説明

製鋼スラグ粒及びこれを用いた水稲の収量を増加させ、かつ、メタンガスと亜酸化窒素ガスの発生を抑制する方法

【課題】本発明は、水稲の収量を増加させ、かつ、メタンガスと亜酸化窒素ガスの発生を抑制するための製鋼スラグ粒及び方法を提供する。
【解決手段】可給態けい酸を20mg/g以上200mg/g以下かつEDTA溶出鉄を10mg/g以上30mg/g以下含む製鋼スラグ又は該製鋼スラグを破砕して得られる粉体又は該粉体を結合剤により粒状にしたものからなることを特徴とする、水稲の収量を増加させ、かつ、メタンガスと亜酸化窒素ガスの発生を抑制する製鋼スラグ粒、及び、これを用いた水稲の収量を増加させ、かつ、メタンガスと亜酸化窒素ガスの発生を抑制する方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水稲の収量を増加させ、かつ、メタンガスと亜酸化窒素ガスの発生を抑制する製鋼スラグ粒、及び、これを用いた水稲の収量を増加させ、かつ、メタンガスと亜酸化窒素ガスの発生を抑制する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
今後、東南アジアでは人口の増加が予想される。水田における米作は、食糧安定供給のために今後益々重要になるものと考えられる。一方で、近年、地球温暖化対策が危急の課題として国際的に位置づけられている。水田による米作は、食糧である米の安定供給に欠かせない反面、水田土壌に棲息する微生物の働きによって、メタン、亜酸化窒素等の温室効果ガスの発生源にもなっている。これら温室効果ガスの温暖化係数は二酸化炭素が1であるのに対して、メタンは21、亜酸化窒素は310と非常に大きな値となっている。また、食糧の安定供給を図るためにも、水田単位面積当たりの米の収量を増加させることと共に、水田面積の増加が重要になることが考えられる。しかし、一方で、水田面積の増加は、これら温室効果ガスであるメタンと亜酸化窒素の発生量を増加させる可能性も含んでいる。
【0003】
さて、水田からのメタン発生抑制に関しては、これまでに様々な試みが行なわれている。例えば、メタンを発生するメタン生成菌が酸素のない嫌気性環境を好むため、水田の水を一時抜いて、灌水していた水田土壌を、直接空気に曝し、乾燥させる中干しによって、乾燥した土壌に生じたひび割れの効果も含めて、土壌に酸素を供給し、メタン生成菌の活動を抑制してメタン発生を抑制できることが報告されている(非特許文献1)。
【0004】
また、水田土壌に製鉄の副産物である鉄鋼スラグを加えることで、水田土壌からのメタン発生を抑制できることが、非特許文献2〜5に報告されている。
【0005】
例えば、非特許文献2では、水稲のポット試験により、20t/ha〜100t/haの転炉スラグを用いることで、メタン発生が抑制されたことが報告されている。
【0006】
非特許文献3及び5では、CaO 41.8%、SiO 33.5%、Fe 5.4%なる組成を有するけい酸質スラグを1t/ha〜4t/ha用いて、水田からのメタンガス発生の抑制について報告されている。
【0007】
さらに、非特許文献4でも、けい酸質スラグを2t/ha〜10t/ha用いた場合に、メタンガス発生が抑制されるとともに米の収量が増加したことが報告されている。
【0008】
また、水田からの亜酸化窒素の発生抑制に関しては、例えば、非特許文献6において、中干しに引き続き、間断灌漑の水管理により、メタンの発生抑制のみならず、亜酸化窒素の発生抑制にも効果があることが報告されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】環境省地球環境研究総合推進費 研究成果報告書 J94B0230 B−2.メタン・亜酸化窒素の放出源及び放出量の解明に関する研究(1994)
【非特許文献2】Furukawa and Inubushi, Nutrient Cycling in Agroecosystems,64,193−201 (2002)
【非特許文献3】Ali et al., Agriculture Ecosystems & Environment, 128, 21−26(2008)
【非特許文献4】Ali et al., Biol. Fertil Soils,44, 597−604(2008)
【非特許文献5】Ali et al., Agriculture Ecosystems & Environment, 132, 16−22(2009)
【非特許文献6】農業環境技術研究所 農業環境研究成果情報:第19集 水田の間断灌漑水管理・慣行施肥管理は水稲栽培期間中のメタンと亜酸化窒素の発生を共に抑制する (2002)
【非特許文献7】Cai,et al., Soil Sci Plant Nutr., 45, 1 (1999)
【非特許文献8】Cai, et al., Plant and Soil, 196, 7 (1997)
【非特許文献9】Bronson, et al., Soil Sci Soc. Am. J., 61, 981 (1997)
【非特許文献10】Hadi,A., et al., Microbes and Environments, 16, 79−86(2001)
【非特許文献11】Kato,N. and Owa,N., Soil Sci. Plant Nutr., 43, 351−359 (1997)
【非特許文献12】Ishimaru,Y., et al., PNAS 104, 7373−7378 (2007)
【非特許文献13】Nozoe,T., et al., Soil Sci. Plant Nutr., 45, 729−735 (1999)
