説明

肝癌発生・進展抑制剤

【課題】糖尿病を併発しているおよび/またはBMI値が25以上であり、C型肝炎ウイルス陽性の患者であるまたは非代償性肝硬変である肝硬変患者用の肝癌発生・進展抑制剤の提供。
【解決手段】イソロイシン、ロイシン、およびバリンの3種の分岐鎖アミノ酸またはそれらの塩を有効成分とするものであり、それら3種の分岐鎖アミノ酸またはそれらの塩の重量比が1:1.5〜2.5:0.8〜1.7であり、一日当たりの投与量が2g〜50gである肝癌発生・進展抑制剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糖尿病を併発している肝硬変患者および/またはBMI値の高い肝硬変患者における肝癌の発生、進展を抑制するための薬剤などに関する。
【背景技術】
【0002】
肝硬変は、その成因からC型肝炎ウイルス(HCV)関連肝硬変(C型肝硬変)、B型肝炎ウイルス(HBV)関連肝硬変(B型肝硬変)、アルコール性肝硬変、その他(非B非C型、特殊型など)に分類される。
ウイルス性関連の肝硬変においては、HCVとHBVは同時に感染している場合もある(HBV・HCV混合型)。これらの成因のうち、C型肝炎ウイルスによる肝硬変患者(以下、C型肝炎ウイルス陽性肝硬変患者ともいう)が最も多い。
ケイ・イケダら(非特許文献1:K.Ikeda et al,「ヘパトロジー(Hepatology)」(1993)18:47−53)は、C型肝硬変患者の肝癌発生率は、B型肝硬変患者の場合と異なり、時間の経過に従って着実に増加していることを報告している。また、肝癌発生のうち約70〜80%はC型肝炎ウイルス感染が原因とも言われている。
また、ウイルス性関連の肝硬変以外の成因としては、アルコールや肥満による脂肪肝によって慢性的な肝機能障害を起こし、肝硬変に移行する場合などがある。さらに、肝硬変によって肝機能が低下することにより、ブドウ糖の処理機能が低下して糖代謝の異常をきたす場合があるため、肝硬変の患者には糖尿病を合併している患者も多い。
そして、肝炎、肝硬変から肝癌への移行の機序については未だその全ては明確になっていないが、いったん肝硬変になると高い確率で肝癌が発生することが知られている。
【0003】
ワイ・イマイら(非特許文献2:Y.Imai et al,「アナルズ インターナル メディシン(Annals Internal Medicine)」(1998)129:94)は、現在、肝硬変の治療法として、例えば、インターフェロン治療により、肝炎ウイルスを除去すると発癌を有意に抑制することを報告している。肝炎ウイルスを除去する方法としては、抗ウイルス剤を用いた治療法もある(非特許文献3:ジェイ・ジー・マックハチソンら(J.G.McHutchison et al),「ザ ニューイングランド ジャーナル オブ メディシン(The New England Journal of Medicine)」(1998)339:1485および非特許文献4:ジェイ・メインら(J.Main et al),「ジャーナル オブ ヴァイラル ヘパタイティス(Journal of Viral Hepatitis)」(1996)3:211)。また、非特許文献5:エイチ・オカら(H.Oka et al),「キャンサー(Cancer)」(1995)76:743および非特許文献6:ワイ・アラセら(Y.Arase et al),「キャンサー(Cancer)」(1997)79:1494によれば、肝庇護薬などにより、慢性的な炎症を抑制することにより肝癌の発症を抑制することも試みられているが、いずれも発癌を完全に予防できるわけではない。
【0004】
また、非特許文献7:西平哲郎ら、「ザ ジャパニーズ ジャーナル オブ パーレンタル アンド エンテラル ニュートリション(JJPEN)」(1997)19:195−199および非特許文献8:黒川典枝ら、「栄養−評価と治療」(1992)vol.9 No.2 p.142−146によれば、メチオニン欠乏、バリン欠乏、アスパラギン酸欠乏、リジン欠乏、システイン欠乏、あるいはフェニルアラニン欠乏、アルギニン増量投与、グルタミン増量投与のような、特定のアミノ酸の欠乏、または過剰投与による癌治療・抑制も試みられているが、これらも未だ満足できる状況ではない。
