説明

蒸発率推定方法、蒸発率推定システム、蒸発率推定用プログラムおよび記録媒体

【課題】 容易かつ正確に水域の水の蒸発率を推定することができる蒸発率推定方法および蒸発率推定方法、蒸発率推定システム、蒸発率推定用プログラムおよび記録媒体を提供する。
【解決手段】 推定対象水域の水の酸素同位体比dδ18Oの蒸発率に対する変化量dδ18O/蒸発率と、蒸発期間中の平均湿度Hとを、平均湿度をX軸とし、酸素同位体比dδ18OをY軸とするXY平面座標上の複数の測定値として取得し、前記複数の測定値から各測定値の相関を表す関係式、(dδ18O/蒸発率)/(平均湿度)を求め、この関係式から推定対象水域の蒸発率を算出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、河川、湖沼などの対象水域の水の蒸発率を簡易に推定することができる蒸発率推定方法、蒸発率推定システム、蒸発率推定用プログラムおよび記録媒体に関する。
【背景技術】
【0002】
地球温暖化や異常気象の発生、世界の人口増加、発展途上国の急速な農業化・工業化などによって、世界の水問題の深刻化に対して、水の使用可能な量を予測し、限りある水を計画的に使用することが重要であるが、そのためには、湖や池に貯留される水を使用するに際して、貯留される水の蒸発率を評価することが、水の運用上、必要になる。たとえば水田は、地下水の重要な供給源になっているが、蒸発による損失量が判らず、地下に浸透した浸透水の量が農業用水の使用量からは蒸発量を推定することはできない。また、ダム湖の貯水は、地下浸透による損失が下流の需要域への水不足などの深刻な災害につながるため、地下に浸透する水の量を推定するために、ダム湖の水の流入量および流出量の差とともに蒸発量を把握することが必要になる。このように、直接測定することが難しい湖や池などの水源を含む水域からの漏水量および地下浸透量の推定するためには、蒸発量を把握することが重要になる。
【0003】
このような蒸発量を推定するための従来技術は、たとえば非特許文献1,2に記載されている。この従来技術は、熱収支による蒸発量を推定する手法を提案するものであって、水の蒸発量そのものを推定するのではなく、日射量と、水が蒸発するために必要な熱量とに基づいて蒸発量を計算して求めている。
【0004】
この従来技術では、日射による総熱量のうち蒸発に使われる熱量は、蒸発以外に大気、地面への熱伝導による吸熱および反射が地域によって異なるため、蒸発量を熱量から正確に把握することが困難であるという問題がある。
【0005】
また、他の従来技術として、蒸発パンによる推定法がある。これは、直径2〜3mの蒸発パンによって、水の蒸発量を直接測定するものであり、測定期間の蒸発量を正確に測定することができるが、実際の池や貯水湖などの水域では、常に水が出入りしているため、水域の蒸発量は滞留時間を考慮する必要がある。また実際の水域は、浸透を伴う地盤であるのに対し、蒸発パンは不透水性の素材から成る容器であり、水深も異なるため、正確かつ容易に蒸発量を推定することは、困難である。
【0006】
他の従来技術として、非特許文献3,4には同位体を用いた蒸発量の推定方法が提案されているが、同位体を用いた蒸発に関する数式は様々なパラメータを含み、値が不明なパラメータもあるため、全てのパラメータを考慮して蒸発量を求めることはできない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】水理公式集(昭和46年改訂版)、土木学会、pp.110,1971.
【非特許文献2】水理公式集(平成11年版)、土木学会、pp.16−18,1999
【非特許文献3】Allison, G.B., Brown, R.M. and Fritz, P : 1979. Estimation of the isotopic composition of lake evaporate., Jour, of Hydrol. , 42, pp.109-127.