【非特許文献14】堀口毅、福元達司、日本土壌肥料学雑誌、58、713〜716 (1987)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、これまでに報告されている水田からのメタン発生を抑制する方法に関しては、以下に示す課題があるものと考えられる。先ず、水田の水を一時抜いて、水田土壌を空気に曝すことで、メタン生成菌によるメタン発生を抑制する中干しについてであるが、中干しでは、水田の水を抜いて、水田土壌の表面を直接空気に触れさせる。土壌中にも空気が拡散するため、空気中の酸素によって、表面近傍の水田土壌が嫌気性条件から好気性条件となり、酸化還元電位も上昇する。メタンを発生するメタン生成菌は酸素の無い嫌気性環境を好み、低い酸化還元電位を好むため、中干しをすることで、メタン生成菌によるメタン発生を抑制することが可能である。但し、中干しは、水稲の成長過程に合わせて適切なタイミングで、適切な期間、適切な方法により実施する必要があり、専門的な知識が必要である。例えば、中干しにより、水稲が水ストレスを受け、根の成長を促進する効果がある一方、中干し期間が長過ぎると、乾燥により水稲が倒伏する等の課題がある。また、一般に中干しは田植え後40日頃から行なわれるが、水田から水を完全に抜いて(落水という)数日間から1週間程度、土壌を空気に曝した後、再び水田に水を張り、数日間から1週間程度して再び落水して中干しすることを数回繰り返す。これを間断灌漑という。このように水田の中干しによるメタンの発生抑制には専門的な知識と経験が必要である。さらに東南アジアなどでは灌漑設備が不十分で水管理が容易でない水田が多く、農家は安易な水管理を行なえない。また、中干しは、メタンの発生は抑制できるが、硝化細菌や脱窒菌の作用により、温暖化係数の大きな温室効果ガスである亜酸化窒素の発生を促進してしまう可能性がある。
【0011】
また、鉄鋼スラグを水田土壌に加えることによって、メタンの発生を抑制する方法についてであるが、非特許文献2では、20t/ha〜100t/haの大量の転炉スラグを加えた場合に、メタン発生を抑制できることをポット試験で示している。但し、このような大量の転炉スラグを実際の水田で用いることはコスト的に極めて不利であり、実用化が難しいと考えられる。
【0012】
また、非特許文献3及び5では、けい酸質スラグを水田土壌に1t/ha〜4t/ha加えることで、メタン発生を抑制できることが報告されている。このけい酸質スラグは、報告されている組成から考えて、高炉スラグであると考えられる。
【0013】
非特許文献4では、けい酸質スラグを2t/ha〜10t/ha用いた場合に、メタンガス発生が抑制されると共に、米の収量が増加したことを報告している。但し、非特許文献4のTable 1に記載のけい酸質スラグの組成は、Fe以外の組成は非特許文献3、5と同一の値となっており、しかもActive iron、Free ironの値は、非特許文献3、4、5で一致している。さらに、非特許文献4のTable 1に記載のけい酸質スラグの組成値を合計すると100%を超えてしまうことから、非特許文献4のTable 1に記載のFeの組成値27.6%は誤記であり、正確には、非特許文献3、5と同一の5.4%であるものと考えられる。したがって、非特許文献4で使用されたけい酸質スラグは、非特許文献3、5と同一組成の高炉スラグと考えられる。
【0014】
以上のように、非特許文献3〜5で使用された、水田土壌からのメタン発生抑制に用いられたけい酸質スラグは、高炉スラグであり、数t/haの実用的な使用量でメタン発生の抑制効果が報告されているのは、全て高炉スラグを使用した場合である。ここで、数t/haを実用的な使用量としたのは、例えば、NPK肥料や稲わら、石灰等は一般に数t/haのレベルまでの使用量で一般に施用されるため、ほぼ同程度までの使用量が農家にとって妥当な使用量と考えたからである。
【0015】
製鉄所から発生する鉄鋼スラグは、大きく分けて高炉スラグと製鋼スラグの二種類に分けられる。高炉スラグは銑鉄を造る過程で高炉から発生するのに対して、製鋼スラグは、その後工程の製鋼、即ち、転炉や溶銑予備処理から発生するスラグである。
【0016】
前述のように、非特許文献2では、製鋼スラグの一種である転炉スラグを用いて水田土壌からのメタン発生抑制を報告しているが、転炉スラグの使用量が多過ぎ、実用的ではないと考えられた。しかし、製鋼スラグは、高炉スラグと同様に製鉄工程で発生する副生成物のため、製鋼スラグを用いた水田土壌からのメタン発生抑制と米の収量増加の両立は大きな課題である。
【0017】
また、水田からの亜酸化窒素の発生抑制に関しては、非特許文献6において、中干しに引き続き、間断灌漑の水管理により、メタンの発生抑制のみならず、亜酸化窒素の発生抑制にも効果があることが報告されている。しかし、非特許文献6で引用されているように(非特許文献7、8、9)、中国、フィリピンでの実験結果で、亜酸化窒素が大量に発生する事例も報告されており、中干しに引き続く間断灌漑の水管理のみで亜酸化窒素の抑制を実施することは、メタンの発生抑制と同様に、土壌や環境条件に抑制効果が依存することが報告されている。
【0018】
亜酸化窒素は、好気性微生物である硝化細菌の作用によっても(非特許文献10)、また、嫌気性微生物である脱窒菌の作用によっても発生し得る。メタン発生が低い酸化還元電位を好む嫌気性微生物のメタン生成菌の作用によるものであり、中干しにより土壌に酸素を供給してメタン生成菌の作用を阻害すれば効果が上がることが想定されるのに対して、中干しは好気性微生物の硝化細菌を活性化して亜酸化窒素の発生を高める可能性も有り、水管理のみで亜酸化窒素の発生を抑制することは難しいと考えられる。以上のように、水田からの亜酸化窒素抑制方法に関しても、確立された技術がないのが現状である。
【0019】
