説明

畝付き炭素繊維織物、その製造方法、及び電極

【課題】 電解液を電極に通液させた時の圧力損失が小さく、厚み方向への通液性が良好で、且つ導電性の良い電極の材料として使用される畝付き炭素繊維織物を提供すること。
【解決手段】 炭素繊維織物主体と、前記炭素繊維織物主体の少なくとも片面に形成された複数の炭素繊維糸からなる畝とを有する畝付き炭素繊維織物であって、畝の間隔が1〜20mm、畝の高さが0.5〜5mmである畝付き炭素繊維織物。好ましくは、目付が200〜2000g/m2、厚みが1〜10mm、畝の長手方向の体積抵抗値が0.1Ω・cm以下、畝の長手方向の強度が150N/cm以上である上記の畝付き炭素繊維織物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電極の材料、特にレドックスフロー型電池に利用される電極の材料として使用される畝付き炭素繊維織物に関する。
【背景技術】
【0002】
昼夜間による電力差の平均化や、非常用電源として、大型の二次電池の開発が活発に進められている。
【0003】
中でも、レドックスフロー型電池は、室温で作動する為、熱源が必要なく、高効率で運転できること、サイクル寿命が1万回以上と長寿命であること、更には、容易に大型化が可能であることから、大型二次電池として期待されている。
【0004】
図5は、レドックスフロー型電池の動作原理を、後述の特許文献3の例に沿って示す概念図である。
【0005】
レドックスフロー型電池52の主要部は、充電/放電反応をする二次電池におけるセル部54と、電解液を貯蔵するタンク部56、58とから構成されている。セル部54では、集電板60、62間の中央部に隔膜64が設置されている。この隔膜64によって2種類の活物質溶液の電解液(送液ポンプ66、68によるそれぞれの流れ方向を矢印X、Yで示す)が隔てられ、相対する二つの電解液流通路:上流側70a、下流側70b;上流側72a、下流側72bが形成されている。電解液流通路70a、b;72a、bそれぞれには炭素製の電極74;76が設けられている。炭素製の電極のうち一方では酸化反応が行われ、もう一方では還元反応が行われることにより、セル部54における充放電が行われる。
【0006】
炭素製の電極の材料としては、ポリアクリロニトリル繊維を耐炎化して得られる原料繊維等を不織布加工し、炭素化して得られるフェルト(特許文献1)や、再生セルロース繊維紡績糸等を織布加工し、炭素化して得られる織布構造体(特許文献2)が提案されている。
【0007】
しかし、特許文献1に記載のフェルトは、フェルト内の空隙が単繊維によって複雑に屈折されている。よって、このフェルトを用いる場合は、電解槽内における電解液の流れ方向(フェルトの面方向)の通液圧力損失が大きいため、送液ポンプの送液圧を上げねばならず、ポンプのエネルギー消費量が大きくなる。その結果、システムとしてのエネルギー効率が低下する問題がある。
【0008】
織布構造体も、構造体内の空隙が紡績糸によって複雑に屈折されている。よって、この織布構造体も、電解槽内における電解液の流れ方向(織布構造体の面方向)の通液圧力損失が大きく、システムとしてのエネルギー効率が低下する問題がある。
【0009】
この問題を解決するために、特許文献2は、太い糸及び細い糸を織布加工することにより、電解槽内における電解液の流れ方向(織布構造体の面方向)の通液圧力損失を小さくする電極を提案している。しかし、この織布構造体では、電極を構成する太い糸及び/又は細い糸が脱落したり目ずれを起こし、更には、所定の大きさに切断する時に形状が安定せず、精度よく切断できない等ハンドリングの悪さの問題が発生する。また、電極として使用した場合、織物両面の凹凸により電極と、隔膜又は集電板との間の接触抵抗が高く、電池の内部抵抗が増大し、これに伴い、導電抵抗による電解質の反応ロスが大きくなる可能性がある。
【0010】
上記問題を解決する為に、炭素繊維前駆体フェルトにフェノール樹脂を含浸させた後、熱プレスなどで溝加工した上で、更に炭素化処理をして得られるフェルトなどが電極として提案されている(特許文献3)。
【0011】
前述のように、図5は、特許文献3の例に沿ってレドックスフロー型電池の動作原理を示す概念図である。
【0012】