糖尿病を併発している肝硬変の治療においては、肝硬変も糖尿病もそれぞれ種々の合併症を引き起こす深刻な病態であるため、種々の病状を慎重に考慮しつつ、有意な効果を有する方法が模索されている。現在、肝硬変と糖尿病の合併症に対しては、血糖値をコントロールする内服治療薬、および食事療法や運動療法などの療法が用いられているが、いまだ有効な治療法が確立されていないのが現状である。
【0005】
一方、分岐鎖アミノ酸(BCAA)は、これまでに肝癌の発生・進展を抑制することが報告されており(特許文献1:国際出願公開03/16208号)、また、肝硬変が進行して起こる肝性脳症にBCAA製剤(アミノレバンEN(登録商標)など)が用いられることも知られている(非特許文献9:黒川典枝ら、「栄養−評価と治療」(1992)vol.9 No.2 p.142−146)。
肝硬変患者においては蛋白・アミノ酸の代謝異常による血中のフィッシャー比(分岐鎖アミノ酸(イソロイシン+ロイシン+バリン)(mol)/芳香族アミノ酸(フェニルアラニン+チロシン)(mol))の低下、血清アルブミン濃度の低下を伴うことがあり、このような症例における血清アルブミン濃度とフィッシャー比は正の相関を示すものとされ(非特許文献10:武藤泰敏ら、日本医事新報(1983)3101:3)、血清アルブミン濃度が低くなると生命予後が増悪することが知られている(非特許文献11:武藤泰敏ら、「ザ ジャパニーズ ジャーナル オブ パーレンタル アンド エンテラル ニュートリション(JJPEN)」(1995)17:208)。そのため、肝硬変患者におけるこのようなアミノ酸代謝の異常に伴う低アルブミン血症を改善するために、リーバクト(登録商標)という分岐鎖アミノ酸配合剤の投与が行われている。
【0006】
リーバクト(登録商標)は、イソロイシン、ロイシンおよびバリンの分岐鎖アミノ酸3種からなる製剤であり、分岐鎖アミノ酸を適切な比率で経口補充することにより、フィッシャー比を是正し、血清アルブミン濃度を上昇させ、病態を改善することを目的に開発された薬剤であるが、糖尿病を併発している肝硬変患者の肝癌の発生および進展を抑制する作用については知られていない。
さらには、当該製剤が、BMI値(Body mass index)で表される肥満度の高い肝硬変患者において、その肝癌の発生および進展を抑制するということについても、いまだ何の報告もなされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際出願公開03/16208号
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】K.Ikeda et al,Hepatology(1993)18:47−53
【非特許文献2】Y.Imai et al,Annals Internal Medicine(1998)129:94
【非特許文献3】J.G.McHutchison et al,The New England Journal of Medicine(1998)339:1485
【非特許文献4】J.Main et al,Journal of Viral Hepatitis(1996)3:211
【非特許文献5】H.Oka et al,Cancer(1995)76:743
【非特許文献6】Y.Arase et al,Cancer(1997)79:1494
【非特許文献7】JJPEN(1997)19:195−199
【非特許文献8】黒川典枝ら、「栄養−評価と治療」(1992)vol.9 No.2 p.142−146
【非特許文献9】黒川典枝ら、「栄養−評価と治療」(1992)vol.9 No.2 p.142−146
【非特許文献10】武藤泰敏ら、日本医事新報(1983)3101:3
【非特許文献11】武藤泰敏ら、JJPEN(1995)17:208
