説明

重心動揺システム

【課題】
重心動揺計を用いた動的平衡機能検査において、動揺を定量化できる重心動揺システムを提供する。
【解決手段】
被験者が載る1つの踏み台と、被験者が前記踏み台上でつま先をつけたまま踵を交互に上げて一定のテンポで所定時間足踏みした時の被験者の重心位置の時系列データからX−Y座標上の重心動揺軌跡を求める手段と、重心動揺軌跡の外周面積Aを求める手段と、重心動揺軌跡の総軌跡長Lを求める手段と、動的平衡機能検査における平衡機能障害を判定するためのパラメータdとして、外周面積Aと総軌跡長Lとの比を求める手段と、を備えた重心動揺システム。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、重心動揺システムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
めまいの検査(平衡機能検査)には、大きく分けて、静的平衡機能検査と動的平衡機能検査があり、前者の1つとして重心動揺計による検査が、後者の1つとして足踏み検査が知られている。
【0003】
重心動揺検査は、重心動揺計を使い、例えば、開眼と閉眼の60秒を基準で行って動揺を記録し、動揺のパターンや開眼と閉眼の差を計測することで平衡機能を検査する。重心動揺計を用いた静的平衡機能検査では、幾つかの手法で静止重心動揺の定量化が行われている(特許文献1乃至3)。 足踏み検査では、例えば、閉眼にて100歩足踏みさせその回転と動揺を見る。足踏み検査に関する文献としては特許文献4がある。
【0004】
重心動揺計に載った被験者に足踏みを行わせる(特許文献5)ことで、動的平衡機能検査を行うことも考えられるが、重心動揺計を用いた動的平衡機能検査において、動揺を定量化するまでには至っていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平4−28353
【特許文献2】特開平8−224223
【特許文献3】特開2005−152215
【特許文献4】特公平2−22654
【特許文献5】特開2007−330434
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、重心動揺計を用いた動的平衡機能検査において、動揺を定量化できる重心動揺システムを提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明が採用した技術手段は、
被験者が載る1つの踏み台と、
被験者が前記踏み台上でつま先をつけたまま踵を交互に上げて一定のテンポで所定時間足踏みした時の被験者の重心位置の時系列データからX−Y座標上の重心動揺軌跡を求める手段と、
重心動揺軌跡の外周面積Aを求める手段と、
重心動揺軌跡の総軌跡長Lを求める手段と、
動的平衡機能検査における平衡機能障害を判定するためのパラメータdとして、外周面積Aと総軌跡長Lとの比を求める手段と、
を備えた重心動揺システム、である。
【0008】
1つの態様では、前記パラメータdは、前記所定時間内の足踏み回数(歩数)×A/Lである。
例えば、メトロノーム120BPMにあわせて1分間足踏みした場合には、パラメータd=120×A/Lとなる。
【0009】
1つの態様では、重心動揺システムは、さらに、前記パラメータdと正常値とを比較して、平衡機能障害の有無を判定する手段を備えている。
正常値は、多くの被験者のデータから統計的手法を用いて設定できることが当業者に理解される。
正常値は、開眼で足踏みした場合と閉眼で足踏みした場合とで別個に設定される(パラメータdは、閉眼で増加する)。
【0010】
本発明が採用した他の技術手段は、
被験者が1つの踏み台上でつま先をつけたまま踵を交互に上げて一定のテンポで所定時間足踏みした時の被験者の重心位置の時系列データからX−Y座標上の重心動揺軌跡を求めるステップと、
動的平衡機能検査における平衡機能障害を判定するためのパラメータdとして、重心動揺軌跡の外周面積Aと重心動揺軌跡の総軌跡長Lとの比を求めるステップと、
