説明

血清コレステロール上昇抑制剤及び飲食品

【目的】 新規な血清コレステロール上昇抑制剤または同作用をもった飲食品の提供。
【構成】 ラクトコッカス(Lactococcus sp.)に属する乳酸菌を培養して得られる培養物、菌体及び/または培養物から得られる多糖を有効成分とする血清コレステロール上昇抑制剤または前記有効成分を含有せしめた同作用を有する血清コレステロール上昇抑制剤。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、高コレステロール含有食品の摂取に伴うコレステロール値の上昇を抑制するために利用される新規な血清コレステロール上昇抑制剤及び/または血清コレステロール上昇抑制作用を有する飲食品に関する。
【0002】
【従来の技術】近年、食生活の欧風化に伴い、高脂肪食品を摂取する機会が増え、高脂血症、動脈硬化症等の成人病が増加している。この現象は、中高年層のみならず、若年層にまで及んでいる。その結果、脂肪、特に動物性脂肪あるいはそれを含有する畜肉類の摂取については、忌避する傾向さえみられる。
【0003】本来、コレステロールは胆汁酸やホルモンの合成、細胞膜成分として生体内では重要な役割を担っている。しかし、上述のように高脂肪食品を摂取する機会が増えた今日では、結果として、食餌性コレステロールの摂取が多くなり、この外来性コレステロールが生体内のコレステロールの上昇をもたらし、各種疾病を引き起こす原因になってきている。
【0004】以上のことから、食餌性コレステロールを適性に制御した食生活が重要視され、そのための食生活が提案されてきている。その中で、発酵乳及び乳酸菌にはコレステロール低下作用のあることが報告されている。
【0005】例えば、Howardらは、ラクトバチルス・ブルガリクス(Lactobacillus bulgaricus)とストレプトコッカス・サーモフィルス(Streptococcus thermophilus)をスターターとして用いた発酵乳を2週間ヒトに投与し、血清中のコレステロールが低下したとしている〔Lancet ,957(1979)〕。
【0006】更にRaoらは、ストレプトコッカス・サーモフィルス(S.thermophilus)を使用した発酵乳を、また、Grunewaldは、アシドフィルス・ミルクをラットに投与し、血清中のコレステロールが低下したとしている〔J.Food Sci.,46,1339(1981)及び同誌,47,2078(1982)〕。
【0007】また、本発明者らも、ラクトバチルス・アシドフィルスおよびビフィドバクテリウム・ロンガムに血清中のコレステロール低下作用があることを報告している(特開昭62−258323)。
【0008】ところで、北ヨーロッパ地方には、ビィリー(viili)、ロングフィル(longfil)、ピーマ(piima)、テッテ(taette)といった伝統的な粘質発酵乳があり、これらの製造には粘質物生産性中温性乳酸球菌を使用する特徴がある。これらの粘質発酵乳より分離した粘質物生産乳酸菌及び粘質物より分離した新規な多糖に抗腫瘍活性があることが報告されている(特開平1−277484、特願平2−25813)。
【0009】
【発明が解決しようとする課題】本発明は、高コレステロール含有食品、例えば、卵黄、バター等を摂取する際、同時及び/またはその食事の前後に経口摂取すると、これらの食品由来の食餌性コレステロールによる、血清中のコレステロール上昇を抑制する薬剤および上昇を抑制する飲食品を提供することを課題とする。
【0010】本発明者らは、北ヨーロッパの伝統的発酵乳群の研究を行っていたところ、これらの発酵乳から分離された特定の粘質物生産性乳酸菌及び、その粘質物生産能を消失した乳酸菌変異株の培養物、菌体及び/またはそれらから得られる多糖が、コレステロール上昇抑制作用を有することを見出し、ここに上記課題の解決に成功した。
【0011】
【発明を解決するための手段】すなわち、本発明は、ラクトコッカス属(Lactococcus sp.)に属する乳酸菌を培養して得られる菌体、その培養物及び/または培養産物である多糖を有効成分とする血清コレステロール上昇抑制剤に関する。さらに、本発明は、このような有効成分を含有してなる血清コレステロール上昇抑制作用のある飲食品に関する。
【0012】本発明で使用するラクトコッカス属に属する乳酸菌としては、以下の菌株を例示することができる。なお、これらの菌株は、下記の寄託番号により寄託されている。
【0013】菌株ラクトコッカス・ラクチス・サブスピーシーズ・クレモリス SBT 0495微工研菌寄第10053号(ストレプトコッカス・クレモリスを名称変更)ラクトコッカス・ラクチス・サブスピーシーズ・クレモリス SBT 1275 微工研菌寄第12350号
