説明

物品の表面処理方法および排液管

【課題】各種物品の液体処理において、物品の上向凹部に残った処理液を、物品を転動させたり、傾かせたりすることなく、物品外部に自動的に排出し、物品の表面処理を極めて簡便化できる物品の液体処理方法および排液管を提供すること。
【解決手段】下端に開口端部を有する短管部と、下方に開口端部を有する長管部と、該短管部と長管部とを連結している連結管部とからなる逆U字型排液管を、その短管部を被処理物品の上向凹部に挿入し、上記長管部を物品外部に垂下するように配置し、この状態で上記物品を処理槽内の処理液に浸漬し、物品を浸漬処理後に上記物品を引き上げて、上記凹部に侵入している処理液を上記排液管を通して物品外に排出することを特徴とする物品の処理方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、物品の表面処理方法および排液管に関し、さらに詳しくは上向凹部を有する各種物品の処理液による表面処理、すなわち、洗浄、化成処理、メッキ、浸漬塗装、液体焼入れ、溶融塩熱処理などを行う場合の処理物品の品質、生産性、経済性などを向上させる改良表面処理技術に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、自動車部品などを含む多くの分野で、物品(部品)の表面処理が為されている。これらの物品は通常、処理液中に浸漬され、所定時間処理後に引き上げられ、水洗、乾燥して処理が完了する。これらの物品のなかで、天地両方向に開口した凹部を有する物品を処理液中で浸漬処理後、引き上げると、下方に開口した凹部中の処理液は排出されるが、上方に開口した凹部には処理液が残留する。この残留処理液の除去を、該物品の反転、傾斜、エアー噴き付けなどで行う場合がある。しかしながら、これらの方法の実施には装置が大掛かりになり、また、物品相互の干渉で処理液の再残留など、大きな投資の割に効果が少ない場合や、物品自体に、打痕や擦り傷などが生じ、物品を損傷する場合があった。
【0003】
物品の単純洗浄、表面処理、溶融塩熱処理や、加熱後、液冷する熱処理においては、物品と処理液とが接触する。この時、上方に開口した凹部を有する物品では、該凹部中に処理液が溜まるため、処理液の液抜き処置が必要になる。通常実施されている液抜き法は、物品の凹部を下方向に向けたり、物品を横に寝かせたりして、物品の凹部に液が溜まらないように、処理バスケット中に物品をセットする。
【0004】
または処理後の物品を傾け、反転、エアー吹き付けなどにより、物品の凹部内の処理液を吹き飛ばしたり、物品毎に加熱して処理液を蒸発させるなどの方法があるが、これらの方法では、工程が頻雑になり、物品処理の生産性が悪くコスト高である。また、高温処理液による溶融塩処理や、物品を高温に加熱し、その後処理液中で冷却する物品の処理の場合は、高温物品を扱う熱処理設備の構造上の制約から、上記した物品の凹部に溜った処理液の除去機構を採用することが困難である。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従って本発明の目的は、上記の如き各種物品の液体処理において、物品の上向凹部に残った処理液を、物品を転動させたり、傾かせたりすることなく、物品外部に自動的に排出し、物品の表面処理を極めて簡便化できる物品の液体処理方法および排液管を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的は以下の本発明によって達成される。すなわち、本発明は、下端に開口端部を有する短管部と、下方に開口端部を有する長管部と、該短管部と長管部とを連結している連結管部とからなる逆U字型排液管を、その短管部を被処理物品の上向凹部に挿入し、上記長管部を物品外部に垂下するように配置し、この状態で上記物品を処理槽内の処理液に浸漬し、物品を浸漬処理後に上記物品を引き上げて、上記凹部に侵入している処理液を上記排液管を通して物品外に排出することを特徴とする物品の処理方法を提供する。
【0007】