【非特許文献4】Gibson, J.J., Edwards, T.W.D., Bursey, G.G. and Prowse, T.D. : 1993. Estimating evaporation using stable isotopes: quantitative results and sensitivity analysis for two catchments in northern Canada. , 24, pp.79-94.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、容易かつ正確に水域の水の蒸発率を推定することができる蒸発率推定方法、蒸発率推定システム、蒸発率推定用プログラムおよび記録媒体を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、推定対象水域の水の酸素同位体比dδ18Oの、蒸発率に対する変化量dδ18O/蒸発率と、蒸発期間中の平均湿度Hとを、平均湿度をX軸とし、酸素同位体比dδ18OをY軸とするXY平面座標上の複数の測定値として取得し、前記複数の測定値から各測定値の相関を表す関係式、(dδ18O/蒸発率)/(平均湿度)を求め、この関係式から推定対象水域の蒸発率を算出することを特徴とする蒸発率推定方法である。
【0010】
また本発明は、測定した酸素同位体比をdδ18Oとし、測定した水に対する蒸発後に残った水の割合をfとし、水域の水面の温度下での飽和水蒸気圧に対する相対湿度をhとし、大気中の水の伝送に伴う動的同位体効果の平衡蒸気圧比をεとし、共存する水蒸気と水との間の同位体分布係数をαとするとき、酸素同位体比dδ18Oと平衡蒸気圧比εとを、平均湿度をX軸とし、dδ18O/dlnfをY軸とするXY平面座標上の複数の測定値として予め定めるα値およびε値ごとに取得し、前記複数の測定値から各測定値の相関を表す関係式、dδ18O/dlnf=h−α(1−h)を求め、この関係式から推定対象水域の蒸発率を算出することを特徴とする蒸発率推定方法である。
【0011】
さらに本発明は、推定対象水域の水の酸素同位体比dδ18Oの、蒸発率に対する変化量dδ18O/蒸発率と、蒸発期間中の平均湿度Hとを、平均湿度をX軸とし、酸素同位体比dδ18OをY軸とするXY平面座標上の複数の測定値として取得し、前記複数の測定値から各測定値の相関を表す関係式、(dδ18O/蒸発率)/(平均湿度)を求め、この関係式から推定対象水域の蒸発率を算出することを特徴とする蒸発率推定システムである。
【0012】
さらに本発明は、測定した酸素同位体比をdδ18Oとし、測定した水に対する蒸発後に残った水の割合をfとし、水域の水面の温度下での飽和水蒸気圧に対する相対湿度をhとし、大気中の水の伝送に伴う動的同位体効果の平衡蒸気圧比をεとし、共存する水蒸気と水との間の同位体分布係数をαとするとき、酸素同位体比dδ18Oと平衡蒸気圧比εとを、平均湿度をX軸とし、dδ18O/dlnfをY軸とするXY平面座標上の複数の測定値として、予め定めるα値およびε値ごとに取得し、前記複数の測定値から各測定値の相関を表す関係式、dδ18O/dlnf=h−α(1−h)を求め、この関係式から推定対象水域の蒸発率を算出することを特徴とする蒸発率推定システムである。
【0013】
さらに本発明は、コンピュータを、前記蒸発率推定システムとして機能させるための蒸発率推定用プログラムである。
【0014】
さらに本発明は、コンピュータを、前記蒸発率推定システムとして機能させるための蒸発率推定用プログラムを記録したコンピュータ読取り可能な記録媒体である。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、推定対象水域の水の酸素同位体比dδ18Oの蒸発率に対する変化量dδ18O/蒸発率と、蒸発期間中の平均湿度Hとを、平均湿度をX軸とし、酸素同位体比dδ18OをY軸とするXY平面座標上の複数の測定値として取得し、前記複数の測定値から各測定値の相関を表す関係式、(dδ18O/蒸発率)/(平均湿度)を求め、この関係式から推定対象水域の蒸発率を算出することによって、容易かつ正確に蒸発率を推定できる。
