説明

眼鏡レンズの性能評価方法

【課題】屈折力データのみを使用し、量的な判定データとして得ることでレンズを評価できる眼鏡レンズの性能評価方法を提供すること。
【解決手段】度数分布測定装置を使用してレンズの所定の複数の光線の屈折による位置変位をマッピングし、そのマッピングポイントにおける屈折力データを取得する。そして、当該レンズの1つの連続的な領域内に含まれる複数の屈折力データ間の屈折力の差に基づいて当該領域の局所的な変化量を算出する。次いでこの変化量が当該レンズの当該領域において許容される変化量を超えているかどうかを判定し、超えている場合にはそのレンズは不良であると判定する。変化量が大きいほどその領域には通常ではない加工の乱れが生じていることとなるため、定量的に算出される変化量の大きさによって適宜レンズを排除することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は眼鏡レンズについての性能評価方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
眼鏡レンズを加工する際の不具合として「へそ」と呼ばれる突出的な度数ズレが生じることがある。度数ズレとは加工の乱れによって不連続的に屈折力が変化している状態であって、そのようなレンズは不良品であるため、チェックして排除しなければならない。そのような不具合のチェック手段の1つとして従来からレンズメータや度数(収差)分布測定装置が用いられている。
レンズメータは一般に眼鏡レンズの小さな測定領域(6〜10mm程度)の平均的な屈折力を測定するものである。また、度数分布測定装置はマッピング装置ともいい、眼鏡レンズの広範囲に渡って複数の光線を一方のレンズ面から入射させ、他方のレンズ面から出射された際の同各光線毎の屈折による変位をマッピングしてマッピングされた個々の位置の明確な点(以下、マッピングポイントとする)における屈折力データを取得するものである。レンズメータの一例として特許文献1を挙げる。また、度数分布測定装置の一例として特許文献2を挙げる。
これらの測定装置は周囲と明らかに異なる数値となる度数(屈折力)の異常が検出された場合にその眼鏡レンズが不良であると判断できるため、度数ズレのチェック手段として有効である。
また、上記マッピングポイントによる屈折力データを用いて、レンズの詳細な光学性能評価を行う場合、1)上記屈折力データと設計値との誤差の値を算出すること、2)上記度数測定分布と他の度数及び形状測定装置の測定結果との相関をみることで、結果的に上記度数分布測定機にて測定を行った結果が、どのような光学的な意味を持つのかを判断をする等の評価方法が一般的に使用されている。レンズ光学性能の分析方法の一例として特許文献3を挙げる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平5−340842号公報
【特許文献2】特開2009−216717号公報
【特許文献3】特開2010−55022号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、例えばレンズメータによる測定はその測定領域の平均的な屈折力を測定するものであるので、測定領域内に局所的な度数ズレがあってもその領域の度数としては平均化されてしまうため不具合とは判断されない可能性がある。
一方、度数分布測定装置ではそのような不具合はないが、いずれにしても度数(屈折力)の異常を判断するのみであるのでどの程度加工状態が乱れているのかといった度数ズレの定量的な判断ができるわけではない。そのため、度数ズレのある眼鏡レンズについてどの程度の加工の乱れが生じているか、更に、そのような加工の乱れが生じている眼鏡レンズを排除すべきかどうかをより客観的に評価することはできない。
