説明

鉄イオン供給材料及びその製造方法並びに鉄イオン供給方法

【課題】植物が容易に摂取できる溶解性鉄を長期間にわたって水中や土壌に供給することができる鉄イオン供給材料を提供する。
【解決手段】酸化鉄及び/又は金属鉄含有物質(A)(但し、酸化鉄及び/又は金属鉄のみからなる物質の場合を含む)と、グルコン酸、グルタミン酸の中から選ばれる1種以上の有機酸(B)を含有する。鉄源から溶出する鉄分と有機酸が結合して有機酸鉄が生成し、この有機酸鉄を水中や土壌に長期間にわたって安定的に供給することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水域や陸域において、鉄分を植物(例えば、水域においては海藻や海草、陸域においては各種の農耕作物)が容易に摂取できるような形態で供給するための鉄イオン供給材料とその製造方法、並びにその鉄イオン供給材料を用いた鉄イオン供給方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
水域の植物、陸域の植物(例えば、水域においては海藻や海草、陸域においては各種の農耕作物)を問わず、植物にとって鉄は生育に不可欠な元素であり、鉄が欠乏すると生育不良や葉の異常などの問題を生じる。鉄は、二価鉄イオンとして植物に取り込まれると考えられている。
近年、沿岸海域において海藻や海草の生育が低下し、問題視されているが、この問題も、海藻や海草が利用可能な溶解性鉄の不足が一因と考えられている。
沿岸海域では鉄の濃度自体は高いが、海水中では鉄は容易に酸化されて3価の鉄になって不溶化するため、海藻や海草が摂取できないと考えられる。
【0003】
このような問題を解決し、鉄分を海藻や海草が容易に摂取できるような形態で水中に供給する方法として、例えば、特許文献1には、有機酸鉄(フルボ酸鉄)を含有する農林水産廃棄物および腐植土を含むコンクリート製の多孔質人工礁を水中に設置し、この人工礁から有機酸鉄を水中に供給する方法が示されている。また、特許文献2,3には、鉄鋼スラグと木質系腐植物や水産廃棄物を混合したものを透水性の袋体などに充填して、これを水中に設置し、鉄鋼スラグ中の鉄分と木質系腐植物等に含まれるフルボ酸とが結合したフルボ酸鉄を水中に供給する方法が示されている。
【0004】
一方、農耕作物などの陸域の植物についても、安定した生育のためには、十分な量の鉄分が摂取されることが必要である。特にアルカリ土壌は鉄イオンが溶出しにくい環境であるため、鉄分の欠乏が生じやすい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001−61368号公報
【特許文献2】特開2005−34140号公報
【特許文献3】特開2006−345738号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1〜3の技術では腐植物や水産廃棄物などの資材を必要とするが、これらの資材を大量に安定して入手することは困難であり、したがって、汎用的な利用は難しく、また、湖沼や海域などの広い水域に適用することも難しい。また、これらの方法は、陸域の微生物を高濃度で水域に持ち込むことになるので、生態系への影響という面からも好ましいものではない。
【0007】
したがって本発明の目的は、水域、陸域を問わず、植物が容易に摂取できる溶解性鉄(鉄イオン)を長期間にわたって安定して供給することができ、特にアルカリ環境においても同効果を得ることができる鉄イオン供給材料を提供することにある。
また、本発明の他の目的は、鉄源として大量且つ安価に入手可能な資材を用いることで、汎用的な利用が可能であり、水域・陸域の広い領域に適用可能な鉄イオン供給材料を提供することにある。
さらに、本発明の他の目的は、そのような鉄イオン供給材料を安定して製造することができる鉄イオン供給材料の製造方法と、鉄イオン供給材料を用いた鉄イオン供給方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、グルコン酸、グルタミン酸の中から選ばれる1種以上の有機酸を用い、これを鉄源(酸化鉄及び/又は金属鉄含有物質)と共存させた材料が、水中や土壌中に有機酸鉄を長期にわたって安定的に供給するという機能が特に高く、しかもアルカリ環境であっても、そのような機能を発揮できることを見出した。
また、グルコン酸とグルタミン酸を併用することにより、特に、鉄源としてスラグを用いる場合や、鉄イオン供給材料をアルカリ土壌のようなアルカリ(高pH)環境下で使用する場合に、材料の設置初期の段階から長期間持続的に鉄キレートを生成させ、鉄イオンを水中や土壌に供給することができることが判った。
また、粉末状のグルコン酸(有機酸粉末、有機酸塩など)を配合することにより、グルコン酸の溶出性が適度に抑制され、上記と同等程度の溶出持続性が得られることも判った。
【0009】
本発明はこのような知見に基づきなされたもので、以下を要旨とするものである。
[1]酸化鉄及び/又は金属鉄含有物質(A)(但し、酸化鉄及び/又は金属鉄のみからなる物質の場合を含む)と、グルコン酸、グルタミン酸の中から選ばれる1種以上の有機酸(B)を含有することを特徴とする鉄イオン供給材料。
[2]上記[1]の鉄イオン供給材料において、酸化鉄及び/又は金属鉄含有物質(A)が、鉄鋼スラグ、非鉄製錬スラグ、ゴミ溶融スラグ、ダスト、スケール、鉄粉、酸化鉄粉、砂鉄、鉄鉱石の中から選ばれる1種以上であることを特徴とする鉄イオン供給材料。
【0010】
[3]上記[1]又は[2]の鉄イオン供給材料において、酸化鉄及び/又は金属鉄含有物質(A)の少なくとも一部が製鋼スラグであることを特徴とする鉄イオン供給材料。
[4]上記[1]〜[3]のいずれかの鉄イオン供給材料において、有機酸(B)源が、有機酸粉末、有機酸塩、有機酸含有物質の中から選ばれる1種以上であることを特徴とする鉄イオン供給材料。