図5の電極74中、78は畝の頂部であり、80は溝の底部であり、82は溝から厚み方向に向かうフェルト部分である。同様に、図5の電極76中、84は畝の頂部であり、86は溝の底部であり、88は溝から厚み方向に向かうフェルト部分である。
【0013】
しかし、溝を形成させる為に用いた有機バインダーの炭素化物により、反応場への電解液の移動が阻害され、電池性能が低下するという課題がある。また、フェルトである為、強度が低く、圧力をかけてシステムに組み込んだ場合には、畝部分が潰れ、溝として期待された機能を発揮できなくなる可能性がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特開2001−85021号公報 (特許請求の範囲、段落[0029]、[0047]〜[0048])
【特許文献2】特開昭63−200467号公報 (特許請求の範囲、第3頁左上欄第2行〜第20行、第4頁左下欄第14行〜第5頁左上欄第8行)
【特許文献3】特開2005−158409号公報 (特許請求の範囲、段落[0023]〜[0027])
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は、電解液を電極に通液させた時の圧力損失が小さく、厚み方向への通液性が良好で、且つ導電性の良い電極の材料として使用される畝付き炭素繊維織物、その織物の製造方法、及びその織物からなるレドックスフロー型電池用電極を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者は、上記課題について鋭意検討しているうち、炭素繊維織物主体の少なくとも片面に、炭素繊維糸で畝を形成させることで、蓄電効率の高いレドックスフロー型電池用電極に好適な、畝付き炭素繊維織物を得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0017】
上記目的を達成する本発明は、以下に記載のものである。
【0018】
[1] 炭素繊維織物主体と、前記炭素繊維織物主体の少なくとも片面に形成された複数の炭素繊維糸からなる畝とを有する畝付き炭素繊維織物であって、畝の間隔が1〜20mm、畝の高さが0.5〜5mmである畝付き炭素繊維織物。
【0019】
[2] 畝が、炭素繊維織物主体に畝を縫製した留め糸の残炭で固定されてなる[1]に記載の畝付き炭素繊維織物。
【0020】
[3] 畝が、接着剤の残炭で固定されてなる[1]に記載の畝付き炭素繊維織物。
【0021】
[4] 畝が、炭素繊維糸を織り込んで形成してなる[1]に記載の畝付き炭素繊維織物。
【0022】
[5] 目付が200〜2000g/m2、厚みが1〜10mm、畝の長手方向の体積抵抗値が0.1Ω・cm以下、畝の長手方向の強度が150N/cm以上である[1]に記載の畝付き炭素繊維織物。
【0023】
[6] 繊度60〜2000texの炭素繊維前駆体紡績糸aを製織してなる炭素繊維前駆体織物主体の少なくとも片面に、繊度700〜10000texの炭素繊維前駆体紡績糸bからなる畝を形成してなる畝付き炭素繊維前駆体織物を炭素化する[1]又は[5]に記載の畝付き炭素繊維織物の製造方法。
【0024】
[7] 繊度60〜2000texの炭素繊維前駆体紡績糸aを製織して炭素繊維前駆体織物主体を得た後、炭素繊維前駆体織物主体の少なくとも片面に、畝となる、繊度700〜10000texの炭素繊維前駆体紡績糸bを、繊度60〜2000texの炭素繊維前駆体紡績糸からなる留め糸にて縫製して畝付き炭素繊維前駆体織物を得、前記炭素繊維前駆体織物を炭素化する[1]、[2]及び[5]の何れかに記載の畝付き炭素繊維織物の製造方法。
【0025】
[8] 繊度60〜2000texの炭素繊維前駆体紡績糸aを製織して炭素繊維前駆体織物主体を得た後、炭素繊維前駆体織物主体の少なくとも片面に、畝となる、繊度700〜10000texの炭素繊維前駆体紡績糸bを、高残炭成分を含む接着剤で接着して畝付き炭素繊維前駆体織物を得、前記炭素繊維前駆体織物を炭素化する[1]、[3]及び[5]の何れかに記載の畝付き炭素繊維織物の製造方法。
【0026】
