説明

身体防護具

【課題】シェル部材の衝撃エネルギーの吸収効果を効果的且つ効率的に高める。
【解決手段】身体を被覆する状態で身体に装着される身体防護具であって、樹脂製のシェル部材1における身体側となる内面に対衝撃用部材3を積層接着し、外方からの所定の衝撃力でシェル部材1が湾曲又は屈曲変形するのに連れて対衝撃用部材3がシェル部材1から剥離する構造にする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、身体(例えば、頭部、胸部、脚脛部、肘部など)を被覆する状態で身体に装着される身体防護具に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、この種の身体防護具の一例である野球用ヘルメットとしては、図5(a)に示すように、ABS樹脂素材(樹脂素材の一例)からなる外側のシェル部材1と、EPS素材(発泡スチロール、軟質材の一例)からなる内側のライナー2(衝撃緩衝材の一例)とを積層接着したものが知られている。
【0003】
つまり、この従来の野球用ヘルメットは、図5(b)に示すように、前記シェル部材1の外面1bにボールBが衝突することに対し、その衝撃力をシェル部材1で面積的に分散し、且つ、その衝撃力のエネルギーをシェル部材1の湾曲変形又は屈曲変形、及び、シェル部材1の変形を受け止める形態での衝撃緩衝材の圧縮変形で吸収する。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところが、上記従来のヘルメットでは、衝撃エネルギーの吸収効果の面では未だ不十分との指摘があり、また、衝撃力を受けたときにシェル部材1における衝撃力作用点(湾曲変形及び屈曲変形の頂点)の変位量が極端に大きくなることから、衝撃緩衝材2の前記作用点に対向する部分が底付き状態(それ以上の圧縮変形が不能な状態)になって、所期の身体防護機能が発揮できない場合もあった。
【0005】
しかしながら、衝撃緩衝材2を厚くするのは、全体寸法の大きな変更が必要になるために無理に等しく、また、シェル部材1の厚み寸法や素材種を変更することも、材料費の高騰や既存の金型等が無駄になるなどの費用面や規格等の面で難しい問題があった。そのため、シェル部材の基本構成を余り変更しない状態でのシェル部材側での構造的な改良でもって衝撃エネルギーの吸収効果を高めることが望まれていた。
【0006】
この実情に鑑み、本発明の主たる課題は、合理的な構造の採用により、衝撃エネルギーの吸収効果を効果的且つ効率的に高める点にある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の第1特徴構成は、身体防護具に係り、その特徴は、
身体を被覆する状態で身体に装着される身体防護具であって、
樹脂製のシェル部材における身体側となる内面に対衝撃用部材を積層接着し、外方からの所定の衝撃力でシェル部材が湾曲又は屈曲変形するのに連れて対衝撃用部材がシェル部材から剥離する構造にしてある点にある。
【0008】
上記構成によれば、外方から所定の衝撃力を受けた時、シェル部材が湾曲又は屈曲変形するのに連れて対衝撃用部材がシェル部材から剥離するから、そのシェル部材の剥離によって衝撃力のエネルギーを消費することができ、これにより、衝撃エネルギーの吸収効果を効果的且つ効率的に高めることができる。
【0009】
本発明の第2特徴構成は、第1構成の実施に好適な構成であり、その特徴は、
前記シェル部材の内面側には、軟質材からなる衝撃緩衝材が配設されているとともに、前記対衝撃用部材が、前記シェル部材と前記衝撃緩衝材との間に配設されている点にある。
【0010】
上記構成によれば、前記衝撃緩衝材の前記シェル部材の変形を受け止める形態での衝撃緩衝材の圧縮変形で衝撃エネルギーを吸収する構造を採ることに対し、シェル部材と衝撃緩衝材との間に配設され且つシェル部材からの剥離でシェル部材よりも平面に近い形態となる対衝撃用部材によって衝撃緩衝材の被圧縮領域に対する押圧力を面積的に分散させることができ、これにより、衝撃エネルギーの吸収効果を一層高めることができるとともに、衝撃緩衝材に底付き現象が発生することも抑止することができる。
【0011】
本発明の第3特徴構成は、第2特徴構成の実施に好適な構成であり、その特徴は、
前記対衝撃用部材が、前記シェル部材と同等又はそれよりも大なる撓み剛性に構成されている点にある。
