生分解性試験方法及びフラーレンファイバー含有医用材料
【課題】各種材料の高等動物体内における生分解性を、動物実験を行うことなく簡単に確認、推定する。
【解決手段】材料と高等動物などから由来する細胞あるいは組織を長期間共培養し、材料の形状変化や培養液中の材料成分濃度を測定することにより、高等動物の体内に意図的、非意図的に入った材料の分解の可能性について議論することを可能にした。特に、微細孔を持つメンブレンを通した培養液交換や細胞溶解処理、洗浄作業を行うことにより、培養液交換や洗浄液を回収する際、分解されていない材料まで同時に回収してしまうことがないので、操作性、信頼性が向上する。
【解決手段】材料と高等動物などから由来する細胞あるいは組織を長期間共培養し、材料の形状変化や培養液中の材料成分濃度を測定することにより、高等動物の体内に意図的、非意図的に入った材料の分解の可能性について議論することを可能にした。特に、微細孔を持つメンブレンを通した培養液交換や細胞溶解処理、洗浄作業を行うことにより、培養液交換や洗浄液を回収する際、分解されていない材料まで同時に回収してしまうことがないので、操作性、信頼性が向上する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は高等動物等の体内における材料の生分解性を簡単に確認あるいは推定することができる生分解性試験方法に関する。
【背景技術】
【0002】
科学技術の発達に伴い、多くの新規な材料が創製されてきている。これらの材料はこれまで見られなかった有用な性質を有している可能性があるため、その応用が大いに期待される。
【0003】
しかしながら、新規な材料は、他方では人間を含む高等動物へ予想もされなかった悪影響を与える恐れもある。たとえば一旦人体内に取り込まれると殆ど排出も分解もされることなく残留し続けるきわめて微小な物質が長期間にわたって人体に刺激を与えることで悪性腫瘍その他の重大な疾病を引き起こす可能性のあることは、塵肺あるいはアスベストが原因の肺癌及び中皮腫などでよく知られている。このように、たとえ意識的に摂取あるいは注射や外科手術などのその他の手段で取り込まなくとも、各種の材料が人体内に取り込まれることはありえるため、多様な新規材料について十分な安全性の確認を行うことが望まれる。
【0004】
従って、材料の生分解性を明らかにすることは、環境に優しい持続可能な開発を行う上で重要である。特に、その安全性については哺乳類をはじめとする高等動物の体内における分解を確認する必要がある。しかし、これまで生分解性試験としてJIS、ISOに定められた土壌埋設試験や水系生分解試験が行われてきたが、これらは微生物による分解に特化したものであり、高等動物についての簡易的な試験は行われていない。動物実験は時間と費用を要するだけではなく、特に高等動物を使って行う試験は、近年、動物虐待の面から問題視されるようになってきた。これらの多くの問題があることから、動物による試験はできるだけ避けることが望ましい。
【0005】
また、ドラッグデリバリーや再生医療分野において、生分解性を有する材料は有用である。このような分野で使用可能な材料についての生分解性に関する試験を短時間・低コストで行うことも望まれている。
【0006】
更に、これまでフラーレンファイバーの生分解性については明らかになっていなかった。たとえば非特許文献3はラットの肝臓内の脂肪滴に溶解したフラーレンが確認されたことを報告しているが、このようなフラーレンが生分解を受けているかどうかについては何も言及していない。従って、フラーレンファイバーを医用材料として生体内に組み込むなどして生体内部に取り込んだ場合、長期間体内にとどまって炎症や更に重大な障害を引き起こすことが懸念される。このような理由で、従来は生体内部に取り込まれるフラーレンファイバー含有医用材料は存在していなかった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は長期間の動物実験などのような多くの時間と費用を必要としない、高等動物をはじめとした各種細胞を用いた材料の簡易的な生分解性試験方法を提供することである。本発明の別の課題は、生分解性フラーレンファイバーの医用分野等への応用を可能とすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一側面によれば、以下のステップ
(a) 生分解性試験対象の材料、培養液及び前記培養液で培養可能な細胞または生体の組織を、多孔質の膜で隔離された容器に収容する、
(b) 前記培養液を前記容器に補充するとともに前記多孔質の膜を介して前記培養液を排出しながら前記細胞を培養する、及び
(c) 所定期間の培養後、前記容器内に残留した前記材料の分解の進行を測定する
を設けた生分解性試験方法が与えられる。
【0009】
前記分解の進行の測定は前記残留した前記材料または前記材料の分解生成物の大きさ、形状、組成、物性に基づいて行ってよい。
【0010】
また、前記分解の進行の測定の前に、前記細胞を破壊することによって前記細胞内に取り込まれた前記材料を取り出すステップを設けてよい。
【0011】
また、前記分解の進行の測定は、前記細胞内に取り込まれた前記物質を前記細胞の外部から測定してよい。
【0012】
また、前記分解の進行の測定は、前記排出された前記培養液中の成分の測定に基づいて行ってよい。
【0013】
また、前記容器と同一の容器を使用して前記細胞を含まないこと以外は同一の条件で前記した全てのステップを行う対照用試験を行い、前記細胞を含む条件で行われた前記分解の進行の測定の結果と比較するステップを含むようにしてよい。
【0014】
また、前記細胞はマクロファージを使用してよい。
【0015】
本発明のほかの側面によれば、フラーレンファイバーまたはフラーレンシートを含む医用材料が与えられる。
【0016】
前記医用材料は生体の補修材料であってよい。
【0017】
また、前記フラーレンファイバーまたは前記フラーレンシートが生分解性ポリマーに混入されていてよい。
【0018】
また、前記フラーレンファイバーは中空のファイバーであるとともに、中空箇所に薬剤を含んでよい。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、動物実験による生分解性試験の必要性を大きく低減することができる。また、これまで不明であったフラーレンファイバーの生分解性を確認できたことにより、フラーレンファイバーの特性を利用した医用材料を与えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】フラーレンファイバーの合成手順を示す図。
【図2】合成したフラーレンファイバーのSEM写真。
【図3】合成したフラーレンファイバーのサイズ分布を示すグラフであり、(a)は長さ分布を、(b)は直径分布を示す。
【図4】PMA処理後の浮遊細胞数の経時変化を示すグラフ。
【図5】PMA処理後のTHP−1の形態変化を示す顕微鏡写真。
【図6】培養液中のフラーレンファイバーの位相差顕微鏡写真であり、培養液に添加してからそれぞれ(a)は1時間後、(b)は48時間後のフラーレンファイバーの分散状態を示す。
