説明

腎における小胞体ストレス応答の検出方法

【課題】尿中エキソゾーム画分中のアクアポリン1をマーカータンパク質とする、腎における小胞体ストレス応答および該応答に関連する腎疾患を、被験者に負担をかけず、かつ簡便かつ的確に検出できる手段を提供する。
【解決手段】被験体の尿中エキソゾーム画分中のアクアポリン1の量を測定するステップを含み、対照の尿中エキソゾーム画分中のアクアポリン1の量と比較して有意に少ないときに、被験体の腎において小胞体ストレス応答が生じていると判定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、尿中エキソゾーム画分中のアクアポリン1をマーカータンパク質とする、腎における小胞体ストレス応答の検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
小胞体ストレスとは、正常な3次構造を形成していないタンパク質(異常タンパク質)が小胞体に蓄積する状態をいう。小胞体ストレスが細胞にかかると、異常タンパク質を処理するために、タンパク質合成を一旦低下させ、GRP78やGRP94などのシャペロンタンパク質を特異的に誘導して、タンパク質の3次構造を正常化させるように働く。もし異常タンパク質が正常化能力を越えて蓄積する場合には、細胞全体を処理するために、CHOPタンパク質の誘導を介してアポトーシス機構を作動させて細胞死を導く。これらのシャペロンやCHOPタンパク質が誘導される現象を小胞体ストレス応答と呼ぶ(非特許文献1)。
【0003】
近年小胞体ストレスが、アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患、糖尿病、あるいは虚血における神経細胞死の原因であることが指摘され、小胞体ストレスに関する研究に注目が集まっている(非特許文献1)。このように様々な疾患の病態メカニズムに小胞体ストレスが関与することが知られているが、腎疾患において小胞体ストレスがどのように関与するかについては不明な点が多く、その研究は遅れていた。しかしながら、最近になってようやく虚血性の腎障害の動物モデルにおいて、また、巣状性糸球体硬化症、膜性腎症、微小変化型ネフローゼ症候群、膜性増殖性糸球体腎炎、急速進行性糸球体腎炎などの腎疾患のヒト患者において、小胞体ストレスのマーカータンパク質であるGRP78やCHOPが尿細管上皮細胞で増加することが報告され、小胞体ストレス応答が生じていることが確認された。CHOPはアポトーシス調節因子であることから、小胞体ストレスと腎疾患発症との関係として、(i)小胞体ストレス、(ii)小胞体ストレス応答(CHOPの誘導)、(iii)アポトーシス、(iv) 腎疾患発症という流れが考えられる(非特許文献2)。よって、GRP78やCHOPのような小胞体ストレス応答のマーカーとなるタンパク質を尿中に新たに見出すことができれば、小胞体ストレスに関連する腎疾患の診断を非侵襲的に行うことが可能となる。あわせて、上述のように小胞体ストレス応答は腎疾患発症の前兆とも考えられるため、小胞体ストレス応答のマーカータンパク質を見出すことで、腎疾患を早期段階で診断することも可能となる。
【0004】
現在のところ、腎において小胞体ストレス応答が生じていることを調べる手段としては、腎生検によって顕微鏡的に調べる方法が行われているが、この方法は被験者に負担がかかる上、腎生検を実施できる病院が限られるために広く実施することが難しい。したがって、腎における小胞体ストレス応答を、被験者に負担をかけず、かつ簡便かつ的確に検出できる手段が求められている。
【0005】
近年、エキソゾームと呼ばれる小胞に含まれる物質が細胞間のコミュニケーションツールとして利用されていることが認められ、エキソゾームに含まれる物質に注目が集まっている(非特許文献3)。これまでに細胞間の情報の担い手は、ホルモンやサイトカイン、神経伝達物質であった。しかしエキソゾームには膜タンパク質やnon-coding RNAが選択的に豊富に含まれることが発見されたために、細胞間の情報伝達物質を運ぶ小胞として捉えられてきた。エキソゾームという名前は、1983年にヒツジの網状赤血球から小胞が分泌されることが観察され、この小胞がエキソゾームと名づけられたことに由来する。その後、エキソゾームは様々な細胞から分泌されることが明らかとなり、今では、血液、尿、乳汁、唾液などの中に存在する直径100 nm以下、比重が1.10-1.19g/cm3、そしてRNAを含む小胞として認識されている(非特許文献3)。
【0006】