[9] 畝付き炭素繊維前駆体織物を製織するに際し、繊度60〜2000texの炭素繊維前駆体紡績糸aを第1緯糸として配列させてなる、炭素繊維前駆体織物主体になるべき炭素繊維前駆体紡績糸aの配列体の少なくとも片面に、畝となる繊度700〜10000texの炭素繊維前駆体紡績糸bを所定の間隔で第2緯糸として配列させ、第1緯糸と第2緯糸を炭素繊維前駆体紡績糸からなる経糸で製織して一体化させてなる畝付き炭素繊維前駆体織物を得、前記炭素繊維前駆体織物を炭素化する[1]、[4]及び[5]の何れかに記載の畝付き炭素繊維織物の製造方法。
【0027】
[10] [1]乃至[5]の何れかに記載の畝付き炭素繊維織物からなる電極。
【発明の効果】
【0028】
本発明の畝付き炭素繊維織物によれば、畝間の溝として電解液の流路が形成されている為、この炭素繊維織物からなる電極に電解液を高流速で流通させた時の流通ムラが小さい。また、本発明の畝付き炭素繊維織物は、その製造工程において炭素繊維前駆体織物への樹脂含浸をせず、熱プレスなどでの溝加工もしていないので、溝から厚み方向に向かう部分も、畝から厚み方向に向かう部分も、厚み方向への電解液の流通性が良く、且つ導電性が良い為、電極の材料として好適に使用できる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明の畝付き炭素繊維織物の一例を示す概念図であって、炭素繊維織物の表面に直交する面に沿った断面図である。
【図2】本発明の畝付き炭素繊維織物の製造方法に原料として用いる畝付き炭素繊維前駆体織物の一例を示す概念図であって、炭素繊維前駆体織物の表面に直交する面に沿った断面図である。
【図3】本発明の畝付き炭素繊維織物の製造方法に原料として用いる畝付き炭素繊維前駆体織物の他の例を示す概念図であって、炭素繊維前駆体織物の表面に直交する面に沿った断面図である。
【図4】本発明の畝付き炭素繊維織物の製造方法に原料として用いる畝付き炭素繊維前駆体織物の更に他の例を示す概念図であって、炭素繊維前駆体織物の表面に直交する面に沿った断面図である。
【図5】レドックスフロー型電池の動作原理を示す概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、本発明を図1に沿って詳細に説明する。
【0031】
図1は、本発明の畝付き炭素繊維織物の一例を示す概念図であって、炭素繊維織物の表面に直交する面に沿った断面図である。
【0032】
図1の例において、2は畝付き炭素繊維織物であり、主要部として、炭素繊維織物主体4と、その片面に形成された畝6とを有する。畝6を形成することで、その隣り合った畝6間の間隙が溝8を形成し、この溝8が電解液の流路として働く。また、畝6自体も炭素繊維から構成されている為、電極として機能し、反応可能な有効面積を低下させることがない。
【0033】
畝の間隔(w)即ち溝の幅は1〜20mmであり、好ましくは1〜10mmである。畝の間隔(w)が1mm未満の場合には、通液圧力損失が高く、好ましくない。畝の間隔(w)が20mmを超えると電極としてセルに圧接する際に、畝と畝の間の織物主体が、畝間に垂れ込み、畝の間隔(w)即ち溝の幅や、畝の高さ(h)即ち溝の深さを保持できず、通液圧力損失が高くなるため、好ましくない。
【0034】
畝の高さ(h)は、0.5〜5mmである。畝の高さ(h)が0.5mm未満の場合は、畝の高さ(h)が十分でないため、通液圧力損失が高くなり、好ましくない。畝の高さ(h)が5mmを超える場合は、畝を形成させる炭素繊維前駆体紡績糸の加工が難しいため、好ましくない。畝の高さ(h)は、畝を形成させる紡績糸の繊度を変えることで調整できる。
【0035】
畝付き炭素繊維織物の目付は、200〜2000g/m2が好ましく、200〜1500g/m2がより好ましい。目付が200g/m2未満の場合は、電極としての有効面積が小さくなり、また炭素繊維織物を構成する炭素繊維同士の接触面積が小さくなるため電気抵抗が増加し、結果として電池効率が低下する傾向がある。目付が2000g/m2を超える場合には、電池システムが大きくなりすぎる為、好ましくない。
【0036】
本発明において畝付き炭素繊維織物の厚みは、畝のない部分の織物の厚み[織物主体の厚み(tb)]などのように特に限定する場合を除き、畝のある部分の織物の厚み(t)を指す。織物の厚み(t)は、0.5〜10mmが好ましく、1〜5mmがより好ましい。織物の厚み(t)が0.5mm未満の場合は、強度が低くなる傾向があり、また、電極としての有効反応面積が小さくなり電池の効率が低下する傾向がある。織物の厚み(t)が10mmを超えると、織物を形成することが難しくなる傾向がある。
