説明

酸性水可溶性タンパク質の製造方法及び酸性水可溶性タンパク質

【課題】引火性溶媒を使用した場合における溶媒の回収や抽出された分画物の残存有機溶媒に対する問題点を解決し、せん断条件や分離装置など製造装置に限定されない、小麦グルテンを原料とする工業的な酸性水可溶性タンパク質の製造方法を提供する。
【解決手段】小麦グルテンから酸性水溶液に可溶なタンパク質を抽出する、酸性水可溶性タンパク質の製造方法であって、該酸性水溶液が、該小麦グルテン乾燥物重量に対して1.5〜3.0重量%の有機酸を含み、該有機酸が少なくとも乳酸及びリンゴ酸からなり、乳酸とリンゴ酸の重量比が乳酸/リンゴ酸=83〜18/17〜82であり、引火性溶媒を含まず、かつ、該酸性水溶液を該小麦グルテン乾燥物重量に対して8倍〜12倍量を使用し、抽出時の小麦グルテンが分散している酸性水溶液のpHが3.7〜4.3である、酸性水可溶性タンパク質の製造方法により解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、小麦タンパク質の抽出方法に関し、詳しくは、小麦グルテンからの酸性水可溶性タンパク質の製造方法及び該酸性水可溶性タンパク質に関する。
【背景技術】
【0002】
小麦タンパク質であるグルテンは、50〜70容量%のエタノール水溶液によってエタノールに可溶性であるグリアジンと不溶性であるグルテニンとに分画することができる。このグリアジン及び/あるいはグルテニンの抽出は、高濃度エタノールの存在下で操作を行うために、溶媒であるエタノールの回収装置を必要とし、また、これら操作を行う機材の全てを防爆装置にしなければならない等の多くの課題があり、設備費が高くなってしまう等の問題がある。
【0003】
そのため、これらの問題を解決するためにいくつかの提案がなされており、特許第2954542号及び特許第2896422号においては、1〜20容量%の低エタノール濃度の水溶液であっても、クエン酸などの有機酸を0.01〜5.0重量/容量%を該エタノール水溶液に溶解させることによって、小麦タンパク質のグルテンからグリアジン及び/あるいはグルテニンを抽出することが可能であることが示されている(特許文献1及び2)。
【0004】
一方、欧州特許第685164号においては、30〜70容量%濃度のエタノール水溶液、10〜20容量%濃度のイソプロピルアルコール又はn−プロパノール水溶液、若しくは20〜50容量%濃度のアセトン水溶液を使用する抽出方法によって80重量%濃度以上のグリアジンを有する画分が得られたことが示されている。さらに、5〜30容量%の濃度を有し、pH3.5〜5.5のエタノール酸性水溶液を用いることによって、50重量%濃度以上のグリアジンの分画物を得ることができると記載されている。また、この時の使用可能な酸としては、酢酸、クエン酸、リンゴ酸、乳酸、アジピン酸、フマル酸、酒石酸、グルコン酸、リン酸及びフィチン酸が示されている(特許文献3)
【0005】
また、特許第2945279号においては、グリアジンの分画には、小麦グルテンからの抽出に用いる溶剤の種類、溶剤の除去方法や粉末化方法によって、粉体の吸水性、捏和性などの性質が大きく異なることが示され、これらがグルテン形成時の吸水速度やグルテン形成時間、ドウの物性に大きな影響を与えることがと記載されている。さらに、低濃度の酸性エタノール水溶液で抽出した場合は、高濃度のエタノール水溶液で抽出した場合と比較して、吸水性、捏和性に優れ、パン類の生地に添加しやすく膨張性を向上させることができ、さらに冷凍生地の冷凍変性を防止し、焼成品を硬くすることなく製造でき、また焼成品の老化を抑制することが示されている(特許文献4)。
【0006】
前記文献における実施例では、以下の条件によってグリアジンを分画している。すなわち、粉末活性グルテン(小麦グルテン)1kgを10容量%エタノール水溶液10Lに2gのクエン酸を溶解した酸性エタノール水溶液に添加し、室温で2時間抽出を行った後、遠心分離機で分離を行い、その上澄液を噴霧乾燥機を用いて乾燥させ、グリアジン画分の乾燥粉末360gを得ている。
