説明

金属部材表面の活性化方法

金属部材の表面に窒化層、浸炭層あるいは浸炭窒化層を形成させるガス窒化法、ガス浸炭法などの拡散浸透処理を困難ならしめている高合金鋼部材の表面不動態化皮膜を、ガス熱処理で通常に扱われているガス類を用い、被処理金属および/または金属製炉材表面の触媒作用を利用して、炉内においてHCNガスを生成させ、不動態化している高合金鋼部材の表面を活性化させることにより、従来、ハロゲン化物による活性化処理で問題であった炉内堆積物、炉内壁面の損耗、さらには排ガスの無害化処理などの弊害を伴わない、拡散浸透処理の前段処理として有用な金属部材表面の活性化処理法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、金属部材に対して、窒化や浸炭などの拡散浸透処理を施すに先立って、金属部材表面を活性化させる金属部材の前処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
耐摩耗性、疲労強度などの機械的性質を向上させる目的で、金属部材の表面に窒化層あるいは浸炭層を形成させるガス窒化法やガス浸炭法は、鉄系材料からなる部材を主に広く実施されている。
【0003】
合金鋼、特に高合金鋼からなる部材表面に、これらの処理を施す際、部材表面に存在している不動態化皮膜(酸化物など)により、窒素や炭素の金属部材表面中への浸入拡散が妨げられ、上記部材の処理不良や処理ムラを発生することが問題となる。このためこれらの拡散浸透処理に先立ち、金属部材の表面の活性化処理が行われている。該表面活性化処理として最も広く採用されているのは、マルコマイジング処理に代表される塩化物系化合物を用いる方法である。塩化物としては塩化ビニル樹脂、塩化アンモニウム、塩化メチレンなどが使用されている。
【0004】
上記塩化物は、処理炉中に金属部材とともに入れられて加熱される。該加熱によりこれらの塩化物が分解してHClが生成し、該生成したHClが金属部材表面の不動態化皮膜を破壊(変性)して表面を活性化させ、次工程の窒化や浸炭などの拡散浸透処理を確実なものとしている。
【0005】
しかしながら、上記の如き塩化物による金属部材の表面活性化は、分解生成したHClがレンガや金属からなる炉内壁面を損耗させるだけでなく、ガス窒化やガス軟窒化においては、雰囲気ガスであるアンモニアと反応して塩化アンモニウムを生成し、該塩化アンモニウムが炉内や排気系に堆積してトラブルの原因となるだけでなく、金属部材(ワーク)表面に残存して該部材の耐食性や疲労強度の低下などをもたらしている。
【0006】
近年、前記塩化物を用いる方法に代わる方法として、同じハロゲン族に属するフッ素化合物(NF3)による金属部材表面の活性化方法が実用化されている(例えば、特許文献1)。上記NF3は加熱により分解されてフッ素を生成し、生成したフッ素が金属部材表面の不動態化皮膜をフッ化物膜に変えて金属部材表面を活性化している。しかしながら、フッ素化合物(NF3)による金属部材表面の活性化法では、排ガス中に含まれるNF3やHFの無害化に高度な処理が必要であり、当該方法の普及の妨げとなっている。
【0007】
前記ハロゲン化物を用いる金属部材表面の活性化方法には炉内堆積物の問題、炉内壁面の損耗、あるいは排ガスの無害化処理設備を要するなどの課題がある。このような背景からハロゲン化物を用いない金属部材表面の活性化方法の開発が進められている。
【0008】
特許文献2に記載のアンモニアガス窒化方法は、アセトンの熱分解により生成する還元性ラジカルとCOとをワークである高クロム合金鋼部材表面で生成させることにより、合金鋼部材表面の不動態化皮膜を還元活性化する方法である。この方法によれば加熱された高クロム合金鋼部材表面でアセトンが下記(1)式に従って熱分解し、還元性ラジカルとCOが高クロム合金部材表面で生成される。
2(CH3)CO→2CH3・+CO ・・・(1)
金属部材表面の酸化膜(MO)は下記(2)式で還元される。
5MO+2CH3・→5M+2CO+3H2O ・・・(2)
高クロム合金鋼部材の表面酸化膜の主成分はCr23であるので
5Cr23+6CH3・→10Cr+6CO+9H2O ・・・(3)