一方、水分子を透過させる膜タンパク質分子として発見されたアクアポリン(AQP)は、現在では同じタンパク質分子ファミリーに属する分子種として13種類の分子種が報告されている。腎臓においては、近位尿細管及びヘンレの細い下行脚の上皮細胞にアクアポリン1が、近位尿細管の上皮細胞にアクアポリン11が、近位直尿細管(特にS3セグメント)の上皮細胞にアクアポリン7が、集合管の主細胞にアクアポリン2、アクアポリン3、及びアクアポリン4が、集合管のα間在細胞にアクアポリン6が、近位尿細管及び集合管の上皮細胞にアクアポリン8がそれぞれ部位特異的に発現していることが知られている。本発明者らは、アクアポリンが近位尿細管細胞において特異的に発現していること、また、急性腎不全において近位尿細管が選択的に障害されることに基づき、尿中のアクアポリン1、アクアポリン2の量を測定することによる非侵襲性の急性腎不全の診断方法を既に確立している(特許文献1、2)。本発明者らはまた、尿中のエキソゾームに注目し、急性腎不全の非常に早期から尿中エキソゾーム中のアクアポリン1量が減少することを観察し、これを指標とすることに急性腎不全の診断的価値を見出した(非特許文献4)。また、同じく尿中エキソゾームに注目した例として、尿中エキソゾーム中に含まれる核酸のプロファイルを関連する糖尿病腎症の診断に利用することが報告されているが(特許文献3)、アクアポリン1はマーカーとなりうる包括的なリストを得るために検討した腎臓特異的遺伝子の一つに挙げられているにすぎない。一般に、腎の近位尿細管細胞は、エネルギー依存的に尿から物質を盛んに再吸収していることから、小胞体ストレスのような虚血状態においては、エネルギー不足によりその発現タンパク質の尿への排出量の変化が予想される。しかしながら、アクアポリン1と腎における小胞体ストレスとの関係はこれまで何ら解明はされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2008-175630
【特許文献2】WO2010/150613
【特許文献3】特表2011-510663
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Schroder M, Kaufman RJ. (2005). The mammalian unfoldedprotein response. Annu Rev Biochem74, 739-789.
【非特許文献2】Cybulsky AV. (2010).Endoplasmic reticulum stress in proteinuric kidney disease. Kidney Int 77, 187-193.
【非特許文献3】Raimondo F, Morosi L, ChinelloC, Magni F, Pitto M. (2011). Advancesin membranous vesicleand exosome proteomics improving biological understanding and biomarker discovery. Proteomics. 11, 709-720.
【非特許文献4】Sonoda H, Yokota-Ikeda N, Oshikawa S, Kanno Y, Yoshinaga K, Uchida K, Ueda Y, Kimiya K, Uezono S, Ueda A, Ito K, Ikeda M. (2009). Decreasedabundance of urinaryexosomal aquaporin-1 in renal ischemia-reperfusion injury.Am J Physiol Renal Physiol297, F1006-F1016.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
腎における小胞体ストレス応答および該応答に関連する腎疾患を、被験者に負担をかけず、簡便かつ的確に検出できる手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、ラットの腎に小胞体ストレスを特異的に誘導する薬物を選択的に作用させて小胞体ストレスを負荷し、当該ラットの腎や尿を用いてそれらに含まれるタンパク質を解析したところ、腎、特に尿細管上皮細胞においてGRP78/Bipが誘導されるとともに、その誘導に伴って、尿中エキソゾーム画分中のアクアポリン1の量が対照と比較して有意に減少することを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0011】
即ち、本発明は以下の発明を包含する。
(1) 被験体の尿中エキソゾーム画分中のアクアポリン1の量を測定するステップを含む、腎における小胞体ストレス応答の検出方法。
