説明

金属板からなる液圧バルジ成形品の製造方法、液圧バルジ成形用金型、及び液圧バルジ成形品

【課題】重ね合わされて周縁部を接合された複数の金属板からなる成形素材に液圧バルジ成形を行って液圧バルジ成形品を製造する際に、割れやしわといった成形不良の発生を抑制して成形可能限界をさらに向上する。
【解決手段】最外側に第1の金属板21及び第2の金属板22を有して重ね合わされて周縁部を接合された成形素材19を、第1の金型24及び第2の金型25の間で挟持し、成形素材19からなる液圧バルジ成形品を製造する際、第1の金属板21を、第1の金属板21のフランジ部が第1のフランジ面24bであって第1のキャビティ24aの周囲の全部又は一部に設けられた流入抵抗増加部26に沿いながら、第1のキャビティ24aの内部に流入させるとともに、第2の金属板を、第2の金属板25のフランジ部が第2のフランジ面25bに沿いながら、第2のキャビティ25aの内部に流入させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属板からなる液圧バルジ成形品の製造方法、液圧バルジ成形用金型、及び液圧バルジ成形品に関し、例えば、重ね合わされて周縁部を接合された複数枚の金属板を成形素材とする液圧バルジ成形品の製造方法と、この製造方法を実施するための液圧バルジ成形用金型と、この製造方法により製造される液圧バルジ成形品とに関する。
【背景技術】
【0002】
金属板を成形素材とするプレス加工では、伸びフランジ成形における、エッジ付近の割れの発生や、T字形状や段差を有する形状の成形におけるしわの発生といった成形不良がしばしば成形上の課題になる。
【0003】
これに対し、非特許文献1〜3に記載されるように、重ね合わせた複数枚の金属板の周縁部付近をシール接合したものを成形素材とする液圧バルジ成形は、プレス加工に比較して、割れやしわの発生といった成形不良が発生し難いとともに成形後の寸法精度も良好であって、非常に優れた成形方法である。
【0004】
図16は、従来の液圧バルジ成形に用いるブランク1a、1b及びその接合を説明する斜視図であり、図16(a)は加工素材となる2枚のブランク1a、1bを示し、図16(b)は2枚のブランク1a、1bを重ね合わせ溶接した成形素材である重ね板ブランク1を示し、図16(c)は膨出加工された成形品3の外観構成を示す。
【0005】
図16(a)に示すように、上ブランク1aと、加工液を注入するために打ち抜き又はレーザ切断などにより、所定位置に注水口2が穿孔された下ブランク1bとを準備する。次に、図16(b)に示すように、2枚のブランク1a、1bは、膨出加工におけるシール性を確保するため、接合ラインLに沿って周縁部を全周に亘り接合することにより重ね板ブランク1を製造し、液圧バルジ成形の成形素材とする。ブランク1a、1bの接合には、主に、レーザ溶接、シーム溶接、アーク溶接さらにはプラズマ溶接等の連続溶接が用いられる。そして、図16(c)に示すように、液圧バルジ成形により重ね板ブランク1に膨出加工が行われ、製品である成形品3に成形される。
【0006】
図17は、従来の液圧バルジ成形により、重ね板ブランク1を成形素材として成形品3を加工する方法を説明する断面図であり、図17(a)は加工前の状態を示し、図17(b)は膨出加工の状態を示し、さらに図17(c)は加工終了時の状態を示す。
【0007】
図17(a)に示すように、加工前に、成形品3の外郭形状と同じ内郭形状を有するキャビティ4aおよびその周縁部に設けられた板押さえ面4bからなる上金型4と、成形品3の外郭形状と同じ内郭形状を有するキャビティ5aおよびその周縁部に設けられた板押さえ面5bからなる下金型5とを用い、加工素材である重ね板ブランク1を、上金型4の板押さえ面4bと下金型5の板押さえ面5bとの間に挟持する。
【0008】
下金型5には高圧の加工液を注入する注入孔6が穿設され、シールのために注入孔6を囲んでシール溝7が刻設されている。ブランク1bは、注水口2が下金型5の注入孔6が設けられた部位およびシール溝7に囲まれた領域に一致するように、配置される。そして、上金型4及び下金型5は、図示しない液圧バルジ成形装置に設けられた加圧装置によって、押圧される。
【0009】
次に、図17(b)に示すように、加工液が、図示しない圧力発生装置に接続された注入孔6を介して供給され、さらに、注水口2を通して重ね板ブランク1の内部に注入される。その際、上金型4のキャビティ4a及び下金型5のキャビティ5aに通じる流路が、ブランク1a、1b間の注入孔6に対向する位置から形成される。この流路を通じて、重ね板ブランク1の内部に加工液が注入され、ブランク1aおよびブランク1bに対する膨出加工が行われる。このとき、上金型4及び下金型5には、キャビティ4a、5aの内部の空気を外部へ排出するための空気抜き孔(図示しない)が設けられる場合がある。