【0016】
また本発明によれば、酸素同位体比dδ18Oと平衡蒸気圧比εとを、平均湿度をX軸とし、dδ18O/dlnfをY軸とするXY平面座標上の複数の測定値として、予め定めるα値およびε値ごとに取得し、前記複数の測定値から各測定値の相関を表す関係式、dδ18O/dlnf=h−α(1−h)を求め、この関係式から推定対象水域の蒸発率を算出することによって、容易かつ正確に蒸発率を推定できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の一実施形態の蒸発率推定システム1を示すブロック図である。
【図2】平均湿度と酸素同位体比δ18O/蒸発率の関係を示すグラフである。
【図3】蒸発率と酸素同位体比δ18O/蒸発率との関係を示すグラフである。
【図4】本発明の他の実施形態の蒸発率推定システム1aによって算出される平均湿度と酸素同位体比δ18O/蒸発率の関係を示すグラフである。
【図5】平均湿度とdδ18O/dlnfの関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
図1は本発明の一実施形態の蒸発率推定システム1を示すブロック図である。本実施形態において、蒸発率推定方法に係る発明を実施するための蒸発率推定システムとして用いられる。蒸発率推定システム1は、蒸発率を算出するための処理を実行する演算処理部2と、蒸発率算出用プログラムが記憶される記憶部3と、表示部4と、入力部5と、通信部9とを含んで構成される。
【0019】
演算処理部2は、中央演算処理装置(Central Processing Unit:略称「CPU」)によって実現される。記憶部3は、ROM(Read Only Memory)6、RAM(Random
Access Memory)7およびハードディスクドライブ(Hard Disk Drive;略称「HDD」)8を含む。表示部4は、液晶表示素子およびこれを駆動するドライバなどを含む表示装置によって実現される。入力部5は、キーボード、マウス、ジョイスティックおよびタッチパネルなどの入力装置によって実現される。このような蒸発率推定システム1は、蒸発率算出用プログラムがインストールされた汎用のパーソナルコンピュータによって実現されてもよい。通信部9は、インターネットなどの情報通信ネットワークにLAN(Local Area Network)などのネットワークまたは電話回線を介して接続可能な送受信装置およびインターフェイスなどを含んで構成される。
【0020】
図2は平均湿度と酸素同位体比δ18O/蒸発率の関係を示すグラフである。なお、同図において、横軸Xは平均湿度であり、縦軸Yは酸素同位体比δ18O/蒸発率である。ここで、蒸発率とは、推定対象水域でサンプリングした水の蒸発量を蒸発前の水量で割った値をいう。δ18O/蒸発率は、蒸発率1%に対する酸素同位体比の変化量を表している。平均湿度とδ18O/蒸発率との間には、負の相関関係が見られる。図2中の直線L1は、水道水サンプルの近似直線であり、その関係式は、y=−0.0034x+0.37である。また、破線で示す直線L2は、推定対象水域としての湖(猪苗代湖)の水のサンプルの近似直線であり、その関係式はy=−0.0050x+0.55である。
【0021】
水道水は、平均湿度が低いと、δ18O/蒸発率が大きく、平均湿度が高くなると次第に低下する方向に推移する。推定対象とする水域も水道水と同様な傾向があるが、平均湿度が低いと、蒸発率1%あたりの酸素同位体比の変化は小さくなる。温度10.3℃で蒸発した水道水と推定対象水域の水、温度12.2℃で蒸発した水道水と推定対象水域の水は、温度および湿度は同じであるが、δ18O/蒸発率は異なっている。気温と湿度は同じであるので、このときの水道水と推定対象水域の水との違いは、蒸発前の酸素同位体比の値の相違によるものといえる。
【0022】
水道水の蒸発前の酸素同位体比の値は−7.7‰であり、推定対象水域の水の蒸発前の酸素同位体比の値は−11.8‰であり、水道水よりも推定対象水域の水の方が4.1‰低いことから、同じ温度・湿度の条件下では、蒸発前の酸素同位体比の値の影響を受け、蒸発前の酸素同位体比の値が低い方が、δ18O/蒸発率は大きいことが判る。
