説明

血管新生促進剤及び創傷治療剤

【課題】安全性の高い天然物の中から血管新生促進作用を有するものを見出し、それを有効成分とする血管新生促進剤及び創傷の治療に有効な医薬を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明の血管新生促進剤及び創傷治療剤は、冬虫夏草からの抽出物を有効成分として含有せしめる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血管新生促進剤及び創傷治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、創傷治療剤や育毛剤として、血行を促進したり、皮膚の新陳代謝を活性化したりする作用を有する成分が用いられている。血行を促進する物質としては、例えば、センブリ抽出物、セファランチン、ビタミンE及びその誘導体、γ−オリザノール等が知られており、皮膚の新陳代謝を促進する物質としては、炭素数18〜22の不飽和結合を2以上含有する脂肪酸又はその塩等(特許文献1参照)、ヒドロキシサリチル酸又はそのエステルの配糖体(特許文献2参照)等が知られている。
【0003】
また、創傷治療効果を有する物質としては、例えば、アスコルビン酸、アラントイン、アズレン化合物、パントテン酸又はその塩、ビタミンB群化合物等が知られており、その他単球走化性活性化因子(特許文献3参照)、ヒオウギ抽出物(特許文献4参照)、フラボノイド配糖体(特許文献5参照)、アデノシン−3’,5’−環状リン酸誘導体(特許文献6参照)等が知られている。
【0004】
さらに、創傷の治癒過程(炎症期、増殖期、成熟期)において、損傷部の治癒に必要な酸素やエネルギーを運ぶために、損傷部に向かって新しい血管が新生される。このように、創傷の治癒過程においては、損傷部において血管が新生されることが知られている。そのため、血管新生を促進することで、創傷治療を促進することができるものと考えられる。さらにまた、心筋梗塞、狭心症、脳梗塞、閉塞性動脈硬化症、四肢虚血性疾患等の虚血性疾患においては、虚血部位において血管新生を促進することにより、かかる虚血性疾患を治療し、又は症状を改善できると考えられている。血管新生を促進するものとしては、例えば、カルシトニン遺伝子関連ペプチド誘導体(特許文献7参照)等が知られている。
【特許文献1】特開平7−196465号公報
【特許文献2】特開平8−268870号公報
【特許文献3】特開平7−82169号公報
【特許文献4】特開平7−138179号公報
【特許文献5】特開平7−188031号公報
【特許文献6】特開平9−194379号公報
【特許文献7】特開平6−179628号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、安全性の高い天然物の中から血管新生促進作用を有するものを見出し、それを有効成分とする血管新生促進剤及び創傷の治療に有効な医薬を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、本発明の血管新生促進剤及び創傷治療剤は、冬虫夏草からの抽出物を有効成分として含有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、天然物である冬虫夏草からの抽出物を有効成分として含有し、安全性に優れた血管新生促進剤及び創傷治療剤を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明の血管新生促進剤及び創傷治療剤は、冬虫夏草からの抽出物を有効成分として含有する。
【0009】
ここで、本発明において「冬虫夏草からの抽出物」には、冬虫夏草を抽出原料として得られる抽出液、当該抽出液の希釈液若しくは濃縮液、当該抽出液を乾燥して得られる乾燥物、又はこれらの粗精製物若しくは精製物のいずれもが含まれる。
【0010】
本発明において使用する抽出原料は、冬虫夏草(学名:Cordyceps cinensis)である。冬虫夏草は、子嚢菌類バッカク菌目バッカク菌科に属する菌類である。冬虫夏草とは、昆虫又はその幼虫に寄生してその体内に菌核を形成し、宿主である昆虫又はその幼虫の体表面に形成される子実体のことをいう。冬虫夏草としては、蝶蛾類鱗翅目及び鞘翅目のコウモリ蛾(学名:Hepialus armoricanus Oberthur)の幼虫に寄生してその体内に菌核を形成し、宿主であるコウモリ蛾の幼虫の体表面に形成される子実体が知られているが、これに限定されるものではない。冬虫夏草は、チベットや中国等に生育しており、これらの地域から容易に入手することができる。
【0011】
冬虫夏草からの抽出物に含有される血管新生促進作用を有する物質の詳細は不明であるが、生薬の抽出に一般に用いられている抽出方法によって、冬虫夏草から血管新生促進作用を有する抽出物を得ることができる。
【0012】
例えば、冬虫夏草を乾燥した後、そのまま又は粗砕機を用いて粉砕し、抽出溶媒による抽出に供することにより、血管新生促進作用を有する抽出物を得ることができる。乾燥は、天日で行ってもよいし、通常使用される乾燥機を用いて行ってもよい。また、ヘキサン等の非極性溶媒によって脱脂等の前処理を施してから抽出原料として使用してもよい。脱脂等の前処理を行うことにより、冬虫夏草の極性溶媒による抽出処理を効率よく行うことができる。
