説明

腎疾患予防・治療剤

【課題】腎疾患とりわけ急性腎不全や急性尿細管壊死に対して安全かつ有効な薬剤を提供することを目的とする。
【解決手段】一般式(I)
【化1】


で表される6,10,14,18−テトラメチル−5,9,13,17−ノナデカテトラエン−2−オンもしくはその塩またはそれらの水和物を有効成分とする腎疾患の予防・治療剤を提供することにより、腎臓内にヒートショックプロテインを発現させることができ、腎疾患とりわけ急性腎不全や急性尿細管壊死の予防・治療に対して有効な結果を得ることができた。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、腎疾患、とりわけ急性腎不全や急性尿細管壊死の予防・治療剤に関する。
【0002】
【従来の技術】
急性腎不全の原因のひとつである急性尿細管壊死は現在でも致死率が高い(40〜60%)疾患の1つである。
治療が奏功し、改善治癒に向かう症例もあるものの、永続的な腎機能障害を残すものも多い。
急性尿細管壊死は腎臓の虚血または腎臓に対して毒性のある物質にさらされることにより引き起こされている。
急性尿細管壊死の本質的な形態変化は尿細管上皮の変性やアポトーシスであり、特に皮髄境界部に障害が強く見られることが知られている。
急性腎不全や急性尿細管壊死については、有効な薬剤は知られておらず、現在知られている治療法は、食事療法などの腎臓への負担を軽減しながら自然治癒による治療法がある程度であり、抜本的な治療薬は存在しなかったのが現状である。(非特許文献1〜2参照)
一方、一般式(I)
【化3】

で表される6,10,14,18−テトラメチル−5,9,13,17−ノナデカテトラエン−2−オンで示されるゲラニルゲラニルアセトン(以下、「GGA」という)は胃炎や胃潰瘍の薬剤として公知である(特許文献1および2参照)。また、近年該化合物は内因性保護たんぱく質の一種であるヒートショックプロテインを誘導することが知られている。(非特許文献3〜5参照)
しかし、GGAが誘導することが知られているのは、胃、心臓、肝臓などであり、腎臓については不明であった。
【0003】
【非特許文献1】
Brady H et al.,:Acute renal failure.”The Kidney 6th Edition”, edited by Brenner BM, W.B. Saunders Co., Philadelphia, 1201〜1262 (2000)
【非特許文献2】
AM Davison et al(eds).,“Oxford Textbook of Clinical Nephrology”,Oxford University Press, Oxford, pp1519−1746,(1998)
【非特許文献3】
Ikeyama et al.,“J. Hepatol”2001;35:p53−61
【非特許文献4】
Tsuruma et al.,“Transplant Proc.”,1999;31:p572−73
【非特許文献5】
Ooie et al.,“Circulation”,2001;104:p1837−43
【特許文献1】
特開昭53−145922号公報
【特許文献2】
特開昭62−10013号公報
【0004】
【発明が解決しようとする課題】
上記の如く、急性腎不全や急性尿細管壊死といった腎疾患に対しては現在のところ、有効な治療剤がないため、本発明が解決する課題は腎疾患に有効な薬剤を提供することにある。
【0005】
【課題を解決するための手段】
そこで、本発明者らは鋭意努力の結果、胃炎・胃潰瘍の薬剤として公知であるGGAが急性腎不全や急性尿細管壊死などの治療に有効であることを見出した。
すなわち、本発明は、
1)一般式(I)
【化4】

で表される6,10,14,18−テトラメチル−5,9,13,17−ノナデカテトラエン−2−オンで表されるゲラニルゲラニルアセトンおよびその塩またはそれらの水和物を有効成分とする腎疾患予防・治療剤、
2)該腎疾患が急性腎不全または急性尿細管壊死である1)記載の腎疾患予防・治療剤、
3)一般式(I)
【化5】