上記(1)〜(3)式に従って生成したCOは雰囲気ガスであるアンモニアと反応して下記(4)式に従いHCNを生成する。
CO+NH3→HCN+H2O ・・・(4)
上記(4)式で生成したHCNは、下記の反応により高クロム合金部材表面の不動態化皮膜を還元する。
Cr23+6HCN→2Cr(CN)3+3H2O ・・・(5)
生成したCr(CN)3のCとNは、高クロム合金部材表面中に拡散し、浸炭と窒化に寄与して上記部材表面に残留物は生じない。
【0009】
これに対し前記塩化物による高クロム合金鋼部材表面の活性化反応は下記(6)式で表される。
Cr23+6HCl→2CrCl3+3H2O ・・・(6)
上記クロム塩化物が部材表面に残留し、部材の腐食の原因物質となる。
【特許文献1】特開平3−44457号公報
【特許文献2】特願平9−38341号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
以上のように、特許文献2に記載の方法は、特許文献1に記載の塩化物による金属部材表面の活性化方法の問題点を原理的に解決した点で優れている。しかしながら、特許文献2に記載の方法は、常温常圧で液体のアセトンを用いるので、アセトン蒸気を導入する装置を必要とし、アセトンの流量制御が容易でないことから、均一な活性表面を有する金属部材を得ることが難しいという欠点がある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するため、本発明者らは取り扱いに問題のあるアセトンに代わり、常温常圧で気体である化合物を用いる方法の開発に取り組み本発明を完成した。
すなわち、本発明の構成は下記の通りである。
1.常温常圧で気体である炭素供給化合物とアンモニアとを必須成分とする混合気体を加熱炉内で300℃以上に加熱し、該加熱混合気体中で金属部材、金属製炉内壁あるいは金属製治具の触媒作用によりHCNを生成させ、生成したHCNを金属部材の表面に作用させることを特徴とする金属部材表面の活性化方法。
【0012】
2.炭素供給化合物が、アセチレン、エチレン、プロパン、ブタンおよび一酸化炭素から選択された一つ以上の化合物である前記1に記載の金属部材表面の活性化方法。
【0013】
3.金属製炉内壁あるいは金属製治具が、Fe、Ni、Co、Cu、Cr、Mo、Nb、V、TiおよびZrから選択された一つ以上の金属を含有する前記1に記載の金属部材表面の活性化方法。
【0014】
4.炉内において発生させるHCN濃度が、100mg/m3以上であり、炉内雰囲気ガスの露点が5℃以下である前記1に記載の金属部材表面の活性化方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、金属部材の表面に窒化層、浸炭層あるいは浸炭窒化層を形成させるガス窒化法、ガス浸炭法などの拡散浸透処理を困難ならしめている高合金鋼部材の表面不動態化皮膜を、ガス熱処理で通常に扱われているガス類を用い、被処理金属および/または金属製炉材表面の触媒作用を利用して、炉内においてHCNガスを生成させ、不動態化している高合金鋼部材の表面を活性化させることにより、従来、ハロゲン化物による活性化処理で問題であった炉内堆積物、炉内壁面の損耗、さらには排ガスの無害化処理などの弊害を伴わない、拡散浸透処理の前段処理として有用な金属部材表面の活性化処理法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
次に発明を実施するための最良の形態を挙げて本発明をさらに詳しく説明する。
前記特許文献2によれば、前記(1)式のアセトンの熱分解で生成したCH3・(メチルラジカル)は金属部材表面の酸化膜を還元する。前記(1)と(2)式で生成したCOは、雰囲気ガスのアンモニアと金属表面で反応してHCNを生成する。HCNは前記(5)式に従って金属酸化膜に作用する。
【0017】
本発明者らはアセトンの熱分解で生成するCH3・とHCN(もう一つの熱分解生成物であるCOと雰囲気ガスのアンモニアとの反応生成物)は、前記(2)式と(5)式の比較から不動態化皮膜への作用において類似しており、CH3・とHCNの両方の存在は、高クロム合金鋼部材表面の活性化の十分条件ではあるが、必ずしも必要条件ではないものと推定し、HCNに着目して金属表面でのHCN生成方法の開発と、HCNによる金属部材表面の活性化効果の確認に取り組んだ。
