説明

粘土層間にインターカレーションした鉄イオンの磁性化方法

【課題】 従来、電子伝導性及びイオン伝導性用の電極は、主に金属性或いはセラミックス等にプラズマCVD(蒸着)などの方法により磁性物質をコーテイングして作製されていた。しかし、この方法では磁性物質そのものは電極母材の表面にしか付着されないばかりか、800℃以上の高温で処理を行う必要性があること、還元性ガス雰囲気で処理を施す等の作製に関する制約条件が課せられている。
【解決手段】 本発明は、母材であるスメクタイト(粘土鉱物)の積層層間の陽イオンを、作製しようとする磁性体粒子の陽イオン(鉄イオン)と交換することにより結合的にも安定で、しかも微細粒の磁性体を粘土鉱物組成の中に作製することを可能とする磁性化の方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、粘土結晶構造中に取り込まれた2価の鉄イオンを、微細粒子のγ-Fe203及びFe304磁性体粒子に転化する方法に関するものである。
粘土鉱物の特徴は、層間領域に特異な空間が存在していること及び陽イオン交換機能を備え持っていることである。本発明は、この粘土層間領域及び粘土結晶構造上にFe2+イオンを導入・吸着させ、浸入させた2価の鉄イオンを利用して微細な磁性体粒子を粘土鉱物中に生成させる方法に関するものである。
【0002】
このような粘土鉱物を母体とした層間化合物はインターカレーション化合物と呼ばれており、その考えられる応用例として、水の分解用電極、光エネルギーを電気エネルギーに変換する電極、地球温暖化・環境問題で話題となっている二酸化炭素分解反応用電極等がある。更に、極微小サイズの磁性粒子を分子・イオン・クラスターレベル(分子・イオンレベルの大きさの塊)で粘土層間に生成させることにより、新たな働き、機能を持つ粘土修飾化合物の応用開発が期待できる。
【背景技術】
【0003】
従来の磁性体(磁性粉)の製造方法(1)は、主に硫酸鉄結晶を雰囲気炉中で結晶成長(700〜800℃で加熱処理)させ、酸化、還元反応を経て造るのが一般的な方法である。更に、この磁性体粉を利用してイオン伝導性、電子伝導性用電極として使用する場合は、非特許文献1、2等に記載されるように、プラズマCVD(蒸着)などで電極母材の金属あるいはセラミックス表面にコーテイング処理を施す必要があった。即ち、従来、電子伝導性及びイオン伝導性用の電極は、主に金属或いはセラミックス等にプラズマCVD(蒸着)などの方法により磁性物質をコーテイングして作製されていた。
【0004】
又、従来の粘土修飾電極の製造方法(2)においては、その電極が1)高分子薄膜を用いるもの、2)電極表面に活性有機分子を並べるもの、及び3)伝導性の無機高分子を用いるもの等であった。
【非特許文献1】中西典彦、板東尚周「無機材料の化学」、1988発行、p.263〜278
【非特許文献2】藤田英一「新素材」、1987発行、p.90〜112
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記従来の磁性体(磁性粉)(1)の製造方法では、磁性物質そのものが電極母材の表面にしか付着されないばかりか、800℃以上の高温で処理を行う必要性があること、又還元性ガス雰囲気で処理を施す等の作製に関する制約条件が課せられている。
【0006】
又、上記従来の粘土修飾電極(2)の製造方法では、電極反応は、電極と溶液との界面において電気エネルギーによってイオンや分子の状態が変換されることにより起こるため、電極表面に金属錯体のような電極修飾材を並べただけでは電極本体の酸化還元反応は十分に発揮されなかった。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、母体になる粘土結晶構造に2価の鉄イオンをインターカレーション反応(粘土鉱物の層間領域に化学反応等を利用して分子、イオン等を浸入させ、粘土の表面及び層状にあるNa,K,Caイオンと接触させることにより瞬間的な速さで陽イオン交換反応を起こさせる)で導入し、この2価鉄イオンを分子、クラスターレベルの微細な磁性体粒子に転化し、粘土そのものを磁性体物質とするものである。即ち、本発明は、湿式法で大気条件下において粘土層間に直接インターカレーションした2価鉄イオンを用いてγ-Fe203及びFe3O4磁性体を得る方法である。