そこで、本発明は、上記のような従来技術の状況を鑑み、水稲の収量を増加させ、かつ、メタンガスと亜酸化窒素ガスの発生を抑制するための製鋼スラグ粒及び方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
上記課題を解決するため鋭意検討を行った結果、以下のように、水稲の収量を増加させ、かつ、メタンガスと亜酸化窒素ガスの発生を抑制することが可能な製鋼スラグ粒を開発することに成功し、本発明を完成させた。
(1)可給態けい酸を20mg/g以上200mg/g以下かつEDTA溶出鉄を10mg/g以上30mg/g以下含む製鋼スラグ又は該製鋼スラグを破砕して得られる粉体又は該粉体を結合剤により粒状にしたものからなることを特徴とする、水稲の収量を増加させ、かつ、メタンガスと亜酸化窒素の発生を抑制する製鋼スラグ粒。
(2)前記製鋼スラグの組成が質量%にて、Fe:10%以上30%以下、SiO:10%以上30%以下、MnO:2%以上10%以下、全硫黄分(T−S):0.5%以下(0%を含む)、CaO:20%以上50%以下、P:1.5%以上5%以下、MgO:1%以上8%以下であることを特徴とする(1)に記載の水稲の収量を増加させ、かつ、メタンガスと亜酸化窒素の発生を抑制する製鋼スラグ粒。
(3)前記製鋼スラグ粒の粒径が10mm以下であることを特徴とする、(1)又は(2)に記載の水稲の収量を増加させ、かつ、メタンガスと亜酸化窒素の発生を抑制する製鋼スラグ粒。
(4)(1)〜(3)のいずれかに記載の製鋼スラグ粒を、水田土壌に0.5t/ha以上5t/ha以下施用することにより、水稲の収量を増加させ、かつ、メタンガスと亜酸化窒素ガスの発生を抑制する方法。
(5)前記水田土壌の初期pHが、4以上6.5以下であることを特徴とする(4)に記載の水稲の収量を増加させ、かつ、メタンガスと亜酸化窒素ガスの発生を抑制する方法。
(6)前記製鋼スラグ粒を耕起前及び/又は代掻き以前に施用することを特徴とする(4)又は(5)に記載の水稲の収量を増加させ、かつ、メタンガスと亜酸化窒素ガスの発生を抑制する方法。
【発明の効果】
【0021】
本発明により、製鋼スラグ粒を用いて、水田土壌を改質し、水稲の収量を増加させ、かつ、メタンガスと亜酸化窒素ガスの発生を抑制することが可能になるため、製鉄副産物を利用して、水田耕作による地球温暖化を抑制しつつ、食糧の安定供給を図ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0022】
先ず、本発明で使用する製鋼スラグについて説明する。
【0023】
製鋼スラグは、製鉄工程において、転炉スラグ、溶銑予備処理スラグ、脱りんスラグ等として得られるものである。本発明では、可給態けい酸の含有量が 20mg/g以上200mg/g以下であり、かつEDTA溶出鉄の含有量が10mg/g以上30mg/g以下である製鋼スラグを用いる。より好ましくは、質量%で、Fe:10%以上30%以下、SiO:10%以上30%以下、MnO:2%以上10%以下、全硫黄分(T−S):0.5%以下(0%を含む)、CaO:20%以上50以下、P:1.5%以上5%以下、MgO:1%以上8%以下なる組成を有する製鋼スラグを用いる。
【0024】
まず、可給態けい酸についてであるが、可給態けい酸の含有量分析では、いろいろな可給態けい酸の溶出条件が報告されている。本発明では、陽イオン交換樹脂抽出法(非特許文献11)を用いた場合の可給態けい酸の含有量を表す。尚、前記陽イオン交換樹脂法に関する非特許文献11では、陽イオン交換樹脂として、アンバーライトIRC−50を用いることが報告されているが、製造が中止されている。そこで代替品として、類似のpK値を有する陽イオン交換樹脂、例えばアンバーライトFPC3500を用いることができる。
【0025】
可給態けい酸は、水稲に吸収される化学形態のけい酸を意味する。一般に製鋼スラグの組成を表す際に示される前記SiOとは異なる。したがって、スラグの組成のSiOは一つの目安にすぎず、実際に植物に吸収され得る可給態けい酸のスラグ中の含有量が重要である。製鋼スラグは高炉スラグと比較して、可給態けい酸の含有量が高い特長を有する。
【0026】
可給態けい酸は、水稲に根から取り込まれることによって、水稲の茎を丈夫にして倒伏を予防する効果がある。また、葉の直立性を増し、日光の葉での受光を増し、光合成を高める効果もある。更にこれらの効果により、可給態けい酸は、米の収量を増加させる効果がある。
【0027】
さらに、水田に施用された製鋼スラグから供給される可給態けい酸は、水稲の根から吸収される以外にも、水田の水中、主に土壌表面に生息する珪藻の増殖を促進する効果も有する。珪藻は光合成によって水田土壌表面に酸素を供給することが出来る。このため水田の土壌表面が好気性の環境条件となって、酸化還元電位の低下を抑制し、嫌気性微生物であるメタン生成菌によるメタン発生を抑制する効果がある。
【0028】
製鋼スラグの可給態けい酸の含有量が20mg/g未満の場合、水田土壌に例えば5t/haのように想定される最大量、製鋼スラグを施用した場合であっても、水稲の収量を高める効果が認められなくなる。また、水田の水中に生息する珪藻への可給態けい酸の供給による増殖効果についても期待できなくなる。したがって、水田土壌に施用する製鋼スラグの可給態けい酸の含有量が20mg/g以上が必要である。
【0029】
また、製鉄プロセスで得られる製鋼スラグの可給態けい酸を種々分析した結果、最高値で200mg/gであった。したがって、200mg/gを超える可給態けい酸を含有する製鋼スラグは製鉄プロセスでは容易には入手できない。したがって、本発明で使用する製鋼スラグの可給態けい酸の含有量を20mg/g以上200mg/g以下とした。
【0030】