[5]上記[1]〜[4]のいずれかの鉄イオン供給材料において、有機酸(B)として、グルコン酸とグルタミン酸を含有することを特徴とする鉄イオン供給材料。
【0011】
[6]上記[1]〜[5]のいずれかの鉄イオン供給材料において、酸化鉄及び/又は金属鉄含有物質(A)由来の鉄分と有機酸(B)が結合して生成した有機酸鉄を含有することを特徴とする鉄イオン供給材料。
[7]上記[1]〜[6]のいずれかの鉄イオン供給材料において、酸化鉄及び/又は金属鉄含有物質(A)と有機酸(B)を含有する粉粒状の混合原料を成形して得られた成形物又はその破砕体であることを特徴とする鉄イオン供給材料。
[8]上記[7]の鉄イオン供給材料において、成形物が、粉粒状の混合原料を圧密成形して得られたブリケットであることを特徴とする鉄イオン供給材料。
[9]上記[7]の鉄イオン供給材料において、成形物が、結合材を含む粉粒状の混合原料を水和硬化させた水和固化体であることを特徴とする鉄イオン供給材料。
【0012】
[10]上記[9]の鉄イオン供給材料において、水和固化体が、粉粒状の製鋼スラグを主体とする酸化鉄及び/又は金属鉄含有物質(A)を含有するとともに、主たる結合材として高炉スラグ微粉末が添加された混合原料を水和硬化させた水和固化体であることを特徴とする鉄イオン供給材料。
[11]上記[7]の鉄イオン供給材料において、成形物が、粉粒状の混合原料を炭酸固化させた炭酸固化体であることを特徴とする鉄イオン供給材料。
[12]上記[1]〜[6]のいずれかの鉄イオン供給材料において、酸化鉄及び/又は金属鉄含有物質(A)と有機酸(B)を含有する粉粒状の混合原料を造粒して得られた造粒物であることを特徴とする鉄イオン供給材料。
[13]上記[7]〜[12]のいずれかの鉄イオン供給材料において、成形物又は造粒物に含まれる有機酸(B)の少なくとも一部が、グルコン酸粉末、グルコン酸塩の中から選ばれる1種以上であることを特徴とする鉄イオン供給材料。
【0013】
[14]グルコン酸、グルタミン酸の中から選ばれる1種以上の有機酸と鉄分が結合して生成した有機酸鉄を含有する溶媒からなることを特徴とする鉄イオン供給材料。
[15]上記[14]の鉄イオン供給材料において、溶媒中の有機酸鉄が、下記(a)及び/又は(b)であることを特徴とする鉄イオン供給材料。
(a)上記[1]〜[13]のいずれかの鉄イオン供給材料から溶媒中に抽出された有機酸鉄
(b)溶媒中に、酸化鉄及び/又は金属鉄含有物質(但し、酸化鉄及び/又は金属鉄のみからなる物質の場合を含む)と、グルコン酸、グルタミン酸の中から選ばれる1種以上の有機酸を投入し、酸化鉄及び/又は金属鉄含有物質から溶出した鉄分と有機酸を結合させて生成させた有機酸鉄
【0014】
[16]酸化鉄及び/又は金属鉄含有物質(但し、酸化鉄及び/又は金属鉄のみからなる物質の場合を含む)と、グルコン酸、グルタミン酸の中から選ばれる1種以上の有機酸を含む粉粒状の混合原料を成形して成形物とすることを特徴とする鉄イオン供給材料の製造方法。
[17]上記[16]の製造方法において、粉粒状の混合原料を圧密成形し、該原料に含まれる粒鉄を主たるバインダ成分として固化させ、ブリケットとすることを特徴とする鉄イオン供給材料の製造方法。
[18]上記[16]の製造方法において、粉粒状の混合原料を、該原料に含まれる結合材の水和反応により水和硬化させ、水和固化体とすることを特徴とする鉄イオン供給材料の製造方法。
【0015】
[19]上記[16]の製造方法において、粉粒状の混合原料を、該原料に含まれる未炭酸化Caの炭酸化反応により固化させ、炭酸固化体とすることを特徴とする鉄イオン供給材料の製造方法。
[20]酸化鉄及び/又は金属鉄含有物質(但し、酸化鉄及び/又は金属鉄のみからなる物質の場合を含む)と、グルコン酸、グルタミン酸の中から選ばれる1種以上の有機酸を含む粉粒状の混合原料を造粒して造粒物とすることを特徴とする鉄イオン供給材料の製造方法。
[21]上記[1]〜[15]のいずれかの鉄イオン供給材料を、水中に散布又は設置若しくは水底に埋設することを特徴とする鉄イオン供給方法。
[22]上記[1]〜[15]のいずれかの鉄イオン供給材料を、土壌に散布することを特徴とする鉄イオン供給方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明の鉄イオン供給材料は、鉄源から溶出する鉄分とグルコン酸、グルタミン酸の中から選ばれる1種以上の有機酸が結合して有機酸鉄が生成するので、水域、陸域を問わず、植物が容易に摂取できる溶解性鉄(鉄イオン)を長期間にわたって安定して供給することができ、特にアルカリ環境においても同効果を得ることができる。
また、鉄源として、大量且つ安価に入手可能な資材である鉄鋼スラグなどのスラグ類を用いることにより、凡用的な利用が可能で、水域、陸域などの広い領域に適用可能な鉄イオン供給材料とすることができる。
【0017】
また、有機酸としてグルコン酸とグルタミン酸を併用することにより、特に、鉄源としてスラグを用いる場合や、鉄イオン供給材料をアルカリ土壌のようなアルカリ(高pH)環境下で使用する場合に、材料の設置初期の段階から長期間持続的に鉄キレートを生成させ、鉄イオンを水中や土壌に供給することができる。
また、粉末状のグルコン酸(有機酸粉末、有機酸塩など)を配合することにより、グルコン酸の溶出性が適度に抑制され、上記と同等程度の溶出持続性が得られる。
また、本発明の鉄イオン供給材料の製造方法によれば、上記のような優れた性能を有する鉄イオン供給材料を安定して製造することができる。
また、本発明の鉄イオン供給方法によれば、上記のような優れた性能を有する鉄イオン供給材料を用い、植物が容易に摂取できる溶解性鉄(鉄イオン)を長期間にわたって安定して供給することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】人工海水に有機酸(グルコン酸、グルタミン酸)と金属鉄粉を添加した溶液のpHと鉄イオン濃度との関係を示すグラフ