また、本発明は、下端に開口端部を有する短管部と、下方に開口端部を有する長管部と、該短管部と長管部とを連結している連結管部とからなる逆U字型排液管を、その短管部を被処理物品の上向凹部に挿入し、上記長管部を物品外部に垂下するように配置し、この状態で上記物品を処理槽内に載置し、処理槽外から処理槽内に処理液を供給し、物品を処理液中に埋没させて物品を浸漬処理後に、上記処理液を処理槽から抜き出し、上記凹部に侵入している処理液を上記排液管を通して物品外に排出することを特徴とする物品の処理方法を提供する。
【0008】
また、本発明は、下端に開口端部を有する短管部と、下方に開口端部を有する長管部と、該短管部と長管部とを連結している連結管部とからなることを特徴とする上記方法で使用するための逆U字型排液管を提供する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、各種物品の処理液による表面処理において、物品の上向凹部に残った処理液を、物品を転動させたり、傾かせたりすることなく、物品外部に自動的に排出し、物品の表面処理を極めて簡便化できる物品の液体処理方法および排液管が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
次に発明を実施するための最良の形態を図面を参照して本発明をさらに詳しく説明する。図1〜図5(図2〜5では符号が省略されている場合がある)は本発明の物品の処理方法の1例を図解的に説明する図である。この実施例の方法は、図1に示すように、バスケットなどの上下動可能な支持部材1の上に載置されている上向凹部2を有する被処理物品3の凹部に、後述する逆U字型排液管4(以下単に「排液管4」という場合がある)の短管部5を下向きに配置し、長管部6を物品外に配置する(すなわち、排液管4を物品3の凹部2に単に引っかける)。
【0011】
上記支持部材1は、処理液7が充填されている処理槽8内において任意の手段によって上下動可能に設置されている。上記支持部材1を降下させ、図2に示す状態を経由して、図3に示すように物品3と排液管4の全体を処理液7中に埋没させる。図2に示す状態では、物品3(排液管4)の降下に従って、長管部6内には処理液7が処理槽8内の処理液レベルと同一レベルにまで侵入し、排液管4内の空気9(または雰囲気ガス)は、短管部5の端部から排出される。続いて図3に示すように、物品3の全体が処理液7内に没すると、物品3の凹部2に処理液7が満たされ、短管部5の開口端部から処理液7が侵入し、短管部5と長管部6との間に空気9が閉じ込められる。
【0012】
次いで図4に示されるように、物品3を上昇させると、長管部6の開口端部が処理液7面を離れるまでは、排液管4内の処理液7と空気9との関係は変化しない。さらに物品3が上昇し、長管部6の開口端部が処理液7面から離れると、図5に示すように長管部6内の処理液7が処理槽8内に流下するとともに、該流下によって空気9の内圧が低下し、該内圧の低下に従って、物品3の凹部2内の処理液7が短管部5の開口端部から吸引されて、連絡部10を経由して処理槽8内に流下し、凹部2内の処理液7の殆どは最終的に処理槽8内に戻される。
【0013】
以上の実施例は、処理槽8内に処理液7を満たし、該処理液7内に物品3を浸漬する場合の例であるが、処理槽8を空にしておき、該処理槽8内に物品3を配置し、該処理槽8内に、処理液を上方から、好ましくは処理液7が物品3の凹部2に入らないようにして注入し(図2の状態)、次いで物品3の全部が処理液7中に没するように、処理液を追加し(図3に示す状態)、所定時間物品3の表面処理を行い、次いで処理液7を処理槽8の上方または底部から抜き出し、処理液7の水面を長管部6の開口端部以下とすることによっても、図5に示す前記と同じ作用により、物品3の凹部2の処理液を凹部2から排出させることができる。
【0014】
なお、上記の方法において空の処理槽8内に処理液7を注入する場合、処理液7が最初に、または同時に物品3の凹部2に満たされる場合であっても、下記の実施例(処理液の散布または噴霧などの場合)と同様に、前記と同じ作用により、物品3の凹部2の処理液7を凹部2から排出させることができる。