【図7】フラーレンファイバーを取込んだマクロファージの共焦点レーザー顕微鏡写真であり、(a)は横断面図、(b)及び(c)は縦断面図である。核をHoechst 33342(元のカラー写真では青で表示)で、またF−actinをrhodamine−phalloidin(元のカラー写真では赤で表示)で染色して示した。
【図8】フラーレンファイバーを取込んだマクロファージの割合の経時変化を示すグラフ。
【図9】マクロファージ内で分解されているフラーレンファイバーの位相差顕微鏡写真であり、(a)はフラーレンファイバーに曝露して3週間培養したマクロファージを、(b)はフラーレンファイバーが存在しない以外は(a)と同一の条件で培養した比較対象実験におけるマクロファージを示す。
【図10】セルカルチャーインサートを用いたマクロファージ培養装置の構成を示す概略図。
【図11】マクロファージに曝露した直後と、曝露28日後のフラーレンファイバーの長さ分布を示すグラフであり、(a)は比較対照用のマクロファージを含まない培養液に曝露した直後、(b)はマクロファージを含む培養液に曝露した直後、(c)はマクロファージを含まない培養液に曝露して28日後、(d)はマクロファージを含む培養液に曝露して28日後の分布である。
【図12】短いフラーレンファイバー(長さ3μm未満)の割合を示すグラフであり、横軸において、1は比較対照用のマクロファージを含まない培養液に曝露した直後、2はマクロファージを含む培養液に曝露した直後、3はマクロファージを含まない培養液に曝露して28日後、4はマクロファージを含む培養液に曝露して28日後のものである。
【図13】曝露から28日後のフラーレンファイバーのSEM写真であり、(a)は比較対照用のマクロファージを含まない培養液に曝露して28日後、(b)はマクロファージを含む培養液に曝露して28日後のものである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明では、材料と高等動物などから由来する細胞あるいは組織を長期間共培養し、材料の形状変化や培養液中の材料成分濃度を測定することにより、高等動物の体内に意図的、非意図的に入った材料の分解の可能性について議論することを可能にした。特に、微細孔を持つメンブレン(膜)を通した培養液交換や細胞溶解処理、洗浄作業を行うことにより、培養液交換や洗浄液を回収する際、分解されていない材料まで同時に回収してしまうことがないので、操作性、信頼性が向上する。
【0022】
なお、以下の実施例では生分解性の試験のために単球から誘導されたマクロファージを使用したが、本発明はこれに限らず、生分解性確認対象の任意の細胞あるいは組織を使用して実施することができる。また、培養に使用する機器類の仕様、培養の期間やその他の共培養条件は必要に応じて任意に選択・設定することができる。
【0023】
また、これまでは生分解性が明らかになっていなかったフラーレンファイバー(中心部までフラーレンが存在するファイバーはフラーレンウィスカーあるいはフラーレンロッド、中空のものはフラーレンチューブと呼ぶこともある)について、十分な生分解性のあることを確認することができた。また、フラーレンシートなどもフラーレンファイバーと同様な結合形態を持っているので、これもフラーレンファイバーと同様な生分解性を有することが期待できる。このため、フラーレンファイバーあるいはそれと同様な結合形態を持つフラーレンシートなどを医用材料として生体内に組み込んでも、それが長期間体内に留まることによって炎症などを誘発する恐れがなくなったので、これらを生体内に組み込む医用材料の成分として使用する新規な用途を開拓することができた。そのような用途としては、これに限定されるものではなく単なる例示として挙げれば、生分解性ポリマーなどの母相中にフラーレンファイバーを分散させることによって強度を増した生体の補修材、中空のフラーレンファイバー内部に薬剤を入れた薬剤の生分解性キャリアなどがある。
【0024】
なお、本願で言う「フラーレンファイバー」とは、単にフラーレンからなるファイバーのみを指すものではなく、フラーレン誘導体を含むファイバーも包含する概念である。
【実施例】
【0025】
以下の実施例では、先ずフラーレンファイバーを合成し、そのフラーレンファイバーが生分解性を有するか否かを試験した。なお、以下の実験ではC60フラーレンを使用したが、他のフラーレンを使用しても同じ結果が得られることが期待できる。
【0026】
[1.フラーレンファイバーの合成]
フラーレンファイバーの合成方法は特許文献1、非特許文献1などですでに知られている事項である。以下の実施例では非特許文献1に基づいて以下のようにしてフラーレンファイバーを作製した。
【0027】
本合成の手順を図1に示す。すなわち、C60フラーレン(99.5%、MTR、アメリカ)を飽和したトルエン(特級、99.5%、和光純薬工業(株))溶液に、2−プロパノール(特級、99.7%、和光純薬工業(株))を同量加え、混合し、15℃で15分間、静置した。これをフィルター(孔径0.8μm、(有)桐山製作所)濾過し、残渣を自然乾燥して、図2に示すフラーレンファイバーを得た。フラーレンファイバーの長さ分布は光学顕微鏡(ECLIPSE ME、(株)ニコンインストルメンツカンパニ−)、直径分布はSEM(JSM−6700、日本電子(株))を用いて測定した。この測定結果を図3に示す。
【0028】
[2.単球の培養]
上述のようにして合成されたフラーレンファイバーの生分解性を試験するため、細胞内にフラーレンファイバーを取り込ませ、その中で分解が行われるかどうかを確認した。本実施例では細胞としてマクロファージを使用した。そのため、先ず単球を培養した。得られた単球を処理することでマクロファージを誘導した。単球の培養は以下のようにして行った。
【0029】
単球としてTHP−1(ATCC、アメリカ)を用いた。単球の培養液として、抗生物質(ペニシリン100units/mL、ストレプトマイシン100μg/mL、ナカライテスク(株))と10%の不活化した牛胎児血清(JRH Biosciences、アメリカ)の入ったRPMI1640(Invitrogen、アメリカ)を用いた。単球は、37℃、二酸化炭素濃度5%に調整された培養器を用いて、培養液1mL中の生細胞数が2×105個になるように、3、4日おきに継代した(本願では、特に注記しない限り、細胞数は培養液1mL中の個数で示す)。
【0030】
[3.マクロファージの誘導]
THP−1をホルボール 12−ミリステート 13−アセテート(PMA、和光純薬工業(株))で処理したものをマクロファージとした。PMAの処理濃度と時間は、浮遊細胞数の変化と、位相差顕微鏡(DMIL−HC、Leica Microsystems、ドイツ)による細胞の形態観察により決めた。すなわち、PMA処理することにより、球状の浮遊細胞である単球が伸長、偽足形成した接着細胞であるマクロファージに分化する性質を利用した。図4に示す通り、10nMと100nMの濃度のPMAで処理すると、浮遊細胞数は徐々に減り、処理24時間後には、90%以上が接着細胞になった。一方、PMA処理していないコントロールでは、72時間後に浮遊細胞数は5倍になり、1nMでの処理では、わずかに接着細胞は確認されたが、浮遊細胞数は2倍に増えた。