【0037】
畝のない部分即ち溝の部分の織物の厚み[織物主体の厚み(tb)]は、0.5〜5mmであることが好ましい。織物主体の厚み(tb)が0.5mm未満の場合は、強度が低くなる傾向がある。織物主体の厚み(tb)が5mmを超えると、通液圧力損失が大きくなる傾向がある。
【0038】
畝の長手方向における炭素繊維織物の体積抵抗率は、0.1Ω・cm以下が好ましい。体積抵抗率が0.1Ω・cmを超えると、電池の内部抵抗が増大するに伴い、電解質の反応ロスが大きくなり、電池の効率が低下する傾向がある。下限は特に制限しないが、一般的に0.01Ω・cm以上である。
【0039】
畝の長手方向における炭素繊維織物の強度は、150N/cm以上が好ましい。150N/cm未満の強度が低い場合は、加工時に破損する等、好ましくない。
【0040】
炭素繊維織物の炭素含有率は93%以上が好ましく、95%以上がより好ましい。炭素含有率が93%未満の場合は、電気抵抗が高く、電解質の反応ロスが大きくなる為、電池効率が低下する傾向がある。
【0041】
炭素繊維織物主体を構成する炭素繊維の単繊維直径は5〜20μmであることが好ましく、6〜15μmがより好ましい。炭素繊維の単繊維直径が5μm未満の場合は、単繊維直径が細すぎて、カード工程などの加工性が悪く、また糸切れが起こりやすいため、炭素繊維シートから炭素繊維が脱落しやすくなる可能性がある。炭素繊維の単繊維直径が20μmを超える場合は、繊維間の接触面積が低下して、電気抵抗値が上昇して燃料電池出力が低下しやすくなる。また、炭素化後の繊維が剛直で脆い為、炭素繊維微粉末が多量に発生しやすくなる可能性がある。
【0042】
炭素繊維織物主体の形態としては、特に指定されるものではないが、例えば、平織、綾織等などがある。また、本発明で言う織物には、例えば、トリコット、ラッセル、パール編、レース編などの編物も含まれる。
【0043】
なお、レドックスフロー型電池に畝付き炭素繊維織物を取り付けるに当たっては、炭素繊維織物主体の片面のみに畝を形成させる場合、隔膜近傍の反応面では、均一に電解質の反応を促進させる必要があることから、畝を形成させた面は、集電板に接触させることが好ましい。
【0044】
[炭素繊維織物の製造方法]
本発明の畝付き炭素繊維織物は、その物性が上記範囲内にあれば、製造方法は特に限定されるものではなく、何れの方法で製造した畝付き炭素繊維織物でも良い。例えば、繊度60〜2000texの炭素繊維前駆体紡績糸aを製織してなる炭素繊維前駆体織物主体の少なくとも片面に、繊度700〜10000texの炭素繊維前駆体紡績糸bからなる畝を形成してなる畝付き炭素繊維前駆体織物を炭素化することによって得られる。
【0045】
畝付き炭素繊維前駆体織物は、例えば、以下の方法により得られる。
【0046】
(A) 炭素繊維前駆体紡績糸aを製織して炭素繊維前駆体織物主体を得た後、炭素繊維前駆体織物主体の少なくとも片面に、畝となる炭素繊維前駆体紡績糸bを、炭素繊維前駆体紡績糸などにより作製した留め糸にて縫製する方法。
【0047】
(B) 炭素繊維前駆体紡績糸aを製織して炭素繊維前駆体織物主体を得た後、炭素繊維前駆体織物主体の少なくとも片面に、畝となる炭素繊維前駆体紡績糸bを、フェノール樹脂などの高残炭成分を含む接着剤で接着する方法。
【0048】
(C) 畝付き炭素繊維前駆体織物を製織するに際し、繊度60〜2000texの炭素繊維前駆体紡績糸aを第1緯糸として配列させてなる、炭素繊維前駆体織物主体になるべき炭素繊維前駆体紡績糸aの配列体の少なくとも片面に、畝になるべき繊度700〜10000texの炭素繊維前駆体紡績糸bを所定の間隔で第2緯糸として配列させ、第1緯糸と第2緯糸を炭素繊維前駆体紡績糸からなる経糸で製織して一体化させる方法。
【0049】
上記の畝の形成方法(A)〜(C)の中でも、製織時に畝になるべき紡績糸bを第2緯糸として打ち込む方法[方法(C)]が、製織工程と畝の形成工程を同一の工程で行えることから、生産性が良く好ましい。
【0050】