そのため、眼鏡レンズについて加工の乱れが生じているかどうかを検出し、さらにその乱れがどの程度であるかをより客観的に評価する眼鏡レンズの性能評価方法が求められていた。
また、眼鏡レンズについて上記加工の乱れを検出するような、詳細な光学性能評価を行う場合には、これまでの手法として、加工を行ったレンズの設計値の算出や、他の度数及び形状測定機にて測定したレンズ評価結果との相関を分析する工程が必ず必要であった。そのため、詳細な光学性能評価を行う際、それら加工を行ったレンズの設計値データを事前に準備しておくことや、比較を行うための度数及び形状測定機の測定結果と上記度数測定分布との相関の分析や、装置自体の校正が正確に行われているのか等の確認が必要であり、詳細なレンズ評価を行うためには多くの工数が掛かっていたのが現状であった。また、詳細な光学性能を評価するためには、細かな設計値データを全て用意しておく必要があり、その場合、設計値データが非常に膨大になり、ライン運用及びデータ管理が非常に困難である。
本発明は、このような従来の技術に存在する問題点に着目してなされたものである。その目的は、屈折力データのみを使用し、量的な判定データとして得ることでレンズを評価できる眼鏡レンズの性能評価方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するために請求項1の発明では、レンズに対して一方のレンズ面から入射した複数の光線が他方のレンズ面から出射された際の同各光線毎の屈折による変位をマッピングして各マッピングポイントにおける屈折力データを取得する屈折力データ取得工程と、前記屈折力データ取得工程によって得られた複数の前記屈折力データに基づいて当該レンズの評価をする評価工程を有することをその要旨とする。
また請求項2の発明では請求項1に記載の発明の構成に加え、前記評価工程は、前記屈折力データ取得工程によって得られた前記屈折力データについて1つの連続的な領域内に含まれる複数の前記屈折力データ間の屈折力の差に基づいて当該領域の局所的な変化量を算出する変化量算出工程と、前記変化量算出工程において得られた変化量が当該レンズの当該領域において許容される変化量を超えているかどうかを判定する判定工程とを有することをその要旨とする。
また請求項3の発明では請求項1に記載の発明の構成に加え、前記評価工程は、前記屈折力データ取得工程によって得られた前記屈折力データについて1つの連続的な領域内に含まれる複数の前記屈折力データ間の屈折力の差に基づいて当該領域の局所的な変化量を算出する変化量算出工程と、複数のレンズについて前記変化量算出工程を実行し、各レンズ毎に隣接する関係にある複数の前記領域について複数の前記局所的な変化量を算出し、得られた複数の前記局所的な変化量を参照点の値として複数の前記領域について相関パターンを求める相関パターン算出工程と、前記相関パターン算出工程で得られた相関パターンに基づいて変化量に対する評価値を各レンズ毎に求め、その結果に基づいて各レンズが許容される変化量を超えているかどうかを判定する判定工程とを有することをその要旨とする。
【0006】
また請求項4の発明では請求項3に記載の発明の構成に加え、前記判定工程では前記評価値を用いて回帰分析を実行し、回帰分析によって算出された説明変数を使用して判定することをその要旨とする。
また請求項5の発明では請求項3に記載の発明の構成に加え、前記判定工程では前記評価値を用いて主成分分析を実行し、主成分分析によって算出された主成分得点を使用して判定することをその要旨とする。
また請求項6の発明では請求項1〜5のいずれかに記載の発明の構成に加え、前記変化量算出工程では前記1つの連続的な領域内に含まれる複数の前記屈折力データにそれぞれ係数を与え、直交する2方向においてそれぞれ局所積和演算を行い、その値をfx、fyとした場合に、当該領域の局所的な変化量を下記式で表される値としたことをその要旨とする。
【0007】
【数1】