【0010】
最終的に、図17(c)に示すように、ブランク1aは製品の外郭形状と同じ内郭形状であるキャビティ4aに沿うように押し付けられるとともにブランク1bは製品の外郭形状と同じ内郭形状であるキャビティ5aに沿うように押し付けられて加工が終了し、製品3が得られる。
【0011】
しかし、成形性に優れる液圧バルジ成形であっても、製品の形状によってはブランク1a、1bに割れやしわが発生し、良好な成形ができない場合もある。プレス加工においては、ビードを設けて成形中のフランジ部の流入を制御することによって割れやしわの発生を防止する手法が一般的に用いられる(例えば特許文献1参照)。液圧バルジ成形においても、成形中のフランジ部の流入を適切に制御すれば割れやしわの発生を抑制でき、成形可能限界をさらに向上できると考えられる。
【0012】
しかし、液圧バルジ成形(例えば特許文献2参照)においては、これまで、成形中のフランジ部の流入量を、金型の部位によって最適に制御する技術は存在しなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2000−317535号公報
【特許文献2】特許第4539307号明細書
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】富澤他:平成17年塑性加工春季講演会講演論文集,273〜274頁
【非特許文献2】佐藤他:平成22年塑性加工春季講演会講演論文集,25〜26頁
【非特許文献3】Sato,Tomizawa:2010 Proceedings of the International Automotive Body Congress,P182−191
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は、重ね合わされて周縁部を接合された複数の金属板からなる成形素材に液圧バルジ成形を行って液圧バルジ成形品を製造する際に、割れやしわといった成形不良の発生を抑制して成形可能限界をさらに向上できる金属板からなる液圧バルジ成形品の製造方法、液圧バルジ成形用金型、及び液圧バルジ成形品を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上述したように、液圧バルジ成形では、成形中のフランジ部の流入量を、金型の部位によって適切に制御することにより、割れやしわといった成形不良の発生を抑制することができる可能性がある。
【0017】
図18は、重ね合わせた2枚の金属板8、9を、それぞれの周縁部付近において接合部10により接合した成形素材11を用いる液圧バルジ成形において、金属板8、9のフランジ部8a、9aの流入量を制御するために、上下の金型12、13にプレス加工で一般的に用いられているビードと同様のビード12a、13aを使用した状況を示す説明図である。
【0018】
図18に示すように、2枚の金属板8、9を接合部10で接合した成形素材11を用いる液圧バルジ成形において、プレス加工で一般的に用いられているものと同様のビード12a、13aを使用してフランジ部8a、9aの流入量を制御しようとすると、2枚の金属板8、9がともに曲げられた状態でビード12a、13aに接近及び/又は通過することとなり、2枚の金属板8、9の接合部10に大きな負荷が発生し、成形中に接合部10が割れる危険がある。接合部10が割れると、液圧を維持できず、それ以上成形ができなくなってしまう。
【0019】
本発明者らは、鋭意検討を重ねた結果、金型の形状を工夫することによって成形中のフランジ部の流入量を適切に制御することが可能になり、割れやしわといった成形不良の発生を抑制して成形可能限界をさらに向上できるようになることを知見し、本発明を完成した。
【0020】