(2) 被験体の尿中エキソゾーム画分中のアクアポリン1の量を測定するステップ、及び被験体の尿中エキソゾーム画分中のアクアポリン1の量を、対照の尿中エキソゾーム画分中のアクアポリン1の量と比較するステップを含み、被験体の尿中エキソゾーム画分中のアクアポリン1の量が、対照の尿中エキソゾーム画分中のアクアポリン1の量と比較して有意に少ないときに、被験体の腎において小胞体ストレス応答が生じていると判定する、(1)に記載の方法。
(3) 腎における小胞体ストレス応答に関連する腎疾患を診断するための、(1)または(2)に記載の方法。
(4) 腎における小胞体ストレス応答に関連する腎疾患が、微小変化型ネフローゼ症候群、巣状糸球体硬化症、メサンギウム増殖性腎炎、膜性腎症、膜性増殖性糸球体腎炎、糖尿病性腎症または急速進行性糸球体腎炎である、(3)に記載の方法。
【0012】
(5) 被験体がヒトである、(1)〜(4)のいずれかに記載の方法。
(6) アクアポリン1の測定が、アクアポリン1に特異的に結合する抗体を用いた免疫学的測定法により行われる、(1)〜(5)のいずれかに記載の方法。
(7) アクアポリン1に特異的に結合し得る抗体を含有する、腎における小胞体ストレス応答に関連する腎疾患の診断薬。
(8) アクアポリン1に特異的に結合し得る抗体を含有する、腎における小胞体ストレス応答に関連する腎疾患の診断用キット。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、尿中エキソゾーム画分中のアクアポリン1タンパク質の量を調べるだけで、腎の尿細管において小胞体ストレス応答が生じているかどうかを判定できる。腎の尿細管の小胞体ストレス応答は、虚血性の腎疾患動物モデルで見られることが報告されており、また、巣状性糸球体硬化症、膜性腎症、微小変化型ネフローゼ症候群、膜性増殖性糸球体腎炎、急速進行性糸球体腎炎、メサンギウム増殖性腎炎、糖尿病性腎症では、二次的に尿細管に小胞体ストレス応答が引き起こされることが示唆されている。したがって、本発明によれば、腎における小胞体ストレス応答を検出することによって、当該小胞体ストレス応答に関連する上記腎疾患を、腎生検など被験者に負担をかけることなく、非侵襲的にかつ早期に診断することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】イヌ、ウシ、ヒト、ラットおよびマウスのアクアポリン1のアミノ酸配列のアライメントを示す。
【図2】小胞体ストレス誘導剤投与24時間後の血漿クレアチニン濃度を示す(括弧内の数字は例数を示す)。
【図3】図3Aは、小胞体ストレス誘導剤投与24時間後に摘出した腎皮質中のGrp78発現のウエスタンブロット解析を示す(矢印:Grp78のバンド)。図3Bは、図3Aのデータを定量化し、対照群のデータの平均値を100%として表したグラフを示す(*はコントロール群との間にP<0.05で有意差があったことを示す。括弧内の数字は例数を示す)。
【図4】図4Aは、小胞体ストレス誘導剤投与24時間後に採取した尿中エキソゾーム画分中のアクアポリン1(AQP1)のウエスタンブロット解析を示す(矢印:AQP1のバンド、上の図:糖鎖修飾を受けたもの、下の図:糖鎖修飾を受けていないもの)。図4Bは、図4Aのデータを定量化し、対照群のデータの平均値を100%として表したグラフを示す(*はコントロール群との間にP<0.05で有意差があったことを示す。括弧内の数字は例数を示す)。
【図5】図5は、小胞体ストレス誘導剤投与24時間後に採取した尿中エキソゾーム画分中のprogrammed cell death 6 interacting protein(PDCD6IP)量を対照群のデータの平均値を100%として表したグラフを示す(括弧内の数字は例数を示す)。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、被験体の尿中エキソゾーム画分中のアクアポリン1タンパク質の量を測定するステップを含む、腎における小胞体ストレス応答の検出方法に関する。
【0016】
本発明において「被験体」とは腎において小胞体ストレス応答を起す動物であれば限定されないが、ヒトが特に好ましい。ヒト以外の被験体としては、例えば、サル、チンパンジー等の非ヒト霊長類や、イヌ、ウシ、マウス、ラット、モルモット等の他の哺乳動物が挙げられる。ヒト以外の動物を被験体とした場合に得られる情報(判定結果)は、当該非ヒト動物の腎における小胞体ストレス応答の検出にも利用され得るが、むしろそれをヒトの腎における小胞体ストレス応答の検出法の確立に利用できる点で有用である。図1に示す通り、アクアポリン1のアミノ酸配列は種を超えて保存性が高い。また、ラットなどの疾患モデル動物で見られた尿中アクアポリン排泄量の変化が、患者においても見られることが報告されている。よって、非ヒト動物での実験結果はヒトに対しても外挿可能であると言える。