【0031】
また、図5の顕微鏡写真から判るように、10nMでPMA処理すると、細胞の形態は徐々に変化した。24時間処理したところ、10nMと100nMの間では、浮遊細胞数と形態には差異は見られなかった。PMAは毒性があるため、できるだけ低濃度で使用することが好ましい。そこで、10nMで24時間PMA処理を行った細胞をこの後で行う試験で使用するマクロファージとして採用した。
【0032】
[4.フラーレンファイバーの曝露]
フラーレンファイバーを培養液に懸濁し、濃度1mg/mLのフラーレンファイバー懸濁液を調整した。フラーレンファイバー懸濁液は超音波処理により分散させた後、フラーレンファイバーの培養液中濃度が10μg/mLになるように、フラーレンファイバー懸濁液をマクロファージに曝露した。培養液中におけるフラーレンファイバーの分散状態を確認するため、同様にして培養液にフラーレンファイバー懸濁液を添加したところ、フラーレンファイバーは図6の位相差顕微鏡写真に示す通り、フラーレンファイバーの分散状態は48時間経過した後(図6(b))と1時間後(図6(a))との間で変化が見られず、培養液中で良好な分散状態を維持した。
【0033】
[5.マクロファージによるフラーレンファイバーの貪食]
35mm培養皿(Greiner Bio−One、ドイツ)に入れたカバーガラス(Thermo Fisher Scientific、アメリカ)上で2mLの培養液中の細胞数2×105個のTHP−1をPMAでマクロファージに分化誘導した。マクロファージにフラーレンファイバーを曝露し、1、3、6、12、24、48時間後に、細胞を4%paraformaldehyde(武藤化学(株))で固定し、rhodamine−phalloidin(Sigma−Aldrich、アメリカ)、Hoechst 33342(和光純薬工業(株))で染色した。染色したマクロファージを共焦点レーザー顕微鏡で観察し、フラーレンファイバーの取込みの有無を調べた。図7にフラーレンファイバーを取込んだマクロファージの共焦点レーザー顕微鏡写真を示す。図7(a)において、矢印で「Cell」と示された物体は細胞であり、また「C60NW」はC60フラーレンファイバーである。図7の(a)〜(c)より、このC60フラーレンファイバーは細胞内部に取り込まれていることがわかる。図8のグラフに示す通り、フラーレンファイバーを取込んだマクロファージの割合は時間とともに増え、曝露48時間後には7割以上のマクロファージがフラーレンファイバーを取込んだことが確認できた。
【0034】
[6.マクロファージによるフラーレンファイバーの分解評価]
6.1 位相差顕微鏡による観察
35mm培養皿で2mLの培養液中の細胞数2×105個のTHP−1をPMAでマクロファージに分化誘導した。マクロファージにフラーレンファイバーを曝露し、培養液を新鮮な培養液に半量ずつ毎日交換しながら、位相差顕微鏡でマクロファージとフラーレンファイバーを観察した。曝露3週後に撮影した、フラーレンファイバーを内部に取り込んだマクロファージの位相差顕微鏡写真を図9に示す。同図(a)中に写っているフラーレンファイバーに曝露して3週間培養したマクロファージを(b)中のフラーレンファイバーが存在しない状態で培養したマクロファージと比較すると、(a)のマクロファージではその内部の左下側にフラーレンファイバーが取り込まれているのが見える。しかし、ここに見えるフラーレンファイバーは、図6、図7等に見える鋭い形状とは異なり、境界がぼけている。これにより、マクロファージ内のフラーレンファイバーは3週間後には分解が進んでいることが、形状の点から確認できた。
【0035】
6.2 フラーレンファイバーの長さ変化
上に示したように、フラーレンファイバーはマクロファージに貪食され、分解されることから、フラーレンファイバーは生体内で分解してフラーレン分子になると考えられる。この分解を更に確認し、また定量化するため、概略を図10に示す培養装置を使用して、セルカルチャーインサート(孔径0.4μm、Millipore、アメリカ)内で1×105個のTHP−1をPMAでマクロファージに分化誘導し、フラーレンファイバーを曝露した。ここで使用したセルカルチャーインサート等は市販されているものであるので特に詳しくは説明しないが、詳細はたとえば非特許文献2を参照されたい。なお、非特許文献2に掲載されているようなセルカルチャーインサートとは異なった形状等を有する器具を使用することもできる。また、実験を行うために使用する器具類の多くのパラメータ、例えば上述の孔径は、生分解を行う細胞あるいは組織、生分解対象の材料やその分解生成物の大きさその他の性質等の多くの要因に基づいて適宜選択することができる。
【0036】
図10の培養装置を使用し、毎日、6ウェルプレート(Greiner Bio−One、ドイツ)から培養液を0.5mL抜き取った後、セルカルチャーインサート内に新鮮な培養液を0.5mL加えた。対照実験として同一の培養装置を別に準備し、そのセルカルチャーインサート内のマクロファージを含まない培養液にフラーレンファイバーを曝露し、同様に培養液を交換した。より詳しく説明すれば、図10に示すように、古い培養液はマクロファージが存在しているセルカルチャーインサート内から直接抜き取るのではなく、マクロファージから孔径0.4μmの多孔性PET(ポリエチレンテレフタレート)膜を隔てた外部から抜き出す。これにより、培養液の交換時に試験系からフラーレンファイバーを取り込んだマクロファージあるいは取り込まれずに培養液中に分散しているフラーレンファイバーを同時に抜き出してしまうことが防止されるので、フラーレンファイバー生分解過程の定量的評価が容易になる。なお、生分解性試験対象の材料が分解されてできる物質が非常に微細であったり培養液に溶解するなど、膜の孔を通過する可能性がある場合には、上述のようにして抜き取られた古い培養液の成分分析を行うなどにより、分解速度などを測定することもできる。状況によっては、古い培養液を分析するだけで、所望精度で生分解性の確認、推定を行うことも可能である。
【0037】
フラーレンファイバーを曝露した直後、並びに28日後に、マクロファージを4mLのPBSバッファーで2回洗浄した後、200μg/mLのproteinase Kを4mL加え、50℃で3時間、酵素処理により細胞を溶かした。セルカルチャーインサート内に残ったフラーレンファイバーを4mLの超純水で2回洗い、光学顕微鏡下で個々のファイバーの長さを測定した結果を図11に示す。同図において、(a)は比較対照用のマクロファージを含まない培養液に曝露した直後、(b)はマクロファージを含む培養液に曝露した直後、(c)はマクロファージを含まない培養液に曝露して28日後、(d)はマクロファージを含む培養液に曝露して28日後のファイバー長分布である。
【0038】
