穿刺針抜け検出装置
【課題】患者に非接触で、特殊な操作を必要とせず、低コストで実現可能な、穿刺針の抜けを検出する穿刺針抜け検出装置を提供する。
【解決手段】静脈側血液回路4に、この静脈側血液回路4の振動を検出するためのマイクロフォンを振動検出手段21として設け、振動検出手段21から振動に対応した電気信号を出力する。この電子信号の周波数解析を周波数特性算出手段22で行い、パワースペクトルを算出する。このパワースペクトルのパターンと、記憶手段24に記憶していた穿刺状態にあるときの標準パワースペクトルパターンとを照合し、これらパターン間の距離が閾値以上となったときに穿刺針抜け状態であると判断する。
【解決手段】静脈側血液回路4に、この静脈側血液回路4の振動を検出するためのマイクロフォンを振動検出手段21として設け、振動検出手段21から振動に対応した電気信号を出力する。この電子信号の周波数解析を周波数特性算出手段22で行い、パワースペクトルを算出する。このパワースペクトルのパターンと、記憶手段24に記憶していた穿刺状態にあるときの標準パワースペクトルパターンとを照合し、これらパターン間の距離が閾値以上となったときに穿刺針抜け状態であると判断する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人工透析など、体外の回路を介して血液を循環させるようにした血液透析回路などの穿刺針抜けを検出する、穿刺針抜け検出装置に関する。
【背景技術】
【0002】
人工透析においては、ダイアライザを経た血液を患者に戻す側の穿刺針が抜けて血液が漏れてしまうことがあるため、このような漏血の発生を検出することが必要となっている。
動脈回路側の穿刺針の抜けの検知は、気泡センサを動脈回路に装着する装置や方法が一般的であるが、静脈回路側の穿刺針の抜けの検知には、一般的な装置や方法がなく、これまでにいくつかの装置や方法が提案されている。
【0003】
例えば特許文献1には、銅張積層板に回路を形成した回路部品であって、通常は開回路状態であり、穿刺針が抜けて血液で回路表面が濡れると回路が閉回路状態となる回路部品を穿刺針の近傍に配置し、回路部品の通電状態により穿刺針の抜けを検出する技術が記載されている。
また特許文献2には、穿刺針に、皮膚に光を照射する送光部と皮膚からの反射光を受光する受光部とを設け、穿刺針が抜けた場合に、送光部から皮膚に光が照射されず受光強度が低下することを利用して穿刺針の抜けを検出する技術が記載されている。
【0004】
さらに特許文献3には、静脈側血液回路を流れる患者の血液の圧力、血液回路を流れる血液流量から、穿刺針における静圧としてのアクセス血管内圧を近似式により推定し、推定されたアクセス血管内圧に基づいて穿刺針の抜けを検出する技術が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−55588号公報
【特許文献2】特開2008−000218号公報
【特許文献3】特許第4290106号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、以上の従来技術では、次に示すような課題がある。
1.特許文献1に記載されている検出装置では、漏血検出用の回路部品を留置針の近傍の皮膚に装着する必要があり、患者に負担がかかる。
2.特許文献2に記載されている検出装置では、皮膚に光を照射する送光部と、皮膚からの反射光を受光する受光部とを含む特殊な穿刺針が必要となり、コストが高くなってしまう。
【0007】
3.特許文献3に記載されている検出装置では、静脈側血液回路を流れる患者の血液の圧力、血液回路を流れる血液流量から、穿刺針における静圧としてのアクセス血管内圧を推定するための近似式を求めるために、あらかじめ、穿刺状態で、何回か血液回路を流れる血液流量を変えた状態で静脈側血液回路を流れる患者の血液の圧力を測定しておく必要があり、医療スタッフへ負担がかかる。
【0008】
そこで本発明の目的は、上記問題点に鑑み、患者に非接触で、医療スタッフの負担となるような特殊な操作を必要とせず、低コストで実現可能な、静脈側穿刺針の抜けを検出するための穿刺針抜け検出装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、本発明の請求項1にかかる穿刺針抜け検出装置は、患者の血液を対外循環させるための穿刺針を有する血液循環回路における前記穿刺針の針抜けを検出する穿刺針検出装置において、前記血液循環回路における拍動による振動を検出し、振動に応じた信号を出力する振動検出手段と、当該振動検出手段から出力された信号の周波数特性を算出する周波数特性算出手段と、前記周波数特性算出手段で算出した周波数特性に基づき、前記穿刺針の針抜けを検出する穿刺針抜け判定手段と、を備えることを特徴としている。
【0010】
請求項2にかかる穿刺針抜け検出装置は、前記周波数特性算出手段は、前記振動検出手段から出力された信号のパワースペクトルを算出し、前記穿刺針抜け判定手段は、前記周波数特性算出手段により算出されたパワースペクトルに基づき前記穿刺針の針抜けを検出することを特徴としている。
請求項3にかかる穿刺針抜け検出装置は、穿刺状態において前記振動検出手段から出力された信号に基づくパワースペクトルを標準パワースペクトルパターンとして保持する記憶手段を備え、前記穿刺針抜け判定手段は、前記記憶手段に記憶されている前記標準パワースペクトルパターンと、前記周波数特性算出手段で算出されたパワースペクトルのパターンとを照合することにより前記穿刺針の針抜けを検出することを特徴としている。
【0011】
請求項4にかかる穿刺針抜け検出装置は、前記穿刺針抜け判定手段は、前記記憶手段に記憶されている前記標準パワースペクトルパターンと、前記周波数特性算出手段で算出されたパワースペクトルのパターンとのパターン間の距離を演算し、当該パターン間の距離に基づき前記穿刺針の針抜けを検出することを特徴としている。
請求項5にかかる穿刺針抜け検出装置は、前記穿刺針抜け判定手段は、前記算出されたパワースペクトルのピーク値に対応した周波数と、前記標準パワースペクトルパターンのピーク値に対応した周波数とに基づき前記穿刺針の針抜けを検出することを特徴としている。
【0012】
請求項6にかかる穿刺針抜け検出装置は、前記穿刺針抜け判定手段は、前記パワースペクトルのピーク値と、前記標準パワースペクトルパターンのピーク値とに基づき前記穿刺針の針抜けを検出することを特徴としている。
請求項7にかかる穿刺針抜け検出装置は、前記血液循環回路は、動脈側穿刺針が取り付けられた動脈側血液回路と静脈側穿刺針が取り付けられた静脈側血液回路とを有し、前記振動検出手段は前記静脈側血液回路の振動を検出し、前記穿刺針抜け判定手段は、前記静脈側穿刺針の針抜けを検出することを特徴としている。
【発明の効果】
【0013】
本発明の穿刺針抜け検出装置によれば、血液循環回路における拍動による振動を検出し、振動に応じた信号の周波数特性に基づき、穿刺針の針抜けを検出するため、患者に非接触で、医療スタッフの負担となるような特殊な操作を必要とせず、且つ低コストな穿刺針抜け検出装置を実現することができる。
特に、穿刺状態におけるパワースペクトルを標準パワースペクトルパターンとして記憶手段に記憶しておき、算出したパワースペクトルのパターンと記憶していた標準パワースペクトルパターンとを照合することにより、針抜けを検出するようにしているため、雑音の影響を低減することができより高精度に穿刺針抜け状態であるか否かを判定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の穿刺針抜け検出装置の一例を示す概略構成図である。
【図2】穿刺状態における静脈側血液回路の回路音信号波形の一例である。
【図3】周波数特性算出手段の処理手順の一例を示すフローチャートである。
【図4】穿刺状態における回路音対数パワー波形の一例である。
【図5】穿刺状態におけるパワースペクトルの一例である。
【図6】穿刺状態にない場合の静脈側血液回路の回路音信号波形の一例である。
【図7】穿刺状態にない場合の回路音対数パワー波形の一例である。
【図8】穿刺状態にない場合のパワースペクトルの一例である。
【図9】穿刺状態におけるパワースペクトルと穿刺状態にない場合のパワースペクトルとを重畳表示した図である。
【図10】標準パワースペクトルパターンの一例である。
【図11】標準パワースペクトルパターンと穿刺状態におけるパワースペクトルとを重畳表示した図である。
【図12】標準パワースペクトルパターンと穿刺状態にない場合のパワースペクトルとを重畳表示した図である。
【図13】静脈側針抜け判定手段の処理手順の一例を示すフローチャートである。
【図14】穿刺状態にある場合および穿刺状態にない場合のパワースペクトルにおけるピーク値およびピーク周波数を表したものである。
【図15】ピーク周波数の閾値およびピーク値の閾値の一例である。