【0013】
抽出溶媒としては、極性溶媒を用いるのが好ましく、例えば、水、親水性有機溶媒等が挙げられ、これらを単独で又は2種以上を組み合わせて、室温又は溶媒の沸点以下の温度で使用することが好ましい。
【0014】
抽出溶媒として使用し得る水としては、純水、水道水、井戸水、鉱泉水、鉱水、温泉水、湧水、淡水等のほか、これらに各種処理を施したものが含まれる。水に施す処理としては、例えば、精製、加熱、殺菌、濾過、イオン交換、浸透圧調整、緩衝化等が含まれる。したがって、本発明において抽出溶媒として使用し得る水には、精製水、熱水、イオン交換水、生理食塩水、リン酸緩衝液、リン酸緩衝生理食塩水等も含まれる。
【0015】
抽出溶媒として使用し得る親水性有機溶媒としては、メタノール、エタノール、プロピルアルコール、イソプロピルアルコール等の炭素数1〜5の低級脂肪族アルコール;アセトン、メチルエチルケトン等の低級脂肪族ケトン;1,3−ブチレングリコール、プロピレングリコール、グリセリン等の炭素数2〜5の多価アルコール等が挙げられる。
【0016】
2種以上の極性溶媒の混合液を抽出溶媒として使用する場合、その混合比は適宜調整することができる。例えば、水と低級脂肪族アルコールとの混合液を使用する場合には、水10質量部に対して低級脂肪族アルコール1〜90質量部を混合することが好ましく、水と低級脂肪族ケトンとの混合液を使用する場合には、水10質量部に対して低級脂肪族ケトン1〜40質量部を混合することが好ましく、水と多価アルコールとの混合液を使用する場合には、水10質量部に対して多価アルコール10〜90質量部を混合することが好ましい。
【0017】
抽出処理は、抽出原料に含まれる可溶性成分を抽出溶媒に溶出させ得る限り特に限定はされず、常法に従って行うことができる。例えば、抽出原料の5〜15倍量(質量比)の抽出溶媒に、抽出原料を浸漬し、常温又は還流加熱下で可溶性成分を溶出させた後、濾過して抽出残渣を除去することにより抽出液を得ることができる。得られた抽出液は、該抽出液の希釈液若しくは濃縮液、該抽出液の乾燥物、又はこれらの粗精製物若しくは精製物を得るために、常法に従って希釈、濃縮、乾燥、精製等の処理を施してもよい。
【0018】
精製は、例えば、活性炭処理、吸着樹脂処理、イオン交換樹脂処理等により行うことができる。得られた抽出液はそのままでも血管新生促進剤又は創傷治療剤の有効成分として使用することができるが、濃縮液又は乾燥物としたものの方が使用しやすい。
【0019】
冬虫夏草からの抽出物は、特有の匂いと味とを有しているため、その生理活性の低下を招かない範囲で脱色、脱臭等を目的とする精製を行うことも可能であるが、血管新生促進剤や創傷治療剤等に配合する場合には大量に使用するものではないから、未精製のままでも実用上支障はない。
【0020】
以上のようにして得られる冬虫夏草からの抽出物は、血管新生促進作用を有しているため、その作用を利用して血管新生促進剤又は創傷治療剤の有効成分として用いることができる。また、冬虫夏草からの抽出物は、その血管新生促進作用を利用して、心筋梗塞、狭心症、脳梗塞、閉塞性動脈硬化症、四肢虚血性疾患等の虚血性疾患治療剤の有効成分として用いることができるとともに、再生医療の分野における組織の再生を促進する組成物の有効成分として使用することもできる。
【0021】
本発明の血管新生促進剤又は創傷治療剤は、冬虫夏草からの抽出物のみからなるものでもよいし、冬虫夏草からの抽出物を製剤化したものでもよい。
【0022】
冬虫夏草からの抽出物は、デキストリン、シクロデキストリン等の薬学的に許容し得るキャリアーその他任意の助剤を用いて、常法に従い、粉末状、顆粒状、錠剤状、液状等の任意の剤形に製剤化して提供することができる。この際、助剤としては、例えば、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、安定剤、矯臭剤等を用いることができる。また、冬虫夏草からの抽出物は、他の組成物に配合して使用できるほか、軟膏剤、外用液剤、貼付剤等として使用することができる。
【0023】
本発明の血管新生促進剤又は創傷治療剤の患者に対する投与方法としては、皮下組織内投与、筋肉内投与、静脈内投与、経口投与、経皮投与等が挙げられるが、疾患の種類に応じて、その治療に好適な方法を適宜選択すればよい。また、本発明の血管新生促進剤又は創傷治療剤の投与量も、疾患の種類、重症度、患者の個人差、投与方法、投与期間等によって適宜増減すればよい。
【0024】
なお、本発明の血管新生促進剤又は創傷治療剤は、必要に応じて血管新生促進作用を有する他の天然抽出物等を、冬虫夏草からの抽出物とともに配合して有効成分として用いることができる。
【0025】
本発明の血管新生促進剤は、冬虫夏草からの抽出物が有する血管新生促進作用を通じて、血管新生を促進することができる。ただし、本発明の血管新生促進剤は、この用途以外にも血管新生促進作用を発揮することに意義のあるすべての用途に用いることができる。
【0026】