次に、EDTA溶出鉄についてであるが、製鋼スラグに含まれる鉄は、一般にFe、FeO等の化学形態を取っており、水田土壌に施用しても容易には溶出せず、稲の根からも吸収されない。しかし、水田の土壌微生物により発生した有機酸による酸性化や、水稲の根が分泌するムギネ酸等の根酸による酸性化によって製鋼スラグからの三価鉄イオンや二価鉄イオンの溶出を促進する。三価の鉄イオンは中性からアルカリ性で、二価の鉄イオンはアルカリ性で水酸化物としてそれぞれ沈澱してしまう。しかし、水稲の根が分泌するムギネ酸等の根酸や、土壌有機物に含まれる腐植物質であるフルボ酸等は、溶出した三価鉄イオンや二価鉄イオンをキレートして安定に保つことができる。特に、水稲の根が分泌するムギネ酸等の根酸は、製鋼スラグから溶出した三価鉄イオンをキレートして、根からの鉄の吸収を促進する。また、最近、水稲の根では、前記三価鉄イオン−ムギネ酸以外にも、二価鉄イオンが直接根に吸収される機構も存在することが明らかにされている。(非特許文献12)
さらに、水田土壌中において、酸素が全くない嫌気性条件では、硫酸塩還元菌が硫化水素を発生することにより水稲の根の成長を著しく阻害すると共に、発生した硫化水素の作用によって、さらに土壌中が低い酸化還元電位の嫌気性環境となり、低い酸化還元電位の嫌気性環境を好むメタン生成菌の増殖を促進し、メタン生成が促進される恐れがある。しかし、製鋼スラグを施用することにより、製鋼スラグから溶出した鉄が硫化物イオンと効率よく結合して硫化鉄となる結果、硫化水素による水稲の根の成長阻害を防止でき、根の成長を促進することができる。さらに、水稲の根を通じて、水稲の地上部から酸素が地中に供給され、メタン生成菌が好む嫌気性条件になることを抑制することで、メタンガス発生を抑制する効果も期待できる。
【0031】
前記のように、製鋼スラグから溶出してくる鉄の含有量を評価するためには、ムギネ酸等の根酸等によりキレートされ得る鉄の含有量を分析することが理想的であるが、水稲の根から分泌される根酸について解明されたものは僅かであり、かつ単離精製や入手も極めて困難である。そこで、本発明で使用する製鋼スラグは、非特許文献13に報告されているように、EDTAで溶出される鉄含有量を用いて分析し、EDTA溶出鉄の含有量が10mg/g以上30mg/g以下である製鋼スラグを用いる。
【0032】
EDTA溶出鉄の含有量が10mg/g未満の場合、水田土壌に例えば5t/haのように想定される最大量、製鋼スラグを施用した場合であっても、水稲の根からの吸収に必要な量の鉄を供給できない。また、水田土壌の地中で硫酸塩還元菌により発生する硫化水素を硫化鉄にして無害化するのに十分な量の鉄を供給できず、根の成長を阻害する可能性がある。したがって、EDTA溶出鉄の含有量は10mg/g以上が必要である。また、水稲に鉄を過剰に供給すると、水稲に鉄毒性が現れることが報告されている。EDTA溶出鉄の含有量が30mg/gの場合、5t/haのように想定される最大量、製鋼スラグを施用した場合であっても、水稲に鉄毒性がないことを試験により確認した。したがって、本発明で用いる製鋼スラグのEDTA溶出鉄の含有量は10mg/g以上30mg/g以下とした。
【0033】
尚、可給態けい酸及びEDTA溶出鉄の含有量の調整方法についてであるが、製鉄の過程で出る溶銑予備処理スラグ、転炉スラグ、二次精錬スラグ等を適宜組み合わせて所望の含有量になるように調整することが可能である。
【0034】
次に、本発明で使用する水田土壌改質用製鋼スラグの可給態けい酸、EDTA溶出鉄以外の組成について説明する。
【0035】
製鋼スラグは鉄をFe、FeO等として含むが、通常組成を表す場合には、Feとして表記する。したがって、製鋼スラグの鉄の含有量について、前記EDTA溶出鉄の含有量まで分析されておらず、一般的にはFe含有量が鉄の組成値として判っている場合が多い。したがって、Fe含有量によってEDTA溶出鉄の分析を実施するか否かの目安となる値を知ることが重要である。製鋼スラグのFeの含有量が10質量%未満の場合には、水田で想定される最大施用量の5t/ha製鋼スラグを施用した場合であっても、水稲の収量増加と水田からのメタンガスと亜酸化窒素ガス発生抑制に必要な十分量のEDTA溶出鉄を供給できない可能性が高い。したがって、製鋼スラグのFeの含有量は、10質量%以上であることが好ましい。一方、Feの含有量が30質量%を超えるような製鋼スラグは製鉄工程で殆ど発生せず、入手が困難である。したがって、Fe:10質量%以上30質量%以下の製鋼スラグを用いることが好ましい。
【0036】
尚、製鋼スラグの鉄の含有量は、塩化チタン(III )還元二クロム酸カリウム滴定法で、全鉄分を測定し、Feとして計算により算出される。
【0037】
次に、Mnについて説明する。Mnは、製鋼スラグ中で主にMnOとして存在する。水田土壌では酸素が不足しており、一般に嫌気性条件のため、例えば、硫酸塩還元菌が発生する硫化水素等の影響によって、酸化還元電位が低下しがちである。しかし、多価のマンガンイオンは、酸化力があるため、水田土壌の酸化還元電位を高める作用がある。メタンを発生するメタン生成菌は、嫌気性微生物で、低い酸化還元電位を好む。製鋼スラグから供給されるマンガン酸化物由来の多価のマンガンイオンによって、水田土壌の酸化還元電位を高め、メタン生成菌によるメタン生成を防止することが可能である。MnO含有量が2質量%未満の場合には、水田土壌の酸化還元電位を上昇させるのに十分な多価マンガンの溶出が起こらない可能性がある。したがって、マンガン含有量は2質量%以上であることが好ましい。また、MnO含有量が10質量%を超える製鋼スラグは、製鉄工程で殆ど発生しないため、入手が困難である。したがって、MnO含有量は2質量%以上10質量%以下が好ましい。尚、過剰量のマンガンは、非特許文献14に報告されているように、マンガン過剰症の原因になることがあるため、留意する必要がある。
【0038】
製鋼スラグに含まれるMnOの含有量は、例えば、蛍光X線分析法により測定可能である。