図2は、方法(A)によって得られる畝付き炭素繊維前駆体織物12を示す概念図であって、炭素繊維前駆体織物14の表面に直交する面に沿った断面図である。
【0051】
図3は、方法(B)によって得られる畝付き炭素繊維前駆体織物22を示す概念図であって、炭素繊維前駆体織物24の表面に直交する面に沿った断面図である。
【0052】
図4は、方法(C)によって得られる畝付き炭素繊維前駆体織物32を示す概念図であって、炭素繊維前駆体織物34の表面に直交する面に沿った断面図である。
【0053】
図2〜4に示されるように、畝付き炭素繊維前駆体織物12、22、32は何れも、炭素繊維前駆体紡績糸aからなる炭素繊維前駆体織物主体14、24、34と、炭素繊維前駆体紡績糸bからなる畝16、26、36とを主要部とする同様の構造を有するので、以下、畝付き炭素繊維前駆体織物の製造方法を代表して方法(A)について説明する。
【0054】
本炭素繊維織物の製造原料としては、ポリアクリロニトリル(PAN)系酸化繊維、ピッチ系酸化繊維、レーヨン繊維、セルロース等の炭素繊維前駆体繊維や、PAN系炭素繊維、ピッチ系炭素繊維、気相成長炭素繊維、リグニンを原料とした炭素繊維、フェノール樹脂を原料とするガラス状炭素繊維などの炭素繊維が挙げられる。更には、従来公知の何れの酸化繊維、炭素繊維であってもよい。なお、本発明において用いる炭素繊維前駆体繊維のうちの酸化繊維とは、PAN系、ピッチ系繊維等の原料繊維を空気中で200〜400℃で酸化処理することによって得られる繊維である。
【0055】
酸化繊維の密度は特に限定されるものではないが、1.35〜1.45g/cm3であることが好ましい。酸化繊維の密度が1.35g/cm3未満の場合は、炭素化時の収縮が大きく、工程が不安定になり易い傾向がある。酸化繊維の密度が1.45g/cm3を超える場合は、繊維が脆く、紡績加工時に脱落が多く、加工性が低下する傾向にある。
【0056】
炭素繊維前駆体繊維の繊度は、0.5〜3.5dtexであることが好ましく、1.0〜3.2dtexがより好ましい。炭素繊維前駆体繊維の繊度が0.5dtex未満の場合は、開繊性が悪く、均質な混合が難しい。炭素繊維前駆体繊維の繊度が3.5dtexを超える場合は、強度の高い紡績糸が得られない。
【0057】
本発明の炭素繊維前駆体織物に用いる炭素繊維前駆体紡績糸a、bとしては、繊維長が30〜75mm、クリンプ数4〜20ヶ/2.54cm、クリンプ率4〜20%のステープルファイバーを用い、下撚り数150〜1200回/m、上撚り数100〜1000回/mで作製される定長紡績糸や、トウ紡績などにより製造される製織用紡績糸が挙げられる。
【0058】
炭素繊維前駆体織物主体14となる炭素繊維前駆体紡績糸aの繊度は、60〜2000texが好ましい。紡績糸aの繊度が60tex未満の場合は、目標強度が得られない。紡績糸aの繊度が2000texを超える場合は、得られる畝付き炭素繊維織物の通液圧力損失が高くなり、好ましくない。
【0059】
上記の炭素繊維前駆体紡績糸aを用いて製織することにより炭素繊維前駆体織物主体14を得る。製織形態は、平織や綾織など公知の製織形態であれば特に限定されるものではない。打込み本数は、経/緯=5/5(本/2.54cm)〜80/80(本/2.54cm)が好ましい。
【0060】
畝16となる炭素繊維前駆体紡績糸bは、その繊度が700〜10000texであることが好ましい。炭素繊維前駆体紡績糸bの繊度が700tex未満の場合は、得られる畝付き炭素繊維織物の畝の高さ(h)が低く、通液圧力損失が高くなる傾向がある為、好ましくない。炭素繊維前駆体紡績糸bの繊度が10000texを超える場合は、紡績が困難な為、好ましくない。
【0061】
畝16は、図2の例では、炭素繊維前駆体紡績糸aを製織して炭素繊維前駆体織物主体14を得た後、炭素繊維前駆体織物主体14の片面に、畝16となる炭素繊維前駆体紡績糸bを、炭素繊維前駆体紡績糸からなる留め糸18にて縫製する[方法(A)]。留め糸18の繊度は、60〜2000texが好ましい。留め糸18の縫製は、炭素繊維前駆体紡績糸bの長さ方向に沿って0.5〜10ヶ/cmが好ましい。縫製は公知の方法による。
【0062】
図3の例の場合は、畝26は、炭素繊維前駆体紡績糸aを製織して炭素繊維前駆体織物主体24を得た後、炭素繊維前駆体織物主体24の片面に、畝26となる炭素繊維前駆体紡績糸bを、フェノール樹脂などの高残炭成分を含む接着剤28で接着する[方法(B)]。