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明が解決しようとする課題は、糖尿病を併発した肝硬変患者における肝癌の発生・進展の抑制効果を有する薬剤などを提供することにある。また、本発明のさらなる課題は、BMI値の高い肝硬変患者における肝癌の発生・進展の抑制効果を有する薬剤などを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究した結果、イソロイシン、ロイシン、およびバリンの3種の分岐鎖アミノ酸またはそれらの塩を有効成分とする組成物に、糖尿病を併発した肝硬変患者における肝癌の発生・進展の抑制効果があること、およびBMI値の高い肝硬変患者における肝癌の発生・進展の抑制効果があることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は以下の項目を包含する。
[1]イソロイシン、ロイシン、およびバリンの3種の分岐鎖アミノ酸またはそれらの塩を有効成分とする、糖尿病を併発している肝硬変患者用肝癌発生・進展抑制剤。
[2]イソロイシン、ロイシン、およびバリンの3種の分岐鎖アミノ酸またはそれらの塩を有効成分とする、BMI値が25以上である肝硬変患者用肝癌発生・進展抑制剤。
[3]肝硬変患者がC型肝炎ウイルス陽性の患者であることを特徴とする、[1]または[2]に記載の肝癌発生・進展抑制剤。
[4]肝硬変が非代償性肝硬変である、[1]〜[3]のいずれかに記載の肝癌発生・進展抑制剤。
[5]イソロイシン、ロイシン、およびバリンまたはそれらの塩の重量比が1:1.5〜2.5:0.8〜1.7であることを特徴とする、[1]〜[4]のいずれかに記載の肝癌発生・進展抑制剤。
[6]一日当たりの投与量が2g〜50gであることを特徴とする、[1]〜[5]のいずれかに記載の肝癌発生・進展抑制剤。
[7]糖尿病を併発している肝硬変患者用肝癌発生・進展抑制剤の製造のための、イソロイシン、ロイシン、およびバリンの3種の分岐鎖アミノ酸またはそれらの塩の使用。
[8]BMI値が25以上である肝硬変患者用肝癌発生・進展抑制剤の製造のための、イソロイシン、ロイシン、およびバリンの3種の分岐鎖アミノ酸またはそれらの塩の使用。
[9]肝硬変患者がC型肝炎ウイルス陽性の患者であることを特徴とする、[7]または[8]に記載の使用。
[10]肝硬変が非代償性肝硬変である、[7]〜[9]のいずれかに記載の使用。
[11]イソロイシン、ロイシン、およびバリンの重量比が1:1.5〜2.5:0.8〜1.7であることを特徴とする、[7]〜[10]のいずれかに記載の使用。
[12]有効量の、イソロイシン、ロイシン、およびバリンの3種の分岐鎖アミノ酸またはそれらの塩を投与することを含む、糖尿病を併発している肝硬変患者の肝癌発生・進展を抑制する方法。
[13]有効量の、イソロイシン、ロイシン、およびバリンの3種の分岐鎖アミノ酸またはそれらの塩を投与することを含む、BMI値が25以上である肝硬変患者の肝癌発生・進展を抑制する方法。
[14]肝硬変患者がC型肝炎ウイルス陽性の患者であることを特徴とする、[12]または[13]に記載の方法。
[15]肝硬変が非代償性肝硬変である、[12]〜[14]のいずれかに記載の方法。
[16]イソロイシン、ロイシン、およびバリンの重量比が1:1.5〜2.5:0.8〜1.7であることを特徴とする、[12]〜[15]のいずれかに記載の方法。
[17]一日当たりの投与量が2g〜50gであることを特徴とする、[12]〜[16]のいずれかに記載の方法。
[18]有効量の、イソロイシン、ロイシン、およびバリンの3種の分岐鎖アミノ酸またはそれらの塩、および製薬上許容される担体を含有してなる、糖尿病を併発している肝硬変患者のための肝癌発生・進展抑制用医薬組成物。
[19]有効量の、イソロイシン、ロイシン、およびバリンの3種の分岐鎖アミノ酸またはそれらの塩、および製薬上許容される担体を含有してなる、BMI値が25以上である肝硬変患者のための肝癌発生・進展抑制用医薬組成物。