【0018】
窒化雰囲気ガス(NH3:N2=モル比1:1)と常温常圧で気体である各種の炭素含有化合物から選択したガスを炉内がSUS310S製のマッフル炉に導入して550℃に加熱し、HCNの生成について調べた。その結果、一酸化炭素、二酸化炭素、アセチレン、エチレン、プロパン、ブタンがそれぞれアンモニアとの組み合わせで、明らかにHCNを生成することが確認された。
【0019】
これに対しマッフル炉の内壁をレンガ製の炉に代えた以外は、上記と同じ実験を実施してHCNの生成量を分析した結果、すべてのケースでHCNは検出されなかった。このことからアンモニアとこれらガスとによるHCN生成反応には、金属表面の触媒作用が必須条件であることが明らかとなった。
【0020】
アンモニアと前記炭素含有化合物によるHCN生成反応はそれぞれ下記の式で表すことができる。
NH3+CO→HCN+H2O ・・・(7)
2NH3+2CO2→2HCN+H2O+O2 ・・・(8)
2NH3+C22→2HCN+3H2 ・・・(9)
2NH3+C24→2HCN+4H2 ・・・(10)
3NH3+C38→3HCN+7H2 ・・・(11)
4NH3+C410→4HCN+9H2 ・・・(12)
【0021】
窒化雰囲気ガス(NH3:N2=モル比1:1)と各種の炭素含有化合物から選択したガスとの反応によるHCNの生成量の比較は、窒化雰囲気ガス(NH3:N2=モル比1:1)に対しそれぞれの炭素含有化合物を当量比で1%含有させ、内壁がSUS310S製のマッフル炉に導入し、550℃に30分間加熱して、前記(7)〜(12)式の反応を行なわせた。その結果、それぞれの炭素含有化合物によるHCN生成量は下記の順であった。
22>CO>C24>C410>C38>CO2
【0022】
窒化雰囲気ガスとの反応でHCNを生成することが確認されたこれらの炭素含有化合物について、窒化処理の初期段階にこれら化合物のそれぞれを加熱炉内に導入し活性化作用があるか否かについてSUS304板材を用いて評価した。その結果、C22、CO、C24、C410およびC38は、炭素含有化合物を導入しないコントロールの窒化処理と比較し、上記SUS304板材において窒化均一性ならびに窒素浸入による重量増加において明らかな効果が認められた。これに対しCO2を用いた場合は均一窒化性および試験片の重量増のいずれにおいてもコントロールの窒化処理と差がなく、CO2については上記SUS304板材の表面に対して活性化作用は認められなかった。
【0023】
炉内においてCO2の導入によりHCNが生成するにもかかわらず、上記SUS304板材の表面に対して活性化作用が得られないのは、前記(8)式のHCN生成反応の副生成物であるO2とH2Oの酸化作用による上記SUS304板材の表面の再酸化によるものと推定される。COについては、上述のようにHCNを生成するが、このことはアンモニアと、COを含むRXガスとが存在するガス軟窒化雰囲気でステンレス鋼が均一に窒化されない現象と矛盾するが、該矛盾は以下の理由によると考えられる。ここでRXガスとは炭化水素ガス(例えばプロパンガス、ブタンガス、天然ガス)と空気をほぼ化学当量で混合し、1000℃に保った触媒層の中で分解させCO、H2(N2)を主成分とし少量のCO2とH2Oを含むガスのことで浸炭ガスとして広く用いられているガスである。
【0024】
ガス軟窒化の代表的な組成であるNH3:RXガス=モル比1:1に含まれるCOは、容量比で約10%である。従ってガス軟窒化炉内には金属部材表面の活性化に必要なHCNは十分存在すると推定されるが、露点を制御されていないRXガスには相当量のH2O(2容量%前後)と0.5容量%前後のCO2が存在することから、これらの酸化作用により活性化された上記SUS304板材の表面が再酸化され、上記板材表面中への窒素の浸入が妨げられていると判断される。
【0025】
従って金属部材表面の活性化のための炭素供給化合物としてCOガスを選択する場合、RXガスではなく、単独のCOガスを用いることが望ましい。しかしながら、本発明におけるCOガスの必要注入量は、ガス軟窒化雰囲気の1/10(容量)程度であるから、RXガス中のH2OやCO2の影響が低くなるので、RXガスをCO源として利用できるケースもあり得る。