【0017】
本発明の方法では、被験体からの尿中エキソゾーム画分をサンプルとして用いる。サンプルの調製は、例えば以下のようにして行う。まず、被験体より尿を採取し、1,000gで10分間遠心し、続いてその上清を17,000gで15分間遠心し、さらにその上清を200,000gで60分間遠心し、得られた沈殿をエキソゾーム画分として分離する。エキソゾーム画分のタンパク質は、4×サンプルバッファー(0.5M Tris-HCl、8%SDS、50%グリセロール、0.01%ブロモフェノールブルー、0.2M DTT)と混合し、37℃で30分間インキュベートすることにより可溶化してサンプルとする。
【0018】
本明細書においてアクアポリン1とは、典型的にはアクアポリン1の成熟体または完全体であり、糖鎖修飾されたアクアポリン1分子も包含される。糖鎖の種類、結合位置などは限定されない。アクアポリン1のアミノ酸配列は被験体の動物種により若干異なる。一例として、配列表には配列番号1としてイヌ (Canis familiaris) 由来アクアポリン1を、配列番号2としてウシ (Bos taurus) 由来アクアポリン1を、配列番号3としてヒト (Homo sapiens) 由来アクアポリン1を、配列番号4としてラット (Rattus norvegicus) 由来アクアポリン1を、配列番号5としてマウス (Mus musculus) 由来アクアポリン1を、それぞれ示す。
【0019】
アクアポリン1の測定は、アクアポリン1に特異的に結合し得る抗体を用いて行なうことが好ましい。このような抗体としては、測定しようとする動物種のアクアポリン1又はその部分配列を含むポリペプチドを抗原として用い、常法により作製された抗体を好適に使用できる。
【0020】
抗体はポリクローナル抗体であってもモノクローナル抗体であってもよい。また抗体はアクアポリン1に特異的に結合し得る限り断片として使用することもできる。抗体の断片としては、例えば、Fab断片、F(ab’)2断片、単鎖抗体(scFv)等が挙げられる。
【0021】
モノクローナル抗体は例えば次の手順で作製することができる。
上記の抗原を、動物に対して、抗原の投与により抗体産生が可能な部位に、それ自体あるいは担体、希釈剤とともに投与する。投与に際して抗体産生能を高めるため、完全フロイントアジュバントや不完全フロイントアジュバントを投与してもよい。用いられる動物としては、例えば、サル、ウサギ、イヌ、モルモット、マウス、ラット、ヒツジ、ヤギなどの哺乳動物が挙げられる。抗血清中の抗体価の測定は常法により行うことができる。
【0022】
抗原を免疫された動物から抗体価の認められた個体を選択し、最終免疫の2〜5日後に脾臓またはリンパ節を採取し、それらに含まれる抗体産生細胞を骨髄腫細胞と融合させることにより、モノクローナル抗体産生ハイブリドーマを調製することができる。融合操作は既知の方法、例えば、Nature 256:495(1975)記載の方法に従い実施することができる。融合促進剤としては、例えば、ポリエチレングリコール(PEG)などが挙げられる。骨髄腫細胞としては、例えば、NS-1、P3U1、SP2/0などが挙げられる。
【0023】
モノクローナル抗体の選別は、公知の方法あるいはそれに準じる方法に従って行なうことができるが、通常はHAT(ヒポキサンチン、アミノプテリン、チミジン)を添加した動物細胞用培地などで行なうことができる。選別および育種用培地としては、ハイブリドーマが生育できるものならばどのような培地を用いても良い。ハイブリドーマ培養上清の抗体価は、抗血清中の抗体価の測定と同様にして測定できる。
【0024】
モノクローナル抗体の分離精製は、通常のポリクローナル抗体の分離精製と同様の、例えば塩析法、アルコール沈殿法、等電点沈殿法、電気泳動法、イオン交換体(例えば、DEAE)による吸脱着法、超遠心法、ゲルろ過法、抗原結合固相あるいはプロテインAまたはプロテインGなどを用いた特異的精製法による免疫グロブリンの分離精製法に従って行なうことができる。
【0025】
一方、ポリクローナル抗体は例えば次の手順で作製することができる。