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の鉄イオン供給材料は、酸化鉄及び/又は金属鉄含有物質(A)と、グルコン酸、グルタミン酸の中から選ばれる1種以上の有機酸(B)を含有する材料である。この鉄イオン供給材料は、鉄源である酸化鉄及び/又は金属鉄含有物質(A)から溶出する鉄分とグルコン酸、グルタミン酸の中から選ばれる1種以上の有機酸が結合して有機酸鉄が生成し、水域、陸域を問わず、植物が容易に摂取できる溶解性鉄(鉄イオン)を長期間にわたって安定して供給することができ、特にアルカリ環境においても同効果を得ることができる。
【0020】
鉄源である酸化鉄及び/又は金属鉄含有物質(A)(以下、説明の便宜上、単に「鉄源(A)」という)は、酸化鉄及び/又は金属鉄を含有するものであればよく、酸化鉄及び/又は金属鉄のみからなる物質でもよい。
鉄源(A)としては、例えば、鉄鋼スラグ、非鉄製錬スラグ、ゴミ溶融スラグ、ダスト、スケール、鉄粉、酸化鉄粉、砂鉄、鉄鉱石などが挙げられ、これらの1種以上を用いることができる。
鉄鋼スラグ(鉄鋼製造プロセスで発生するスラグ)としては、高炉スラグ、製鋼スラグ、鉱石還元スラグなどがある。高炉スラグには、高炉徐冷スラグ、高炉水砕スラグがある。また、製鋼スラグとしては、溶銑予備処理、転炉吹錬、鋳造などの工程で発生する製鋼スラグ(例えば、脱炭スラグ、溶銑脱燐スラグ、溶銑脱硫スラグ、溶銑脱珪スラグ、造塊スラグなど)、電気炉スラグなどが挙げられる。
【0021】
非鉄製錬スラグとしては、銅製錬スラグ、各種合金鉄製錬スラグなどが挙げられる。ゴミ溶融スラグとしては、ゴミ焼却灰溶融スラグ、ゴミ直接溶融スラグなどが挙げられ、これらのスラグには、徐冷された結晶質のものと急冷されたガラスカレット状のものがある。ダストとしては、鉄鋼製造プロセスで発生するダスト(例えば、転炉ダスト、高炉ダストなど)が代表的なものとして挙げられる。スケールとしては、鉄鋼製造プロセスで発生するスケール(例えば、ミルスケールなど)が代表的なものとして挙げられる。
【0022】
鉄源(A)としては、純粋な酸化鉄よりも、スラグのように酸化鉄を固溶体として含むものの方が、有機酸との反応性が高く、鉄イオンの溶出能が高いので好ましい。
表1は、各種の鉄源とグルコン酸を混合した試料について、水中での鉄イオンの溶出性を調べた結果を示している。この試験は下記条件で行った。
(1)各種の鉄源をチャック付ビニール袋に入れ、鉄源量の0.075mass%のグルコン酸を添加して混合した後、一晩静置し、試料とした。
(2)試料10gを250mLポリ瓶に入れ、人工海水200mLを注入した後、振とう装置で200rpm,24時間の連続振とうを行った。
(3)振とう後のポリ瓶内容物を0.45μmフィルターでろ過し、ろ過後の液のFe濃度を測定した。液中のFe濃度の分析は、ICP-AES(誘導結合プラズマ発光分光分析計)を用いて行った。
【0023】
【表1】

【0024】
表1に示されるように、試薬の酸化鉄は鉄イオンの溶出量は少ない。一方、銅製錬スラグやゴミ溶融スラグなどの非鉄スラグは、鉄イオンの溶出量は多いが、溶出能が高いため長期間の溶出持続性には欠ける。これに対して、鉄鋼スラグ(表1では製鋼スラグ)は、鉄イオンの適度な溶出能(試薬の酸化鉄よりも高く、非鉄スラグよりも低い溶出能)を有し、したがって、長期間の溶出持続性も備えている。また、鉄鋼スラグは、安価で且つ大量に入手可能であるという利点もある。
また、試薬以外の金属鉄や酸化鉄は、鉄イオンの溶出能が鉄鋼スラグよりも高いが、試薬の酸化鉄や非鉄スラグに較べれば適度な溶出能を有しているといえる。但し、これらの金属鉄や酸化鉄は、鉄鋼スラグに較べて鉄イオンの溶出能が相当程度高いため、長期間の溶出持続性は鉄鋼スラグよりも劣る。さらに、鉄鋼スラグに較べて高価で且つ大量入手も難しいという面もある。
【0025】
以上の点から、鉄源(A)としては、鉄鋼スラグ、非鉄製錬スラグ、都市ゴミ溶融スラグが特に好ましく、これらの1種以上からなる若しくはこれらの1種以上を主体とする鉄源(A)(鉄源(A)が鉄鋼スラグなどのスラグのみからなる場合を含む。以下同様)が好ましい。また、スラグ類のなかでも特に鉄鋼スラグは、上記のように適度な溶出能を有し、長期間の溶出持続性を備えていること、成分が安定していること、などの点から好ましく、したがって、鉄鋼スラグを含む若しくは鉄鋼スラグを主体とする鉄源(A)(鉄源(A)が鉄鋼スラグのみからなる場合を含む。以下同様)が好ましい。なお、スラグはpHが低い方が望ましいので、スラグに含まれるCaOをCaCOに炭酸化させたものを使用してもよい。
また、鉄鋼スラグのなかでも、鉄分を多く含む製鋼スラグが、鉄含有量の面から好ましい。
【0026】
有機酸(B)としては、グルコン酸、グルタミン酸の中から選ばれる1種以上が用いられるが、そのなかで、グルコン酸は強酸で且つ水への溶解度が高いため、高pH下でもキレート形成・維持ができるという特徴がある。すなわち、グルコン酸は、高pH下でも錯イオンとして鉄イオンを溶出させるとともに、同イオンを維持させることができる。一方、グルタミン酸は水への溶解度が低いため、鉄イオンを徐々に且つ持続的に溶出させ、長期的な溶出持続性を確保することができる。
【0027】
図1は、人工海水に有機酸(グルコン酸、グルタミン酸)と金属鉄粉を添加した溶液のpHとFe濃度との関係を調べた結果を示している。この試験は下記条件で行った。
(1)pH8の人工海水200mLに対して、pH6〜7程度となるように有機酸を添加した。
(2)この有機酸を添加した人工海水に金属鉄粉0.1gを添加し、振とう装置で200rpm,2時間の連続振とうを行った。
(3)振とう後の試料を遠心分離器で4000rpm,15分間処理し、その上澄み液を0.45μmフィルターでろ過したものを試料A液とした。