【0015】
また、上記方法において、物品3を固定状態で空の処理槽8内に設置し、処理液7を処理槽8の底部または側壁から注入し、物品3全体を処理液7内に埋没させた後、必要時間表面処理後に処理液7を処理槽8の上方または底部から抜き出し、処理液7の水面を長管部6の開口端部以下にすることによっても、前記と同じ作用により、物品3の凹部2の処理液7を凹部2から排出させることができる。
【0016】
さらに本発明の他の実施例では、最初に空の処理槽8内に物品3を載置し、該物品3に対して周囲(上方または側方)から処理液7を散布或いは噴霧する場合、処理液7が先に物品3の凹部2に溜り、その後に処理液7が処理槽8に溜り、最終的には物品3が処理液7中に没する場合がある。この場合には、図3において短管部5内の処理液7レベルが、長管部6内の処理液7レベルと同じ、または幾分上位になる場合も考えられるが、この場合においても、物品3を上昇させるか、或いは処理液7面を下げて長管部6の開口端部を処理液7面の上方に位置させることで、前記と同じ作用により、物品3の凹部2の処理液を凹部2から排出させることができる。
【0017】
以上のように本発明の方法によれば、物品3の処理液7による表面処理に際し、物品3の凹部2内に溜った処理液を、物品3を転動したり、傾けることなく、外部に取り去ることができる。また、図面に示す実施例では、物品3は1個のみ記載されているが、本発明において、物品3は1個である必要は全くなく、複数個、例えば、数十個〜数百個であり得、さらに異なる形状の複数個の物品であってもよいのは当然である。
【0018】
以上の本発明の方法で使用する排液管についてさらに詳しく説明する。排液管の材質は、主として被処理物品が処理される処理液の性状や処理温度により選択される。耐食性、耐熱性や使用温度における材料強度などを考慮し、例えば、処理液が、水溶液に限られる場合は、樹脂製の自在に成形可能な軟質ホースやプラスチック製のパイプまたはこれらと金属部品を組み合わせたものが使用でき、処理液が高温の油や溶融塩の場合は、それぞれの処理液の特性に適合した金属製パイプを使用することが好ましい。
【0019】
排液管の構造は端的にいえば、ホースまたはパイプを逆U字型に屈曲させ、一方の脚部(短管部)を短く、他方の脚部(長管部)を短管部よりも長くした形状である。上記ホースまたはパイプ(排液管)の内径は、処理液の性状、すなわち、粘度や比重により規定されるが、工業的用途の一般的な処理液の場合には、成形性や物品の凹部からの処理液の排出効果を考慮すると、3〜25mm(望ましくは6〜20mm)である。上記内径が小径過ぎると、物品の凹部に溜まった処理液の排出に長時間かかり、また、汚れによる管の詰まりが生じる畏れがある。一方、上記内径が大きすぎると、処理における付属物としての排出管が、被処理物品の効率的配置に邪魔になり、また、処理液を長管部開口端部から排出する際に、処理液を長管部開口端部から排出しながら、該開口端部より空気が進入し、物品の凹部内の処理液の吸引作用が低くなり、サイフォン現象が停止し、処理液の排出が不能となる畏れがある。
【0020】
本発明の排液管は、図示のように、下端に開口端部を有する短管部と、下方に開口端部を有する長管部と、該短管部と長管部とを連結している連結管部とからなる逆U字型形状を有する。上記短管部、長管部および連結管部(横引き管部)とは、以下のように構成されていることが好ましい。
【0021】
(A)前記方法において、まず、長管部側より処理液が侵入し、その後に物品の凹部に処理液が流入する場合(処理液が満たされた処理槽中へ上方から物品を浸漬する場合、および空の処理槽に物品を配置し、処理液を物品の凹部に液が溜まらないように注入し、浸漬処理後に処理液を排出して処理を完了する場合)に適した構造
【0022】