【0026】
前記(7)〜(12)の反応式の右辺の式から判断してシアン生成作用のあるこれらの化合物の中でCO2の場合の副生成物の酸化作用が最も高く、次いでCOであり、炭化水素化合物はいずれも還元性の水素を生成する。従って再酸化を防ぐためには炭素供給化合物として炭化水素化合物を選択することが望ましい。
【0027】
本発明による合金鋼部材表面の活性化作用はHCNによるものである。上記活性化効果は炉内雰囲気中のHCN濃度に依存する。満足する活性化作用を得るためのHCNの適正な濃度は100〜30,000mg/m3の範囲である。HCNの濃度が100mg/m3未満では上記活性化作用を期待することができない。一方、HCNの濃度が30,000mg/m3超では上記活性化効果が飽和し、経済的に不利となるだけでなく、炭素供給化合物の熱分解によるスーティング(炉内でのカーボン生成)が起こるので好ましくない。
また、炉内雰囲気ガスの露点は5℃以下であることが好ましい。上記露点が5℃よりも高いとHCNガスにより活性化された金属表面が雰囲気中のH2Oにより再酸化され再び不動態化する。
【0028】
本発明の方法における環境面での利点は、前記反応式(5)で説明されているように、金属部材表面の活性化に寄与したHCNが部材表面中に取り込まれて部材の窒化、浸炭に寄与し部材表面に残留物を残さないとともに、反応に寄与せずに排ガスとして排出されるHCNは窒化装置に付属しているアンモニア燃焼装置で容易に燃焼無害化することができ、新たな付加的設備は不要である点である。
【0029】
本発明のさらなる利点は窒化処理プロセス上のスムースな工程進行による窒化処理時間の短縮である。金属部材のガス窒化は通常下記のようなスケジュールで行われる。
【0030】
金属部材を炉内にセットし、炉内の大気を真空パージあるいは窒素ガス置換した後窒化雰囲気ガス(NH3+N2)を時間当たり炉内容積の1〜10倍量導入しながら、金属部材の窒化処理温度まで昇温後一定温度に維持する。処理中炉内圧は大気圧+0.5kPa程度に圧力弁によって維持し、押し出された排ガスは排ガス燃焼装置で燃焼分解される。
【0031】
前記特許文献1に示されるフッ素系ガスによる方法では、日本特許第2501925号明細書の実施例に記載されているように、フッ化系ガスを導入して部材の活性化処理を実施した後、フッ化系ガスを排気してから窒化雰囲気ガスを炉内に導入する必要がある。
【0032】
これに対し本発明では金属部材を窒化処理温度に昇温する工程で、窒化雰囲気ガス中に炭素供給化合物を導入し、HCNを発生させて金属部材表面を活性化し、その後炭素供給化合物の導入を停止することで窒化工程へそのまま移行することができる。これにより窒化工程の処理時間が大幅に短縮されるとともに、活性化から窒化工程に移行する際に従来の処理で問題となっていた金属部材表面の再酸化現象を原理的に解消することができる。
【0033】
本発明の技術的特徴および効果は上記の通りである。以下に本発明の好ましい実施形態を説明する。本発明で使用する処理炉は、内壁が金属製であることが好ましいが、内壁が金属製でなくても、処理される金属部材がHCNの触媒となり、また、金属部材を炉内で保持する治具が金属製であればよい。上記金属製内壁、金属部材、治具を構成する金属としては、例えば、Fe、Ni、Co、Cu、Cr、Mo、Nb、V、TiおよびZrから選択された一つ以上の金属を含有することが好ましい。
【0034】
本発明の方法で表面活性化処理される金属部材としては、冷間金型用鋼、熱間金型用鋼、プラスチック金型用鋼、高速度工具鋼、粉末高速度工具鋼、クロムモリブデン鋼、マルエージング鋼、オーステナイト系ステンレス鋼、フェライト系ステンレス鋼、マルテンサイト系ステンレス鋼、マルテンサイト系耐熱鋼、オーステナイト系耐熱鋼さらにはニッケル基超合金などが挙げられ、これらの金属部材は前記処理炉内において適当な治具によって常法に従って載置されて表面活性化処理される。
【0035】
