説明

過活動膀胱治療薬の評価方法

【課題】優れた過活動膀胱治療薬の評価モデルを提供する。
【解決手段】以下の工程を含む過活動膀胱治療薬の評価方法。
1)α1アドレナリン受容体アゴニストおよびM3ムスカリン受容体アゴニストで処理することにより、摘出膀胱の自発性収縮増大を誘導する工程
2)被験薬剤で摘出膀胱を処置する工程
3)被験薬剤で摘出膀胱を処置した際の自発性収縮増大を測定し、処置しなかった際の摘出膀胱の自発性収縮と比較する工程
4)摘出膀胱の自発性収縮増大を抑制する作用を有する被験薬剤を過活動膀胱治療薬として認定又は選出する工程

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な過活動膀胱治療薬の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
過活動膀胱とは、尿意切迫感・頻尿・切迫性尿失禁で構成される症状症候群を呈する病的状態である。過活動膀胱の病因はまだ未解明であるが、膀胱自発性収縮の異常が膀胱の不随意収縮(排尿筋過活動)を引き起こす可能性が提唱されている。実際、過活動膀胱の患者や過活動膀胱の動物モデルの膀胱では膀胱自発性収縮が亢進していることが報告されている。近年この自発性収縮の起源となるペースメーカー電位が膀胱壁内のカハールの間質様細胞(Interstirial cells of Cajal、以下、ICCと略する)によって担われていること、さらにICCが種々のメディエーターによって促進または抑制性の調節を受けていることが明らかとなってきている。なかでもアセチルコリンは強力な促進性メディエーターであり、ICC上のムスカリン受容体が抗コリン薬の新たな作用部位としても注目されている。
【0003】
一方、α1アドレナリン受容体の膀胱自発性収縮における関与については報告がない。また膀胱自発性収縮の調節におけるムスカリン受容体とα1アドレナリン受容体との相互作用や、細胞内情報伝達機構についても明らかとなっていない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的は、優れた過活動膀胱治療薬の評価モデルを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、上記目的を達成するべく鋭意検討を重ねた結果、α1アドレナリン受容体アゴニストとM3ムスカリン受容体アゴニストで膀胱を処置することにより膀胱の自発性収縮が相乗的に増大することを見出し、この知見に基づき本発明を完成させた。
【0006】
すなわち、本発明の1つは、以下の工程を含む過活動膀胱治療薬の評価方法である。
1)α1アドレナリン受容体アゴニストおよびM3ムスカリン受容体アゴニストで処置することにより、摘出膀胱の自発性収縮の増大を誘導する工程
2)被験薬剤で摘出膀胱を処置する工程
3)被験薬剤で摘出膀胱を処置した際の自発性収縮増大を測定し、処置しなかった際の摘出膀胱の自発性収縮と比較する工程
4)摘出膀胱の自発性収縮増大を抑制する作用を有する被験薬剤を過活動膀胱治療薬として認定又は選出する工程
【0007】
また、本発明の1つは、α1アドレナリン受容体アゴニストおよびM3ムスカリン受容体アゴニストを有効成分として含有する膀胱の自発性収縮増強剤である。
【0008】
また、本発明の1つは、α1アドレナリン受容体アンタゴニストおよびM3ムスカリン受容体アンタゴニストを有効成分として含有する膀胱の自発性収縮抑制剤である。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、優れた過活動膀胱治療薬の評価方法の提供が可能となった。特に、M3ムスカリン受容体とα1アドレナリン受容体との相互作用による膀胱自発性収縮増大を調節する化合物あるいはそれらの配合剤の評価に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】膀胱伸展により自発性収縮を誘発した膀胱標本において、M3ムスカリン受容体アゴニストであるカルバコール単独で刺激したときの自発性収縮増大と選択的α1受容体アゴニストであるシラゾリンで前処理した後にカルバコール刺激したときの相乗的な自発収縮増大のグラフを示す。