図11の通り、マクロファージと28日間共培養したフラーレンファイバーの長さ分布(図11(d))のみ、短い方向へシフトした。特に、対照実験と比較して、3μm以下の長さのフラーレンファイバーの割合が増えた。この傾向を更に明確化するため、図12に短いフラーレンファイバー(長さ3μm未満)の割合を表すグラフを示す。このグラフの横軸において、結果1は比較対照用のマクロファージを含まない培養液に曝露した直後、結果2はマクロファージを含む培養液に曝露した直後、結果3はマクロファージを含まない培養液に曝露して28日後、結果4はマクロファージを含む培養液に曝露して28日後のものである。ここでも、結果4の場合だけが結果1〜3に比べて際立って短いフラーレンファイバーの比率が高いことがわかる。
【0039】
この測定結果を以下で評価する。
【0040】
曝露直後の結果2に比べて28日経過後の結果4の比率が上がっている事実は、結果2に対応する測定の時点では長いフラーレンファイバーのカテゴリーに属していたフラーレンファイバーが短くなり、それによりその一部が短いフラーレンファイバーのカテゴリーに移ったと解釈するのが一番合理的である。
【0041】
一方、マクロファージが存在しないことを除けば同一の条件であった結果3は比率に変化がないことを示している一方、結果4は短いものの比率が増えている。これより、フラーレンファイバーを短くした原因は実験条件中のこの唯一の違いであるマクロファージであり、マクロファージによる生分解によってフラーレンファイバーが短くなったと判断することができる。
【0042】
更に、図11に示される長さ分布変化、曝露後の経過日数、及び非常に短くなってしまったフラーレンファイバーはファイバーとして計数されないことになる、などの要素を考慮すれば、フラーレンファイバーの長さ変化率を求めることができる。
【0043】
6.3 フラーレンファイバーの形態変化
6.2項で長さ分布を測定した結果3(マクロファージ無しで28日間)と結果4(マクロファージ入りで28日間)に対応するフラーレンファイバーをセルカルチャーインサート上で白金蒸着し、SEMで形状観察した結果を図13の(a)と(b)に夫々示す。同図に示す通り、(a)の対照実験ではフラーレンファイバーに形状変化は確認されなかったが、細胞と28日間共培養したものである(b)ではセルカルチャーインサート上に粒状結晶が観察された。粒状結晶は対照実験においては確認されなかったことや、酵素処理後、フラーレンファイバーを多量の水で洗ったことから、この粒状結晶はPBSバッファーや培養液の成分ではなく、フラーレンファイバーが細胞内で溶解し、再結晶化したものと考えられる。
【0044】
6.4 小括
マクロファージ内で分解されたフラーレンファイバーが観察されたこと、マクロファージと共培養したフラーレンファイバーの長さ分布が短い方向にシフトしたこと、共培養後にフラーレンの粒状結晶が観察されたことから、フラーレンファイバーはマクロファージによって分解され、フラーレン分子になることが明らかになった。
【0045】
[7.まとめ]
フラーレンファイバーはマクロファージに貪食され、分解されることから、生体内では分解し、フラーレン分子になると考えられる。上の実験は生体において通常予期されるよりもきわめて濃度の高いフラーレンファイバー密度で行ったものであり、このような厳しい条件化でも生分解が比較的短期間で進行することから、フラーレンファイバーは生体内に長期間残留することがでず、従って長期残留による各種疾病の危険性もまた低いと評価することができる。
【0046】
なお、上で行った実験ではフラーレンファイバーがマクロファージの内部に取り込まれて分解されたが、生分解の態様はこれに限定されるものではない。生分解対象の材料の成分、形状、大きさ等、あるいは生分解を行う細胞や組織によっては、当該材料を取り込むのではなく、例えば、細胞が表面に付着、接触して分解したり、あるいは直接接触しなくとも細胞外に分解物質を分泌することにより非接触状態で分解を行うこともある。本発明はこのような場合も包含することに注意されたい。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明によれば、動物実験を行わなくても材料の生分解性を確認できる試験方法が提供されるので、低コストかつ短期間、また倫理的にも問題のない生分解性試験を行うことができる。また、フラーレンファイバーの生分解性を確認することができたので、その医用分野への応用が可能となった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0048】
【特許文献1】特開2003−1600
【非特許文献】
【0049】
【非特許文献1】S. Nudejima, K. Miyazawa, J Okuda−Shimazaki and A. Taniguchi, Journal of Physics: Conference Series, 159 (2009) 012008. 1−6
【非特許文献2】日本ミリポア株式会社、Millicellシリーズ セルカルチャーインサート&プレート(カタログ)1−6
【非特許文献3】N. Gharbi, M. Pressac, M. Hadchouel, H. Szwarc, S. R. Wilson and F. Moussa, Nano Letters, 5 (2005) 2578−2585
【技術分野】
【0001】
本発明は高等動物等の体内における材料の生分解性を簡単に確認あるいは推定することができる生分解性試験方法に関する。
【背景技術】
【0002】
科学技術の発達に伴い、多くの新規な材料が創製されてきている。これらの材料はこれまで見られなかった有用な性質を有している可能性があるため、その応用が大いに期待される。
【0003】
しかしながら、新規な材料は、他方では人間を含む高等動物へ予想もされなかった悪影響を与える恐れもある。たとえば一旦人体内に取り込まれると殆ど排出も分解もされることなく残留し続けるきわめて微小な物質が長期間にわたって人体に刺激を与えることで悪性腫瘍その他の重大な疾病を引き起こす可能性のあることは、塵肺あるいはアスベストが原因の肺癌及び中皮腫などでよく知られている。このように、たとえ意識的に摂取あるいは注射や外科手術などのその他の手段で取り込まなくとも、各種の材料が人体内に取り込まれることはありえるため、多様な新規材料について十分な安全性の確認を行うことが望まれる。
【0004】
従って、材料の生分解性を明らかにすることは、環境に優しい持続可能な開発を行う上で重要である。特に、その安全性については哺乳類をはじめとする高等動物の体内における分解を確認する必要がある。しかし、これまで生分解性試験としてJIS、ISOに定められた土壌埋設試験や水系生分解試験が行われてきたが、これらは微生物による分解に特化したものであり、高等動物についての簡易的な試験は行われていない。動物実験は時間と費用を要するだけではなく、特に高等動物を使って行う試験は、近年、動物虐待の面から問題視されるようになってきた。これらの多くの問題があることから、動物による試験はできるだけ避けることが望ましい。
【0005】