【0008】
また請求項7の発明では請求項1に記載の発明の構成に加え、前記評価工程は、前記屈折力データ取得工程によって得られた前記屈折力データについて1つの連続的な領域内に含まれる複数の前記屈折力データ間の屈折力のバラツキに基づいて当該領域の平滑度を算出する平滑度算出工程と、前記平滑度算出工程において得られた平滑度に基づいて当該レンズの当該領域において許容される平滑度であるかどうかを判定する判定工程とを有することをその要旨とする
また請求項8の発明では請求項1〜7のいずれかに記載の発明の構成に加え、前記屈折力データとはS度数データ、C度数データあるいは前記S度数データとC度数データの両方をパラメータとして導かれる二次的度数データのいずれかであることをその要旨とする。
また請求項9の発明では請求項8に記載の発明の構成に加え、前記二次的度数データは乱視軸の角度をパラメータとすることをその要旨とする。
また請求項10の発明では請求項1〜9のいずれかに記載の発明の構成に加え、前記変化量算出工程において局所的な変化量を算出する前記一定領域はレンズ中心付近の小さな領域であることをその要旨とする。
また請求項11の発明では請求項1〜10のいずれかに記載の発明の構成に加え、前記屈折力データ取得工程でマッピングされるマッピングポイントは均等な間隔で縦横に設定されることをその要旨とする。
【0009】
上記のような構成において、請求項1の発明ではレンズの所定の複数の光線の屈折による位置変位をマッピングし、そのマッピングポイントにおける屈折力データを取得する。そして、その取得した屈折力データ複数の前記屈折力データに基づいて当該レンズの評価をする。これによって、当該レンズのみで他のレンズとの比較をする必要もなく評価が可能となる。
【0010】
また、請求項2の発明では上記請求項1の発明の評価工程のより具体的な内容として変化量算出工程において、当該レンズの1つの連続的な領域内に含まれる複数の前記屈折力データ間の屈折力の差に基づいて当該領域の局所的な変化量を算出する。次いでこの変化量が当該レンズの当該領域において許容される変化量を超えているかどうかを判定し、超えている場合にはそのレンズは不良であると判定する。
これによって、当該レンズのある領域内について屈折力データに基づいて変化量を求めることができる。ここに、変化がなければ変化量は0であり、変化量が大きいほどその領域には通常ではない加工の乱れが生じていることとなるため、定量的に算出される変化量の大きさによって適宜レンズを排除することができる。また、各マッピングポイントの屈折力は局所的な変化量に変換されるため、屈折力の大小は意味をなさないこととなる。つまり、どのような度数のレンズであっても、また、単焦点レンズのみならず累進屈折力レンズやその他のバイフォーカルレンズであっても同じような分析が可能となる。
【0011】
また、請求項3の発明では上記請求項1の発明の評価工程のより具体的な内容として変化量算出工程において、当該レンズの1つの連続的な領域内に含まれる複数の前記屈折力データ間の屈折力の差に基づいて当該領域の局所的な変化量を算出する。更に、複数の各レンズについて各レンズ毎に隣接する関係にある1つの連続的な領域内に含まれる複数の領域についてそれぞれ局所的な変化量を算出する。つまり、より広い領域について複数の局所的な変化量を得るようにする。これによって評価した領域における変化量のマップが得られることとなる。そして、得られた複数の変化量を参照点の値として局所領域について相関パターンを求める。ここで得られた相関パターンはレンズ特性が異なればそれぞれ異なったパターンで算出されることとなる。相関パターンについて、変化量に対する評価値を各レンズ毎に求めるようにし、その結果に基づいて各レンズが許容される変化量を超えているかどうかを判定し、超えている場合にはそのレンズは不良であると判定する。
これによって、当該レンズの変化量を求めた領域を拡張したより広い領域でのレンズの傾向を加味し、多くのレンズとの関係で変化量に対する評価値を求め、その定量的に算出される評価値の大きさでレンズの良不良を判定することができる。また、また、各マッピングポイントの屈折力は局所的な変化量に変換され、更に領域全体を加味した評価値に変換されるため、屈折力の大小は意味をなさないこととなる。つまり、どのような度数のレンズであっても、また、単焦点レンズのみならず累進屈折力レンズやその他のバイフォーカルレンズであっても同じような分析が可能となる。
