説明

蓄熱剤

【課題】 過冷却を防止して蓄熱速度を高め、かつ添加成分の分離を抑制することの可能な潜熱蓄熱剤を提供すること。
【解決手段】 臭化テトラnブチルアンモニウムを溶質として含む水溶液が冷却されることにより生成される包接水和物を含む蓄熱剤であって、前記水溶液に、臭化テトラisoペンチルアンモニウム、アルカリ金属リン酸塩及びセルロース誘導体が添加されており、前記セルロース誘導体がカルボキシル基及びカルボキシメチル基のうちの少なくとも一つを有するセルロース誘導体、又はカルボキシル基及びカルボキシメチル基のうちの少なくとも一つ並びにアルカリ金属を有するセルロース誘導体であることを特徴とする蓄熱剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、潜熱蓄熱剤に係り、特に、その過冷却を防止して蓄熱速度を高め、かつ添加成分の分離を抑制する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
蓄熱剤の主剤として使用される蓄熱剤は、その単位時間あたりの蓄熱量(以下「蓄熱速度」という)が高いものほど実用上好ましい。その蓄熱速度がより高ければ、より短時間でより多くの熱エネルギーを蓄積できるからである。
【0003】
臭化テトラnブチルアンモニウムの水溶液(以下「原料水溶液」という)が冷却されて生成される臭化テトラnブチルアンモニウムの包接水和物(準包接水和物を含む。以下、同様)は、蓄熱式のビル空調設備に使用される蓄熱剤や鮮魚保存用の保冷材の主剤として良く知られており(例えば、特許文献1、2参照)、相分離を起こし難いことでも知られている(例えば、特許文献3参照)。そして、原料水溶液から臭化テトラnブチルアンモニウムの包接水和物が生成する際の単位時間あたりの蓄熱量(これは、臭化テトラnブチルアンモニウムの包接水和物が原料水溶液に復帰する際の単位時間あたりの放熱量と実質的に等しい)、即ち蓄熱速度を高める技術開発が進められている。
【0004】
また、原料水溶液を冷却して臭化テトラnブチルアンモニウムの水和物を生成させようとする場合、水和物生成温度以下になっても、水和物が生成せず、溶液状態が少なくとも一時的に維持される現象、即ち過冷却現象が起こる。この現象は、水和物の結晶の生成や成長を遅延させ、総じて蓄熱剤の蓄熱速度を低下させる。それ故、この蓄熱速度の低下を回避する又は当該蓄熱速度をより高めるためには、原料水溶液の過冷却を防止又は抑制する手法が求められてくる。そのような技術として、原料水溶液にアルカリ金属リン酸塩を添加することにより蓄熱速度を向上させる技術がある(例えば、特許文献4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001−280875号公報
【特許文献2】特開2007−161894号公報
【特許文献3】特開2005−126728号公報
【特許文献4】特開2008−214527号公報
【特許文献5】特開2006−131856号公報
【特許文献6】特許3774530号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
原料水溶液に過冷却防止剤を添加しておくことにより、過冷却防止の効果が生じる場合であっても、蓄熱剤の実際の使用環境では、蓄熱と放熱(以下、まとめて「蓄放熱」という場合がある)、即ち、包接水和物の生成又は凝固と融解とが頻繁に繰り返される。このような蓄熱と放熱の繰返しにより、当該過冷却防止剤の過冷却防止効果の経時的な劣化が起こることがある。そこで、臭化テトラnブチルアンモニウム水溶液を主成分とする蓄熱剤において、短時間で過冷却が解除されること、すなわち、蓄熱を短時間で行え、蓄熱速度を高めること、さらに蓄熱・放熱を頻繁に繰り返しても過冷却防止効果に経時的な劣化が起こらないことを実現できる過冷却防止剤が求められている。
【0007】
また、原料水溶液から生成する臭化テトラnブチルアンモニウムの包接水和物の過冷却を防止して蓄熱速度の向上効果を維持させるために、過冷却防止剤としてアルカリ金属リン酸塩を原料水溶液に多く添加すると、アルカリ金属リン酸塩が沈降し、その沈降が原因となる相分離が発生する現象も確認されている。
【0008】
一方、蓄熱剤が起こす相分離を防止又は抑制する手法として、次の例が知られている。
【0009】
(1)硫酸ナトリウム10水和物を主成分とする蓄熱剤の相分離抑制のためにスターチ等の多糖類を用いる手法(特許文献5)。この手法によれば、スターチ等の多糖類による蓄熱剤のゲル化という物理的効果により、相分離を防止又は抑制することができる。
【0010】
(2)酢酸ナトリウム3水塩を主成分とする蓄熱剤に含まれる過冷却解除防止用担持結晶の沈降を抑制するために、増粘剤を添加する手法(特許文献6)。この手法によれば、増粘剤による粘性増加という物理的効果により、過冷却防止用担持結晶の沈降が抑制され、その沈降が原因となる相分離を防止又は抑制することができる。
【0011】
しかし、上記(1)及び(2)の各手法における物理的効果を維持するためには、蓄熱剤の粘性を大幅に増加させなければならない。蓄熱剤の粘性を大幅に増加させるためには、多糖類や増粘剤を多量に添加する必要があり、そのため蓄熱剤の主成分である臭化テトラnブチルアンモニウムの比率が相対的に低下し、蓄熱量が低下するという性能上の問題が生じる。
【0012】
本発明は、以上の事情に鑑みてなされたものであり、臭化テトラnブチルアンモニウムを溶質として含む包接水和物生成用の水溶液(原料水溶液)が水和物生成温度以下に冷却されることにより生成される包接水和物を含む蓄熱剤において、原料水溶液を冷却して包接水和物を生成する際、原料水溶液の過冷却度を低減又は過冷却を防止又は抑制することができ、蓄熱速度を高くすることができ、かつ、原料水溶液中における水和物の生成又は凝固と融解とを頻繁に繰返しても過冷却防止効果の低下を起こりにくくすることができるとともに、過冷却防止剤の沈降を防止し、蓄熱量が大きい蓄熱剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明においては、臭化テトラnブチルアンモニウムを溶質として含む包接水和物生成用の水溶液に、過冷却防止剤として臭化テトラisoペンチルアンモニウムとともにアルカリ金属リン酸塩が添加される。過冷却防止剤として臭化テトラisoペンチルアンモニウム及びアルカリ金属リン酸塩の両者を併用することにより、短時間で過冷却が解除され、すなわち、蓄熱を短時間で行うことができ、蓄熱速度を向上させることができ、また、蓄熱・放熱を頻繁に繰り返しても過冷却防止効果に経時的な劣化が起こらない蓄熱剤を提供することができる。
【0014】
一方、臭化テトラnブチルアンモニウムを溶質として含む包接水和物生成用の水溶液が水和物生成温度以下に冷却されることにより生成される包接水和物を含む蓄熱剤に、過冷却防止剤としてアルカリ金属リン酸塩を特定の濃度以上に添加すると、アルカリ金属リン酸塩が沈降する現象が認められた。
【0015】
そこで、本発明者らが鋭意検討した結果、臭化テトラnブチルアンモニウムを溶質として含む包接水和物生成用の水溶液が水和物生成温度以下に冷却されることにより生成される包接水和物とアルカリ金属リン酸塩を含む蓄熱剤に、カルボキシル基およびカルボキシメチル基のうち少なくとも一つを有するセルロース誘導体を添加する、あるいはカルボキシル基およびカルボキシメチル基のうち少なくとも一つを有するとともに、アルカリ金属をも有するセルロース誘導体を添加することにより、アルカリ金属リン酸塩の沈降を抑制することができ、かつ、大きい蓄熱量を提供できることを見出した。
【0016】
これは、単に粘性上昇などの物理的な作用ではなく、アルカリ金属リン酸塩と、カルボキシル基およびカルボキシメチル基のうち少なくとも一つを有するセルロース誘導体との化学的な作用により、あるいはカルボキシル基およびカルボキシメチル基のうち少なくとも一つを有し、アルカリ金属を有するセルロース誘導体との化学的な作用により、アルカリ金属リン酸塩の沈降を抑制できるためと考えられる。また、本発明者は、これらのセルロース誘導体を加えても、蓄熱剤の性能、すなわち過冷却解除性能や蓄熱速度が問題になるほど損なわれることがないことを見出した。
【0017】
さらに、本発明者は、臭化テトラnブチルアンモニウムを溶質として含む包接水和物生成用の水溶液であって、臭化テトラisoペンチルアンモニウム、アルカリ金属リン酸塩を含む水溶液に添加するこれらのセルロース誘導体の分子量や添加量によって精製される水溶液の粘性は異なってくるものの、アルカリ金属リン酸塩の沈降抑制効果はその粘性とはほとんど関係がないことを見出した。したがって、臭化テトラnブチルアンモニウム、臭化テトラisoペンチルアンモニウム及びアルカリ金属リン酸塩を含む水溶液の粘性を大幅に上昇させることなく、アルカリ金属リン酸塩の沈降を抑制することができるので、高粘性により蓄熱容器への蓄熱剤の充填が難しくなるなどの取扱い上の問題が生じることを避けることができる。
【0018】
本発明は以上の各知見を基礎とするものであり、そのうち本発明の第1の形態に係る蓄熱剤は、臭化テトラnブチルアンモニウムを溶質として含む水溶液が水和物生成温度以下に冷却されることにより生成される包接水和物を含む蓄熱剤であって、前記水溶液に、臭化テトラisoペンチルアンモニウム、アルカリ金属リン酸塩及びセルロース誘導体が添加されており、前記セルロース誘導体が、カルボキシル基およびカルボキシメチル基のうちの少なくとも一つを有するセルロース誘導体、又はカルボキシル基並びにカルボキシメチル基のうちの少なくとも一つ、及びアルカリ金属を有するセルロース誘導体であることを特徴とするものである。
【0019】
本発明の第2の形態に係る蓄熱剤は、第1の形態に係る蓄熱剤であって、臭化テトラnブチルアンモニウムを溶質として含む水溶液の臭化テトラnブチルアンモニウムの濃度が20重量%以上40.5重量%以下であり、臭化テトラnブチルアンモニウムを溶質として含む水溶液に対する臭化テトラisoペンチルアンモニウムの重量比率が、0.1%以上 7.0%以下であることを特徴とするものである。
【0020】
本発明の第3の形態に係る蓄熱剤は、第1の形態に係る蓄熱剤であって、臭化テトラnブチルアンモニウム(TBAB)を溶質として含む水溶液に対する臭化テトラisoペンチルアンモニウム(TiPAB)の重量比率が、臭化テトラnブチルアンモニウム(TBAB)を溶質として含む水溶液の臭化テトラnブチルアンモニウム(TBAB)の重量濃度であるTBAB濃度に対応して、
TBAB濃度が15重量%以上20重量%未満では該重量比率が0.1%以上3.0%以下であり、
TBAB濃度が20重量%以上25重量%未満では該重量比率が0.1%以上7.0%以下であり、
TBAB濃度が25重量%以上30重量%未満では該重量比率が0.1%以上12.0%以下であり、
TBAB濃度が30重量%以上35重量%未満では該重量比率が0.1%以上9.0%以下であり、
TBAB濃度が35重量%以上40.5重量%以下では該重量比率が0.1%以上8.0%以下であることを特徴とするものである。
【0021】
本発明の第4の形態に係る蓄熱剤は、第1乃至第3のいずれかの形態に係る蓄熱剤であって、アルカリ金属リン酸塩がリン酸水素二ナトリウムであることを特徴とするものである。
【0022】
本発明の第5の形態に係る蓄熱剤は、第4の形態に係る蓄熱剤であって、臭化テトラnブチルアンモニウムを溶質として含む水溶液の臭化テトラnブチルアンモニウムの濃度が15重量%以上40.5重量%以下であり、臭化テトラnブチルアンモニウムを溶質として含む水溶液に対するリン酸水素二ナトリウムの重量比率が、0.1%以上7.0%以下であることを特徴とするものである。