【0007】
前記の乾燥粉末の成分は、水分は4重量%、タンパク質は90重量%であり、総タンパク質に対するグリアジンの割合は80重量%である。また、1/40水溶液のpHは3.9、クエン酸量は4.5重量%であることが示されている。
【0008】
一方、前記文献では、粉末活性グルテン1kgを70容量%のエタノール水溶液に添加することでもグリアジン画分を分画し、得られた粗グリアジンを真空下で溶剤を除去、乾燥物とした後、これを粉砕し、粗グリアジン粉末180g(これをグリアジン1という)を得ている。さらに、該粗グリアジンを99.5容量%エタノールを用いて再度分画し、この沈殿物を回収後、70容量%のエタノール水溶液を用いて溶解させる操作を繰り返すことでグリアジンを精製し、これを前記同様に真空下で乾燥した後、60gの精製グリアジン粉末(これをグリアジン2という)を得ている。
【0009】
これらグリアジン1及び2の成分は、グリアジン1では、水分3重量%、タンパク質90重量%であり、総タンパク質に対するグリアジンの割合は95重量%である。また、1/40水溶液のpHは6.7、酸度(塩酸による酸度滴定)0.1重量%以下である。一方、グリアジン2では、水分3重量%、タンパク質95重量%であり、総タンパク質に対するグリアジンの割合は99重量%、1/40水溶液のpHは6.8、酸度(塩酸による酸度滴定)0.1重量%以下であることが示されている。
【0010】
前記文献では、クエン酸を含む酸性エタノール水溶液を用いて調製したグリアジン画分乾燥粉末について、グリアジン1及びグリアジン2を比較例とした製パン試験も検討されており、該グリアジン画分乾燥粉末がグリアジン1及び2に比べて、膨張性を向上させ、老化を抑制し、クラムが冷凍により硬くなることを抑制することを示している。
【0011】
しかしながら、これらの技術では引火性であるアルコールを溶媒として使用することに変わりはなく、溶媒の回収や抽出操作に係る機材の防爆対策及び抽出された分画物の残存有機溶媒に対する問題点、例えば残存アルコール臭などが解決されていない。
【0012】
一方、欧州特許第685164号及び特許第4171521号において、クエン酸、乳酸、リンゴ酸、酢酸、リン酸及びそれら塩類の1種又は2種以上を0.1〜10重量/容量%含有するpH4.5以下の水溶液を使用した抽出法が開示されている(特許文献3及び5)。しかしながら、抽出条件や得られた抽出物の詳細については開示されていない。
【0013】
なお、特許第4208712号においては、酸の存在下、水性媒体中のグルテンからグリアジンに富む画分とグルテニンに富む画分とを製造する方法が開示されている(特許文献6)。しかしながら、せん断の強さ及び/あるいは混合時間が適当でない場合、目的とする画分を得ることが出来ないとし、目的とする画分を得るためには、デカンター遠心機の設定を調整する必要があるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特許第2954542号
【特許文献2】特許第2896422号
【特許文献3】欧州特許出願公開第685164号明細書
【特許文献4】特許第2945279号
【特許文献5】特許4171521号
【特許文献6】特許第4208712号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明の目的は、従来の引火性溶媒アルコールを使用した場合における溶媒の回収や抽出操作に係る機材の防爆対策及び抽出された分画物の残存有機溶媒に対する問題点、例えば残存アルコール臭などを解決し、せん断条件や分離装置など製造装置に限定されない、小麦グルテンを原料とする工業的な酸性水可溶性タンパク質の製造方法であって、かつ、製パン特性の優れたタンパク質を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者等は、前記課題を解決するため鋭意研究した結果、引火性溶媒アルコールを必要とせず、特殊なせん断装置など抽出設備に限定されない、グリアジンを主成分とする製パン特性に優れた画分を工業的に容易に得ることが可能な小麦グルテンの分画方法についての最適条件を見出し、本発明を完成した。