【0014】さらに本発明では、上記寄託菌に限らず、粘質酸乳及び/またはこれらの粘質酸乳等から分離されるラクトコッカス・ラクチス(シュライファーの分類;Schleifer,K.H.etal.,System.Appl.Microbiol.,183(1985))の分類による)等の乳酸菌であれば、いずれのものでも使用できる。また、これらの菌株の変異株も使用することができる。さらに、これらの菌体を自然あるいは人工的手段で変異させて粘質物生産能で消失させた変異株であっても、血清コレステロール上昇抑制作用を有する限り使用することができる。
【0015】次にこれらの乳酸菌の培養方法を記す。ラクトコッカス・ラクチス・サブスピーシズ・クレモリス SBT 0495、ラクトコッカス・ラクチス・サブスピーシーズ・クレモリス SBT 1275の培養基には、乳培地または乳成分を含む培地、これを含まない半合成培地等種々の培地を用いることができる。また、菌の生育が良好で、粘質物生産能を有する上記の乳酸菌に関しては、良好に粘質物を生産する条件であれば、いずれの組成のものを用いてもよい。このような培地としては、脱脂乳を還元して加熱殺菌した還元脱脂乳培地を例示することができる。
【0016】培養法は静置培養またはpHを一定にコントロールした中和培養で行うが、菌が良好に生育する条件であれば特に培養法に制限はない。また、粘質物生産能を有するものに関しては、良好に粘質物(多糖)を生産する条件であれば、どのような培養方法、条件でも構わない。
【0017】本発明は上述のようにして得られる培養物及び/または菌体を有効成分とする。また、培養物には培養物自体あるいは培養上清をあげることができる。これらはそのまゝの状態であっても乾燥粉末とした状態であってもよい。また、この培養上清をエタノール沈澱等の適当な方法で濃縮し、乾燥した粉末(多糖)を有効成分としてもよい。これらの乾燥は凍結乾燥で行なうことが有効成分を変質することなく乾燥することができるので好ましい。
【0018】これらの有効成分は経口摂取することが望ましい。その摂取に際しては、高コレステロール含有食品に添加して同時に摂取するか、それ自体を高コレステロール食品の摂取の前後に摂取してもよい。また、これらの粉末は乳糖等の適当な賦形剤と混合し粉剤、錠剤、丸剤、カプセル剤または粒剤等として経口投与することができる。この際の投与量は、投与対象者の症状、年齢等を考慮してそれぞれ個別に適宜決定されるが、通常成人1日当たり乾燥物として0.5〜50gであり、これを1日数回に分けて投与するとよい。
【0019】また、これらの有効成分は、飲食品の製造工程中に原料に添加してもよい。飲食品としてはどのような飲食品でもよく、その例としてバター等の乳製品、マヨネーズ等の卵加工品、バターケーキ等の菓子パン類、ジュース類等の飲料をあげることができる。本発明における飲食品は、ラクトコッカス・ラクチスを使用して乳酸発酵を行なって製造されたヨーグル等、従来行なわれていた発酵食品は当然除かれる。
【0020】以下に本発明のインビトロ、インビボによる効果を具体的に説明する。しかし、本発明はこの記載内容に限定されるものではない。
【0021】
【実験例1】
インビトロで菌体のコレステロールの吸着能を検討した。
〔試験方法〕12%還元脱脂乳(121℃、10分加熱)に粘質物生産性株ラクトコッカス・ラクチス・サブスピーシーズ・クレモリス SBT 0495株、粘質物非生産性株の同1275株を接種し、20℃で24時間培養した。培養終了後、この培養物を90g採取した。これに2%コレステロール(エタノール溶液)を10ml添加し、良く撹拌した後、室温で1時間放置した。これを10000回転、20分間遠心分離し、上清液のコレステロール含量を測定し、脱脂乳培養物のコレステロール吸着能とした。対照として、乳酸でpHを4.7〜4.8に調整した上記の脱脂乳培地を用いた。
【0022】結果を図1に示した。図中のバーの高さは供試試料と吸着しないコレステロール量を示す。本試験は3回の試験を繰り返して得た結果である。図中のエラーバーは各群の標準偏差(S.D.)を示す。表中の値は、平均±各群の標準偏差(S.D.)を示す。図より明らかなように、両菌株の培養物はコレステロールを吸着し、上清液のコレステロール含量を著しく低下させる作用が見られた。また、粘質物生産性株(SBT 0495株)と非生産性株(SBT 1275株)とを比較すると、粘質物生産性株(SBT 0495株)の方が明らかにコレステロールの吸着活性が高かった。
【0023】