【0023】
本発明の第6の形態に係る蓄熱剤は、第4の形態に係る蓄熱剤であって、臭化テトラnブチルアンモニウム(TBAB)を溶質として含む水溶液に対するリン酸水素二ナトリウムの重量比率が、臭化テトラnブチルアンモニウムを(TBAB)溶質として含む水溶液の臭化テトラnブチルアンモニウム(TBAB)の重量濃度であるTBAB濃度に対応して、
TBAB濃度が15重量%以上20重量%未満では該重量比率が0.1%以上8.0%以下であり、
TBAB濃度が20重量%以上25重量%未満では該重量比率が0.1%以上10.0%以下であり、
TBAB濃度が25重量%以上30重量%未満では該重量比率が0.1%以上11.0%以下であり、
TBAB濃度が30重量%以上35重量%未満では該重量比率が0.1%以上9.0%以下であり、
TBAB濃度が35重量%以上40.5重量%以下では該重量比率が0.1%以上7.0%以下であることを特徴とするものである。
【0024】
本発明の第7の形態に係る蓄熱剤は、第1乃至第6のいずれかの形態に係る蓄熱剤であって、前記カルボキシル基並びにカルボキシメチル基のうちの少なくとも一つ、及びアルカリ金属を有するセルロース誘導体がカルボキシメチルセルロースナトリウムであることを特徴とするものである。
【0025】
本発明の第8の形態に係る蓄熱剤は、第7の形態に係る蓄熱剤であって、臭化テトラnブチルアンモニウムを溶質として含む水溶液に対するカルボキシメチルセルロースナトリウムの重量比率が、0.1%以上10.0%以下であることを特徴とするものである。
【0026】
本発明の各形態に係る蓄熱剤において、カルボキシル基およびカルボキシメチル基のうち少なくとも一つを有するセルロース誘導体の典型例は、カラギーナン、カルボキシメチルセルロースである。また、カルボキシル基およびカルボキシメチル基のうち少なくとも一つを有し、アルカリ金属を有するセルロース誘導体の典型例は、カルボキシメチルセルロースナトリウム、アルギン酸ナトリウムである。アルカリ金属リン酸塩の典型例は、ナトリウムのリン酸塩、カリウムのリン酸塩であり、具体的にはリン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸三ナトリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二カリウム、リン酸三カリウムであり、その混合物であっても良い。
【0027】
なお、本明細書において、次に掲げる用語は、別段の説明がなされる場合を除き、以下のとおり解釈されるものとする。
【0028】
(1)「包接水和物」には、準包接水和物が含まれる。
【0029】
(2)「包接水和物」は「水和物」と略称される場合がある。
【0030】
(3)「原料水溶液」とは、臭化テトラnブチルアンモニウムを溶質として含む包接水和物生成用の水溶液であって、臭化テトラisoペンチルアンモニウム、アルカリ金属リン酸塩及びセルロース誘導体が添加されている水溶液をいう。臭化テトラnブチルアンモニウム、臭化テトラisoペンチルアンモニウム、アルカリ金属リン酸塩及びセルロース誘導体とは別の微量物質が添加されていても「原料水溶液」という。また、臭化テトラnブチルアンモニウムをゲスト化合物とする包接水和物が分散又は懸濁していても、臭化テトラnブチルアンモニウムを含む水溶液であれば「原料水溶液」という。
【0031】
(4)「水和物生成温度」とは、原料水溶液を冷却したとき、臭化テトラnブチルアンモニウムをゲスト化合物とする包接水和物が生成する平衡温度をいう。原料水溶液の臭化テトラnブチルアンモニウムの濃度により包接化合物が生成する温度が変動する場合であっても、これを「水和物生成温度」という。なお、簡便のため、「水和物生成温度」を「凝固点」という場合がある。
【0032】
(5)「臭化テトラnブチルアンモニウムをゲスト化合物とする包接水和物」は「臭化テトラnブチルアンモニウムの水和物」と略称される場合がある。
【0033】
(6)「蓄熱剤」とは、熱エネルギーの貯蔵や輸送その他の使用の目的や態様、利用分野等の如何を問わず、蓄熱性を有する物質をいう。蓄冷性を有する物質を「蓄冷剤」という場合がある。蓄熱性を有する包接水和物は、「蓄熱剤」又は「蓄冷剤」の構成成分となり得る。
【0034】
(7)「蓄熱速度」とは、単位体積もしくは単位重量の蓄熱剤が、ある条件の熱交換操作により単位時間内に蓄積できる熱エネルギーの量又はこれに正の相関関係を有するパラメータをいう。
【0035】
(8)「調和融点」とは原料水溶液を冷却することにより水和物を生成させる際、水溶液(液相)から水和物(固相)に変相する前後の組成が変わらない場合(例えばもとの水溶液中のゲスト分子濃度と同じゲスト分子濃度の水和物が冷却されて生成するとき)の温度をいう。水溶液のゲスト分子の濃度により包接水和物が生成する温度(融点)が変動するが、縦軸を融点温度、横軸を濃度とした状態図では極大点が調和融点となる。
【発明の効果】
【0036】
本発明によると、臭化テトラnブチルアンモニウムを溶質として含む包接水和物生成用の水溶液が水和物生成温度以下に冷却されることにより生成される包接水和物を含む蓄熱剤において、添加する臭化テトラisoペンチルアンモニウムとアルカリ金属リン酸塩の作用により、原料水溶液の過冷却度を低減又は過冷却を防止又は抑制することができ、高い蓄熱速度を有することができ、凝固融解を繰返しても高い蓄熱速度を維持することができるとともに、カルボキシル基およびカルボキシメチル基のうちの少なくとも一つを有するセルロース誘導体又はカルボキシル基並びにカルボキシメチル基のうちの少なくとも一つ、及びアルカリ金属を有するセルロース誘導体を添加することにより、アルカリ金属リン酸塩の沈降を有効に抑制することができる蓄熱剤を提供できる。
【0037】
本発明によれば、臭化テトラnブチルアンモニウムを溶質として含む水溶液に臭化テトラisoペンチルアンモニウムとアルカリ金属リン酸塩が添加されているので、蓄熱剤又はその主成分となる水和物を、当該水溶液の冷却により生成させる際、過冷却を防止又は抑制することができる。ここで、臭化テトラisoペンチルアンモニウムとアルカリ金属リン酸塩は、臭化テトラnブチルアンモニウムを溶質として含む水溶液に対する臭化テトラisoペンチルアンモニウム又はアルカリ金属リン酸塩の重量比率が、所定の範囲内になるように添加されるので、過冷却防止性が優れ、かつ、蓄熱剤を空調用途に用いる場合に好適な3〜15℃の温度範囲の潜熱量の低下を実用上の変動許容範囲内にすることができる。また、原料水溶液中における水和物の生成又は凝固と融解とを頻繁に繰返しても過冷却防止効果の低下を起こりにくくすることができる。
【0038】
それ故、本発明によれば、過冷却度が低減された又は過冷却が起こりにくい蓄熱剤、或いは、水和物の生成又は凝固と融解とを頻繁に繰返しても過冷却防止効果の低下が起こりにくい蓄熱剤を実現することができる。
【0039】
また、上記のセルロース誘導体を添加することにより、アルカリ金属リン酸塩の沈降を有効に抑制することができるとともに、蓄熱剤の主成分である臭化テトラnブチルアンモニウムの比率を低下させることがないので、蓄熱量が低下するという問題も生じない。
【0040】
本発明に係る蓄熱剤は、過冷却防止効果が高く、蓄熱速度が高く、また水和物の生成又は凝固と融解とを頻繁に繰返しても過冷却防止効果を維持できることのみならず、3〜15℃の温度範囲で多くの冷熱を蓄積でき、さらにアルカリ金属リン酸塩の沈降を防止することができる。このため、本発明に係る蓄熱剤は、空調向けの蓄熱剤として特に有望である。
【0041】
3〜15℃の温度範囲で蓄熱できる潜熱蓄熱剤が空調用途に向いているとされる理由は次のとおりである。
【0042】
即ち、潜熱蓄熱剤を用いた空調においては、冷熱源からの冷熱を潜熱として貯めている蓄熱剤と空調負荷の空気とを直接又は媒体を介して熱交換を行い、熱交換後の空気を空調対象の空間に送り出すことにより、その空間の温度や湿度を調整している。多くの場合、冷房空調において室内機から吹き出す冷空気の温度は一般に15℃程度であり、高くとも17℃程度である。それ以上に高い温度であると、空調対象の空間に向けて送り出すべき空気量を増やさない限り、同レベルの空調効果を得ることが困難になり、それどころか却って空調効率が低下する。そのため、冷空気に冷熱を供給する潜熱蓄熱剤は、空気との熱交換に必要な温度差(約2℃)を考慮して、15℃以下の潜熱を蓄熱できるものであることが要求される。また、空調向けの潜熱蓄熱剤の典型例である氷の場合、0℃より低い温度で冷却する必要があるため、冷凍機のCOPが低くなり、蓄冷に必要なエネルギーが大きくなり省エネルギー化ができないという問題がある。COPを高いまま維持し、省エネルギー化を実現するためには、空調向けの潜熱蓄熱剤は、0℃より高い温度でより好ましくは3℃以上で蓄熱できるものであることが要求される。それ故、3〜15℃の温度範囲で蓄熱できる潜熱蓄熱剤が空調用途に向いているとされる。
【0043】
しかし、空調用途に使用されると否とに拘らず、3〜15℃の温度範囲の熱エネルギーを蓄積できる蓄熱剤は、現実の使用に耐え得るものでなければならない。
【0044】
例えば、トリメチロールエタン、水及び尿素を含有する水和物系の蓄熱剤主成分に、ポリグリセリンを添加した蓄熱剤(融点は10〜25℃)がある。この蓄熱剤については特開2000−256659号公報に詳しいが、その記載による限り、凝固・融解の繰返しを確認した回数は高々100回程度に留まっている。この程度の繰返し使用回数では、使用目的は限られるし、水溶液中における成分物質の分離や濃度の偏り又は冷却により生成した水和物と母相との相分離が生じると過冷却防止の効果も低下してしまうので、広く実際の使用(特に民需の使用)に耐え得るものとは言い難い。
【0045】
これに対し、本発明に係る蓄熱剤は、臭化テトラnブチルアンモニウムの水溶液に、臭化テトラisoペンチルアンモニウム、アルカリ金属リン酸塩及びセルロース誘導体が添加されている。臭化テトラnブチルアンモニウムは、水溶液の状態であれば3〜15℃の温度範囲で潜熱に相当する熱エネルギーを蓄積する。その水和物生成温度は、臭化テトラisoペンチルアンモニウム、アルカリ金属リン酸塩及びセルロース誘導体が少量添加されていても大きくは変らない。そして、臭化テトラisoペンチルアンモニウム、アルカリ金属リン酸塩及びセルロース誘導体を添加剤として含む原料水溶液から包接水和物を生成させる際には、原料水溶液の過冷却度が低減又は過冷却が防止若しくは抑制され、高い蓄熱速度を得ることができる。しかも、当該原料水溶液中において水和物の生成又は凝固と融解とを1000回以上繰り返しても過冷却防止の効果が低下せず、高い蓄熱速度を維持することができる。
【0046】
従って、本発明によれば、空調用途に好適な3〜15℃の温度範囲の熱エネルギーを蓄積でき、現実的使用に耐え得る蓄熱剤を実現することができる、という特に有益な効果を奏する。
【発明を実施するための形態】
【0047】
以下、実施形態により本発明を詳細に説明する。なお、便宜的に、臭化テトラnブチルアンモニウムを「TBAB」と、臭化テトラisoペンチルアンモニウムを「TiPAB」とそれぞれ略記する場合がある。
【0048】
1.本発明に関連する新たな知見について説明する。本発明の幾つかの形態は当該新たな知見を基礎としている。
【0049】
(A)臭化テトラnブチルアンモニウムをゲスト分子とする包接水和物を含む蓄熱剤(特に当該包接水和物を主成分として含む蓄熱剤)に関して、臭化テトラnブチルアンモニウムを溶質として含む原料水溶液を冷却する際に生じる過冷却を防止又は抑制する効果を発揮する又は維持することができる物質及びその配合組成を検討し、当該物質として臭化テトラisoペンチルアンモニウムとアルカリ金属りん酸塩とを併用して添加することが有効であること、さらに、アルカリ金属りん酸塩の沈降を有効に抑制することができる物質及びその配合組成を検討し、当該物質としてセルロース誘導体を添加することが有効であることを見出した。
