説明

生体吸収性縫合糸

【課題】キチン、キトサンまたはこれらの誘導体を原料として含み、目的および用途に合わせて分解速度を容易に制御可能な生体吸収性縫合糸を提供する。
【解決手段】本発明の生体吸収性縫合糸は、キチン、キトサンおよびこれらの誘導体から選択される1種または2種以上の成分と前記成分の分解酵素とを含む紡糸原液から紡糸されたモノフィラメントまたはマルチフィラメントから製造され、前記縫合糸の表面および内部に前記分解酵素が混在していることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体内で分解吸収される縫合糸に関する。
【背景技術】
【0002】
手術用縫合糸は、生体内で分解吸収される吸収性縫合糸と生体内で分解吸収されない非吸収性縫合糸とに分類される。この吸収性縫合糸と非吸収性縫合糸は、手術部位や縫合期間等によって使い分けられている。非吸収性縫合糸は、手術に必要とされる安定した引張強度を有しているが、術後に生体内に異物として残存する縫合糸を除去するための再手術が必要であるという欠点がある。
【0003】
これに対して吸収性縫合糸は、手術後に生体内で吸収されるために再手術の必要はない。しかし、手術部位によって手術後に該部位に作用する外力が異なるため、縫合糸の引張強度の時間的変化(以下、分解速度という)を目的に応じて制御する必要がある。すなわち、手術部位が治癒するまでは該部位を結束するために所定の引張強度を有する必要があるが、手術部位の治癒と共に分解されるように分解速度を制御した縫合糸であることが好ましい。従来、縫合糸の分解速度の制御は、糸の構成材料である合成高分子の重合度を調節したり、異なる材料を組み合わせたり、糸の形状を有棘状にしたりして行う必要があった。
【0004】
例えば、特許文献1には、合成高分子を構成するモノマーの種類、モノマーの配合割合、および重合度(分子量)を調整して分解速度が制御された、合成高分子からなる吸収性縫合糸が開示されている。
【0005】
また、特許文献2には、生物分解性の有棘縫合糸が開示されている。この有棘縫合糸は、モノマーの種類およびモノマーの配合割合を調整した合成高分子を用いており、該合成高分子の結晶性や表面積を調節することにより分解速度を制御したことを特徴とする。
【0006】
しかし、これらの方法は、容易に分解速度を制御できるとは言えない。例えば、分解速度を制御するために構成材料の重合度を調節することは、設備等の面から容易であるとは言えない。また、分解速度を速めるために重合度を低下させた場合、糸の強度が縫合時に必要とされる強度に満たなくなるという問題が生じ得る。従って、糸の強度を低下させることなく、縫合糸の分解速度を容易に制御できる方法が求められている。
【0007】
特許文献3には、生体高分子など生体由来のポリペプチドや多糖類から構成される生体内分解性縫合糸が開示されているが、これらの分解速度の制御についての開示はない。
【0008】
生体吸収性の繊維材料としては、アミノ多糖類であるキチンが注目されている。例えば、引用文献4には、キチンの繊維は生体親和性に優れており、創傷被覆剤として優れた効果を有することが開示されている。キチンは、生体吸収性の材料であるだけでなく、創傷治癒促進効果、止血効果等の付加的な効果も有することが既知である。しかしキチン繊維は、その分解制御に関する知見がないため、その優れた特性にも関わらず縫合糸として使用するには至っていない。キチン繊維を縫合糸として利用することは、生体吸収性の観点のみならず、縫合糸自体が併せ持つ治癒効果の観点からも大きな期待が持たれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2001−54563号公報
【特許文献2】特開2008−114074号公報
【特許文献3】特開2008−264147号公報
【特許文献4】特許第3046099号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、キチン、キトサンまたはこれらの誘導体を原料として含み、目的および用途に合わせて分解速度を容易に制御可能な生体吸収性縫合糸を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の第1側面によると、キチン、キトサンおよびこれらの誘導体から選択される1種または2種以上の成分と前記成分の分解酵素とを含む紡糸原液から紡糸されたモノフィラメントまたはマルチフィラメントから製造される生体吸収性縫合糸であって、前記縫合糸の表面および内部に前記分解酵素が混在していることを特徴とする制御された分解速度を有する生体吸収性縫合糸が提供される。