ポリクローナル抗体は、例えば、抗原とキャリアとの複合体をつくり、上記のモノクローナル抗体の製造法と同様に哺乳動物に免疫を行ない、該免疫動物から活性型ハプトグロビンに対する抗体含有物を採取して、抗体の分離精製を行なうことにより製造できる。ポリクローナル抗体の作製に使用する抗原はモノクローナル抗体の作製におけるのと同様である。抗原とキャリアとの複合体を形成する際に、キャリアの種類および抗原とキャリアとの混合比は、キャリアに架橋させた抗原に対して抗体が効率よくできれば、どの様なものをどの様な比率で架橋させてもよい。キャリアとしては、例えば、ウシ血清アルブミン、ウシサイログロブリン、キーホール・リンペット・ヘモシアニン等が用いられる。また、抗原とキャリアのカップリングには、種々の縮合剤を用いることができ、具体的にはグルタルアルデヒドやカルボジイミド、マレイミド活性エステル、チオール基、ジチオビリジル基を含有する活性エステル試薬等が用いられる。
【0026】
抗原とキャリアとの複合体は、免疫される動物に対して、抗体産生が可能な部位に、それ自体あるいは担体、希釈剤とともに投与される。投与に際して抗体産生能を高めるため、完全フロイントアジュバントや不完全フロイントアジュバントを投与してもよい。投与は、通常約2〜6週毎に1回ずつ、計約3〜10回程度行なうことができる。用いられる動物としては、モノクローナル抗体作製の場合と同様の哺乳動物が挙げられる。ポリクローナル抗体は、上記の方法で免疫された動物の血液、腹水など、好ましくは血液から採取することができる。抗血清中のポリクローナル抗体価の測定は、上記の血清中の抗体価の測定と同様にして測定できる。ポリクローナル抗体の分離精製は、上記のモノクローナル抗体の分離精製と同様の手順で行なうことができる。
【0027】
本発明の方法は、被験体からの尿中エキソゾーム画分中のアクアポリン1の量を評価するステップを含む。アクアポリン1の量は、標準サンプルとの比較などにより絶対量を測定してもよい。しかし、必ずしもアクアポリン1の絶対的な量を測定する必要はなく、対照となる尿中エキソゾーム画分中のアクアポリン1の量との相対的な関係を明らかにできれば評価としては十分である。
【0028】
アクアポリン1の量の評価方法としては、典型的には、上記の抗アクアポリン1抗体を用いた免疫学的測定法が挙げられる。免疫学的測定法としては、特に制限はなく、従来公知の方法、例えば酵素免疫測定法(EIA法)、ラテックス凝集法、免疫クロマトグラフィー法、ウエスタンブロット法、放射免疫測定法(RIA法)、蛍光免疫測定法(FIA法)、ルミネッセンス免疫測定法、スピン免疫測定法、抗原抗体複合体形成に伴う濁度を測定する比濁法、抗体固相膜電極を利用し抗原との結合による電位変化を検出する酵素センサー電極法、免疫電気泳動法などを採用することができる。これらの中でもEIA法またはウエスタンブロット法が好ましい。なお、EIA法には、競合的酵素免疫測定法や、サンドイッチ酵素結合免疫固相測定法(サンドイッチELISA法)等が包含される。
【0029】
ウエスタンブロット法を本発明の免疫学的測定法として採用する場合、例えば次のようにして尿中エキソゾーム画分中のアクアポリン1を検出することができる。ドデシル硫酸ナトリウム含有ポリアクリルアミドゲル上に検体である尿中エキソゾーム画分を添加し、一定の電圧をかけて電気泳動を行い、泳動によりゲル上で分離されたタンパク質をPVDF(ポリビリニデンジフルオライド)膜のようなブロッティング用メンブレンに電気的にトランンスファーする。このメンブレンをスキムミルク等でブロッキング処理した後に、上記抗アクアポリン1抗体をメンブレンと反応させ、次いで化学発光物質、蛍光物質、あるいは酵素(西洋ワサビペルオキシダーゼ等)で標識した二次抗体を結合させ、更に標識物質に応じた検出操作を行う。メンブレン上にアクアポリン1が存在する場合には検出することができる。なお、ウエスタンブロット法による具体的な検出方法は後記実施例に記載されている。
【0030】
本発明では尿中エキソゾーム画分中のアクアポリン1の量を測定し、かかる量の減少を指標として腎における小胞体ストレス応答の有無を検出するとともに、当該小胞体ストレス応答に関連する腎疾患を診断する。
【0031】
腎における小胞体ストレス応答に関連する腎疾患には、糸球体や尿細管病変部において小胞体ストレスの亢進が認められる腎疾患をいい、例えば、微小変化型ネフローゼ症候群、巣状糸球体硬化症、メサンギウム増殖性腎炎、膜性腎症、膜性増殖性糸球体腎炎、糖尿病性腎症または急速進行性糸球体腎炎などの腎疾患が挙げられるが、これらに限定はされない。
【0032】