【0050】
臭化テトラisoペンチルアンモニウムを、臭化テトラnブチルアンモニウムを溶質として含む原料水溶液に添加することにより過冷却防止効果を奏する理由を推定すると、それは次のとおりである。
【0051】
即ち、臭化テトラisoペンチルアンモニウムは水和物の調和融点が28℃であり、臭化テトラnブチルアンモニウムを溶質として含む原料水溶液から生成される水和物の凝固点或いは臭化テトラnブチルアンモニウム水和物の凝固点より十分に高い。このため、上記の原料水溶液を冷却すると、臭化テトラisoペンチルアンモニウム水和物が臭化テトラnブチルアンモニウム水和物より先に形成される。すると、臭化テトラisoペンチルアンモニウム水和物が臭化テトラnブチルアンモニウム水和物の形成の契機又は誘発原因となる核(生成核)になり、蓄熱剤主成分となる水和物を短時間で生成させる結果、過冷却が防止又は抑制される。また、臭化テトラisoペンチルアンモニウム水和物は臭化テトラnブチルアンモニウム水和物の類縁物質であり、相溶性があり、結晶構造なども類似しているため、臭化テトラnブチルアンモニウム水和物の生成核になりやすく、効果的に過冷却が防止又は抑制される。
【0052】
臭化テトラnブチルアンモニウムの水溶液の過冷却を防止するために、臭化テトラisoペンチルアンモニウムとアルカリ金属リン酸塩を過冷却防止剤として併用して添加して、より効果的に過冷却を防止することができる。臭化テトラisoペンチルアンモニウムと同様にアルカリ金属リン酸塩も臭化テトラnブチルアンモニウム水和物の生成核となり、過冷却を防止する。例えば、臭化テトラnブチルアンモニウムの水溶液に臭化テトラisoペンチルアンモニウムを添加する際、臭化テトラnブチルアンモニウムの水溶液に対してアルカリ金属リン酸塩を添加しておき、臭化テトラisoペンチルアンモニウムと併用するようにすれば、臭化テトラisoペンチルアンモニウムだけを添加した場合に比して、過冷却防止の効果が高まる。それ故、この併用によれば、臭化テトラisoペンチルアンモニウムの添加率を低減させても同水準の過冷却防止の効果を得ることができるとともに、臭化テトラisoペンチルアンモニウムの添加に起因する、水和物又はこれを主成分として含む蓄熱剤の潜熱量の変化を小さく抑えることできる。
【0053】
(B)過冷却防止剤としての臭化テトラisoペンチルアンモニウムの添加量に関しては、例えば、臭化テトラisoペンチルアンモニウムを、臭化テトラnブチルアンモニウムの水溶液に対する重量比率(百分率)が所定の範囲内になるように添加することが好ましい。当該所定の範囲の下限値未満であると、臭化テトラisoペンチルアンモニウム水和物の量が減り、臭化テトラnブチルアンモニウム水和物の生成核となりにくくなり、過冷却を防止する効果が不足する。他方、当該所定の範囲の上限値超であると、臭化テトラnブチルアンモニウムと臭化テトラisoペンチルアンモニウムを含む水溶液から生成される水和物又は臭化テトラnブチルアンモニウムを含む水和物と臭化テトラisoペンチルアンモニウムを含む水和物、延いては当該水和物を主成分とする蓄熱剤の蓄熱量が影響を受け、3〜15℃の温度範囲で蓄熱できる蓄熱量が著しく減少してしまう。それ故、臭化テトラisoペンチルアンモニウムの添加を適量(又は適量の範囲)にすることにより、過冷却防止剤の添加による蓄熱剤主成分の熱的性質への悪影響を極力低減しつつ、過冷却防止の効果をより確実に又は効果的なものにすることができる。
【0054】
(C)過冷却防止剤としてのアルカリ金属リン酸塩の添加量に関しては、アルカリ金属リン酸塩を、臭化テトラnブチルアンモニウムの水溶液に対する重量比率(百分率)が所定の範囲内になるように添加することが好ましい。当該所定の範囲の下限値未満であると、アルカリ金属リン酸塩の量が減り、臭化テトラnブチルアンモニウム水和物の生成核となりにくくなり、過冷却を防止する効果が不足する。他方、当該所定の範囲の上限値を超えると、臭化テトラnブチルアンモニウムを含む水溶液から生成される水和物又は臭化テトラnブチルアンモニウムを含む水和物、延いては当該水和物を主成分とする蓄熱剤の蓄熱量が影響を受け、3〜15℃の温度範囲で蓄熱できる蓄熱量が著しく減少してしまう。それ故、アルカリ金属リン酸塩の添加を適量(又は適量の範囲)にすることにより、過冷却防止剤の添加による蓄熱剤主成分の熱的性質への悪影響を極力低減しつつ、過冷却防止の効果をより確実に又は効果的になものにすることができる。
【0055】
アルカリ金属リン酸塩の典型例は、リン酸水素二ナトリウムである。リン酸水素二ナトリウムは無水物、12水和物などいずれの形態でも用いることができる。
【0056】
(D)アルカリ金属リン酸塩の沈降を有効に抑制することができる物質として、セルロース誘導体を用いることが効果的である。その添加量に関しては、セルロース誘導体を臭化テトラnブチルアンモニウムの水溶液に対する重量比率(百分率)が所定の重量比率以上になるように添加することが好ましい。当該所定の重量比率未満であると、アルカリ金属リン酸塩の沈降を抑制する効果が不足する。他方、臭化テトラnブチルアンモニウムの水溶液に対するセルロース誘導体の重量比率をむやみに高くすると、臭化テトラnブチルアンモニウムの重量比率が相対的に低くなり、蓄熱量が低下して問題が生じる。
【0057】
2.次に、過冷却防止剤としての臭化テトラisoペンチルアンモニウムと、アルカリ金属りん酸塩の添加とその効果についてより具体的に説明し、さらに添加率の適切な範囲について検討した結果を説明する。また、アルカリ金属りん酸塩の沈降を防止する成分としてのセルロース誘導体の添加とその効果についてより具体的に説明し、さらに添加率の適切な範囲について検討した結果を説明する。アルカリ金属りん酸塩の典型例としてりん酸水素二ナトリウム(NaHPO)を、セルロース誘導体の典型例としてカルボキシルメチルセルロースナトリウム(CMCNa)を用いて説明する。
【0058】
<測定・評価方法>
(A)供試原料水溶液
15重量%から40.5重量%(調和融点を与える濃度)までの数種類の濃度に調整された臭化テトラnブチルアンモニウムの水溶液に、臭化テトラisoペンチルアンモニウム(TiPAB)、りん酸水素二ナトリウム(NaHPO)及びカルボキシルメチルセルロースナトリウム(CMCNa)を添加した原料水溶液を調製し、評価する。
【0059】
臭化テトラnブチルアンモニウム水溶液に対する臭化テトラisoペンチルアンモニウムの重量比率(以下、臭化テトラisoペンチルアンモニウム添加率またはTiPAB添加率という)、臭化テトラnブチルアンモニウム水溶液に対するりん酸水素二ナトリウムの重量比率(以下、りん酸水素二ナトリウム添加率またはNaHPO添加率という)及び臭化テトラnブチルアンモニウム水溶液に対するカルボキシルメチルセルロースナトリウムの重量比率(以下、カルボキシルメチルセルロースナトリウム添加率またはCMCNa添加率という)を変えて添加することにより、水和物生成用の水溶液(原料水溶液)を準備する(因みに、この水溶液を冷却することにより生成する水和物は、それ自体で又は水溶液に分散又は懸濁してなるスラリーとして蓄熱剤(特に潜熱蓄熱剤)又はその主成分として使用され得るものである)。
【0060】
上記のように準備された各供試原料水溶液について、以下に示す過冷却防止性、原料水溶液を冷却することにより生成する水和物の蓄熱量、原料水溶液中のりん酸水素二ナトリウム沈降の有無の計測及び評価を行う。この計測と評価を通じて、過冷却防止の効果が高く、かつ、3〜15℃の温度範囲の蓄熱量の低下が少なく、りん酸水素二ナトリウム沈降を防止することができる臭化テトラnブチルアンモニウム水溶液を主剤とする蓄熱剤の好ましい組成を明らかにする。すなわち、臭化テトラisoペンチルアンモニウム添加率、りん酸水素二ナトリウム添加率及びカルボキシルメチルセルロースナトリウム添加率の好ましい範囲を求める。
【0061】
(B)過冷却防止性の評価方法
上記の要領により調製した供試原料水溶液をガラス製試験管に5ml装填し、3℃に制御した恒温槽に浸漬し3℃で30分間冷却し、水和物の結晶が生成するか否かを調べた。水和物結晶が生成すれば3℃で過冷却防止性又は過冷却防止の効果が認められると評価する。さらに、この原料水溶液を装填した試験管を3℃に制御した恒温槽と20℃に制御した恒温槽に交互に浸漬し、3℃に冷却して水和物を生成させることと、20℃に加熱して生成した水和物を融解させるという水和物の生成又は凝固と融解との操作を1000回繰返して、過冷却防止性の低下がないと認められたときに過冷却防止性能の低下がない又は過冷却防止効果の耐久性があると評価する。また、冷却温度を1℃とする場合についても、同様に評価する。
【0062】
後述の表1、表2、表9及び表10において、過冷却防止性の評価について、過冷却防止の効果又は過冷却防止性があり、1000回の凝固融解繰返し後もその低下が認められなかった場合には○を、過冷却が解除されず水和物の結晶が生成しなかった場合、すなわち過冷却の効果又は過冷却防止性がない或いはその低下が認められた場合には×を記した。
【0063】
(C)蓄熱量の測定・評価方法
上記の要領により調製した原料水溶液を冷却することにより生成される水和物の蓄熱量を断熱型連続法により測定する。ここでいう蓄熱量とは、試料を3℃で30分間保持した後、入熱量1.0Wで15℃まで加熱して、計測された3℃と15℃のエンタルピーの差をいい、3〜15℃の温度範囲における潜熱に相当する熱エネルギーと原料水溶液の顕熱と水和物の顕熱との総和であり、体積あたりの熱量kJ/Lで表す。
【0064】
蓄熱量の評価について、潜熱蓄熱剤として用いられているノルマルペンタデカン(NPD)の3〜15℃の温度範囲における蓄熱量148kJ/Lと比較し、148kJ/L以上であれば潜熱蓄熱剤として十分な蓄熱量を有していると評価し、後述の表3〜8、11〜16において、○を記し、148kJ/L未満であれば×を記した。
【0065】
(D)りん酸水素二ナトリウムの沈降の評価方法
上記の要領により調製した供試原料水溶液を静置し、りん酸水素二ナトリウム結晶の沈降の発生を観察する。後述の表17〜19において、りん酸水素二ナトリウムの沈降が認められなかった場合には○を、りん酸水素二ナトリウムの沈降が認められた場合には×を記した。
【0066】
<測定と評価の結果>
(1)臭化テトラisoペンチルアンモニウム添加率の好ましい範囲
(1−1)臭化テトラisoペンチルアンモニウム添加率の好ましい範囲の下限
臭化テトラnブチルアンモニウム(TBAB)水溶液に対する臭化テトラisoペンチルアンモニウム(TiPAB)の好ましい重量比率の範囲の下限を、臭化テトラnブチルアンモニウムの重量濃度が15重量%、30重量%及び40.5重量%の水溶液について過冷却防止性の評価を行い検討した。
【0067】
(1−1−1)冷却温度 3℃
臭化テトラnブチルアンモニウムの15重量%、30重量%及び40.5重量%の水溶液に、臭化テトラisoペンチルアンモニウムを数種類の添加率で添加することにより、原料水溶液を準備した。より具体的には、臭化テトラnブチルアンモニウム水溶液に対する臭化テトラisoペンチルアンモニウムの重量比率(TiPAB添加率)を0.05%、0.1%、0.15%とし、りん酸水素二ナトリウム添加率は0.05%、カルボキシルメチルセルロースナトリウム添加率は0.1%とした原料水溶液を準備し、かくして準備された各原料水溶液に対して、冷却温度を3℃とする場合の過冷却防止性の評価を行った。その結果を下記表1に示す。
【表1】