【発明の効果】
【0012】
本発明によると、キチン、キトサンまたはこれらの誘導体を原料として含み、目的および用途に合わせて分解速度を容易に制御可能な生体吸収性縫合糸を提供することが可能になる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0014】
本発明の生体吸収性縫合糸は、糸を製造する過程において、繊維に該繊維の構成材料を分解する酵素を担持させたことを特徴とする。このような構成とすることで、生体内で分解可能でありながら、縫合時に必要な強度を維持した縫合糸を得ることができる。また、担持させる酵素の種類、量、濃度、活性等を調節することにより、生体内での分解速度を制御することができる。本発明によると、従来の方法と比較して、縫合糸の分解速度を容易に制御することが可能である。
【0015】
本発明の縫合糸は、キチン、キトサンまたはこれらの誘導体(以下、キチン類とも称する)を原料として含むことを特徴とする。キチン、キトサンまたはこれらの誘導体は、1種のみ含まれてもよく、また2種以上含まれてもよい。キチンとは、節足動物、環形動物、軟体動物の有機骨格物質として存在するアミノ多糖類のことであり、ポリ−N−アセチルグルコサミンとも表される。一般的には、これら甲殻類の外骨格等を塩酸などによる酸処理および苛性ソーダ等によるアルカリ処理に供することにより、脱カルシウムおよび脱タンパクされて得られる。本発明に使用するキチンは、一般的に行われている処理条件で製造されたものであり、粉末等の固体状態である。キトサンは、キチンの側鎖をアルカリ加水分解して得られる。
【0016】
キチンの誘導体としては、アシル化キチン、カルボキシル化キチン、リン酸化キチン等を使用することができる。また、キトサンの誘導体としては、アシル化キトサン、カルボキシル化キトサン等を使用することができる。
【0017】
キチン類には、生体親和性が高く、体内に入っても炎症反応が起こりにくいという特性がある。また、創傷治癒促進効果、止血効果等の効果も有する。従って、キチン繊維を縫合糸として使用することにより、生体に対するこのような付加的な効果も期待される。
【0018】
キチン繊維に担持させる分解酵素は、生体内部の体温で活性化されてキチン類を分解可能であり、薬学的に許容可能な酵素であれば特に限定されない。しかし、酵素は通常、50〜60℃以上の温度領域で変性し、その働きを失う。縫合糸の製造段階においては、処理温度がこの温度領域を超える場合がある。縫合糸を構成するフィラメントの製造に用いる紡糸原液は粘度が高いため、40〜90℃の温度で凝固、延伸、および乾燥を行うことが生産性と品質の安定性の観点から望ましいためである。そのため、本発明で使用する分解酵素は、90℃においても失活せずに安定している耐熱性酵素であることが好ましい。
【0019】
耐熱性酵素とは、高温条件(70〜100℃)においても失活することなくその働きを維持し、常温付近においても長期保存安定性に優れた酵素を意味する。従って、このような耐熱性酵素を用いることにより、縫合糸の製造過程で高温処理を行う場合であっても本発明の生体吸収性縫合糸の機能を維持することができる。また、製品として常温で保管する際に保管安定性に優れた縫合糸を得ることができ、製品を冷却保存する必要がないため、縫合糸としての使い勝手が極めて良好となる。
【0020】
キチンおよびその誘導体を分解可能な酵素の例として、キチナーゼが挙げられる。上述した理由により、耐熱性キチナーゼであることが好ましい。例えば、パイロコッカス・フリオサス(Pyrococcus furiosus)由来の耐熱性キチナーゼ等を使用することができる。キトサンおよびその誘導体を構成材料とする縫合糸の場合には、前記酵素として、キトサナーゼを使用することができる。
【0021】
以下、縫合糸に分解酵素を担持させる方法について説明する。
【0022】
第1の実施形態において、分解酵素の担持は、キチン類およびその分解酵素を含む紡糸原液からフィラメントを紡糸することにより行われる。このように得られたフィラメントから縫合糸を製造することにより、表面および内部に分解酵素が混在した縫合糸が得られる。前記フィラメントは、モノフィラメントであってもマルチフィラメントであってもよい。