[20]肝硬変患者がC型肝炎ウイルス陽性の患者であることを特徴とする、[18]または[19]に記載の医薬組成物。
[21]肝硬変が非代償性肝硬変である、[18]〜[20]のいずれかに記載の医薬組成物。
[22]イソロイシン、ロイシン、およびバリンの重量比が1:1.5〜2.5:0.8〜1.7であることを特徴とする、[18]〜[21]のいずれかに記載の医薬組成物。
[23]イソロイシン、ロイシン、およびバリンの3種の分岐鎖アミノ酸またはそれらの塩の一日当たりの投与量が2g〜50gであることを特徴とする、[18]〜[22]のいずれかに記載の医薬組成物。
[24][1]〜[6]のいずれかに記載の肝癌発生・進展抑制剤、および当該剤が肝癌の発生、進展を抑制するのに使用することができることまたは使用すべきことを記載した当該剤に関する説明を記載した記載物を含む、商業用パッケージ。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】図1は、食事治療およびリーバクト投与を行った糖尿病合併HCV陽性肝硬変患者の肝癌累積非発現率を表す。
【図2】図2は、食事治療およびリーバクト投与を行ったBMI≧25の肝硬変患者の肝癌累積非発現率を表す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に本発明の実施の形態について説明する。
本発明は、イソロイシン、ロイシン、およびバリンの3種の分岐鎖アミノ酸またはそれらの塩を有効成分とする、糖尿病を併発した肝硬変患者用の肝癌発生・進展抑制剤および/またはBMI値の高い肝硬変患者用の肝癌発生・進展抑制剤(以下、これらの製剤を本発明の薬剤とも称する)を提供する。
また、本発明は、有効量の、上記分岐鎖アミノ酸またはそれらの塩、および製薬上許容される担体を含有してなる、糖尿病を併発した肝硬変患者のための肝癌発生・進展抑制用医薬組成物および/またはBMI値の高い肝硬変患者のための肝癌発生・進展抑制用医薬組成物(以下、これらの製剤を本発明の組成物とも称する)を提供する。
さらに、本発明は、上記本発明の薬剤、および当該剤が肝癌の発生、進展を抑制するのに使用することができることまたは使用すべきことを記載した当該剤に関する説明を記載した記載物を含む、商業用パッケージをも提供する。
なお、イソロイシン、ロイシン、バリンの3種のアミノ酸を有効成分とする組成物が肝硬変患者における低アルブミン血症を改善することが知られているが、本発明の薬剤における肝癌の発生や進展の抑制などに対する適用において、血清アルブミン値の低下は適用条件ではない。
【0014】
肝臓は、機能的予備能が大きいことが知られているが、肝硬変患者のうちこの機能的予備能が著しく低下し、消化管出血、腹水、脳症、感染症などが出現してくる病期に対しては非代償性肝硬変という病名が用いられる。それに対し、機能的予備能がそれほど低下していない病期に対しては代償性肝硬変という病名が用いられる。
【0015】
1つめの実施態様において、本発明の薬剤および組成物は、糖尿病を併発した肝硬変患者における肝癌の発生・進展の抑制または治癒に有効である。ここで、肝硬変の成因としては、特に限定されないが、ウイルス関連肝炎によるものなどが挙げられる。とりわけ、該薬剤および組成物は、糖尿病を併発したC型肝炎ウイルス陽性肝硬変患者における、肝癌の発生・進展の抑制または治癒に有効であり、さらに、かかる肝硬変が非代償性肝硬変の場合に、より有効である。
C型肝硬変、B型肝硬変または混在型の患者の特定は、肝硬変患者においてHCVおよびHBVの感染を検査すればよい。HCVおよびHBVの感染は、それぞれHCV抗体の測定(市販HCV抗体測定キット)やHBs抗原の測定(RIA法、EIA法など)をすることで判断することができる。HCV抗体陰性でもPCR法によるHCV−RNAの測定が陽性である肝硬変患者もいるため、HCV抗体陰性患者に対しては更にPCR法によるHCV−RNAの測定が有用である。上記の方法およびその他のHCVまたはHBVの感染を確認できる方法により、陽性であることが確認された肝硬変患者は、HCV型・HBV型・混合型のいずれかの肝硬変患者であることが特定される。即ち、本発明において、C型肝炎ウイルス陽性肝硬変患者とは、HCVの感染が確認された肝硬変患者であり、C型肝炎に由来(関連)する肝硬変の患者である。