本発明は、最外側に第1の金属板及び第2の金属板を有して重ね合わされて周縁部を接合された複数の金属板からなる成形素材を、製品の外郭形状と同一の内郭形状の第1のキャビティを有する第1の金型の第1のフランジ面と、製品の外郭形状と同一の内郭形状の第2のキャビティを有する第2の金型の第2のフランジ面との間で挟持し、成形素材の内部に液体を注入して内部を加圧することによって、少なくとも、第1の金属板を第1のキャビティの内部へ流入させるとともに第2の金属板を第2のキャビティの内部へ流入させて、成形素材を膨出変形させて液圧バルジ成形品を製造する方法において、第1の金属板を、第1の金属板のフランジ部が第1のフランジ面であって第1のキャビティの周囲の全部又は一部に設けられた流入抵抗増加部に沿いながら、第1のキャビティの内部に流入させるとともに、第2の金属板のフランジ部を、第2の金型の第2のフランジ面に沿いながら、第2のキャビティの内部に流入させることを特徴とする金属板からなる液圧バルジ成形品の製造方法である。すなわち、本発明は、第1の金属板のフランジ部の流入抵抗を、周囲のフランジ部の流入抵抗、又は従来の液圧バルジ成形におけるフランジ部の流入抵抗よりも高め、かつ接合部への負荷の増加を抑制するものである。本発明によれば、第1の金属板と第2の金属板との接合部を割ることなく、成形中のフランジ部の流入量を適切に制御することが可能になるので、第1の金属板又は第2の金属板の端部付近の割れやしわ等の成形不良の発生を、抑制することができる。
【0021】
この本発明において、流入抵抗増加部は、成形素材の伸びフランジ形状部分、T字型の成形素材における、少なくとも二辺の接合部の外辺部分を含む部分(本明細書では「T字形状の直線部分」ともいう)、又は、型締めした際に円弧部(面外屈曲部)を有する成形素材における、少なくとも一方の金属板の円弧形状(屈曲形状)となるフランジ部分(本明細書では「面外に屈曲した部分」ともいう)のうちの1又は2以上に相当する部分にのみ設けられることが好ましい。すなわち、流入抵抗増加部は、金属板のエッジ付近の割れやしわの発生を抑制する効果がある一方、流入抵抗増加部を無用な部分に付けると、膨出部の減肉が助長される。このため、流入抵抗増加部は、必要な部分にのみ選択的に設けることによって、膨出部の無用な肉厚減少を避けながらエッジ付近の割れや膨出部のしわの発生を抑制することが可能になる。
【0022】
これらの本発明では、流入抵抗増加部が第1のフランジ面に設けられた凸部又は凹部であることが例示される。
別の観点からは、本発明は、最外側に第1の金属板及び第2の金属板を有して重ね合わされるとともに周縁部を接合された複数の金属板を成形素材とする液圧バルジ成形品を製造するための液圧バルジ成形用金型であって、
液圧バルジ成形品の外郭形状と同一の内郭形状の第1のキャビティと、第1の金属板に当接して成形素材を挟持するための第1のフランジ面とを有する第1の金型と、
液圧バルジ成形品の外郭形状と同一の内郭形状の第2のキャビティと、第2の金属板に当接して前記成形素材を挟持するための第2のフランジ面とを有する第2の金型とを備え、さらに、
第1のフランジ面であって第1のキャビティの周囲の全部又は一部に設けられて、第1の金属板のフランジ部を沿わせながら第1の金属板を第1のキャビティに流入させる流入抵抗増加部を備えること
を特徴とする液圧バルジ成形用金型である。
【0023】
この本発明では、流入抵抗増加部が、第1の金型と第2の金型との間隔が挟持された前記成形素材の厚さ以上である狭部と、間隔が狭部の間隔よりも大きい広部とを有し、狭部及び広部が、成形素材の接合部を挟持する部分と、第1のキャビティ又は第2のキャビティとの間に隣り合って配置されるとともに、狭部が広部よりも第1のキャビティ又は第2のキャビティに近い位置に配置されることが好ましい。この本発明によれば、上述した本発明の方法を実施することができる。
【0024】
これらの本発明では、流入抵抗増加部が、第1のフランジ面に設けられた凸部又は凹部であることが好ましい。
これらの本発明では、流入抵抗増加部が、成形素材の伸びフランジ形状部分、成形素材のT字形状の直線部分、又は、成形素材の面外に屈曲した部分のうちの1又は2以上に相当する部分にのみ設けられることが好ましい。
【0025】
さらに別の観点からは、本発明は、最外側に第1の金属板及び第2の金属板を有して重ね合わされるとともに周縁部を接合された複数の金属板を成形素材とし、かつ外縁部にフランジを有する液圧バルジ成形品であって、第1の金属板におけるフランジを構成する部分に、曲げ変形による凸部及び/又は凹部を備えること、第2の金属板におけるフランジを構成する部分であって、第1の金属板の凸部及び/又は凹部に対向する位置に、略平坦な形状部を有すること、及び、第1の金属板の外面と、第2の金属板の外面との間隔が、複数枚の金属板それぞれの板厚の合計よりも例えば0.1mm以上大きいことを特徴とする液圧バルジ成形品である。この本発明によれば、フランジ部が、従来品のフランジ部に比べて、より加工硬化しているため、製品全体としての剛性が向上する。
【発明の効果】
【0026】