【0068】
上記表1から、TiPAB添加率が0.1%を下回ると、冷却温度3℃での過冷却防止の効果がないことが分かる。すなわち、15重量%から40.5重量%の臭化テトラnブチルアンモニウムの水溶液に臭化テトラisoペンチルアンモニウムを添加する場合、TiPAB添加率が0.1%以上の範囲にあれば、冷却温度3℃において、過冷却防止性の低下がない又は過冷却防止効果の耐久性がある。
【0069】
空調装置の冷凍機のCOPを高いまま維持し、省エネルギー化を実現するためには、空調向けの潜熱蓄熱剤は、0℃より高い温度でより好ましくは3℃以上で蓄熱できるものであることが要求される。それ故、臭化テトラnブチルアンモニウム水溶液から生成される潜熱蓄熱剤が、冷却温度3℃において、過冷却防止性の低下がない又は過冷却防止効果の耐久性があることを実現するためには、臭化テトラnブチルアンモニウムの水溶液に臭化テトラisoペンチルアンモニウムを添加する場合、TiPAB添加率の下限は0.1%である。
【0070】
(1−1−2)冷却温度 1℃
冷却温度が3℃の場合には、TiPAB添加率の下限は0.1%であるが、冷却温度が1℃の場合についても、TiPAB添加率の下限を評価した。臭化テトラnブチルアンモニウムの15重量%、30重量%及び40.5重量%の水溶液に、臭化テトラisoペンチルアンモニウムを数種類の添加率で添加することにより、原料水溶液を準備した。より具体的には、臭化テトラnブチルアンモニウム水溶液に対する臭化テトラisoペンチルアンモニウムの重量比率(TiPAB添加率)を0.02%、0.05%、0.1%とし、りん酸水素二ナトリウム添加率は0.05%、カルボキシルメチルセルロースナトリウム添加率は0.1%とした原料水溶液を準備し、かくして準備された各原料水溶液に対して、冷却温度を1℃とする場合の過冷却防止性の評価を行った。その結果を下記表2に示す。
【表2】