【0012】
判定においては多変量解析、具体的には評価値を用いて回帰分析を実行し、回帰分析によって算出された説明変数を使用して判定することが好ましい。あるいは、評価値を用いて主成分分析を実行し、主成分分析によって算出された主成分得点を使用して判定することが好ましい。本発明においては後述するように第1主成分を目的変量とニアイコールと解釈するため、多変量解析として回帰分析を利用することが可能である。回帰分析としては単回帰分析も重回帰分析も使用可能である。
回帰分析によって判定する場合には説明変数として上記相関パターンで得られた相関値を使用することとなる。
また、主成分分析では、レンズの局所的な屈折力の変化量のデータに基づいて共分散行列あるいは相関行列を導き、その行列式の固有ベクトルを算出して同固有ベクトルに応じた主成分を決定し、各レンズ毎の主成分得点を前記評価値とすることが好ましい。
【0013】
変化量算出工程において1つの連続的な領域内の複数の屈折力データ間の屈折力の差に基づいて当該領域の局所的な変化量を算出するようにしている。この算出には複数の屈折力データにそれぞれ係数を与え、直交する2方向においてそれぞれ局所積和演算を行い、その値をfx、fyとした場合に、当該領域の局所的な変化量を上記数1の式で表される値とすることが好ましい。
これはある1つの連続的な領域内に含まれる複数のマッピングポイントをあたかも平面的に表示される画素に置き換え(数値データとしては同じ)、画像データの不連続性を解析することをマッピングポイントにおける屈折力の差を解析することに適用したものである。変化の大きさの傾向は画像データの不連続性傾向と類似性があるため、このように援用することで変化量を顕在化させることができる。
ここに、マッピングポイントは均等な間隔で縦横に設定されることが計算の容易性から好ましいが、マッピングポイントの位置データが明確であればそれが放射状であっても散点状であっても計算が容易なように所定の関数や行列をフィルターとして変換させればよいため、必ずしも均等な間隔で縦横に設定されていなくともよい。
屈折力データにそれぞれ与えられる係数は所定の関数や行列をフィルターとして与えることが好ましい。
直交する2方向とはマッピングポイントが縦横に設定されていればその整列に沿った2方向とするのが一般的であるが、これ以外の2方向であっても構わない。
【0014】
また、請求項7の発明では上記請求項1の発明の評価工程のより具体的な内容として平滑度算出工程において、当該レンズの1つの連続的な領域内に含まれる複数の前記屈折力データ間のバラツキに基づいて当該領域の局所的な平滑度を算出する。次いでこの平滑度が当該レンズの当該領域において許容される平滑度に達しない場合にはそのレンズは不良であると判定する。
これによって、当該レンズのある領域内について屈折力データに基づいて平滑度を求めることができる。ここに、平滑度が大きい、つまり滑らかに構成され局所的な加工の乱れがなければ平滑度の数値は0であり、数値が大きいほどその領域には通常ではない加工の乱れが生じていることとなるため、定量的に算出される平滑度の数値の大きさによって適宜レンズを排除することができる。また、各マッピングポイントの屈折力は局所的な変化量に変換されるため、屈折力の大小は意味をなさないこととなる。つまり、どのような度数のレンズであっても、また、単焦点レンズのみならず累進屈折力レンズやその他のバイフォーカルレンズであっても同じような分析が可能となる。
【0015】
また、屈折力データとはS度数データ、C度数データあるいはS度数データとC度数データの両方をパラメータとして導かれる二次的度数データのいずれかであり、二次的度数データは乱視軸の角度をパラメータとすることが好ましい。
これらはレンズの特性においてレンズの屈折力を表現するデータであるため、これらをそのまま屈折力データとして採用することが簡便で計算上都合がよい。S度数データとC度数データの両方をパラメータとして導かれる二次的度数データとは、下記等価球面値(平均度数)やJCC(ジャクソンクロスシリンダー)の式が挙げられる。
【0016】
【数2】

【0017】
このような局所的な変化量を算出する一定領域はレンズ中心付近の小さな領域であることが好ましい。レンズ中心やレンズ中心付近の領域は加工の乱れが特に集中しやすく、逆にレンズの周縁は比較的加工精度がよい。そのため、レンズが不良かどうかは基本的にすべてのマッピングポイントにおける屈折力データに基づいて算出して実行する必要はなく、特にレンズ中心付近の小さな領域に対して行えばよい。一般に眼鏡レンズは60〜70mm程度の径の丸レンズとして成形されるが、経験的にこのようなレンズ形状であれば算出領域は中心を含む10mm四方の領域であれば十分である。これによって、眼鏡レンズの性能評価作業が簡略化されることとなる。
【発明の効果】
【0018】
上記各請求項の発明では、レンズの評価を定量的な値で行うことができるため、レンズの加工の乱れを客観的に評価してレンズの良不良を判定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の工程を説明するブロック図
【図2】同じく本発明を実行するための装置の概略ブロック図。
【図3】実施例1において小領域におけるマッピングポイントのデータを取得するイメージを説明する説明図。
【図4】(a)及び(b)は実施例1において使用される局所積和演算用のフィルターとなる行列式。
【図5】局所データの変化量を小領域Sにマッピングした変化量マップの説明図。
【図6】3×3のマスクパターンについての35種類の自己相関パターンを説明する説明図。
【図7】40種の分析対象レンズについて相関値M3及びM6を算出した表。
【図8】(a)は相関値M3の回帰直線のグラフと回帰式、(b)は相関値M6の回帰直線のグラフと回帰式。
【図9】横軸を第1主成分とし、縦軸を第2主成分とした各レンズの主成分得点に応じて配置した散布図。
【図10】実施例3において小領域におけるマッピングポイントにおける水平方向と垂直方向の座標値を説明する説明図。
【図11】レンズL1の121個のマッピングポイントについてのx,y座標値、平均度数、近似値、残差を示した表。
【図12】レンズL2の121個のマッピングポイントについてのx,y座標値、平均度数、近似値、残差を示した表。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、図面に従って具体的な実施例の説明をする。
まず、本発明の方法を実行するための周辺装置の概略について説明する。
図1は本発明の評価方法を実現するための装置の概略ブロック図である。評価用コンピュータ1には被験レンズの度数分布を測定する度数分布測定装置2が接続されている。また、出力手段としてのモニター3と被験レンズ5の基本的なレンズデータを入力するための入力手段としてのキーボード7が接続されている。尚、出力手段としてはモニター3以外にプリンタや他の装置へデータを転送する出力手段等が挙げられる。また、入力手段としてはキーボード7以外にバーコードのような2次元コードやLAN接続された他のコンピュータやデータ記憶装置等の他の装置から転送されたデータを入力する手段等が挙げられる。
度数分布測定装置(レンズマッパー)2は図2に示すように光源10、ビームスプリッタ11、スクリーン12、CCDカメラ13とを備えている。CCDカメラ13には解析装置14が接続されている。被験レンズ5は光源10とビームスプリッタ11の間に配置される。光源10は平行な光線をビームスプリッタ11方向に向かって照射する。ビームスプリッタ11には整然と等間隔に縦横に配置された多数の透孔が形成され透孔を通過した光線(光束)はスクリーン12上に投影される。この投影された光点がマッピングポイントとされる。CCDカメラ13はスクリーン12上に投影されたマッピングポイントの映像を取り込む。
解析装置14は各透孔位置に対するCCDカメラ13によって取り込まれた光線に対応する透孔との位置変位に基づいてすべてのマッピングポイントに対して屈折力を算出する。つまり、レンズ上にマッピングされたすべての位置について被験レンズ5の屈折力データ(S度数データ、C度数データ、乱視軸データ)を得ることができる。更に解析装置14は屈折力データに基づいて等価球面値(平均度数)とJ00、J45の二次的度数データを算出する。解析装置14内部には記憶手段としてのメモリ15が配設され屈折力データ及び二次的度数データを記憶する。
評価用コンピュータ1はCPU(中央処理装置)及びその周辺装置によって構成される。CPUは各種プログラムや度数分布測定装置2から光学特性データを入手してオペレータの操作に従って被験レンズ5についての評価計算を行う。
【0021】
以下、評価用コンピュータ1において実行される評価計算の内容について説明する。
(実施例1)
実施例1ではマッピングポイント位置において取得した二次的度数データとしての等価球面値(平均度数)を使用した。図3に示すようにレンズの幾何中心を中央とした縦横5mmの小領域Sにおけるマッピングポイントのデータを使用した。
レンズの局所的な領域の変化量を検討するためにここでは3×3の縦横の局所データを取り出し、局所積和演算を行った。
この局所積和演算は図4(a)に示す縦フィルターと図4(b)に示す横フィルターを使用した。これらフィルターは3×3の局所データのそれぞれに妥当な係数を与えて局所積和演算をするための行列式であって、画像処理において画像の不連続性を強調するために使用されるSobelフィルターと呼ばれるものである。具体的には、例えば図3のLで囲まれた局所データに対してこれらフィルターを実行すると
縦フィルタの積和演算値(fx):1×(-1) + 1×0 + 0.8×1 + 1.1×(-2) + 1.2×0 + 3.5×2 + 1.4×(-1) + 1.5×0 + 1.6×1 = 4.8
横フィルタの積和演算値(fy):1×(-1) + 1×(-2) + 0.8×(-1) + 1.1×0 + 1.2×0 + 3.5×0 + 1.4×1 + 1.5×2 + 1.6×1 = 2.2
となる。
【0022】
fx=4.8、fy=2.2であるため、この結果を、数1の式に適用すれば、このLで囲まれた局所データの変化量は5.3(実際のデータは5.28・・・のように端数も算出される)と求まる。
Lで囲まれた局所データから下方向と横方向に1つずつずらして順に3×3の局所データについて変化量を求めていくと図2に対応する小領域Sの変化量が図5のように示される。つまり、小領域Sに対応する局所領域の変化量マップMPが得られることとなる。もし等価球面値(平均度数)が9個の局所データが同じであればこれらフィルターを適用した場合に値は「0」となる。つまり、ここでは数値が大きいほど変化量が大きいことを示している。例えば経験的にこの条件での変化量のしきい値を「4」とすると、このレンズでは5.3と5.4という大きな変化量を局所的に有するため不良と判定することができる。
【0023】
(実施例2)
実施例2では複数のレンズについて実施例1のように小領域Sについて3×3の局所データについて縦横に1つずつずらして変化量を求めた後、更に小領域Sに対応した変化量マップMPを求めた。本実施例では一例として計40種の分析対象レンズについて評価用のデータを採取した。そして、各分析対象レンズ毎に変化量マップMPについて高次自己相関パターンを求めた。
一般にN次の自己相関関数は参照点回りのN個(z・・z)の変位に対して次のように定義される。
【0024】
【数3】