本発明において、「糖尿病を併発している」とは、肝硬変によって耐糖能異常となった状態を指す。より詳細には、空腹時血糖が140mg/dl以上、随時血糖値が2回以上200mg/dl以上、またはOGTT(経口ブドウ糖負荷試験)にて静脈血漿グルコース濃度が空腹時110mg/dl以上、1時間値160mg/dl以上および2時間値120mg/dl以上である状態をいう。
【0016】
さらにもう1つの実施態様において、本発明の薬剤および組成物は、BMI値が高い肝硬変患者の肝癌の発生・進展を抑制するのに有効である。この場合、肝硬変の成因は特に限定されず、ウイルス性肝炎由来の肝硬変、アルコール性肝硬変などいずれによる肝硬変であってもよい。また、BMI(Body mass index)値とは肥満度の判定方法の1つであり、体重(kg)/{身長(m)}で求められる。BMI値の標準値は22.0であり、一般的に、BMI値が25を超えると肥満であるとされている。本発明の薬剤および組成物は、特にBMI値が25以上である肝硬変患者において有効である。さらに、かかる肝硬変が非代償性肝硬変の場合により有効である。
【0017】
本発明薬剤および組成物の有効成分(分岐鎖アミノ酸)である、イソロイシン、ロイシンおよびバリンはそれぞれL−体、D−体、DL−体いずれも使用可能であるが、好ましくはL−体、DL−体であり、さらに好ましくはL−体である。またイソロイシン、ロイシンおよびバリンはそれぞれ、遊離体のみならず、塩の形態でも使用することができる。塩の形態には酸付加塩や塩基との塩等を挙げることもでき、イソロイシン、ロイシンおよびバリンの医薬品として許容される塩を選択することが好ましい。イソロイシン、ロイシンおよびバリンにそれぞれ付加して医薬として許容される塩を形成する酸としては、例えば、塩化水素、臭化水素、硫酸、リン酸塩等の無機塩、酢酸、乳酸、クエン酸、酒石酸、マレイン酸、フマル酸またはモノメチル硫酸等の有機塩が挙げられる。イソロイシン、ロイシンおよびバリンの医薬として許容される塩基の例としては、例えば、ナトリウム、カリウム、カルシウム等の金属の水酸化物あるいは炭酸化物や、アンモニア等の無機の塩基との塩、エチレンジアミン、プロピレンジアミン、エタノールアミン、モノアルキルエタノールアミン、ジアルキルエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン等の有機の塩基との塩が挙げられる。
【0018】
本発明の薬剤および組成物は、イソロイシン、ロイシン、バリンの3種の分岐鎖アミノ酸またはそれらの塩を有効成分として含有するが、かかる3種のアミノ酸の配合比は、それぞれのアミノ酸の重量比で、通常、1:1.5〜2.5:0.8〜1.7の範囲であり、特に好ましくは1:1.9〜2.2:1.1〜1.3の範囲である。この範囲をはずれると、有効な作用効果が得難くなる。
【0019】
本発明の薬剤を肝硬変患者用肝癌発生・進展抑制剤として使用する場合、その投与形態・剤型は、経口投与、非経口投与のいずれでもよく、経口投与剤としては、散剤、顆粒剤、カプセル剤、錠剤、チュアブル剤などの固形剤、溶液剤、シロップ剤などの液剤が、また、非経口投与剤としては、注射剤、スプレー剤などが挙げられる。
【0020】
本発明の薬剤および組成物は、動物(好ましくは、ヒト等の哺乳動物)に投与することができる。
投与量は、対象患者の年齢・体重・病態、投与方法などによっても異なるが、通常1日量として、イソロイシン0.5〜30g、ロイシン1.0〜60g、バリン0.5〜30gを目安とする。一般の成人の場合、好ましくは、一日量として、イソロイシン2.0〜10g、ロイシン3〜20g、バリン2〜10g、より好ましくは、イソロイシン2.5〜3.5g、ロイシン5〜7g、バリン3〜4gであり、3種の分岐鎖アミノ酸の全体量としては1日当たり2g〜50g程度が好ましく、これを1〜6回、好ましくは1〜3回に分割して投与する。