(4)試料A液に1M−水酸化ナトリウムを徐々に加え、初期pHよりpHを1〜2上げた。このpH調整を行ってから2時間静置した後、遠心分離器で4000rpm,15分間処理し、その上澄み液を0.45μmフィルターでろ過し、ろ過後の液のFe濃度を測定した。液中のFe濃度の分析は、ICP-AES(誘導結合プラズマ発光分光分析計)を用いて行った。
(5)上記(4)の作業を、pH10〜11になるまで数回繰り返し行い、各pH毎のFe濃度の分析を行った。
【0028】
図1に示されるように、グルタミン酸を用いた場合には、海水のpHであるpH8程度になるとFe濃度が相当程度低くなる。これに対して、グルコン酸を用いた場合には、pH8〜11でもFe濃度は高いレベルを維持している。
グルタミン酸とグルコン酸は、鉄イオンの溶出性に関して、それぞれ上述したような特徴を有しており、それぞれの特徴を生かすという意味で、グルタミン酸とグルコン酸を併用(複合添加)することが好ましく、なかでも、(i)鉄源(A)としてスラグ(特に鉄鋼スラグ)を用いる場合、(ii)鉄イオン供給材料をアルカリ土壌のようなアルカリ(高pH)環境下で使用する場合、グルタミン酸とグルコン酸の併用が特に好ましい。
【0029】
上記(i)の場合は、グルタミン酸とグルコン酸の併用により、以下のような効果が期待できる。一般に鉄鋼スラグなどのスラグ類(特に製鋼スラグ)は遊離CaOを含有しているため、鉄イオン供給材料を水中や土壌中に設置した初期には、同材料の表面近傍は高pHになるが、溶解性が高い強酸であるグルコン酸が材料の表面近傍を酸性にして鉄の溶出が起こりやくし、鉄キレート化する。このようなグルコン酸による鉄キレートの生成は、pH12程度まで安定に維持される。一方、グルタミン酸は、溶解度が低いため水と触れても直ぐには消費されず、鉄イオン(鉄キレート)を徐々に且つ持続的に溶出させる。このようなグルタミン酸による鉄キレートの生成は、pH8.5程度(自然海水はpH8.2程度)まで安定に維持される。以上により、材料の設置初期の段階から長期間持続的に鉄キレートを生成させ、鉄イオンを水中や土壌に供給することができる。
【0030】
また、上記(ii)の場合には、鉄イオン供給材料をアルカリ環境(アルカリ土壌など)に設置した場合、溶解性が高い強酸であるグルコン酸が材料の表面近傍を酸性にして鉄の溶出が起こりやくし、鉄キレート化する。一方、グルタミン酸は、溶解度が低いため水と触れても直ぐには消費されず、鉄キレート(鉄イオン)を徐々に且つ持続的に溶出させる。以上により、材料の設置初期の段階から長期間持続的に鉄キレートを生成させ、鉄イオンを土壌などに供給することができる。
【0031】
有機酸(B)源としては、有機酸粉末、有機酸塩(粉末)、有機酸含有物質(有機酸含有溶液を含む)などのいずれでもよく、これらの1種以上を上記鉄源(A)と混合すればよい。有機酸塩としては、例えば、グルコン酸に関しては、グルコン酸ナトリウム、グルコン酸カルシウム、グルコン酸マグネシウムなどが挙げられ、これらの1種以上を用いることができる。さきに述べたようにグルコン酸は水への溶解度が高く、その分、グルタミン酸に較べて溶出期間(溶出持続性)が短くなりやすいが、グルコン酸塩(粉末)やグルコン酸粉末として鉄源(A)に配合し、鉄イオン供給材料とすることにより、グルコン酸の溶出性が適度に抑制される。このため、上述したようなグルコン酸とグルタミン酸を併用(複合添加)した場合と同等の溶出持続性が得られる。このようなグルコン酸の溶出持続性は、鉄イオン供給材料がブリケット、水和固化体、炭酸固化体などのような成形物や造粒物である場合(とりわけブリケットの場合)に、特に得られやすい。したがって、成形物又は造粒物に含まれる有機酸(B)の少なくとも一部が、グルコン酸粉末、グルコン酸塩の中から選ばれる1種以上であることが好ましい。
【0032】
材料中でのグルコン酸やグルタミン酸の含有量は特に規定しない。但し、好ましい量の鉄キレートを生成させるためには、グルコン酸とグルタミン酸をそれぞれ単独添加する場合、両者を複合添加する場合のいずれにおいても、鉄源(A)量に対して、グルコン酸は0.025mass%以上、グルタミン酸は0.1mass%以上含有させることが好ましい。また、有機酸を過剰に含有させても効果が飽和するので、鉄源(A)量に対して、グルコン酸、グルタミン酸ともに5mass%を、それぞれ上限とすることが好ましい。
一方、後述するように鉄イオン供給材料をブリケットとする場合には、グルコン酸とグルタミン酸をそれぞれ単独添加する場合、両者を複合添加する場合のいずれにおいても、鉄源(A)量に対して、グルコン酸は0.25mass%以上、望ましくは0.50mass%以上、グルタミン酸は0.75mass%以上、望ましくは1.50mass%以上、それぞれ含有させることが好ましい。
【0033】
また、後述するように鉄イオン供給材料を水和固化体(人工石材)とする場合には、(i)有機酸の添加量が多くなるとpHが低下して水和固化体の強度が低下する傾向があるので、鉄イオンの溶出性と水和固化体の強度確保のバランスをとることが好ましい、(ii)水和固化体(人工石材)からなる鉄イオン供給材料は、海藻などの着生基盤として使用する場合が多く、このような使用形態の場合には、水和固化体の表層近傍に鉄分が供給されればよいので、有機酸の添加量がそれほど多くなくてもよい、という特別な事情があるので、これらの観点からは、グルコン酸とグルタミン酸をそれぞれ単独添加する場合、両者を複合添加する場合のいずれにおいても、鉄源(A)量に対するグルコン酸の含有量の下限を0.025mass%、グルタミン酸の含有量の下限を0.6mass%とすることが好ましい。