すなわち、本発明は、小麦グルテンから酸性水溶液に可溶なタンパク質を抽出する、酸性水可溶性タンパク質の製造方法であって、該酸性水溶液が、該小麦グルテン乾燥物重量に対して1.5〜3.0重量%の有機酸を含み、該有機酸が少なくとも乳酸及びリンゴ酸からなり、乳酸とリンゴ酸の重量比が乳酸/リンゴ酸=83〜18/17〜82であり、引火性溶媒を含まず、かつ、該酸性水溶液を該小麦グルテン乾燥物重量に対して8倍〜12倍量を使用し、抽出時の小麦グルテンが分散している酸性水溶液のpHが3.7〜4.3であることを特徴とする、酸性水可溶性タンパク質の製造方法及び該酸性水可溶性タンパク質を提供するものである。
【発明の効果】
【0017】
本発明に係る酸性水可溶性タンパク質の製造方法によれば、酸性水可溶性タンパク質の工業的な製造が容易となり、さらに得られる該タンパク質は、収率及び製パン特性の両方を満足することができる。すなわち、本発明によれば、従来使用していたエタノールなどの引火性溶媒を使用しないため、溶媒の回収装置や全装置を防爆装置としなければならない等の問題がなく、さらには特殊な抽出・分離装置が必要もなく、さらに該タンパク質の収率が高いことから工業的に非常に有利であり、また、本発明によって得られる該タンパク質は、製パン改良などの実用面で高い効果を発揮する。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下に、本発明の実施形態について詳細に説明する。なお、本発明の酸性水可溶性タンパク質の製造に用いる小麦タンパク質は、常法によって小麦粉から分離されたグルテン(生グルテン)又はその乾燥粉末(バイタルグルテン)のいずれでもよい。
【0019】
本実施形態で用いる酸性水溶液は、少なくとも有機酸として乳酸及びリンゴ酸を含有し、かつ、引火性溶媒アルコールを含まない水溶液を使用する。また、該酸性水溶液には、乳酸及びリンゴ酸にクエン酸、酢酸や燐酸などの有機酸を混合した水溶液も使用することもできる。
【0020】
本実施形態において、抽出に使用する酸性水溶液は小麦グルテンの乾燥物重量に対して1.5〜3.0重量%の前記有機酸を溶解したものである。なお、有機酸濃度がこれより低いと固液分離後の上澄液中に含まれる固形分が少なくなり、酸性水可溶性タンパク質の固形分収率が低下する。一方、有機酸濃度がこれより高いと酸性水溶液に不溶性のグルテン成分、すなわち、グルテニン画分が膨潤し、固液分離能が低下する。
【0021】
ところで、小麦グルテンは、グリアジンとグルテニンによって構成され、グリアジンは粘性(小麦粉生地の伸展性)、グルテニンは弾性(小麦粉生地の抗張力)に寄与している。つまり、グルテンの伸展性に対して、グリアジンはプラスに、グルテニンはマイナスに作用することが知られている。
【0022】
一方、乳酸は、製パン時に小麦グルテンに作用して生地の伸展性を向上させることも知られている。
【0023】
本実施形態での前記酸性水溶液による酸性水可溶性タンパク質の抽出においては、伸展性にマイナスに作用する低分子のグルテニンも僅かに抽出されてくるが、抽出に乳酸を使用することによって乳酸も同時にグルテニンに含まれるので、乳酸がグルテニンの弾性を相殺することが分かった。
【0024】
また、本実施形態での乳酸の使用は、小麦グルテンから酸性水可溶性画分を抽出する際、該グルテンの分散性を良好にし、酸性水可溶性画分の固形分濃度を上げる点では有利であるが、一方で不溶性のグルテニン画分を膨潤させ、遠心分離による固液分離能を低下させることも見出した。
【0025】
他方、本実施形態でのリンゴ酸の使用は、小麦グルテンから酸性可溶性画分を抽出する際、不溶性のグルテニン画分の膨潤を抑制するので、固液分離が容易になり、分離後の溶液量が増加することを見出した。
【0026】