また、ドラッグデリバリーや再生医療分野において、生分解性を有する材料は有用である。このような分野で使用可能な材料についての生分解性に関する試験を短時間・低コストで行うことも望まれている。
【0006】
更に、これまでフラーレンファイバーの生分解性については明らかになっていなかった。たとえば非特許文献3はラットの肝臓内の脂肪滴に溶解したフラーレンが確認されたことを報告しているが、このようなフラーレンが生分解を受けているかどうかについては何も言及していない。従って、フラーレンファイバーを医用材料として生体内に組み込むなどして生体内部に取り込んだ場合、長期間体内にとどまって炎症や更に重大な障害を引き起こすことが懸念される。このような理由で、従来は生体内部に取り込まれるフラーレンファイバー含有医用材料は存在していなかった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は長期間の動物実験などのような多くの時間と費用を必要としない、高等動物をはじめとした各種細胞を用いた材料の簡易的な生分解性試験方法を提供することである。本発明の別の課題は、生分解性フラーレンファイバーの医用分野等への応用を可能とすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一側面によれば、以下のステップ
(a) 生分解性試験対象の材料、培養液及び前記培養液で培養可能な細胞または生体の組織を、多孔質の膜で隔離された容器に収容する、
(b) 前記培養液を前記容器に補充するとともに前記多孔質の膜を介して前記培養液を排出しながら前記細胞を培養する、及び
(c) 所定期間の培養後、前記容器内に残留した前記材料の分解の進行を測定する
を設けた生分解性試験方法が与えられる。
【0009】
前記分解の進行の測定は前記残留した前記材料または前記材料の分解生成物の大きさ、形状、組成、物性に基づいて行ってよい。
【0010】
また、前記分解の進行の測定の前に、前記細胞を破壊することによって前記細胞内に取り込まれた前記材料を取り出すステップを設けてよい。
【0011】
また、前記分解の進行の測定は、前記細胞内に取り込まれた前記物質を前記細胞の外部から測定してよい。
【0012】
また、前記分解の進行の測定は、前記排出された前記培養液中の成分の測定に基づいて行ってよい。
【0013】
また、前記容器と同一の容器を使用して前記細胞を含まないこと以外は同一の条件で前記した全てのステップを行う対照用試験を行い、前記細胞を含む条件で行われた前記分解の進行の測定の結果と比較するステップを含むようにしてよい。
【0014】
また、前記細胞はマクロファージを使用してよい。
【0015】
本発明のほかの側面によれば、フラーレンファイバーまたはフラーレンシートを含む医用材料が与えられる。
【0016】
前記医用材料は生体の補修材料であってよい。
【0017】
また、前記フラーレンファイバーまたは前記フラーレンシートが生分解性ポリマーに混入されていてよい。
【0018】
また、前記フラーレンファイバーは中空のファイバーであるとともに、中空箇所に薬剤を含んでよい。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、動物実験による生分解性試験の必要性を大きく低減することができる。また、これまで不明であったフラーレンファイバーの生分解性を確認できたことにより、フラーレンファイバーの特性を利用した医用材料を与えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】フラーレンファイバーの合成手順を示す図。
【図2】合成したフラーレンファイバーのSEM写真。
【図3】合成したフラーレンファイバーのサイズ分布を示すグラフであり、(a)は長さ分布を、(b)は直径分布を示す。
【図4】PMA処理後の浮遊細胞数の経時変化を示すグラフ。
【図5】PMA処理後のTHP−1の形態変化を示す顕微鏡写真。
【図6】培養液中のフラーレンファイバーの位相差顕微鏡写真であり、培養液に添加してからそれぞれ(a)は1時間後、(b)は48時間後のフラーレンファイバーの分散状態を示す。
【図7】フラーレンファイバーを取込んだマクロファージの共焦点レーザー顕微鏡写真であり、(a)は横断面図、(b)及び(c)は縦断面図である。核をHoechst 33342(元のカラー写真では青で表示)で、またF−actinをrhodamine−phalloidin(元のカラー写真では赤で表示)で染色して示した。
【図8】フラーレンファイバーを取込んだマクロファージの割合の経時変化を示すグラフ。
【図9】マクロファージ内で分解されているフラーレンファイバーの位相差顕微鏡写真であり、(a)はフラーレンファイバーに曝露して3週間培養したマクロファージを、(b)はフラーレンファイバーが存在しない以外は(a)と同一の条件で培養した比較対象実験におけるマクロファージを示す。
【図10】セルカルチャーインサートを用いたマクロファージ培養装置の構成を示す概略図。
【図11】マクロファージに曝露した直後と、曝露28日後のフラーレンファイバーの長さ分布を示すグラフであり、(a)は比較対照用のマクロファージを含まない培養液に曝露した直後、(b)はマクロファージを含む培養液に曝露した直後、(c)はマクロファージを含まない培養液に曝露して28日後、(d)はマクロファージを含む培養液に曝露して28日後の分布である。
【図12】短いフラーレンファイバー(長さ3μm未満)の割合を示すグラフであり、横軸において、1は比較対照用のマクロファージを含まない培養液に曝露した直後、2はマクロファージを含む培養液に曝露した直後、3はマクロファージを含まない培養液に曝露して28日後、4はマクロファージを含む培養液に曝露して28日後のものである。
【図13】曝露から28日後のフラーレンファイバーのSEM写真であり、(a)は比較対照用のマクロファージを含まない培養液に曝露して28日後、(b)はマクロファージを含む培養液に曝露して28日後のものである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明では、材料と高等動物などから由来する細胞あるいは組織を長期間共培養し、材料の形状変化や培養液中の材料成分濃度を測定することにより、高等動物の体内に意図的、非意図的に入った材料の分解の可能性について議論することを可能にした。特に、微細孔を持つメンブレン(膜)を通した培養液交換や細胞溶解処理、洗浄作業を行うことにより、培養液交換や洗浄液を回収する際、分解されていない材料まで同時に回収してしまうことがないので、操作性、信頼性が向上する。
【0022】
なお、以下の実施例では生分解性の試験のために単球から誘導されたマクロファージを使用したが、本発明はこれに限らず、生分解性確認対象の任意の細胞あるいは組織を使用して実施することができる。また、培養に使用する機器類の仕様、培養の期間やその他の共培養条件は必要に応じて任意に選択・設定することができる。
【0023】
