説明

発進クラッチの制御方法及び制御装置

【課題】発進クラッチがクリープ制御されている間、ピストンの押圧力を可変制御することにより、発進クラッチの押圧力を大きくすることで車両に伝達するトルクを増大させ、傾斜や段差があってもブレーキ操作のみで駐車が可能となり、路面状態に応じたクリープ力で、運転者の要求にあった車の制御ができる発進クラッチの制御方法及び制御装置を提供する。
【解決手段】車両のトランスミッションとエンジンとの間に配置され、動力を伝達する湿式多板クラッチと、湿式多板クラッチを係合させるために押圧するピストンとを備えた発進クラッチの制御方法であって、発進クラッチがクリープ制御されている間、ピストンの押圧力を可変制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車等の発進装置として用いられる発進クラッチの制御方法及び制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、自動変速機、すなわちAT(オートマチックトランスミッション)において、車両発進はトルクコンバータでのトルク伝達によって行っていた。トルクコンバータはトルク増幅効果もあり、トルク伝達も滑らかであるため多くのAT車両に搭載されていた。
【0003】
一方、トルクコンバータはトルク伝達時の滑り量が多く、あまり効率的ではないという欠点も有している。
【0004】
そこで最近では、トルクコンバータに代えて発進クラッチを用いることが提案されており、またギア比を落とすと共に変速数を増やして低速域でのトルク増幅を図ることも行われている。
【0005】
一般に発進クラッチは、クラッチケース内に収容された湿式多板クラッチを備えている。多板クラッチは、出力側の摩擦係合要素である摩擦板、すなわちフリクションプレート及び入力側の摩擦係合要素であるセパレータプレートが軸方向で交互に配置されている。このような構成で、ピストンにより、フリクションプレートとセパレータプレートとを係合させることで動力の伝達を行っている。
【0006】
この出願の発明に関連する先行技術文献情報としては次のものがある。
【特許文献1】特開2000−320572号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
発進クラッチは優れた性能を有するが、クラッチ解放時には、摩擦係合要素間にクリアランスがあるために車両の発進時、アクセルの踏み込んでも発進クラッチが締結するまでの間に時間差が生じ、空吹かしや締結時のショックが生じ易いという問題を抱えていた。
【0008】
これを解決するため、クリープ制御などの制御方法により発進時の滑らかな締結によるスムーズな走り出しを得ることが試みられてきた。例えば、特許文献1では、発進クラッチの各摩擦係合要素を常時押圧することによりクリープトルクを発生させている。
【0009】
従来の自動変速機付き車両をバックで狭い場所に車庫入れする時、シフトレバーをバックにし、クリープ力をブレーキの踏み具合を調整しながら極低速で駐車すると初心者でも容易に駐車ができる。しかし駐車までの道に傾斜や段差がある場合には、従来のクリープ力では、車は動かず、そのため、アクセルを踏んで後退する必要があり、アクセルの踏み具合と、ブレーキのタイミングが難しいものとなる。
【0010】
従って、本発明の目的は、発進クラッチがクリープ制御されている間、ピストンの押圧力を可変制御することにより、発進クラッチの押圧力を大きくすることで車両に伝達するトルクを増大させ、傾斜や段差があってもブレーキ操作のみで駐車が可能となり、路面状態に応じたクリープ力で、運転者の要求にあった車の制御ができる発進クラッチの制御方法及び制御装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的達成のため、請求項1に記載の発明は、
車両のトランスミッションとエンジンとの間に配置され、動力を伝達する湿式多板クラッチと、湿式多板クラッチを係合させるために押圧するピストンとを備えた発進クラッチの制御方法であって、
発進クラッチがクリープ制御されている間、ピストンの押圧力を可変制御することを特徴とする発進クラッチの制御方法である。
また、上記目的達成のため、請求項6に記載の発明は、
車両のトランスミッションとエンジンとの間に配置され、動力を伝達する湿式多板クラッチと、湿式多板クラッチを係合させるために押圧するピストンとを備え、車両に搭載される発進クラッチの制御装置であって、
発進クラッチがクリープ制御されている間、ピストンの押圧力を可変制御する手段を備えていることを特徴とする発進クラッチの制御装置である。
【発明の効果】
【0012】
本発明の発進クラッチによれば、次のような効果が得られる。
【0013】