【0039】
次に、Siについて説明する。Siは、製鋼スラグ中で主にSiOとして存在する。製鋼スラグは、水稲が吸収し易い可給態けい酸を溶出するので、水稲の茎や葉を丈夫にして倒伏を予防することで、米の収量を増加させる肥料効果がある。また、製鋼スラグは、可給態のけい酸を多く含むため、水を張った水田の土壌表面で珪藻の生育を促進し、珪藻による光合成によって水田土壌表面に酸素を供給することが出来、好気性の環境条件となって、酸化還元電位の低下を抑制し、メタン生成菌によるメタン発生を抑制する作用がある。SiO含有量が10質量%未満の製鋼スラグでは、溶出する可給態のけい酸の量が少なくなるため、水を張った水田の土壌表面で珪藻の生育を促進する効果が期待でき難い。また、SiO含有量が30質量%を超えるような製鋼スラグは、製鉄工程で殆ど発生しないため、入手することが容易でない。したがって、SiO含有量は10質量%以上30質量%以下が好ましい。
【0040】
尚、製鋼スラグに含まれるSiOの含有量は、例えば、蛍光X線分析法により測定可能である。
【0041】
次に、Sについて説明する。Sは、製鋼スラグには殆ど含まれない。但し、脱硫スラグとして硫化物S2−の含有量を高めた製鋼スラグがある。S2−は、強力な還元剤であり、水田土壌の酸化還元電位を低下させることにより、低い酸化還元電位の環境を好むメタン生成菌によるメタンガス発生を促進する可能性が懸念される。したがって、本発明では、このようなS2−による悪影響を防止するため、製鋼スラグのT−S含有量を、0.5質量%以下とした。0.5質量%を超える場合、S2−の還元力により、酸化還元電位が低下してメタン生成菌によるメタン発生が抑制できなくなるおそれがある。
【0042】
尚、製鋼スラグに含まれるT−Sの含有量は、例えば、酸素気流中高周波加熱燃焼−赤外線吸収法により測定可能である。
【0043】
次に、Caについて説明する。一般に、製鋼スラグに含まれるCaはCaOの組成で表される。CaOに関しては、CaO含有量が20質量%未満の製鋼スラグ、あるいは、CaO含有量が50質量%を超える製鋼スラグは、製鉄工程で殆ど発生しないため、入手が困難である。CaOは、スラグによるアルカリ性の主要な原因成分である。尚、製鋼スラグに含まれるCaOの含有量は、例えば、蛍光X線分析法により測定可能である。
【0044】
前記各成分の他に、製鋼スラグに含まれる成分として、リン(P)、マグネシウム(Mg)、等がある。これらについて説明する。
【0045】
リン(P)は、製鋼スラグで主にPとの組成として表される。リンは水稲の肥料成分として重要である。P含有量が1.5質量%未満の製鋼スラグ、あるいは、P含有量が5質量%を超える製鋼スラグは、製鉄工程で殆ど発生しないため、入手が困難である。したがって、P含有量は1.5質量%以上5質量%以下となる。尚、製鋼スラグに含まれるPの含有量は、例えば、蛍光X線分析法により測定可能である。
【0046】
次に、Mgについて説明する。製鋼スラグでは、MgはMgOの組成で表される。
【0047】
MgOに関しては、MgO含有量が1質量%未満の製鋼スラグ、あるいは、MgO含有量が8質量%を超える製鋼スラグは、製鉄工程で殆ど発生しないため、入手が困難である。したがって、MgO含有量は1質量%以上8質量%以下となる。尚、製鋼スラグに含まれるMgOの含有量は、例えば、蛍光X線分析法により測定可能である。
【0048】
本発明で水田土壌に施用する製鋼スラグの形態についてであるが、製鋼スラグのままでもよいが、製鋼スラグを破砕して得られる粉体、もしくは、製鋼スラグを破砕して得られる粉体を結合剤により粒状にしたものでもよい。結合剤は、肥料の造粒に用いるものであれば、どのようなものでもかまわないが、例えば、リグニンスルホン酸がある。本発明では水田へ施用する製鋼スラグあるいは製鋼スラグを破砕して得られる粉体あるいは製鋼スラグを破砕して得られる粉体を結合剤により粒状にしたものを製鋼スラグ粒と記す。尚、製鋼スラグ粒の粒径は、製鋼スラグ含有成分の溶出効率が高いことと、水田土壌で代掻き等農作業を実施する際の操作性が良いことから、小さな粒径ほど好ましいため、製鋼スラグ粒の粒径は10mm未満であることが望ましい。
【0049】
次に、本発明の組成の水田土壌改質用製鋼スラグ粒を水田土壌に加える量についてであるが、水田からのメタン及び亜酸化窒素の発生を抑制し、かつ、米の収量を増加させようとする場合には、本発明の組成の水田土壌改質用製鋼スラグ粒を水田土壌に0.5t/ha以上5t/ha以下加えることが必要である。非特許文献2では、20t/ha以上の転炉スラグを土壌に加えることによりメタン発生抑制効果があったことが報告されている。しかし、本発明では、非特許文献2に比べて、製鋼スラグの使用量は1/4以下の使用量で十分であり、コスト的に優位である。
【0050】
本発明の組成の水田土壌改質用製鋼スラグ粒を水田土壌に0.5t/ha未満加える場合には、溶出する鉄分によるメタン発生抑制効果や亜酸化窒素発生抑制効果が小さくなる。また、可給態けい酸の溶出と、けい酸の水稲への吸収により、米の収量を増加する効果も小さくなる。一方、本発明の組成の水田土壌改質用製鋼スラグ粒を水田土壌に5t/haを超える量加えるために、使用する製鋼スラグ粒に要するコストが多く掛かってしまう。したがって、水田からのメタン及び亜酸化窒素の発生を抑制し、かつ、米の収量を増加させようとする場合には、本発明の組成の水田土壌改質用製鋼スラグ粒を水田土壌に0.5t/ha以上5t/ha以下加えることとする。
【0051】