本発明により、従来技術では成形中に割れやしわのような成形不良が発生していた場合であっても、成形不良を発生することなく成形することが可能になる。また、本発明による成形品についても、フランジ部の加工硬化により、剛性を向上できる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】図1(a)〜図1(e)は、本発明に係る液圧バルジ成形用金型の各種構成を示す説明図である。
【図2】図2(a)〜図2(c)は、従来の液圧バルジ成形により、2枚重ね板ブランクを素材として、伸びフランジ形状の部品を成形する様子を示す説明図である。
【図3】図3(a)〜図3(c)は、従来の液圧バルジ成形に、プレス加工で一般的に用いられているものと同様のビードを使用し、2枚重ね板ブランクを素材として、伸びフランジ形状の部品を成形する様子を示す説明図である。
【図4】図4(a)〜図4(c)は、本発明の液圧バルジ成形により、2枚重ね板ブランクを素材として、伸びフランジ形状の部品を成形する様子を示す説明図である。
【図5】図5は、流入抵抗増加部の設置位置を示す説明図である。
【図6】図6(a)及び図6(b)は、流入抵抗増加部の設置位置を示す説明図である。
【図7】図7は、伸びフランジ形状部品を成形する場合に、流入抵抗増加部を設けるべき部分と、流入抵抗増加部が無用な部分とを示す説明図である。
【図8】図8は、キャビティの形状を示す説明図である。
【図9】図9は、金型に設けた流入抵抗増加部の形状を示す説明図である。
【図10】図10は、伸びフランジ部におけるフランジ流入量を示す説明図である。
【図11】図11は、本発明例及び比較例の試験結果をまとめて示す説明図である。
【図12】図12は、本発明例及び比較例それぞれの伸びフランジ部のエッジに発生する伸びひずみを示すグラフである。
【図13】図13は、キャビティの形状を示す説明図である。
【図14】図14は、キャビティの形状を示す説明図である。
【図15】図15は、成形品の断面形状を示す説明図であり、図15(a)は比較例を示し、図15(b)は本発明例を示す。
【図16】図16は、従来の液圧バルジ成形に用いるブランク及びその接合を説明する斜視図であり、図16(a)は加工素材となる2枚のブランクを示し、図16(b)は2枚のブランクを重ね合わせ溶接した成形素材である重ね板ブランクを示し、図16(c)は膨出加工された成形品の外観構成を示す。
【図17】図17は、従来の液圧バルジ成形により、重ね板ブランクを成形素材として成形品を加工する方法を説明する断面図であり、図17(a)は加工前の状態を示し、図17(b)は膨出加工の状態を示し、さらに図17(c)は加工終了時の状態を示す。
【図18】図18は、重ね合わせた2枚の金属板を、それぞれの周縁部付近において接合部により接合した成形素材を用いる液圧バルジ成形において、金属板のフランジ部の流入量を制御するために、上下の金型にプレス加工で一般的に用いられているビードと同様のビードを用いた状況を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、添付図面を参照しながら本発明を説明する。
1.本発明に係る液圧バルジ成形用金型
図1(a)〜図1(e)は、本発明に係る液圧バルジ成形用金型20の各種構成を示す説明図である。
【0029】
図1(a)〜図1(e)に示すように、金型20は、周縁部を接合された複数の金属板21〜23を成形素材19とする液圧バルジ成形品を製造するための液圧バルジ成形用金型である。金型20は、第1の金型(上金型)24と第2の金型(下金型)25とを備える。成形素材19は、最外側に第1の金属板21及び第2の金属板22を有して重ね合わされる。なお、図1(d)は成形素材19が第3の金属板23を有する場合である。
【0030】
第1の金型24は、液圧バルジ成形品の外郭形状と同一の内郭形状の第1のキャビティ24aと、第1の金属板21に当接して成形素材19を挟持するための第1のフランジ面24bとを有する。
【0031】
一方、第2の金型25は、液圧バルジ成形品の外郭形状と同一の内郭形状の第2のキャビティ25aと、第2の金属板22に当接して成形素材19を挟持するための第2のフランジ面25bとを有する。
【0032】
第1の金型24は、第1のフランジ面24bであって第1のキャビティ24aの周囲の全部又は一部に、流入抵抗増加部26を有する。流入抵抗増加部26は、第1の金属板21のフランジ部を沿わせながら第1の金属板21を第1のキャビティ24aに流入させるためのものである。
【0033】
図1(b)において破線により示すように、流入抵抗増加部26は、狭部26−1と広部26−2とを有する。狭部26−1は、第1の金型24と第2の金型25との間隔が、挟持された成形素材19の厚さ以上である。また、広部26−2は、間隔が狭部26−1の間隔よりも大きい。
