説明

走行物体の温度計測方法

【目的】 操業に外乱を与えることなく、走行中の物体の温度を比較的低温でも精度良く計測できる方法を提供する。
【構成】 温度計測素子1とそれより熱容量の大きな裏打ち材2を有する温度検出ヘッド10を、走行中の測定対象3に追随させて接触させ、温度計測素子1の温度θ1(t)およびその初期値T0、ならびに予め求めておいた係数K およびαにより表される次の式を用いて測定対象の温度T を推定計算することを特徴とする走行物体の温度計測方法。
T=T0+(1/K)[ θ1(t)-T0]/[1-exp(αt)]更に、温度計測素子の温度を等時間間隔で順次サンプリングした値T1、T2、T3により表される次の式を用いて、測定対象の温度T を推定計算することを特徴とする走行物体の温度計測方法。 T=T0+(1/K)[(T22-T1T3)/(2T2-T1-T3)-T0]

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】この発明は、走行中の金属帯等の走行物体の温度計測方法に関する。
【0002】
【従来の技術】走行中の物体の温度を計測する方法としては、次のような方法がある。
【0003】(1)放射温度計測方式(従来技術■)
走行中の物体が放射する放射熱(主に赤外線領域の電磁波)を測定し、放射率の補正等のデータ処理を行い物体の温度を計測する。この方法は、物体の温度を非接触で計測できるのが特徴である。
【0004】(2)接触温度計測方式(従来技術■)
走行中の物体に、測温抵抗体あるいは熱電対等を接触させて、物体の温度を直接計測する。この方式は、測定対象によっては比較的簡便で高精度な温度計測ができる。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】しかしながら、従来技術■については、次の問題点がある。まず、物体の表面の状態により放射率が変化し、温度の補正が困難となるという問題点がある。
【0006】次に、背景光による外乱、即ち物体の背景部分から温度計に入射してくる光による温度計測の誤差が無視できない。また、物体表面での反射光による外乱も測定誤差の原因となる。これらの対策として、物体の周囲を十分に遮光する必要があるが、設備面から困難な場合がある。
【0007】また、比較的低温の物体については放射熱自体が弱いため、検出感度が悪いという問題点がある。
【0008】従来技術■については、物体の走行を一旦停止させて温度センサを接触させるのが最も簡単な方法であるが、操業の安定性を損なったり能率低下につながる。また、停止させることにより、走行状態とは異なった温度を計測するおそれがある。
【0009】これを防ぐには、温度センサを物体に追随させる機構を用いて、一定時間接触状態で測定することが考えられる。しかし、温度センサの応答速度は、測定対象の温度にほぼ近い温度を示すまで一般に数秒程度かかる。物品の移動速度が数m/s の通常の生産ラインでは、温度センサをかなり長い距離にわたって追随させる必要があり、このままでは実用的でない。
【0010】また、物体の形状が帯、条のような連続物体の場合は、その走行中にセンサを接触させて連続的に温度を計測することができる。しかしこの場合、物体表面との摩擦により、すり疵等の表面欠陥を生じる危険性がある。センサについても磨耗が避けられず、また、鋼板の形状不良等によりセンサが破損に至ることもある。
【0011】この発明は、これらの問題点を解決し、操業に外乱を与えることなく、走行中の物体の温度を比較的低温でも精度良く計測できる方法を提供する。
【0012】
【課題を解決するための手段】請求項1の発明は、温度計測素子とそれより熱容量の大きな裏打ち材とを有する温度検出ヘッドを、走行中の測定対象に追随させて接触させ、温度計測素子の温度θ1(t)およびその初期値T0、ならびに予め求めておいた係数K およびαにより表される次の式を用いて、測定対象の温度T を推定計算することを特徴とする走行物体の温度計測方法である。
【0013】T=T0+(1/K)[ θ1(t)-T0]/[1-exp(αt)]請求項2の発明は、測定対象の温度の推定計算については、温度計測素子の温度の初期値T0および等時間間隔で順次サンプリングした値T1、T2、T3、ならびに予め求めておいた係数K により表される次の式を用いて、測定対象の温度T を推定計算することを特徴とする請求項1記載の走行物体の温度計測方法である。
T=T0+(1/K)[(T22-T1T3)/(2T2-T1-T3)-T0]
【0014】
【作用】図1は、温度検出ヘッドの模式図(a)と熱伝達のメカニズムを示すブロック図(b)である。図1aにおいて、1は、温度計測素子、2は裏打ち材、3は測定対象をそれぞれ示す。また図1bにおいて、T は測定対象3の温度、t は時間、θ1 、c1、h1は温度計測素子1の温度、熱容量、測定対象との熱伝達率、θ2、c2、h2は裏打ち材2の温度、熱容量、測定対象との熱伝達率、h は温度計測素子1と裏打ち材2の間の熱伝達率をそれぞれ示す。