前記炉内に供給する表面処理用気体は常温常圧で気体である炭素供給化合物とアンモニアであり、それぞれ専用のボンベから炉内に供給される。これらの気体は金属部材を炉内にセットし、炉内の大気を真空パージあるいは窒素ガスで置換したのち炉内に窒化雰囲気ガス(アンモニア単独またはアンモニア+窒素ガスあるいはアンモニア+窒素ガス+水素ガス)を導入して、還元雰囲気を確立した後昇温を開始し本発明の炭素供給化合物を導入する。アンモニアガスと炭素供給化合物は、炉内で300℃以上に加熱されると金属表面の触媒作用によりHCNを生成する。窒化雰囲気ガスであるアンモニアの流量と導入する炭素供給化合物の流量比は1:0.0001〜1:0.1の範囲内とすべきである。炭素供給化合物の流量比が1:0.0001より低い場合ではHCNの生成量が低いため活性化効果が得られない。炭素供給化合物の流量比が1:0.1超では活性化効果が飽和し経済的に不利となる。
【0036】
炭素供給化合物は前記の通りアセチレン、エチレン、プロパン、ブタンおよび一酸化炭素から選択された一つ以上のガス状化合物であり、前記の通りアンモニア含有ガスと同時に処理炉内に供給することもできる。前記アンモニア含有ガスの炉内温度が約300℃に達した時点で炭素供給化合物の導入を開始することが炭素供給化合物の効率的な利用上は好ましいが、炉内雰囲気中の炭素供給化合物濃度を早期に上昇させて処理時間を短縮させるためには昇温開始と同時に炭素供給化合物を導入し初期段階からのHCN生成を図ることが望ましい。
【実施例】
【0037】
以下実施例および比較例を挙げて本発明をさらに具体的に説明する。なお、以下の実施例および比較例は図1に示す構造の処理炉を用いて行なった。図1において1がマッフル炉、2はその外殻、3がヒータ、4は内容器(レトルト)、5はガス導入管、6は排気管、7はモータ、8はファン、9は金属製の治具、10はガス案内筒、11は陣傘、12は真空ポンプ、13は排ガス燃焼装置、14は炭素供給化合物ガスボンベ、15はアンモニアガスボンベ、16は窒素ガスボンベ、17は水素ガスボンベ、18は流量計、19はガスの制御弁である。
【0038】
〔実施例1〕
図1に示した内容積100LのSUS310Sマッフル炉を用い、該炉内にSUS304板材をセットしNH3ガスとN2ガスをそれぞれ200L/Hの流速で送り込み、室温から550℃に75分で昇温した。途中雰囲気温度が100℃になった時点(昇温開始から18分後)でアセチレンガス2L/Hの注入を開始した。550℃に昇温後2時間雰囲気温度を維持し、この時点でアセチレンガスの注入を停止する一方で、NH3ガスとN2ガスを550℃でさらに4時間流して窒化を進行させた後、加熱を止めN2ガスだけを流し続けて炉冷し、雰囲気温度が100℃以下になったところで炉内の試験片を取り出した。
【0039】
また、炉内からの排ガスを分岐し、排ガスの一部を2質量%苛性ソーダ水溶液に吸収させてHCN分析を実施した。HCN吸収液の分析結果から、アセチレンガス注入期間の炉内雰囲気中の平均HCN濃度は8,000mg/m3であった。SUS304試験片の窒化処理前後の重量増を測定したところ20g/m2であった。SUS304試験片を切断および研磨しマーブル液でエッチングして光学顕微鏡で切断面を観察したところ、50μmの均一な厚さの窒化層が形成されていた(図2に倍率500倍の顕微鏡写真を示す)。ビッカース硬度計で上記試験片の表面硬度を5点測定したところいずれの値もHv=1200〜1250の間に分布していた。
【0040】
〔実施例2〕
実施例1で使用したマッフル炉内にSUS304板材をセットしNH3ガスとN2ガスをそれぞれ200L/Hの流速で送り込み室温から550℃に75分で昇温した。途中雰囲気温度が100℃になった時点(昇温開始から18分後)でプロパンガス5L/Hの注入を開始した。550℃に昇温後2時間雰囲気温度を維持し、この時点でプロパンガスの注入を停止する一方で、NH3ガスとN2ガスを550℃でさらに4時間流して窒化を進行させた後、加熱を止めてN2ガスだけを流し続けて炉冷し雰囲気温度が100℃以下になったところで炉内の試験片を取り出した。
【0041】