また、これまでは生分解性が明らかになっていなかったフラーレンファイバー(中心部までフラーレンが存在するファイバーはフラーレンウィスカーあるいはフラーレンロッド、中空のものはフラーレンチューブと呼ぶこともある)について、十分な生分解性のあることを確認することができた。また、フラーレンシートなどもフラーレンファイバーと同様な結合形態を持っているので、これもフラーレンファイバーと同様な生分解性を有することが期待できる。このため、フラーレンファイバーあるいはそれと同様な結合形態を持つフラーレンシートなどを医用材料として生体内に組み込んでも、それが長期間体内に留まることによって炎症などを誘発する恐れがなくなったので、これらを生体内に組み込む医用材料の成分として使用する新規な用途を開拓することができた。そのような用途としては、これに限定されるものではなく単なる例示として挙げれば、生分解性ポリマーなどの母相中にフラーレンファイバーを分散させることによって強度を増した生体の補修材、中空のフラーレンファイバー内部に薬剤を入れた薬剤の生分解性キャリアなどがある。
【0024】
なお、本願で言う「フラーレンファイバー」とは、単にフラーレンからなるファイバーのみを指すものではなく、フラーレン誘導体を含むファイバーも包含する概念である。
【実施例】
【0025】
以下の実施例では、先ずフラーレンファイバーを合成し、そのフラーレンファイバーが生分解性を有するか否かを試験した。なお、以下の実験ではC60フラーレンを使用したが、他のフラーレンを使用しても同じ結果が得られることが期待できる。
【0026】
[1.フラーレンファイバーの合成]
フラーレンファイバーの合成方法は特許文献1、非特許文献1などですでに知られている事項である。以下の実施例では非特許文献1に基づいて以下のようにしてフラーレンファイバーを作製した。
【0027】
本合成の手順を図1に示す。すなわち、C60フラーレン(99.5%、MTR、アメリカ)を飽和したトルエン(特級、99.5%、和光純薬工業(株))溶液に、2−プロパノール(特級、99.7%、和光純薬工業(株))を同量加え、混合し、15℃で15分間、静置した。これをフィルター(孔径0.8μm、(有)桐山製作所)濾過し、残渣を自然乾燥して、図2に示すフラーレンファイバーを得た。フラーレンファイバーの長さ分布は光学顕微鏡(ECLIPSE ME、(株)ニコンインストルメンツカンパニ−)、直径分布はSEM(JSM−6700、日本電子(株))を用いて測定した。この測定結果を図3に示す。
【0028】
[2.単球の培養]
上述のようにして合成されたフラーレンファイバーの生分解性を試験するため、細胞内にフラーレンファイバーを取り込ませ、その中で分解が行われるかどうかを確認した。本実施例では細胞としてマクロファージを使用した。そのため、先ず単球を培養した。得られた単球を処理することでマクロファージを誘導した。単球の培養は以下のようにして行った。
【0029】
単球としてTHP−1(ATCC、アメリカ)を用いた。単球の培養液として、抗生物質(ペニシリン100units/mL、ストレプトマイシン100μg/mL、ナカライテスク(株))と10%の不活化した牛胎児血清(JRH Biosciences、アメリカ)の入ったRPMI1640(Invitrogen、アメリカ)を用いた。単球は、37℃、二酸化炭素濃度5%に調整された培養器を用いて、培養液1mL中の生細胞数が2×105個になるように、3、4日おきに継代した(本願では、特に注記しない限り、細胞数は培養液1mL中の個数で示す)。
【0030】
[3.マクロファージの誘導]
THP−1をホルボール 12−ミリステート 13−アセテート(PMA、和光純薬工業(株))で処理したものをマクロファージとした。PMAの処理濃度と時間は、浮遊細胞数の変化と、位相差顕微鏡(DMIL−HC、Leica Microsystems、ドイツ)による細胞の形態観察により決めた。すなわち、PMA処理することにより、球状の浮遊細胞である単球が伸長、偽足形成した接着細胞であるマクロファージに分化する性質を利用した。図4に示す通り、10nMと100nMの濃度のPMAで処理すると、浮遊細胞数は徐々に減り、処理24時間後には、90%以上が接着細胞になった。一方、PMA処理していないコントロールでは、72時間後に浮遊細胞数は5倍になり、1nMでの処理では、わずかに接着細胞は確認されたが、浮遊細胞数は2倍に増えた。
【0031】
また、図5の顕微鏡写真から判るように、10nMでPMA処理すると、細胞の形態は徐々に変化した。24時間処理したところ、10nMと100nMの間では、浮遊細胞数と形態には差異は見られなかった。PMAは毒性があるため、できるだけ低濃度で使用することが好ましい。そこで、10nMで24時間PMA処理を行った細胞をこの後で行う試験で使用するマクロファージとして採用した。
【0032】
[4.フラーレンファイバーの曝露]
フラーレンファイバーを培養液に懸濁し、濃度1mg/mLのフラーレンファイバー懸濁液を調整した。フラーレンファイバー懸濁液は超音波処理により分散させた後、フラーレンファイバーの培養液中濃度が10μg/mLになるように、フラーレンファイバー懸濁液をマクロファージに曝露した。培養液中におけるフラーレンファイバーの分散状態を確認するため、同様にして培養液にフラーレンファイバー懸濁液を添加したところ、フラーレンファイバーは図6の位相差顕微鏡写真に示す通り、フラーレンファイバーの分散状態は48時間経過した後(図6(b))と1時間後(図6(a))との間で変化が見られず、培養液中で良好な分散状態を維持した。
【0033】
[5.マクロファージによるフラーレンファイバーの貪食]
35mm培養皿(Greiner Bio−One、ドイツ)に入れたカバーガラス(Thermo Fisher Scientific、アメリカ)上で2mLの培養液中の細胞数2×105個のTHP−1をPMAでマクロファージに分化誘導した。マクロファージにフラーレンファイバーを曝露し、1、3、6、12、24、48時間後に、細胞を4%paraformaldehyde(武藤化学(株))で固定し、rhodamine−phalloidin(Sigma−Aldrich、アメリカ)、Hoechst 33342(和光純薬工業(株))で染色した。染色したマクロファージを共焦点レーザー顕微鏡で観察し、フラーレンファイバーの取込みの有無を調べた。図7にフラーレンファイバーを取込んだマクロファージの共焦点レーザー顕微鏡写真を示す。図7(a)において、矢印で「Cell」と示された物体は細胞であり、また「C60NW」はC60フラーレンファイバーである。図7の(a)〜(c)より、このC60フラーレンファイバーは細胞内部に取り込まれていることがわかる。図8のグラフに示す通り、フラーレンファイバーを取込んだマクロファージの割合は時間とともに増え、曝露48時間後には7割以上のマクロファージがフラーレンファイバーを取込んだことが確認できた。
【0034】
[6.マクロファージによるフラーレンファイバーの分解評価]
6.1 位相差顕微鏡による観察