【0034】
狭部26−1及び広部26−2は、成形素材19の接合部19aを挟持する部分24b、25bと、第1のキャビティ24a又は第2のキャビティ25aとの間に隣り合って配置される。
【0035】
さらに、狭部26−1は、広部26−2よりも第1のキャビティ24a又は第2のキャビティ25aに近い側に配置される。
流入抵抗増加部26は、図1(a)、図1(b)、図1(d)に示すように、第1のフランジ面24bに設けられた凸部26であるか、又は図1(c)、図1(e)に示すように第1のフランジ面24bに設けられた凹部26であることが好ましい。
【0036】
図1(a)、図1(b)及び図1(d)では、第1の金型24の第1のフランジ面24bに設けられた凸部26に、成形のための内圧によって第1の金属板21のフランジを沿わせている。一方、第2の金型25の第2のフランジ面25bはなだらかな形状になっている。
【0037】
図1(c)では、第1の金型24の第1のフランジ面24bに設けられた凹部26に、成形のための内圧によって第1の金属板21のフランジを沿わせている。一方、第2の金型25の第2のフランジ面25bは略平坦な形状になっている。さらに、図1(e)は、図1(c)の変形例であり、第2の金型25の第2のフランジ面25bは傾斜した面になっている。
【0038】
図1(a)〜図1(e)に示すように、金型20は、成形素材19の上下何れか1枚の金属板21、22を、金型24、25のフランジ面24b、25bに設けた流入抵抗増加部26に、成形のための内圧をもって沿わせることで、第1の金属板21のフランジの流入を抑制しながら、第2の金属板22は比較的小さな変形に留めることにより、フランジ部の変形が接合部19aに与える影響を小さくできることに基づいて、成形中のフランジ部の流入量を適切に制御することが可能になり、割れやしわといった成形不良の発生を抑制して成形可能限界をさらに向上できる。
【0039】
図2(a)〜図2(c)は、従来の液圧バルジ成形により、2枚重ね板ブランク19を素材として、伸びフランジ形状の部品を成形する様子を示す説明図であり、図2(a)は加工前の状態を表す。
【0040】
膨出が始まると、図2(b)に示すように、フランジ部はキャビティ内に大きく流入し、その後、図2(c)に示すように、フランジ部の過度の伸びにより板のエッジ付近に割れが発生する。
【0041】
図3(a)〜図3(c)は、従来の液圧バルジ成形に、プレス加工で一般的に用いられているものと同様のビードを使用し、2枚重ね板ブランク19を素材として、伸びフランジ形状の部品を成形する様子を示す説明図である。図3(a)は加工前の状態を表す。
【0042】
膨出が始まると、図3(b)に示すように、伸びフランジ側のフランジ部の流入が、ビードが無い場合(図2(b)参照)に比べて抑制される。その後、前述のとおり、図3(c)に示すように、接合部19aへの大きな負荷により、接合部19aが破壊する。
【0043】
図4(a)〜図4(c)は、本発明の液圧バルジ成形により、2枚重ね板ブランク19を素材として、伸びフランジ形状の部品を成形する様子を示す説明図である。図4(a)は加工前の状態を表す。
【0044】
膨出が始まると、図4(b)に示すように、伸びフランジ側のフランジ部の流入が、ビードが無い場合(図2(b)参照)に比べて抑制される。さらに、前述のとおり、図4(c)に示すように、接合部19aの破壊を起こすことなく、目的の製品形状に成形可能となる。なお、フランジ面に凹凸を設けていない縮みフランジ側は、フランジ部の流入が従来技術に比べて増加する。
【0045】
流入抵抗増加部26は、後述するように、成形素材の伸びフランジ形状部分、成形素材のT字形状の直線部分、又は、成形素材の面外に屈曲した部分のうちの1又は2以上に相当する部分にのみ設けられることが好ましい。この理由を説明する。
【0046】
図5、図6(a)及び図6(b)は、いずれも、流入抵抗増加部26の設置位置を示す説明図である。
図5に示すように、流入抵抗増加部26は、キャビティ24aを囲む全周や、キャビティ24aを囲む一部に設ければよい。特に、図6(a)に示すように、伸びフランジ変形となる部分に相当する部分24cや、T字形状の直線部分に相当する部分24d、さらには図6(b)に示すように面外に屈曲した形状の部分に相当する部分24eに限定して、流入抵抗増加部26を設けることによって膨出部の無用な肉厚減少を防止しながらエッジ付近の割れや膨出部のしわを抑制する大きな効果を得られる。
【0047】
流入抵抗増加部26は、直線状に形成される場合には限定されず、曲がって形成されていてもよく、また、二列以上複数列形成されていてもよい。