【図16】穿刺状態におけるパワースペクトルのパターンとピーク値の閾値およびピーク周波数の閾値との関係を示す図である。
【図17】穿刺状態にない場合のパワースペクトルのパターンとピーク値の閾値およびピーク周波数の閾値との関係を示す図である。
【図18】穿刺状態におけるパワースペクトルに雑音が含まれる場合の、パワースペクトルとピーク値の閾値およびピーク周波数の閾値との関係を示す図である。
【図19】穿刺状態におけるパワースペクトルに雑音が含まれる場合の、パワースペクトルとピーク値の閾値およびピーク周波数の閾値との関係を示す図である。
【図20】雑音が含まれる場合の回路音対数パワーの一例である。
【図21】雑音が含まれる場合の回路音対数パワーの一例である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態について図面を参照しながら具体的に説明する。
図1は、血液透析装置10の一例および本発明における穿刺針抜け検出装置20の一例を示す概略構成図である。
血液透析装置10は、例えば図1に示すように、患者に穿刺して血液を取り出す動脈側穿刺針1、浄化前の血液を通す動脈側血液回路2、血液を浄化するダイアライザ3、浄化された血液を通す静脈側血液回路4、浄化された血液を患者に戻す静脈側穿刺針5、体外循環血液及び透析液の流量を調整する透析装置本体6、透析液を供給する透析液供給装置7、透析後の廃液を処理する透析廃液処理装置8と、から主に構成される。
【0016】
そして、動脈側穿刺針1及び静脈側穿刺針5を患者に穿刺した状態で、透析装置本体6を駆動させると、患者の血液は、動脈側穿刺針1、および動脈側血液回路2を通ってダイアライザ3に至り、該ダイアライザ3によって血液浄化が施され、静脈側血液回路4、および静脈側穿刺針5を通って患者の体内に戻る。
一方、穿刺針抜け検出装置20は、血液透析装置10に付加する形で実現される。
【0017】
図1に示すように、穿刺針抜け検出装置20は、静脈側血液回路4に装着され、血流により生じる静脈側血液回路4の振動を電気信号として検出する振動検出手段21と、前記振動検出手段21により検出された電気信号の周波数特性を算出する周波数特性算出手段22と、前期周波数特性算出手段22により算出された周波数特性から静脈側穿刺針抜けと判定する静脈側穿刺針抜け判定手段(穿刺針抜け判定手段)23と、後述の穿刺状態標準パワースペクトルパターンを記憶するための書き換え可能な不揮発性の記憶手段24と、患者を識別するための識別番号を入力するための入力手段25と、から成る。
【0018】
前記振動検出手段21は、静脈側血液回路4の振動を測定するものであって例えば、拍動に伴って静脈側血液回路4に生じる回路音を振動音として測定するマイクロホンフォンで構成される。このマイクロフォンは周囲環境音等を集音しないように静脈側血液回路4に近接して設けられている。
なお、ここでは、マイクロフォンを用いた場合について説明したが、例えば圧力センサにより、拍動に伴って生じる圧力変動を振動として検出するようにしてもよく、拍動による振動に応じた電気信号を出力することのできる検出装置であれば適用することができる。
【0019】
前記周波数特性算出手段22および静脈側穿刺針抜け判定手段23は、マイクロコンピュータ等の演算処理装置で構成され、周波数特性算出手段22は、前記振動検出手段21で検出された回路音の測定データに対して周波数解析を行って、パワースペクトルを算出する。静脈側穿刺針抜け判定手段23は、入力手段25から入力された患者を識別するための識別番号に対応する穿刺状態標準パワースペクトルパターンを記憶手段24から読み出し、この穿刺状態標準パワースペクトルパターンと周波数特性算出手段22で算出されたパワースペクトルとをもとに、穿刺針抜けが生じているか否かを判断する。
記憶手段24には、患者毎の穿刺状態標準パワースペクトルパターンが、患者を識別するための識別番号と対応付けられて格納される。
【0020】
つぎに、本発明に係る穿刺針抜け検出装置20の動作を説明する。
なお、ユーザは、まず、穿刺針抜け検出装置20において入力手段25を操作し、透析を行っている患者の識別番号を入力する。前記入力手段25は、患者の識別番号を入力することができればよく、例えばキーボードであってもよく、或いは、診察券が磁気カードで形成され患者の識別番号が記憶されている場合には、この診察券に記憶されている患者の識別番号を読み取る装置であってもよい。
【0021】
動脈側穿刺針1及び静脈側穿刺針5を患者に穿刺した状態で、透析装置本体6を駆動させると、前述のように、患者の血液は、動脈側穿刺針1、および動脈側血液回路2を通ってダイアライザ3に至り、該ダイアライザ3によって血液浄化が施され、静脈側血液回路4、および静脈側穿刺針5を通って患者の体内に戻る。
このとき、静脈側血液回路4に装着された振動検出手段21は、静脈側血液回路4に生じる振動として回路音を集音しこれを電気信号に変換して、回路音信号として出力する。
【0022】
図2は、振動検出手段21としてマイクロフォンを使用し、2kHzサンプリングで30秒間測定した、ある透析患者の穿刺状態における静脈側血液回路4の回路音信号波形を示したものである。なお、図2において横軸は時間〔秒〕、縦軸は回路音信号である。
周波数特性算出手段22は、前記振動検出手段21が検出した回路音信号波形から、周波数特性を算出する。
【0023】
図3は、周波数特性算出手段22で実行される処理の一例を示すフローチャートである。
周波数特性算出手段22は、まず、ステップS1において、振動検出手段21で検出された回路音信号波形を獲得し、この回路音信号波形に対して、10m秒間隔で250m秒区間について回路音信号波形の振幅の二乗和を計算して対数をとり、回路音対数パワーを算出する(ステップS2)。これにより、回路音対数パワー波形を得る(ステップS3)。
【0024】
つまり、例えば、図2の回路音信号波形から図4に示す回路音対数パワー波形を得ることができる。なお、図4において横軸は時間〔秒〕、縦軸は回路音対数パワーである。
図4からわかるように、穿刺状態における回路音対数パワー波形は周期性が非常に高い。
つぎに、ステップS4において、図4の回路音対数パワー波形に対して、ある時間間隔毎にある時間長の区間を切り出して、窓関数をかけて周波数解析を行う。そして、周波数特性としてパワースペクトルを求める(ステップS5)。
【0025】
例えば、図4に示した回路音対数パワー波形の一部から5.12秒区間を切り出し、窓関数をかけて周波数解析して求めることにより、図5に示すパワースペクトルを得ることができる。なお、図5において横軸は周波数〔Hz〕、縦軸はパワーである。
以後、切り出して周波数解析を行う時間間隔をフレーム周期、切り出すデータの時間長をフレーム長とよぶ。図5より、切り出した区間中の、パワースペクトル中に、拍動に対応した鋭いピークが存在することがわかる。
【0026】
一方、穿刺状態にない場合における30秒間の静脈側血液回路4の回路音信号波形を図6、上記と同様に図3の処理手順にしたがって演算した図6の回路音信号波形から求めた回路音対数パワー波形を図7に示す。なお、図6において横軸は時間、縦軸は回路音信号である。また、図7において横軸は時間、縦軸は回路音対数パワーである。
【0027】
図7からわかるように、穿刺状態にない場合の回路音対数パワー波形は、図4に示す穿刺状態における回路音対数パワー波形に比較して周期性が低い。図7に示した回路音対数パワー波形の一部である、5.12秒区間(フレーム長:5.12秒)に対して、図3の手順で、窓関数をかけて周波数解析を行って抽出したパワースペクトルを図8に示す。図8に示すように、穿刺状態にない場合のパワースペクトルは、図5に示す穿刺状態におけるパワースペクトルに比較して、全体的に平坦で、拍動に対応した鋭いピークが存在しないことがわかる。なお、図8において横軸は周波数〔Hz〕、縦軸はパワーである。
【0028】
図9は、穿刺状態にあるときの回路音信号から求めた図5のパワースペクトルと、穿刺状態にない場合の回路音信号から求めた図8のパワースペクトルとを重畳表示したものである。
本願の静脈側穿刺針抜け判定手段23では、図9に示す、穿刺状態にある場合のパワースペクトルのパターンと、穿刺状態にない場合のパワースペクトルのパターンとの違いを利用して穿刺針抜けの検出を行う。
例えば、図10は、図5に示す回路音信号のパワースペクトルを測定した透析患者の、透析直後の回路音信号のパワースペクトルである。なお、図10において横軸は周波数〔Hz〕、縦軸はパワーである。
【0029】