また、リンゴ酸の使用は、溶液中の可溶性画分の溶質量を増やさないため、固形分収率が少なくなり、乾燥工程では可溶性画分の薄い溶液を多量に乾燥させなければならず、乾燥負荷を増大させることが分かった。
【0027】
そこで、本実施形態における最適な有機酸濃度と、乳酸/リンゴ酸の重量比について検討を行い、その結果を表1に示した。
【0028】
試験方法は、市販の粉末グルテン(タンパク質75重量%(乾物換算値)、水分6重量%)10gを、表1に示す濃度と乳酸/リンゴ酸比からなる有機酸を含む酸性水溶液90gに分散させ、室温(25℃)で30分間撹拌抽出した。撹拌は、撹拌翼をもったミキサーを使用し、回転速度は600r.p.m.で行った。これを遠心分離機によって遠心分離(2,700G)し、分離状態を観察することで評価した。
【0029】
評価は、遠心分離後の分離状態を指標とし、その上澄液量が45容量%以上の場合を可(○印)、44容量%以下の場合を不可(×印)とした。また、固形分収率を遠心分離後の上澄液の固形分(Brix)から算出し、その値が45重量%以上の場合を可(○印)、44重量%以下を不可(×印)とした。
【0030】
【表1】

【0031】
表1で示したように、酸性水溶液に含まれる有機酸が乳酸のみの場合では、固液分離後の上澄液中に含有する固形分の収率が44重量%以下と不適であり、乳酸とリンゴ酸の2種類の有機酸が含まれる場合では、その総有機酸濃度が1.5重量%より低い場合では固形分収率が低い値を示し、一方で総有機酸濃度が3.0重量%より高いと酸性水溶液に対する不溶性のグルテン成分の膨潤性が高まり、固液分離能が低下し、分離状態が悪くなることが分かった。他方、酸性水溶液に含まれる乳酸及びリンゴ酸の割合について、乳酸/リンゴ酸の重量比が17/83の場合に固形分収率が44重量%以下となり、不適であった。
【0032】
以上の結果から、本実施形態において使用する乳酸とリンゴ酸の重量比が、乳酸/リンゴ酸=83〜18/17〜82の範囲で適しており、乳酸の重量比がこれより高い場合には固液分離状態が悪くなり、一方で低い場合には酸性水可溶性タンパク質の抽出効率が低くなり、酸性水可溶性タンパク質の収率を低下させることが分かった。
【0033】
表2は、抽出に用いた酸性水溶液に含有する乳酸及びリンゴ酸濃度(重量%)の組み合わせによる固液分離の評価をまとめたものである。すなわち、遠心分離後の上澄液量が45容量%以上であり、かつ、有機酸水溶液抽出による固形分収率を遠心分離後の上澄液の固形分(Brix)から算出し、その値が45重量%以上である場合を良好として○印で示した。一方、遠心分離後の上澄液量が44容量%以下、または、有機酸水溶液抽出による固形分収率を遠心分離後の上澄液の固形分(Brix)から算出し、その値が44重量%以下の場合を不適として×印で示した。なお、表2中に示されている○印及び×印の下段の数字は表1のNo.と対応している。
【0034】
【表2】

【0035】
表2で示したように、本発明の目的に適う乳酸濃度の範囲は0.5〜2.5重量%であり、リンゴ酸濃度の範囲は0.5〜2.0重量%であることが分かった。
【0036】
本実施形態における抽出は、小麦グルテン乾燥物重量に対して1.5〜3.0重量%の有機酸水溶液に、乳酸及びリンゴ酸が乳酸/リンゴ酸=83〜18/17〜82の重量比で溶解した酸性水溶液にグルテンが分散している状態であり、その時のグルテン分散液のpHは3.7〜4.3の範囲となる。
【0037】
本実施形態での抽出条件としては、小麦グルテン乾燥物重量の8〜12倍量、より好ましくは9〜10倍量の該抽出溶液を用いる。なお、抽出溶液が少ない場合は、該抽出溶液の有機酸濃度が高くなり、酸性水溶液中に分散するグルテン成分のうち酸不溶性分の膨潤を高め、固液分離能が低下するために不適である。一方、抽出溶液が多い場合には、該抽出溶液の有機酸濃度が低くなるため、固液分離が容易で可溶性分、つまり固液分離後の溶液量が多くなるものの、含有する固形分濃度が低くなり、乾燥する際の乾燥負荷が大きくなってしまうなど、不適である。
【0038】
酸性水溶液による酸性水可溶性タンパク質の抽出には、単に撹拌翼等の付いた抽出槽で行えばよく、その設備や撹拌時の回転数などの機械能力に限定されない。