本発明において「診断」とは、典型的には、被験体が上記の腎における小胞体ストレス応答に関連する腎疾患(以下、単に「腎疾患」という)に罹患しているか否かの判定(狭義の診断)を意味するが、これには限定されず、腎疾患の重症度の判定、治療の効果の判定、および治療後に腎疾患を再発する危険性が存在するか否かの判定をも包含する概念(広義の診断)である。実施例に示すように尿中エキソゾーム中のアクアポリン1の量は小胞体ストレス負荷条件下においても顕著に減少することから、本発明の方法は腎疾患の早期診断に有用であるといえる(なおこの場合、「診断」は狭義の意味で用いられる)。また尿をサンプルとして使用することから、被験体にとって負荷がほとんどない、非侵襲的な方法であるといえる。
【0033】
被験体が腎疾患に罹患しているか否かの判定の際には、健常検体の尿サンプル中におけるアクアポリン1の量を基準とすることができる。治療の効果の判定の際には、治療前の被験体から採取された尿サンプル中のアクアポリン1の量を基準値とすることもできる。本発明では、比較対象となるこれらの検体を「対照」と称する。したがって、本発明の方法において対照には、正常個体から得た尿のプール、上記腎疾患の発症が疑われる前の当該被験体から得られた尿サンプル、治療前の当該被験体から得られた尿サンプルなどが含まれる。
【0034】
好ましい態様において、本発明は、被験体の尿中エキソゾーム画分中のアクアポリン1の量を測定するステップに加えて、被験体の尿中エキソゾーム画分中のアクアポリン1の量を対照の尿中エキソゾーム画分中のアクアポリン1の量と比較するステップをさらに含み、ここで、被験体の尿中エキソゾーム画分中のアクアポリン1の量が、対照の尿中エキソゾーム画分中のアクアポリン1の量と比較して有意に少ないときに、被験体が腎疾患に罹患している、あるいは対照と比較してより重度の腎疾患であると判断される。
【0035】
すなわち、本発明の方法では、典型的には、被験体の尿中エキソゾーム画分中のアクアポリン1の量を測定し、当該量と、対照の尿中エキソゾーム画分中のアクアポリン1の量とを対比し、前者が後者より少ないときに、被験体の腎において小胞体ストレス応答が生じていると判定する、または、被験体が当該小胞体ストレス応答に関連する腎疾患に罹患していると判定する。ここで、腎疾患に対する治療効果の判定においては、対照として治療前の当該被験体から取得したサンプルを用い、治療後の被験体から得られたサンプル中のアクアポリン1の量が対照(すなわち、治療前)よりも増加していれば、治療効果が認められると判定することができる。
【0036】
対照の尿中エキソゾーム画分中のアクアポリン1の量の測定は、被験体の尿中エキソゾーム画分中のアクアポリン1の量の測定と同様の手順で行うことができる。対照の尿中エキソゾーム画分中のアクアポリン1の量は、被験体の尿の測定のたびに測定してもよいし、事前に測定しておいてもよい。
【0037】
本発明はまた、アクアポリン1に特異的に結合し得る抗体を含む、腎における小胞体ストレス応答に関連する腎疾患の診断薬に関する。
【0038】
本発明の診断薬は、必要な試薬とともにキット化することもできる。例えば検出キットには、抗アクアポリン1抗体、標識化された二次抗体、検出のための試薬等の必要な構成要素が含まれ得る。キットにはさらに、バッファー、洗浄液、使用説明書等が含まれていてもよい。
【実施例】
【0039】
以下、実施例によって本発明を更に具体的に説明するが、これらの実施例は本発明の範囲を限定するものでない。
(実施例1)
1,実験方法
(1) 腎への小胞体ストレス応答の選択的誘導
ラットを麻酔した後に開腹し、右腎を摘出した。右腎摘出1週間後に開腹し、左腎の包膜下に、小胞体ストレスを誘導する薬物である、ツニカマイシン(tunicamycin)(0.1 mg/kg、または0.3 mg/kg)またはタプシガルジン(thapsigargin)(0.8 mg/kg)をラットの腎包膜下に投与した。また、対照群には、溶媒(50%DMSO+50%PBS)を投与した。
【0040】
(2) サンプルの調製
(2-1) 尿サンプルの調製(尿中エキソゾームの分離)
小胞体ストレスを誘導する薬物を投与した24時間後に、採血および採尿を行った。尿からは、次の方法を用いてエキソゾームを分離した。まず尿を1,000 gで10分間遠心し、続いてその上清を17,000 gで15分間遠心した。最後に、17,000 g遠心後の上清を200,000 gで60分間遠心し、その沈殿をエキソゾーム画分として分離した。エキソゾーム画分には、4×サンプルバッファー(0.5 M Tris-HCl、8% SDS、50%グリセロール、0.01% ブロモフェノールブルー、0.2 M DTT)を加え、37℃で30分間インキュベートしてサンプルとした。また、富士ドライケムスライド(CRE-PIII、富士写真フイルム株式会社、Tokyo)を用いて全尿中のクレアチニン濃度を測定した。一方、採取した血液は、ヘパリンと混濁した後、12,000rpmで10分間遠心することで血漿を分離した。富士ドライケムスライド(CRE-PIII、富士写真フイルム株式会社、Tokyo)を用いて血漿中のクレアチニン濃度を測定した。