【0008】
本発明は、粘土鉱物であるスメクタイトの表面及び層間が負電化として卓越しており、鉄イオンなど他の陽イオンを含む溶液と接触させると瞬間的な速さで陽イオン交換反応が起こると言う現象を利用し、粘土に吸着された2価の鉄イオンを微細なγ-Fe203及びFe3O4磁性体粒子へ転化する方法に関するものである。
【0009】
又、本発明は、母材であるスメクタイト(粘土鉱物)の積層層間の陽イオンを、作製しようとする磁性体粒子の陽イオン(鉄イオン)と交換することにより、結合的にも安定で、しかも微細粒の磁性体を粘土鉱物組成の中に作製することを可能とする磁性化方法である。
【0010】
更に又、本発明における、粘土層間にインターカレーションした2価鉄イオンの磁性化は、まずサポナイトのような層状構造を持った粘土鉱物に、大気条件下において、2価の鉄イオンを化学反応により置換、導入し、Fe2+型粘土鉱物の形にする。次に、水酸化ナトリウム、水酸化アンモニウムなどのアルカリ溶液を添加し、水素イオン濃度及び化学反応条件を整えることにより、[O]と[OH]基の橋がかり結合を促進させることによる一種の重合反応をおこさせ、インターカレーションした2価のFeイオンをγ-Fe2O3やFe3O4のような磁性体粒子に転化しようとするものである。
【0011】
本発明に用いた合成サポナイトのようなスメクタイト(粘土鉱物)は、これまでインターカレーション化合物と呼ばれる複合材料の原料の一部として用いられてきている。その用途としては、塗料、印刷インキ、光記録媒体及び粘土修飾電極などがある。所謂、粘土鉱物に別の付加価値を装飾することにより、より一層、使用範囲の広い応用価値を持った物に転化され、使用されている。
【発明を実施するための最適な形態】
【0012】
本発明の、粘土の積層層間に微細磁性体粒子を生成させる具体的な方法を下記に示す。
2価の鉄イオンをスメクタイトにインターカレーションし、Fe2+型スメクタイトを合成する方法は、次のとおりである。
【0013】
(1)脱気純水に硫酸第1鉄(予め計算により求めておいたもの)を加え、アルゴンガスでバブリングしながら溶解する。酸化防止の為、アスコルビン酸を少量添加する。
(2)純水にスメクタイトを分散させ、塩酸でpH:4〜5.5に調整する。
【0014】
(3)両方の溶液を混ぜた後、再度、pHが5〜6になるように塩酸及び水酸化ナトリウム溶液にて調整を行う。
(4)スメクタイトを良く拡散させた後、遠心分離操作を行う(1万rpmにて10分間遠 心分離を行う)。
【0015】
(5)遠心分離された固体に5回の洗浄操作を繰り返す。酸化防止の為、洗浄水にアス コルビン酸を少量添加する。
(6)洗浄後、乾燥する。得られたスメクタイト(合成サポナイト)に取り込まれたFe 2+量はICP発光分析法により算出する。
【0016】
次に、合成したFe2+型スメクタイト中の鉄イオンを微細な磁性体粒子に転化する方法は、次のとおりである。
(Fe3O4の生成)
(1)合成したスメクタイトに10% NaOHを用いてpH:6.5付近に調整する。
【0017】
(2) 反応糟中で反応温度30℃で約30時間保持する。
(3)遠心分離操作を行いFeを含むスメクタイト磁性体粒子を回収する。
(4)回収された磁性体粒子を乾燥する。
(γ-Fe2O3の生成)
(1)合成したスメクタイトを10%NH4OH 溶液を用いてpHを4.5〜6.5の範囲になるように調整する(青色の沈殿物が生ずる)。