また、後述するように鉄イオン供給材料を炭酸固化体とする場合も、上記(ii)の点は水和固化体と同じなので、この観点からは、グルコン酸とグルタミン酸をそれぞれ単独添加する場合、両者を複合添加する場合のいずれにおいても、鉄源(A)量に対するグルコン酸の含有量の下限を0.025mass%、グルタミン酸の含有量の下限を0.6mass%とすることが好ましい。
【0034】
また、鉄イオン供給材料は、下記(a)又は(b)の特性を有すること、特に(a)及び(b)の両特性を有することが好ましい。したがって、このような特性が得られるように、鉄源(A)や有機酸(B)の種類や配合率等を選択することが好ましい。
(a)海水と鉄イオン供給材料を質量比10:1で混合し、振とう装置で200rpm,24時間の連続振とうを行い、振とう後の液を0.45μmフィルターでろ過し、ろ過後の液のFe濃度が100ppb以上であること。
(b)同一の鉄イオン供給材料に対して、下記試験(イ)を毎日(24時間毎)海水を入れ替えて繰り返し実施し、測定されるFe濃度が10ppb以上である日が連続して10日以上続くこと。
試験(イ):海水と鉄イオン供給材料を質量比10:1とし、海水に対して鉄イオン供給材料を浸漬してゆっくり撹拌した後、24時間静置し、その液を0.45μmフィルターでろ過し、ろ過後の液のFe濃度を測定する。
【0035】
但し、鉄イオン供給材料を水和固化体(人工石材)とする場合には、上述した(i)及び(ii)の観点から、満足すべき(a)、(b)の特性は、以下のようなものであることが好ましい。したがって、下記(a)又は(b)の特性、好ましくは(a)及び(b)の両特性が得られるように、鉄源(A)や有機酸(B)の種類や配合率等を選択することが好ましい。また、鉄イオン供給材料を炭酸固化体とする場合も、上述した(ii)の観点から同様とする。
(a)海水と鉄イオン供給材料を質量比10:1で混合し、振とう装置で200rpm,24時間の連続振とうを行い、振とう後の液を0.45μmフィルターでろ過し、ろ過後の液のFe濃度が20ppb以上であること。
(b)同一の鉄イオン供給材料に対して、下記試験(イ)を毎日(24時間毎)海水を入れ替えて繰り返し実施し、測定されるFe濃度が5ppb以上である日が連続して28日以上続くこと。
試験(イ):海水と鉄イオン供給材料を質量比10:1とし、海水に対して鉄イオン供給材料を浸漬してゆっくり撹拌した後、24時間静置し、その液を0.45μmフィルターでろ過し、ろ過後の液のFe濃度を測定する。
【0036】
本発明の鉄イオン供給材料は、鉄源(A)と有機酸(B)以外の成分を含有していてもよい。例えば、後述するブリケットや水和固化体とする際に添加するバインダ、結合材、フライアッシュ、アルカリ刺激剤(消石灰、セメントなど)など、さらには、化学混和剤として、例えば、リグニンスルホン酸、ナフタレンスルホン酸などの減水剤、ポリアクリル酸などの高分子系混和剤などが挙げられるが、これに限定されない。また、グルコン酸やグルタミン酸以外の有機酸を含有していてもよい。
【0037】
本発明の鉄イオン供給材料の形態に特別な制限はなく、例えば、粉粒体、造粒物、成形物やその破砕体などのような任意の形態としてよい。したがって、例えば、有機酸含有液をスラグなどの粉粒状の鉄源(A)に含浸させた後、乾燥させたようなものでもよいが、用途や使用目的に応じて、以下に述べるような形態とすることが好ましい。なお、造粒物や成形物を得る場合には、鉄源(A)と有機酸(B)を含む粉粒状の混合原料を造粒または成形するが、通常、粉粒状の混合原料の粒度は、例えば、ブリケットや炭酸固化体の場合には5mm以下、水和固化体の場合には25mm以下程度とすることが好ましい。
本発明の鉄イオン供給材料の形態は、例えば、水域に設置するに際して緩効性を期待する場合には、比表面積を小さくする意味で、ブリケット、水和固化体、炭酸固化体などの粒状又は塊状の成形物若しくはその破砕体とすることが好ましい。
【0038】
前記ブリケットは、鉄源(A)と有機酸(B)を含む粉粒状の混合原料(通常は、スラグなどの鉄源(A)と有機酸(B)との混合物)を適当な大きさに成形(通常、圧密成形)して得られる。ブリケットを成形するに際しては、混合原料中に粒鉄(金属鉄)を含有させ、圧密成形時に粒鉄を酸化・発熱させることで主たるバインダとして利用することが好ましい。粒鉄としては、鉄源(A)自体に含まれる粒鉄、混合原料中に配合した粒鉄のいずれでも、また両方でもよい。
また、鉄鋼スラグなどのスラグは、一般に相当量の粒鉄を含んでいるため、鉄鋼スラグなどのスラグを主体とする鉄源(A)(鉄源(A)が鉄鋼スラグなどのスラグのみからなる場合を含む。以下同様)を用いる場合には、スラグ中に含まれる粒鉄を利用することで、特別なバインダを添加することなく、所定の強度を有するブリケットを得ることができる。また、一般に鉄鋼スラグなどのスラグには水和反応を生じる成分(CaO、SiOなど)が含まれているため、この成分の作用により、成形後において経時的に強度が増す。
【0039】
また、ブリケットは、水和反応を生じる成分(例えば、CaOとSiOを含み、場合によりさらにAl、MgOなどの1種以上を含む成分)を主たるバインダとし、同成分の水和硬化反応により固化させるようにしてもよい。特に、鉄鋼スラグなどのスラグは、一般に相当量のCaOとSiOを含んでいるため、鉄鋼スラグなどのスラグを主体とする鉄源(A)を用いる場合には、スラグ中に含まれるCaO、SiOの水和硬化反応を利用することで、特別なバインダを添加することなく、所定の強度を有するブリケットを得ることができる。
【0040】
鉄鋼スラグなどのスラグを主体とする鉄源(A)を用い、特別なバインダを添加することなくブリケットを製造する場合、水分を適当に含んだ粉粒状の混合原料(鉄源(A)と有機酸(B)を含む粉粒状の混合原料)をブリケット成形機で圧密(圧縮)成形し、必要に応じて成形物を適当に養生し、所定の強度に固化させる。