35mm培養皿で2mLの培養液中の細胞数2×105個のTHP−1をPMAでマクロファージに分化誘導した。マクロファージにフラーレンファイバーを曝露し、培養液を新鮮な培養液に半量ずつ毎日交換しながら、位相差顕微鏡でマクロファージとフラーレンファイバーを観察した。曝露3週後に撮影した、フラーレンファイバーを内部に取り込んだマクロファージの位相差顕微鏡写真を図9に示す。同図(a)中に写っているフラーレンファイバーに曝露して3週間培養したマクロファージを(b)中のフラーレンファイバーが存在しない状態で培養したマクロファージと比較すると、(a)のマクロファージではその内部の左下側にフラーレンファイバーが取り込まれているのが見える。しかし、ここに見えるフラーレンファイバーは、図6、図7等に見える鋭い形状とは異なり、境界がぼけている。これにより、マクロファージ内のフラーレンファイバーは3週間後には分解が進んでいることが、形状の点から確認できた。
【0035】
6.2 フラーレンファイバーの長さ変化
上に示したように、フラーレンファイバーはマクロファージに貪食され、分解されることから、フラーレンファイバーは生体内で分解してフラーレン分子になると考えられる。この分解を更に確認し、また定量化するため、概略を図10に示す培養装置を使用して、セルカルチャーインサート(孔径0.4μm、Millipore、アメリカ)内で1×105個のTHP−1をPMAでマクロファージに分化誘導し、フラーレンファイバーを曝露した。ここで使用したセルカルチャーインサート等は市販されているものであるので特に詳しくは説明しないが、詳細はたとえば非特許文献2を参照されたい。なお、非特許文献2に掲載されているようなセルカルチャーインサートとは異なった形状等を有する器具を使用することもできる。また、実験を行うために使用する器具類の多くのパラメータ、例えば上述の孔径は、生分解を行う細胞あるいは組織、生分解対象の材料やその分解生成物の大きさその他の性質等の多くの要因に基づいて適宜選択することができる。
【0036】
図10の培養装置を使用し、毎日、6ウェルプレート(Greiner Bio−One、ドイツ)から培養液を0.5mL抜き取った後、セルカルチャーインサート内に新鮮な培養液を0.5mL加えた。対照実験として同一の培養装置を別に準備し、そのセルカルチャーインサート内のマクロファージを含まない培養液にフラーレンファイバーを曝露し、同様に培養液を交換した。より詳しく説明すれば、図10に示すように、古い培養液はマクロファージが存在しているセルカルチャーインサート内から直接抜き取るのではなく、マクロファージから孔径0.4μmの多孔性PET(ポリエチレンテレフタレート)膜を隔てた外部から抜き出す。これにより、培養液の交換時に試験系からフラーレンファイバーを取り込んだマクロファージあるいは取り込まれずに培養液中に分散しているフラーレンファイバーを同時に抜き出してしまうことが防止されるので、フラーレンファイバー生分解過程の定量的評価が容易になる。なお、生分解性試験対象の材料が分解されてできる物質が非常に微細であったり培養液に溶解するなど、膜の孔を通過する可能性がある場合には、上述のようにして抜き取られた古い培養液の成分分析を行うなどにより、分解速度などを測定することもできる。状況によっては、古い培養液を分析するだけで、所望精度で生分解性の確認、推定を行うことも可能である。
【0037】
フラーレンファイバーを曝露した直後、並びに28日後に、マクロファージを4mLのPBSバッファーで2回洗浄した後、200μg/mLのproteinase Kを4mL加え、50℃で3時間、酵素処理により細胞を溶かした。セルカルチャーインサート内に残ったフラーレンファイバーを4mLの超純水で2回洗い、光学顕微鏡下で個々のファイバーの長さを測定した結果を図11に示す。同図において、(a)は比較対照用のマクロファージを含まない培養液に曝露した直後、(b)はマクロファージを含む培養液に曝露した直後、(c)はマクロファージを含まない培養液に曝露して28日後、(d)はマクロファージを含む培養液に曝露して28日後のファイバー長分布である。
【0038】
図11の通り、マクロファージと28日間共培養したフラーレンファイバーの長さ分布(図11(d))のみ、短い方向へシフトした。特に、対照実験と比較して、3μm以下の長さのフラーレンファイバーの割合が増えた。この傾向を更に明確化するため、図12に短いフラーレンファイバー(長さ3μm未満)の割合を表すグラフを示す。このグラフの横軸において、結果1は比較対照用のマクロファージを含まない培養液に曝露した直後、結果2はマクロファージを含む培養液に曝露した直後、結果3はマクロファージを含まない培養液に曝露して28日後、結果4はマクロファージを含む培養液に曝露して28日後のものである。ここでも、結果4の場合だけが結果1〜3に比べて際立って短いフラーレンファイバーの比率が高いことがわかる。
【0039】
この測定結果を以下で評価する。
【0040】
曝露直後の結果2に比べて28日経過後の結果4の比率が上がっている事実は、結果2に対応する測定の時点では長いフラーレンファイバーのカテゴリーに属していたフラーレンファイバーが短くなり、それによりその一部が短いフラーレンファイバーのカテゴリーに移ったと解釈するのが一番合理的である。
【0041】
一方、マクロファージが存在しないことを除けば同一の条件であった結果3は比率に変化がないことを示している一方、結果4は短いものの比率が増えている。これより、フラーレンファイバーを短くした原因は実験条件中のこの唯一の違いであるマクロファージであり、マクロファージによる生分解によってフラーレンファイバーが短くなったと判断することができる。
【0042】
更に、図11に示される長さ分布変化、曝露後の経過日数、及び非常に短くなってしまったフラーレンファイバーはファイバーとして計数されないことになる、などの要素を考慮すれば、フラーレンファイバーの長さ変化率を求めることができる。
【0043】
6.3 フラーレンファイバーの形態変化
6.2項で長さ分布を測定した結果3(マクロファージ無しで28日間)と結果4(マクロファージ入りで28日間)に対応するフラーレンファイバーをセルカルチャーインサート上で白金蒸着し、SEMで形状観察した結果を図13の(a)と(b)に夫々示す。同図に示す通り、(a)の対照実験ではフラーレンファイバーに形状変化は確認されなかったが、細胞と28日間共培養したものである(b)ではセルカルチャーインサート上に粒状結晶が観察された。粒状結晶は対照実験においては確認されなかったことや、酵素処理後、フラーレンファイバーを多量の水で洗ったことから、この粒状結晶はPBSバッファーや培養液の成分ではなく、フラーレンファイバーが細胞内で溶解し、再結晶化したものと考えられる。
【0044】
6.4 小括
マクロファージ内で分解されたフラーレンファイバーが観察されたこと、マクロファージと共培養したフラーレンファイバーの長さ分布が短い方向にシフトしたこと、共培養後にフラーレンの粒状結晶が観察されたことから、フラーレンファイバーはマクロファージによって分解され、フラーレン分子になることが明らかになった。
【0045】
[7.まとめ]