【0015】これらの温度の挙動は、次の微分方程式で記述される。
c1・d θ1/dt= -h11-T) -h(θ12) (1)c2・d θ2/dt= -h22-T) -h(θ21) (2)これをラプラス変換を用いて解く。上記の式は次のように表される(演算子:s )。
【0016】(c1s+h1+h)( θ1-T)=h( θ2-T) (3)(c2s+h2+h)( θ2-T)=h( θ1-T) (4)これらの式から( θ2-T)を消去すると、[(c2s+h2+h)(c1s+h1+h)-h2](θ1-T)=0 (5)となる。初期条件を、θ1(0)=T0 、 θ2(0)=T0とすると、式(5) の解として、θ1(t)-T=(T0-T)[K exp(αt)+(1-K)exp(βt)] (6)が得られる。但し、K は係数、α、βは次に示す特性方程式(変数 s)の根である。なお、測定開始時においてt=0 とする。
【0017】(c2s+h2+h)(c1s+h1+h)-h2=0 (7)ここで、α、βの大きさを見積もる。温度計測素子と裏打ち材との熱伝達係数h は、測定対象と温度計測素子又は裏打ち材との熱伝達係数h1、h2と比べて小さいので無視すると、式 (7)の h2 の項が無視できるので、α、βは-(h1+h)/c1、-(h2+h)/c2となる。ここでは、α=-(h1+h)/c1 、 β=-(h2+h)/c2とする。
【0018】温度計測素子の熱容量c1は裏打ち材の熱容量c2よりはるかに小さく、測定対象と温度計測素子の熱伝達係数h1は、測定対象と裏打ち材との熱伝達係数h2よりはるかに大きいので、αはβより絶対値がはるかに大きくなり、式で表すと|α|>>|β|となる。
【0019】次に、式(6) のT を移項し右辺を変形すると式(6) は、θ1(t)=T0+(T-T0)×[K (1-exp(αt))+(1-K)(1-exp(βt))] (8)となる。この式を見ると、温度計測素子の温度θ1(t)の応答特性は、短い時定数-1/αと長い時定数 -1/βを持つ2つの一次遅れ系からなる複合系となっていることがわかる。
【0020】式(8) においては、αt の絶対値が小さい領域(1 前後以下)ではβt の絶対値は1 よりはるかに小さくなり、exp(βt)はほぼ1 に等しくなる。そこで、式(8) 右辺の[ ] 内の第2 項はほぼ0 となるのでこれを無視すると、式(8) はαt の絶対値が小さい領域では近似的に、θ1(t)=T0+(T-T0) K [1-exp(αt)] (9)と表すことができる。この式は、温度計測素子の指示温度を指数関数で近似した式である。
【0021】式(9)より、測定対象の温度T は温度計測素子の指示温度θ1(t)により、次のように表される。
T=T0+(1/K)[ θ1(t)-T0]/[1-exp(αt)] (10)この式により測定対象の温度T を算出することができる。ここで、係数K 、αの値は、実験により重回帰分析等で求めておく。
【0022】更に、この式のαの値を実際に求めるのは面倒なので種々検討した結果、次のようにするとαの値を求める必要がないことがわかった。そのためには、一定のサンプリング間隔で、時刻t1、t2、t3におけるθ1(t)の値を測定する。これらの値をT1、T2、T3とすると、これらの値と測定対象の温度T の間に次の関係があることを見出した。
【0023】まず、時刻t1、t2、t3は等間隔であるから、exp[α(t3-t2)]=exp[ α(t2-t1)]である。これを分数で書くと、exp(αt3)/exp(αt2)=exp(αt2)/exp(αt1)となり、移項すると、exp(αt2)2=exp( αt1)exp( αt3) (11)となる。
【0024】次に、式(10)を変形するとexp(αt)=1-[θ1(t)-T0]/[(T-T0)K] (10')となる。この式(10') のθ1(t)の値を時刻t1、t2、t3における値T1、T2、T3で置き換えて、式(11)に代入すると、式(11)は[1-(T2-T0)/K(T-T0)]2=[1-(T1-T0)/K(T-T0)] ×[1-(T3-T0)/K(T-T0)] (11')となる。式を展開し、両辺にK(T-T0)2を掛けて整理すると、2K(T-T0)(T2-T0)+(T2-T0)2=K(T-T0)[(T1-T0)+(T3-T0)] +(T1-T0)(T3-T0)移項してK(T-T0) について解くと、 K(T-T0)=[(T2-T0)2-(T1-T0)(T3-T0)]/[2(T2-T0)-(T1-T0)-(T3-T0)] =[T22-T1T3-2T2T0+(T1+T3)T0]/[2T2-T1-T3] =[T22-T1T3]/[2T2-T1-T3] -T0更に、移項してT とT0を左辺に集めると、K( T-T0)+T0= (T22-T1T3)/( 2T2-T1-T3) (12)となる。測定対象の温度T は、式(12)をT について解いて、次のように表される。