【0012】
上記構成によれば、対衝撃用部材の剥離状態での形態を一層平面に近い形態とすることができるから、衝撃緩衝材の被圧縮領域に加わる押圧力の面積的な分散効果を一層高めることができる。
【0013】
本発明の第4特徴構成は、第1〜第3特徴構成のいずれかの実施に好適な構成であり、その特徴は、
前記シェル部材における前記対衝撃用部材の周縁部を除く中間部に対応位置する部位には、外方からの衝撃力でシェル部材が湾曲又は屈曲変形するときにシェル部材の屈折破壊を誘発する破壊誘発部が形成されている点にある。
【0014】
上記構成によれば、外方からの衝撃力でシェル部材が湾曲又は屈曲変形するときにシェル部材の屈折破壊が生じるから、そのシェル部材の屈折破壊によって衝撃力のエネルギーを消費することができるとともに、屈折破壊による変形量の増大によって衝撃緩衝材の剥離も生じ易くすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】第1実施形態のヘルメットの側面図
【図2】(a)第1実施形態のヘルメットの側面部を模式的に示す縦断面図,(b)第1実施形態のヘルメットの側面部の変形状態を模式的に示す縦断面図
【図3】(a)実験対象の各種構成を示す表,(b)実験結果(損失エネルギーEと衝突速度の関係)を示すグラフ
【図4】(a)第2実施形態のヘルメットの側面部を模式的に示す縦断面図,(b)第2実施形態のヘルメットの側面部の変形状態を模式的に示す縦断面図
【図5】(a)従来例のヘルメットの側面部を模式的に示す縦断面図,(b)従来例のヘルメットの側面部の変形状態を模式的に示す縦断面図
【発明を実施するための形態】
【0016】
[第1実施形態]
図1は、身体防護具の一例である右打者用の野球用ヘルメット(ヘルメットの一例)を示し、1は、頭の上部と左耳(身体Pの一例)を覆う変形略半球状のシェル部材、2はシェル部材1の内面1aに積層接着された半球状のライナー(衝撃緩衝材の一例)である。
【0017】
そして、当該ヘルメットは、図2に示すように、前記シェル部材1の内面1aにおける左側頭部に対応する部位(つまり、右打者が打席で投球に正対する部位、シェル部材1の内面1aの一部の一例)に対衝撃用部材3を積層接着し、当該部位に対する外方からの所定の衝撃力(つまり、シェル部材1の外面1bに加わる衝撃力)でシェル部材1が湾曲又は屈曲変形するのに連れて対衝撃用部材3がシェル部材1から剥離する構造にしてある。
【0018】
つまり、このヘルメットは、対衝撃用部材3が配設されている部位については3層構造で構成し、その他の部位は2層構造で構成されている。なお、前記対衝撃用部材3は、シェル部材1の内面1a及びライナー2の外面の各々に接着された状態でシェル部材1とライナー2との間に配設されている。
【0019】
なお、図2(及び、図4、図5)は、変形の原理の理解が容易なように模式的に表したものであるが、実際には、身体の形状に沿う曲面状である。また、場合によっては、図の如く平面状となることもある。
【0020】
所定の衝撃力でシェル部材1から対衝撃用部材3を剥離させる具体的手法としては、対衝撃用部材3の撓み剛性と、対衝撃用部材3とシェル部材1との間の接着力とを相対的に設定する手法を用いている。
【0021】
すなわち、所定の衝撃力に対しては、シェル部材1に追従する形態での対衝撃用部材3の撓みの進行速度よりもシェル部材1からの対衝撃用部材3の剥離の進行速度が早くなる力で接着することにより、所定の衝撃力でシェル部材1が湾曲又は屈曲変形するのに連れて対衝撃用部材3がシェル部材1から剥離する現象を起こさせる。本例では、野球用という用途に鑑み、所定の衝撃力として、投球を受けたときの衝撃力(具体的には、球速108km/h(30m/s)以上のボールBが衝突したときの衝撃力)を想定している。
【0022】
前記シェル部材1は、ABS樹脂素材から約2mmの厚み寸法t1で構成されているとともに、前記ライナー2は、軟質のEPS素材から約10mmの厚み寸法t2で構成されている。
【0023】
また、前記対衝撃用部材3は、シェル部材1よりも大なる撓み剛性となるように、シェル部材1よりも撓み剛性の高い素材の一例であるCFRP素材(炭素繊維強化プラスチック、FRP素材の一例)から約1mmの厚み寸法t3で構成されている。なお、前記対衝撃性用部材3と前記シェル部材2との接着は、エポキシ樹脂系接着剤(接着剤の一例、接着手段の一例)で接着されている。