【図2】膀胱伸展により自発性収縮を誘発した膀胱標本において、シラゾリンで前処理した後にカルバコール刺激したときの相乗的な自発性収縮増大に対して選択的M3ムスカリン受容体アンタゴニストであるDAU 5884を累積処置したときの抑制作用のグラフを示す。
【図3】膀胱伸展により自発性収縮を誘発した膀胱標本において、シラゾリンで前処理した後にカルバコール刺激したときの相乗的な自発性収縮増大に対して選択的M3ムスカリン受容体アンタゴニストである4-DAMPを累積処置したときの抑制作用のグラフを示す。
【図4】膀胱伸展により自発性収縮を誘発した膀胱標本において、シラゾリンで前処理した後にカルバコール刺激したときの相乗的な自発性収縮増大に対して選択的M3ムスカリン受容体アンタゴニストであるイミダフェナシンを累積処置したときの抑制作用のグラフを示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
(1)過活動膀胱治療薬の評価方法
本発明の過活動膀胱治療薬の評価方法は、動物の摘出膀胱を材料として使用し、特に動物の摘出全膀胱(尿道付き)を使用することが好ましい。使用する動物は、特に限定はないが、好ましくは哺乳動物であり、さらに好ましくは、ラット、モルモットなどのげっ歯類である。
【0012】
膀胱自発性収縮は、MAGDALIMIらの方法(BJU INTERNATIONAL 94巻、1356-1365頁、2004年)に準じて、膀胱内圧のデータにより測定することができる。例えば、摘出した全膀胱に尿道からKrebs溶液を充填したチューブを挿入・固定し、膀胱内をKrebs溶液で満たした器官浴槽(organ bath)内に設置する。挿入したチューブを介して膀胱内に Krebs溶液を注入し、膀胱を伸展することによって自発性収縮を誘発する。ここで、Krebs溶液の代わりにTyrodes溶液を使用することもできる。注入するKrebs溶液の量は、使用する動物によって異なるが、例えば、ラットでは0.2〜0.3mLが好ましく、モルモットでは0.6〜0.8mLが好ましい。
【0013】
膀胱内圧のデータは、膀胱に固定したのとは反対側のチューブ端を、三方活栓を介して圧トランスデューサーおよび血圧測定用アンプに接続することにより取得することができる。膀胱内圧のデータの測定は、膀胱伸展後、Krebs液中で平衡化した後に開始することが好ましい。平衡化は、1時間程度行うのが好ましい。
【0014】
被験薬物による摘出膀胱の処置は、被験薬物を作用させることができれば特に限定はないが、器官浴槽(organ bath)内に被験薬物を添加し、反管腔側(abluminal)から処置することが好ましい。膀胱自発性収縮の増大は、膀胱伸展誘発自発性収縮が安定したあと、α1アドレナリン受容体アゴニストで処置し、さらにM3ムスカリン受容体アゴニストを処置することによって誘導できる。
【0015】
M3ムスカリン受容体アゴニストとα1アドレナリン受容体アゴニストとの共刺激によって誘発した自発性収縮増大に対する被験薬物の作用は、自発性収縮増大が安定した後に、被験薬物を単独または累積処置する。
【0016】
α1アドレナリン受容体アゴニストとしては、シラゾリン、メトキサミン、フェニレフリン、ノルエピネフリン、A61603などが挙げられる。
M3ムスカリン受容体アゴニストとしては、カルバコール、アレカイジン、ムスカリン、ピロカルビン、セビメリン、ベタネコールなどが挙げられる。
【0017】
被験薬剤を膀胱に処置した際の自発性収縮増大と投与しなかった際の自発性収縮の比較は、一定時間の自発性収縮の平均振幅(収縮圧、amplitude)、収縮頻度(frequency)および収縮圧の曲線下面積(Area Under the Curve:AUC)などのパラメータに基づいて行うことが好ましい。これらパラメータを用いた評価法の例としては、Yuen-Kengらの方法(American Journal of Physiology Regulatory Integrative Company Physiology 291巻、1049-1059頁、2006年)が挙げられる。