平衡機能障害判定手段によって、前記パラメータdと正常値とを比較して、平衡機能障害の有無を判定するステップと、
を備えた平衡機能の検査方法、である。
【発明の効果】
【0011】
本発明は、特殊な足踏みを採用してパラメータdを算出することによって、重心動揺計を用いた動的平衡機能検査において、動揺を定量化することを可能とした。
【0012】
本発明は、従来手法に比べて、愁訴がないが平衡障害のある例(Silent dizzy)や愁訴はあるが従来手法においては異常がないとされた例(Complaining NP’s)を良好に検出できる。
【0013】
本発明は、1つの踏み台、すなわち、1枚のフォースプレートから構成できるので、可搬性に優れ、また、低コストで重心動揺システムを構成することができる。
本発明では、1つの踏み台を用いて足踏み検査(動的平衡検査)を行うものであるため(例えば、特許文献5では、左右2つの踏み台上で足踏みを行っている)、従来の静止による重心動揺検査から、連続して動的平衡検査を行うことができる。
つま先をつけたまま足踏みを行う接地法を採用することで、閉眼でも安定して重心動揺計の上で足踏みをすることができる。
つま先をつけたまま一定のテンポで足踏みを行うことで、接地法で踵の上がり方で軌跡長や面積が大きくなってしまうことを良好に補正することができる。
従来の足踏み検査では足の上げる高さ、リズムの厳密な統一はなされていないが、本発明を用いることで、接地法(つま先をつけたまま)の足踏みと一定のテンポ(典型的にはメトロノームによるリズムの指定)、パラメータdの補正により足踏み検査を良好に標準化することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明に係る重心動揺システムの概略図である。
【図2】本発明に係る重心位置の移動軌跡の分類を示す図である。
【図3】本発明に係るパラメータを説明する図である。
【図4】gが一定の場合、dが増大して面積Aが増大する動揺パターンを示す図である。
【図5A】異常例の移動軌跡を示す図である。
【図5B】異常例の移動軌跡を示す図である。
【図5C】異常例の移動軌跡を示す図である。
【図5D】異常例の移動軌跡を示す図である。
【図5E】異常例の移動軌跡を示す図である。
【図5F】異常例の移動軌跡を示す図である。
【図6】上図は、正常例の開眼での6段階による軌跡長と面積の相関(FT理論値3.384)、下図は、閉眼での6段階による軌跡長と面積の相関(FT理論値4.380)を示す図である。
【図7】正常例の軌跡長(かかとのあがる高さ)とFT値の散布図である。
【図8】正常例の開眼、閉眼における軌跡長と面積との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
[A]重心動揺システムの構成
本発明に係る重心動揺システムのハードウェア構成は、フォースプレート(荷重計測手段を備えた踏み台)と、計測されたデータを用いてデータ処理を行うコンピュータ(データを入力するための入力装置、処理されたデータを出力するための出力装置、主としてCPUから構成される演算装置、ROM、RAM等の記憶装置、これらを接続するバス、を備えている)と、から構成することができる。ここで、既存の重心動揺計は、これらのハードウェア構成を備えており、より具体的には、被験者が載る踏み台と、前記踏み台に力が作用した時の当該踏み台の複数箇所の荷重を計測する荷重計測手段と、荷重計測手段により計測された荷重データに基づいて、被験者の重心位置の時系列データ(重心位置の移動軌跡)、重心動揺軌跡を囲む外周面積及び重心動揺軌跡の長さを算出する演算手段とを備えている。したがって、本発明に係る重心動揺システムの基本構成は、重心動揺計から構成することができる。
【0016】