このような、透析直後の回路音信号から求めたパワースペクトルのパターンを穿刺状態標準パワースペクトルパターン(以後、標準パワースペクトルパターンともいう)Pstd(f)として、患者を識別するための識別番号と対応付けて記憶手段24に記憶しておく。そして、針抜け状態であるか否かを判断する際には、透析を行っている患者に対応する標準パワースペクトルパターンPstd(f)を記憶手段24から読み出し、読み出した標準パワースペクトルパターンPstd(f)と、回路音信号から計算されるパワースペクトルのパターンP(f)(以後、単にパワースペクトルパターンP(f)という)とを照合する。そして、これらパターン間の距離が、ある閾値以上となるときに穿刺針抜け状態として判定する。
【0030】
前記パターン間の距離としては、例えば、図11、図12に示すように、ピークが現れると予測される周波数領域[f1、f2]を予め設定しておき、その周波数領域において、標準パワースペクトルパターンPstd(f)と血液回路音から求めたパワースペクトルパターンP(f)とについて同一周波数におけるパワースペクトルの差d(f)=P(f)−Pstd(f)の、二乗の総和Σ{d(f)}2、または絶対値の総和Σ|d(f)|を用いる。
【0031】
図13は、静脈側穿刺針抜け判定手段23で実行される処理の一例を示すフローチャートを示したものである。
すなわち、静脈側穿刺針抜け判定手段23では、まず、入力手段25で入力された患者の識別番号に対応する標準パワースペクトルパターンを、記憶手段24から読み出す(ステップS11)。そして、周波数特性算出手段22で算出した判定対象のパワースペクトルパターンを読み込み(ステップS12)、上述の手順でパターン間の距離を求め、これに基づいて穿刺状態であるか否かの判定を行う(ステップS13)。そして、穿刺状態である場合にはステップS14に移行して、判定対象であるパワースペクトルパターンを所定の記憶領域に一時的に記憶し(ステップS14)、ステップS15からステップS12に戻ってつぎのパワースペクトルパターンに対して同様の手順で判定処理を行う。
【0032】
そして、透析が終了したときにはステップS15からステップS16に移行し、一時記憶していたパワースペクトルパターンを、標準パワースペクトルパターンとして記憶手段24に更新記憶する。
なお、ここでは、パワースペクトルを求める周波数解析を行うための切り出しを行った際の前記フレーム長の1区間におけるパワースペクトルを、そのまま標準パワースペクトルパターンとして更新設定しているが、これに限るものではない。
【0033】
例えば、測定を行った全時間区間について、前記フレーム長の区間毎のパワースペクトルを所定領域に一時記憶しておき、一時記憶されていた全時間区間における前記区間毎のパワースペクトルのうちのある時刻におけるパワースペクトルを、標準パワースペクトルパターンとして更新設定してもよい。また、一時記憶されていた全時間区間における前記区間毎のパワースペクトルのうち、ある時間区間におけるパワースペクトルの平均を求め、これを標準パワースペクトルパターンとして更新設定してもよい。さらに、一時記憶した全期間における前記区間毎のパワースペクトルの平均を求め、これを標準パワースペクトルパターンとして更新設定してもよい。
【0034】
一方、ステップS13で、穿刺状態にないと判定される場合にはステップS17に移行し、例えばアラームを発生するなどして、医療スタッフ或いは患者に穿刺針抜け状態であることを通知する。そして、ステップS16に移行し、穿刺状態にあると判定されたときのパワースペクトルのパターンを、標準パワースペクトルパターンとして記憶手段24に更新記憶する。そして処理を終了する。
【0035】
つまり、透析中、患者は通常安静にしているため脈拍は安定しており、また、安定状態における脈拍数やその強さは同等とみなすことができる。したがって、安静状態において得られるパワースペクトルのパターンを標準パワースペクトルパタ―ンとして記憶しておき、この標準パワースペクトルパターンと、回路音信号から得たパワースペクトルのパターンとを比較することによって、得られた回路音信号のパワースペクトルのパターンが拍動によるパワースペクトルのパターンを表しているか否かを的確に判断することができる。
【0036】
そして、回路音信号から得たパワースペクトルパターンが標準パワースペクトルパターンと同等程度でない場合には、本来脈拍により生じるべきパワースペクトルパターンが生じていないことになるため、すなわち、穿刺針抜けが生じたとみなすことができる。
また、静脈側針判定手段23では、前述のようにある周波数領域における、標準パワースペクトルパターンPstd(f)と回路音信号から得たパワースペクトルパターンP(f)とについて同一周波数におけるパワースペクトルの差d(f)に基づき、パターン間の距離を演算している。
【0037】
ここで、前述のように、図11に示す、穿刺状態における回路音信号から得たパワースペクトルは、拍動による比較的鋭いピークを有するパターンとなる。一方、図12に示す、穿刺状態にない場合の回路音信号のパワースペクトルは、比較的なだらかな形状のパターンとなり、ピークはあるものの、他部分との差は小さい。
そのため、図11に示すように、穿刺状態における回路音信号のパワースペクトルパターンと、標準パワースペクトルパターンとは、比較的近似したパターン形状となるため、標準パワースペクトルパターンPstd(f)と回路音信号のパワースペクトルパターンP(f)とにおける同一周波数における差d(f)は比較的小さい。
【0038】
これに対し、穿刺状態にない場合の回路音信号のパワースペクトルは図12に示すように、標準パワースペクトルパターンのようなピークを持たないパターンとなるため、標準パワースペクトルパターンPstd(f)と回路音信号のパワースペクトルパターンP(f)とにおける同一周波数における差d(f)は、穿刺状態における差d(f)に比較して大きく、その結果、穿刺状態におけるパターン間の距離と、穿刺していない状態におけるパターン間の距離との差は比較的大きくなる。そのため、穿刺状態にあるか否かを明確に判別することができる。したがって、拍動による回路音以外の雑音による誤判断を回避することができる。
【0039】
また、前述のように、安静状態での脈拍によるパワースペクトルは、標準パワースペクトルパターンと同等程度のパターン形状となるとはいうものの、脈拍の変動や雑音が重畳されること等により変動する可能性がある。
しかしながら、前述のように、図11に示す、拍動による比較的鋭いピークを有する穿刺状態におけるパワースペクトルパターンは、図12に示す、穿刺状態にない場合のパワースペクトルパターンに比較して、標準パワースペクトルパターンに、より近似した形状となるため、仮に、回路音信号のパワースペクトルパターンにずれが生じたり、雑音が重畳されたりしたとしても、パターン間の距離は、穿刺状態にない場合のパターン間の距離に比較して比較的小さな値となる。したがって、回路音信号のパワースペクトルパターンにずれが生じたり、雑音が重畳されたりしたとしても拍動により生じたパワースペクトルパターンであることを的確に判断することができる。
【0040】
また、標準パワースペクトルパターンとして、実際に検出された穿刺状態にあるときの回路音信号のパワースペクトルを記憶手段24に記憶し、この記憶した標準パワースペクトルパターンを利用して穿刺状態にあるか否かを判断するようにしている。つまり、標準パワースペクトルパターンには、周囲環境による定常的な雑音が含まれている。したがって、穿刺状態にあるか否かの判断において、周囲環境による定常的な雑音による影響を抑制することができる。
【0041】
そして、上述のように振動検出手段21は、静脈側血液回路4に設けられているため、患者には非接触である。また、穿刺状態にあるときの回路音信号のパワースペクトルは自動的に記憶手段24に記憶するようになっているため、医療スタッフは穿刺針抜け検出装置20を作動させるだけでよく、医療スタッフの負担は少ない。また、振動検出手段21はマイクロフォン或いは圧力センサなどであり特殊な装置を必要とすることはないため、大幅なコスト増加を伴うことなく、穿刺針抜けを的確に検出することのできる穿刺針抜け検出装置を実現することができる。
【0042】
また、上記実施の形態においては、回路音信号のパワースペクトルのパターンを、標準パワースペクトルパターンのパターン形状と比較することによって、穿刺状態であるか否かを判断する場合について説明したが、これに限るものではない。
例えば、前記の周波数領域[f1、f2]において、回路音信号のパワースペクトルパターンP(f)の最大パワー値をピーク値、このピーク値をとる周波数をピーク周波数と呼ぶことにすると、図14に示すように、穿刺状態と穿刺状態にない状態とでは、ピーク値、ピーク周波数ともに違いがあることがわかる。そこで、あらかじめピーク値またはピーク周波数に適当な閾値を設けておき、この閾値を利用することで、穿刺状態と穿刺していない状態とを判別することも可能である。
【0043】
例えば、図15に示すように、標準パワースペクトルパターンPstd(f)のピーク値の50%、またはピーク周波数の75%を閾値とし、検出した回路音信号のパワースペクトルパターンP(f)のピーク値、およびピーク周波数が閾値以下の場合に穿刺針抜け状態と判定する。