また、炉内からの排ガスを分岐し、排ガスの一部を2質量%苛性ソーダ水溶液に吸収させてHCN分析を実施した。HCN吸収液の分析結果から、プロパンガス注入期間の炉内雰囲気中の平均HCN濃度は400mg/m3であった。SUS304試験片の窒化処理前後の重量増を測定したところ18g/m2であった。SUS304試験片を切断および研磨しマーブル液でエッチングして切断面を光学顕微鏡で観察したところ、45μmの均一な厚さの窒化層が形成されていた。ビッカース硬度計で上記試験片の表面硬度を5点測定したところ、いずれの値もHv=1200〜1250の間に分布していた。
【0042】
〔実施例3〕
実施例1で使用したマッフル炉内にSUS304板材をセットしNH3ガスとN2ガスをそれぞれ200L/Hの流速で送り込み室温から550℃に75分で昇温した。途中雰囲気温度が100℃になった時点(昇温開始から18分後)でCOガス5L/Hの注入を開始した。550℃に昇温後2時間雰囲気温度を維持し、この時点でCOガスの注入を停止する一方で、NH3ガスとN2ガスを550℃でさらに4時間流して窒化を進行させた後、加熱を止めてN2ガスだけを流し続けて炉冷し雰囲気温度が100℃以下になったところで炉内の試験片を取り出した。
【0043】
また、炉内からの排ガスを分岐し、排ガスの一部を2質量%苛性ソーダ水溶液に吸収させてHCN分析を実施した。HCN吸収液の分析結果から、COガス注入期間の炉内雰囲気中の平均HCN濃度は1,000mg/m3に達していた。SUS304試験片の窒化処理前後の重量増を測定したところ、18g/m2であった。SUS304試験片を切断および研磨しマーブル液でエッチングして切断面を光学顕微鏡で観察したところ、45μmの均一な厚さの窒化層が形成されていた。ビッカース硬度計で上記試験片の表面硬度を5点測定したところいずれの値もHv=1200〜1250の間に分布していた。
【0044】
〔実施例4〕
実施例1で使用したマッフル炉内にSUS304板材をセットしNH3ガスとN2ガスをそれぞれ200L/Hの流速で送り込み室温から550℃に75分で昇温した。途中雰囲気温度が100℃になった時点(昇温開始から18分後)でC24ガス5L/Hの注入を開始した。550℃に昇温後2時間雰囲気温度を維持し、この時点でC24ガスの注入を停止する一方で、NH3ガスとN2ガスを550℃でさらに4時間流して窒化を進行させた後、加熱を止めてN2ガスだけを流し続けて炉冷し雰囲気温度が100℃以下になったところで炉内の試験片を取り出した。
【0045】
また、炉内からの排ガスを分岐し、排ガスの一部を2質量%苛性ソーダ水溶液に吸収させてHCN分析を実施した。HCN吸収液の分析結果から、C24ガス注入期間の炉内雰囲気中の平均HCN濃度は1,200mg/m3に達していた。SUS304試験片の窒化処理前後の重量増を測定したところ、18g/m2であった。SUS304試験片を切断および研磨しマーブル液でエッチングして切断面を光学顕微鏡で観察したところ、45μmの均一な厚さの窒化層が形成されていた。ビッカース硬度計で上記試験片の表面硬度を5点測定したところ、いずれの値もHv=1200〜1250の間に分布していた。
【0046】
〔実施例5〕
実施例1で使用したマッフル炉内にSUS304板材をセットしNH3ガスとN2ガスをそれぞれ200L/Hの流速で送り込み室温から550℃に75分で昇温した。途中雰囲気温度が100℃になった時点(昇温開始から18分後)でC410ガス5L/Hの注入を開始した。550℃に昇温後2時間雰囲気温度を維持し、この時点でC410ガスの注入を停止する一方で、NH3ガスとN2ガスを550℃でさらに4時間流して窒化を進行させた後、加熱を止めてN2ガスだけを流し続けて炉冷し雰囲気温度が100℃以下になったところで炉内の試験片を取り出した。
【0047】
また、炉内からの排ガスを分岐し、排ガスの一部を2質量%苛性ソーダ水溶液に吸収させてHCN分析を実施した。HCN吸収液の分析結果から、C410ガス注入期間の炉内雰囲気中の平均HCN濃度は600mg/m3に達していた。SUS304試験片の窒化処理前後の重量増を測定したところ、18g/m2であった。SUS304試験片を切断および研磨しマーブル液でエッチングして切断面を光学顕微鏡で観察したところ、45μmの均一な厚さの窒化層が形成されていた。ビッカース硬度計で上記試験片の表面硬度を5点測定したところいずれの値もHv=1200〜1250の間に分布していた。