処理液中に物品が下降し、物品が処理液中に浸漬され、物品の凹部に処理液が流入するまでは、物品の凹部に配置された短管部の開口端部から空気(または雰囲気ガス)が排出される。凹部に処理液が流入し、凹部に処理液が溜り始めるときに、連結管部の最上部まで処理液が侵入し、さらに物品全体が処理液中に埋没する過程でサイホンが形成され、物品の引き上げによって物品の凹部に残っている処理液が排出されるのが理想である。
【0023】
しかし、実際には物品が下降した際、連結管部の最上部まで処理液が侵入せず、短管部開口端部に進入した処理液により、空気が管内に液封され、連結管部中と短管部中に残留した空気が、処理液の深さの圧力にバランスするだけ、短管部開口端部から処理液が侵入し、管内の空気は圧縮され、長管部側と同じ液位でバランスする。この時、長管部側に侵入した処理液の体積(簡単な同内径の連続したU字パイプを使用する場合は、体積をパイプ長さに置き換えられる。)が、管中の残留空気の体積と同量以上であれば、該物品を処理液から十分にゆっくり引き上げる際においても、長管部開口端部から処理液が排出され、物品の凹部の処理液の排出に十分なサイフォンが形成される。
【0024】
(B)まず、物品の凹部に処理液が流入し、短管部開口端部から処理液が侵入し、その後長管部開口端部から処理液が侵入する場合(空の処理槽中に物品を配置し、処理液を物品上部よりスプレー(散布または噴霧)し、処理槽中に処理液を満たし、物品を浸漬処理し、その後処理液を排出して処理を完了する場合など)
【0025】
物品上部から処理液をスプレーすると、まず、物品の凹部に処理液が溜り、短管部開口端部から処理液が凹部の深さに相当する高さまで短管部内に侵入し、長管部開口端部から空気が排出される。その後、処理槽中に処理液が満たされ、物品が浸漬処理される過程で、長管部開口端部から処理液が侵入し、短管部開口端部から空気が排出される。
【0026】
スプレー当初は、物品の凹部に配置された短管部開口端部は、凹部の深さまで処理液が溜まっているため、長管部開口端部が処理液面下であっても短管部開口端部の水圧のため、当初は、長管部開口端部より処理液は侵入しない。スプレーされた処理液が処理槽中で増量し、長管部の浸漬深さが物品の凹部の深さと同等になり、始めて長管部開口端部をより処理液が侵入し、短管部開口端部より空気が排出される。
【0027】
処理液が十分に処理槽中にスプレーされ、物品が浸漬処理される際、短管部開口端部端まで空気が残るため、管中の残留空気量は前記(A)の場合より僅かに多くなるが、ほぼ同等となる。この時長管部側の処理液の体積(同径のU字パイプを使用する場合は、体積をパイプ長さに置き換えられる。)が、管中の残留空気の体積と同量以上であれば、該物品を処理液から十分にゆっくり引き上げる際においても、長管部開口端部より処理液が排出され、物品の凹部の処理液の排出に十分なサイフォンが形成される。
【0028】
以上の(A)および(B)の場合はともに、物品を処理液から引き上げる際、その引き上げが素早い程、物品の凹部に配置された短管部開口端から物品の外部に垂下している長管部開口端部側への処理液流が生じ、処理液の排出促進効果が得られるため、短管部長さと長管部長の比率が下記条件に比較し、長管部が短くとも液抜き効果が得られる。ただし、物品を十分にゆっくり引き上げる場合においても、次のような形状を持った排液管の場合は、処理液を物品の凹部より排出することができる。すなわち、短管部と長管部と連結管部とから構成された排液管の各部の容積が、「長管部中の処理液侵入容積>浸漬完了時点の残留空気容積」であればよい。簡単に表現すると、短管部と長管部と連結管部とが同一内径である場合、ほぼ「長管部(容積)長さ(X)≧短管部(容積)長さ(Y)+連結管部(容積)長さ(Z)」とすることで本発明の作用効果が奏される。さらに具体的には、X=1.0〜3.0(Y+Z)であることが好ましく、より好ましくはX=1.05〜1.5(Y+Z)である。Xが1.0(Y+Z)未満では、処理液の排出速度が遅く、一方、Xが3.0(Y+Z)を超えると、排液機能は十分に確保できるものの、その長さ故に被処理物品の配置に邪魔になり、作業性が低下する。なお、ここで「長管部容積(X)」と「短管部容積(Y)」と「連結管部容積(Z)」とは、図4に示す領域の容積を意味する。