【0021】
上記本発明で使用する有効成分である分岐鎖アミノ酸の投与量(摂取量)について算出する際、本発明で目的とする疾患の治療、予防等の目的で使用される薬剤の有効成分として前記の算定範囲が決められているので、これとは別目的で、例えば通常の食生活の必要から、あるいは別の疾患の治療目的で、摂取または投与される分岐鎖アミノ酸についてはこれを前記算定に含める必要はない。
例えば、通常の食生活から摂取される一日あたりの分岐鎖アミノ酸の量を前記本発明における有効成分の一日あたりの投与量から控除して算定する必要はない。
【0022】
本発明の有効成分であるイソロイシン、ロイシンおよびバリンまたはそれらの塩は、それぞれが単独で、若しくは任意の組み合わせで製剤に含有されていてもよく、または全てが1種の製剤中に含有されていてもよい。別途製剤化して投与する場合、それらの投与経路、投与剤形は同一であっても、異なっていてもよく、また各々を投与するタイミングも、同時であっても別々であってもよい。併用する薬剤の種類や効果によって適宜決定する。即ち、本発明の肝癌発生・進展抑制剤は、複数の分岐鎖アミノ酸またはそれらの塩を同時に含有する製剤であってもよく、又、それぞれを別途製剤化して併用するような併用剤であってもよい。これらの形態全てを包含するものである。特に、同一製剤中に全ての分岐鎖アミノ酸またはそれらの塩を含有する態様が、簡便に投与できて好ましい。
【0023】
本発明において、「重量比」とは、本発明の製剤および組成物中のそれぞれのアミノ酸成分の重量の比を示す。例えばイソロイシン、ロイシンおよびバリンの各有効成分を1つの製剤中に含めた場合には個々の含有量の比であり、各有効成分のそれぞれを単独でまたは任意の組み合わせで複数製剤中に含めた場合には、各製剤に含められる各有効成分の重量の比である。各有効成分が塩の形態で存在する場合は、それぞれを遊離体の重量に換算した場合の比である。
【0024】
また本発明において、実際の投与量の比は、投与対象(即ち患者)あたりの各有効成分1回投与量あるいは1日投与量の比である。例えば、イソロイシン、ロイシンおよびバリンの各有効成分を1つの製剤中に含め、それを投与対象に投与する場合には、重量比が投与量比に相当する。各有効成分を単独でまたは任意の組み合わせで複数の製剤中に含めて投与する場合には、1回あるいは1日投与した各製剤中の各有効成分の合計量の比が重量比に相当する。
【0025】
イソロイシン、ロイシン、およびバリンは既に、医薬・食品分野において広く用いられていて、安全性は確立しており、例えば、これらの分岐鎖アミノ酸を1:2:1.2の比で含有する本発明の医薬組成物における急性毒性(LD50)は、マウスの経口投与において10g/Kg以上である。
【0026】
本発明の薬剤は、通常の方法によって、散剤、顆粒剤、カプセル剤、錠剤、チュアブル剤などの固形剤、溶液剤、シロップ剤などの液剤、または、注射剤、スプレー剤などに製剤化することができる。
【0027】
また、本発明の薬剤は、製剤上の必要に応じて、適宜の薬学的に許容される担体、例えば、賦形剤、結合剤、滑沢剤、溶剤、崩壊剤、溶解補助剤、懸濁化剤、乳化剤、等張化剤、安定化剤、無痛化剤、防腐剤、抗酸化剤、矯味矯臭剤、着色剤などを配合して製剤化される。さらに本発明の組成物は、上記担体と共に調製することができる。
【0028】
賦形剤としては、乳糖、ブドウ糖、D−マンニトールなどの糖類、でんぷん類、結晶セルロースなどのセルロース類などの有機系賦形剤、炭酸カルシウム、カオリンなどの無機系賦形剤などが、結合剤としては、α化デンプン、ゼラチン、アラビアゴム、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム、結晶セルロース、D−マンニトール、トレハロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコールなどが、滑沢剤としては、ステアリン酸、ステアリン酸塩などの脂肪酸塩、タルク、珪酸塩類などが、溶剤としては、精製水、生理的食塩水などが、崩壊剤としては、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース、化学修飾されたセルロースやデンプン類などが、溶解補助剤としては、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、トレハロース、安息香酸ベンジル、エタノール、炭酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、サリチル酸ナトリウム、酢酸ナトリウムなどが、懸濁化剤あるいは乳化剤としては、ラウリル硫酸ナトリウム、アラビアゴム、ゼラチン、レシチン、モノステアリン酸グリセリン、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシメチルセルロースナトリウムなどのセルロース類、ポリソルベート類、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油などが、等張化剤としては、塩化ナトリウム、塩化カリウム、糖類、グリセリン、尿素などが、安定化剤としては、ポリエチレングリコール、デキストラン硫酸ナトリウム、その他のアミノ酸類などが、無痛化剤としては、ブドウ糖、グルコン酸カルシウム、塩酸プロカインなどが、防腐剤としては、パラオキシ安息香酸エステル類、クロロブタノール、ベンジルアルコール、フェネチルアルコール、デヒドロ酢酸、ソルビン酸などが、抗酸化剤としては、亜硫酸塩、アスコルビン酸などが、矯味矯臭剤としては、医薬および食品分野において通常に使用される甘味料、香料などが、着色剤としては、医薬および食品分野において通常に使用される着色料が挙げられる。
本発明の薬剤および組成物には、他の肝臓疾患治療薬、例えば、インターフェロン、グリチルリチン、ウルソデオキシコール酸、リバビリン、漢方薬小柴胡湯などを配合することができる。
【実施例】
【0029】
以下に実施例を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に制限されるものではない。
【0030】
(実施例1)
C型肝炎ウイルス陽性肝硬変患者における糖尿病合併の有無による肝癌の発生について調べた。
糖尿病を併発し、かつアルブミン製剤非投与時の血清アルブミン値がいずれも3.5g/dl以下であり、腹水、浮腫または肝性脳症を現有するかその既往のある年齢20才以上75才以下の非代償性肝硬変患者について、食事治療に対するリーバクト投与の効果を検討した。非代償性肝硬変患者の感染ウイルスの特定には、通常用いられる検査方法、例えばHCV抗体測定キットやHCV−RNA測定などを用いた。
食事治療群は食事療法のみを施行し、蛋白量の不足が生じないように食事指導を行った。リーバクト投与群は、食事療法を基本に、イソロイシン、ロイシン、バリンの重量比が、1:2:1.2(イソロイシン:0.952g、ロイシン:1.904g、バリン:1.144g)である分岐鎖アミノ酸製剤リーバクト(登録商標)顆粒(味の素株式会社)1回1包を1日3回食後経口投与した。
HCV陽性かつ糖尿病を合併している肝硬変患者の食事治療群(D群)52例、リーバクト投与群(L群)48例について肝癌の発現状況(画像解析、細胞診などによる)について検討した結果(図1)、試験期間中に食事治療群では15例において肝癌発現が認められたのに対しリーバクト投与群では7例と有意に発現が抑制された(ログランク p=0.0483)。図中、点線はリーバクト投与群を、直線は食事治療群(リーバクト非投与群)を表す。
【0031】
(実施例2)
BMI≧25の肝硬変患者における肝癌の抑制について調べた。