1つの態様では、踏み台は、被験者の両足が載る略四角形状のもので、その四隅部にロードセル(荷重計測手段)が配置されている。ロードセルは、力を電気信号に変換して出力するセンサであり、例えば、ひずみゲージ式のロードセルであれば、踏み台上に荷重が加わるとひずみゲージの抵抗値が変化し、電流値が変化するようになっており、その電流を増幅器により増幅させて荷重の出力として検出する。ロードセルは3分力センサで、X軸方向、Y軸方向、Z軸方向の荷重出力を検出する。ここで、X−Y平面を踏み台の面方向に取り、被験者の正面方向をX軸方向とし、このX軸方向に直交する方向をY軸方向とし、X―Y平面に対して鉛直方向をZ軸方向とする。
【0017】
X−Y座標上の重心位置は、X−Y座標上の4つのロードセルのZ軸方向の荷重から、垂直荷重の作用中心点を求め、これをX−Y座標上での重心位置とみなすことで決定することができる。
各ロードセルで取得される荷重情報(z軸方向)を逐次コンピュータに送信し、コンピュータの演算手段で重心位置を逐次(0.5秒、1.0秒等の単位時間毎)求めることで、重心位置(X−Y座標値)の時系列データを取得することができる。重心位置の計算に用いた荷重情報及び得られた重心位置のデータ(X−Y座標値)は、取得時間と共に記憶装置に記憶され、測定開始時から測定終了時までの重心位置の経時的な移動軌跡が得られる。
ロードセルとしては、直交するX、Y、Zの軸の力(Fx、Fy、Fz)とそれら3軸のモーメント(Mx、My、Mz)の6成分を直接計測できるものもあるが、本発明に用いられる荷重計測手段としては、少なくとも重心位置が計測できるものであればよい。
荷重計測手段(ロードセル)の数は、4個に限定されるものではなく、例えば、3個、あるいは5個以上でもよい。
【0018】
典型的には、得られた移動軌跡は、表示装置上の表示部に表示され、移動軌跡の形状は平衡機能検査に用いられ、また、重心動揺軌跡を解析することは平衡機能検査において重要ではあるが、パラメータdを計算するためには重心動揺軌跡がデータとして得られていればよく、本発明において、重心動揺軌跡を表示部に表示することは必須ではない。
また、重心動揺システムは、任意の構成要素としてのプリンタを備えていてもよく、表示装置に表示された内容を適宜必要に応じてプリンタから出力してもよい。
【0019】
上述のように、重心動揺システムは、フォースプレート上の被験者の重心位置の時系列データからX−Y座標上の重心動揺軌跡を求める手段を備えているが、重心動揺システムは、さらに、重心動揺軌跡の外周面積を求める手段と、重心動揺軌跡の総軌跡長を求める手段と、を備えている。総軌跡長Lは、計測時間内の重心点の移動した全長を表し、外周面積Aは、重心動揺の軌跡の最外部によって囲まれる内側の面積を表す。移動軌跡の総軌跡長L、外周面積Aは、演算装置によって算出される。
総軌跡長Lは、1つの態様では、重心座標(x,y)の時系列データから、微小時間Δt毎の重心点の移動距離ΔLを求め、移動距離ΔLを測定時間にわたって積算することで求めることができる。
外周面積Aは、1つの態様では、(ア) X−Y座標上の重心動揺の原点(MEAN X,MEAN Y)の周囲を120等分に分割し、(イ)分割した各領域に含まれる半径が最大の重心点を全領域にわたって求め、(ウ)隣り合う領域の最大点と原点を結んでできる三角形の面積を求め、(エ)原点の周囲について積算する、ことによって求めることができる。
重心動揺軌跡の外周面積を求める手段、及び、重心動揺軌跡の総軌跡長を求める手段は従来の重心動揺計にも搭載されており、外周面積、総軌跡長の具体的な算出方法についても上記の方法に限定されるものではないことが当業者に理解される。
【0020】
上述のように、本実施形態の重心動揺システムの基本構成は重心動揺計から構成することができるが、本重心動揺システムの特徴の1つは、重心移動軌跡を求める手段が、被験者が前記踏み台上でつま先をつけたまま踵を交互に上げて一定のテンポで所定時間足踏みした時の被験者の重心位置の時系列データからX−Y座標上の重心動揺軌跡を求める手段である点にある。このようにして得られた特殊な重心動揺軌跡に基づいて外周面積A、総軌跡長Lが求められる。
【0021】