発進クラッチのピストンの押圧力を可変制御することにより、運転者の意図するトルクが車輪に伝わり、坂道での駐車操作などの車両の微速走行の操作を容易になる。このため、坂道や段差のある路面での駐車操作が従来に比べ容易にできる。
【0014】
クリープモードの場合、スイッチ操作により発進クラッチの押圧力を運転者の意図に従って制御できる。
【0015】
本明細書において、「クリープ制御」とは、変速機のセレクトレバーが前進モードまたは後退モードでブレーキがOFFの状態でかつアクセル開度0%で車速が所定速度以下の場合において発進クラッチのクリープを制御することである。
【実施例】
【0016】
以下、添付図面を参照して本発明の実施例を詳細に説明する。尚、以下説明する実施例は例示として本発明を示しているに過ぎず、その他の変更が可能なことは言うまでもない。
【0017】
図1は、本発明にかかる発進クラッチの制御方法及び制御装置の実施例を説明するための発進クラッチの軸方向断面図である。発進クラッチ10は、クラッチドラム、すなわちクラッチケース1とその中に収容された湿式多板クラッチ30を備えている。クラッチケース1の内部には湿式多板クラッチ30の出力側の摩擦係合要素であるほぼ環状の摩擦板、すなわちフリクションプレート3と入力側の摩擦係合要素であるほぼ環状のセパレータプレート4とが軸方向で交互に配置されている。クラッチケース1の開口側である軸方向の一端にはほぼ環状のバッキングプレート19が、ほぼ環状の止め輪5によって軸方向において固定状態に支持され、セパレータプレート4を保持している。
【0018】
環状のクラッチケース1は、その外周にドラム部34が設けられている。ドラム部34の内周にはスプライン部39が設けられ、セパレータプレート4が軸方向で摺動自在に係合している。
【0019】
本実施例では、3枚のフリクションプレート3と3枚のセパレータプレート4とで湿式多板クラッチ30を構成しているが、これら入力側及び出力側の摩擦係合要素の枚数は、必要なトルクに応じて任意に変更できることは言うまでもない。また、フリクションプレート3の軸方向の両面には、ほぼ環状の摩擦材35、または複数セグメントに分割された摩擦材35が接着等により固定されている。また、セパレータプレート4に摩擦材35を固着してもよいし、フリクションプレート3とセパレータプレート4のそれぞれの片面に交互に摩擦材35を固着してもよい。
【0020】
図1において、クラッチケース1内であって、クラッチケース1の閉口端側にはピストン8が設けられている。ピストン8は、セパレータプレート4に当接して押圧力を加えるため、クラッチケース1に軸方向摺動自在に嵌合している。
【0021】
ピストン8とクラッチケース1の内面とで、二つのOリングで油密に封止された油圧室31が画成されている。後述の油路から油圧用の油を油圧室31に供給することで、ピストン8の移動を制御することで、摩擦係合要素を押圧するための所定の押圧力を得る。クラッチの解放時に、ピストン8を油圧室31方向へ常時付勢するためのリターンスプリング9が油圧室31と反対側に設けられている。
【0022】
油圧室31に所定の油圧が供給されると、ピストン8は、図中左方向に移動して、バッキングプレート19との間で湿式多板クラッチ30を締結する。
【0023】
湿式多板クラッチ30の摩擦板3には溝(不図示)が形成されており、溝は、摩擦材3の厚さとほぼ等しい深さと3mm以上の周方向幅を有するように形成される。これにより、冷却されにくい発進クラッチ10の締結時にも、冷却効果が向上する。また、本発明によれば、係合中でも冷却されるよう空転中よりは少ない流量で常に潤滑油を流すため、冷却効率が更に向上する。
【0024】
トランスミッションの入力軸16と一体で回転するように入力軸16に嵌合したハブ部材2は、その外周にスプライン部36が設けられている。スプライン部36には、フリクションプレート3が軸方向摺動自在に嵌合している。従って、不図示のクランク軸から入力される動力は、ダンパ装置14(後述)、クラッチケース1、湿式多板クラッチ30、ハブ部材2、入力軸16の経路で不図示のトランスミッションに伝達される。
【0025】
湿式多板クラッチ30のクラッチケース1は、クラッチ締結時の衝撃などを吸収する衝撃緩衝機構であるダンパ装置14が設けられている。ダンパ装置14は、スプリングとスプリングを保持するリテーナプレートとを有する。
【0026】
入力軸16の軸方向一端の外周にはスプラインが設けられ、ハブ部材2がスプライン嵌合している。従って、入力軸16とハブ部材2とは一体状態で回転する。
【0027】
クラッチケース1の開放端には、カバー部材7が設けられている。カバー部材7は、外径縁部が、クラッチケース1のスプライン部39に嵌合している。このため、カバー部材7は、クラッチケース1と共に回転する。カバー部材7は、ハブ部材2との間に狭い潤滑油通路38を画成している。図1から分かるように、カバー部材7を設けることで、ほぼ囲まれたスペースに湿式多板クラッチ30が配置される。