【0063】
図4の例の場合は、炭素繊維前駆体紡績糸aを第1緯糸として配列させて炭素繊維前駆体織物主体34になるべき炭素繊維前駆体紡績糸aの配列体を得た後、炭素繊維前駆体紡績糸aの配列体の片面又は両面(図4の例では片面)に、畝36となる炭素繊維前駆体紡績糸bを所定の間隔で第2緯糸として配列させ、第1緯糸と第2緯糸を経糸の炭素繊維前駆体紡績糸38により、製織して一体化させる[方法(C)]。
【0064】
方法(A)、(B)及び(C)などによって得られる畝付き炭素繊維前駆体織物を炭素化処理することにより、本発明の畝付き炭素繊維織物が得られる。
【0065】
炭素化処理は、炭素繊維前駆体紡績糸織物を不活性雰囲気下、最高温度を1300〜2300℃にして、0.5〜10分間焼成することにより行い、好ましくは、第1炭素化処理と第2炭素化処理との2段階で行う。その場合、第1炭素化処理は、炭素繊維前駆体紡績糸織物を、不活性雰囲気下300〜1000℃で焼成して分解ガスを処理する。第2炭素化処理は、第1炭素化処理された炭素繊維前駆体紡績糸織物を、不活性雰囲気下、最高温度1300〜2300℃、好ましくは1400℃〜2300℃にして0.5〜10分間焼成して行う。
【0066】
炭素化処理時の最高温度が1300℃未満の場合は、得られる炭素繊維紡績糸織物の炭素含有率が93質量%以上にならない。かかる炭素繊維紡績糸織物は、電気伝導性が低く、良好な蓄電性能を提供できないため好ましくない。2300℃を超える場合は、炭素繊維紡績糸織物が剛直となって、強度が低下し、更には、炭素微粉末が発生する等の不具合が生ずる為、好ましくない。
【0067】
本発明の畝付き炭素繊維織物は、例えば、二次電池などの電極の材料として好ましく用いることが出来る。中でも、レドックスフロー型電池用電極として特に好ましく用いることが出来る。本発明の畝付き炭素繊維織物を、レドックスフロー型電池用電極として用いる場合、電解槽内における電解液の流れ方向(織物の面方向)の通液圧力損失が小さいばかりでなく、電極使用時におけるハンドリングも良好である。
【0068】
なお、炭素繊維織物の両面に畝を形成する方法としては、前記A〜Cの方法を両面に行えば良い。
【実施例】
【0069】
以下、実施例により本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。なお、操作条件の評価、各物性の測定は次の方法によった。
【0070】
[畝の間隔、高さ]
畝の長さ方向と直行する方向で裁断し、その断面において、畝の間隔、高さ共にノギスにてn=10で以下の箇所を測定し、その平均値とした。
畝の間隔(w) : 畝端部と隣り合う畝端部の最短距離を間隔とした。
畝の高さ(h) : 畝付き炭素繊維織物の畝付き面を上面として水平な面の上に静置し、畝の突端部と、その畝が、炭素繊維織物と接触する部分の距離を高さとした。
【0071】
[目付]
サンプル20cm角を3枚切り出し、105℃、1時間乾燥した後の重量を、サンプル面積で除したものの平均値とした。
【0072】
[厚み(t)]
シックネスゲージ(6.9kPa)を用い、サンプルの畝部分を測定子の中心に合わせ、測定した値を織物厚みとした。
【0073】
[体積抵抗]
畝方向を長手方向とし、長手方向に6cm、幅方向に3cmのサンプルを切り出した。長手方向の両端側に導電微塗料を塗布して電極を形成した。中間部の5cmには導電微塗料を塗布していない。前記作製した両電極を用いて電気抵抗値を測定し、以下の計算式
体積抵抗(Ω・cm) = 電気抵抗値(Ω) × 断面積(cm2) / 長さ(cm)
で体積抵抗を算出した。
【0074】
[通液圧力損失]
長さ30cm、幅50cm、所定の厚みのスペーサーで形成されたセルスタックを予め用意した。作製された電極の材料としての織物を畝方向長さ20cm×幅方向長さ50cmに切ってセルスタックに設置した。設置に際しては、織物の畝方向両端側の各5cmの空間を設け、これらを通液路とした。測定値とブランク測定値との差を電極の通液圧力損失とした。スペーサー厚みは、織物の厚みとした。
【0075】
[引張破断強度]