【0029】
また、排液管の形状は、処理物品への配置する際、自重で安定し、さらに製作性や繰り返し使用性を考慮し、単一で連続した単純構造のパイプ形状が望ましい(ただし、パイプ形状には限定されない)。さらに物品の凹部に配置される短管部開口端部の形状は、物品の凹部に残留した処理液を素早くかつ十分に排出するため、短管部開口端部の液流面積を大きく確保し、できるだけ開口端部に液が集合するように、図6に示すような開口端部の形状が望ましい。この場合、開口端部と凹部底面の間隔面積が、排液管の断面と同等の面積となる切り込み高さは、排液管内径の半径をRとすると、ほぼ0.5Rである。すなわち、用いる排出管の排出能力を確保できる切込み高さは0.5Rとなる。しかし、切り込み高さが高すぎる場合は、液排出後凹部に残留する液量が多くなる。よって用いる排出管の太さと切り込み高さを勘案すると、半径4mm以下の排出管では、切断角度は排出管の断面積と同等になる15°とし、これ以上太い排出管の場合は、切り込み高さ2mmとして、切り込み角度を15°以下にすると良い。このような形状で排出流量を確保し、鋭角部11を凹部の底面に密着させるように凹部に配置することが好ましい(図6a)。以上は短管部開口短部が単純形状の場合であるが、複雑形状が許容される場合は、開口端部には、凹凸12を設けて空気および処理液の排出および吸引を妨げないようにすることもできる。(図6b)。
【0030】
前記説明のように、従来技術では、処理液で処理される被処理物品に上方が開放された凹部がある場合、処理液がこの凹部に溜り、その状態で次工程に移動する。また、凹部が大きい程、処理液の移動量が多量になり、移動した前工程の処理液が、次工程の処理液と混合し、前工程の処理液を汲みだし、前工程の処理液を減量するとともに、次工程の処理液の性状に大きく影響する。一例として、物品の前洗浄、精密洗浄、活性化処理、本処理、後洗浄など多種の処理液が用意された化成処理がある。この化成処理において、物品の凹部に溜り、次槽に持ち込まれた処理液が、物品が次槽中に浸漬されると、持ち込まれた前工程の処理液が、次槽中の処理液と混合し、次槽中の処理液の作用成分と反応し、次槽中の処理液として必要とされる作用効果を低下させる結果となる。
【0031】
上記において、次槽中の処理液の作用効果が下限レベルまでに低下した場合は、その処理液の性能を復元するため、処理液濃度の調整、処理液の一部交換、全量更新などが必要になり、処理液コストがかかり、その結果、処理コストが高くなる。さらに、物品の凹部による処理液の汲みだしにより、処理ロット間で処理液の作用効果が低下し、処理物品の品質が不安定になる場合や、被処理物品の凹部付近は、汲出し処理液が次槽の処理液と反応するため、凹部以外の部分と比較して作用が弱くなり、単独物品内での品質が不均一になる場合がある。
【0032】
本発明は以上のような課題を解決するものである。すなわち、本発明によれば、除去排出すべき処理液が溜まる被処理物品の凹部底部に、処理液の吸引口を有する短管部を配置し、かつ該物品の外側に処理液の排出口を有する長管部を配置し、上記短管部と長管部とを連結管部で連結した逆U字型排液管を配置し、物品全体が処理液に埋没された状態から、該物品を処理液から引き上げるか、または物品は空の処理槽内に保持して、処理液をスプレーまたはその他の方法で物品に付与しながら注入し、処理終了後、処理液を排出し、該物品を処理液面上にすることで、物品の凹部に溜まった処理液が、排液管により物品外部に排出される。その結果、凹部を有する被処理物品にも拘わらず、凹部の無い処理物品と同等の品質と、処理液の作用効果の持続性が得られ、物品の表面処理に際し、処理液の持ち出し防止性が大きく改善され、また、次工程での処理液同士の混合が少なくなり、処理物品の品質および処理液の品質が維持され、物品の表面処理の生産性が向上し、すなわち、工程費用が顕著に縮減される。
【実施例】
【0033】
次に実施例により本発明をさらに具体的に説明する。
実施例1(ピストンの溶融塩処理への応用)
[工程の説明]