【0028】
ここで、湿式多板クラッチ30を潤滑する潤滑油は、不図示の潤滑油供給源及びオイルポンプ41により、カバー部材7と出力軸16との間に画成された油路40及び潤滑油通路38を介して、クラッチ内部に供給される。
【0029】
ピストン8に加える押圧力は、油圧室31に供給される油圧である。油供給源51から供給される油圧用の油は油圧制御機構52により、所定の油圧を与えられ、出力軸とクラッチケース1の内径部との間に画成された通路32と、クラッチケース1の内径に設けた貫通孔33を通り、油圧室31に入り、ピストン8に所定の押圧力を与える。
【0030】
不図示の車両に設けられたスイッチ53は、運転者が操作することにより、油圧制御機構52を介してピストン8の押圧力を制御できる。後述のように、スイッチ53の操作により、押圧力の可変制御が無段または有段で行われる。
【0031】
また、スイッチ53の操作により、ピストン8の押圧力をゼロから所定押圧力まで無段階または段階的に変化させる。ここで、「所定押圧力」とはエンジンが停止しない程度の押圧力である。スイッチ53は、作動が停止するOFFモードを有しているので、使いたくないときは、機能を停止することができる。
【0032】
スイッチ53は、スイッチの値を変更することにより運転者の意図により押圧力を制御できるものであり、運転者が制御する押圧力が任意の大きさに設定できることが好ましい。前述のようにスイッチ53には、制御をOFFにするOFFモードが設けられ、制御をOFFにした場合には、予め決められた押圧力でのクリープ制御を行う。
【0033】
スイッチ53を設けることで、発進クラッチ10のピストン8の押圧力が可変制御でき、これにより運転者の意図するトルクが車輪に伝わり、坂道での駐車操作などの車両の微速走行の操作を容易になる。このため、坂道や段差のある路面での駐車操作が従来に比べ容易にできる。
【0034】
クリープモードの場合、スイッチ操作により発進クラッチの押圧力を運転者の意図に従って制御できる。
【0035】
ここで、図2及び図4を参照して、ピストン8に与える押圧力の変化を説明する。図2は、ピストン8に加える押圧力とスイッチ53の値との関係を示すグラフであり、スイッチ53の値に対して押圧力が無段階で変化している様子を示している。運転者の任意の操作により、スイッチ53の値が最小から最大まで変化する間、ピストン8に与える押圧力は0(ゼロ)から始まり、強まで無段階で変化する。このとき、強の押圧力が「所定押圧力」に対応する。
【0036】
図3は、ピストン8に加える押圧力とスイッチ53の値との関係を示すグラフであり、スイッチ53の値に対して押圧力が段階的に変化している様子を示している。運転者の任意の操作により、スイッチ53の値が最小から最大まで変化する間、ピストン8に与える押圧力は0(ゼロ)から始まり、強まで段階的に変化している。図2のグラフと同様に、強の押圧力が「所定押圧力」に対応する。
【0037】
図3において、スイッチ53の値によらず、押圧力が一定となる範囲A、B、C、D、Eの各段の大きさは、ここでは一定である。しかしながら、段数を増加したり、段の大きさを異なるものにすることもできる。
【0038】
図4は、本発明の実施例による発進クラッチのクリープ制御までの過程を示すフローチャートである。先ず、ステップS1で車両のシフトレバーが走行レンジ(前進または後退)に入っていることが確認できると、ステップS2に進む。ステップS2で、ブレーキがOFF(ブレーキペダルが踏まれていなくて、パーキングブレーキがOFF)であることが確認できると、ステップS3に進み、アクセルペダルが踏まれていないでエンジン開度がゼロ(すなわち、スロットルがOFF)であることが確認される。
【0039】
スロットルがOFFであることが確認されると、ステップS4に進み、車速が所定速度以下の低速であることが確認する。低速の確認ができると、ステップS5に進み、本発明の実施例であるクリープ制御が行われる。ステップS1からS4までの内容が全て確認できないと、ステップS5へ進まず、スイッチ53は操作できない。ステップS5が実行され、スイッチ53のOFFにより動作が終了すると、スタートに戻る。
【0040】