【0024】
前記対衝撃用部材3の高さ方向での長さ寸法h1は、シェル部材1からの剥離が起こり易いように、所定の衝撃力を受けたときのシェル部材1に変形が生じる高さ範囲h2よりも小さく設定されている。
【0025】
上述の如く構成されたヘルメットは、衝突前の状態(図5(a)を参照)からボールBが衝突すると、変形の初期段階として、シェル部材1と対衝撃用部材3との重合体がライナー2を圧縮変形させながら変形していく。
【0026】
そして、対衝撃用部材3の撓み剛性とシェル部材1と対衝撃用部材3の接着力との関係で接着力が負けてくると、変形の後期段階として、シェル部材1の変形は続きながら対衝撃用部材3が、それの端縁部3a、3aの側から徐々に剥離していく(図5(b)を参照)。
【0027】
なお、剥離が生じる前の段階(つまり、前記初期段階)では、対衝撃用部材3による撓み剛性の面での補強作用によってシェル部材1の変形範囲h2を広げることができるから、その分、シェル部材1の変形に関与する体積を増加させることができる。
【0028】
また、剥離が生じた後の段階(つまり、前記の後期段階)では、シェル部材1からの剥離によって対衝撃用部材3の剥離部分やその近傍においてシェル部材1の内面側に隙間Sが形成される(換言すれば、シェル部材の該当部分で内側からの支持が不存となる)から、その分、シェル部材1における隙間Sに隣接する部分の変形量を大きく取ることができる。
【0029】
なお、当該構造による衝撃エネルギーの吸収効果を検証するために実験を行ったので、以下に説明する。
【0030】
(実験設備及び測定データ)
一般にヘルメットを装着する人頭模型には、質量5Kgのマグネシウム合金製の人頭形状を模擬したものを用いるが形状が曲率を有するなど複雑である。そこで、板状のシェル材とライナー材を用いて衝突実験を行うため、六面体の人頭模型をJIS規格、および製品安全協会の検査マニュアルを参考に作製した。その質量は5.05Kg、材質はマグネシウム合金製であり、加速度計を重心付近に装着できるものとした。以下,これを人頭模型と称する。
【0031】
発射装置には、エアーガン方式の野球用ボール発射装置(高圧システム株式会社製)を用いた。本装置は作動力に加圧が容易な液化二酸化炭素を用いてボールを加速するものであり、ボンベ、蓄圧器、エア駆動バルブ、発射管および試料室から構成される。発射されたボールの速度測定には高速度ビデオカメラ(株式会社フォトロン製)を用いた。そして、衝突前後のボールの速度測定から次式により損失エネルギーE(%)を算出した。
損失エネルギーE(%)=(Va2−Vb2)/Va2×100
Va:衝突前のボールの速度(衝突速度)(m/s)
Vb:衝突後のボールの速度(m/s)
【0032】
(実験対象)
図3(a)に示すように、前述した本発明の構成を採用した実施例1、実施例2と、本構成を採用していない従来例を対象とした。なお、ライナー2の素材は、いずれもEPS(発泡スチロール)である。実施例1と実施例2は、対衝撃用部材3を構成する繊維層の配置が異なる。具体的には、実施例1は、対衝撃用部材3を構成する各層について繊維の向きが直行する状態で積層したもの(交差タイプ)であり、実施例2は、対衝撃用部材3を構成する各層について繊維が平行に並ぶ状態で積層したもの(ストレートタイプ)である。
【0033】
(実験結果)
図3(b)に示すように、実施例1、実施例2のいずれも、所定の衝撃力に対応する衝突速度Vaが約30m/s以上の範囲において損失エネルギーEが従来例よりも高くなった。特に、実施例2では、衝突速度Vaが約25m/sでも損失エネルギーEが従来例よりも高くなった。つまり、本発明の構成の採用により、所定の衝撃力に対する衝撃力減衰効果が高まることが検証できた。
【0034】
[第2実施形態]
本実施形態では、図4(a)、(b)に示すように、前記シェル部材1における前記対衝撃用部材3の周縁部を除く中間部に対応位置する部位に、外方からの衝撃力でシェル部材1が湾曲又は屈曲変形するときにシェル部材1の屈折破壊を誘発する凹部1a(破壊誘発部の一例、脆弱部の一例)が形成されている。当該凹部1aは、横方向(ヘルメットの周方向)に延びるV溝状の凹溝から構成されている。
【0035】
なお、その他の構成は、第1実施形態で説明した構成と同一であるから、同一の構成箇所には、第1実施形態と同一の番号を付記してそれの説明は省略する。