図7は、伸びフランジ形状部品を成形する場合に、流入抵抗増加部を設けるべき部分と、流入抵抗増加部が無用な部分とを示す説明図である。
【0048】
図7に示すように、伸びフランジ形状の部分に相当する部分に流入抵抗増加部26を形成する場合、部分27は、成形素材19の流入抵抗が小さい構造のフランジ面となっていることが望ましい。部分27は、流入抵抗増加部26を形成する部分28と、キャビティ24aを挟んで反対側のフランジ面である。なお、成形素材19の流入抵抗が小さい構造のフランジ面とは、具体的な例としては、凹凸の無い、平滑なフランジ面であることを意味する。反対側の部分27が、流入抵抗が大きい構造となっている場合には、流入抵抗増加部26を適用する部分28と、反対側の部分27に挟まれた部分の製品の板厚が減少するおそれがある。反対側の部分27を、成形素材19の流入抵抗が小さい構造とすることによってこのような減肉を抑制することができる。
【0049】
このように、第1の金型24及び第2の金型25ともに部分28には流入抵抗増加部26を設ける一方で、部分27には流入抵抗増加部26を設けないことが望ましい。
この本発明に係る液圧バルジ成形用金型を用いることにより、後述する本発明に係る金属板の液圧バルジ成形方法を実施することができる。なお、狭部26−1は、第1の金型24の肩から離れた位置でも構わないが、第1の金型24の肩に隣接するほうが、成形後のフランジ巾を縮小できるために好ましい。
【0050】
2.本発明に係る液圧バルジ成形品の製造方法
本発明は、金型20を用いる液圧バルジ成形方法であって、具体的には、上述した成形素材19を、第1の金型24の第1のフランジ面24bと、第2の金型25の第2のフランジ面25bとの間で挟持し、成形素材19の内部に液体を注入して内部を加圧することによって、少なくとも、第1の金属板21を第1のキャビティ24aの内部へ流入させるとともに第2の金属板22を第2のキャビティ25aの内部へ流入させて、成形素材19を膨出変形させる。
【0051】
この際に、第1の金属板21を、第1の金属板21のフランジ部が、第1のフランジ面24bであって第1のキャビティ24aの周囲の全部又は一部に設けられた流入抵抗増加部26に沿いながら、第1のキャビティ24aの内部に流入させる。また、第2の金属板22のフランジ部を、第2の金型25の第2のフランジ面25bに沿いながら、第2のキャビティ25aの内部に流入させる。
【0052】
本発明によれば、上述したように、第1の金属板21と第2の金属板22との接合部19aを割ることなく、成形中のフランジ部の流入量を適切に制御することが可能になるので、第1の金属板21又は第2の金属板22の端部付近の割れやしわ等の成形不良の発生を、抑制することができるようになる。
【0053】
3.本発明に係る液圧バルジ成形品
本発明に係る液圧バルジ成形品は、最外側に第1の金属板21及び第2の金属板22を有して重ね合わされるとともに周縁部を接合部19aにより接合された複数の金属板を成形素材とし、かつ外縁部にフランジを有する液圧バルジ成形品である。
【0054】
第1の金属板21におけるフランジを構成する部分には、曲げ変形による凸部及び/又は凹部が形成されている。また、第2の金属板22におけるフランジを構成する部分であって凸部及び/又は凹部に対向する位置には、略平坦な形状部が形成されている。
【0055】
さらに、第1の金属板21の外面と、第2の金属板22の外面との間隔は、複数枚の金属板それぞれの板厚の合計よりも0.1mm以上大きい。
この本発明によれば、フランジ部が、従来品のフランジ部に比べて、より加工硬化しているため、製品全体の剛性が向上する。
【実施例1】
【0056】
(試験条件)
本実施例では、まず1枚のみに予め注水孔をあけた2枚1組の平板ブランク(引張強さ:632MPa、伸び:32.6%、板厚:1.4mm)を重ね合わせ、全周を溶接した接合ブランクを用意した。
【0057】
図8は、キャビティの形状を示す説明図である。図9は、金型に設けた流入抵抗増加部26の形状を示す説明図である。
この接合ブランクを、L字形状の図8に示すキャビティを有する上下の金型で侠持し、2枚のブランク間に成形水を圧入する液圧バルジ成形試験を行った。本試験は通常の液圧バルジ成形とは異なり、あえて接合ブランクのエッジ付近が大きく変形するように金型を設計したものである。
【0058】
伸びフランジ形状部分に相当する部分29に、図9に示す形状の流入抵抗増加部26を設けた本発明例と、従来技術の比較例とを実施した。
【0059】
(試験結果)
(i)図10は、伸びフランジ部におけるフランジ流入量を示す説明図である。図11は、本発明例及び比較例の試験結果をまとめて示す説明図である。