【0041】
(2-2) 腎サンプルの調製
小胞体ストレスを誘導する薬物を投与した24時間後に、左腎を摘出した。摘出した腎から皮質部を分離し、氷上で3倍量のホモジナイズバッファー(300 mM ショ糖、25 mM イミダゾール、1.3 mM EDTA・4H、protease inhibitorcocktail 1錠)を加えて細切後、ホモジナイザーを用いてホモジナイズした。その後、ホモジネートを遠心(1,000 g、10分間、4℃)し、上清を得た。ペレットには、再度その3倍量のホモジナイズバッファーを混濁し、ホモジナイズ(15分間、氷上)し、そのホモジネートを遠心(1,000 g、10分間、4℃)し、上清を得た。次に、1回目および2回目の遠心によって得た上清を混合し、60分間遠心(200,000 g、4℃)した。そのペレットを500μlのホモジナイズバッファーに溶解し、その一部(10μl)をタンパク質濃度測定に、残りを250μlの4×サンプルバッファー(0.5 M Tris-HCl、8% SDS、50%グリセロール、0.01% bromophenol blue、0.2M DTT)と混合し、37℃で30分間インキュベートしてサンプルとした。
【0042】
(3) サンプル中のタンパク質検出
尿及び腎臓からの各サンプルは定法に従い、SDS-PAGEを行い、ゲル内のタンパク質はセミドライタイプ(KS-8460、マリソル、Tokyo)のブロッティング装置を用いてポリビニリデンジフルオリド(PVDF)膜にトランスファーした。トランスファー後、TBS中にてローテーターで振盪しながら洗浄(15分、2回)し、5%スキムミルク、Tween-20を含むTBS(5% SM TTBS)でブロッキング(オーバーナイト、4℃)した。ブロッキング後、1次抗体(抗アクアポリン1タンパク質抗体、抗Grp78タンパク質抗体、または抗programmed cell death 6 interacting protein抗体)を60分間反応させた(室温)。反応後、TTBSで1次抗体を洗浄(5分間、2回)し、1.6% SM TTBSで1:4000に希釈した2次抗体(抗ウサギIgG抗体)を反応させた後、TTBSで洗浄(5分間、4回)し、最後にTBS(10分間、1回)で洗浄した。バンドを可視化する場合にはSuperSignal(登録商標)West Femto Maximam Sensitivity Subatrate(PIERCE社、IL)を用いてバンドを可視化し、ポラロイドカメラ(ECLTM-mini Camera、Amersham International plc.、Tokyo)を用いて撮影した。
【0043】
(4) データ解析
尿中エキソゾームタンパク質については、一定量のクレアチニンを含有するサンプルに含まれるタンパク質量を定量化し、対照群の値の平均値を100%として表した。腎タンパク質については、一定量のタンパク質を含有するサンプルに含まれるGrp78タンパク質量を定量化し、対照群の値の平均値を100%として表した。各データは、平均値±標準誤差(SEM)で示した。有意差検定には、Dunnett法を用いた。
【0044】
2.結果
(1) 血中クレアチニン濃度
図2に小胞体ストレス誘導剤投与24時間後の血中クレアチニン濃度を示す。図2から明らかなように、各群間には有意な差は認められず、小胞体ストレス誘導剤投与により腎機能の低下は認められなかった。
【0045】
(2) 腎皮質中のGrp78タンパク質量
図3に小胞体ストレス誘導剤投与後の腎皮質中のGrp78タンパク質量を示す。図3に示すように、小胞体ストレス誘導剤投与により、腎皮質中のGrp78タンパク質量の有意な増加が観察された。このことから、小胞体ストレス誘導剤投与により、腎において小胞体ストレス応答が惹起されたことが示された。
【0046】
(3) 尿中エキソゾーム画分中のアクアポリン1タンパク質排泄量
図4に尿中エキソゾーム画分中のアクアポリン1タンパク質排泄量を示す。図4から明らかなように、小胞体ストレス誘導剤投与によって、尿中エキソゾーム画分中のアクアポリン1タンパク質排泄量の有意な減少が見られた。また図には示していないが、尿中エキソゾーム画分中のアクアポリン1タンパク質排泄量は、投与後24時間から72時間にわたって持続的に減少していたことも観察した(24時間:対照群の1.6%排泄、48時間:対照群の15.1%排泄、72時間:対照群の17.3%排泄、総て2例の平均値)。
【0047】