【0023】
紡糸は、一般的な湿式紡糸により行うことができる。湿式紡糸は、紡糸原液を凝固液中に吐出することにより繊維を得る方法である。キチン、キトサンまたはこれらの誘導体を、それぞれ適切な混合割合とした公知の混合溶媒中に溶解し、ろ過および脱泡処理を行い、得られた透明な高粘度溶液を紡糸原液とする。キチン類は、溶媒に対して5〜10重量%の量で溶解することが好ましい。前記混合溶媒は、一般的に使用されるものであれば限定されないが、例えば、ジメチルアセトアミドと塩化リチウムとの混合溶液、N−メチルピロリドンと塩化リチウムとの混合溶液、トリクロル酢酸とハロゲン化炭化水素との混合溶液等を使用することができる。このようにして得られた紡糸原液に、予め、キチン、キトサンまたはこれらの誘導体の分解酵素を混合しておく。分解酵素は、紡糸原液に対して活性単位が0.0001〜10U/gとなるように添加することが好ましい。
【0024】
ここで、酵素の活性単位について説明する。1Uは、1分間に1μmolのN−アセチルグルコサミンまたはグルコサミンを遊離する酵素活性とする。酵素活性の測定方法を以下に説明する。
【0025】
基質溶液:キチン粉末またはキトサン粉末を0.5重量%となるように200mM酢酸緩衝液(pH5.6)に添加し、懸濁させる。
【0026】
酵素溶液:活性測定の対象となる酵素を、0.8mg/mlとなるように蒸留水に溶解する。
【0027】
測定プロトコル:
(1)試験管内で、基質溶液1mlを、37℃で5〜10分間プレインキュベートする。
【0028】
(2)次いで、試験管内に酵素溶液0.2mlを添加し、37℃で1時間、穏やかな浸とう条件下でインキュベートする。
【0029】
(3)これを氷冷した後、1000μlのDMAB(パラジメチルアミノベンズアルデヒド)試薬を加え、37℃で20分間加熱した後、585nmでの吸光度を測定することにより還元末端の増加を測定し、N−アセチルグルコサミンまたはグルコサミンの遊離量を定量する。なお、DMAB試薬は、10N塩酸を12.5重量%含む酢酸100mlにDMABを10g加えたものであり、使用直前に酢酸で10倍に希釈して用いる。得られたN−アセチルグルコサミンまたはグルコサミンの遊離量から酵素活性を算出する。
【0030】
分解酵素の混合方法は、ホモミキサー等の公知の混合機を用いればよく、バッチ混合でも連続混合でもよい。
【0031】
続いて、ギアポンプ等の定量輸送装置を用いて、前記紡糸原液の定量を紡糸口金に輸送し、紡糸口金から一定速度で紡糸原液を凝固液中に押し出して延伸することによりフィラメントを製造する。得られたフィラメントはリールに巻き取り、マルチフィラメントの場合はさらに編み上げる。前記凝固液は、キチン類の非溶剤であればよく、水が一般的によく用いられる。分解酵素の混合は、紡糸原液を紡糸口金まで輸送する間に行ってもよい。
【0032】
紡糸原液中に混合する分解酵素の量、濃度、および活性を調節することにより、縫合糸に担持させる分解酵素の量、濃度、および活性を調節することができる。従って、上記担持方法によれば、縫合糸の分解速度を容易に制御することが可能になる。一般的に、縫合糸に担持させる分解酵素の量、濃度、および活性が高いほど、縫合糸の分解速度は速くなる。
【0033】
第2の実施形態において、分解酵素の担持は、キチン類を含む紡糸原液から紡糸されたフィラメントの表面に、分解酵素を含む被覆剤を塗布することにより行う。被覆剤を塗布したフィラメントから縫合糸を製造することにより、少なくとも表面に分解酵素が塗布された縫合糸が得られる。
【0034】
フィラメントの紡糸方法は、上記第1の実施形態において述べた通りである。上記第1の実施形態のように予め分解酵素を混合した紡糸原液からフィラメントを紡糸し、得られたフィラメントの表面にさらに分解酵素を含む被覆剤を塗布してもよい。あるいは、分解酵素は、紡糸原液中には混合せず、フィラメントの表面に塗布するのみであってもよい。
【0035】
フィラメントの表面への被覆剤の塗布は、得られたフィラメントを巻き上げる過程、あるいは一度巻き上げたフィラメントを巻き戻しする過程で行うことができる。塗布方法は、フィラメントを被覆剤に浸漬することで塗布しても、ロールコーター等の公知の塗布機械を用いて塗布してもよい。被覆剤をフィラメントに塗布した後に、必要に応じて前記被覆剤中の溶剤を乾燥除去してもよい。