【実験例2】ラクトコッカス・ラクチス・サブスピーシーズ・クレモリス SBT 0495株、ラクトコッカス・ラクチス・サブスピーシーズ・クレモリス SBT 1275株を殺菌した12%(W/V)の還元脱脂乳にそれぞれ5%接種し(上記の培地に予め前培養したもの)、20℃で24時間培養を行い、得られた培養物をそのまま凍結乾燥をし、血清コレステロール上昇抑制剤試料として用いた。
【0024】このようにして調製した試料を表1に示した配合のコレステロール負荷飼料に添加して用いた。
【0025】
【表1】
(wt%)
──────────────────────────────────── 成 分 試験群A 試験群B 対照群──────────────────────────────────── カゼイン 18 18 18 ラード 10 10 10 大豆油 1 1 1 ミネラル混合物 4 4 4 ビタミン混合物 0.85 0.85 0.85 セルロース 3 3 3 塩化コリン 0.2 0.2 0.2 ショ糖 52.325 52.325 52.325 コレステロール 0.5 0.5 0.5 コール酸ナトリウム 0.125 0.125 0.125 抑制試料A(SBT0495株) 10 0 0 抑制試料B(SBT1275株) 0 10 0 酸脱脂乳 0 0 10 ──────────────────────────────────── 合 計 100 100 100 ────────────────────────────────────
【0026】〔試験方法〕F−344系雄ラット(11週令)を市販試料(日本クレア社製、CE−2)で、1週間予備飼育した後、体重がほぼ均一になるように、1群6匹に群分けした。各群のラットに上記のSBT 0495株添加、SBT 1275株添加、酸脱脂乳添加の各コレステロール負荷飼料を自由に摂取させ、1週間飼育した。各群のラットを一晩絶食させた後、心臓より採血し、血清中のコレステロールを測定した。飼育1週間後の各群のラットの体重は試験群A、試験群B、対照群、それぞれ229.4±8.6g、231.2±13.0g、232.9±8.0gであり統計的に各群の差は無かった。
【0027】上記試験の結果は、表2に示す通りであって、対照群に比べて、本発明の抑制飼料Aを与えた試験群A群の血清コレステロールの値は統計的に有意に低くなり、そのコレステロール上昇抑制効果が見られた。また、抑制試料Bを与えた試験群B群の方が酸脱脂乳投与群に比べて、血清のコレステロールが6%以下低下した。また、表3に示すように、動脈硬化指数と言われている血中の(総コレステロール−HDLコレステロール)/HDLコレステロール値についてSBT 0495株投与群の値は有意に低い値であった。以上の結果から、粘質物生産性株およびその粘質物非生産性株には、明らかに血清コレステロール低下作用が見られた。
【0028】
【表2】
発酵乳投与群の血清コレステロール ─────────────────────────────────── 血清中コレステロール値(mg/dl)
─────────────────────────────────── 対照群(酸脱脂乳投与群) 102.0± 6.7 試験群A(SBT1275株投与群) 84.0±11.3* 試験群B(SBT0495株投与群) 95.7± 6.7 ─────────────────────────────────── *)酸脱脂乳投与群に対して有意確率5%で有意な差である。
【0029】
【表3】
粘質物生産性乳酸菌投与時のHDL−コレステロール/総コレステロール比 (%・動脈硬化指数)
────────────────────────────── 動脈硬化指数(%)
────────────────────────────── 酸脱脂乳投与群 5.69±0.85 SBT1275投与群 5.46±0.46 SBT0495投与群 4.59±0.46** ────────────────────────────── **)酸脱脂乳投与群に対して有意確率1%で有意な差である。
【0030】また、粘質物生産性株と非生産性株を比較すると、粘質物生産性株を投与した群の方が、血清コレステロールが明らかに低かった。このことから、粘質物生産性株SBT 0495株の生産する血清コレステロール低下作用の主成分の少なくとも一部はSBT0495株の生産する粘質物(多糖及び/または多糖・タンパク質の混合物)であると判断される。しかし、実験例1に示したように、この活性の一部は、コレステロールと粘質物生産性株の生産する菌体外生産物との吸着によるものではあるが、本発明の作用機作はこの機作に限定されるものではない。
【0031】以下に実施例を示して本発明及びその効果を具体的に説明する。しかし、本発明はこの実施例に限定されるものではない。
【0032】