【0025】
本実施例2では参照点回りの局所的な相関を見るため、次数を3つまでとし、3×3のマスクパターンについて相関性を検討するようにした。この場合にはパターンは図6に示すように35パターンが考えられる。これら35種のパターンについて変化量マップMPでの相関値を得るようにした。具体的な計算は数4に示すように例えばパターンMならば重みとなる度数値は参照点のみであるため、M=10.4となり、パターンMでは参照点回りの度数値を考慮して計算される。この場合ではM=44.6となる。
【0026】
【数4】

【0027】
このように各レンズについてM〜M35まで3×3のマスクパターンについての相関値を取得した。
これら相関値に基づいて回帰分析と主成分分析の2種類の手法で評価を行った。
<回帰分析による評価>
まず単回帰分析結果を示す。単回帰分析は、1つの説明変数により、目的変数との関係を説明するための手法である。ここで説明変数としてはM〜M35いずれかの相関値を利用し、目的変数である加工レベルを数値化するための回帰式の回帰係数及び定数を算出した。各相関値を基に最小二乗法により、各相関値における加工レベルを次式によって近似することが出来る。
【0028】
【数5】

【0029】
この式においてxは各相関値の値であり、kは加工レベルを表わしている。各相関値の回帰式と相関値の計算結果の差の二乗和が最小になるように決定される。
ここで、図7に一例として40種の分析対象レンズについて、各レンズの相関値M及びM16の値を算出した。加工レベルは5段階表示で0が最もよく、5が最も悪いレベルとした。また、図8(a)は図7に基づいた相関値Mの回帰直線のグラフと回帰式である。図8(b)は同じく図7に基づいた相関値M16の回帰直線のグラフと回帰式である。
【0030】
次に回帰分析で得られた回帰式のM及びM16の各相関値による加工レベルについての予測精度を算出する。具体的には、この説明変数(相関値)により目的変数(加工レベル)を説明できる割合である決定係数Rを算出する。つまり加工レベルについての予測値(理論値)にどれだけ寄与しているかを算出するわけである。決定係数Rは数5の式にて計算した予測値(理論値)と実際の相関値との差の偏差平方和Seと相関値の偏差平方和STから算出することが出来る。算出するための式を以下に示す。
【0031】
【数6】

【0032】
決定係数Rを算出するとMは0.8403、M16は0.8412となり、目的変数である加工レベルについて、Mは84.03%、M16は84.12%となり相関値により予測可能であることが分かる。
【0033】
<主成分分析による評価>
次に同じ相関値M〜M35に基づいて主成分分析を行った。第1主成分は次の式で表すことができる。
【0034】
【数7】

【0035】
ここで、各被検レンズ主成分の分散を最大にするような、a(固有ベクトル)を算出する必要がある。すなわち分散値が最大になる時が第1主成分である。但し、aの値を大きくすればいくらでもZの値は大きくなってしまうため、a+a+・・・+a35=1(条件1)となるように制限を付ける。(渡辺さま:数字は出願時に下付きにします。以下同)計算で得られた第1主成分ベクトルを表1に示す。この表から第1主成分の値は、
Z=0.069271×10.4+・・・・・・a + 0.080246×44.6 +・・・・・・a3535
で求めることができる。
本実施例2では第1主成分の値は200.9025となる。
【0036】
【表1】

【0037】
第2主成分以下の算出手法について簡単に説明する。数6は第2主成分の式である。
【0038】
【数8】

【0039】
第2主成分ベクトルを定めるには、b+b+・・・b35=1(条件1)、a+a+・・・+a3535=0(条件2)を満たし、各被検レンズそれぞれの分散値が最大となるように係数bを計算する。(数値計算が必要) 条件2を追加したのは係数ベクトルの内積が0となっており、第1主成分と第2主成分の相関がない条件で計算を行うためである。本実施例2では第2主成分の値は−69.8501となる。
【0040】
【表2】