内燃エンジン用ピストンの耐久性能向上のため、120φ×100H(上部燃焼室の開口部70φ×25D)のピストンを無機塩を溶解した高温処理液や、各種水溶液中で浸漬して実施される酸窒化処理の場合について説明する。
【0034】
工程:(1)処理物品(ピストン)の冶具セット(排液管を取り付け、多段円筒形状の鋼鉄製冶具に固定)→(2)脱脂(加温洗浄液による洗浄)=60℃×5分×2回→(3)大気中加熱による予熱=350℃×30分→(4)溶融塩酸窒化処理(LS処理)=600℃×60分→(5)塩置換溶融塩処理(AB冷却)=400℃×20分→(6)水冷=室温×5分→(7)多段洗浄(湯×1回+水洗浄×4回)→(8)処理物品(ピストン)の冶具バラシ(ピストンおよび排液管を多段円筒状冶具から取り外す。)
【0035】
このように排液管を配置したピストンが、異なる処理液中に浸漬されながら、無機塩を使用した塩浴酸窒化工程が進められる。この場合、処理されるピストン頭部には、凹型形状の燃焼室があり、また、この燃焼室とは隔離され、ピストン内部にピストン下方に複数の開口部を有する冷却溝が配置されている。すなわち、天地両方向でそれぞれ凹部があり、どちらに向けても片方は凹部となる。よってピストン燃焼室を上向きに冶具にセットしても、下向きにセットしても凹部に処理液(工程液)が残留する。
【0036】
また、該ピストンを横向きに寝かせて、冶具中に配置しても、燃焼室形状は上つぼまり形状のため、周囲の縁により完全に処理液が排出できない。さらにピストンの酸窒化処理は、ピストン機械加工後の最終処理として行われるため、寝かせて冶具中に配置すると、ピストン上部と下部で不均一な自重支持となり、精密公差で仕上げ加工されたピストンの精度維持ができず、変形のため、品質不適合品となることがある。
【0037】
なお、排液管は、酸窒化処理が最高温度600℃の溶融塩で行われるため、内径7mmの金属製パイプを、長管部長130mm、短管部長30mm、長管部と短管部の間隔(芯−芯)65mmに湾曲させた逆U字形状である。なお、パイプ材質は、一般鋼または耐久性を考慮し、耐熱鋼やステンレス鋼が使用できる。
【0038】
燃焼室を上側に置き、処理ピストンの燃焼室に短管部を配置し、長管部を固定金網に固定して取り付け、ピストン外部に配置した。次の表1に本実施例の工程と排液効果の判定結果を示す。
【0039】

◎:排液管により処理液が排出された。
−:処理液不使用のため評価対象外
【0040】
上記のように、ピストンの浸漬処理後、ピストンを処理液の上方に引き上げると、ピストンが処理液から露出するとともに、排液管によりピストン頭部燃焼室から処理液が自動的に物品外に排出される。すなわち、ピストンを多段円筒冶具にセットする際、排液管の短管部をピストン燃焼室にセットし、ピストン外部に排液管の長管部を配置しておけば、凹部を有することから、処理に際して処理液の管理が難しい物品が、凹部の無い物品と同様に処理することができ、各工程の処理液が混合せず、物品および処理液の品質が安定し、低コストで物品の処理が可能となった。
【0041】
[コストへの効果]
上記ピストンの頭部燃焼室側を上方に配置した場合に、頭部燃焼室から汲み出される処理液は、燃焼室容積に該当し、1個のピストン1工程当り200ccとなる。処理液汲み出し量は「燃焼室容積(約200cc/個)×ピストン数(200個/ロット)」であり、40リッター/ロットとなる。すなわち、1工程当りのコスト削減は、「40リッター/ロット×処理液平均単価×液使用工程数」=「40リッター/工程×210円/リッター×10工程/ロット」=「84,000円/ロット」となる。以上のように排液管の使用で、費用の90%以上が削減できた。
【0042】
また、この直接使用される処理液コストの他、排液管を使用せず、処理液が次工程に持ち込まれた場合は、処理液の性能劣化が早まるため、ここでは算出しないが、処理液の性能下限の作用到達時点での新規建浴の際の劣化処理液の処分費用が加算される。
【0043】
[品質への効果]