次に、製鋼スラグ粒を加える水田土壌の初期pHについてであるが、pH4以上6.5以下であることが好ましい。製鋼スラグは、含有するCaOの作用によりアルカリ性にする効果があるため、元の水田土壌のpHが6.5より高い場合、水稲の生育に適さないアルカリ性の環境になる可能性がある。また、pH4より低いpHの土壌では、本発明の組成の水田土壌改質用製鋼スラグ粒を用いても、水稲の生育に適したpH5以上6.5以下にすることが困難となる可能性がある。このため、製鋼スラグ粒を加える水田土壌のpHは、pH4以上6.5以下とすることが好ましい。尚、土壌の初期pHが前記pHの範囲外であっても、湛水後に土壌微生物による呼吸や、空気から溶け込んだCOにより供給されるHCOの作用により、中性化するため、本発明の水田土壌改質用製鋼スラグ粒を水田に適用することが可能である。
【0052】
次に、水田土壌改質用製鋼スラグ粒を水田土壌に加える時機について説明する。前述のように製鋼スラグから溶出した鉄が三価の鉄イオンの形態でいる場合に、ムギネ酸等の根酸によってキレートされ、根に吸収され易くなる。したがって、製鋼スラグを水田土壌に施用後、耕起、あるいは、代掻きで地中に十分量の酸素を供給することが重要である。したがって、耕起及び/又は代掻き以前に水田土壌に加えることが好ましい。また、鉄分の溶出に十分時間を取ることが重要であり、好ましくは、耕起及び/又は代掻きの2週間以上前までに、より好ましくは1ヶ月間以上前までに水田土壌に加えることがより好ましい。
【0053】
なぜならば、耕起や、代掻きによって、水田土壌中に空気中の酸素が十分供給されるため、溶出した二価鉄イオンが、空気中の酸素、あるいは鉄酸化細菌の作用によって、三価鉄イオンに酸化され易くなるからである。三価の鉄イオンは、酸化剤であり、電子受容体として機能できる。水田土壌では酸素が不足しており、一般に嫌気性条件のため、例えば、硫酸塩還元菌が発生する硫化水素等の影響によって、酸化還元電位が低下しがちである。しかし、三価の鉄イオンは酸化力があるため、水田土壌の酸化還元電位を高める作用がある。メタンを発生するメタン生成菌は、嫌気性微生物で、低い酸化還元電位を好む。したがって、酸化剤として作用する三価の鉄イオンによって、水田土壌の酸化還元電位を高め、メタン生成菌によるメタン生成を防止することが可能となるのである。
【0054】
また、温室効果ガスである亜酸化窒素を発生する微生物として、好気性微生物の硝化細菌と、嫌気性微生物の脱窒菌が知られている。
【0055】
硝化細菌は、好気性微生物であり、電子受容体として酸素を必要とする。しかし、製鋼スラグから供給される三価鉄イオンの酸化力は、酸素の酸化力より小さく、硝化細菌は、三価の鉄イオンを電子受容体として利用できない。メタン発生抑制効果が報告されている中干しでは、土壌に酸素を供給するため、硝化細菌の活性により、亜酸化窒素の発生促進が問題になっている(非特許文献10)。
【0056】
また、脱窒菌による亜酸化窒素の発生については、水田土壌では窒素肥料として硫安や尿素等が主に用いられるため、尿素も微生物分解されてアンモニア態窒素が肥料成分となる。したがって、硝化細菌の働きにより、硝酸態窒素や亜硝酸態窒素が生成することで、初めて脱窒菌の基質が得られることになる。したがって、本発明の方法では、中干しによる酸素供給とは異なり、三価鉄イオンの供給により、硝化細菌の増殖と活性は抑制されるため、結果として脱窒菌による亜酸化窒素発生も抑制する効果がある。
【0057】
尚、本発明の組成の水田土壌改質用製鋼スラグ粒を水田土壌に加えることにより、水稲の茎数が増加する効果や稲体の高さが増加する効果も期待できる。このような稲穂形成前の稲体の成長促進によって窒素(N)肥料が不足して、その後の米の収量増加につながらない場合も想定される。この対策として、田植え前に基肥として窒素(N)、りん(P)、カリ(K)を加えることは基より、例えば、水稲の葉色をLeaf Color ChartやSPADメーター等によりチェックして、窒素(N)肥料中心に適宜、追肥することが好ましい。但し、窒素(N)肥料を入れ過ぎると、亜酸化窒素の発生原因となるので、注意を要する。
【実施例】
【0058】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれら実施例にその技術的範囲が限定されるものではない。
【0059】
{実施例1}米収量、メタン、亜酸化窒素の発生への影響に関する水田試験
各5m×4mの水田に、表1に記載の11種類の製鋼スラグ粒で粒径が10mm以下のものを0.1t/ha、0.5t/ha、5t/ha、10t/ha撒いた。使用した製鋼スラグの組成はいずれも、質量%にて、Fe:10%以上30%以下、SiO:10%以上30%以下、MnO:2%以上10%以下、全硫黄分(T−S):0.5%以下(0%を含む)、CaO:20%以上50%以下、P:1.5%以上5%以下、MgO:1%以上8%以下を満たすものを用いた。また、対照区として製鋼スラグ粒を撒かない水田も用意した。尚、水田土壌の初期pHはpH6であった。
【0060】
2週間後、耕起と代掻きをして、さらに2週間後、水稲苗を植えて田植えして湛水して、NPK肥料(園芸元気肥料 8−8−8 日本ダイホスカ)を1t/haずつ施肥し、水稲を生育させた。1週間毎に縦40cm×横40cm×高さ100cmのアクリル製チャンバーを用いて稲体をチャンバーで15分間覆い、5分間隔で内部の気体を採取し、水素炎イオン化検出器付きガスクロマトグラフを用いてメタン発生量を、また電子捕獲検出器付きガスクロマトグラフを用いて亜酸化窒素発生量を測定した。チャンバー法による気体の採取は、時刻を揃えて午前中から午後2時までに実施した。また、4ヶ月後に収穫した米の収量(14%湿質量)を測定した。
【0061】
表2は、米の収量(14%湿質量)の試験結果である。表2は、水稲1作当たりに発生したメタン発生量を、製鋼スラグ粒を施用しない場合(対照区)のメタン発生量の試験結果を1として表した、各製鋼スラグ粒を施用した場合のメタン発生量の試験結果である。表3は、水稲1作当たりに発生した亜酸化窒素発生量を、製鋼スラグ粒を施用しない場合(対照区)の亜酸化窒素の発生量の試験結果を1として表した、各製鋼スラグ粒を施用した場合の亜酸化窒素発生量の試験結果である。