【0060】
図10に示すように、本発明による試験サンプルでは、伸びフランジ部におけるフランジの流入量が、比較例の試験サンプルと比べて大幅に減少した(図11参照)。
(ii)図12は、本発明例及び比較例それぞれの伸びフランジ部のエッジに発生する伸びひずみを示すグラフである。
【0061】
図12にグラフで示すように、本発明による試験サンプルでは、伸びフランジ部のエッジに発生する伸び歪が、比較例の試験サンプルと比べて大幅に低減した。
(iii)比較例の試験サンプルでは、伸びフランジ形状部分の中央で、板のエッジに割れが発生したのに対して、本発明による試験サンプルでは、割れを防止することができた。
【実施例2】
【0062】
(試験条件)
本実施例では、まず1枚のみに予め注水孔をあけた2枚1組の平板ブランク(引張強さ:632MPa、伸び:32.6%、板厚:1.4mm)を重ね合わせ、全周を溶接した接合ブランクを用意した。
【0063】
図13は、キャビティの形状を示す説明図である。
この接合ブランクを、T字形状の図15に示すキャビティを有する上下の金型で侠持し、2枚のブランク間に成形水を圧入する液圧バルジ成形について、符号30の部分に、図9に示す形状の流入抵抗増加部26を設けた本発明例と、従来技術の比較例とを実施した。
【0064】
(試験結果)
比較例では、図13の部分31にしわが発生したのに対して、本発明による試験結果では、しわの発生を抑制することができた。
【実施例3】
【0065】
(試験条件)
本実施例では、まず1枚のみに予め注水孔をあけた2枚1組の平板ブランク(引張強さ:632MPa、伸び:32.6%、板厚:1.4mm)を重ね合わせ、全周を溶接した接合ブランクを用意した。
【0066】
図14は、キャビティの形状を示す説明図である。
この接合ブランクを、面外に屈曲した形状の図14に示すキャビティ33を有する上下金型で侠持し、2枚のブランク間に成形水を圧入する液圧バルジ成形について、部分32に、図9に示す形状の流入抵抗増加部26を設けた本発明例と、従来技術の比較例とを実施した。
【0067】
(試験結果)
比較例では、図14における部分33にしわが発生したのに対して、本発明による試験結果では、しわの発生を抑制することができた。
【実施例4】
【0068】
2枚1組の平板ブランクを用いて本発明による成形を行う場合、フランジ面に凹凸を設けた側の板のフランジ部は、成形のための内圧により、この凹凸に沿うよう、強加工される。一方で、従来の液圧バルジ成形においては、フランジ部はほとんど加工硬化しない。このため、本発明による成形品は、従来の液圧バルジ成形による成形品と比べて、強度の向上が期待される。
【0069】
図15は、成形品の断面形状を示す説明図である。
図15に示す断面形状について、横軸回りの全塑性曲げモーメントを比較した。図15(a)は従来の液圧バルジ成形による成形品を表しており、断面の全域に4%の成形ひずみが生じていると仮定して、全塑性曲げモーメントを演算により求めた。図15(b)は本発明による成形品を表しており、フランジ面に設けた凹凸に接するフランジ部(両斜線部)のみ、前述の強加工により、引張強さに近い強度まで加工硬化しているものとした。
【0070】
計算の結果、図15(b)に示す本発明による成形品は、図15(a)に示す従来の液圧バルジ成形による成形品に比べて、横軸回りの全塑性曲げモーメントが5%程度向上した。
【符号の説明】
【0071】
1 重ね板ブランク
1a、1b ブランク
2 注水口
3 成形品
4a キャビティ
4b 板押さえ面
4 上金型
5a キャビティ
5b 板押さえ面
5 下金型
6 注入孔
7 シール溝
8,9 金属板
8a、9a フランジ部
10 接合部
11 成形素材
12,13 金型
12a、13a ビード
19 成形素材
19a 接合部
20 本発明に係る液圧バルジ成形用金型
21〜23 金属板
24 第1の金型(上金型)
24a 第1のキャビティ
24b 第1のフランジ面
25 第2の金型(下金型)
25a 第2のキャビティ
25b 第2のフランジ面
26 流入抵抗増加部
26−1 狭部
26−2 広部
27〜33 部分

【特許請求の範囲】
【請求項1】
最外側に第1の金属板及び第2の金属板を有して重ね合わされて周縁部を接合された複数の金属板からなる成形素材を、製品の外郭形状と同一の内郭形状の第1のキャビティを有する第1の金型の第1のフランジ面と、製品の外郭形状と同一の内郭形状の第2のキャビティを有する第2の金型の第2のフランジ面との間で挟持し、該成形素材の内部に液体を注入して該内部を加圧することによって、少なくとも、前記第1の金属板を前記第1のキャビティの内部へ流入させるとともに前記第2の金属板を前記第2のキャビティの内部へ流入させて、前記成形素材を膨出変形させる液圧バルジ成形品の製造法において、