処理液の処理性能が、下限作用レベルになると目的とする物品の処理効果が低減する。特に作用時間が短時間の場合は、物品の凹部により次工程に持ち込まれた前処理液の影響が見られる。例えば、工程(6)の水冷の場合、排液管を使用せず、AB溶融塩が凹部に残留した場合、AB溶融塩の酸化作用によりピストン燃焼室の仕上がりは酸化が強くなり、他の部分に比べ表面外観は強い赤色となり、肌荒れが大きくなった。ピストンの燃焼室は燃焼時の火炎伝播や排気などの効率維持のため、滑らかな表面を必要とする。本発明の排液管の使用により、燃焼室に必要な性能を劣化させないという効果が得られた。
【0044】
実施例2(エンジンブロックの複合メッキ処理への応用)
[工程の説明]
概略外寸400mmW×250mmH×600mmLのアルミニューム製V型エンジンブロックを、耐摩耗複合電気メッキ処理する場合に必要なアルミニューム金属表面を活性化する昇降式自動搬送ロボットによる前処理の実施例を説明する。
【0045】
工程:(1)処理物品(エンジンブロック)の冶具セット(V型シリンダーブロックをシリンダーヘッド側を上部とし、V型凹部に排液管を3本取り付け、前処理用矩形バスケットに固定)→(2)脱脂(加温洗浄液による洗浄)=60℃×3分×2回→(3)水洗(洗浄液の洗浄除去)=常温×0.5分×2回(2回の洗浄間に後洗浄水をポンプくみ上げし、物品が液面より引き上げられた際シャワー掛けし、その後2回目の後洗浄する。)→(4)エッチング(アルカリ性エッチング剤水溶液による作用)50℃×1分→(5)水洗×2回(2回の洗浄間に(3)と同様のシャワー掛けし、その後2回目の後洗浄する。)→(6)酸洗(強酸による作用)=常温×1分→(7)水洗(強酸の洗浄除去)常温×0.5分→(8)超音波洗浄(微細表面付着物除去)=常温×1.5分→(9)水洗=常温×0.5分→(10)化学めっき(化学的にアルミニューム金属表面を被覆)=25℃×1分→(11)多段水洗=常温×0.5分×3回→(12)処理物品(エンジンブロック)の冶具バラシ(エンジンブロックおよび排液管を矩形バスケットからとりはずす。)
【0046】
このようにV型エンジンブロックは異なる処理液中に浸漬されながら、自動的に工程が進められる。この場合、処理されるV型エンジンブロックは複雑形状のため、シリンダーヘッド側には、V型に配置された2つのシリンダーバンクの間に凹部があり、また、下方には幾つものポケットがある。
【0047】
さらにこのエンジンブロックの前処理効果が必要な部位は、この前処理後に行われるメッキが施されるピストンが摺動する円筒状のシリンダーボア内部である。このため、処理液の対流や超音波作用が良好とされるシリンダーヘッドまたはクランクケースを上の方向に処理バスケット内にセットする。
【0048】
排液管は、最高処理温度60℃の水溶液中で行われるため、内径6mmの樹脂製のホースを湾曲させ、長管部長350mm、短管部長100mm、長管部と短管部の間隔(芯−芯)200mmの逆U字形状である。この排液管をエンジンブロックの形状に沿わせ、なだらかに配置した。なお、長管部の先端が、ぶらぶらせず、安定するように長管部先端にステンレス製のノズルを挿入した。
【0049】

【0050】
◎:排液管により処理液が排出された。
−:処理液不使用のため評価対象外
△:2回の洗浄工程の中間で物品が処理液面から引き上げられ、露出した時点で後処理槽中の処理液(洗浄液)をポンプによりスプレーするため、スプレー洗浄液が凹部に溜るだけで、殆ど排出されず、そのまま次の工程に移動した。ただし、この場合スプレー洗浄液は、後洗浄槽中の液のため、処理効果に対し悪い作用は認められなかった。
【0051】
[コストへの効果]
エンジンブロックの凹部は複雑形状のため、排液管を設置した場合も処理液の残留がある。V型10気筒のエンジンブロックの場合、約1.5リッターの液溜りがあり、排液管を設置した場合でも0.15リッターは排出されず、シリンダーブロックの凹部に処理液が残留した。しかし、排液管を使用して処理液の持ち出しを低減した場合のコストへの効果は、1工程当り排液量(1.35リッター/台・工程)×工程数(12工程)×処理液平均単価(55円/リッター)=891円/台の費用が削減できる。