【0041】
次に第3主成分の式を示す。
【0042】
【数9】

【0043】
また、第3主成分を定めるには、c+c+・・・c35=1(条件1)、a+a+・・・+a3535=0(条件2)、b+b+・・・+b3535=0(条件3)を満たし、各被検レンズそれぞれの分散値が最大となるように係数cを計算する。尚、第4主成分以下の説明は省略する。
さて、ここで、まず第1主成分について検討する。上記のように各被検レンズそれぞれの分散値が最大となるように固有ベクトルである係数aを計算する。ここで、主成分から具体的な尺度を演繹する。ここでは、第1主成分をコロナ評価、つまり加工レベルという特性における違いを尺度としたものであり、これ以外の尺度を使用することは自由である。その後、固有ベクトル係数aと各被検レンズの自己相関パターンの各相関値を用いて主成分得点を算出する。
ここで、上記の固有ベクトルを算出する際に求めた第1主成分の平均がBであるとすると、最終的に判定に使用する第1主成分得点Yは、Y=Z−Bで示すことができる。第2主成分以下も同様に計算して得点を求めることができる。
【0044】
図9は横軸を第1主成分とし、縦軸を第2主成分とした各レンズの主成分得点に応じて配置した散布図である。図中の各レンズの位置はそのまま上記加工レベルの5段階表示と 対応する記号で表現されている。本実施例2では第1主成分の寄与率が極めて高いため、ここでは縦方向は無視して、横方向の位置のみを判定に用いるものとする。すると、特に得点の大きなレンズが5つほど散見される。これは実際に度数ズレが大きく加工の乱れが大きなレンズであった。そのため、第1主成分を基準として集団と大きく離れたレンズについて不良として排除することが可能である。
実施例2では、ある領域の局所データを取り出し局所積和演算を行った後に、それらを更に自己相関パターンによって分析をすることで、S度数とC度数の影響を排除するようにしている。そのため、これらが主成分の値に影響を与えることがなくなるため、加工誤差が代わって大きな要因になっていると考えられ、それが第1主成分の寄与率が大きな理由といえる。
ここで、表1からa〜a及びa16〜a35の係数が他の係数と比較して、大きな値を示していることが分かる。この係数が大きいということは、この係数に係る相関値の影響が大きいことを示している。係数a〜a及びa16〜a35はM〜M及びM16〜M35に対応している。また、M〜M及びM16〜M35の自己相関パターンには1次項のみ存在しており、2次項は存在しない。このことから、今回の実施例における加工の乱れの判定には2次的な変化ではなく、1次的な変化の影響が大きいと解釈される。またM〜Mの係数の値に大きな違いが無いことから、加工の乱れと相関値の方向性の関連性は低く、各方向の局所的な度数変化、つまりM〜Mは、加工の乱れに対して同程度の影響があると解釈できる。(M16〜M35についても同様のことが言える)
【0045】
(実施例3)
実施例3では幾何中心を中央とした縦横10mmの小領域Sにおけるマッピングポイントのデータ(平均度数)を使用した。レンズマッパーの測定間隔を1mmとして11×11の計121個の数値に基づいて回帰分析によってこの小領域Sの評価計算を行った。
121個の数値に基づいて最小二乗法により、領域内の任意の点(x,y)における平均度数を次式によって近似することが出来る。
【0046】
【数10】

【0047】
ここでx,yは水平方向及び垂直方向の座標であり、係数a、bと定数cは、121組の近似値と測定結果の差の二乗和が最小になるように決定される。こうして求めた回帰式とレンズマッパーによる測定結果との差の二乗和により、局所的な加工の乱れを評価する。 ここで、マッピングポイントは図10のように配置されている。中央の点が(0,0)となり、図上左上が(−5,−5)となる。図11は具体的な局所的に加工不良のあるレンズL1についてのデータである。121個のマッピングポイントについてx,yの各座標値、その位置における平均度数、計算で求められた近似値、回帰式にx,yを代入した値と近似値との差分(残差)をそれぞれ表に示したものである。ここでは121個すべて表示せず一部のみを図示する。レンズL1の回帰式は、以下の数11の通りである。
このレンズL1の残差二乗和を計算すると、0.42307であった。
【0048】
【数11】

【0049】
一方、図12は具体的な局所的に加工不良のないレンズL2についてのデータである。同様に一部のみを図示する。レンズL2の回帰式は、以下の数12の通りである。
このレンズL2の残差二乗和を計算すると、0.05759であった。両者を比較すると分かるように滑らかなレンズL2の方が数値が小さい。つまり、残差の二乗和の値が大きいほど、平均度数分布が滑らかでないことを表しており、レンズL1において局所的な加工不良が現れていることが分かる。
【0050】
【数12】