図16、図17は、それぞれ、穿刺状態の回路音信号のパワースペクトル(図5)、穿刺状態にない場合の回路音信号のパワースペクトル(図8)に、図15に示すピーク値およびピーク周波数の閾値を適用した場合を表したものである。閾値を用いて判断することによって、ピーク値、ピーク周波数いずれにおいても、穿刺状態にあるか否かを正しく判定できることがわかる。
【0044】
さらに、図18、図19は、穿刺状態にある場合の回路音信号に、拍動による回路音以外の雑音が混じり、回路音対数パワー波形に、それぞれ図20や図21に示したような乱れが生じた場合のパワースペクトルのパターンについて、図15に示す閾値を適用した場合の判定結果を示した図である。これより、拍動による回路音以外の雑音が混じった場合でも、ピーク値、ピーク周波数いずれの閾値を用いても穿刺状態と判定されていることがわかる。
【0045】
なお、ここでは、ピーク値、ピーク周波数のいずれかに閾値を設定することで穿刺状態であるか否かの判断を行う場合について説明したが、ピーク値およびピーク周波数の両方に閾値を設定し、ピーク値およびピーク周波数がともに閾値を超えるときに穿刺状態、そうではないときに穿刺状態にないと判定するように構成することも可能であり、このように、ピーク値およびピーク周波数の両方に判定条件を設定することによって、穿刺状態であるか否かの判断をより的確に行うことができる。
【0046】
また、閾値の設定だけではなく、穿刺状態を示す領域を設定してもよく、すなわち、判定対象のパワースペクトルのピーク値やピーク周波数が当該設定した領域に含まれる場合に穿刺状態、そうではないときに穿刺状態にないと判定するように構成することも可能である。また、上記閾値や穿刺状態を示す領域は標準パワースペクトルパターンに基づいて設定されてもよい。
【0047】
また、さらに、回路音信号のパワースペクトルパターンと標準パワースペクトルパターンとのパターン間の距離も考慮して穿刺状態であるか否かの判断を行うようにすることも可能である。
また、上記実施の形態では、標準パワースペクトルパターンを、透析終了時に更新記憶する場合について説明したが、標準パワースペクトルパターンは、透析中に求めなおして更新してもよい。
【0048】
また、標準パワースペクトルパターンは、必ずしも透析を行う毎に更新する必要はなく任意のタイミングで更新することも可能である。つまり、標準パワースペクトルパターンのパターン形状に基づき穿刺状態であるか否かを判断するようにしているため、現在の患者の状況に則した標準パワースペクトルパターンを用いて、穿刺状態であるか否かを判断することが望ましい。したがって、例えば、体温が高い場合など脈拍数が通常よりも多くなると予測されるときには、まず穿刺状態におけるパワースペクトルを求めてこれを標準パワースペクトルパターンとして更新記憶し、この更新設定した現在の患者の状況に則した標準パワースペクトルパターンを用いて、穿刺状態であるか否かを判断するようにしてもよい。
【0049】
また、標準パワースペクトルパターンの、記憶手段24への更新記憶は、自動で行う場合に限るものではなく、手動にて更新記憶するように構成することも可能である。つまり、例えば、透析開始時に刺針を患者に刺した時点では医療スタッフが穿刺状態にあることを確認している状態であるため、医療スタッフが穿刺針を患者に刺した後、様子を見守っている時点で、医療スタッフが手動にて更新操作を行うことで、その時点におけるパワースペクトルのパターンを、標準パワースペクトルパターンとして更新記憶するようにしてもよい。この場合には、更新記憶指示入力を行う手動入力手段を設け、手動入力手段により更新記憶指示入力がなされたときに更新記憶する構成とすればよい。
【0050】
また、このように、透析開始時に、標準パワースペクトルパターンを獲得する構成とした場合には、必ずしも不揮発性の記憶手段24を設ける必要はなく、ある患者が透析を行っている間のみ標準パワースペクトルパターンを保持する一時的な記憶領域を確保すればよい。
また、透析終了時に自動的に標準パワースペクトルパターンを更新記憶すると共に、手動でも更新記憶できるように構成してもよい。このようにすることによって、任意のタイミングで更新記憶することができる。この場合には、前記更新記憶指示入力を行う機能を前記入力手段25に設けることも可能である。
【0051】
また、上記実施の形態においては、振動検出手段21を、静脈側血液回路4の静脈側穿刺針5に比較的近い位置に設けた場合について説明したが、これに限るものではなく拍動に応じた振動を検出することのできる位置であればどこに設けてもよい。
また、振動検出手段21を1つ設けた場合について説明したが、1つに限らず、複数の振動検出手段21を設けることも可能であり、また、振動検出手段21として、マイクロフォンと圧力センサなど、種類の異なる振動検出手段を用いることも可能である。
【0052】
また、上記実施の形態においては、静脈側の穿刺針抜けを検出する場合について説明したがこれに限るものではなく、動脈側の穿刺針抜けを検出することもできる。この場合には、動脈側血液回路2に振動検出手段21を設ければよい。
また、動脈側血液回路2および静脈側血液回路4の両方に振動検出手段21を設けることも可能である。
また、上記実施の形態においては、図1に示す血液透析装置10に適用した場合について説明したが、これに限るものではなく、拍動による振動を検出することのできる血液透析装置であれば適用することができる。また、血液透析装置に限らず、成分献血する場合の血液処理装置など、体外で血液を循環させる装置に適用することができる。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明によれば、例えば、透析患者の静脈側血液回路の回路音信号を測定して静脈側穿針抜けを検知する、患者に非接触、且つ特殊な操作を必要としない穿刺針抜け検出装置を提供することができる。
【符号の説明】
【0054】
3 ダイアライザ
4 静脈側血液回路
5 静脈側穿刺針
10 血液透析装置
20 静脈側穿刺針検出装置
21 振動検出手段
22 周波数特性算出手段
23 静脈側穿刺針抜け判定手段
24 記憶手段
25 入力手段
【技術分野】
【0001】
本発明は、人工透析など、体外の回路を介して血液を循環させるようにした血液透析回路などの穿刺針抜けを検出する、穿刺針抜け検出装置に関する。
【背景技術】
【0002】
人工透析においては、ダイアライザを経た血液を患者に戻す側の穿刺針が抜けて血液が漏れてしまうことがあるため、このような漏血の発生を検出することが必要となっている。
動脈回路側の穿刺針の抜けの検知は、気泡センサを動脈回路に装着する装置や方法が一般的であるが、静脈回路側の穿刺針の抜けの検知には、一般的な装置や方法がなく、これまでにいくつかの装置や方法が提案されている。
【0003】
例えば特許文献1には、銅張積層板に回路を形成した回路部品であって、通常は開回路状態であり、穿刺針が抜けて血液で回路表面が濡れると回路が閉回路状態となる回路部品を穿刺針の近傍に配置し、回路部品の通電状態により穿刺針の抜けを検出する技術が記載されている。
また特許文献2には、穿刺針に、皮膚に光を照射する送光部と皮膚からの反射光を受光する受光部とを設け、穿刺針が抜けた場合に、送光部から皮膚に光が照射されず受光強度が低下することを利用して穿刺針の抜けを検出する技術が記載されている。
【0004】
さらに特許文献3には、静脈側血液回路を流れる患者の血液の圧力、血液回路を流れる血液流量から、穿刺針における静圧としてのアクセス血管内圧を近似式により推定し、推定されたアクセス血管内圧に基づいて穿刺針の抜けを検出する技術が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−55588号公報
【特許文献2】特開2008−000218号公報
【特許文献3】特許第4290106号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、以上の従来技術では、次に示すような課題がある。
1.特許文献1に記載されている検出装置では、漏血検出用の回路部品を留置針の近傍の皮膚に装着する必要があり、患者に負担がかかる。
2.特許文献2に記載されている検出装置では、皮膚に光を照射する送光部と、皮膚からの反射光を受光する受光部とを含む特殊な穿刺針が必要となり、コストが高くなってしまう。
【0007】
3.特許文献3に記載されている検出装置では、静脈側血液回路を流れる患者の血液の圧力、血液回路を流れる血液流量から、穿刺針における静圧としてのアクセス血管内圧を推定するための近似式を求めるために、あらかじめ、穿刺状態で、何回か血液回路を流れる血液流量を変えた状態で静脈側血液回路を流れる患者の血液の圧力を測定しておく必要があり、医療スタッフへ負担がかかる。