図3において、小胞体ストレス誘導剤投与により、腎において小胞体ストレス応答が生じることを観察したことから、尿中エキソゾーム画分中のアクアポリン1タンパク質排泄量は、腎に小胞体ストレス応答が起こった時に、非常に早期(遅くとも24時間以内)から減少するものと考えられた。なおここでは図示しないが、上記と同様の手法により尿中エキソゾーム画分中のアクアポリン2タンパク質排泄量を測定した結果では、投与後48時間経過時点では、アクアポリン2タンパク質排泄量に有意な差は見られなかった。
これらの結果から、尿中エキソゾーム画分中のアクアポリン1タンパク質は、腎の小胞体ストレス応答に鋭敏に反応する特異的なタンパク質であることが分かる。
【0048】
(4) 尿中エキソゾーム画分中のprogrammed cell death 6 interacting protein排泄量
前項で示した尿中エキソゾーム画分中のアクアポリン1タンパク質排泄量の減少が、アクアポリン1に特異的なものかどうかを調べるために、尿中エキソゾームに含まれることが知られているprogrammed cell death 6 interacting protein排泄量について検討した。その結果を図5に示す。図5から明らかなように、小胞体ストレス誘導剤投与によっては、尿中エキソゾーム画分中のprogrammed cell death 6 interacting protein排泄量の有意な変化は見られなかった。以上から、腎に小胞体ストレス応答が生じた場合には、尿中エキソゾーム画分中のアクアポリン1タンパク質排泄量が特異的に減少するものと考えられた。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明は、腎における小胞体ストレスに関連する腎疾患の診断薬またはキットの製造分野において利用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験体の尿中エキソゾーム画分中のアクアポリン1の量を測定するステップを含む、腎における小胞体ストレス応答の検出方法。
【請求項2】
被験体の尿中エキソゾーム画分中のアクアポリン1の量を測定するステップ、及び被験体の尿中エキソゾーム画分中のアクアポリン1の量を、対照の尿中エキソゾーム画分中のアクアポリン1の量と比較するステップを含み、被験体の尿中エキソゾーム画分中のアクアポリン1の量が、対照の尿中エキソゾーム画分中のアクアポリン1の量と比較して有意に少ないときに、被験体の腎において小胞体ストレス応答が生じていると判定する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
腎における小胞体ストレス応答に関連する腎疾患を診断するための、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
腎における小胞体ストレス応答に関連する腎疾患が、微小変化型ネフローゼ症候群、巣状糸球体硬化症、メサンギウム増殖性腎炎、膜性腎症、膜性増殖性糸球体腎炎、糖尿病性腎症または急速進行性糸球体腎炎である、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
被験体がヒトである、請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
アクアポリン1の測定が、アクアポリン1に特異的に結合する抗体を用いた免疫学的測定法により行われる、請求項1〜5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
アクアポリン1に特異的に結合し得る抗体を含有する、腎における小胞体ストレス応答に関連する腎疾患の診断薬。
【請求項8】
アクアポリン1に特異的に結合し得る抗体を含有する、腎における小胞体ストレス応答に関連する腎疾患の診断用キット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−7698(P2013−7698A)
【公開日】平成25年1月10日(2013.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−141698(P2011−141698)
【出願日】平成23年6月27日(2011.6.27)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21〜22年度、独立行政法人科学技術振興機構、重点地域研究開発推進プログラム(育成研究)委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504224153)国立大学法人 宮崎大学 (239)
【Fターム(参考)】