【0023】
以上により、δ18O/蒸発率を変化させる要因は、湿度、すなわち空気中の水蒸気量と蒸発前の酸素同位体比の値であることを、本件発明者は鋭意研究の結果、見出した。
【0024】
図3は蒸発率と酸素同位体比δ18O/蒸発率との関係を示すグラフである。同図において、蒸発率をX軸とし、酸素同位体比をY軸とする。また、符号「△」は温度10.3℃の推定対象水域(河川)の水の酸素同位体比、符号「○」は温度12.2℃の推定対象水域の水の酸素同位体比、符号「■」は温度9.9℃の水道水の酸素同位体比、符号「●」は温度10.3℃の水道水の酸素同位体比、符号「◇」は温度12.2℃の水道水の酸素同位体比、符号「▽」は温度30.0℃の水道水の酸素同位体比をそれぞれ示している。
【0025】
蒸発率が高くなるにつれて、酸素同位体比の値は大きくなっている。温度10.3℃で蒸発した推定対象水域の水と水道水とを比較すると、推定対象水域の水の方が変化する割合が大きい。温度12.2℃で蒸発した推定対象水域の水と水道水でも、同様に推定対象水域の水の方が変化する割合が大きい。
【0026】
次に、推定対象水域の温度が異なる2つの水を比較する。温度10.3℃で蒸発した一方の推定対象水域の水よりも、温度12.2℃で蒸発したときの推定対象水域の水の方が変化する割合が大きい。同じ蒸発率であっても、温度および湿度の少なくとも一方が異なるならば、酸素同位体比の値は異なった値を示す。このことは、水道水についても同様である。
【0027】
また、蒸発率が20%であるとき、それぞれのサンプルの酸素同位体比の値は異なった値を示している。6つのサンプルの違いは、蒸発する前の酸素同位体比の値と、温度・湿度である。したがって、同じ蒸発率であっても、蒸発する前の酸素同位体比の値と湿度が異なると、酸素同位体比の値は異なった値を示すことが判明した。
【0028】
以上のようにして本件発明者は、推定対象水域の水の酸素同位体比dδ18Oの蒸発率に対する変化量dδ18O/蒸発率と、蒸発期間中の平均湿度Hとを、平均湿度をX軸とし、酸素同位体比dδ18OをY軸とするXY平面座標上の複数の測定値として取得し、前記複数の測定値から各測定値の相関を表す関係式、
(dδ18O/蒸発率)/(平均湿度) …(1)
を求め、この関係式から推定対象水域の蒸発率を算出することによって、容易かつ正確に蒸発率を推定できることを見出した。
【0029】
このような関係式は、本実施形態の蒸発率推定システム1のROM6に、蒸発率推定用プログラムとしてインストールされた状態で記憶され、これを演算処理2が実行することによって、任意の湿度に対する蒸発率を推定値として算出し、表示部4に表示画像および印刷画像として出力させて、所望の推定対象水域の蒸発率を容易かつ正確に得ることができる。
【0030】
図4は本発明の他の実施形態の蒸発率推定システム1aによって算出される平均湿度と酸素同位体比δ18O/蒸発率の関係を示すグラフであり、図5は平均湿度とdδ18O/dlnfの関係を示すグラフである。なお、図4において、横軸Xは平均湿度であり、縦軸Yは酸素同位体比δ18O/蒸発率である。また、図5において、横軸Xは蒸発率%)であり、縦軸Yは酸素同位体比δ18O‰)である。図1をも参照して、本実施形態の蒸発推定システム1aは、図1に示す前述の実施形態に係る蒸発率推定システム1と同様なハードウェア資源によって実現され、ROM6に本実施形態の係る蒸発率推定用プログラムが記憶され、演算処理部2に実行される。
【0031】
本実施形態において、蒸発率推定方法に係る発明を実施するための蒸発率推定システムとして用いられる。蒸発率推定システム1は、蒸発率を算出するための処理を実行する演算処理部2と、蒸発率算出用プログラムが記憶される記憶部3と、表示部4と、入力部5とを含んで構成される。
【0032】