【0039】
該抽出溶液の温度は室温とし、抽出時間は5分〜180分間行うことが好ましく、抽出工程後の固液分離は数時間から一晩静置後とすることが可能であるが、これらの条件は、特に限定されない。
【0040】
グルテン分散液の分画は、遠心分離又は濾過等の操作によって、上澄液(酸性可溶性画分)と沈澱物(酸性水不溶性画分)とに分画することができる。
【0041】
グルテン分散液を固液分離した後に得られる上澄液量は、グルテン分散液の45〜65重量%であり、上澄液、つまり酸性水可溶性画分にはグルテン仕込量の45〜60重量%が溶解している。すなわち、酸性水可溶性タンパク質の収率は45〜60重量%となる。
【0042】
固液分離によって得られた酸性水可溶性タンパク質を含む可溶性画分は、乾燥粉末化して使用することができる。なお、可溶性画分の濃縮方法としては、真空濃縮、凍結濃縮、膜濃縮及びこれらを組み合わせた方法を利用して濃縮することができる。また、乾燥は、どのような方法でも可能だが、凍結乾燥あるいは噴霧乾燥が好ましい。
【実施例】
【0043】
以下に実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0044】
1.抽出に用いる酸性水溶液の有機酸濃度の検討
有機酸として乳酸とリンゴ酸を含有し、その重量比を50/50とした酸性水溶液を用いて、最適総有機酸濃度の検討を行い、その結果を表3に示した。
【0045】
試験方法は、市販の粉末グルテン(タンパク質75重量%(乾物換算値)、水分6重量%)30gを、グルテン乾燥物重量に対して総有機酸濃度を1.0重量%(比較例1)、1.5重量%(実施例1)、2.0重量%(実施例2)、3,0重量%(実施例3)あるいは3.5(比較例2)重量%とした酸性水溶液300gに分散させ、室温(25℃)で30分間撹拌することで抽出を行った。なお、撹拌は撹拌翼をもったミキサーを使用し、回転速度は600r.p.m.で行った。また、抽出後のグルテン分散液のpHを測定し、その値を表3に示した。
【0046】
また、上記グルテン分散液を遠心分離(2,700G)することで酸性水可溶性タンパク質を含む上澄液と沈澱物(不溶性画分)とに分画した。この遠心分離後に得られた上澄液量を求め、グルテン分散液に対する重量%として表3に示した。また、上澄液の固形分収率(重量%)は、遠心分離後の上澄液の固形分(Brix)から算出した。
【0047】
さらに、上記で分画した酸性水可溶性タンパク質を含む上澄液を凍結乾燥後、粉砕機により粉末化し、乾燥物を得た。
【0048】
【表3】

【0049】
表3に示したとおり、小麦グルテン酸性水溶液可溶性画分量、すなわち、上澄液量は、実施例1〜3の全ての場合において、グルテン分散液の55〜65重量%であり、固形物収率が50〜55重量%となった。
【0050】
一方、比較例1では、遠心分離後の上澄液中の固形分濃度が5.2重量%と低く、乾燥させる際の乾燥負荷が増加するとともに酸性水可溶性タンパク質の固形分収率が39重量%と低い値を示した。
【0051】
他方、比較例2では、遠心分離による固液分離能が低く、上澄液量が44重量%と少なく、酸性水可溶性タンパク質の固形物収率が40重量%と低い値を示した。
【0052】
従って、抽出に用いる酸性水溶液の最適総有機酸濃度は、グルテン乾燥物重量に対して1.5〜3.0重量%であることが分かった。
【0053】
2.抽出に用いる酸性水溶液の乳酸/リンゴ酸の重量比の検討
市販の粉末グルテン(タンパク質75重量%(乾物換算値)、水分6重量%)に対して有機酸濃度を2.0重量%とし、その水溶液の乳酸/リンゴ酸の重量比を85/15(実施例4)、50/50(実施例2)あるいは20/80(実施例5)としたものを用いて、小麦グルテンからの酸性水溶液可溶性画分の抽出を行った。なお、比較例として、乳酸/リンゴ酸の重量比が100/0(比較例3)あるいは10/90(比較例4)の水溶液を用いた。
【0054】
