説明

糖由来の低分子ヒドロゲル化剤、および前記ヒドロゲル化剤を有効成分とするヒドロゲル

【課題】ゲル化する溶媒が水と親水性有機溶媒の混合液のみならず、水だけの場合でも良好なゲル化機能を示し、かつ安価な新規低分子ヒドロゲル化剤を提供する。
【解決手段】下記一般式(I)で表される糖由来の低分子ヒドロゲル化剤である。


(式中、Aは糖の残基を表し、R1及びR2は独立して水素、メチル、ヒドロキシ基、メトキシ基、フッ素、クロル、ブロム、またはヨウ素を表し、-C(O)-Rはヒドロキシ脂肪酸から誘導されるアシル基を表す)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糖由来の低分子ヒドロゲル化剤に関し、特に、水及び親水性有機溶媒を含む水の両方に対しゲル化能を有する低分子ヒドロゲル化剤に関する。本発明はまた新規化合物に関する。
【背景技術】
【0002】
水をゲル化するヒドロゲル化剤は衛生用品、化粧品、食品、医薬品、分析科学の分野を含む様々な分野で注目を集めている材料である。
【0003】
従来実用的に用いられているヒドロゲル化剤は、ほとんどが天然あるいは人工の高分子由来であった。天然由来の高分子は多糖類、コラーゲンなどがあげられるが種類、機能が限られている。人工高分子はポリアクリルアミドなどがあげられ、優れた生体適合性を示すものもあるが、生分解性などに問題がある。また、高分子ヒドロゲル化剤は一般的に1wt%以下の濃度でゲル化することが少なく、ゲル化には高濃度、すなわち多量のゲル化剤が必要であった。
これに対して優れた生分解性、生体適合性を期待できる低分子ヒドロゲル化剤が近年研究されている。また低分子ヒドロゲル化剤は1wt%以下の低濃度でゲル化するものも多い。しかしながら、これまでに報告されている低分子化合物は合成が煩雑であり、実用化に向けてはコスト面で問題があった(特許文献1)。一方、低分子ヒドロゲル化剤の例として、フェニル-β-グルコピラノシド誘導体は、比較的安価な原料から簡便に合成することができる。さらに、この化合物は水−親水性有機溶媒の混合液をゲル化することが報告されている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2003−327949号公報
【特許文献2】特開2003−49154号公報
【特許文献3】EP0357428A1
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、上述のフェニル-β-グルコピラノシド誘導体は、溶媒が水だけではゲル化機能を示さず、有機溶媒の添加が必須であった。その理由として、フェニル-β-グルコピラノシド誘導体の親水性の低さにより、純水への溶解性が極めて低く、かつ結晶化が極めて速く進んでしまうということが挙げられる。
本発明は、このような従来技術の有する課題を鑑みてなされたものであり、フェニル-β-グルコピラノシド誘導体の分子構造を見直し、分子の親水性を向上させることにより、水−親水性有機溶媒の混合液だけでなく、水だけでもゲル化機能を示す安価な新規低分子ヒドロゲル化剤を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、かかる課題に対して鋭意検討を重ねた結果、フェニル-β-グルコピラノシド誘導体の親水性、流動性を向上させるために、疎水基である脂肪酸に親水性の官能基として水酸基が少なくとも一つ導入されたヒドロキシ脂肪酸を用いることを検討した。例えばヒドロキシ脂肪酸である3-ヒドロキシミリスチン酸は、グラム陰性菌細胞壁外膜の構成成分であるリポ多糖(LPS)リピッドAに含まれる部分構造として知られ、水酸基の影響により常温でリピッドAの全体流動性を維持するという特性をもつことから、脂肪酸部位に水酸基を少なくとも一つ導入することにより水中での流動性を改善できるのではないかと考えた。そこで、ヒドロキシ脂肪酸をフェニル-β-グルコピラノシド誘導体に組み込んだ結果、有機溶媒を加えることなく純水中での低分子ヒドロゲル化剤の結晶化を阻害し、極めて少量の添加で水−親水性有機溶媒の混合液だけでなく、溶媒が水だけでもゲル化可能な新規な低分子ヒドロゲル化剤を提供できることが判明した。上記のようなヒドロキシ脂肪酸は、安価に入手可能あるいは低価格の原料を用いて容易に合成することが可能である(上記特許文献3参照)。
【0007】
本発明で得られた低分子ゲル化剤は、上記の知見に基づいて完成したものであり、本発明によれば、以下の発明が提供される。
(1)下記一般式(I)(式中、Aは糖の残基を表し、R1及びR2は独立して水素、メチル、ヒドロキシ、メトキシ、フッ素、クロル、ブロム、またはヨウ素を表し、-C(O)-Rはヒドロキシ脂肪酸から誘導されるアシル基を表す)で表される低分子ヒドロゲル化剤。
【化1】