【0008】
そこで本発明の目的は、上記問題点に鑑み、患者に非接触で、医療スタッフの負担となるような特殊な操作を必要とせず、低コストで実現可能な、静脈側穿刺針の抜けを検出するための穿刺針抜け検出装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、本発明の請求項1にかかる穿刺針抜け検出装置は、患者の血液を対外循環させるための穿刺針を有する血液循環回路における前記穿刺針の針抜けを検出する穿刺針検出装置において、前記血液循環回路における拍動による振動を検出し、振動に応じた信号を出力する振動検出手段と、当該振動検出手段から出力された信号の周波数特性を算出する周波数特性算出手段と、前記周波数特性算出手段で算出した周波数特性に基づき、前記穿刺針の針抜けを検出する穿刺針抜け判定手段と、を備えることを特徴としている。
【0010】
請求項2にかかる穿刺針抜け検出装置は、前記周波数特性算出手段は、前記振動検出手段から出力された信号のパワースペクトルを算出し、前記穿刺針抜け判定手段は、前記周波数特性算出手段により算出されたパワースペクトルに基づき前記穿刺針の針抜けを検出することを特徴としている。
請求項3にかかる穿刺針抜け検出装置は、穿刺状態において前記振動検出手段から出力された信号に基づくパワースペクトルを標準パワースペクトルパターンとして保持する記憶手段を備え、前記穿刺針抜け判定手段は、前記記憶手段に記憶されている前記標準パワースペクトルパターンと、前記周波数特性算出手段で算出されたパワースペクトルのパターンとを照合することにより前記穿刺針の針抜けを検出することを特徴としている。
【0011】
請求項4にかかる穿刺針抜け検出装置は、前記穿刺針抜け判定手段は、前記記憶手段に記憶されている前記標準パワースペクトルパターンと、前記周波数特性算出手段で算出されたパワースペクトルのパターンとのパターン間の距離を演算し、当該パターン間の距離に基づき前記穿刺針の針抜けを検出することを特徴としている。
請求項5にかかる穿刺針抜け検出装置は、前記穿刺針抜け判定手段は、前記算出されたパワースペクトルのピーク値に対応した周波数と、前記標準パワースペクトルパターンのピーク値に対応した周波数とに基づき前記穿刺針の針抜けを検出することを特徴としている。
【0012】
請求項6にかかる穿刺針抜け検出装置は、前記穿刺針抜け判定手段は、前記パワースペクトルのピーク値と、前記標準パワースペクトルパターンのピーク値とに基づき前記穿刺針の針抜けを検出することを特徴としている。
請求項7にかかる穿刺針抜け検出装置は、前記血液循環回路は、動脈側穿刺針が取り付けられた動脈側血液回路と静脈側穿刺針が取り付けられた静脈側血液回路とを有し、前記振動検出手段は前記静脈側血液回路の振動を検出し、前記穿刺針抜け判定手段は、前記静脈側穿刺針の針抜けを検出することを特徴としている。
【発明の効果】
【0013】
本発明の穿刺針抜け検出装置によれば、血液循環回路における拍動による振動を検出し、振動に応じた信号の周波数特性に基づき、穿刺針の針抜けを検出するため、患者に非接触で、医療スタッフの負担となるような特殊な操作を必要とせず、且つ低コストな穿刺針抜け検出装置を実現することができる。
特に、穿刺状態におけるパワースペクトルを標準パワースペクトルパターンとして記憶手段に記憶しておき、算出したパワースペクトルのパターンと記憶していた標準パワースペクトルパターンとを照合することにより、針抜けを検出するようにしているため、雑音の影響を低減することができより高精度に穿刺針抜け状態であるか否かを判定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の穿刺針抜け検出装置の一例を示す概略構成図である。
【図2】穿刺状態における静脈側血液回路の回路音信号波形の一例である。
【図3】周波数特性算出手段の処理手順の一例を示すフローチャートである。
【図4】穿刺状態における回路音対数パワー波形の一例である。
【図5】穿刺状態におけるパワースペクトルの一例である。
【図6】穿刺状態にない場合の静脈側血液回路の回路音信号波形の一例である。
【図7】穿刺状態にない場合の回路音対数パワー波形の一例である。
【図8】穿刺状態にない場合のパワースペクトルの一例である。
【図9】穿刺状態におけるパワースペクトルと穿刺状態にない場合のパワースペクトルとを重畳表示した図である。
【図10】標準パワースペクトルパターンの一例である。
【図11】標準パワースペクトルパターンと穿刺状態におけるパワースペクトルとを重畳表示した図である。
【図12】標準パワースペクトルパターンと穿刺状態にない場合のパワースペクトルとを重畳表示した図である。
【図13】静脈側針抜け判定手段の処理手順の一例を示すフローチャートである。
【図14】穿刺状態にある場合および穿刺状態にない場合のパワースペクトルにおけるピーク値およびピーク周波数を表したものである。
【図15】ピーク周波数の閾値およびピーク値の閾値の一例である。
【図16】穿刺状態におけるパワースペクトルのパターンとピーク値の閾値およびピーク周波数の閾値との関係を示す図である。
【図17】穿刺状態にない場合のパワースペクトルのパターンとピーク値の閾値およびピーク周波数の閾値との関係を示す図である。
【図18】穿刺状態におけるパワースペクトルに雑音が含まれる場合の、パワースペクトルとピーク値の閾値およびピーク周波数の閾値との関係を示す図である。
【図19】穿刺状態におけるパワースペクトルに雑音が含まれる場合の、パワースペクトルとピーク値の閾値およびピーク周波数の閾値との関係を示す図である。
【図20】雑音が含まれる場合の回路音対数パワーの一例である。
【図21】雑音が含まれる場合の回路音対数パワーの一例である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態について図面を参照しながら具体的に説明する。
図1は、血液透析装置10の一例および本発明における穿刺針抜け検出装置20の一例を示す概略構成図である。
血液透析装置10は、例えば図1に示すように、患者に穿刺して血液を取り出す動脈側穿刺針1、浄化前の血液を通す動脈側血液回路2、血液を浄化するダイアライザ3、浄化された血液を通す静脈側血液回路4、浄化された血液を患者に戻す静脈側穿刺針5、体外循環血液及び透析液の流量を調整する透析装置本体6、透析液を供給する透析液供給装置7、透析後の廃液を処理する透析廃液処理装置8と、から主に構成される。
【0016】
そして、動脈側穿刺針1及び静脈側穿刺針5を患者に穿刺した状態で、透析装置本体6を駆動させると、患者の血液は、動脈側穿刺針1、および動脈側血液回路2を通ってダイアライザ3に至り、該ダイアライザ3によって血液浄化が施され、静脈側血液回路4、および静脈側穿刺針5を通って患者の体内に戻る。
一方、穿刺針抜け検出装置20は、血液透析装置10に付加する形で実現される。
【0017】
図1に示すように、穿刺針抜け検出装置20は、静脈側血液回路4に装着され、血流により生じる静脈側血液回路4の振動を電気信号として検出する振動検出手段21と、前記振動検出手段21により検出された電気信号の周波数特性を算出する周波数特性算出手段22と、前期周波数特性算出手段22により算出された周波数特性から静脈側穿刺針抜けと判定する静脈側穿刺針抜け判定手段(穿刺針抜け判定手段)23と、後述の穿刺状態標準パワースペクトルパターンを記憶するための書き換え可能な不揮発性の記憶手段24と、患者を識別するための識別番号を入力するための入力手段25と、から成る。
【0018】
前記振動検出手段21は、静脈側血液回路4の振動を測定するものであって例えば、拍動に伴って静脈側血液回路4に生じる回路音を振動音として測定するマイクロホンフォンで構成される。このマイクロフォンは周囲環境音等を集音しないように静脈側血液回路4に近接して設けられている。
なお、ここでは、マイクロフォンを用いた場合について説明したが、例えば圧力センサにより、拍動に伴って生じる圧力変動を振動として検出するようにしてもよく、拍動による振動に応じた電気信号を出力することのできる検出装置であれば適用することができる。
【0019】
前記周波数特性算出手段22および静脈側穿刺針抜け判定手段23は、マイクロコンピュータ等の演算処理装置で構成され、周波数特性算出手段22は、前記振動検出手段21で検出された回路音の測定データに対して周波数解析を行って、パワースペクトルを算出する。静脈側穿刺針抜け判定手段23は、入力手段25から入力された患者を識別するための識別番号に対応する穿刺状態標準パワースペクトルパターンを記憶手段24から読み出し、この穿刺状態標準パワースペクトルパターンと周波数特性算出手段22で算出されたパワースペクトルとをもとに、穿刺針抜けが生じているか否かを判断する。