【0048】
〔比較例1〕
実施例1で使用したマッフル炉内にSUS304板材をセットしNH3ガスとN2ガスをそれぞれ200L/Hの流速で送り込み室温から550℃に75分で昇温した。550℃に昇温後6時間雰囲気温度を維持し、NH3ガスとN2ガスを流し続けて窒化を進行させた後、加熱を止めてN2ガスだけを流し続けて炉冷し雰囲気温度が100℃以下になったところで炉内の試験片を取り出した。
【0049】
炉内からの排ガスを分岐し、排ガスの一部を2質量%苛性ソーダ水溶液に吸収させてHCN分析を実施した。HCN吸収液を分析結果、HCNは全く検出されず炉内雰囲気中にはHCNは全く存在しなかったことが確認された。SUS304試験片の窒化処理前後の重量増を測定したところ、10g/m2であった。SUS304試験片を切断および研磨しマーブル液でエッチングして切断面を光学顕微鏡で観察したところ、8〜18μmの不均一な厚さの窒化層が形成されていた(図3に倍率500倍の顕微鏡写真を示す)。ビッカース硬度計で上記試験片の表面硬度を5点測定したところHv=500〜1100と大きく変動し絶対値も実施例と比較して低い値を示した。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明によれば、金属部材の表面に窒化層、浸炭層あるいは浸炭窒化層を形成させるガス窒化法、ガス浸炭法などの拡散浸透処理を困難ならしめている高合金鋼部材の表面不動態化皮膜を、ガス熱処理で通常に扱われているガス類を用い、被処理金属および/または金属製炉材表面の触媒作用を利用して、炉内においてHCNガスを生成させ、不動態化している高合金鋼部材の表面を活性化させることにより、従来、ハロゲン化物による活性化処理で問題であった炉内堆積物、炉内壁面の損耗、さらには排ガスの無害化処理などの弊害を伴わない、拡散浸透処理の前段処理として有用な金属部材表面の活性化処理法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】本発明において使用する処理炉の構造を示す図。
【図2】実施例1の試験片の切断面の顕微鏡写真
【図3】比較例1の試験片の切断面の顕微鏡写真
【符号の説明】
【0052】
1:マッフル炉
2:外殻
3:ヒータ
4:内容器(レトルト)
5:ガス導入管
6:排気管
7:モータ
8:ファン
9:金属製の治具
10:ガス案内筒
11:陣傘
12:真空ポンプ
13:排ガス燃焼装置
14:炭素供給化合物ガスボンベ
15:アンモニアガスボンベ
16:窒素ガスボンベ
17:水素ガスボンベ
18:流量計
19:ガスの制御弁

【特許請求の範囲】
【請求項1】
常温常圧で気体である炭素供給化合物とアンモニアとを必須成分とする混合気体を加熱炉内で300℃以上に加熱し、該加熱混合気体中で金属部材、金属製炉内壁あるいは金属製治具の触媒作用によりHCNを生成させ、生成したHCNを金属部材の表面に作用させることを特徴とする金属部材表面の活性化方法。
【請求項2】
炭素供給化合物が、アセチレン、エチレン、プロパン、ブタンおよび一酸化炭素から選択された一つ以上の化合物である請求項1に記載の金属部材表面の活性化方法。
【請求項3】
金属製炉内壁あるいは金属製治具が、Fe、Ni、Co、Cu、Cr、Mo、Nb、V、TiおよびZrから選択された一つ以上の金属を含有する請求項1に記載の金属部材表面の活性化方法。
【請求項4】
炉内において発生させるHCN濃度が、100mg/m3以上であり、炉内雰囲気ガスの露点が5℃以下である請求項1に記載の金属部材表面の活性化方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【国際公開番号】WO2005/068679
【国際公開日】平成17年7月28日(2005.7.28)
【発行日】平成19年12月27日(2007.12.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−517113(P2005−517113)
【国際出願番号】PCT/JP2005/000607
【国際出願日】平成17年1月19日(2005.1.19)
【出願人】(000111845)パーカー熱処理工業株式会社 (8)