溝の長さ方向に2.54cm幅×20cm長さのサンプル5点を採取した。試験速度30mm/分で破断した時の強度の平均値とした。
【0076】
[セル抵抗]
小型電池(フレーム:塩化ビニル製80mm×60mm、電極:30mm×30mm)を組立てた。電極を正電極及び負電極に設置した。隔膜は、陽イオン交換膜を用いた。正極電解液には、2mol/Lのオキシ硫酸バナジウムの3mol/L硫酸水溶液を用い、負極電解液には、2mol/Lの硫酸バナジウムの3mol/L硫酸水溶液を用い、下記の条件で充放電試験を行った。
充放電方法:定電流運転
電流密度 :70mA/cm2
充電終了電圧 :1.55V
放電終了電圧 :1.00V
温度: 25℃
得られた充放電カーブより、セル抵抗を求めて評価を行った。
【0077】
[実施例1〜6](方法Cによって得た畝付き炭素繊維前駆体織物を炭素化)
表1に示す条件で、PAN系酸化繊維(OPF)からなる炭素繊維前駆体紡績糸aを第1緯糸として用い、これを配列させて炭素繊維前駆体織物主体を得た。この第1緯糸に重なるように炭素繊維前駆体紡績糸bを第2緯糸として配列させ、第1緯糸と第2緯糸とを経糸の炭素繊維前駆体紡績糸で平織組織に製織して一体化させることにより、畝付き炭素繊維前駆体織物を製造した。この畝付き炭素繊維前駆体織物を、窒素雰囲気中で、1750℃で2分炭素化することで畝付き炭素繊維織物を得た。
【0078】
[実施例7](方法Cによって得た畝付き炭素繊維前駆体織物を炭素化)
炭素化温度を1300℃とした以外は、実施例1と同条件で、織物を作製した。
【0079】
表1に示すように、実施例1〜7においては、通液圧力損失、セル抵抗が共に低く、良好な結果を示す、炭素繊維織物が得られた。また、織物主体の加工後に、畝を同時に形成させた為、生産性も良好であった。
【0080】
【表1】

【0081】
[実施例8](方法Aによって得た畝付き炭素繊維前駆体織物を炭素化)
表2に示す条件で、PAN系酸化繊維(OPF)からなる炭素繊維前駆体紡績糸aを用い、平織[織密度(打込み本数):経…20本/吋(2.54cm)、緯…20本/吋(2.54cm)]の炭素繊維前駆体織物主体を製造した。その片側の面に畝となるPAN系OPFからなる炭素繊維前駆体紡績糸bを、畝の留め糸として40texの炭素繊維前駆体紡績糸(5mm間隔)で縫製して、畝と炭素繊維前駆体織物主体とを一体化した。その後、窒素雰囲気中で、1750℃で2分炭素化することで畝付き炭素繊維織物を得た。
【0082】
[実施例9](方法Bによって得た畝付き炭素繊維前駆体織物を炭素化)
表2に示す条件で、PAN系酸化繊維(OPF)からなる炭素繊維前駆体紡績糸aを用い、平織[織密度(打込み本数):経…20本/吋(2.54cm)、緯…20本/吋(2.54cm)]の炭素繊維前駆体織物主体を製造した、その片側の面に畝となるPAN系OPFからなる炭素繊維前駆体紡績糸bを、フェノール樹脂で接着し、150℃で10分間加熱しフェノール樹脂を硬化させ、畝と炭素繊維前駆体織物主体とを一体化した。その後、窒素雰囲気中で、1750℃で2分炭素化することで畝付き炭素繊維織物を得た。また、畝を接着剤の炭素化物で固定しているため、織物の柔軟性がやや低下したものの、性能は良好であった。
【0083】
表2に示すように、実施例8〜9においては、通液圧力損失、セル抵抗が共に低く、良好な結果を示す、炭素繊維織物が得られた。
【0084】
【表2】

【0085】
[比較例1]
炭素繊維前駆体織物主体に畝を形成させなかったこと以外は、実施例1と同様に炭素繊維織物を作製した。
【0086】
[比較例2]
畝の間隔(W)を0.8mmとしたこと以外は、実施例1と同様に炭素繊維織物を作製した。
【0087】
[比較例3]
畝の間隔(W)を25mmとしたこと以外は、実施例1と同様に炭素繊維織物を作製した。
【0088】
[比較例4]
畝となる炭素繊維前駆体紡績糸bの繊度を300texと小さくし、畝の高さ(h)を0.3mmと低くした以外は、実施例1と同様に炭素繊維織物を作製した。
【0089】
比較例1〜4の結果は、表2に示すように、比較例1は、畝がない為、通液圧力損失が高い結果となった。比較例2は、畝の間隔が狭く、通液圧力損失が高い結果となった。比較例3は、畝の間隔が広く、体積抵抗、セル抵抗が高い結果となった。比較例4は、畝が低く、通液圧力損失が高い結果となった。