で表される6,10,14,18−テトラメチル−5,9,13,17−ノナデカテトラエン−2−オンで表されるゲラニルゲラニルアセトンおよびその塩またはそれらの水和物を有効成分とする、腎臓にヒートショックプロテインを誘導するヒートショックプロテイン誘導剤、
4)該ヒートショックプロテインがヒートショックプロテイン70である3)のヒートショックプロテイン誘導剤;
に関する。
【0006】
以下に本発明について詳細に説明する。
GGAの製造方法は公知の方法、例えば、前述の特許文献1に記載されている方法に準じて製造することができる。
【0007】
本発明において有効成分たる化合物は、一般式(I)で表されるプレニルケトン系化合物である。本発明における化合物の化合物名は6,10,14,18−テトラメチル−5,9,13,17−ノナデカテトラエン−2−オン(別名:ゲラニルゲラニルアセトン、一般名:テプレノン、以下GGAと称する)である。GGAはその構造から明らかな如く、種々の異性体が考えられるが、本発明はそれらのいずれを含むものであり、例えば、5,9,13位がE体、Z体のいずれでもよく、また1種類の化合物もしくは2種類の化合物の混合物でもよい。好ましくは、9位かつ13位がE体である5E体、5Z体または任意の混合比のそれらの混合物であり、より好ましくは、(5E,9E,13E)体と(5Z,9Z,13Z)体とが3:2の混合物である。
【0008】
本願明細書における「塩」とは、本発明に係る化合物と塩を形成し、且つ薬理学的に許容されるものであれば特に限定されないが、好ましくはハロゲン化水素酸塩(例えばフッ化水素酸塩、塩酸塩、臭化水素酸塩、ヨウ化水素酸塩等)、無機酸塩(例えば硫酸塩、硝酸塩、過塩素酸塩、リン酸塩、炭酸塩、重炭酸塩等)有機カルボン酸塩(例えば酢酸塩、マレイン酸塩、酒石酸塩、フマル酸塩、クエン酸塩等)、有機スルホン酸塩(例えばメタンスルホン酸塩、エタンスルホン酸塩、ベンゼンスルホン酸塩、トルエンスルホン酸塩、カンファースルホン酸塩等)、アミノ酸塩(例えばアスパラギン酸塩、グルタミン酸塩等)、四級アミン塩、アルカリ金属塩(例えばナトリウム塩、カリウム塩等)、アルカリ土類金属塩(マグネシウム塩、カルシウム塩等)等があげられ、当該「薬理学的に許容できる塩」として、より好ましくは塩酸塩、硫酸塩、メタンスルホン酸塩、酢酸塩等である。
【0009】
本発明に用いられるGGAは、無水物であっても、水和物であっても良い。
【0010】
本発明に係る化合物の投与形態は特に制限されず、経口的・非経口的に投与することができる。
経口投与のための剤型は、固体または液体の剤型、具体的には錠剤、被覆錠剤、丸剤、細粒剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤、シロップ剤、乳剤、懸濁剤、注射剤などが好ましい。
非経口投与のための剤型は、注射用製剤、点滴剤、外用剤、坐剤等が好ましい。本発明に係る化合物は、慣用される方法により製剤化することが可能で、通常用いられる賦形剤(例えば乳糖、白糖、でんぷん、マンニトール等)、結合剤(例えば、α化デンプン、アラビアゴム、カルボキシメチルセルロース、ポリビニルピロリドン等)、滑沢剤(ステアリン酸マグネシウム、タルク等)、着色剤、矯味矯臭剤等、および必要により安定化剤、乳化剤、吸収促進剤、界面活性剤等を使用することができ、一般に医薬品製剤の原料として用いられる成分を配合して定法により製剤化される。
【0011】
本発明に係る化合物の投与量は、症状、年齢、体重などの条件により適宜定められるが、成人一日あたり20〜2000mg、好ましくは50〜1000mg、さらに好ましくは100〜500mgである。
【0012】
本発明の化合物が有効な疾患は腎疾患であり、急性腎不全、急性尿細管壊死、慢性腎不全、尿細管間質障害、急性腎炎、慢性腎炎、ネフローゼ、腎機能障害などがあげられるが、急性腎不全または急性尿細管壊死に対して特に有効である。
【発明の実施の形態】
【実施例】
以下に、実験例をあげて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらにより限定されるべきものではない。
【0013】
実験
(実験動物)
8週齢の雄性Sprague―Dawleyラットを使用した。
実験動物に対する取り扱いはすべて「名古屋大学医学部動物実験指針」を遵守した。
【0014】
(実験試料)
GGA(商品名「セルベックス」、エーザイ株式会社製)は5%アラビアゴム溶液と0.008%のトコフェロールを用いてエマルジョンとして調製された。また、同用量の溶媒をプラセボとした。
【0015】
(ウエスタンブロット法)
一次抗体として、Stressgen Biotechnologies社のMouse Anti−HSP70 Monoclonal Antibody(Product#SPA−810)を使用した。
National Institute of Healthのフリーソフトウェア(NIH Image1.62)で解析、定量化した。
【0016】
(虚血再潅流モデル)