【0018】
(2)反応糟中で反応温度30℃で約3時間保持、250〜300℃で1時間保持する。
(3)遠心分離操作を行いFeを含むスメクタイト磁性体粒子を回収する。
(4)回収された磁性体粒子を乾燥する。
【0019】
本発明を添付図面により説明すると、次のとおりである。図1に、本発明により、粘土層間に生成した微細磁性体粒子γ-Fe2O3又はFe3O4の外形写真を示す。図1の丸い円盤状の中央の試料台上部に置かれた粉末が粘土及び生成した磁性粒子である。
【0020】
図2及び図3は、SEM-EDX装置(エネルギー分散型X線回折分析装置付き走査電子顕微鏡)による、本発明で得られたγ-Fe2O3又はFe3O4の定性分析結果及び電子顕微鏡観察写真である。右側の2つの定性分析結果は、それぞれ、その左側に平行に並んで示されている顕微鏡写真部分の定性分析結果であり、Oka(酸素原子のkアルファ線), FeLa(鉄原子のLアルファ線), MgKa(マグネシウム原子のkアルファ線)、SKa(イオウ原子のkアルファ線)、FeKesc(鉄原子のkアルファ線でESCAPE線)等のピークは、そのγ-Fe2O3又はFe3O4の成分組成を示している(X線回折分析において物質にX線を照射すると、そこからエネルギー順位に応じてkアルファ線、Lアルファ線、Mアルファ線等が放出され、それらを検出することによりその物質の定性分析ができる)。
【0021】
図4及び図5は、本発明により得られたγ-Fe2O3又はFe3O4の電子顕微鏡観察写真であり、割合大きめな磁性粒子の場合は、図5の右下の図の中央付近に丸い粒状のものが鉄イオンが吸着している磁性粒子を示している。
【0022】
図6及び図7は、それぞれ、比較用のγ-Fe2O3と本発明の粘土層間に生成したγ-Fe2O3との磁気ヒステリシス曲線(試料に磁場をかけると磁気を帯びた試料の場合はヒステリシス曲線がS字曲線を描く)であり、後者の曲線が前者の曲線と類似しているので、本発明のγ-Fe2O3が磁性体であることが明らかである。
【0023】
図8及び図9は、それぞれ、比較用のFe3O4と本発明の粘土層間に生成したFe3O4との磁気ヒステリシス曲線であり、後者の曲線が前者の曲線と類似しているので、本発明のFe3O4が磁性体であることが明らかである。
【0024】
磁性粒子であるかどうかは、図6〜図9に示されるようなヒステリシス曲線を描くことにより確かめされる。即ち、試料に磁場(単位:テスラ)を掛けると、磁気を帯びる試料の場合は図のようなS字を描く。本発明により得られた粘土磁性体は、完全にヒステリシス曲線を描くので、磁性粒子であると判断される。Fe2O3及びFe3O4の違いは、製法、ヒステリシス曲線、試料の色などから区別している。以下本発明を実施例に基づいて説明する。
【実施例】
【0025】
合成サポナイト(粘土鉱物)に2価の鉄陽イオンを吸着させ、湿式の化学反応を用いて微細なγ-Fe2O3及びFe3O4磁性体粒子を作製し、外部磁場による磁気ヒステリシス特性を調べた。磁束の測定は、MPMS-5型量子干渉磁束計を用いて行った。その様子を、図6、図7、図8及び図9に示す。その結果、γ-Fe2O3及びFe3O4各々の試料に於いて、外部磁場を与えた時にみられる特有のヒステリシス曲線が得られた。縦軸は磁化(磁石に成り易さを表す)で、横軸は磁場を表す。粘土層間に生成した磁性体の磁化は比較用(標準のサンプル)試料よりも弱いが、粘土層間に吸着している2価鉄イオンのミリグラム等量数で解釈した場合、妥当の値である。このスメクタイト試料に吸着されている鉄イオン容量は、ICPプラズマ発光分析結果より約60CECと言う値を獲ている。
【0026】
CEC (cation exchange capacity) : 単位質量の粘土(通常100g)あたりのミリグラム等量数で示す。1ミリグラム等量=1.008mg(水素の場合)
(発明の効果)