また、特別なバインダを添加する場合には、バインダを配合した粉粒状の混合原料(鉄源(A)と有機酸(B)を含む粉粒状の混合原料)をブリケット成形機で圧密(圧縮)成形し、得られた成形物を適当に養生し、所定の強度に固化させる。配合するバインダとしては、上述した粒鉄(金属鉄)や水和反応を生じる成分(CaO、SiOなど)の他に、例えば、リン酸、粘土、ベントナイト、ポリビニルアルコール、カルボキシメチルセルロース、ポリアクリル酸、糖蜜、リグニン、硫酸マグネシウム、デンプン等の1種以上を用いることができる。
【0041】
前記水和固化体は、鉄源(A)と有機酸(B)を含む粉粒状の混合原料を、同原料に含まれる結合材(水和反応を生じる成分)の水和硬化反応で固化させて得られる。一般に、結合材は、CaOとSiOを含み、場合によりさらにAl、MgOなどの1種以上を含む。結合材は、鉄源(A)に含まれている成分を利用してもよいし、混合原料に添加してもよい。添加する結合材としては、セメント、高炉スラグ微粉末、フライアッシュ、消石灰などの1種以上を用いることができる。
水和固化体の混合原料には、さらに必要に応じて、後述するような粉粒状の高炉水砕スラグ、アルカリ刺激材、混和剤などの中から選ばれる1種以上を配合することができる。
水和固化体は、結合材を含む混合原料を水と混練し、その混練物を型枠に流し込み或いはヤード打ち込みし、硬化した後、一定期間に養生し、その後、必要に応じて塊状に破砕することにより製品とする。
【0042】
また、水和固化体としては、粉粒状の製鋼スラグを主体とする鉄源(A)を用い、主たる結合材として高炉スラグ微粉末を用いることが特に好ましい。この場合、粉粒状の製鋼スラグは、水和固化体の主たる骨材となる。このような水和固化体(以下、「スラグ水和固化体」という)は、同じ水和固化体であるコンクリートに劣らない高い強度を有する一方で、コンクリートに較べて、水中での表面水のpHが低く(一般にコンクリートに較べて“1”程度低い)、また、製鋼スラグは鉄分だけでなくSi(珪酸)、P(リン酸)を多く含んでいるためSi、Pの溶出性も高く、これらも水生植物の栄養分となる。
【0043】
スラグ水和固化体の混合原料には、さらに必要に応じて、粉粒状の高炉水砕スラグ、フライアッシュ、アルカリ刺激材、混和剤などの中から選ばれる1種以上を配合することができる。
前記粉粒状の高炉水砕スラグは、鉄源(A)及び骨材の一部として配合されるが、弱い水硬性を有しているので、スラグ水和固化体中にあっては、アルカリ刺激材によりアルカリ刺激を受けて固化し、強度にも寄与する。
前記フライアッシュは、スラグ水和固化体の他の材料と比べるとSiOの含有量が多く、形状が球形に近いという特徴がある。このフライアッシュはポゾラン物質として働き、長期材齢での強度向上に役立つとともに、スラグ水和固化体全体としてのアルカリ性を低減させ、水和固化体を水に浸したときに溶出するアルカリ物質の量を低減させる働きもある。
【0044】
前記アルカリ刺激材としては、例えば、消石灰やセメントなどのCa系のものを用いることができる。高炉スラグ微粉末は潜在水硬性を有し、アルカリ刺激によって硬化が促進される。このためアルカリ刺激材を添加することで、より安定的に高い強度を得ることができる。
前記混和剤(AE剤、減水剤、AE減水剤、高性能AE減水剤など)は、練混ぜ水の調節、空気量の調節にはコンクリート用の混和剤が有効である。
【0045】
適正な品質(特に高い強度)のスラグ水和固化体を得るためには、有機酸(B)を除く原料含有量は、以下のようにすることが好ましい。まず、基本成分については、鉄源(A)である製鋼スラグを60〜85mass%、結合材である高炉スラグ微粉末を5〜15mass%とすることが好ましい。また、製鋼スラグと高炉スラグ微粉末に対して、高炉水砕スラグ、フライアッシュ、アルカリ刺激材、混和剤などの1種以上を加える場合には、これらの合計量を10mass%以下とすることが好ましい。
スラグ水和固化体は、以上述べたような混合原料を水と混練し、その混練物を型枠に流し込み或いはヤード打ち込みし、硬化した後、一定期間に養生し、その後、必要に応じて塊状に破砕することにより製品とする。
なお、水和固化体は適度な強度を有する必要があり、少なくとも材齢28日における強度が10N/mm以上であることが好ましい。
【0046】
前記炭酸固化体は、鉄源(A)と有機酸(B)を含む粉粒状の混合原料を、同原料に含まれる未炭酸化Caの炭酸化反応によって生成した炭酸カルシウムを主たるバインダとして固結させることで得られる。一般に、混合原料に含まれる未炭酸化Caを水を介して炭酸ガスと接触させることで炭酸化反応を生じさせ、この炭酸化反応で生成した炭酸カルシウムを主たるバインダとして混合原料を固結させ、ブロック化された炭酸固化体を得る。未炭酸化Caは、鉄源(A)に含まれている成分を利用してもよいし、混合原料に添加してもよい。
一般に、鉄鋼スラグには相当量の未炭酸化Ca(CaO及び/又はCa(OH))が含まれているので、鉄源(A)として鉄鋼スラグを用いれば、その未炭酸化Caを炭酸化に利用することができる。
【0047】
具体的な製造方法としては、(1)混合原料を型枠に充填し、この原料充填層に炭酸ガス(通常、炭酸ガス含有ガス。以下同様)を吹き込むことにより原料充填層を炭酸固化させる方法、(2)混合原料を圧縮成形などにより予成形し、この予成形体を炭酸ガス雰囲気内に置いて内部に炭酸ガスを浸透させることにより、予成形体を炭酸固化させる方法、などがある。一般に混合原料の含水率は1〜10mass%程度が適当である。また、炭酸ガス含有ガスのCO濃度は特に限定しないが、効率的な処理を行うには3%以上のCO濃度とすることが好ましい。
【0048】
また、鉄イオン供給材料を陸域で使用(例えば、施肥材料として使用)するような場合には、例えば、散布し易いように顆粒状、ペレット状などの成形物や造粒物することが好ましい。この場合、鉄源(A)として、肥料用原料となる以下のような製鋼スラグ(但し、下記(4)は製鋼スラグの加工物)を用いることが好ましい。