麻酔下でラットの両側腎動静脈を30分間クリッピングして虚血再潅流モデルを作成した。術前24時間前および1時間前にGGA(400mg/kg)を投与する群(以下「GGA群」という、n=9)と同用量のプラセボ投与群(以下「対照群」という、n=9)について、術後24時間後に組織学的所見、腎機能(尿素窒素(以下「BUN」という)血中濃度、血清クレアチン(以下「s−CR」という)血中濃度)、TUNEL法(Gavrieli,Y.,Sherman,Y.&Ben-Sasson;,S.A :J.Cell Biol.,119:493- 501,1992)によるアポトーシスの程度を評価し、虚血再潅流障害に対する抑制作用をGGA群と対照群とで比較検討した。
【0017】
(結果)
(GGAのHSP発現の時間依存性)
図1は、本発明の実験にて実施された、腎臓におけるGGA投与によるHSP70発現の経時変化を示す図である。図1から明らかなように、GGA投与群ではHSP70発現量の増加を認め、24時間後にピークが見られたが48時間後に低下した。
一方、対照群では、HSP70の発現量に変化は見られなかった。
初回薬剤投与24時間後に再度同量の薬剤を投与したところ、初回薬剤投与48時間後のHSP70の発現量は、対照群では変化はみられなかったが、GGA投与群では24時間後と同等の発現量を認めた。
【0018】
(GGAのHSP発現の用量依存性)
図2は本発明の実験にて実施された、腎臓におけるGGA投与の用量依存性を示す図である。図2からも明らかなようにGGA投与24時間後におけるHSP70の発現量は用量依存的な変化を認め400mg/kg以上では発現量にほとんど変化が見られなかった。
【0019】
(組織変化)
図3は、虚血再潅流障害モデルにおける、両群の組織図である。図からも明らかなように、GGA投与群は均一なままで保護されているのに対し、対照群は組織の一部に損傷が見られた。また、虚血再潅流障害モデルにおいて、両群の組織学的変化を尿細管障害(尿細管上皮の脱落、空胞変性)について半定量化することにより比較した。半定量化は、皮髄境界部の各々6視野を100倍にて検鏡し、各視野の尿細管障害の程度を0〜3点(0点:障害なし、1点:障害は視野の1/3未満、2点:障害は視野の1/3〜2/3、3点:障害は視野の2/3以上)に点数化することである。その結果を図4に示す。図4からも明らかなように対照群に比べ、GGA群では障害は有意に小さかった(平均値±標準誤差:1.7±0.1対0.9対0.2)。
(機能変化)
図5および図6は虚血再潅流モデルにおける、それぞれ腎臓の機能の指標である血中の尿素窒素濃度(BUN)、血清クレアチン(s−CR)を示した図である。図からも明らかなようにGGA群は対照群に比べて有意に低いことから、腎機能の悪化が認められなかった。(BUN:56.0±10.8対22.2対2.2、s−CR:1.1±0.2対0.6±0.1)。
(アポトーシス細胞数)
図7はTUNEL法により陽性を示すアポトーシス細胞の数を示す図である。アポトーシス細胞の数を以下のようにして測定した。皮髄境界部の各16視野を400倍にて検鏡し、尿細管細胞1000個あたりのTUNEL陽性細胞数を比較した。図7からも明らかなように、確認されたアポトーシスの程度もGGA群では対照群に比して有意に小さかった(40.2±4.9対18.2±2.6)。(図7)
【0020】
【発明の効果】
以上のことから、本願発明に係る化合物であるGGAは腎臓にHSP70を誘導し、急性尿細管壊死に対して有効に作用した。
【図面の簡単な説明】
【図1】腎臓におけるGGA投与によるHSP70の発現量の経時変化を示す図である。
【図2】腎臓におけるGGA投与によるHSP70の発現量の用量変化を示す図である。
【図3】急性尿細管壊死モデルにおける対照群の尿細管の組織図およびGGA群の尿細管の組織図である。
【図4】急性尿細管壊死モデルにおける病理組織図を点数化して比較した図である。
【図5】対照群とGGA投与群における、BUNの血中濃度を比較した図である。
【図6】対照群とGGA投与群における、s−CRの血中濃度を比較した図である。
【図7】TUNEL法により、陽性であった細胞数を比較した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(I)
【化1】

で表される6,10,14,18−テトラメチル−5,9,13,17−ノナデカテトラエン−2−オンで表されるゲラニルゲラニルアセトンおよびその塩またはそれらの水和物を有効成分とする腎疾患予防・治療剤。
【請求項2】
該腎疾患が急性腎不全または急性尿細管壊死である請求項1記載の腎疾患予防・治療剤。
【請求項3】
一般式(I)
【化2】

で表される6,10,14,18−テトラメチル−5,9,13,17−ノナデカテトラエン−2−オンで表されるゲラニルゲラニルアセトンおよびその塩またはそれらの水和物を有効成分とする、腎臓にヒートショックプロテインを誘導するヒートショックプロテイン誘導剤。
【請求項4】
該ヒートショックプロテインがヒートショックプロテイン70である請求項3のヒートショックプロテイン誘導剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−225263(P2006−225263A)
【公開日】平成18年8月31日(2006.8.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2003−156275(P2003−156275)
【出願日】平成15年6月2日(2003.6.2)
【出願人】(000000217)エーザイ株式会社 (102)
【Fターム(参考)】