【0071】
上記表2から、TiPAB添加率が0.05%を下回ると、冷却温度1℃での過冷却防止の効果がないことが分かる。すなわち、15重量%から40.5重量%の臭化テトラnブチルアンモニウムの水溶液に臭化テトラisoペンチルアンモニウムを添加する場合、TiPAB添加率が0.05%以上の範囲にあれば、冷却温度1℃において、過冷却防止性の低下がない又は過冷却防止効果の耐久性がある。
【0072】
(1−2)臭化テトラisoペンチルアンモニウム添加率の好ましい範囲の上限
臭化テトラnブチルアンモニウム(TBAB)水溶液に対する臭化テトラisoペンチルアンモニウム(TiPAB)の好ましい重量比率の範囲の上限を、臭化テトラnブチルアンモニウムの重量濃度が15重量%から40.5重量%(調和融点を与える濃度)までの数種類の濃度の水溶液について蓄熱量の測定・評価を行い検討した。
【0073】
臭化テトラnブチルアンモニウム(TBAB)の15重量%、20重量%、25重量%、30重量%、35重量%及び40.5重量%の水溶液に、臭化テトラisoペンチルアンモニウムを数種類の添加率で添加することにより、原料水溶液を準備した。より具体的には、表2〜7に示すように、臭化テトラnブチルアンモニウム(TBAB)のそれぞれの重量%濃度水溶液について、臭化テトラnブチルアンモニウム水溶液に対する臭化テトラisoペンチルアンモニウムの重量比率(TiPAB添加率)を数種類として添加し、りん酸水素二ナトリウム添加率を0.1%、カルボキシルメチルセルロースナトリウム添加率を0.1%とした原料水溶液と、TiPAB添加率を数種類として添加し、りん酸水素二ナトリウム添加率を0.5%、カルボキシルメチルセルロースナトリウム添加率を0.5%とした原料水溶液とを準備し、かくして準備された各原料水溶液に対して、3〜15℃の温度範囲における蓄熱量を測定し、ノルマルペンタデカン(NPD)の蓄熱量148kJ/Lと比較し、蓄熱量の評価を行った。
【0074】
その結果を下記表3〜表8に示す。
【表3】