そして、本重心動揺システムのもう1つの特徴は、動的平衡機能検査における平衡機能障害を判定するためのパラメータdとして、上記特殊な重心動揺軌跡に基づいて計算された外周面積Aと総軌跡長Lとの比を求める手段を備えている点にある。本実施形態では、パラメータdとして、演算装置によって、前記所定時間内の足踏み回数(歩数)×A/Lを算出する。
【0022】
本重心動揺システムは、主として演算装置及び記憶装置から構成される平衡機能障害判定手段を備えており、平衡機能障害判定手段によって、パラメータdと正常値とを比較して、平衡機能障害の有無を判定する。
正常値は、多くの被験者のデータから設定できることが当業者に理解される。
また、正常値の決定において、適宜、既存の各種の統計的手法を用い得ることが当業者に理解される。
例えば、多数の健常者のデータを収集してパラメータdを取得し、健常者の平均値±2SDを正常範囲とすることができる。
正常値は、開眼で足踏みした場合と閉眼で足踏みした場合とで別個に設定される。
【0023】
[B]重心動揺システムを用いた動的平衡機能検査
[B−1]測定方法
本発明は、従来の足踏みとは異なる特殊な足踏みを採用している。通常の足踏みでは、足裏全体が踏み台上面から離れるのに対して、本発明に係る足踏みでは、つま先を踏み台上面に着けたままで足踏みを行う。
より具体的には、重心動揺計の踏み台の中央に、閉足位で、つま先、特に拇指の付け根が常に接地している状態で、踵だけ交互にわずかに(2〜3cm程度)上げるようにして、足踏みを行う。
測定時においては、「前方に移動しない」、「リズムがずれないようにすること」が重要である。
本明細書ではこのような足踏みを用いた検査を、フランス語Foulage(古典的なワインの製造過程において木樽の中に入り裸足でぶどうを踏んでジュース状にすること)に因んでFoulage Testと呼ぶ。前述のパラメータdを同検査の名称からFT値と呼ぶ。
【0024】
足踏みを、一定のテンポで所定時間行うことで被験者の重心位置の時系列データを取得する。例えば、メトロノーム120BPMにあわせて足踏みする。テンポ120BPMは1つの例示であって、動揺が著しい時には、例えば、90BPMで足踏みを行う。計測時間は、例えば、1分間である。開眼1分、閉眼1分について、それぞれ足踏みを行って重心位置の時系列データを取得して記録する。
【0025】
後述するように、踵を高く上げ過ぎると正常者(健常者)でも動揺が生じることがわかった。踵の高さは軌跡長Lに反映される。軌跡長L(120BPMで1分間の計測)が1500以上であれば、正常者でも後述するパラメータd(FT値)は高値となるため、検査時は踵の上がり過ぎに注意する必要がある。例えば、120BPMで1分間の計測の場合に、軌跡長Lを1500未満とすることで、踵の過度の上がりを防止することができる。
【0026】
[B−2]軌跡の分類
このような足踏みを行った時の重心位置の移動軌跡は、典型的には、横8の字が上方(前方)に凸となった軌跡となる(第1類型)。BPM120では、1分間に横8の字が60回加算される。
重心位置の移動軌跡は、図2に示すように、大きく3つの型に分類できる。
(1)第1類型(B型)は、弓なりで、前方を頂点とした逆V字状ないし逆U字状を描くものである。かかとをやや高く上げた、比較的元気のよい足踏みで見られるタイプである。
(2)第2類型(A型)は、わずかに上方にカーブするがほぼ直線を描くものである。かかとの上がりが小さなタイプである。
(3)第3類型(T型)は、ほぼ円形の軌跡になるタイプである。第1類型の軌跡が中央で重なったものや、第2類型が前後に移動したものである。
【0027】
[B−3]パラメータについての考え方
被験者に平衡障害がなければ横8の字の軌跡は再現性と規則性を持って重なり、面積は大きくならず、一方、動揺があれば面積が増大する。もともとの8の字が大きければ面積は動揺と無関係に大きくなる。また、平衡障害が強ければその恐怖感により歩幅が小さくなるため、面積は小さくなる。つまり、面積だけでは動揺の指標にならない。
本発明者等は、鋭意研究を積み重ねることによって、以下のパラメータに辿り着いた。
【0028】