【0018】
評価する被験薬剤は、特に限定はないが、M3ムスカリン受容体アンタゴニスト又はα1アドレナリン受容体アンタゴニストであることが好ましい。
【0019】
(2)膀胱の自発性収縮増強剤
本発明の1つは、α1アドレナリン受容体アゴニストおよびM3ムスカリン受容体アゴニストを有効成分として含有する膀胱の自発性収縮増強剤である。
【0020】
α1アドレナリン受容体アゴニストとしては、シラゾリン、メトキサミン、フェニレフリン、ノルエピネフリン、A61603などが挙げられる。
【0021】
M3ムスカリン受容体アゴニストとしては、カルバコール、アレカイジン、ムスカリン、ピロカルビン、セビメリン、ベタネコールなどが挙げられる。
【0022】
本発明に係る自発性収縮増強剤は、M3ムスカリン受容体とα1アドレナリン受容体との相互作用による膀胱自発性収縮を誘発させるため、(1)に示した評価方法に使用することができる。
【0023】
(3)膀胱の自発性収縮抑制剤
本発明の1つは、α1アドレナリン受容体アンタゴニストおよびM3ムスカリン受容体アンタゴニストを有効成分として含有する膀胱の自発性収縮抑制剤である。
【0024】
α1アドレナリン受容体アンタゴニストとしては、タムスロシン、シロドシンなどのα1Aサブタイプに対するアンタゴニスト、プラゾシン(Prazosin)、フェントラミン(Phentolamine)などのα1Bサブタイプに対するアンタゴニスト、ナフトピジルなどのα1Dサブタイプに対するアンタゴニストが挙げられる。
【0025】
M3ムスカリン受容体アンタゴニストとしては、トルテロジン、ソリフェナシン、イミダフェナシン、DAU 5884、4-DAMP などが挙げられる。
本発明の膀胱の自発性収縮の抑制増強剤は、M3ムスカリン受容体アンタゴニストのみでは、十分な効果が得られず、過活動膀胱の病因としてα1アドレナリン受容体の関与が推定される患者に有用である。
【0026】
実施例1 ラットを用いた膀胱自発性収縮の促進性調節におけるα1アドレナリン受容体とM3ムスカリン受容体との相互作用評価法(過活動膀胱治療薬の評価法)
(1)動物
Sprague-Dawley系雌性ラット(体重210-270g)を実験に使用した。本プロトコールは文部科学省策定の動物実験ガイドラインに準拠して実施した。
【0027】
(2)使用薬物
カルバコール(carbachol、carbamoylcholine、CCh)、プラゾシン(prazosin)はSigmaから、シラゾリン(cirazoline)、DAU5884および4-DAMPはTocrisから購入した。イミダフェナシン(Imidafenacine)は自社合成品を用いた。特に断りのない限り薬物は生理食塩水に溶解して用いた。イミダフェナシンは少量の酸により溶解し、pHを中性に戻した後、生理食塩水で段階希釈して用いた。プラゾシンはDMSOに溶解して用いた。 4-DAMPはDMSOに溶解し、生理食塩水により段階希釈して用いた。器官浴槽におけるDMSOの最終濃度は0.1%を超えないようにした。
【0028】
(3)摘出全膀胱標本の作製および膀胱自発性収縮の測定
イソフルラン麻酔下でラットを正中切開により開腹し、膀胱近傍の左右輸尿管を結紮後、尿道付きの全膀胱を摘出した。尿道からポリエチレンチューブ(SP70, I.D.; 1.0mm, O.D.; 1.5mm, 夏目製作所)を挿入し、3-0絹糸により膀胱頸部で縛り固定した。膀胱内を36±1℃加温、95%O2-5%CO2ガスを通気したKrebs溶液(in mmol/L: 118.3 NaCl, 4.7 KCl, 1.15 NaH2PO4, 24.9 NaHCO3, 1.15 MgSO4, 1.9 CaCl2, 11.7 d-glucose)により数回洗浄した後、膀胱標本をKrebs溶液(36±1℃加温、95%O2-5%CO2ガス通気)を満たした10 mL容の器官浴槽(organ bath)内に設置した。