(2)前記R1及びR2が水素で表される、(1)に記載の低分子ヒドロゲル化剤。
(3)Aが、アルドピラノースの6員環に結合するいずれか一つの水酸基を除いた残基を表す前記(1)または(2)に記載の低分子ヒドロゲル化剤。
(4)前記Aが、β-D-グルコピラノース残基である前記(3)に記載の低分子ヒドロゲル化剤。
(5)ヒドロキシ脂肪酸の炭素数が6−20である前記(1)〜(4)のいずれか一項に記載の低分子ヒドロゲル化剤。
(6)前記(1)〜(5)のいずれかに記載のヒドロゲル化剤によって、水または親水性有機溶媒を含む水がゲル化されたことを特徴とするヒドロゲル。
(7)下記一般式(I)
【化2】

(式中、Aは糖の残基を表し、R1及びR2は独立して水素、メチル、ヒドロキシ基、メトキシ基、フッ素、クロル、ブロム、またはヨウ素を表し、-C(O)-Rはヒドロキシ脂肪酸から誘導されるアシル基を表す)で表される化合物。
【発明の効果】
【0008】
本発明の低分子ヒドロゲル化剤は、ゲル化する溶媒が水と親水性有機溶媒の混合液のみならず、水だけの場合でも良好なゲル化機能を有し、さらに少量のゲル化剤によって大量の溶媒を固化することができるので、保水剤、水分の吸収剤、家庭用汚水廃液固化剤等として、更に水分を多く含む柔軟な材料として生体適合性材料、体内で刺激応答性薬物徐放キャリア、組織・細胞培養の固体培地、蛋白質や核酸などの生体材料分離材などへ応用できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明(化合物1)の例のゲル写真を提供する。
【図2】本発明の低分子ヒドロゲル化剤(化合物1)から得たキセロゲルのFE−SEM(電界放出型走査型電子顕微鏡)像を示す(写真)。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明で得られた低分子ゲル化剤は、水-親水性有機溶媒の混合液のみならず、溶媒が水だけでも良好なゲル化機能を有し、さらに少量(例えば1wt%以下)で透明もしくは無色のゲルを得る事ができる。親水性有機溶媒の例として、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、エチレングリコール、グリセリン、アセトン、テトラヒドロフラン、ジオキサン、アセトニトリル等が挙げられる。水-親水性有機溶媒の混合液を用いる場合、水と親水性有機溶媒の混合比は親水性有機溶媒の含有率が体積百分率で50%以下であることが望ましい。またゲル化能が阻害されない限り水あるいは、水-親水性有機溶媒の混合液に他成分を加えてもよい。このような他成分としては染料、香料、電解質、医療用薬剤などが例として挙げられる。
【0011】
本発明で得られた低分子ヒドロゲル化剤は、一般式(I)(式中、Aは糖の残基を表し、R1及びR2は独立して水素、メチル、ヒドロキシ、メトキシ、フッ素、クロル、ブロム、またはヨウ素を表し、Rはアルキル基を表す)で表され、低分子ヒドロゲル化剤の全構成部位が協奏的に作用し、安定なヒドロゲルを形成できる。