<L/120(またはL/90)>
総軌跡長(L)を歩数で除したパラメータである。
軌跡の1歩分の長さであるから、横8の字では始点をかかととすると対側のかかとまでの軌跡長を意味する。
【0029】
<FT値(パラメータd)>
外周面積(A)を、長方形を逆V字に折り曲げた多角形の面積であると仮定する。
1歩分の軌跡長をこの多角形の中心を走る線gとする。
多角形の短辺の長さdとすると、
d×g=A、d=A/g、
g=L/120、であるから、
d=A/(L/120)=120A/L、となる。
このd(外周面積A/一歩の軌跡長g)が概念としてのFT値である。
本発明におけるパラメータd(歩数×A/L)は、自主的に動いた状態の随意的な要素を補正して、動揺だけを検出する、すなわち、動的検査における随意的な要素を補正するものであり、静止の重心検査による面積と軌跡長の比(例えば、単位面積軌跡長)とは全く異質の概念である。
【0030】
gは、1歩の軌跡の長さであり、元気のよさ、ノリのよさを反映する。動揺がある患者では不安定さ、恐怖から短くなる。
動揺が小さければ、規則性・再現性が保たれるため、軌跡はほぼ同じ部分に反復され、動揺があれば、規則性は乱れ、面積は増大する。すなわち、多角形の短辺にあたるdは動揺を反映する。図4に、gが一定の場合、dが増大して面積Aが増大する動揺パターンを示す。
【0031】
[B−4]検査結果例
異常例の軌跡を図5A〜5Fに示す。図5A〜5Fにおいて、左図は「開眼」、右図は「閉眼」である。図5A、図5Bでは、重心位置の移動軌跡は第1類型(B型)である。図5C、図5Eでは、重心位置の移動軌跡は第2類型(A型)である。図5D、図5Fでは、重心位置の移動軌跡は第3類型(T型)である。
【0032】
FT値がめまい患者の動揺の強さを反影しているかを検討するため、臨床例における動揺のレベルを表1のとおり分類した。
【表1】

【0033】
めまい症例の結果を表2に示す。
FT値(パラメータd=120A/L)は、動揺の程度を特に閉眼で反映している。
また、後述するように、足踏みにおける踵の過度の上がりを防止することで、FT値は開眼においても動揺の程度を良好に反映することができる。
【表2】

【0034】
愁訴の有無と検査結果による患者の分類について表3に示す。
【表3】

Silent dizzyとは、めまいを自覚しないが検査によって異常を認める症例である。
Complaining NP’sとは、めまいの自覚症状があるものの、検査で異常が検出されない例のうち、従来の重心動揺計や足踏み検査の精度では検出されない症例で、本発明の手法により異常が認められたものである(本発明の手法を、従来の静止の重心動揺計と従来の50歩の足踏み検査と比較した。)。
Psychogenic dizzyは、めまいの自覚症状があるもののうち、本発明の手法も含め検査で異常がない例であり、心因性の可能性が高い。
本発明により、めまい患者95例のうち、愁訴があるが異常がないとされた19例(Complaining NP’s)について、異常を指摘できた。よって、本発明により、「めまい気質」として片づけられていた症例を再評価することが可能である。
本発明により、愁訴がないが平衡障害のある例(Silent dizzy)を82%検出できた。
【0035】
めまい症例におけるカットオフ値について、表4に示す。めまい患者のうち「閉眼で動揺のない例(レベル0)」と「閉眼で動揺のある例(レベル1〜3)」の感受性、特異度がもっとも良くなる値としてカットオフ値を求めた。閉眼時のカットオフ値は4.3であり、これ以下を暫定的な正常値とした。
【表4】

【0036】
重心動揺計により動的平衡障害を定量化するための手法について述べた。FT=120A/L(cm)、すなわちパラメータdは、動揺の強さを、特に閉眼においてよく反映した。めまい患者95例の閉眼時の動揺の有無についてのカットオフ値から閉眼時のFT値の暫定的な正常値は4.3cmとした。カットオフ値は、動揺の有無をFoulage testにより判別できる、という根拠として重要である。正常値については、1つの態様では、健常者の平均値±2SDを正常範囲とすることができる。後述するように、カットオフ値の4.3は健常者の平均値±SDである4.44に近い値である。