膀胱に固定したのとは反対側のポリエチレンチューブ端は三方活栓を介して圧トランスデューサー(DX-300, 日本ベクトン・デッキンソン)および血圧用アンプ(AP-630G, 日本光電)に接続した。膀胱内圧のデータはPowerLabシステム(ML870, ADインスツルメンツ・ジャパン)を用いて、40/秒のsampling rateで取得・記録した。膀胱内圧はあらかじめ血圧用アンプからPowerLabシステムへ送信した校正波によりキャリブレーションした。ポリエチレンチューブを介して膀胱内に0.2-0.3mLの Krebs溶液(36±1℃加温、95%O2-5%CO2ガス通気)をゆっくりと注入し、膀胱を伸展することによって自発性収縮を誘発した。それから約1時間Krebs溶液中で膀胱標本を平衡化した後(途中数回Krebs溶液で洗浄)、本測定を開始した。
【0029】
(4)薬物処置
薬物はすべて器官浴槽内に添加し、abluminal(反管腔側)から処置した。膀胱伸展によって誘発した自発性収縮が安定したら、ムスカリン受容体アゴニストであるカルバコール(0.1μmol/L)を10分間処置し、自発性収縮に対する増大作用を観察後、Krebs溶液(36±1℃加温、95%O2-5%CO2ガス通気)で数回洗浄した。約30分間静置してカルバコール処置前の自発性収縮レベルまで回復させた後、上記と同様にカルバコール処置を行い、ほぼ同じ強度の自発性収縮増大が誘発されることを確認した。膀胱標本を洗浄し、約30分間静置して、カルバコール処置前の自発性収縮レベルまで回復させた。
それからα1アドレナリン受容体アゴニストであるシラゾリン(1μmol/L)を20分間前処置後、カルバコール(0.1μmol/L)を処置した。カルバコールとシラゾリンとの共刺激によって誘発した相乗的自発性収縮増大に対する被験薬物(M3ムスカリン受容体アンタゴニストなど)の作用を検討する場合は、自発性収縮増大が安定してから被験薬物を(累積)処置した。
【0030】
(5)データ解析
被験薬物処置前後のある一定時間の自発性収縮の平均振幅(収縮圧、amplitude)、収縮頻度(frequency)および収縮圧の曲線下面積(AUC)などのパラメータを測定、算出し評価に用いることができる。
カルバコールとシラゾリンとの共刺激によって誘発した膀胱の自発性収縮増大の結果を図1に示した。膀胱の相乗的自発性収縮増大に対する4-DAMP、DAU5884およびイミダフェナシンの結果を図2〜4に示した。
それぞれの薬剤で処理し15分間観察を行った。15分間の観察期間中、最後の5分間を自発性収縮の平均振幅(収縮圧、amplitude)、収縮頻度(frequency)および収縮圧の曲線下面積(AUC)の計算に使用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程を含む過活動膀胱治療薬の評価方法。
1)α1アドレナリン受容体アゴニストおよびM3ムスカリン受容体アゴニストで処理することにより、膀胱の自発性収縮増大を誘導する工程
2)被験薬剤で摘出膀胱を処置する工程
3)被験薬剤で摘出膀胱を処置した際の自発性収縮増大を測定し、処置しなかった際の摘出膀胱の自発性収縮と比較する工程
4)摘出膀胱の自発性収縮増大を抑制する作用を有する被験薬剤を過活動膀胱治療薬として認定又は選出する工程
【請求項2】
α1アドレナリン受容体アゴニストおよびM3ムスカリン受容体アゴニストを有効成分として含有する膀胱の自発性収縮増強剤。
【請求項3】
α1アドレナリン受容体アンタゴニストおよびM3ムスカリン受容体アンタゴニストを有効成分として含有する膀胱の自発性収縮抑制剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−40806(P2013−40806A)
【公開日】平成25年2月28日(2013.2.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−176518(P2011−176518)
【出願日】平成23年8月12日(2011.8.12)
【出願人】(000001395)杏林製薬株式会社 (120)
【Fターム(参考)】