BMI≧25であり、かつアルブミン製剤非投与時の血清アルブミン値がいずれも3.5g/dl以下であり、腹水がなく、浮腫が軽度(スコア2以下)で、肝性脳症を現有するかその既往のある年齢20才以上75才以下の非代償性肝硬変患者について、食事治療に対するリーバクト投与の効果を検討した。非代償性肝硬変患者の成因は問わない。BMIはアルブミン製剤投与開始時の身長、体重より、計算式BMI=体重(Kg)/{身長(m)}により計算した。リーバクト投与群は、食事療法を基本に、イソロイシン、ロイシン、バリンの重量比が、1:2:1.2(イソロイシン:0.952g、ロイシン:1.904g、バリン:1.144g)である分岐鎖アミノ酸製剤リーバクト(登録商標)顆粒(味の素株式会社)1回1包を1日3回食後経口投与した。
BMI≧25の肝硬変患者の食事治療群(D群)55例、リーバクト投与群(L群)60例について肝癌の発現状況(画像解析、細胞診などによる)について検討した結果(図2)、試験期間中に食事治療群では15例において肝癌発現が認められたのに対しリーバクト投与群では7例と有意に発現が抑制された(ログランク p=0.0174)。図中、点線はリーバクト投与群を、直線は食事治療群(リーバクト非投与群)を表す。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明により提供される、イソロイシン、ロイシン、およびバリンの3種の分岐鎖アミノ酸またはそれらの塩を含む肝癌発生・進展抑制剤は、糖尿病を併発した肝硬変患者および/またはBMI値の高い肝硬変患者における肝癌の発生、進展を抑制する。本発明は、特に上記肝硬変が非代償性肝硬変の場合に有効である。さらに、本発明の薬剤は、アミノ酸を有効成分とすることから、安全性が高く、副作用がほとんどないので、長期にわたって投与可能であることから、肝癌発生に至る長期経過において予防・治療に有利に用いることができる。
【0033】
以上、本発明の具体的な態様のいくつかを詳細に説明したが、当業者であれば示された特定の態様には、本発明の教示と利点から実質的に逸脱しない範囲で様々な修正と変更をなすことは可能である。従って、そのような修正および変更も、すべて後記の請求の範囲で請求される本発明の精神と範囲内に含まれるものである。
本出願は、日本で出願された特願2005−227454(出願日:2005年8月5日)を基礎としており、その内容は本明細書に全て包含されるものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イソロイシン、ロイシン、およびバリンの3種の分岐鎖アミノ酸を有効成分とする、糖尿病を併発している肝硬変患者用肝癌発生・進展抑制剤。
【請求項2】
肝硬変患者がC型肝炎ウイルス陽性の患者であることを特徴とする、請求項1に記載の肝癌発生・進展抑制剤。
【請求項3】
肝硬変が非代償性肝硬変である、請求項1または2に記載の肝癌発生・進展抑制剤。
【請求項4】
イソロイシン、ロイシン、およびバリンまたはそれらの塩の重量比が1:1.5〜2.5:0.8〜1.7であることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項に記載の肝癌発生・進展抑制剤。
【請求項5】
一日当たりの投与量が2g〜50gであることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか1項に記載の肝癌発生・進展抑制剤。
【請求項6】
有効量の、イソロイシン、ロイシン、およびバリンの3種の分岐鎖アミノ酸、および製薬上許容される担体を含有してなる、糖尿病を併発している肝硬変患者のための肝癌発生・進展抑制用医薬組成物。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−214485(P2012−214485A)
【公開日】平成24年11月8日(2012.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−137276(P2012−137276)
【出願日】平成24年6月18日(2012.6.18)
【分割の表示】特願2007−529631(P2007−529631)の分割
【原出願日】平成18年8月4日(2006.8.4)
【出願人】(000000066)味の素株式会社 (887)
【Fターム(参考)】