(1)可溶性珪酸を10mass%以上、好ましくは20mass%以上、より好ましくは30mass%以上含有する溶銑脱珪スラグ(珪酸質肥料用原料)
(2)燐酸濃度が7mass%以上、好ましくは10mass%以上の溶銑脱燐スラグ(燐酸質肥料用原料)
(3)可溶性珪酸を10mass%以上、ク溶性燐酸を2mass%以上含有する溶銑脱燐スラグ(珪酸燐酸肥料用原料)
(4)溶融状態でカリ原料(例えば、炭酸カリ、重炭酸カリ、硫酸カリ等のカリ塩、カリ長石等のカリ含有鉱物の1種以上)を融合させた溶銑脱珪スラグ(ク溶性カリ肥料用原料)
【0049】
例えば、以上のような製鋼スラグ(肥料用原料)を鉄源(A)として用い、この鉄源(A)と有機酸(B)を含む混合原料を成形又は造粒して顆粒状やペレット状などの成形物又は造粒物とする。その際、必要に応じて混合原料にバインダを添加する。バインダとしては、例えば、リン酸、粘土、ベントナイト、ポリビニルアルコール、カルボキシメチルセルロース、ポリアクリル酸、糖蜜、リグニン、硫酸マグネシウム、デンプン等の1種以上を用いることができる。
造粒物については、例えば、適量の水を加え、必要に応じてバインダを添加した混合原料を、回転皿型造粒機、回転円筒型造粒機などの造粒機を用いて、例えば平均粒径0.5〜6mm程度に造粒し、この造粒物を乾燥することにより得ることができる。
製鋼スラグを用いた従来技術の肥料は、鉄分が有効成分として溶出することが殆ど期待できなかったが、本発明の鉄イオン供給材料(施肥材料)は、燐酸や珪酸などの有効成分に加えて鉄分も溶出するので、施肥材料として優れた性能を発揮できる。
【0050】
また、本発明では、グルコン酸、グルタミン酸の中から選ばれる1種以上の有機酸と鉄分が結合して生成した有機酸鉄を含有する溶媒を、液状の鉄イオン供給材料として用いてもよい。この場合、溶媒中の有機酸鉄は下記(a)及び/又は(b)からなる。
(a)上述したような固体の鉄イオン供給材料(鉄源(A)と有機酸(B)を含有する鉄イオン供給材料)から水や水溶液などの溶媒中に抽出された有機酸鉄
(b)水や水溶液などの溶媒中に、上述したような鉄源(A)と有機酸(B)(有機酸粉末、有機酸塩、有機酸含有物質の中から選ばれる1種以上)を投入し、鉄源(A)から溶出した鉄分と有機酸を結合させて生成させた有機酸鉄
例えば、固体の鉄イオン供給材料又は鉄源(A)と有機酸(B)を海水や水道水などの溶媒に浸漬して撹拌し、その上澄み液を回収し、液状の鉄イオン供給材料とすることができる。
【0051】
上述した鉄イオン供給材料を用いた鉄イオン供給方法では、水域の場合には、鉄イオン供給材料を水中に散布または設置(水底に沈設する場合を含む)若しくは水底に埋設し、陸域の場合には、鉄イオン供給材料を土壌に散布する。また、上述した溶媒からなる鉄イオン供給材料についても、これを水中または土壌に散布する。
また、水域に鉄イオン供給材料を設置する場合、例えば、(i)ブリケット、水和固化体、炭酸固化体などの粒状又は塊状の成形物については、そのまま利用海域に沈める、(ii)透水性の袋や開口又は孔を有する剛性容器に入れる、(iii)透水性の袋(網)に入れて水中に吊す、などの形態を採ることができる。一般に、鉄イオン供給材料の投入量は、投入水域のFe濃度を少なくとも2〜3ppb程度上昇させるような量とすることが好ましい。
【実施例】
【0052】
[実施例1]
鉄源(A)として、溶銑脱燐スラグ(粒径5mm以下)と金属鉄粉(鉄鋼スラグから回収された粒鉄)を用い、溶銑脱燐スラグ及び/又は金属鉄粉とグルコン酸及び/又はグルタミン酸を混合した混合原料20gを荷重2tで片面加圧して圧密成形し、径20mm×高さ20mmのブリケットとした。グルコン酸は水溶液として、また、グルタミン酸は粉末として、それぞれ鉄源(A)に添加した。なお、比較例として、グルコン酸及びグルタミン酸を配合しないブリケットを作成した。
以上のブリケットについて、水中でのFe溶出量とFeの溶出持続性を下記の方法で測定・評価した。その結果を、鉄源(A)と有機酸(B)の配合率とともに、表2に示す。
【0053】
(1)Fe溶出量
ブリケット(20g)を人工海水200mL中に浸漬し、振とう装置で200rpm,24時間の連続振とうを行った。この連続振とう後の液を0.45μmフィルターでろ過し、ろ過後の液のFe濃度を測定した。液中のFe濃度の分析は、ICP-AES(誘導結合プラズマ発光分光分析計)を用いて行った。
(2)Feの溶出持続性
同一のブリケットに対して、下記試験(イ)を毎日(24時間毎)人工海水を入れ替えて繰り返し実施し、測定されるFe濃度が10ppb以上である日数(連続日数)を調べた。液中のFe濃度の分析は、ICP-AES(誘導結合プラズマ発光分光分析計)を用いて行った。
試験(イ):ブリケット(20g)を中空に吊したビーカーに人工海水200mLを入れ、スターラーでゆっくり撹拌した後、24時間静置し、その液を0.45μmフィルターでろ過し、ろ過後の液のFe濃度を測定する。
【0054】
【表2】

【0055】
[実施例2]
鉄源(A)として溶銑脱燐スラグ(粒径2mm以下)を用い、この溶銑脱燐スラグに、グルコン酸及び/又はグルタミン酸を配合し、さらに高炉水砕スラグ微粉末(結合材)、フライアッシュ及び普通ポルトランドセメントを配合した混合原料に水を加えて混練した。有機酸を除く原料の配合量は、溶銑脱燐スラグ:2083kg/m−混練物、高炉スラグ微粉末:374kg/m−混練物、フライアッシュ:61kg/m−混練物、普通ポルトランドセメント:88kg/m−混練物、水:231kg/m−混練物とした。この混練物を型枠(φ100mm×200mm)に充填して7日間の封緘養生で硬化させ、脱枠した後、20℃の水中にて21日間養生し、水和固化体を得た。なお、グルコン酸は水溶液として、また、グルタミン酸は粉末として、それぞれ鉄源(A)に添加した。なお、比較例として、グルコン酸及びグルタミン酸を配合しない水和固化体を作成した。