【0051】
尚、この発明は、次のように変更して具体化することも可能である。
・上記実施例1ではマッピングポイント位置において取得した二次的度数データとしての等価球面値(平均度数)を使用したが、その他の屈折力データや二次的度数データを使用することも自由である。
・実施例1においてレンズの局所的な領域の変化量を検討するためにここでは3×3の縦横の局所データを取り出し局所積和演算を行ったが、3×3以外のパターン、例えば2×5や4×4等で局所データを取ることも可能である。
・実施例1においては変化量についてSobelフィルターを用いて顕在化したが、これは一例であって、縦横それぞれの変化量を強調して取得するために他の関数や行列をフィルターとして使用することは自由である。
実施例1においてはLで囲まれた局所データから下方向と横方向に1つずつずらして順に3×3の局所データについて変化量を求めていくようにしていた。つまり局所領域を1/3ずつ重複させながら変化量を求めたのであるが、それほど精密さを必要としなければ適宜2つずつずらし重複しないように隣接させた領域について変化量を求めても構わない。
・実施例2において参照点回りの局所的な相関を見るため、次数は3つまでとしたが、計算が複雑になってもよければ次数を4つ以上にすること、あるいは簡略化のために2つにすることも可能である。
・実施例2では3×3のマスクパターンについて相関性を検討するようにしたが3×3以外のパターン、例えば2×5や4×4等で相関性を検討することも可能である。
・上記実施例では算出対象となる小領域Sは5mm四方であったが、これよりも小さい領域であっても、逆にこれよりも大きい領域であっても構わない。
・実施例3に2次式であるH=ax+bxy+cxy+dx+exy+fy+gx+hy+iなども利用することも出来る。
その他本発明の趣旨を逸脱しない態様で実施することは自由である。
【符号の説明】
【0052】
11…第1のデータ算出工程、評価値決定工程、代表フレーム決定工程、第2のデータ算出工程及び合成工程を実行するCPU。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レンズに対して一方のレンズ面から入射した複数の光線が他方のレンズ面から出射された際の同各光線毎の屈折による変位をマッピングして各マッピングポイントにおける屈折力データを取得する屈折力データ取得工程と、
前記屈折力データ取得工程によって得られた複数の前記屈折力データに基づいて当該レンズの評価をする評価工程を有することを特徴とする眼鏡レンズの性能評価方法。
【請求項2】
前記評価工程は、前記屈折力データ取得工程によって得られた前記屈折力データについて1つの連続的な領域内に含まれる複数の前記屈折力データ間の屈折力の差に基づいて当該領域の局所的な変化量を算出する変化量算出工程と、
前記変化量算出工程において得られた変化量が当該レンズの当該領域において許容される変化量を超えているかどうかを判定する判定工程とを有することを特徴とする請求項1に記載の眼鏡レンズの性能評価方法。
【請求項3】
前記評価工程は、前記屈折力データ取得工程によって得られた前記屈折力データについて1つの連続的な領域内に含まれる複数の前記屈折力データ間の屈折力の差に基づいて当該領域の局所的な変化量を算出する変化量算出工程と、
複数のレンズについて前記変化量算出工程を実行し、各レンズ毎に隣接する関係にある複数の前記領域について複数の前記局所的な変化量を算出し、得られた複数の前記局所的な変化量を参照点の値として複数の前記領域について相関パターンを求める相関パターン算出工程と、
前記相関パターン算出工程で得られた相関パターンに基づいて変化量に対する評価値を各レンズ毎に求め、その結果に基づいて各レンズが許容される変化量を超えているかどうかを判定する判定工程とを有することを特徴とする請求項1に記載の眼鏡レンズの性能評価方法。
【請求項4】
前記判定工程では前記評価値を用いて回帰分析を実行し、回帰分析によって算出された説明変数を使用して判定することを特徴とする請求項3に記載の眼鏡レンズの性能評価方法。
【請求項5】
前記判定工程では前記評価値を用いて主成分分析を実行し、主成分分析によって算出された主成分得点を使用して判定することを特徴とする請求項3に記載の眼鏡レンズの性能評価方法。
【請求項6】
前記変化量算出工程では前記1つの連続的な領域内に含まれる複数の前記屈折力データにそれぞれ係数を与え、直交する2方向においてそれぞれ局所積和演算を行い、その値をfx、fyとした場合に、当該領域の局所的な変化量を下記式で表される値としたことを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の眼鏡レンズの性能評価方法。
【数1】

【請求項7】
前記評価工程は、前記屈折力データ取得工程によって得られた前記屈折力データについて1つの連続的な領域内に含まれる複数の前記屈折力データ間の屈折力のバラツキに基づいて当該領域の平滑度を算出する平滑度算出工程と、
前記平滑度算出工程において得られた平滑度に基づいて当該レンズの当該領域において許容される平滑度であるかどうかを判定する判定工程とを有することを特徴とする請求項1に記載の眼鏡レンズの性能評価方法。
【請求項8】
前記屈折力データとはS度数データ、C度数データあるいは前記S度数データとC度数データの両方をパラメータとして導かれる二次的度数データのいずれかであることを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載の眼鏡レンズの性能評価方法。
【請求項9】
前記二次的度数データは乱視軸の角度をパラメータとすることを特徴とする請求項8に記載の性能評価方法。
【請求項10】
前記変化量算出工程において局所的な変化量を算出する前記一定領域はレンズ中心付近の小さな領域であることを特徴とする請求項1〜9のいずれかに記載の性能評価方法。
【請求項11】
前記屈折力データ取得工程でマッピングされるマッピングポイントは均等な間隔で縦横に設定されることを特徴とする請求項1〜10のいずれかに記載の性能評価方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2012−123139(P2012−123139A)
【公開日】平成24年6月28日(2012.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−273222(P2010−273222)
【出願日】平成22年12月8日(2010.12.8)
【出願人】(000219738)東海光学株式会社 (112)
【Fターム(参考)】