本件発明者は、所定の蒸発率推定水域の蒸発率が平均湿度とdδ18O/dlnfとの関係から求められることを確認するために、次のような蒸発実験を行った。図5において、符号「■」は平均温度8.8℃、平均湿度71.9%、容器の容量5リットルのサンプル水の酸素同位体比、符号「●」は平均温度9.9℃、平均湿度64.2%、容器の容量5リットルのサンプル水の酸素同位体比、符号「△」は平均温度19.8℃、平均湿度69.9%、容器の容量5リットルのサンプル水の酸素同位体比、符号「▽」は平均温度24.8℃、平均湿度75.1%、容器の容量5リットルのサンプル水の酸素同位体比、符号「◇」は平均温度30.0℃、平均湿度41.2%、容器の容量5リットルのサンプル水の酸素同位体比、符号「○」は平均温度8.8℃、平均湿度70.7%、容器の容量2リットルのサンプル水の酸素同位体比、符号「◎」は平均温度19.8℃、平均湿度69.9%、容器の容量2リットルのサンプル水の酸素同位体比、符号「□」は平均温度24.8℃、平均湿度76.7%、容器の容量2リットルのサンプル水の酸素同位体比をそれぞれ示している。
【0033】
<実験・分析の概要>
蒸発実験は、低温恒温器(サンヨー MIRI153)と、建物の屋上の常に日光が当たる場所とで行った。蒸発実験には、水道水を使用した。低温恒温器および屋外共に、水道水を容量5リットルのポリビニル製容器に約5000g、容量2リットルのポリビニル製容器に約2000g入れ、蒸発させた。蒸発実験は、条件を変えて計18回行った。表1に蒸発実験の要点を示す。
【0034】
【表1】

【0035】
水道水の酸素・水素同位体比の測定は、水素・炭酸ガス平衡法によって前処理を行った後、同位体比測定用質量分析装置(Finnigan Mat Delta Plus)で測定した。酸素・水素同位体比は、平均標準海水(SMOW:Standard Mean Ocean Water)に対する千分偏差‰で表示する。計算式を式2に示す。Rsはサンプル水の同位体比、Rstは標準海水の同位体比を表す。
【0036】
δ(‰)=(Rs−Rst)/Rst×1000 …(2)
<蒸発によるδ18O・δDの変化>
蒸発に伴う同位体比の変化は式3で表される。
【0037】
【数1】

【0038】
ここに、δLは水中での水の同位体比、fは初めの水に対して残った水の割合、hは水面温度における飽和水蒸気圧に対する相対湿度、δaは大気中の水蒸気の同位体比、aは水面の水の活量、εはaε+Δε、ε:平衡蒸気圧比、Δε:平衡蒸気圧比の変化量、αvap liq は水面における水蒸気と水の間の同位体分配係数、ei,Lは水中の重水の拡散に対する抵抗、eは定数で大気中の水蒸気の拡散に対する抵抗、eは重水の拡散に対する抵抗を表している。式3より、蒸発によって水の同位体比は重くなるが、その割合は、様々なパラメータによって変化することが判る。しかしながら、計測が困難なパラメータ抵抗、水蒸気の同位体比も含まれている。
【0039】
そこで、簡易に計測できる湿度、温度水面における水蒸気と水の間の同位体分配係数αvap-liqは、温度により異なった値になるによって、蒸発率と同位体比の変化がある程度表現可能かを実験によって確認し、この2つのパラメータと同位体比を使って、蒸発率を推定する方法を検討した。
【0040】
<蒸発率推定法>
湿度、温度、δ18OとδDの変化量が判れば、蒸発率を推定することが可能である。水蒸気の同位体比は、狭い低温恒温器内では実験水の方が圧倒的に水蒸気よりも水分子の数が多いので、実験水の同位体比によって決まる。つまり、同じ実験水を用いていれば、空気中の水蒸気の同位体比は同じになると考えられ、そのため、低温恒温器内での実験では水蒸気の同位体比はほぼ一定の値を取ったので、蒸発率と同位体比の変化が簡易に表現できることを見出した。
【0041】
fは初めの水に対して残った水の割合であり、dδ18O/dlnfは、式3の左辺を表している。式3を式4のように簡略化できると仮定した。hは水面温度における飽和水蒸気圧に対する相対湿度であり、未知数のパラメータをα,εとした。
【0042】
【数2】

【0043】