【0090】
【表3】

【符号の説明】
【0091】
2 畝付き炭素繊維織物
4 炭素繊維織物主体
6 炭素繊維織物主体の片面に形成された畝
8 隣り合った畝間の間隙に形成された溝
12、22、32 畝付き炭素繊維前駆体織物
14、24、34 炭素繊維前駆体織物主体
16、26、36 炭素繊維前駆体織物主体の片面に形成された畝
18 留め糸
28 接着剤
38 畝を留める為の炭素繊維紡績糸aからなる経糸
52 レドックスフロー型電池
54 セル部
56、58 タンク部
60、62 集電板
64 隔膜
66、68 送液ポンプ
70a、70b、72a、72b 電解液流通路
74、76 電極
78、84 畝の頂部
80、86 溝の底部
82、88 溝から厚み方向に向かうフェルト部分
h 畝の高さ
t 畝付き炭素繊維織物の厚み
b 炭素繊維織物主体の厚み
w 畝の間隔
X、Y 電解液の流れ方向を示す矢印

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素繊維織物主体と、前記炭素繊維織物主体の少なくとも片面に形成された複数の炭素繊維糸からなる畝とを有する畝付き炭素繊維織物であって、畝の間隔が1〜20mm、畝の高さが0.5〜5mmである畝付き炭素繊維織物。
【請求項2】
畝が、炭素繊維織物主体に畝を縫製した留め糸の残炭で固定されてなる請求項1に記載の畝付き炭素繊維織物。
【請求項3】
畝が、接着剤の残炭で固定されてなる請求項1に記載の畝付き炭素繊維織物。
【請求項4】
畝が、炭素繊維糸を織り込んで形成してなる請求項1に記載の畝付き炭素繊維織物。
【請求項5】
目付が200〜2000g/m2、厚みが1〜10mm、畝の長手方向の体積抵抗値が0.1Ω・cm以下、畝の長手方向の強度が150N/cm以上である請求項1に記載の畝付き炭素繊維織物。
【請求項6】
繊度60〜2000texの炭素繊維前駆体紡績糸aを製織してなる炭素繊維前駆体織物主体の少なくとも片面に、繊度700〜10000texの炭素繊維前駆体紡績糸bからなる畝を形成してなる畝付き炭素繊維前駆体織物を炭素化する請求項1又は5に記載の畝付き炭素繊維織物の製造方法。
【請求項7】
繊度60〜2000texの炭素繊維前駆体紡績糸aを製織して炭素繊維前駆体織物主体を得た後、炭素繊維前駆体織物主体の少なくとも片面に、畝となる、繊度700〜10000texの炭素繊維前駆体紡績糸bを、繊度60〜2000texの炭素繊維前駆体紡績糸からなる留め糸にて縫製して畝付き炭素繊維前駆体織物を得、前記炭素繊維前駆体織物を炭素化する請求項1、2及び5の何れかに記載の畝付き炭素繊維織物の製造方法。
【請求項8】
繊度60〜2000texの炭素繊維前駆体紡績糸aを製織して炭素繊維前駆体織物主体を得た後、炭素繊維前駆体織物主体の少なくとも片面に、畝となる、繊度700〜10000texの炭素繊維前駆体紡績糸bを、高残炭成分を含む接着剤で接着して畝付き炭素繊維前駆体織物を得、前記炭素繊維前駆体織物を炭素化する請求項1、3及び5の何れかに記載の畝付き炭素繊維織物の製造方法。
【請求項9】
畝付き炭素繊維前駆体織物を製織するに際し、繊度60〜2000texの炭素繊維前駆体紡績糸aを第1緯糸として配列させてなる炭素繊維前駆体織物主体の少なくとも片面に、畝となる繊度700〜10000texの炭素繊維前駆体紡績糸bを所定の間隔で第2緯糸として配列させ、第1緯糸と第2緯糸を炭素繊維前駆体紡績糸からなる経糸で製織して一体化させてなる畝付き炭素繊維前駆体織物を得、前記炭素繊維前駆体織物を炭素化する請求項1、4及び5の何れかに記載の畝付き炭素繊維織物の製造方法。
【請求項10】
請求項1乃至5の何れかに記載の畝付き炭素繊維織物からなる電極。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−79462(P2013−79462A)
【公開日】平成25年5月2日(2013.5.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−219819(P2011−219819)
【出願日】平成23年10月4日(2011.10.4)
【出願人】(000003090)東邦テナックス株式会社 (246)
【Fターム(参考)】