フラーレンファイバーはマクロファージに貪食され、分解されることから、生体内では分解し、フラーレン分子になると考えられる。上の実験は生体において通常予期されるよりもきわめて濃度の高いフラーレンファイバー密度で行ったものであり、このような厳しい条件化でも生分解が比較的短期間で進行することから、フラーレンファイバーは生体内に長期間残留することがでず、従って長期残留による各種疾病の危険性もまた低いと評価することができる。
【0046】
なお、上で行った実験ではフラーレンファイバーがマクロファージの内部に取り込まれて分解されたが、生分解の態様はこれに限定されるものではない。生分解対象の材料の成分、形状、大きさ等、あるいは生分解を行う細胞や組織によっては、当該材料を取り込むのではなく、例えば、細胞が表面に付着、接触して分解したり、あるいは直接接触しなくとも細胞外に分解物質を分泌することにより非接触状態で分解を行うこともある。本発明はこのような場合も包含することに注意されたい。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明によれば、動物実験を行わなくても材料の生分解性を確認できる試験方法が提供されるので、低コストかつ短期間、また倫理的にも問題のない生分解性試験を行うことができる。また、フラーレンファイバーの生分解性を確認することができたので、その医用分野への応用が可能となった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0048】
【特許文献1】特開2003−1600
【非特許文献】
【0049】
【非特許文献1】S. Nudejima, K. Miyazawa, J Okuda−Shimazaki and A. Taniguchi, Journal of Physics: Conference Series, 159 (2009) 012008. 1−6
【非特許文献2】日本ミリポア株式会社、Millicellシリーズ セルカルチャーインサート&プレート(カタログ)1−6
【非特許文献3】N. Gharbi, M. Pressac, M. Hadchouel, H. Szwarc, S. R. Wilson and F. Moussa, Nano Letters, 5 (2005) 2578−2585
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下のステップを設けた生分解性試験方法。
(a) 生分解性試験対象の材料、培養液及び前記培養液で培養可能な細胞または生体の組織を、多孔質の膜で隔離された容器に収容する。
(b) 前記培養液を前記容器に補充するとともに前記多孔質の膜を介して前記培養液を排出しながら前記細胞を培養する。
(c) 所定期間の培養後、前記容器内に残留した前記材料の分解の進行を測定する。
【請求項2】
前記分解の進行の測定は前記残留した前記材料または前記材料の分解生成物の大きさ、形状、組成、物性に基づいて行う、請求項1に記載の生分解性試験方法。
【請求項3】
前記分解の進行の測定の前に、前記細胞を破壊することによって前記細胞内に取り込まれた前記材料を取り出すステップを設けた、請求項1または請求項2に記載の生分解性試験方法。
【請求項4】
前記分解の進行の測定は、前記細胞内に取り込まれた前記物質を前記細胞の外部から測定する、請求項1または請求項2に記載の生分解性試験方法。
【請求項5】
前記分解の進行の測定は、前記排出された前記培養液中の成分の測定に基づいて行う、請求項1に記載の生分解性試験方法。
【請求項6】
前記容器と同一の容器を使用して前記細胞を含まないこと以外は同一の条件で前記した全てのステップを行う対照用試験を行い、前記細胞を含む条件で行われた前記分解の進行の測定の結果と比較するステップを含む、請求項1から請求項5の何れかに記載の生分解性試験方法。
【請求項7】
前記細胞はマクロファージを使用する、請求項1から請求項6の何れかに記載の生分解性試験方法。
【請求項8】
フラーレンファイバーまたはフラーレンシートを含む医用材料。
【請求項9】
生体の補修材料である、請求項8に記載の医用材料。
【請求項10】
前記フラーレンファイバーまたは前記フラーレンシートが生分解性ポリマーに混入されている、請求項9に記載の医用材料。
【請求項11】
前記フラーレンファイバーは中空のファイバーであるとともに、中空箇所に薬剤を含む、請求項8に記載の医用材料。
【請求項1】
以下のステップを設けた生分解性試験方法。
(a) 生分解性試験対象の材料、培養液及び前記培養液で培養可能な細胞または生体の組織を、多孔質の膜で隔離された容器に収容する。
(b) 前記培養液を前記容器に補充するとともに前記多孔質の膜を介して前記培養液を排出しながら前記細胞を培養する。
(c) 所定期間の培養後、前記容器内に残留した前記材料の分解の進行を測定する。
【請求項2】
前記分解の進行の測定は前記残留した前記材料または前記材料の分解生成物の大きさ、形状、組成、物性に基づいて行う、請求項1に記載の生分解性試験方法。
【請求項3】
前記分解の進行の測定の前に、前記細胞を破壊することによって前記細胞内に取り込まれた前記材料を取り出すステップを設けた、請求項1または請求項2に記載の生分解性試験方法。
【請求項4】
前記分解の進行の測定は、前記細胞内に取り込まれた前記物質を前記細胞の外部から測定する、請求項1または請求項2に記載の生分解性試験方法。
【請求項5】
前記分解の進行の測定は、前記排出された前記培養液中の成分の測定に基づいて行う、請求項1に記載の生分解性試験方法。
【請求項6】
前記容器と同一の容器を使用して前記細胞を含まないこと以外は同一の条件で前記した全てのステップを行う対照用試験を行い、前記細胞を含む条件で行われた前記分解の進行の測定の結果と比較するステップを含む、請求項1から請求項5の何れかに記載の生分解性試験方法。
【請求項7】
前記細胞はマクロファージを使用する、請求項1から請求項6の何れかに記載の生分解性試験方法。
【請求項8】
フラーレンファイバーまたはフラーレンシートを含む医用材料。
【請求項9】
生体の補修材料である、請求項8に記載の医用材料。
【請求項10】
前記フラーレンファイバーまたは前記フラーレンシートが生分解性ポリマーに混入されている、請求項9に記載の医用材料。
【請求項11】
前記フラーレンファイバーは中空のファイバーであるとともに、中空箇所に薬剤を含む、請求項8に記載の医用材料。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2011−167151(P2011−167151A)
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−35688(P2010−35688)
【出願日】平成22年2月22日(2010.2.22)
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年2月22日(2010.2.22)
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】
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