【実施例1】ラクトコッカス・ラクチス・サブスピーシーズ・クレモリス SBT 0495株、同1275株を10%還元脱脂乳培地(121℃、10分加熱)で培養し、本培養物を凍結乾燥し粉末化し、血清コレステロール上昇抑制剤を調製した。
【0033】
【実施例2】ラクトコッカス・ラクチス・サブスピーシーズ・クレモリス SBT 0495株または同1275株をヨーグルトミックス(生乳に2%脱脂乳を添加し、100℃、10分加熱した)に接種し、20℃で24時間培養した。この培養物を血清コレステロール上昇抑制剤とした。この血清コレステロール上昇抑制剤をヨーグルトとして、ハンバーガーやフライドチキンといった高コレステロール含有食品と共に摂取した。
【0034】
【実施例3】菌株ラクトコッカス・ラクチス・サブスピーシーズ・クレモリス SBT 0495株をホエー培地(0.5%酵母エキス、0.1%トリプチケースペプトン添加)で培養後遠心分離で菌体を除去した。この上清液に最終濃度が50%になるように氷冷したエタノールを添加し沈澱物を得た。この沈澱物を0.2N・NaClに溶解し、上述のエタノール沈澱を更に3回繰り返し、沈澱物を約500mg/(L・培養物)得た。この培養物1gを乳糖5gと混合し顆粒状に成形して顆粒剤を得た。
【0035】
【実施例4】本発明に係わる抑制剤の高コレステロール含有食品に対する配合例を示した。発酵バター、バターケーキ、マヨネーズはこの配合例を用い常法によって製造した。
【0036】
■発酵バター (wt/wt)
乳脂肪 78.8% 食塩 1.2 実験例2で得られた抑制試料A 2
【0037】
■バターケーキ (wt/wt)
バター 24% 薄力粉 24 砂糖 24 全卵 24 実験例2で得られた抑制試料B 4 香料 少々
【0038】
■マヨネーズ (wt/wt)
サラダ油 65% 卵黄 17 食酢 10 実験例2で得られた抑制試料A 3 香辛料 4 グルタミン酸モノナトリウム 0.6
【0039】
【発明の効果】本発明は、ラクトコッカスラクチスに属する粘質物生産性乳酸菌及び/またはその変異株である粘質物非生産性株の培養物、菌体及び/またはこれらのものより得られる多糖を主成分とするコレステロール上昇抑制剤を提供するものである。本発明のコレステロール上昇抑制剤は、北ヨーロッパで伝統的に食用に供されてきた粘質酸乳より分離した乳酸菌由来であるため、毒性および副作用が極めて少なく、また、食品素材としても有用である。
【図面の簡単な説明】
【図1】実験例1によるインビトロにおける粘質物生産性株(SBT0495株)及び非生産株(SBT1275株)のコレテスロール吸着能を示す。供試試料とコレステロールを共存させた後、遠心分離を行ない、上清液中に残存するコレステロール量を測定したものである。図中のバーの高さは、各群の標準偏差(S.D.)を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 ラクトコッカス属(Lactococcus sp.)に属する乳酸菌を培養して得られる培養物及び/または菌体を有効成分とする血清コレステロール上昇抑制剤。
【請求項2】 ラクトコッカス属に属する乳酸菌が、粘質物生産性菌であるラクトコッカス・ラクチス(Lactococcus lactis)である請求項(1)記載の血清コレステロール上昇抑制剤。
【請求項3】 ラクトコッカス属に属する乳酸菌が、粘質物生産性菌であるラクトコッカス・ラクチス及び/または粘質物生産能を消失させたその変異株である請求項(1)記載の血清コレステロール上昇抑制剤。
【請求項4】 ラクトコッカス属に属する乳酸菌菌体及び/またはこの培養物から取得した多糖及び/または多糖含有成分を有効成分とする請求項(1)記載の血清コレステロール上昇抑制剤。
【請求項5】 ラクトコッカス属に属する乳酸菌体がラクトコッカス・ラクチス・サブスピーシーズ・クレモリス(Lactococcus lactissubsp. cremoris)である請求項(1)〜(4)のいずれかに記載の血清コレステロール上昇抑制剤。
【請求項6】 ラクトコッカス属に属する乳酸菌を培養して得られる培養物、菌体、これらから得られる多糖及び/または多糖・タンパク質複合体含有成分を添加したコレステロール上昇抑制作用を有する飲食品。

【図1】
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【公開番号】特開平5−65229
【公開日】平成5年(1993)3月19日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平3−257009
【出願日】平成3年(1991)9月9日
【出願人】(000006699)雪印乳業株式会社 (155)