【0062】
表2の結果より、可給態けい酸の含有量が20mg/g以上200mg/g以下であり、かつ、EDTA溶出鉄の含有量が10mg/g以上30mg/g以下である製鋼スラグ粒の1〜6では、0.5t/ha、5t/haの水田への施用により、収量(14%湿質量)が5t/ha以上となり、無施用の対照区の収量4.5t/haと比較して増収となった。さらに、表3、表4の結果より、無施用の対照区と比較して、メタン発生量の抑制と、亜酸化窒素発生の抑制が確認できた。但し、製鋼スラグ粒1〜6を0.1t/ha施用した場合については、無施用の対照区と比較して、殆ど増収が確認できなかった。また、製鋼スラグ粒1〜6を10t/ha施用した場合については、5t/ha施用した場合と比較して、収量が増加しなかった。製鋼スラグ粒10t/ha施用は5t/ha施用と比較してコスト的に不利である。
【0063】
また、可給態けい酸の含有量が20mg/g未満である製鋼スラグ粒9、10、11については、0.1t/ha、0.5t/ha、5t/ha、10t/ha施用のいずれの場合も、無施用の対照区に対して、明確な増収効果はみられなかった。
【0064】
また、EDTA溶出鉄についは、EDTA溶出鉄の含有量が30mg/gを越える40mg/gの製鋼スラグ粒7、9について、0.1t/ha、0.5t/ha、5t/ha、10t/ha施用のいずれの場合も、無施用の対照区に対して、明確な増収効果はみられなかった。また、EDTA溶出鉄の含有量が10mg/g未満の5mg/gである製鋼スラグ粒8についても、0.1t/ha、0.5t/ha、5t/ha、10t/ha施用のいずれの場合も、無施用の対照区に対して、明確な増収効果はみられなかった。
【0065】
以上の結果より、可給態けい酸を20mg/g以上200mg/g以下かつEDTA溶出鉄を10mg/g以上30mg/g以下含む製鋼スラグ粒により、水稲の収量増加と、メタン発生抑制、亜酸化窒素発生抑制が確認できた。
【表1】

【表2】

【表3】

【表4】

{実施例2}水田土壌のpH
土壌の初期pHがそれぞれ3.5、4、4.5、5.5、6.5、7である各5m×4mの水田に、表1に記載の1の製鋼スラグ粒で粒径が10mm以下のものを2t/ha撒いた。使用した1の製鋼スラグ粒の組成は、表1に記載のように、質量%にて、Fe:10%以上30%以下、SiO:10%以上30%以下、MnO:2%以上10%以下、全硫黄分(T−S):0.5%以下(0%を含む)、CaO:20%以上50%以下、P:1.5%以上5%以下、MgO:1%以上8%以下を満たすものである。
【0066】
2週間後、耕起と代掻きをして、さらに2週間後、水稲苗を植えて田植えして湛水して、NPK肥料(園芸元気肥料 8−8−8 日本ダイホスカ)を1t/ha施肥し、水稲を生育させた。約4ヶ月後に収穫した米の収量(14%湿質量)を測定した。
【0067】
表5は米の収量(14%湿質量)の試験結果である。
【0068】
水田土壌のpHが4、4.5、5.5、6.5の場合には5t/ha以上のよい収量が得られたが、水田土壌のpHが3.5と7の場合には収量はそれぞれ3.8t/ha、4.1t/haと相対的に低い収量となった。したがって、pH4以上pH6.5以下の水田土壌に製鋼スラグ粒を施用することが望ましいことが確認された。
【0069】
尚、メタンガスと亜酸化窒素ガスの発生に関しては、実施例1と同様に、製鋼スラグ粒の施用により、いずれもその抑制効果は確認された。
【表5】

{実施例3}製鋼スラグ粒を水田土壌に施用する時期に関する試験
各5m×4mの水田に、耕起の2か月前、耕起の2週間前、耕起時(田植えの2週間前)、田植え時、田植えの2週間後の異なる5つの時期に、表1に記載の2の製鋼スラグ粒で粒径が10mm以下のものをそれぞれ2t/ha撒いた。使用した2の製鋼スラグ粒の組成は、表1に記載のように、質量%にて、Fe:10%以上30%以下、SiO:10%以上30%以下、MnO:2%以上10%以下、全硫黄分(T−S):0.5%以下(0%を含む)、CaO:20%以上50%以下、P:1.5%以上5%以下、MgO:1%以上8%以下を満たすものである。また、対照区として製鋼スラグ粒を施用しない場合についても同様に試験実施した。水田土壌の初期pHは5.6であった。
【0070】
水稲苗を植えて田植えして湛水して、NPK肥料(園芸元気肥料 8−8−8 日本ダイホスカ)を1t/ha施肥し、水稲を生育させた。1週間毎に縦40cm×横40cm×高さ100cmのアクリル製チャンバーを用いて稲体をチャンバーで15分間覆い、5分間隔で内部の気体を採取し、水素炎イオン化検出器付きガスクロマトグラフを用いてメタン発生量を、また電子捕獲検出器付きガスクロマトグラフを用いて亜酸化窒素発生量を測定した。チャンバー法による気体の採取は、時刻を揃えて午前中から午後2時までに実施した。また、約4ヶ月後に収穫した米の収量(14%湿質量)を測定した。
【0071】
表6は米の収量(14%湿質量)の試験結果である。収量は、製鋼スラグ粒を耕起の2か月前に施用した場合が5.6t/ha、耕起の2週間前に施用した場合が5.3t/ha、耕起時(田植えの2週間前)に施用した場合が5.1t/ha、田植え時に施用した場合が4.3t/ha、田植えの2週間後に施用した場合が4.1t/haであった。これに対して、製鋼スラグ粒を施用しない対照区では3.8t/haであった。
【0072】