【0075】
【表4】

【0076】
【表5】

【0077】
【表6】

【0078】
【表7】

【0079】
【表8】

【0080】
上記表3〜表8から、次のことが分かる。
【0081】
・臭化テトラnブチルアンモニウムの15重量%水溶液では、TiPAB添加率が3.0%を超えると、3〜15℃の温度範囲における蓄熱量はノルマルペンタデカンの蓄熱量148kJ/Lを下回る。従って、TiPAB添加率は3.0%以下であることが好ましい。
【0082】
・臭化テトラnブチルアンモニウムの20重量%水溶液では、TiPAB添加率が7.0%を超えると、3〜15℃の温度範囲における蓄熱量はノルマルペンタデカンの蓄熱量148kJ/Lを下回る。従って、TiPAB添加率は7.0%以下であることが好ましい。
【0083】
・臭化テトラnブチルアンモニウムの25重量%水溶液では、TiPAB添加率が14.0%を超えると、3〜15℃の温度範囲における蓄熱量はノルマルペンタデカンの蓄熱量148kJ/Lを下回る。従って、TiPAB添加率は14.0%以下であることが好ましい。
【0084】
・臭化テトラnブチルアンモニウムの30重量%水溶液では、TiPAB添加率が12.0%を超えると、3〜15℃の温度範囲における蓄熱量はノルマルペンタデカンの蓄熱量148kJ/Lを下回る。従って、TiPAB添加率は12.0%以下であることが好ましい。
【0085】
・臭化テトラnブチルアンモニウムの35重量%水溶液では、TiPAB添加率が9.0%を超えると、3〜15℃の温度範囲における蓄熱量はノルマルペンタデカンの蓄熱量148kJ/Lを下回る。従って、TiPAB添加率は9.0%以下であることが好ましい。
【0086】
・臭化テトラnブチルアンモニウムの40.5重量%水溶液では、TiPAB添加率が8.0%を超えると、3〜15℃の温度範囲における蓄熱量はノルマルペンタデカンの蓄熱量148kJ/Lを下回る。従って、TiPAB添加率は8.0%以下であることが好ましい。
【0087】
上記表1に示す結果と上記表3〜表8に示す結果から、次のことが分かる。
【0088】
臭化テトラnブチルアンモニウムの水溶液に臭化テトラisoペンチルアンモニウムを添加して蓄熱剤の原料水溶液とする場合、過冷却防止性が優れ、かつ、3〜15℃の温度範囲における蓄熱量が十分に大きい蓄熱剤を得るには、以下のTiPAB添加率の範囲とすることが好ましい。
【0089】
臭化テトラnブチルアンモニウムを溶質として含む水溶液の臭化テトラnブチルアンモニウムの重量濃度であるTBAB濃度に対応して、TiPAB添加率の好ましい範囲は、以下のとおりである。
【0090】
TBAB濃度が15重量%以上20重量%未満ではTiPAB添加率が0.1%以上3.0%以下であり、
TBAB濃度が20重量%以上25重量%未満ではTiPAB添加率が0.1%以上7.0%以下であり、
TBAB濃度が25重量%以上30重量%未満ではTiPAB添加率が0.1%以上12.0%以下であり、
TBAB濃度が30重量%以上35重量%未満ではTiPAB添加率が0.1%以上9.0%以下であり、
TBAB濃度が35重量%以上40.5重量%以下ではTiPAB添加率が0.1%以上8.0%以下である範囲とすることが好ましい。
【0091】
また、TBAB濃度が20重量%以上40.5重量%未満ではTiPAB添加率が0.1%以上7.0%以下である範囲とすることが好ましい。
【0092】
また、上記表3〜表8に示す蓄熱量の評価では、TiPAB添加率を数種類とし、りん酸水素二ナトリウム添加率を0.1%または0.5%とし、カルボキシルメチルセルロースナトリウム添加率を0.1%または0.5%とした原料水溶液について評価して、TiPAB添加率の好ましい範囲を求めた。もっとも、3〜15℃の温度範囲における蓄熱量がノルマルペンタデカンの蓄熱量148kJ/Lを上回るような、TiPAB添加率の好ましい範囲と、りん酸水素二ナトリウム添加率とカルボキシルメチルセルロースナトリウム添加率とを、定めてもよいことはいうまでもない。
【0093】
(2)りん酸水素二ナトリウム添加率の好ましい範囲
(2−1)りん酸水素二ナトリウム添加率の好ましい範囲の下限
臭化テトラnブチルアンモニウム(TBAB)水溶液に対するりん酸水素二ナトリウム(NaHPO)の好ましい重量比率の範囲の下限を、臭化テトラnブチルアンモニウムの重量濃度が15重量%、30重量%及び40.5重量%の水溶液について過冷却防止性の評価を行い検討した。
【0094】
(2−1−1)冷却温度 3℃
臭化テトラnブチルアンモニウムの15重量%、30重量%及び40.5重量%の水溶液に、りん酸水素二ナトリウムを数種類の添加率で添加することにより、原料水溶液を準備した。より具体的には、臭化テトラnブチルアンモニウム水溶液に対するりん酸水素二ナトリウムの重量比率(NaHPO添加率)を0.05%、0.1%、0.15%とし、臭化テトラisoペンチルアンモニウム添加率は0.05%、カルボキシルメチルセルロースナトリウム添加率は0.1%とした原料水溶液を準備し、かくして準備された各原料水溶液に対して、冷却温度を3℃とする場合の過冷却防止性の評価を行った。その結果を下記表9に示す。
【表9】

【0095】
上記表9から、NaHPO添加率が0.1%を下回ると、冷却温度3℃での過冷却防止の効果がないことが分かる。すなわち、15重量%から40.5重量%の臭化テトラnブチルアンモニウムの水溶液にりん酸水素二ナトリウムを添加する場合、NaHPO添加率が0.1%以上の範囲にあれば、冷却温度3℃において、過冷却防止性の低下がない又は過冷却防止効果の耐久性がある。
【0096】
臭化テトラnブチルアンモニウム水溶液から生成される潜熱蓄熱剤が、冷却温度3℃において、過冷却防止性の低下がない又は過冷却防止効果の耐久性があることを実現するためには、臭化テトラnブチルアンモニウムの水溶液にりん酸水素二ナトリウムを添加する場合、NaHPO添加率の下限は0.1%である。
【0097】
(2−1−2)冷却温度 1℃
冷却温度が3℃の場合には、NaHPO添加率の下限は0.1%であるが、冷却温度が1℃の場合についても、NaHPOB添加率の下限を評価した。臭化テトラnブチルアンモニウムの15重量%、30重量%及び40.5重量%の水溶液に、りん酸水素二ナトリウムを数種類の添加率で添加することにより、原料水溶液を準備した。より具体的には、臭化テトラnブチルアンモニウム水溶液に対するりん酸水素二ナトリウムの重量比率(NaHPO添加率)を0.02%、0.05%、0.1%とし、臭化テトラisoペンチルアンモニウム添加率は0.05%、カルボキシルメチルセルロースナトリウム添加率は0.1%とした原料水溶液を準備し、かくして準備された各原料水溶液に対して、冷却温度を1℃とする場合の過冷却防止性の評価を行った。その結果を下記表10に示す。
【表10】

【0098】
上記表10から、NaHPO添加率が0.05%を下回ると、冷却温度1℃での過冷却防止の効果がないことが分かる。すなわち、15重量%から40.5重量%の臭化テトラnブチルアンモニウムの水溶液にりん酸水素二ナトリウムを添加する場合、NaHPO添加率が0.05%以上の範囲にあれば、冷却温度1℃において、過冷却防止性の低下がない又は過冷却防止効果の耐久性がある。
【0099】
(2-2)りん酸水素二ナトリウム添加率の好ましい範囲の上限
臭化テトラnブチルアンモニウム(TBAB)水溶液に対するりん酸水素二ナトリウム(NaHPO)の好ましい重量比率の範囲の上限を、臭化テトラnブチルアンモニウムの重量濃度が15重量%から40.5重量%(調和融点を与える濃度)までの数種類の濃度の水溶液について蓄熱量の測定・評価を行い検討した。
【0100】
臭化テトラnブチルアンモニウム(TBAB)の15重量%、20重量%、25重量%、30重量%、35重量%及び40.5重量%の水溶液に、りん酸水素二ナトリウムを数種類の添加率で添加することにより、原料水溶液を準備した。より具体的には、表9〜14に示すように、臭化テトラnブチルアンモニウム(TBAB)のそれぞれの重量%濃度水溶液について、臭化テトラnブチルアンモニウム水溶液に対するりん酸水素二ナトリウムの重量比率(NaHPO添加率)を数種類として添加し、臭化テトラisoペンチルアンモニウム添加率を0.1%、カルボキシルメチルセルロースナトリウム添加率を0.1%とした原料水溶液と、NaHPO添加率を数種類として添加し、臭化テトラisoペンチルアンモニウム添加率を0.5%、カルボキシルメチルセルロースナトリウム添加率を0.5%とした原料水溶液とを準備し、かくして準備された各原料水溶液に対して、3〜15℃の温度範囲における蓄熱量を測定し、ノルマルペンタデカン(NPD)の蓄熱量148kJ/Lと比較し、蓄熱量の評価を行った。
【0101】
その結果を下記表11〜表16に示す。
【表11】