【0052】
また、この直接使用される処理液コストの他、排液管を使用せず、処理液が次工程に持ち込まれた場合は、処理液の性能劣化が早まるため、ここでは算出しないが、処理液の性能下限の作用到達時点の新規建浴の際の劣化処理液の処分費用が加算される。
【0053】
[品質への効果]
処理液の処理性能が、下限作用レベルになると目的とする処理効果が低減する。特に表2中(10)の化学めっき工程では、前洗浄工程から洗浄水が凹部により持ち込まれると、凹部付近は化学めっき層が薄いことが確認された。凹部はめっき不要部であるが、めっきが必要なシリンダーボア内への影響も少なからずあることが推察できる。さらに排液管を使用しない場合は、凹部による処理液のくみ出し量が多量のため、工程(6)の強酸が、工程(7)、(8)、(9)に順次持ち込まれ、工程(10)処理液を劣化させ、アルミニューム合金の活性化された表面を不動態化させず、活性維持するために必要な化学めっき成長が阻害されメッキ密着性が低下した。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明によれば、各種物品の処理液による表面処理において、物品の凹部に残った処理液を、物品を転動させたり、傾かせたりすることなく、物品外部に自動的に排出し、物品の表面処理を極めて簡便化できる物品の処理液処理方法および排液管が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】本発明の方法を図解的に説明する図
【図2】本発明の方法を図解的に説明する図
【図3】本発明の方法を図解的に説明する図
【図4】本発明の方法を図解的に説明する図
【図5】本発明の方法を図解的に説明する図
【図6】本発明の排液管の短管部開口端部を説明する図
【符号の説明】
【0056】
1:支持部材
2:凹部
3:物品
4:排液管
5:短管部
6:長管部
7:処理液
8:処理槽
9:空気
10:連結管部
11:鋭角部
12:凹凸

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下端に開口端部を有する短管部と、下方に開口端部を有する長管部と、該短管部と長管部とを連結している連結管部とからなる逆U字型排液管を、その短管部を被処理物品の上向凹部に挿入し、上記長管部を物品外部に垂下するように配置し、この状態で上記物品を処理槽内の処理液に浸漬し、物品を浸漬処理後に上記物品を引き上げて、上記凹部に侵入している処理液を上記排液管を通して物品外に排出することを特徴とする物品の処理方法。
【請求項2】
下端に開口端部を有する短管部と、下方に開口端部を有する長管部と、該短管部と長管部とを連結している連結管部とからなる逆U字型排液管を、その短管部を被処理物品の上向凹部に挿入し、上記長管部を物品外部に垂下するように配置し、この状態で上記物品を処理槽内に載置し、処理槽外から処理槽内に処理液を供給し、物品を処理液中に埋没させて物品を浸漬処理後に、上記処理液を処理槽から抜き出し、上記凹部に侵入している処理液を上記排液管を通して物品外に排出することを特徴とする物品の処理方法。
【請求項3】
下端に開口端部を有する短管部と、下方に開口端部を有する長管部と、該短管部と長管部とを連結している連結管部とからなることを特徴とする請求項1または2に記載の方法で使用するための逆U字型排液管。
【請求項4】
長管部の容積(X)と短管部の容積(Y)と連結管部の容積(Z)との関係が下記の通りである請求項3に記載の排液管。
X≧Y+Z

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−215603(P2009−215603A)
【公開日】平成21年9月24日(2009.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−60018(P2008−60018)
【出願日】平成20年3月10日(2008.3.10)
【出願人】(000111845)パーカー熱処理工業株式会社 (8)