【0012】
一般式(I)中のAは分子中で親水性官能基として機能する糖の残基を表す。この糖は単糖類、オリゴ糖類、又は多糖類のいかなる糖であってもよいが、単糖類であることが好ましい。残基とはこの糖に結合するいずれか一つの水酸基を除いた部位を表す。この単糖類としては、グルコース、ガラクトース、N-アセチルグルコサミン等のヘキソース、Lアラビノシドやヘキシロースのペントース等いずれでもよいが、特にアルドピラノースが好ましい。アルドピラノースとして、α-D-グルコピラノース、α-D-ガラクトピラノース、α-D-マンノピラノース、β-D-グルコピラノース、β-D-ガラクトピラノース、β-D-マンノピラノース等が挙げられるが、より好ましい例としてβ-D-グルコピラノースが挙げられる。
【0013】
一方、上記一般式(I)中、-C(O)-Rはヒドロキシ脂肪酸から誘導されるアシル基を表す。このアシル基の疎水的相互作用によりファイバーを形成して安定したゲルが得られる。このアシル基は直鎖であっても、分枝鎖を有するものであってもよいが、直鎖が好ましい。ただし、Rの炭素鎖が短すぎると水素結合がより支配的になり、結晶性を強く示す。また長すぎると親水性が低下し、水に分散しなくなる。かくしてアシル基の炭素数は6〜20が好ましく10〜15がより好ましい。そのようなヒドロキシ脂肪酸として、ヒドロキシカプロン酸、ジヒドロキシエナント酸、ジヒドロキシカプリル酸、ジヒドロキシペラルゴン酸、ヒドロキシカプリン酸、ヒドロキシウンデカン酸、ヒドロキシラウリン酸、ヒドロキシトリデカン酸、ヒドロキシミリスチン酸、ヒドロキシペンタデカン酸、ヒドロキシパルミチン酸、ヒドロキシマルガリン酸、ヒドロキシステアリン酸、ヒドロキシノナデカン酸、ヒドロキシアラキジン酸、ヒドロキシベヘン酸などが挙げられる。ヒドロキシ基の位置は限定しないがβ位が好ましい。そのなかでより好ましい例として3−ヒドロキシミリスチン酸が挙げられる。ヒドロキシ脂肪酸は水酸基が結合した炭素は不斉となるため、R,S体の光学異性体、およびその混合物が存在し、そのいずれでもよいが、より好ましくはラセミ体である。
【0014】
水又は水-親水性有機溶媒の混合液のゲル化に用いられる、低分子ヒドロゲル化剤の濃度は溶媒の重量に対して0.01−5wt%が好ましく、より好ましくは0.02−3wt%である。低分子ヒドロゲル化剤を溶解させるために水又は水-親水性有機溶媒の混合液を加熱することが好ましく、温度は好ましくは60〜100℃である。
【0015】
次に、本発明を実施例からさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
(実施例1)低分子ヒドロゲル化剤化合物の合成
親水部としての単糖がβ-D-グルコピラノース、疎水部としてRが炭素数13のヒドロキシ脂肪酸を有する低分子ヒドロゲル化剤化合物(化合物1)を下記の反応式にしたがって合成した。なお、4-アミノフェニル-β-D-グルコピラノシドは、特開2003−49154号公報に記載の方法で合成した。
【化3】