本発明の創傷治療剤は、冬虫夏草からの抽出物が有する血管新生促進作用を通じて、血管新生を促進し、それにより、創傷の治療をすることができる。ただし、本発明の創傷治療剤は、この用途以外にも血管新生促進作用を発揮することに意義のあるすべての用途に用いることができる。
【0027】
なお、本発明の血管新生促進剤又は創傷治療剤は、ヒトに対して好適に適用されるものであるが、それぞれの作用効果が奏される限り、ヒト以外の動物に対して適用することもできる。
【実施例】
【0028】
以下、製造例及び試験例を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の各例に何ら制限されるものではない。
【0029】
〔製造例1〕冬虫夏草抽出物の製造
細切りにした冬虫夏草の乾燥物100gに80質量%エタノール1000mLを加え、還流抽出器で80℃にて2時間加熱抽出し、熱時濾過した。残渣についてさらに同様の抽出処理を行った。得られた抽出液を合わせて減圧下に濃縮し、乾燥して冬虫夏草抽出物13gを得た(収率:13%)。
【0030】
〔試験例1〕血管新生促進作用試験
製造例1で得られた冬虫夏草抽出物について、以下のようにして血管新生促進作用を試験した。
【0031】
コラーゲン原液(Cellmatrix type Ia,新田ゼラチン社製)、10×Eagle’s MEM培地(Gibco社製)、及び再構成緩衝液(新田ゼラチン社製)を8:1:1の割合で混合してコラーゲン溶液を調製し、4℃で保存した。新生した血管の長さの測定は、ラット動脈片をコラーゲンゲル中で培養する方法で行った。
【0032】
ウィスター系の雄6〜8週齢のラット(日本クレア社)に、ジエチルエーテルにより麻酔をし、右大腿動脈を切断することにより出血死させた後、胸部大動脈を取り出して1〜1.5mmの長さに切断した。この動脈片を6穴培養プレートに移し、コラーゲンゲル溶液で包埋し、37℃でゲル化させた。ゲル化後、1%ITS+(Becton Dickinson Bioscience社製)を含むRPMI1640培地(Gibco社製)を2mL加えた。製造例1で得られた冬虫夏草抽出物を50質量%エタノールに溶解した所定の濃度の冬虫夏草抽出液(試料溶液)を調製し、当該試料溶液を培養液に加えた。培養は、COインキュベータ中で行った。培養7日目に培地交換を行い、培養9日目に新生した血管の長さを測定した。なお、ポジティブコントロールとして血管内皮増殖因子(VEGF)を用いた。
結果を表1に示す。
【0033】
[表1]
試 料 試料濃度 新生した血管長(μm)
コントロール 715±63
VEGF 10ng/mL 929±64
冬虫夏草抽出液 100μg/mL 1157±134
冬虫夏草抽出液 200μg/mL 1147±68
【0034】
表1に示されるように、冬虫夏草抽出物は、優れた血管新生促進作用を有することが確認された。
【0035】
〔試験例2〕ヒト臍帯静脈由来血管内皮細胞増殖作用試験
製造例1で得られた冬虫夏草抽出物(試料1)について、以下のようにしてヒト臍帯静脈由来血管内皮細胞増殖作用を試験した。
【0036】
5%FBSを含むRPMI1640培地(Gibco社製)を用いてヒト臍帯静脈由来血管内皮細胞(HUVEC)を1.5×10cells/mLの細胞密度になるように希釈した後、96穴プレートに100μLずつ播種した(n=5,6)。1日培養後、製造例1で得られた冬虫夏草抽出物を50質量%エタノールに溶解して調製した所定の濃度の冬虫夏草抽出液(試料溶液)を含む培地に交換し、3日間培養した。培地交換を行い、細胞数を測定するcell counting kit溶液を10μL/穴ずつ加え、450nmの発色を測定した。
【0037】
血管内皮細胞増殖率(%)は、試料無添加時における吸光度(コントロール)を100%として算出した。
結果を表2に示す。
【0038】
[表2]
試 料 試料濃度 血管内皮細胞増殖率(%)
コントロール 100
VEGF 10ng/mL 143
冬虫夏草抽出液 100μg/mL 103
【0039】
表2に示すように、冬虫夏草抽出液は、コントロールに比べヒト臍帯静脈由来血管内皮細胞(HUVEC)の増殖作用を有することが確認された。このことから、冬虫夏草抽出物は、血管新生を促進し得るものと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明の血管新生促進剤及び創傷治療剤は、事故や病気等により生じた創傷の治療又は改善に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
冬虫夏草からの抽出物を有効成分として含有することを特徴とする血管新生促進剤。
【請求項2】
冬虫夏草からの抽出物を有効成分として含有することを特徴とする創傷治療剤。

【公開番号】特開2008−143868(P2008−143868A)
【公開日】平成20年6月26日(2008.6.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−335062(P2006−335062)
【出願日】平成18年12月12日(2006.12.12)
【出願人】(591082421)丸善製薬株式会社 (239)
【Fターム(参考)】