【0036】
被覆剤としては、例えば、分解酵素を添加した基剤に溶剤を添加して粘性を調整した溶液型塗布剤、あるいは分解酵素、基剤および種々の溶剤よりなるエマルジョン型またはゲル状の塗布剤を使用することができる。塗布剤の構成要素である基剤は、皮膚刺激性等、生体に対する有害作用のないものであればいかなるものであってもよい。例えば、ワセリン、流動パラフィン、シリコーン、動植物油脂類等の疎水性基剤やラノリン、ステアリルアルコール、セタノール、プロピレングリコール、ポリプロピレングリコール等の親水性基剤を単体あるいは混合して使用することができる。この際、必要に応じて界面活性剤、抗菌剤、増粘剤、溶剤等を添加してもよい。
【0037】
分解酵素は、被覆剤に対して活性単位が0.001〜100U/gとなるように添加することが好ましい。被覆剤中に添加する分解酵素の量、濃度、および活性を調節することにより、縫合糸に担持させる分解酵素の量、濃度、および活性を調節することができる。従って、上記担持方法によれば、縫合糸の分解速度を容易に制御することが可能になる。一般的に、縫合糸に担持させる分解酵素の量、濃度、および活性が高いほど、縫合糸の分解速度は速くなる。また、被覆剤の基剤として疎水性基材を用いた場合、縫合糸の分解速度を遅くする効果がある。一方、親水性基剤を用いた場合は、その親水度が高いほど分解速度を速める効果がある。
【0038】
第3の実施形態において、分解酵素の担持は、キチン類を含む紡糸原液から紡糸されたフィラメントの表面に、分解酵素を付着させることにより行う。分解酵素を付着させたフィラメントから縫合糸を製造することにより、少なくとも表面に分解酵素が付着した縫合糸が得られる。
【0039】
フィラメントの紡糸方法は、上記第1の実施形態において述べた通りである。第1の実施形態のように予め分解酵素を混合した紡糸原液からフィラメントを紡糸し、得られたフィラメントの表面にさらに分解酵素を付着させてもよい。あるいは、分解酵素は、紡糸原液中には混合せず、フィラメントの表面に付着させるのみであってもよい。
【0040】
フィラメントの表面への分解酵素の付着は、得られたフィラメントを巻き上げる過程、あるいは一度巻き上げたフィラメントを巻き戻しする過程で行うことができる。分解酵素の付着は、酵素の溶液、酵素を吸着させた固体が分散しているディスパージョン液、または酵素水溶液を分散させたw/o型エマルジョンにフィラメントを含浸させた後、溶媒を乾燥除去することによって行うことができる。含浸方法は、連続式であってもバッチ式であってもよい。
【0041】
分解酵素は、フィラメントを含浸させる溶液等に対して活性単位が0.0001〜100U/gとなるように添加することが好ましい。この場合も、前記第2の実施形態と同様に、添加する分解酵素の量、濃度、および活性を調節することにより、縫合糸の分解速度を容易に制御することが可能になる。
【0042】
生体親和性に優れた吸収性縫合糸において、手術部位が治癒するまでに必要とされる糸の強度と、治癒した時点で必要とされる糸の強度は、縫合部位および目的によってそれぞれ異なる。従って、縫合部位等に応じて縫合糸の強度および分解速度をそれぞれ調整する必要がある。また、手術の作業性を改善するためには、糸の剛性、結束性等を最適に調整する必要もある。
【0043】
そのため、本発明の生体吸収性縫合糸は、キチン、キトサンまたはこれらの誘導体から作られる繊維と、生体吸収性合成高分子繊維および/または天然高分子由来の生体吸収性繊維(キチン、キトサンまたはこれらの誘導体から作られる繊維を除く)とを複合したマルチフィラメント(以下、混繊糸とも称する)であってもよい。縫合部位によって要求される縫合糸の特性は異なるが、混繊糸とすることによって、縫合部位に合わせて最適な特性(強度、分解速度等)を有する縫合糸を得ることができる。このような混繊糸において、キチン、キトサンまたはこれらの誘導体を原料とする繊維は、1種のみ含まれてもよく、また2種以上含まれてもよい。
【0044】
前記生体吸収性合成高分子繊維は、生体吸収性があればいかなる繊維であってもよい。例えば、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリpジオキサノン、Lラクチド/グリコール酸共重合体、Lラクチド/εカプロラクトン共重合体、グリコリド/εカプロラクトン共重合体、グリコリド/トリメチレンカーボネート共重合体等が挙げられる。前記天然高分子由来の生体吸収性繊維としては、例えば、ゼラチン、グリコサミノグリカン、カラギナン等の繊維が挙げられる。