試験方法は、先と同様に、粉末グルテン30gを、グルテン乾燥物重量に対して2.0重量%の有機酸(乳酸/リンゴ酸=85/15、50/50あるいは20/80)を溶解させた水溶液300gに分散させ、室温(25℃)で30分間撹拌することで抽出を行った。なお、撹拌は撹拌翼をもったミキサーを使用し、回転速度は600r.p.m.で行った。また、抽出後のグルテン分散液のpHを測定し、その値を表4に示した。
【0055】
また、上記グルテン分散液を遠心分離(2,700G)することで酸性水可溶性タンパク質を含む上澄液と沈澱物(不溶性画分)とに分画した。この遠心分離後に得られた上澄液量を求め、グルテン分散液に対する重量%として表4に示した。また、上澄液の固形分収率(重量%)は、遠心分離後の上澄液の固形分(Brix)から算出した。
【0056】
さらに、分画した酸性水可溶性タンパク質を含む上澄液を凍結乾燥後、粉砕機により粉末化し、乾燥物を得た。
【0057】
【表4】

【0058】
表4に示したとおり、小麦グルテン酸性水溶液可溶性画分量、すなわち、上澄液量は、実施例2、4及び5の全ての場合において、グルテン分散液の55〜62重量%であり、固形物収率が52〜55重量%となった。
【0059】
一方、比較例3の場合は、遠心分離による固液分離能が低く、上澄液量が42重量%と少なく、酸性水可溶性タンパク質の固形物収率が39重量%と低い値を示した。また、比較例4の場合では、遠心分離後の上澄液中の固形分濃度が6.0重量%と低く、乾燥させる際の乾燥負荷が増加するとともに酸性水可溶性タンパク質の固形物収率が43重量%と低い値を示した。
【0060】
従って、抽出に用いる酸性水溶液の乳酸/リンゴ酸の重量比は、85〜20/15〜80が適切であることが判明した。この結果により、先述の表1の結果で示された83〜18/17〜82の数値範囲内であることが立証された。
【0061】
また、実施例1〜5で得られた乾燥物は、いずれも固形物中に70容量%エタノール水溶液で分画した場合の可溶性画分に含まれる固形物の70重量%以上が含まれていた。
【0062】
3.抽出した酸性水可溶性タンパク質に含まれる有機酸組成及び濃度
実施例1〜5で調製した酸性水可溶性タンパク質画分に含まれる乾燥物重量当たりの総有機酸量、乳酸量とリンゴ酸量及び乳酸/リンゴ酸の重量比を表5に示した。なお、比較例1〜4の場合についても示した。
【0063】
有機酸、乳酸およびリンゴ酸の分析条件は、以下のとおりである。すなわち、試料は、酸性水可溶性タンパク質の乾燥物1gに蒸留水を50ml添加し、室温で30分間撹拌した溶液をメンブランフィルター(0.45μm)で濾過したものを用いた。また、測定条件は、カラムは、TSK−Gel DEAE 2SW 4.6×250、ポンプは、LC−6A(株式会社島津製作所製)、検出器はSPD−6A(株式会社島津製作所製)を用いて波長210nmで測定した。また、移動相は、0.04Mリン酸アンモニウム/MeCN(75/25)pH6.5を使用し、流量は、1.0ml/min.分析温度は、室温とした。
【0064】
【表5】

【0065】
実施例1〜5の酸性水可溶性タンパク質は、いずれも乳酸とリンゴ酸を合わせて1.0〜3.0重量%含み、かつ、乳酸とリンゴ酸の比率が乳酸/リンゴ酸=83〜18/17〜82であった。一方、比較例1〜4は、全てこの範囲外であった。この結果により、実施例は先述の表1および表2の結果で示された数値範囲内であることが立証された。
【0066】
4.製パン試験
製パン特性を評価するために、表6に示した配合表を用いて表7に示した工程でパン生地を調合した。すなわち、実施例1〜5及び比較例4で調製した小麦グルテン由来の酸性水可溶性タンパク質を配合したパン生地を調合し、その伸展性及び焼成後のパン内相の柔らかさの評価を行った。
【0067】
加えて、特許第2945279号に記載のクエン酸を含む酸性エタノール水溶液を用いて調製したグリアジン画分を用いて、前記同様の製パン試験を実施した(比較例5)。
【0068】