記憶手段24には、患者毎の穿刺状態標準パワースペクトルパターンが、患者を識別するための識別番号と対応付けられて格納される。
【0020】
つぎに、本発明に係る穿刺針抜け検出装置20の動作を説明する。
なお、ユーザは、まず、穿刺針抜け検出装置20において入力手段25を操作し、透析を行っている患者の識別番号を入力する。前記入力手段25は、患者の識別番号を入力することができればよく、例えばキーボードであってもよく、或いは、診察券が磁気カードで形成され患者の識別番号が記憶されている場合には、この診察券に記憶されている患者の識別番号を読み取る装置であってもよい。
【0021】
動脈側穿刺針1及び静脈側穿刺針5を患者に穿刺した状態で、透析装置本体6を駆動させると、前述のように、患者の血液は、動脈側穿刺針1、および動脈側血液回路2を通ってダイアライザ3に至り、該ダイアライザ3によって血液浄化が施され、静脈側血液回路4、および静脈側穿刺針5を通って患者の体内に戻る。
このとき、静脈側血液回路4に装着された振動検出手段21は、静脈側血液回路4に生じる振動として回路音を集音しこれを電気信号に変換して、回路音信号として出力する。
【0022】
図2は、振動検出手段21としてマイクロフォンを使用し、2kHzサンプリングで30秒間測定した、ある透析患者の穿刺状態における静脈側血液回路4の回路音信号波形を示したものである。なお、図2において横軸は時間〔秒〕、縦軸は回路音信号である。
周波数特性算出手段22は、前記振動検出手段21が検出した回路音信号波形から、周波数特性を算出する。
【0023】
図3は、周波数特性算出手段22で実行される処理の一例を示すフローチャートである。
周波数特性算出手段22は、まず、ステップS1において、振動検出手段21で検出された回路音信号波形を獲得し、この回路音信号波形に対して、10m秒間隔で250m秒区間について回路音信号波形の振幅の二乗和を計算して対数をとり、回路音対数パワーを算出する(ステップS2)。これにより、回路音対数パワー波形を得る(ステップS3)。
【0024】
つまり、例えば、図2の回路音信号波形から図4に示す回路音対数パワー波形を得ることができる。なお、図4において横軸は時間〔秒〕、縦軸は回路音対数パワーである。
図4からわかるように、穿刺状態における回路音対数パワー波形は周期性が非常に高い。
つぎに、ステップS4において、図4の回路音対数パワー波形に対して、ある時間間隔毎にある時間長の区間を切り出して、窓関数をかけて周波数解析を行う。そして、周波数特性としてパワースペクトルを求める(ステップS5)。
【0025】
例えば、図4に示した回路音対数パワー波形の一部から5.12秒区間を切り出し、窓関数をかけて周波数解析して求めることにより、図5に示すパワースペクトルを得ることができる。なお、図5において横軸は周波数〔Hz〕、縦軸はパワーである。
以後、切り出して周波数解析を行う時間間隔をフレーム周期、切り出すデータの時間長をフレーム長とよぶ。図5より、切り出した区間中の、パワースペクトル中に、拍動に対応した鋭いピークが存在することがわかる。
【0026】
一方、穿刺状態にない場合における30秒間の静脈側血液回路4の回路音信号波形を図6、上記と同様に図3の処理手順にしたがって演算した図6の回路音信号波形から求めた回路音対数パワー波形を図7に示す。なお、図6において横軸は時間、縦軸は回路音信号である。また、図7において横軸は時間、縦軸は回路音対数パワーである。
【0027】
図7からわかるように、穿刺状態にない場合の回路音対数パワー波形は、図4に示す穿刺状態における回路音対数パワー波形に比較して周期性が低い。図7に示した回路音対数パワー波形の一部である、5.12秒区間(フレーム長:5.12秒)に対して、図3の手順で、窓関数をかけて周波数解析を行って抽出したパワースペクトルを図8に示す。図8に示すように、穿刺状態にない場合のパワースペクトルは、図5に示す穿刺状態におけるパワースペクトルに比較して、全体的に平坦で、拍動に対応した鋭いピークが存在しないことがわかる。なお、図8において横軸は周波数〔Hz〕、縦軸はパワーである。
【0028】
図9は、穿刺状態にあるときの回路音信号から求めた図5のパワースペクトルと、穿刺状態にない場合の回路音信号から求めた図8のパワースペクトルとを重畳表示したものである。
本願の静脈側穿刺針抜け判定手段23では、図9に示す、穿刺状態にある場合のパワースペクトルのパターンと、穿刺状態にない場合のパワースペクトルのパターンとの違いを利用して穿刺針抜けの検出を行う。
例えば、図10は、図5に示す回路音信号のパワースペクトルを測定した透析患者の、透析直後の回路音信号のパワースペクトルである。なお、図10において横軸は周波数〔Hz〕、縦軸はパワーである。
【0029】
このような、透析直後の回路音信号から求めたパワースペクトルのパターンを穿刺状態標準パワースペクトルパターン(以後、標準パワースペクトルパターンともいう)Pstd(f)として、患者を識別するための識別番号と対応付けて記憶手段24に記憶しておく。そして、針抜け状態であるか否かを判断する際には、透析を行っている患者に対応する標準パワースペクトルパターンPstd(f)を記憶手段24から読み出し、読み出した標準パワースペクトルパターンPstd(f)と、回路音信号から計算されるパワースペクトルのパターンP(f)(以後、単にパワースペクトルパターンP(f)という)とを照合する。そして、これらパターン間の距離が、ある閾値以上となるときに穿刺針抜け状態として判定する。
【0030】
前記パターン間の距離としては、例えば、図11、図12に示すように、ピークが現れると予測される周波数領域[f1、f2]を予め設定しておき、その周波数領域において、標準パワースペクトルパターンPstd(f)と血液回路音から求めたパワースペクトルパターンP(f)とについて同一周波数におけるパワースペクトルの差d(f)=P(f)−Pstd(f)の、二乗の総和Σ{d(f)}2、または絶対値の総和Σ|d(f)|を用いる。
【0031】
図13は、静脈側穿刺針抜け判定手段23で実行される処理の一例を示すフローチャートを示したものである。
すなわち、静脈側穿刺針抜け判定手段23では、まず、入力手段25で入力された患者の識別番号に対応する標準パワースペクトルパターンを、記憶手段24から読み出す(ステップS11)。そして、周波数特性算出手段22で算出した判定対象のパワースペクトルパターンを読み込み(ステップS12)、上述の手順でパターン間の距離を求め、これに基づいて穿刺状態であるか否かの判定を行う(ステップS13)。そして、穿刺状態である場合にはステップS14に移行して、判定対象であるパワースペクトルパターンを所定の記憶領域に一時的に記憶し(ステップS14)、ステップS15からステップS12に戻ってつぎのパワースペクトルパターンに対して同様の手順で判定処理を行う。
【0032】
そして、透析が終了したときにはステップS15からステップS16に移行し、一時記憶していたパワースペクトルパターンを、標準パワースペクトルパターンとして記憶手段24に更新記憶する。
なお、ここでは、パワースペクトルを求める周波数解析を行うための切り出しを行った際の前記フレーム長の1区間におけるパワースペクトルを、そのまま標準パワースペクトルパターンとして更新設定しているが、これに限るものではない。
【0033】
例えば、測定を行った全時間区間について、前記フレーム長の区間毎のパワースペクトルを所定領域に一時記憶しておき、一時記憶されていた全時間区間における前記区間毎のパワースペクトルのうちのある時刻におけるパワースペクトルを、標準パワースペクトルパターンとして更新設定してもよい。また、一時記憶されていた全時間区間における前記区間毎のパワースペクトルのうち、ある時間区間におけるパワースペクトルの平均を求め、これを標準パワースペクトルパターンとして更新設定してもよい。さらに、一時記憶した全期間における前記区間毎のパワースペクトルの平均を求め、これを標準パワースペクトルパターンとして更新設定してもよい。
【0034】
一方、ステップS13で、穿刺状態にないと判定される場合にはステップS17に移行し、例えばアラームを発生するなどして、医療スタッフ或いは患者に穿刺針抜け状態であることを通知する。そして、ステップS16に移行し、穿刺状態にあると判定されたときのパワースペクトルのパターンを、標準パワースペクトルパターンとして記憶手段24に更新記憶する。そして処理を終了する。
【0035】
つまり、透析中、患者は通常安静にしているため脈拍は安定しており、また、安定状態における脈拍数やその強さは同等とみなすことができる。したがって、安静状態において得られるパワースペクトルのパターンを標準パワースペクトルパタ―ンとして記憶しておき、この標準パワースペクトルパターンと、回路音信号から得たパワースペクトルのパターンとを比較することによって、得られた回路音信号のパワースペクトルのパターンが拍動によるパワースペクトルのパターンを表しているか否かを的確に判断することができる。