前記第1の金属板を、該第1の金属板のフランジ部が前記第1のフランジ面であって前記第1のキャビティの周囲の全部又は一部に設けられた流入抵抗増加部に沿いながら、前記第1のキャビティの内部に流入させるとともに、前記第2の金属板のフランジ部を、該第2の金型の前記第2のフランジ面に沿いながら、前記第2のキャビティの内部に流入させること
を特徴とする金属板からなる液圧バルジ成形品の製造方法。
【請求項2】
前記流入抵抗増加部は、前記成形素材の伸びフランジ形状部分、T字型の前記成形素材における、少なくとも二辺の接合部の外辺部分を含む部分、又は型締めした際に円弧部を有する成形素材における、少なくとも一方の金属板の円弧形状となるフランジ部分のうちの1又は2以上に相当する部分にのみ設けられることを特徴とする請求項1に記載された金属板からなる液圧バルジ成形品の製造方法。
【請求項3】
前記流入抵抗増加部は、前記第1のフランジ面に設けられた凸部又は凹部であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載された金属板からなる液圧バルジ成形品の製造方法。
【請求項4】
最外側に第1の金属板及び第2の金属板を有して重ね合わされるとともに周縁部を接合された複数の金属板を成形素材とする液圧バルジ成形品を製造するための液圧バルジ成形用金型であって、
前記液圧バルジ成形品の外郭形状と同一の内郭形状の第1のキャビティと、前記第1の金属板に当接して前記成形素材を挟持するための第1のフランジ面とを有する第1の金型と、前記液圧バルジ成形品の外郭形状と同一の内郭形状の第2のキャビティと、前記第2の金属板に当接して前記成形素材を挟持するための第2のフランジ面とを有する第2の金型とを備え、さらに、
前記第1のフランジ面であって前記第1のキャビティの周囲の全部又は一部に設けられて、該第1の金属板のフランジ部を沿わせながら前記第1の金属板を前記第1のキャビティに流入させるための流入抵抗増加部を備えること
を特徴とする液圧バルジ成形用金型。
【請求項5】
前記流入抵抗増加部は、前記第1の金型と前記第2の金型との間隔が挟持された前記成形素材の厚さ以上である狭部と、前記間隔が前記狭部の間隔よりも大きい広部とを有し、
前記狭部及び前記広部は、前記成形素材の接合部を挟持する部分と、前記第1のキャビティ又は前記第2のキャビティとの間に隣り合って配置されるとともに、
前記狭部は前記広部よりも前記第1のキャビティ又は前記第2のキャビティに近い位置に配置されること
を特徴とする請求項4に記載された液圧バルジ成形用金型。
【請求項6】
前記流入抵抗増加部は、前記第1のフランジ面に設けられた凸部又は凹部であることを特徴とする請求項4又は請求項5に記載された液圧バルジ成形用金型。
【請求項7】
前記流入抵抗増加部は、前記成形素材の伸びフランジ形状部分、T字型の前記成形素材における、少なくとも二辺の接合部の外辺部分を含む部分、又は、型締めした際に円弧部を有する成形素材における、少なくとも一方の金属板の円弧形状となるフランジ部分のうちの1又は2以上に相当する部分にのみ設けられることを特徴とする請求項4から請求項6までのいずれか1項に記載された液圧バルジ成形用金型。
【請求項8】
最外側に第1の金属板及び第2の金属板を有して重ね合わされるとともに周縁部を接合された複数の金属板を成形素材とし、かつ外縁部にフランジを有する液圧バルジ成形品であって、
前記第1の金属板における前記フランジを構成する部分に、曲げ変形による凸部及び/又は凹部を備えること、
前記第2の金属板における前記フランジを構成する部分であって前記凸部及び/又は凹部に対向する位置に、略平坦な形状部を有すること、及び
前記第1の金属板の外面と、前記第2の金属板の外面との間隔は、前記複数枚の金属板それぞれの板厚の合計よりも大きいこと
を特徴とする液圧バルジ成形品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【公開番号】特開2012−218040(P2012−218040A)
【公開日】平成24年11月12日(2012.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−87373(P2011−87373)
【出願日】平成23年4月11日(2011.4.11)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)