ステップS1からステップS4までの確認動作は、車両がクリープ状態にあることを確認するものであり、電気的手段などで自動的に行われる。ステップS5のクリープ制御におけるスイッチ53のONは、運転者が手動で行う。しかしながら、ステップS1からステップS4までの確認が取れた場合、ステップS5においてスイッチ53を運転者が切り替えせずに自動的にONに切替るように設定することもできる。この場合、不図示のインジケータなどで、運転者にクリープ制御中であることを知らせることが好ましい。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】図1は、本発明にかかる発進クラッチの制御方法及び制御装置の実施例を説明するための発進クラッチの軸方向断面図である。
【図2】ピストンに加える押圧力とスイッチの値との関係を示すグラフであり、スイッチの値に対して押圧力が無段階で変化している。
【図3】ピストンに加える押圧力とスイッチの値との関係を示すグラフであり、スイッチの値に対して押圧力が段階的に変化している。
【図4】発進クラッチのクリープ制御までの過程を示すフローチャートである。
【符号の説明】
【0042】
1 クラッチケース
2 ハブ部材
3 摩擦板
4 セパレータプレート
8 ピストン
10 発進クラッチ
30 湿式多板クラッチ
12 ハウジング
31 油圧室
51 油供給源
52 油圧制御機構
53 スイッチ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両のトランスミッションとエンジンとの間に配置され、動力を伝達する湿式多板クラッチと、前記湿式多板クラッチを係合させるために押圧するピストンとを備えた発進クラッチの制御方法であって、
前記発進クラッチがクリープ制御されている間、前記ピストンの押圧力を可変制御することを特徴とする発進クラッチの制御方法。
【請求項2】
前記可変制御は、無段または有段で行われることを特徴とする請求項1に記載の発進クラッチの制御方法。
【請求項3】
前記可変制御は、前記ピストンの押圧力をゼロから所定押圧力まで無段階に変化させることを特徴とする請求項1に記載の発進クラッチの制御方法。
【請求項4】
前記可変制御は、前記ピストンの押圧力をゼロから所定押圧力まで段階的に変化させることを特徴とする請求項1に記載の発進クラッチの制御方法。
【請求項5】
前記所定押圧力は、エンジンが停止しない程度の押圧力であることを特徴とする請求項3または5に記載の発進クラッチの制御方法。
【請求項6】
車両のトランスミッションとエンジンとの間に配置され、動力を伝達する湿式多板クラッチと、前記湿式多板クラッチを係合させるために押圧するピストンとを備え、車両に搭載される発進クラッチの制御装置であって、
前記発進クラッチがクリープ制御されている間、前記ピストンの押圧力を可変制御する手段を備えていることを特徴とする発進クラッチの制御装置。
【請求項7】
前記可変制御する手段は、車両に設けられたスイッチであることを特徴とする請求項6に記載の発進クラッチの制御装置。
【請求項8】
前記スイッチは、運転者が手動で操作可能であることを特徴とする請求項7に記載の発進クラッチの制御装置。
【請求項9】
前記スイッチの操作により、前記可変制御が無段または有段で行われることを特徴とする請求項8に記載の発進クラッチの制御装置。
【請求項10】
前記可変制御は、前記スイッチの操作により、前記ピストンの押圧力をゼロから所定押圧力まで無段階に変化させることを特徴とする請求項7に記載の発進クラッチの制御装置。
【請求項11】
前記可変制御は、前記スイッチの操作により、前記ピストンの押圧力をゼロから所定押圧力まで段階的に変化させることを特徴とする請求項7に記載の発進クラッチの制御装置。
【請求項12】
前記所定押圧力は、エンジンが停止しない程度の押圧力であることを特徴とする請求項10または11に記載の発進クラッチの制御装置。
【請求項13】
前記スイッチは、作動が停止するOFFモードを有していることを特徴とする請求項7乃至12のいずれか1項に記載の発進クラッチの制御装置。
【請求項14】
前記ピストンに加える押圧力を油圧により発生する手段を更に備えていることを特徴とする請求項6乃至13のいずれか1項に記載の発進クラッチの制御装置。
【請求項15】
前記ピストンに加える押圧力を機械的に発生する手段を更に備えていることを特徴とする請求項6乃至13のいずれか1項に記載の発進クラッチの制御装置。
【請求項16】
前記押圧力を機械的に発生する手段は、ボールネジとモータを有することを特徴とする請求項15に記載の発進クラッチの制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−298263(P2008−298263A)
【公開日】平成20年12月11日(2008.12.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−148080(P2007−148080)
【出願日】平成19年6月4日(2007.6.4)
【出願人】(000102784)NSKワーナー株式会社 (149)
【Fターム(参考)】