【0036】
そして、回路音信号から得たパワースペクトルパターンが標準パワースペクトルパターンと同等程度でない場合には、本来脈拍により生じるべきパワースペクトルパターンが生じていないことになるため、すなわち、穿刺針抜けが生じたとみなすことができる。
また、静脈側針判定手段23では、前述のようにある周波数領域における、標準パワースペクトルパターンPstd(f)と回路音信号から得たパワースペクトルパターンP(f)とについて同一周波数におけるパワースペクトルの差d(f)に基づき、パターン間の距離を演算している。
【0037】
ここで、前述のように、図11に示す、穿刺状態における回路音信号から得たパワースペクトルは、拍動による比較的鋭いピークを有するパターンとなる。一方、図12に示す、穿刺状態にない場合の回路音信号のパワースペクトルは、比較的なだらかな形状のパターンとなり、ピークはあるものの、他部分との差は小さい。
そのため、図11に示すように、穿刺状態における回路音信号のパワースペクトルパターンと、標準パワースペクトルパターンとは、比較的近似したパターン形状となるため、標準パワースペクトルパターンPstd(f)と回路音信号のパワースペクトルパターンP(f)とにおける同一周波数における差d(f)は比較的小さい。
【0038】
これに対し、穿刺状態にない場合の回路音信号のパワースペクトルは図12に示すように、標準パワースペクトルパターンのようなピークを持たないパターンとなるため、標準パワースペクトルパターンPstd(f)と回路音信号のパワースペクトルパターンP(f)とにおける同一周波数における差d(f)は、穿刺状態における差d(f)に比較して大きく、その結果、穿刺状態におけるパターン間の距離と、穿刺していない状態におけるパターン間の距離との差は比較的大きくなる。そのため、穿刺状態にあるか否かを明確に判別することができる。したがって、拍動による回路音以外の雑音による誤判断を回避することができる。
【0039】
また、前述のように、安静状態での脈拍によるパワースペクトルは、標準パワースペクトルパターンと同等程度のパターン形状となるとはいうものの、脈拍の変動や雑音が重畳されること等により変動する可能性がある。
しかしながら、前述のように、図11に示す、拍動による比較的鋭いピークを有する穿刺状態におけるパワースペクトルパターンは、図12に示す、穿刺状態にない場合のパワースペクトルパターンに比較して、標準パワースペクトルパターンに、より近似した形状となるため、仮に、回路音信号のパワースペクトルパターンにずれが生じたり、雑音が重畳されたりしたとしても、パターン間の距離は、穿刺状態にない場合のパターン間の距離に比較して比較的小さな値となる。したがって、回路音信号のパワースペクトルパターンにずれが生じたり、雑音が重畳されたりしたとしても拍動により生じたパワースペクトルパターンであることを的確に判断することができる。
【0040】
また、標準パワースペクトルパターンとして、実際に検出された穿刺状態にあるときの回路音信号のパワースペクトルを記憶手段24に記憶し、この記憶した標準パワースペクトルパターンを利用して穿刺状態にあるか否かを判断するようにしている。つまり、標準パワースペクトルパターンには、周囲環境による定常的な雑音が含まれている。したがって、穿刺状態にあるか否かの判断において、周囲環境による定常的な雑音による影響を抑制することができる。
【0041】
そして、上述のように振動検出手段21は、静脈側血液回路4に設けられているため、患者には非接触である。また、穿刺状態にあるときの回路音信号のパワースペクトルは自動的に記憶手段24に記憶するようになっているため、医療スタッフは穿刺針抜け検出装置20を作動させるだけでよく、医療スタッフの負担は少ない。また、振動検出手段21はマイクロフォン或いは圧力センサなどであり特殊な装置を必要とすることはないため、大幅なコスト増加を伴うことなく、穿刺針抜けを的確に検出することのできる穿刺針抜け検出装置を実現することができる。
【0042】
また、上記実施の形態においては、回路音信号のパワースペクトルのパターンを、標準パワースペクトルパターンのパターン形状と比較することによって、穿刺状態であるか否かを判断する場合について説明したが、これに限るものではない。
例えば、前記の周波数領域[f1、f2]において、回路音信号のパワースペクトルパターンP(f)の最大パワー値をピーク値、このピーク値をとる周波数をピーク周波数と呼ぶことにすると、図14に示すように、穿刺状態と穿刺状態にない状態とでは、ピーク値、ピーク周波数ともに違いがあることがわかる。そこで、あらかじめピーク値またはピーク周波数に適当な閾値を設けておき、この閾値を利用することで、穿刺状態と穿刺していない状態とを判別することも可能である。
【0043】
例えば、図15に示すように、標準パワースペクトルパターンPstd(f)のピーク値の50%、またはピーク周波数の75%を閾値とし、検出した回路音信号のパワースペクトルパターンP(f)のピーク値、およびピーク周波数が閾値以下の場合に穿刺針抜け状態と判定する。
図16、図17は、それぞれ、穿刺状態の回路音信号のパワースペクトル(図5)、穿刺状態にない場合の回路音信号のパワースペクトル(図8)に、図15に示すピーク値およびピーク周波数の閾値を適用した場合を表したものである。閾値を用いて判断することによって、ピーク値、ピーク周波数いずれにおいても、穿刺状態にあるか否かを正しく判定できることがわかる。
【0044】
さらに、図18、図19は、穿刺状態にある場合の回路音信号に、拍動による回路音以外の雑音が混じり、回路音対数パワー波形に、それぞれ図20や図21に示したような乱れが生じた場合のパワースペクトルのパターンについて、図15に示す閾値を適用した場合の判定結果を示した図である。これより、拍動による回路音以外の雑音が混じった場合でも、ピーク値、ピーク周波数いずれの閾値を用いても穿刺状態と判定されていることがわかる。
【0045】
なお、ここでは、ピーク値、ピーク周波数のいずれかに閾値を設定することで穿刺状態であるか否かの判断を行う場合について説明したが、ピーク値およびピーク周波数の両方に閾値を設定し、ピーク値およびピーク周波数がともに閾値を超えるときに穿刺状態、そうではないときに穿刺状態にないと判定するように構成することも可能であり、このように、ピーク値およびピーク周波数の両方に判定条件を設定することによって、穿刺状態であるか否かの判断をより的確に行うことができる。
【0046】
また、閾値の設定だけではなく、穿刺状態を示す領域を設定してもよく、すなわち、判定対象のパワースペクトルのピーク値やピーク周波数が当該設定した領域に含まれる場合に穿刺状態、そうではないときに穿刺状態にないと判定するように構成することも可能である。また、上記閾値や穿刺状態を示す領域は標準パワースペクトルパターンに基づいて設定されてもよい。
【0047】
また、さらに、回路音信号のパワースペクトルパターンと標準パワースペクトルパターンとのパターン間の距離も考慮して穿刺状態であるか否かの判断を行うようにすることも可能である。
また、上記実施の形態では、標準パワースペクトルパターンを、透析終了時に更新記憶する場合について説明したが、標準パワースペクトルパターンは、透析中に求めなおして更新してもよい。
【0048】
また、標準パワースペクトルパターンは、必ずしも透析を行う毎に更新する必要はなく任意のタイミングで更新することも可能である。つまり、標準パワースペクトルパターンのパターン形状に基づき穿刺状態であるか否かを判断するようにしているため、現在の患者の状況に則した標準パワースペクトルパターンを用いて、穿刺状態であるか否かを判断することが望ましい。したがって、例えば、体温が高い場合など脈拍数が通常よりも多くなると予測されるときには、まず穿刺状態におけるパワースペクトルを求めてこれを標準パワースペクトルパターンとして更新記憶し、この更新設定した現在の患者の状況に則した標準パワースペクトルパターンを用いて、穿刺状態であるか否かを判断するようにしてもよい。
【0049】
また、標準パワースペクトルパターンの、記憶手段24への更新記憶は、自動で行う場合に限るものではなく、手動にて更新記憶するように構成することも可能である。つまり、例えば、透析開始時に刺針を患者に刺した時点では医療スタッフが穿刺状態にあることを確認している状態であるため、医療スタッフが穿刺針を患者に刺した後、様子を見守っている時点で、医療スタッフが手動にて更新操作を行うことで、その時点におけるパワースペクトルのパターンを、標準パワースペクトルパターンとして更新記憶するようにしてもよい。この場合には、更新記憶指示入力を行う手動入力手段を設け、手動入力手段により更新記憶指示入力がなされたときに更新記憶する構成とすればよい。