なお、後述するように、踵を上げ過ぎないようにすることで、開眼においても、FT=120A/L(cm)は有効なパラメータであることがわかった。
めまい患者の日常のふらつきの自覚とは一致しなかった。このことからめまいを自覚しないが検査上平衡障害が認められるSilent dizzy、めまいを自覚するが検査上平衡障害のないPsychogenic dizzy、めまいを自覚するが従来の検査で異常を指摘されず、本発明によりはじめて異常を認められたComplaining NP’sといった概念を考えることができ、より緻密な平衡機能検査を行うことができる。
【0037】
[B−5]同一被験者によるかかとの高さとFT値の相関の検討
めまい疾患、平衡障害、耳疾患がなく、音楽経験がありリズムの狂いが少ない45歳男性が被検者となった。1分間に120回接地法による通常のFoulage testを行った。ただし、踵の上がる高さは、常に接地し重心だけ移動させる極めて小さな動き(レベル1)から、8段階測定し、10cm以上上げるレベル8までを記録した。
【0038】
全測定値(個人の8段階のデータ)を表5に示す。踵が高く上がるにしたがって軌跡長Lは長くなっており、踵の上がる高さは軌跡長に反映されることがわかった。
【表5】

【0039】
全8レベルにおいて、開眼・閉眼での軌跡長と面積の相関を考察したところ、軌跡長と面積は強い相関を示したが、開眼においてレベル7と8、閉眼でレベル8の面積が大きくなる傾向があった。
全8レベルにおける軌跡長(踵の上がる高さ)とFT値の関係を考察したところ、やはり開眼でレベル7と8、閉眼でレベル8がFT値の数値が大きくなっている。
実際、10cm近くもかかとをあげて1分間足踏みをすれば、正常者であっても動揺が生じることは十分予測される。被験者の自覚的な感覚としても、レベル7, 8ではバランスを保つのは困難であった。
【0040】
そこでレベル6までについての開眼・閉眼での軌跡長と面積の散布図と相関を図6に示す。軌跡長と面積は極めて強い相関を示した。FTの理論値は、開眼ではFT=3.384、閉眼ではFT=4.380となった。
レベル6までにおける軌跡長(踵の上がる高さ)とFT値の散布図を図7に示す。開眼、閉眼ともほぼ水平の回帰直線となった。この範囲であれば軌跡長が変わってもFT値はほぼ一定である。この軌跡長の範囲であればFT値はほぼ完全に正常時の動きの成分を補正できていると考えられる。
【0041】
このように、踵が上がり過ぎると正常者でも異常になり(足踏み時の踵の上がり過ぎによる動揺、また、踵が上がりすぎることによる前方への移動、が原因であると考えられる)、例えば、軌跡長1500以上(1分間120回接地法)であれば、正常者でもFT値は高値となるため、検査時は踵の上がり過ぎに注意する必要がある。軌跡長1500未満(1分間120回接地法)であればFT値は動揺と偏倚以外の成分をほぼ完全に補正できている。ただし個人差がある可能性があり、軌跡長1500未満(1分間120回接地法)という基準は暫定的なものではあるが、少なくとも、以下の実験では、軌跡長1500未満(1分間120回接地法)という基準は有効であった。
【0042】
[B−6]複数被験者によるかかとの高さとFT値の検討(FT値の正常値の検討)
めまい疾患、平衡障害、耳疾患の既往のない成人男女15例が被験者となった。踵が接地したままのレベル1から可能な限りの高さをレベル5として5段階、開眼と閉眼でFoulage testを行った。このうちまったく平衡障害がないと考えられた9例が最終的な対象となった。
【0043】
全てのレベルにおいて軌跡長とFTとの関係を検討したところ、踵が高く上がるとFT値が大きくなる傾向があるが、踵の高さによる正常人の動揺の出現には個人差があることが観察された。少なくとも1例は、軌跡長1500異常で極めて動揺が激しくなっていた。