【0016】
化合物1(本発明)の合成
アルゴン雰囲気下、4-アミノフェニル-β-D-グルコピラノシド 0.29 g (1.10 mmol), 3-ヒドロキシミリスチン酸 0.26g (1.10 mmol) (東京化成工業(株)製), 1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩(WSC・HClと略記する) 1.01 g (5.28 mmol) (国産化学(株)製)を無水テトラヒドロフラン 50 mL に溶解させ、室温で8時間攪拌した。有機溶媒を減圧留去後、粗生成物を得た。得られた粗生成物を、シリカゲルクロマトグラフィー(メタノール)で精製し、乾燥させて白色固体の目的物0.29gを得た(収率54%)。
1H NMR (CD3OD) :・0.99 (t, 3H, J = 7.08 Hz) ; 1.38 (m, 18H) ; 1.60 (m, 2H) ; 2.55 (m, 2H) ; 3.40-4.14 (m, 8H) ; 7.15 (d, 2H, J = 9.0 Hz) ; 7.55 (d, 2H, J = 9.0 Hz). +ESI-LC-MS m/z = 497+23(M+Na).
【0017】
化合物2(比較例)の合成
4-アミノフェニル-β-D-グルコピラノシドとミリストイルクロリドから、特開2003−49154号公報の合成と同等の方法を用いて化合物2を合成した(収率66.5%)。
1H NMR (DMSO-d6) :・0.98 (t, 3H) ; 1.48 (m, 20H) ; 1.83 (m, 2H) ; 2.49 (t, 2H, J
= 7.4 Hz,) ; 3.28-3.99 (m, 7H) ; 7.15 (d, 2H, J = 8.6 Hz) ; 7.54 (d, 2H, J = 8.6 Hz). +ESI-LC-MS m/z = 481+23(M+Na).
【0018】
(実施例2)ゲル形成能力の評価
実施例1で得られた低分子ヒドロゲル化剤化合物のヒドロゲル化能を以下のように評価した。
実施例1で作成した低分子ヒドロゲル化剤の濃度を0.1−1.0wt%となるように、純水あるいは水-アルコールの混合液に混合し、この混合物を固形成分が溶解するまで加熱する。生成した溶液を室温まで冷却後、放置した。ヒドロゲルの形成は、得られたサンプルを倒立させた際に、ゲルが流れ落ちないことを基準とした。
【0019】
以下の一覧表に化合物1、2のゲル化能力の評価結果を示す。表中、PGは部分的ゲル化、Gは完全にゲル化したことを示す。また、1wt%/waterの行中のカッコ内は1wt%以下でゲル化を確認した最低濃度を示している。
【表1】

【0020】
ヒドロキシ脂肪酸から誘導されるアシル基を有する化合物1は、水-親水性有機溶媒(エタノール、メタノール)の混合液、および純水に対して良好なゲル化機能を示した。とくに純水については0.05wt%と、極めて少量でヒドロゲルを与えた。一方、水酸基を有しないアシル基を有する化合物2については、水-親水性有機溶媒(エタノール、メタノール)の混合溶媒をゲル化するが、純水に対しては部分的にしかゲル化能を示さなかった。以上の結果から、化合物1が水-エタノール混合溶媒に対してゲル化能を示し、かつ純水に対して優れたゲル化能を有していることが分かった。
【0021】
図1に化合物1を用いて得られたゲルの写真を示す。
また、化合物1と純水から得られた(1wt%)ヒドロゲルを凍結乾燥して作成したキセロゲルの電界放出型走査電子顕微鏡(FE-SEM)観察を行ったところ、繊維状構造体からなる網目構造が観察された(図2)。すなわち、化合物1が純水中で溶解した後、繊維状に自己集合し、この繊維の網目の中に溶媒分子が取り込まれることで、ヒドロゲルが形成した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(I):
【化1】

(式中、Aは糖の残基を表し、R1及びR2は独立して水素、メチル、ヒドロキシ、メトキシ、フッ素、クロル、ブロム、またはヨウ素を表し、-C(O)-Rはヒドロキシ脂肪酸から誘導されるアシル基を表す)で表される低分子ヒドロゲル化剤。
【請求項2】
前記R1及びR2が水素で表される、請求項1に記載の低分子ヒドロゲル化剤。
【請求項3】
前記Aが、アルドピラノースの6員環に結合するいずれか一つの水酸基を除いた残基を表す請求項1または2に記載の低分子ヒドロゲル化剤。
【請求項4】
前記Aが、β-D-グルコピラノース残基である請求項3に記載の低分子ヒドロゲル化剤。
【請求項5】
ヒドロキシ脂肪酸の炭素数が6−20である請求項1〜4のいずれか一項に記載の低分子ヒドロゲル化剤。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載のヒドロゲル化剤によって、水又は親水性有機溶媒を含む水がゲル化されていることを特徴とするヒドロゲル。
【請求項7】
下記一般式(I)
【化2】

(式中、Aは糖の残基を表し、R1及びR2は独立して水素、メチル、ヒドロキシ基、メトキシ基、フッ素、クロル、ブロム、またはヨウ素を表し、-C(O)-Rはヒドロキシ脂肪酸から誘導されるアシル基を表す)で表される化合物。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−180455(P2012−180455A)
【公開日】平成24年9月20日(2012.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−44445(P2011−44445)
【出願日】平成23年3月1日(2011.3.1)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(000003986)日産化学工業株式会社 (510)