該グリアジン画分の調製方法は、以下のとおりである。すなわち、市販の粉末グルテン(タンパク質75重量%(乾物換算値)、水分6重量%)30gを10容量%エタノール水溶液300mlに0.6gのクエン酸を溶解した酸性エタノール水溶液に添加し、室温で2時間抽出を行った後、遠心分離機で分離を行い、得られた上澄液を噴霧乾燥機を用いて乾燥させ、目的のグリアジン画分乾燥粉末11.7gを得た。なお、この乾燥粉末は、固形物中に70容量%エタノール水溶液で分画した場合の可溶性画分に含まれる固形物の70重量%以上が含まれていた。
【0069】
【表6】

【0070】
【表7】

【0071】
パン生地の伸展性およびパン内相の柔らかさの評価は、比較例5を基準(3.0)とした5段階で行い、パネル4名の平均値を表7に示した。なお、数値が高いほどパン生地は伸展性が優れ、パン内相は柔らかいことを意味する。
【0072】
【表8】

【0073】
表8に示したとおり、実施例1〜5を配合した試験区は、生地に添加されたグリアジン量が比較例5と同等であるにもかかわらず、いずれも基準とした比較例5配合区と比較して、パン生地の伸展性とパン内相の柔らかさが優れていた。なお、実施例1〜5の酸性水可溶性タンパク質は、いずれも0.4〜1.3重量%の乳酸を含有しており、乳酸を使用して抽出した酸性水可溶性タンパク質は、グリアジン濃度が同等でも、その伸展性が優れていることが明らかである。
【0074】
乳酸を使用して分画した本発明の酸性水可溶性タンパク質は、グリアジンの特性を一段と引き出すとともに、コンタミネーションとして含まれるグルテニンの性質を相殺して、より伸展性が優れたものになることが明らかとなった。
【0075】
これに対して、比較例4は、固形分中の乳酸濃度が本発明の酸性水可溶性タンパク質より低く、比較例4を配合した区では、比較例5及び実施例1〜5と比較して、パン生地の伸展性とパン内相の柔らかさが劣っていた。
【0076】
本発明の酸性水可溶性タンパク質より乳酸濃度が低い場合には、酸性水可溶性タンパク質の性質として伸展性が不足し、添加したパンの内相に柔らかさが不足することは明らかである。
【0077】
以上のように、本発明は、引火性溶媒を使用しないため、防爆装置を要せず、作業安定性も高い。また、抽出にせん断力を有する特殊な装置も必要なく、遠心分離による固液分離にも特殊な条件を必要としない、きわめて容易な分画方法によってグリアジンを主体とする画分である酸性水可溶性タンパク質を収率よく得ることができた。得られた酸性水可溶性タンパク質は、生地の伸展性向上効果やパン内相の柔らかさの付与など製パン性に優れていた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
小麦グルテンから酸性水溶液に可溶なタンパク質を抽出する、酸性水可溶性タンパク質の製造方法であって、
該酸性水溶液が、
該小麦グルテン乾燥物重量に対して1.5〜3.0重量%の有機酸を含み、
該有機酸が少なくとも乳酸及びリンゴ酸からなり、
乳酸とリンゴ酸の重量比が乳酸/リンゴ酸=83〜18/17〜82であり、
引火性溶媒を含まず、かつ、
該酸性水溶液を該小麦グルテン乾燥物重量に対して8倍〜12倍量を使用し、
抽出時の小麦グルテンが分散している酸性水溶液のpHが3.7〜4.3であることを特徴とする、
酸性水可溶性タンパク質の製造方法。
【請求項2】
請求項1〜5記載のいずれか1項に記載の酸性水可溶性タンパク質の製造方法によって得られた酸性水可溶性タンパク質。
【請求項3】
乳酸とリンゴ酸を合わせて1.0〜3.0重量%含み、その重量比が乳酸/リンゴ酸=83〜18/17〜82である、請求項6に記載の酸性水可溶性タンパク質。

【公開番号】特開2012−85613(P2012−85613A)
【公開日】平成24年5月10日(2012.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−237412(P2010−237412)
【出願日】平成22年10月22日(2010.10.22)
【出願人】(000101215)アサマ化成株式会社 (37)