積層状の結晶構造を持つスメクタイト層間に鉄イオンを導入し、これらを湿式化学反応を用いて磁性体粒子に転化することにより、微細粒のγ-Fe2O3及びFe3O4などの磁性粘土鉱物(磁性スメクタイト)の創製が可能である。スメクタイトは代表的な粘土鉱物の一つであり、2:1層の四面体シート及び八面体シート状の積層構造であるため、これら層間の陽イオンを鉄イオンと置換し、さらに、シート状の積層隙間に吸着させることにより、結合的により安定な微細磁性体粒子への転化が可能であると共に、粘土鉱物そのものを磁性体に転化できる、と言う本発明に特有の顕著な効果を生ずる。
【産業上の利用可能性】
【0027】
粘土層間に2価鉄イオンをインターカレイトし、湿式化学反応を用いることにより微細粒径を持つ磁性体粒子の創製が可能となった。この磁性体粘土を用いた粘土修飾電極は、(1)大がかりな装置・手法がいらない低環境負型二酸化炭素分解反応、(2)電池やセンサー、(3)水の分解に対する触媒機能の向上、(4)光エネルギーを電気エネルギーに変換、(5)不斉合成及びh有害物分解、としての応用開発が期待できる。しかし、実用上の問題点として電極上にいかに機械的に強固な粘土膜を作成するかが製品化の大きなキーポイントとなっており、粘土修飾電極はいまだ未製品化であるため、今後の展開として先に原研で開発した超臨界水熱ホットプレス装置(特開2001−347154号公報)を用いて、実用に即した機械的強度の高い活性金属粘土修飾電極の開発を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】粘土層間に生成した微細磁性体粒子のサンプルの外形写真である。(Fe3O4及びγ-Fe2O3)
【図2】SEM-EDX装置によるγ-Fe2O3の定性分析及び電子顕微鏡観察写真(SEM)である。
【図3】SEM-EDX装置によるFe3O4の定性分析及び電子顕微鏡観察写真(SEM)である。
【図4】γ-Fe2O3の電子顕微鏡観察写真(SEM)である。
【図5】Fe3O4の電子顕微鏡観察写真(SEM)である。
【図6】量子干渉磁束計で測定したγ-Fe2O3の磁気ヒステリシス曲線(比較用標準試料)である。
【図7】同じく、粘土層間に生成したγ-Fe2O3の磁気ヒステリシス曲線である。
【図8】同じく、Fe3O4の磁気ヒステリシス曲線(比較用標準試料)である。
【図9】同じく、粘土層間に生成したFe3O4の磁気ヒステリシス曲線である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
八面体格子を持つサポナイト及びモンモリロナイト粘土層状構造の中心及び層間領域に2価の鉄イオンをイオン交換法により置換、導入し、この鉄イオンを微細な分子レベルの磁性体に転化する方法。
【請求項2】
硫酸鉄とスメクタイト粘土鉱物とを混合し、その混合物をpH調整した後に分離処理し、分離された固体を洗浄後に乾燥し、2価鉄イオンを吸着したスメクタイト粘土鉱物を得、この得られた鉱物にアルカリ溶液を添加してpH調整して水素イオン濃度及び化学反応条件を整えることによる一種の重合反応を行い、粘土鉱物にインターカレーションした2価のFeイオンをγ-Fe2O3又はFe3O4のような磁性体粒子に転化した後、その磁性体粒子を分離、乾燥することからなる請求項1記載の方法。












【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−93298(P2006−93298A)
【公開日】平成18年4月6日(2006.4.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−275149(P2004−275149)
【出願日】平成16年9月22日(2004.9.22)
【出願人】(000004097)日本原子力研究所 (55)
【Fターム(参考)】