【0045】
混繊糸の製造は、成分の異なる2種以上の紡糸原液を紡糸口金で混合し、同時に紡糸することにより行ってもよく、それぞれ異なるフィラメントとして紡糸した後に撚りあわせてもよい。
【0046】
このように混繊糸とする場合も、分解酵素の担持方法は上記と同様である。混繊糸の場合、キチン類を分解する酵素のみを担持させてもよいが、縫合糸を構成する他の繊維材料を分解する酵素をさらに担持させてもよい。キチン類を分解する酵素のみを担持させた場合、他の繊維に比べてキチン繊維を先に分解することができるため、縫合糸に占めるキチン繊維の割合によっても縫合糸の分解速度を制御することが可能である。
【0047】
本発明によると、縫合糸に担持させる酵素の量等を変化させることにより、縫合糸の分解速度を制御することができる。本発明によると、縫合する部位、目的等に合わせて、所望の速度で分解される生体吸収性縫合糸を得ることができる。従来は、分解速度を速めるために縫合糸の構成材料の重合度を下げる等の手段が取られていたが、本発明では重合度を下げる必要はない。重合度を下げると、糸の強度が弱くなるという問題が生じる。しかし、本発明では糸の構成材料の重合度を下げる必要なく分解速度を制御することが可能であるため、縫合時に必要とされる強度を有する縫合糸が得られる。また、本発明によると、容易な方法で分解速度を制御することができる。
【実施例】
【0048】
以下、本発明の実施例を詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は、以下の実施例に限定されない。
【0049】
<比較例1>
8重量%の塩化リチウムを含むジメチルアセトアミド溶液にキチン粉末(甲陽ケミカル株式会社製)を8重量%溶解した溶液を調製した。この溶液を濾過、減圧脱泡して紡糸原液とした。上記紡糸原液をギアポンプで定量輸送し、紡糸口金(0.07mmφ、50孔数)から凝固浴中(60℃温水)に押出した。押出されたキチン繊維を5m/minの速度で巻き取った。巻き取られたキチン繊維を熱水で処理、洗浄した。得られたキチン繊維は単糸繊度が2.0dtex であった。得られたキチン繊維の単糸50本を一束として、3束を合わせて編み上げたものを縫合糸一本とした。
【0050】
縫合糸一本(長さ200mm)を37℃の浸漬液に5分間浸漬し、洗浄および乾燥後に縫合糸の引張強度の経時的変化を測定した。引張強度の測定には、テンシロンRTF−1325を使用した。なお、浸漬液の組成は蒸留水9mlに1Mトリス塩酸緩衝液(pH7.5)1mlを加えたものとした。
【0051】
引張強度の測定結果を以下の表1に示す。
【表1】

【0052】
上記の結果、比較例1の縫合糸の分解速度は緩慢であることが分かった。引張強度は時間経過と共に次第に低下するものの、低下速度を制御することは困難であると判断できた。
【0053】
<実施例1>
(縫合糸A)
比較例1のキチン粉末を比較例1と同一の溶液に8重量%溶解した溶液14gに、活性単位101U/mlの耐熱性キチナーゼ(株式会社耐熱性酵素研究所製)を0.25μL添加し混合した。この酵素入りキチン溶液を濾過、減圧脱泡したものを紡糸原液とした。この紡糸原液を用いて比較例1と同様に紡糸し、単糸繊度が2.0dtexのキチン繊維を得た。得られたキチン繊維の単糸50本を一束として、3束を合わせて編み上げたものを縫合糸一本とした。
(縫合糸B)
耐熱性キチナーゼ(株式会社耐熱性酵素研究所製)の添加量が25μLであることを除き、縫合糸Aと同様に作製した。
【0054】
上記のようにして得られた縫合糸AおよびB(それぞれ長さ200mm)を、比較例1と同一組成の浸漬液200μLに37℃で5分間浸漬し、洗浄、乾燥後、引張強度の経時的変化を測定した。引張強度の測定方法は、比較例1と同様とした。
【0055】
縫合糸AおよびBの引張強度の測定結果を以下の表2に示す。
【表2】

【0056】
上記結果より、分解酵素を担持させた縫合糸は、表面および内部に混在させる酵素の量を変化させることによって引張強度の経時変化率も変化することが分かった。従って、担持させる分解酵素の量を調節することにより、縫合糸の分解速度を制御できると言える。