実験結果を元に、α=0.52、ε=0.84と仮定した。図4中のプロットは実験値であり、曲線L11はα=0.52、ε=0.84のときの式4である。曲線L12,L13は95%信頼区間を表している。例えば、年間の平均湿度が74.0%、δ18Oの値が蒸発により1‰増加したときの湖の蒸発率を推定する。図4の曲線L11より、平均湿度74.0%のときのdδ18O/dlnfの値は−7.69になり、計算すると、湖に水が流入してから流出する間に約12%蒸発したことになる。図4の95%信頼区間の範囲曲線L12から曲線L13を考慮して計算すると、蒸発率は8%〜27%となる。
【0044】
図5から明らかなように、平均湿度とdδ18O/蒸発した割合には、負の相関関係がある。湿度が高くなると、dδ18O/蒸発率の値は小さくなっている。よって、湿度と蒸発によるδ18Oの変化量から、蒸発率を推定することが可能である。
【0045】
以上のようにして本件発明者は、酸素同位体比dδ18Oと平衡蒸気圧比εとを、平均湿度をX軸とし、dδ18O/dlnfをY軸とするXY平面座標上の複数の測定値として、予め定めるα値およびε値ごとに取得し、前記複数の測定値から各測定値の相関を表す関係式、
dδ18O/dlnf=h−α(1−h) …(5)
を求め、この関係式から推定対象水域の蒸発率を算出することによって、容易かつ正確に蒸発率を推定できることを見出した。ここに、dδ18Oは測定した酸素同位体比であり、fは測定した水に対する蒸発後に残った水の割合であり、hは水域の水面の温度下での飽和水蒸気圧に対する相対湿度であり、εは大気中の水の伝送に伴う動的同位体効果の平衡蒸気圧比であり、αは共存する水蒸気と水との間の同位体分布係数である。
【0046】
本発明のさらに他の実施形態として、前述のコンピュータを、上記の蒸発率推定システム1として機能させるための解析プログラムおよびこの解析プログラムを記録したコンピュータ読取り可能な記録媒体を提供することも可能である。
【0047】
記録媒体としては、マイクロプロセッサで処理が行われるためのメモリ、たとえばROMそのものが記録媒体であってもよいし、また、コンピュータの外部記憶装置としてプログラム読み取り装置が設けられ、そこに挿入することで読取り可能な記録媒体であってもよい。
【0048】
いずれの場合においても、記録されている蒸発率推定用プログラムは、マイクロプロセッサが記録媒体にアクセスすることによって実行されてもよく、マイクロプロセッサが記録媒体から蒸発率推定用プログラムを読み出し、読み出された蒸発率推定用プログラムをプログラム記憶エリアにダウンロードして、実行してもよい。なお、このダウンロード用のプログラムは予め所定の記憶装置に格納されているものとする。CPUなどのマイクロプロセッサは、インストールされた蒸発率推定用プログラムに従って、所定の数値解析を行うようにコンピュータの各部を統括的に制御する。
【0049】
また、プログラム読み取り装置によって読取り可能な記録媒体としては、磁気テープ、カセットテープなどのテープ系、フレキシブルディスク、ハードディスクなどの磁気ディスクまたはCD−ROM/MO(Magnet Optical Disc)/DVDなどの光ディスクのディスク系記録媒体、IC(Integrated Circuit)カード(メモリカードを含む)/光カードなどのカード系記録媒体、あるいはマスクROM、EPROM(ErasabLe
Programmable Read 0nly Memory)、EEPROM(Electrically Erasable
Programmable Read 0nly Memory)、フラッシュROMなどの半導体メモリを含む半導体メモリ系記録媒体であってもよい。
【0050】
また、コンピュータを、インターネットを含む通信ネットワークに接続可能な構成とし、通信ネットワークから解析プログラムをダウンロードするように流動的にプログラムを担持する媒体であってもよい。なお、このように通信ネットワークから解析プログラムをダウンロードする場合には、そのダウンロード用プログラムは予めコンピュータに格納しておくか、他の記録媒体からインストールされるものであってもよい。
【0051】