T=T0+(1/K)[(T22-T1T3)/(2T2-T1-T3)-T0] (13)これより、測定装置の温度の初期値T0と Kの値がわかれば、サンプリング値T1、T2、T3から測定対象の温度T を求めることができる。ここで、 Kの値は計算で求めてもよいが、一般には、実機について測定対象の温度の実測値と合うように決めておけばよい。
【0025】
【実施例】図2は、温度検出装置の例を示す。図中、1は温度計測素子として用いたサーミスタ素子、2は裏打ち材、11はリード線、24はホルダ、25は錘、10は温度検出ヘッド、20は温度検出器、30は演算装置をそれぞれ示す。ここで、錘25は走行中の板と安定した接触圧を確保するために用いているが、これはバネ、各種シリンダ等、適宜用いることができる。また、演算装置は、通常のパソコンとインタフェースで構成してある。
【0026】サーミスタ素子1により検出された温度出力は、温度検出器20で温度に変換され温度信号となり、演算装置30に送られる。演算装置30では、まず、温度信号を所定の時間間隔でサンプリングし、温度測定用データとする。一連のサンプリングが終了すると、演算装置30は、式(12)によりサンプリングされたデータから物体の温度を演算して求める。
【0027】図3は、この温度検出装置を用いてカラー鋼板の温度を測定した結果を示す温度計測記録図である。図より、温度検出ヘッドをカラー鋼板に接触すると、温度出力接触後2 〜3 秒までの間に急上昇している。この部分については、解析すると時定数約0.7 秒の一次遅れの特性が支配的である。その後、かなり緩やかに上昇しているが、これは極めて長い時定数で測定対象の温度に漸近していることになる。
【0028】温度検出ヘッドをカラー鋼板に接触後、0.1 秒 0.2秒 0.3秒でサンプリングし、式(12)により演算して、カラー鋼板の温度の実測値と比較すると、式(12)中の係数K を0.77とすると実測値との良い一致が見られた。このように、発明の方法により、0.5 秒程度の短時間接触させるだけで、比較的低温の走行中の鋼板の温度を、操業に外乱を与えずに精度良く計測できる。
【0029】なお、温度計測素子と裏打ち材の間の熱伝達率h がほぼ0 であれば、指示温度θ1 に及ぼす裏打ち材の影響はなくなる。その場合指示温度は測定対象との熱伝達のみにより決まるので、式(11)の係数K は1 となる。すると、測定対象の温度T は、次の式で表されることになる。
T= (T22-T1T3)/(2T2-T1-T3) (12)この式は、装置定数によらず推定計算できるという利点がある。
【0030】
【発明の効果】この発明では、測定対象に温度計測素子を短時間接触するだけで計測できるので、比較的低温の走行物体の温度を、操業に外乱を与えずに精度良く測定することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】(a)温度検出ヘッドの模式図、(b)熱伝達のメカニズムを示すブロック図。
【図2】温度検出装置の1実施例を示す図。
【図3】実施例の温度検出装置を用いた結果を示す温度計測記録図。
【符号の説明】
1 温度測定素子
2 裏打ち材
3 測定対象
10 温度検出ヘッド
T 測定対象の温度
θ1 温度計測素子の温度
T0 温度計測素子の温度の初期値
T1、T2、T3 温度計測素子の温度のサンプリング値

【特許請求の範囲】
【請求項1】 温度計測素子とそれより熱容量の大きな裏打ち材とを有する温度検出ヘッドを、走行中の測定対象に追随させて接触させ、温度計測素子の温度θ1(t)およびその初期値T0、ならびに予め求めておいた係数K およびαにより表される次の式を用いて、測定対象の温度T を推定計算することを特徴とする走行物体の温度計測方法。
T=T0+(1/K)[ θ1(t)-T0]/[1-exp(αt)]但し、tは測定開始からの時間とする。
【請求項2】 測定対象の温度の推定計算については、温度計測素子の温度の初期値T0および等時間間隔で順次サンプリングした値T1、T2、T3、ならびに予め求めておいた係数K により表される次の式を用いて、測定対象の温度T を推定計算することを特徴とする請求項1記載の走行物体の温度計測方法。
T=T0+(1/K)[(T22-T1T3)/(2T2-T1-T3)-T0]

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開平8−101079
【公開日】平成8年(1996)4月16日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平6−236486
【出願日】平成6年(1994)9月30日
【出願人】(000004123)日本鋼管株式会社 (1,044)