℃におけるZTが0.3以上の良好な値を示した。これ
に対して、上記D値が−3より小さい値を示すサンプルは、いずれも温度500℃におけ
るZTが0.3を下回り、熱電変換効率が悪化することがわかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
クラスレート化合物ASi46−b−c(元素Aは、Ba、Srから選択し
た1成分以上の元素、元素Mは、Cu、Ag、Auから選択した1成分以上の元素、元素
Qは、Al、Ga、Inから選択した1成分以上の元素)を用いた熱電変換材料であって
、D=−2a+3b+cで定義されるD値が−3以上であることを特徴とする熱電変換材
料。
【請求項2】
aが7.7以上8.0以下、かつbが3.4以上3.9以下、かつcが2.2以上3.
6以下である、請求項1に記載の熱電変換材料。
【請求項3】
焼結密度が、理論密度の95%を超える焼結体であることを特徴とする、請求項1また
は請求項2に記載の熱電変換材料。
【請求項4】
粉末X線回折測定において測定された、クラスレート化合物相の最強ピーク(IHS)
、不純物相Aの最強ピーク強度(IA)、不純物相Bの最強ピーク強度(IB)により定
義される、クラスレート化合物相の最強ピーク比
IHS/(IHS+IA+IB)×100(%)
の値が85%以上であることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項に記載の熱電変
換材料。

【公開番号】特開2011−187688(P2011−187688A)
【公開日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−51466(P2010−51466)
【出願日】平成22年3月9日(2010.3.9)
【出願人】(000005290)古河電気工業株式会社 (4,457)
【Fターム(参考)】