【0050】
また、このように、透析開始時に、標準パワースペクトルパターンを獲得する構成とした場合には、必ずしも不揮発性の記憶手段24を設ける必要はなく、ある患者が透析を行っている間のみ標準パワースペクトルパターンを保持する一時的な記憶領域を確保すればよい。
また、透析終了時に自動的に標準パワースペクトルパターンを更新記憶すると共に、手動でも更新記憶できるように構成してもよい。このようにすることによって、任意のタイミングで更新記憶することができる。この場合には、前記更新記憶指示入力を行う機能を前記入力手段25に設けることも可能である。
【0051】
また、上記実施の形態においては、振動検出手段21を、静脈側血液回路4の静脈側穿刺針5に比較的近い位置に設けた場合について説明したが、これに限るものではなく拍動に応じた振動を検出することのできる位置であればどこに設けてもよい。
また、振動検出手段21を1つ設けた場合について説明したが、1つに限らず、複数の振動検出手段21を設けることも可能であり、また、振動検出手段21として、マイクロフォンと圧力センサなど、種類の異なる振動検出手段を用いることも可能である。
【0052】
また、上記実施の形態においては、静脈側の穿刺針抜けを検出する場合について説明したがこれに限るものではなく、動脈側の穿刺針抜けを検出することもできる。この場合には、動脈側血液回路2に振動検出手段21を設ければよい。
また、動脈側血液回路2および静脈側血液回路4の両方に振動検出手段21を設けることも可能である。
また、上記実施の形態においては、図1に示す血液透析装置10に適用した場合について説明したが、これに限るものではなく、拍動による振動を検出することのできる血液透析装置であれば適用することができる。また、血液透析装置に限らず、成分献血する場合の血液処理装置など、体外で血液を循環させる装置に適用することができる。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明によれば、例えば、透析患者の静脈側血液回路の回路音信号を測定して静脈側穿針抜けを検知する、患者に非接触、且つ特殊な操作を必要としない穿刺針抜け検出装置を提供することができる。
【符号の説明】
【0054】
3 ダイアライザ
4 静脈側血液回路
5 静脈側穿刺針
10 血液透析装置
20 静脈側穿刺針検出装置
21 振動検出手段
22 周波数特性算出手段
23 静脈側穿刺針抜け判定手段
24 記憶手段
25 入力手段
【特許請求の範囲】
【請求項1】
患者の血液を対外循環させるための穿刺針を有する血液循環回路における前記穿刺針の針抜けを検出する穿刺針検出装置において、
前記血液循環回路における拍動による振動を検出し、振動に応じた信号を出力する振動検出手段と、
当該振動検出手段から出力された信号の周波数特性を算出する周波数特性算出手段と、
前記周波数特性算出手段で算出した周波数特性に基づき、前記穿刺針の針抜けを検出する穿刺針抜け判定手段と、を備えることを特徴とする穿刺針抜け検出装置。
【請求項2】
前記周波数特性算出手段は、前記振動検出手段から出力された信号のパワースペクトルを算出し、
前記穿刺針抜け判定手段は、前記周波数特性算出手段により算出されたパワースペクトルに基づき前記穿刺針の針抜けを検出することを特徴とする請求項1記載の穿刺針抜け検出装置。
【請求項3】
穿刺状態において前記振動検出手段から出力された信号に基づくパワースペクトルを標準パワースペクトルパターンとして保持する記憶手段を備え、
前記穿刺針抜け判定手段は、前記記憶手段に記憶されている前記標準パワースペクトルパターンと、前記周波数特性算出手段で算出されたパワースペクトルのパターンとを照合することにより前記穿刺針の針抜けを検出することを特徴とする請求項2記載の穿刺針抜け検出装置。
【請求項4】
前記穿刺針抜け判定手段は、前記記憶手段に記憶されている前記標準パワースペクトルパターンと、前記周波数特性算出手段で算出されたパワースペクトルのパターンとのパターン間の距離を演算し、当該パターン間の距離に基づき前記穿刺針の針抜けを検出することを特徴とする請求項3記載の穿刺針抜け検出装置。
【請求項5】
前記穿刺針抜け判定手段は、前記算出されたパワースペクトルのピーク値に対応した周波数と、前記標準パワースペクトルパターンのピーク値に対応した周波数とに基づき前記穿刺針の針抜けを検出することを特徴とする請求項3または請求項4記載の穿刺針抜け検出装置。
【請求項6】
前記穿刺針抜け判定手段は、前記パワースペクトルのピーク値と、前記標準パワースペクトルパターンのピーク値とに基づき前記穿刺針の針抜けを検出することを特徴とする請求項3から請求項5のいずれか1項に記載の穿刺針抜け検出装置。
【請求項7】
前記血液循環回路は、動脈側穿刺針が取り付けられた動脈側血液回路と静脈側穿刺針が取り付けられた静脈側血液回路とを有し、前記振動検出手段は前記静脈側血液回路の振動を検出し、
前記穿刺針抜け判定手段は、前記静脈側穿刺針の針抜けを検出することを特徴とする請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の穿刺針抜け検出装置。
【請求項1】
患者の血液を対外循環させるための穿刺針を有する血液循環回路における前記穿刺針の針抜けを検出する穿刺針検出装置において、
前記血液循環回路における拍動による振動を検出し、振動に応じた信号を出力する振動検出手段と、
当該振動検出手段から出力された信号の周波数特性を算出する周波数特性算出手段と、
前記周波数特性算出手段で算出した周波数特性に基づき、前記穿刺針の針抜けを検出する穿刺針抜け判定手段と、を備えることを特徴とする穿刺針抜け検出装置。
【請求項2】
前記周波数特性算出手段は、前記振動検出手段から出力された信号のパワースペクトルを算出し、
前記穿刺針抜け判定手段は、前記周波数特性算出手段により算出されたパワースペクトルに基づき前記穿刺針の針抜けを検出することを特徴とする請求項1記載の穿刺針抜け検出装置。
【請求項3】
穿刺状態において前記振動検出手段から出力された信号に基づくパワースペクトルを標準パワースペクトルパターンとして保持する記憶手段を備え、
前記穿刺針抜け判定手段は、前記記憶手段に記憶されている前記標準パワースペクトルパターンと、前記周波数特性算出手段で算出されたパワースペクトルのパターンとを照合することにより前記穿刺針の針抜けを検出することを特徴とする請求項2記載の穿刺針抜け検出装置。
【請求項4】
前記穿刺針抜け判定手段は、前記記憶手段に記憶されている前記標準パワースペクトルパターンと、前記周波数特性算出手段で算出されたパワースペクトルのパターンとのパターン間の距離を演算し、当該パターン間の距離に基づき前記穿刺針の針抜けを検出することを特徴とする請求項3記載の穿刺針抜け検出装置。
【請求項5】
前記穿刺針抜け判定手段は、前記算出されたパワースペクトルのピーク値に対応した周波数と、前記標準パワースペクトルパターンのピーク値に対応した周波数とに基づき前記穿刺針の針抜けを検出することを特徴とする請求項3または請求項4記載の穿刺針抜け検出装置。
【請求項6】
前記穿刺針抜け判定手段は、前記パワースペクトルのピーク値と、前記標準パワースペクトルパターンのピーク値とに基づき前記穿刺針の針抜けを検出することを特徴とする請求項3から請求項5のいずれか1項に記載の穿刺針抜け検出装置。
【請求項7】
前記血液循環回路は、動脈側穿刺針が取り付けられた動脈側血液回路と静脈側穿刺針が取り付けられた静脈側血液回路とを有し、前記振動検出手段は前記静脈側血液回路の振動を検出し、
前記穿刺針抜け判定手段は、前記静脈側穿刺針の針抜けを検出することを特徴とする請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の穿刺針抜け検出装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【公開番号】特開2012−196272(P2012−196272A)
【公開日】平成24年10月18日(2012.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−61298(P2011−61298)
【出願日】平成23年3月18日(2011.3.18)
【出願人】(000000033)旭化成株式会社 (901)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年10月18日(2012.10.18)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年3月18日(2011.3.18)
【出願人】(000000033)旭化成株式会社 (901)
【Fターム(参考)】
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