【0102】
【表12】

【0103】
【表13】

【0104】
【表14】

【0105】
【表15】

【0106】
【表16】

【0107】
上記表11〜表16から、次のことが分かる。
【0108】
・臭化テトラnブチルアンモニウムの15重量%水溶液では、NaHPO添加率が8.0%を超えると、3〜15℃の温度範囲における蓄熱量はノルマルペンタデカンの蓄熱量148kJ/Lを下回る。従って、NaHPO添加率は8.0%以下であることが好ましい。
【0109】
・臭化テトラnブチルアンモニウムの20重量%水溶液では、NaHPO添加率が10.0%を超えると、3〜15℃の温度範囲における蓄熱量はノルマルペンタデカンの蓄熱量148kJ/Lを下回る。従って、NaHPO添加率は10.0%以下であることが好ましい。
【0110】
・臭化テトラnブチルアンモニウムの25重量%水溶液では、NaHPO添加率が13.0%を超えると、3〜15℃の温度範囲における蓄熱量はノルマルペンタデカンの蓄熱量148kJ/Lを下回る。従って、NaHPO添加率は13.0%以下であることが好ましい。
【0111】
・臭化テトラnブチルアンモニウムの30重量%水溶液では、NaHPO添加率が11.0%を超えると、3〜15℃の温度範囲における蓄熱量はノルマルペンタデカンの蓄熱量148kJ/Lを下回る。従って、NaHPO添加率は11.0%以下であることが好ましい。
【0112】
・臭化テトラnブチルアンモニウムの35重量%水溶液では、NaHPO添加率が9.0%を超えると、3〜15℃の温度範囲における蓄熱量はノルマルペンタデカンの蓄熱量148kJ/Lを下回る。従って、NaHPO添加率は9.0%以下であることが好ましい。
【0113】
・臭化テトラnブチルアンモニウムの40.5重量%水溶液では、NaHPO添加率が7.0%を超えると、3〜15℃の温度範囲における蓄熱量はノルマルペンタデカンの蓄熱量148kJ/Lを下回る。従って、NaHPO添加率は7.0%以下であることが好ましい。
【0114】
上記表9に示す結果と、上記表11〜表16に示す結果から、次のことが分かる。
【0115】
臭化テトラnブチルアンモニウムの水溶液にりん酸水素二ナトリウムを添加して蓄熱剤の原料水溶液とする場合、過冷却防止性が優れ、かつ、3〜15℃の温度範囲における蓄熱量が十分に大きい蓄熱剤を得るには、以下のNaHPO添加率の範囲とすることが好ましい。
【0116】
臭化テトラnブチルアンモニウムを溶質として含む水溶液の臭化テトラnブチルアンモニウムの重量濃度であるTBAB濃度に対応して、NaHPO添加率の好ましい範囲は、以下のとおりである。
【0117】
TBAB濃度が15重量%以上20重量%未満ではNaHPO添加率が0.1%以上8.0%以下であり、
TBAB濃度が20重量%以上25重量%未満ではNaHPO添加率が0.1%以上10.0%以下であり、
TBAB濃度が25重量%以上30重量%未満ではNaHPO添加率が0.1%以上11.0%以下であり、
TBAB濃度が30重量%以上35重量%未満ではNaHPO添加率が0.1%以上9.0%以下であり、
TBAB濃度が35重量%以上40.5重量%以下ではNaHPO添加率が0.1%以上7.0%以下である範囲とすることが好ましい。
【0118】
また、TBAB濃度が15重量%以上40.5重量%未満ではNaHPO添加率が0.1%以上7.0%以下である範囲とすることが好ましい。
【0119】
また、上記表11〜表16に示す蓄熱量の評価では、NaHPO添加率を数種類とし、臭化テトラisoペンチルアンモニウム添加率を0.1%または0.5%とし、カルボキシルメチルセルロースナトリウム添加率を0.1%または0.5%とした原料水溶液について評価して、TiPAB添加率の好ましい範囲を求めた。もっとも、3〜15℃の温度範囲における蓄熱量がノルマルペンタデカンの蓄熱量148kJ/Lを上回るような、NaHPO添加率の好ましい範囲と、臭化テトラisoペンチルアンモニウム添加率とカルボキシルメチルセルロースナトリウム添加率とを定めてもよいことはいうまでもない。
【0120】
(3)カルボキシルメチルセルロースナトリウム添加率の好ましい範囲
(3−1)カルボキシルメチルセルロースナトリウム添加率の好ましい範囲の下限
臭化テトラnブチルアンモニウム(TBAB)水溶液に対するカルボキシルメチルセルロースナトリウム(CMCNa)の好ましい重量比率の範囲の下限を、臭化テトラnブチルアンモニウムの重量濃度が15重量%、30重量%及び40.5重量%の水溶液についてりん酸水素二ナトリウムの沈降防止性の評価を行い、検討した。
【0121】
臭化テトラnブチルアンモニウムの15重量%、30重量%及び40.5重量%の水溶液に、平均分子量が10000程度、200000程度及び700000程度の3種類のカルボキシルメチルセルロースナトリウムをそれぞれ数種類の添加率で添加することにより、原料水溶液を準備した。平均分子量が10000程度、200000程度及び700000程度のカルボキシルメチルセルロースナトリウムは、その平均重合度が40〜50、800〜1000、3000〜3200に相当する。より具体的には、臭化テトラnブチルアンモニウム水溶液に対するカルボキシルメチルセルロースナトリウムの重量比率(CMCNa添加率)を0.03%から0.2%の範囲で数種類とし、臭化テトラnブチルアンモニウムの15重量%水溶液に臭化テトラisoペンチルアンモニウム添加率を0.5%、りん酸水素二ナトリウム添加率を0.5%とした原料水溶液、臭化テトラnブチルアンモニウムの30重量%水溶液に臭化テトラisoペンチルアンモニウム添加率を4%、りん酸水素二ナトリウム添加率を4%とした原料水溶液及び臭化テトラnブチルアンモニウムの40.5重量%水溶液に臭化テトラisoペンチルアンモニウム添加率を3%、りん酸水素二ナトリウム添加率を3%とした原料水溶液を準備し、かくして準備された各原料水溶液に対して、りん酸水素二ナトリウムの沈降防止性の評価を行った。
【0122】
その結果を下記表17〜表19に示す。
【表17】