記録媒体から読み取った蒸発率推定用プログラムを実行するコンピュータシステムの一例としては、各種プログラムを実行することにより上記の数値解析を含めた様々な処理を行うコンピュータと、このコンピュータの処理結果などを表示するCRT(Cathode Ray Tube)ディスプレイ、液晶ディスプレイなどの表示装置と、コンピュータの処理結果を紙などに出力するプリンタなどの印字装置とが互いに接続されて構成されるワークステーションによって実現されてもよい。さらに、このコンピュータシステムには、通信ネットワークを介してサーバーなどに接続し、解析プログラムを含む各種プログラムや解析モデルデータなどの各種データを送受信するためのモデム、ネットワークカードなどが備えられる。
【符号の説明】
【0052】
1 蒸発率推定システム
2 演算処理部
3 記憶部
4 表示部
5 入力部
6,9 通信部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
推定対象水域の水の酸素同位体比dδ18Oの、蒸発率に対する変化量dδ18O/蒸発率と、蒸発期間中の平均湿度Hとを、平均湿度をX軸とし、酸素同位体比dδ18OをY軸とするXY平面座標上の複数の測定値として取得し、前記複数の測定値から各測定値の相関を表す関係式、(dδ18O/蒸発率)/(平均湿度)を求め、この関係式から推定対象水域の蒸発率を算出することを特徴とする蒸発率推定方法。
【請求項2】
測定した酸素同位体比をdδ18Oとし、測定した水に対する蒸発後に残った水の割合をfとし、水域の水面の温度下での飽和水蒸気圧に対する相対湿度をhとし、大気中の水の伝送に伴う動的同位体効果の平衡蒸気圧比をεとし、共存する水蒸気と水との間の同位体分布係数をαとするとき、酸素同位体比dδ18Oと平衡蒸気圧比εとを、平均湿度をX軸とし、dδ18O/dlnfをY軸とするXY平面座標上の複数の測定値として予め定めるα値およびε値ごとに取得し、前記複数の測定値から各測定値の相関を表す関係式、dδ18O/dlnf=h−α(1−h)を求め、この関係式から推定対象水域の蒸発率を算出することを特徴とする蒸発率推定方法。
【請求項3】
推定対象水域の水の酸素同位体比dδ18Oの、蒸発率に対する変化量dδ18O/蒸発率と、蒸発期間中の平均湿度Hとを、平均湿度をX軸とし、酸素同位体比dδ18OをY軸とするXY平面座標上の複数の測定値として取得し、前記複数の測定値から各測定値の相関を表す関係式、(dδ18O/蒸発率)/(平均湿度)を求め、この関係式から推定対象水域の蒸発率を算出することを特徴とする蒸発率推定システム。
【請求項4】
測定した酸素同位体比をdδ18Oとし、測定した水に対する蒸発後に残った水の割合をfとし、水域の水面の温度下での飽和水蒸気圧に対する相対湿度をhとし、大気中の水の伝送に伴う動的同位体効果の平衡蒸気圧比をεとし、共存する水蒸気と水との間の同位体分布係数をαとするとき、酸素同位体比dδ18Oと平衡蒸気圧比εとを、平均湿度をX軸とし、dδ18O/dlnfをY軸とするXY平面座標上の複数の測定値として、予め定めるα値およびε値ごとに取得し、前記複数の測定値から各測定値の相関を表す関係式、dδ18O/dlnf=h−α(1−h)を求め、この関係式から推定対象水域の蒸発率を算出することを特徴とする蒸発率推定システム。
【請求項5】
コンピュータを、請求項3または4に記載される蒸発率推定システムとして機能させるための蒸発率推定用プログラム。
【請求項6】
コンピュータを、請求項3または4に記載される蒸発率推定システムとして機能させるための蒸発率推定用プログラムを記録したコンピュータ読取り可能な記録媒体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−42255(P2012−42255A)
【公開日】平成24年3月1日(2012.3.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−181967(P2010−181967)
【出願日】平成22年8月16日(2010.8.16)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成22年2月16日 国立大学法人 和歌山大学の「2009年度修論発表会[環境社会情報]」で発表
【出願人】(504145283)国立大学法人 和歌山大学 (62)