【0057】
<実施例2>
(縫合糸C)
フィラメント収束油剤(竹本油脂株式会社製)とエタノールを重量比で1:2に混合した混合液4.5mlに、活性単位101U/mlの耐熱性キチナーゼ(株式会社耐熱性酵素研究所製)を0.25μL添加混合し、被覆溶液とした。この被覆溶液に、比較例1で得られた縫合糸1本(長さ200mm)を5分間浸漬し、エタノールを風乾した。
(縫合糸D)
耐熱性キチナーゼ(株式会社耐熱性酵素研究所製)の添加量が25μLであることを除き、縫合糸Cと同様に作製した。
【0058】
上記のようにして得られた縫合糸CおよびD(それぞれ長さ200mm)を、比較例1と同一組成の浸漬液200μLに37℃で5分間浸漬し、洗浄、乾燥後、引張強度の経時的変化を測定した。引張強度の測定方法は、比較例1と同様とした。
【0059】
縫合糸CおよびDの引張強度の測定結果を以下の表3に示す。
【表3】

【0060】
分解酵素を含有する被覆剤を塗布した縫合糸は、被覆剤中に含まれる酵素の量を変化させることによって引張強度の経時変化率も変化することが分かった。従って、被覆剤中の分解酵素の量を調節することにより、縫合糸の分解速度を制御できると言える。
【0061】
<実施例3>
(縫合糸E)
比較例1と同一組成の浸漬液4.5mlに、活性単位101U/mlの耐熱性キチナーゼ(株式会社耐熱性酵素研究所製)を0.25μL添加し混合した。得られた溶液に、比較例1で得られた縫合糸1本(長さ200mm)を5分間浸漬し、水を風乾した。
(縫合糸F)
耐熱性キチナーゼ(株式会社耐熱性酵素研究所製)の添加量が25μLであることを除き、縫合糸Eと同様に作製した。
【0062】
上記のようにして得られた縫合糸EおよびF(それぞれ長さ200mm)を、比較例1と同一組成の浸漬液200μLに37℃で5分間浸漬し、洗浄、乾燥後、引張強度の経時的変化を測定した。引張強度の測定方法は、比較例1と同様とした。
【0063】
縫合糸EおよびFの引張強度の測定結果を以下の表4に示す。
【表4】

【0064】
分解酵素を表面に付着させた縫合糸は、付着させる酵素の量を変化させることによって引張強度の経時変化率も変化することが分かった。従って、付着させる分解酵素の量を調節することにより、縫合糸の分解速度を制御できると言える。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
キチン、キトサンおよびこれらの誘導体から選択される1種または2種以上の成分と前記成分の分解酵素とを含む紡糸原液から紡糸されたモノフィラメントまたはマルチフィラメントから製造される生体吸収性縫合糸であって、前記縫合糸の表面および内部に前記分解酵素が混在していることを特徴とする制御された分解速度を有する生体吸収性縫合糸。
【請求項2】
キチン、キトサンおよびこれらの誘導体から選択される1種または2種以上の成分を含む紡糸原液から紡糸されたモノフィラメントまたはマルチフィラメントの表面に、前記成分の分解酵素を含む被覆剤を塗布してなる繊維から製造される生体吸収性縫合糸であって、前記縫合糸の少なくとも表面に前記分解酵素が塗布されていることを特徴とする制御された分解速度を有する生体吸収性縫合糸。
【請求項3】
キチン、キトサンおよびこれらの誘導体から選択される1種または2種以上の成分を含む紡糸原液から紡糸されたモノフィラメントまたはマルチフィラメントの表面に、前記成分の分解酵素を付着してなる繊維から製造される生体吸収性縫合糸であって、前記縫合糸の少なくとも表面に前記分解酵素が付着していることを特徴とする制御された分解速度を有する生体吸収性縫合糸。
【請求項4】
前記分解酵素が耐熱性酵素であることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項に記載の生体吸収性縫合糸。
【請求項5】
前記生体吸収性縫合糸は、キチン、キトサンおよびこれらの誘導体から選択される1種または2種以上の成分を含む繊維と、生体吸収性合成高分子繊維および/または天然高分子由来の生体吸収性繊維(キチン、キトサンおよびこれらの誘導体から選択される1種または2種以上の成分を含む繊維を除く)とを複合したマルチフィラメント糸であることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか1項に記載の生体吸収性縫合糸。