【0123】
【表18】

【0124】
【表19】

【0125】
上記表17〜表19から、CMCNa添加率が0.1%を下回ると、りん酸水素二ナトリウムの沈降防止の効果がないことが分かる。すなわち、15重量%から40.5重量%の臭化テトラnブチルアンモニウムの水溶液にカルボキシルメチルセルロースナトリウムを添加する場合、CMCNa添加率が0.1%以上の範囲にあれば、りん酸水素二ナトリウムの沈降防止性がある。
【0126】
(3−2)カルボキシルメチルセルロースナトリウム添加率の好ましい範囲の上限
臭化テトラnブチルアンモニウムの水溶液に対するカルボキシルメチルセルロースナトリウムの重量比率をむやみに高くすると、原料水溶液中の臭化テトラnブチルアンモニウムの重量比率が相対的に低くなり、蓄熱量が低下してしまうため、カルボキシルメチルセルロースナトリウム添加率は10%以下とすることが好ましい。
【0127】
カルボキシルメチルセルロースナトリウムには様々なエーテル化度または置換度のものがあるが、カルボキシルメチルセルロースナトリウムを添加した原料水溶液の安定性の点からエーテル化度または置換度が0.7以上のものが好ましく、0.8以上のものがより好ましい。その理由は以下のとおりである。
【0128】
カルボキシメチルセルロースナトリウムは強い塩基性に対して不安定になる。すなわちカルボキシメチルセルロースナトリウムはアニオン系のためカチオンの存在下で、酸素により解重合が進み、その結果、カルボキシメチルセルロースナトリウムを含む水溶液の粘度が低下することがある。一方、カルボキシメチルセルロースナトリウムは酸の存在下ではナトリウム塩が置換され、溶解度が低下することがある。カルボキシメチルセルロースナトリウムはエーテル化度が高いほど化学的に安定であり、こうした塩基や酸に対する耐性が高くなる。本発明の蓄熱剤の原料水溶液のpHはほぼ中性域であるが、長期安定性を考慮すると、カルボキシルメチルセルロースナトリウムのエーテル化度、またはエーテル化度とほぼ同等の置換度が0.7以上のものが好ましく、0.8以上のものがより好ましい。
【0129】
本発明の蓄熱剤は臭化テトラnブチルアンモニウム水溶液に臭化テトラisoペンチルアンモニウム、アルカリ金属りん酸塩、およびセルロース誘導体を添加して構成されるが、本発明の目的を損なわない範囲でその他の添加物を添加してもよい。例えば蓄熱剤を貯蔵する容器や流送する配管機器の金属材の腐食抑制のために、下記に示す腐食抑制剤を添加してもよい。また、下記に示す増粘・ゲル化剤を添加してゲル状を呈するようにしてもよい。
【0130】
<腐食抑制剤>
グループ1〜4に示される物質のうち少なくとも一種類以上を添加する。
【0131】
グループ1:アルカリ金属水酸化物
グループ2:下記の物質の無水塩もしくは水和物で、カチオンがナトリウム、カリウム、リチウム、カルシウム、マグネシウム、ストロンチウムである物質
亜硝酸塩、硝酸塩、タングステン酸塩、モリブデン酸塩、クロム酸塩、オレイン酸塩、ポリリン酸塩、メタ珪酸塩、チオ硫酸塩、亜硫酸塩、ほう酸塩
グループ3:ヒドラジン、アクリル酸系ポリマー、塩化カルシウム、臭化カルシウム、ヨウ化カルシウム
グループ4:ホスホン酸、ホスフィノポリカルボン酸、ホスホノカルボン酸、マレイン酸系重合体、アクリル酸系重合体、ジエチル尿素や ジブチルチオ尿素などのチオ尿素誘導体、アゾール化合物
臭化テトラnブチルアンモニウム水溶液に腐食抑制剤を添加する場合に、腐食抑制剤の濃度範囲としては、0.001重量%〜5重量%の範囲とすることが好ましい。0.001重量%未満だと腐食抑制効果が十分得られず、5%重量よりも多量に添加すると原料水溶液の凝固点が変化するため、十分な蓄熱性能が得られなくなる。
【0132】
<増粘・ゲル化剤>
増粘・ゲル化剤としては、下記に示す物質を用いることができ、また組み合わせて用いてもよい。
【0133】
・多糖類
トラガントガム、ペクチン、グアガム、ローカストビーンガム、スピノガム、ガラクトマンナン、タマリンド種子多糖類、カラギーナン、ファーセラレン、キサンタンガム、プルラン、ジェランガム、アラビアガム、タラガム
・α-化デンプン
各種デンプン(コーンスターチ、甘藷澱粉、馬鈴薯澱粉、小麦澱粉、米澱粉、タピオカ澱粉)をα-化したもの
・界面活性剤
β-ナフタレンスルホン酸ナトリウム縮合体、クレオソート油スルホン酸ナトリウム縮合体
メラミン樹脂スルホン酸ナトリウム、リグニンスルホン酸ナトリウム、ノニルフェノールポリオキシエチレンエーテル、グルコン酸ナトリウム、スルホン酸塩類(アルキルベンゼンスルホン酸塩)、硫酸エステル塩類、リン酸エステル塩類、ポリオキシエチレン系化合物(ポリオキシエチレンステアリルエーテル)
・カルシウム塩
ギ酸カルシウム、酢酸カルシウム、塩化カルシウム、酒石酸カルシウム、乳酸カルシウム
・高分子
ポリアクリル酸ナトリウム、ポリアクリルアミド、ポリグリセリン、ポリビニルアルコール、ゼラチン、寒天
・脂肪酸(直鎖脂肪酸、側鎖脂肪酸)
パルミチン酸、ステアリン酸、ヒドロキシステアリン酸、ベヘン酸、モンタン酸、ラウリン酸、リシノール酸、オクチル酸
・脂肪酸金属塩
上記脂肪酸のリチウム塩、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、アルミニウム塩、バリウム塩、マグネシウム塩、亜鉛塩。
【0134】
ステアリン酸リチウム、ステアリン酸ナトリウム、ステアリン酸カリウム、ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸バリウム、ステアリン酸亜鉛、ラウリン酸カルシウム、ラウリン酸バリウム、ラウリン酸亜鉛、リシノール酸カルシウム、リシノール酸バリウム、リシノール酸亜鉛、オクチル酸亜鉛
臭化テトラnブチルアンモニウム水溶液に増粘・ゲル化剤を添加する場合に、増粘・ゲル化剤の濃度範囲としては0.01重量%〜5重量%の範囲にすることが好ましい。0.01重量%未満であると十分なゲル化状態を呈さない。一方、5重量%より多量に添加してもゲル化効果の向上は認められず、原料水溶液の凝固点が変化するため、十分な蓄熱性能が得られなくなる。
【0135】
本発明の蓄熱剤の製造方法については特に制限はない。例えば水にカルボキシメチルセルロースナトリウムを所定量添加して十分に撹拌混合させた後、臭化テトラnブチルアンモニウムを所定量混合し、続いて臭化テトラisoペンチルアンモニウムを所定量添加して十分に撹拌混合し、最後にりん酸水素二ナトリウムを所定量添加して蓄熱剤を製造する方法がある。必要に応じて腐食抑制剤やゲル化剤を添加してもよい。
【0136】
これら蓄熱剤の構成物質の配合順序には特に制限はないが、カルボキシメチルセルロースナトリウムは比較的凝集しやすく溶解に時間を要することがあるので、原料水溶液の溶質濃度の低い初期に配合することが望ましい。また、撹拌・混合を加熱状態で行うことはこれら構成物質の溶解、混合を促進させる上で望ましい。ただし臭化テトラnブチルアンモニウム、や臭化テトラisoペンチルアンモニウムの熱分解が生じないように100℃以下の温度、望ましくはカルボキシメチルセルロースナトリウムの粘度の不可逆的な変化が起き難い80℃以下の温度で配合混合することが好ましい。
【0137】
本発明の技術的範囲は、上記の実施形態によって限定されるものではなく、発明の要旨を変更することなく様々な形態で実施することができる。また、本発明の技術的範囲は、均等の範囲にまで及ぶものである。本明細書における各用語の意味又は解釈は、本発明の技術的範囲が均等の範囲にまで及ぶことを妨げるものではない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
臭化テトラnブチルアンモニウムを溶質として含む水溶液が冷却されることにより生成される包接水和物を含む蓄熱剤であって、
前記水溶液に、臭化テトラisoペンチルアンモニウム、アルカリ金属リン酸塩及びセルロース誘導体が添加されており、
前記セルロース誘導体がカルボキシル基およびカルボキシメチル基のうちの少なくとも一つを有するセルロース誘導体、又はカルボキシル基並びにカルボキシメチル基のうちの少なくとも一つ及びアルカリ金属を有するセルロース誘導体であることを特徴とする蓄熱剤。
【請求項2】
臭化テトラnブチルアンモニウムを溶質として含む水溶液の臭化テトラnブチルアンモニウムの濃度が20重量%以上40.5重量%以下であり、
臭化テトラnブチルアンモニウムを溶質として含む水溶液に対する臭化テトラisoペンチルアンモニウムの重量比率が、0.1%以上 7.0%以下であることを特徴とする請求項1に記載の蓄熱剤。
【請求項3】
臭化テトラnブチルアンモニウム(TBAB)を溶質として含む水溶液に対する臭化テトラisoペンチルアンモニウム(TiPAB)の重量比率が、臭化テトラnブチルアンモニウム(TBAB)を溶質として含む水溶液の臭化テトラnブチルアンモニウム(TBAB)の重量濃度であるTBAB濃度に対応して、
TBAB濃度が15重量%以上20重量%未満では該重量比率が0.1%以上3.0%以下であり、
TBAB濃度が20重量%以上25重量%未満では該重量比率が0.1%以上7.0%以下であり、
TBAB濃度が25重量%以上30重量%未満では該重量比率が0.1%以上12.0%以下であり、
TBAB濃度が30重量%以上35重量%未満では該重量比率が0.1%以上9.0%以下であり、
TBAB濃度が35重量%以上40.5重量%以下ではT該重量比率が0.1%以上8.0%以下であることを特徴とする請求項1に記載の蓄熱剤。
【請求項4】
前記アルカリ金属リン酸塩がリン酸水素二ナトリウムであることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の蓄熱剤。
【請求項5】
臭化テトラnブチルアンモニウムを溶質として含む水溶液の臭化テトラnブチルアンモニウムの濃度が15重量%以上40.5重量%以下であり、
臭化テトラnブチルアンモニウムを溶質として含む水溶液に対するリン酸水素二ナトリウムの重量比率が、0.1%以上 7.0%以下であることを特徴とする請求項4に記載の蓄熱剤。
【請求項6】
臭化テトラnブチルアンモニウム(TBAB)を溶質として含む水溶液に対するリン酸水素二ナトリウムの重量比率が、臭化テトラnブチルアンモニウムを(TBAB)溶質として含む水溶液の臭化テトラnブチルアンモニウム(TBAB)の重量濃度であるTBAB濃度に対応して、
TBAB濃度が15重量%以上20重量%未満では該重量比率が0.1%以上8.0%以下であり、
TBAB濃度が20重量%以上25重量%未満では該重量比率が0.1%以上10.0%以下であり、
TBAB濃度が25重量%以上30重量%未満では該重量比率が0.1%以上11.0%以下であり、
TBAB濃度が30重量%以上35重量%未満では該重量比率が0.1%以上9.0%以下であり、
TBAB濃度が35重量%以上40.5重量%以下では該重量比率が0.1%以上7.0%以下であることを特徴とする請求項4に記載の蓄熱剤。
【請求項7】
前記カルボキシル基並びにカルボキシメチル基のうちの少なくとも一つ、及びアルカリ金属を有するセルロース誘導体がカルボキシメチルセルロースナトリウムであることを特徴とする請求項1乃至6のいずれかに記載の蓄熱剤。
【請求項8】
臭化テトラnブチルアンモニウムを溶質として含む水溶液に対するカルボキシメチルセルロースナトリウムの重量比率が、0.1%以上10.0%以下であることを特徴とする請求項7に記載の蓄熱剤。

【公開番号】特開2012−255080(P2012−255080A)
【公開日】平成24年12月27日(2012.12.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−128622(P2011−128622)
【出願日】平成23年6月8日(2011.6.8)
【出願人】(000004123)JFEエンジニアリング株式会社 (1,044)