表7は水稲1作当たりに発生したメタン発生量である。表8は水稲1作当たりに発生した亜酸化窒素発生量である。メタン発生量、亜酸化窒素発生量共に、製鋼スラグ粒を施用した場合は、施用しない対照区と比較して発生量の抑制が確認された。また、メタン発生量、亜酸化窒素発生量共に、田植え時、田植え後2週間後に製鋼スラグ粒を施用した場合よりも、耕起2か月前、耕起2週間前、耕起時に施用した場合の方が、発生量が抑制されることが確認された。
【0073】
以上の結果より、製鋼スラグ粒の水田土壌への施用は耕起以前であることが望ましいことが確認された。
【表6】

【表7】

【表8】

{実施例4}製鋼スラグ粒の粒径の影響に関する試験
各5m×4mの水田に、表1に記載の1の製鋼スラグ粒で粒径が10mm以下、10mmより大きく25mm以下、25mmより大きいものの3種類について、それぞれ2t/haまいた。使用した1の製鋼スラグ粒の組成は、表1に記載のように、質量%にて、Fe:10%以上30%以下、SiO:10%以上30%以下、MnO:2%以上10%以下、全硫黄分(T−S):0.5%以下(0%を含む)、CaO:20%以上50%以下、P:1.5%以上5%以下、MgO:1%以上8%以下を満たすものである。水田土壌の初期pHは4.8であった。また、対照区として製鋼スラグ粒を施用しない場合についても同様に試験実施した。
【0074】
1ケ月後、耕起と代掻きをして、さらに2週間後、水稲苗を植えて田植えをして湛水し、NPK肥料(園芸元気肥料 8−8−8 日本ダイホスカ)を1t/ha施肥し、水稲を生育させた。1週間毎に縦40cm×横40cm×高さ100cmのアクリル製チャンバーを用いて稲体をチャンバーで15分間覆い、5分間隔で内部の気体を採取し、水素炎イオン化検出器付きガスクロマトグラフを用いてメタン発生量を、また電子捕獲検出器付きガスクロマトグラフを用いて亜酸化窒素発生量を測定した。チャンバー法による気体の採取は、時刻を揃えて午前中から午後2時までに実施した。また、4ヶ月後に収穫した米の収量(14%湿質量)を測定した。
【0075】
表9は米の収量(14%湿質量)の試験結果である。
【0076】
製鋼スラグ粒で粒径が10mm以下のものを施用した場合には、5.3t/haの収穫が得られたのに対して、粒径が10mmより大きく25mm以下、25mmより大きいものを施用した場合の収量はそれぞれ4.2t/ha、3.8t/haであった。これに対して、製鋼スラグ粒を施用しない対照区では3.5t/haであった。
【0077】
表10は水稲1作当たりに発生したメタン発生量である。表11は水稲1作当たりに発生した亜酸化窒素発生量である。メタン発生量、亜酸化窒素発生量共に、製鋼スラグ粒を施用した場合は、施用しない対照区と比較して発生量の抑制が確認された。また、メタン発生量、亜酸化窒素発生量共に、製鋼スラグ粒の粒径が10mm以下のものを施用した場合には、製鋼スラグ粒の粒径が10mmより大きな製鋼スラグ粒を施用した場合よりも、発生量が抑制されることが確認された。
【0078】
以上の結果により、粒径が10mm以下の製鋼スラグ粒を施用することが望ましいことが確認された。
【表9】

【表10】

【表11】

【産業上の利用可能性】
【0079】
本発明により、製鋼スラグ粒を用いて、水田土壌を改質し、水稲の収量を増加させ、かつ、メタンガスと亜酸化窒素ガスの発生を抑制することが可能になるため、製鉄副産物を利用して、水田耕作による地球温暖化を抑制しつつ、食糧の安定供給を図ることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
可給態けい酸を20mg/g以上200mg/g以下かつEDTA溶出鉄を10mg/g以上30mg/g以下含む製鋼スラグ又は該製鋼スラグを破砕して得られる粉体又は該粉体を結合剤により粒状にしたものからなることを特徴とする、水稲の収量を増加させ、かつ、メタンガスと亜酸化窒素の発生を抑制する製鋼スラグ粒。
【請求項2】
前記製鋼スラグの組成が質量%にて、Fe:10%以上30%以下、SiO:10%以上30%以下、MnO:2%以上10%以下、全硫黄分(T−S):0.5%以下(0%を含む)、CaO:20%以上50%以下、P:1.5%以上5%以下、MgO:1%以上8%以下であることを特徴とする請求項1に記載の水稲の収量を増加させ、かつ、メタンガスと亜酸化窒素の発生を抑制する製鋼スラグ粒。
【請求項3】
前記製鋼スラグ粒の粒径が10mm以下であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の水稲の収量を増加させ、かつ、メタンガスと亜酸化窒素の発生を抑制する製鋼スラグ粒。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の製鋼スラグ粒を、水田土壌に0.5t/ha以上5t/ha以下施用することにより、水稲の収量を増加させ、かつ、メタンガスと亜酸化窒素ガスの発生を抑制する方法。
【請求項5】
前記水田土壌の初期pHが、4以上6.5以下であることを特徴とする請求項4に記載の水稲の収量を増加させ、かつ、メタンガスと亜酸化窒素ガスの発生を抑制する方法。
【請求項6】
前記製鋼スラグ粒を耕起前及び/又は代掻き以前に施用することを特徴とする請求項4又は5に記載の水稲の収量を増加させ、かつ、メタンガスと亜酸化窒素ガスの発生を抑制する方法。

【公開番号】特開2012−100541(P2012−100541A)
【公開日】平成24年5月31日(2012.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−248938(P2010−248938)
【出願日】平成22年11月5日(2010.11.5)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【出願人】(304021831)国立大学法人 千葉大学 (601)
【出願人】(000002129)住友商事株式会社 (42)
【Fターム(参考)】