そこで、9例(41データ)の軌跡長(踵の高さ)とFTの関係を、軌跡長1500未満のデータで検討することとした。
軌跡長と面積の相関図を図8に示す。開眼ではばらつきが少なく、強い相関を認めた。閉眼は開眼にくらべて若干ばらつきがあった。FT理論値は開眼3.120、閉眼3.984であった。
【0044】
開眼においてFT値は、平均2.936、標準偏差0.408であった。
閉眼においてFT値は、平均3.905、標準偏差0.539であった(いずれもN=41)。
サンプル数がまだ少ないが暫定的な正常値を平均値±2SDとすると、開眼 2.12〜3.75(平均2.94)、閉眼 2.83〜4.98(平均3.91)、となった。
【0045】
さらに、平均値+SDを正常範囲、+SD〜+2SDを境界閾(異常が疑われる)、+2SD以上を異常値、と設定すると、9例の健常者41データからの正常値、境界閾、異常値は、以下のとおりである。
<開眼>
正常平均値2.94
正常範囲<3.34(+SD値)
3.34≦境界(異常疑い)<3.75(+2SD)
3.75≦異常
<閉眼>
正常平均値3.91
正常範囲<4.44(+SD値)
4.44≦境界(異常疑い)<4.98(+2SD)
4.98≦異常
上述のカットオフ値4.3は、ほぼ平均値+SDとして処理することができる。
また、サンプル数を増やすことで、正常値の精度を高めていくことができることが当業者に理解される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者が載る1つの踏み台と、
被験者が前記踏み台上でつま先をつけたまま踵を交互に上げて一定のテンポで所定時間足踏みした時の被験者の重心位置の時系列データからX−Y座標上の重心動揺軌跡を求める手段と、
重心動揺軌跡の外周面積Aを求める手段と、
重心動揺軌跡の総軌跡長Lを求める手段と、
動的平衡機能検査における平衡機能障害を判定するためのパラメータdとして、外周面積Aと総軌跡長Lとの比を求める手段と、
を備えた重心動揺システム。
【請求項2】
前記パラメータdは、前記所定時間内の足踏み回数(歩数)×A/Lである、請求項1に記載の重心動揺システム。
【請求項3】
前記パラメータdと正常値とを比較して、平衡機能障害の有無を判定する手段を備えている請求項1、2いずれかに記載の重心動揺システム。
【請求項4】
被験者が1つの踏み台上でつま先をつけたまま踵を交互に上げて一定のテンポで所定時間足踏みした時の被験者の重心位置の時系列データからX−Y座標上の重心動揺軌跡を求めるステップと、
動的平衡機能検査における平衡機能障害を判定するためのパラメータdとして、重心動揺軌跡の外周面積Aと重心動揺軌跡の総軌跡長Lとの比を求めるステップと、
平衡機能障害判定手段によって、前記パラメータdと正常値とを比較して、平衡機能障害の有無を判定するステップと、
を備えた平衡機能の検査方法。
【請求項5】
前記パラメータdは、前記所定時間内の足踏み回数(歩数)×A/Lである、請求項4に記載の平衡機能の検査方法。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5A】
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【図5B】
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【図5C】
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【図5D】
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【図5E】
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【図5F】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図1】
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