【0036】
[別実施形態]
前述の各実施形態では、身体防護具の一例として、野球用ヘルメットを例に示したが、工事用ヘルメット等の種々の用途のヘルメットであってもよく、また、ヘルメットに限らず、胸部プロテクター、レッグガート、エルボーガード、フェイスガード等であってもよい。これらの場合、各用途等に応じて所定の衝撃力を設定し、その衝撃力でシェル部材1から対衝撃用部材3が剥離するように対衝撃用部材3の撓み剛性や接着力を適宜に設定すればよい。
【0037】
なお、例えば、身体以外の物品を防護対象とする防護具(例えば、ケースや鞄)にも本発明の原理を適用することができる。すなわち、前記防護具において、樹脂製のシェル部材1における防護対象側となる内面1aに対衝撃用部材3を積層接着し、外方からの所定の衝撃力でシェル部材1が湾曲又は屈曲変形するのに連れて対衝撃用部材3がシェル部材1から剥離する構造にしてもよい。
【0038】
前述の各実施形態では、シェル部材1の一部に対衝撃用部材3が積層接着されている場合を例に示したが、シェル部材1の全部に対衝撃用部材3が積層接着されていてもよい。
【0039】
前述の実施形態では、シェル部材1と対衝撃用部材3とを接着する接着手段として、接着剤を例に示したが、粘着材(例えば、両面テープ等)等であってもよい。また、熱融着等でシェル部材1と対衝撃用部材3とを接着させる構造を採ってもよい。
【0040】
前述の実施形態では、対衝撃用部材3が、シェル部材1よりも大なる撓み剛性に構成されている場合を例に示したが、シェル部材1と同等の撓み剛性から構成されていてもよい。その場合、例えば、対衝撃用部材3とシェル部材1とを同等の素材・厚みで構成すればよい。
【0041】
前述の各実施形態では、シェル部材1と対衝撃用部材3と衝撃緩衝材2からなる3層構造を例に示したが、シェル部材1と対衝撃用部材3からなる2層構造、或いは、シェル部材1の外面又は対衝撃用部材3と衝撃緩衝材2との間又は衝撃緩衝材2の内面に別部材が配設された4層以上の構造であってもよい。
【0042】
シェル部材1や対衝撃用部材3や衝撃緩衝材2の素材種や形状や厚み等の具体的構成は、種々の構成変更が可能である。例えば、衝撃緩衝材2を構成する軟質材は、EPS素材(樹脂材の一例、発泡樹脂素材の一例)に限らず、スポンジやエラストマー素材等の弾性材であってもよく、また、対衝撃用部材3を構成する素材は、CFRP素材(FRP素材の一例)に限らず、樹脂や金属等であってもよい。
【0043】
前述の第2実施形態では、外方からの衝撃力でシェル部材が湾曲又は屈曲変形するときにシェル部材の屈折破壊を誘発する破壊誘発部として、V字状の凹溝を例に示したが、半円状の凹溝や切れ込みや半球状の凹み等の脆弱部であってもよく、或いは、凸部(例えば、凸状や突起等)や段部など、衝撃力が加わったときに応力集中が生じる応力集中部であってもよい。
【符号の説明】
【0044】
1 シェル部材
1a 内面
1d 凹部
2 衝撃緩衝材(ライナー)
3 対衝撃用部材
P 身体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
身体を被覆する状態で身体に装着される身体防護具であって、
樹脂製のシェル部材における身体側となる内面に対衝撃用部材を積層接着し、外方からの所定の衝撃力でシェル部材が湾曲又は屈曲変形するのに連れて対衝撃用部材がシェル部材から剥離する構造にしてある身体防護具。
【請求項2】
前記シェル部材の内面側には、軟質材からなる衝撃緩衝材が配設されているとともに、
前記対衝撃用部材が、前記シェル部材と前記衝撃緩衝材との間に配設されている請求項1記載の身体防護具。
【請求項3】
前記対衝撃用部材が、前記シェル部材と同等又はそれよりも大なる撓み剛性に構成されている請求項2記載の身体防護具。
【請求項4】
前記シェル部材における前記対衝撃用部材の周縁部を除く中間部に対応位置する部位には、外方からの衝撃力でシェル部材が湾曲又は屈曲変形するときにシェル部材の屈折破壊を誘発する破壊誘発部が形成されている請求項1〜3のいずれか1項に記載の身体防護具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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