得られた水和固化体を5mm以下の粒度に破砕し、この破砕物20gについて、水中でのFe溶出量とFeの溶出持続性を実施例1と同じ方法で測定・評価した。また、材齢28日における水和固化体の強度(σ28)を測定した。それらの結果を、有機酸(B)の配合率とともに、表3に示す。
【0056】
【表3】

【0057】
[実施例3]
鉄源(A)として、溶銑脱燐スラグ(粒径5mm以下)と金属鉄粉(鉄鋼スラグから回収された粒鉄)を用い、溶銑脱燐スラグ及び金属鉄粉とグルコン酸塩(グルコン酸ナトリウム粉末)を混合した混合原料20gを荷重2tで片面加圧して圧密成形し、径20mm×高さ20mmのブリケットとした。
このブリケットについて、水中でのFe溶出量とFeの溶出持続性を実施例1と同じ方法で測定・評価した。その結果を、鉄源(A)と有機酸(B)の配合率とともに、表4に示す。
【0058】
【表4】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化鉄及び/又は金属鉄含有物質(A)(但し、酸化鉄及び/又は金属鉄のみからなる物質の場合を含む)と、グルコン酸、グルタミン酸の中から選ばれる1種以上の有機酸(B)を含有することを特徴とする鉄イオン供給材料。
【請求項2】
酸化鉄及び/又は金属鉄含有物質(A)が、鉄鋼スラグ、非鉄製錬スラグ、ゴミ溶融スラグ、ダスト、スケール、鉄粉、酸化鉄粉、砂鉄、鉄鉱石の中から選ばれる1種以上であることを特徴とする請求項1に記載の鉄イオン供給材料。
【請求項3】
酸化鉄及び/又は金属鉄含有物質(A)の少なくとも一部が製鋼スラグであることを特徴とする請求項1又は2に記載の鉄イオン供給材料。
【請求項4】
有機酸(B)源が、有機酸粉末、有機酸塩、有機酸含有物質の中から選ばれる1種以上であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の鉄イオン供給材料。
【請求項5】
有機酸(B)として、グルコン酸とグルタミン酸を含有することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の鉄イオン供給材料。
【請求項6】
酸化鉄及び/又は金属鉄含有物質(A)由来の鉄分と有機酸(B)が結合して生成した有機酸鉄を含有することを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の鉄イオン供給材料。
【請求項7】
酸化鉄及び/又は金属鉄含有物質(A)と有機酸(B)を含有する粉粒状の混合原料を成形して得られた成形物又はその破砕体であることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の鉄イオン供給材料。
【請求項8】
成形物が、粉粒状の混合原料を圧密成形して得られたブリケットであることを特徴とする請求項7に記載の鉄イオン供給材料。
【請求項9】
成形物が、結合材を含む粉粒状の混合原料を水和硬化させた水和固化体であることを特徴とする請求項7に記載の鉄イオン供給材料。
【請求項10】
水和固化体が、粉粒状の製鋼スラグを主体とする酸化鉄及び/又は金属鉄含有物質(A)を含有するとともに、主たる結合材として高炉スラグ微粉末が添加された混合原料を水和硬化させた水和固化体であることを特徴とする請求項9に記載の鉄イオン供給材料。
【請求項11】
成形物が、粉粒状の混合原料を炭酸固化させた炭酸固化体であることを特徴とする請求項7に記載の鉄イオン供給材料。
【請求項12】
酸化鉄及び/又は金属鉄含有物質(A)と有機酸(B)を含有する粉粒状の混合原料を造粒して得られた造粒物であることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の鉄イオン供給材料。
【請求項13】
成形物又は造粒物に含まれる有機酸(B)の少なくとも一部が、グルコン酸粉末、グルコン酸塩の中から選ばれる1種以上であることを特徴とする請求項7〜12のいずれかに記載の鉄イオン供給材料。
【請求項14】
グルコン酸、グルタミン酸の中から選ばれる1種以上の有機酸と鉄分が結合して生成した有機酸鉄を含有する溶媒からなることを特徴とする鉄イオン供給材料。
【請求項15】
溶媒中の有機酸鉄が、下記(a)及び/又は(b)であることを特徴とする請求項14に記載の鉄イオン供給材料。
(a)請求項1〜13のいずれかに記載の鉄イオン供給材料から溶媒中に抽出された有機酸鉄
(b)溶媒中に、酸化鉄及び/又は金属鉄含有物質(但し、酸化鉄及び/又は金属鉄のみからなる物質の場合を含む)と、グルコン酸、グルタミン酸の中から選ばれる1種以上の有機酸を投入し、酸化鉄及び/又は金属鉄含有物質から溶出した鉄分と有機酸を結合させて生成させた有機酸鉄
【請求項16】
酸化鉄及び/又は金属鉄含有物質(但し、酸化鉄及び/又は金属鉄のみからなる物質の場合を含む)と、グルコン酸、グルタミン酸の中から選ばれる1種以上の有機酸を含む粉粒状の混合原料を成形して成形物とすることを特徴とする鉄イオン供給材料の製造方法。
【請求項17】
粉粒状の混合原料を圧密成形し、該原料に含まれる粒鉄を主たるバインダ成分として固化させ、ブリケットとすることを特徴とする請求項16に記載の鉄イオン供給材料の製造方法。
【請求項18】
粉粒状の混合原料を、該原料に含まれる結合材の水和反応により水和硬化させ、水和固化体とすることを特徴とする請求項16に記載の鉄イオン供給材料の製造方法。
【請求項19】
粉粒状の混合原料を、該原料に含まれる未炭酸化Caの炭酸化反応により固化させ、炭酸固化体とすることを特徴とする請求項16に記載の鉄イオン供給材料の製造方法。
【請求項20】
酸化鉄及び/又は金属鉄含有物質(但し、酸化鉄及び/又は金属鉄のみからなる物質の場合を含む)と、グルコン酸、グルタミン酸の中から選ばれる1種以上の有機酸を含む粉粒状の混合原料を造粒して造粒物とすることを特徴とする鉄イオン供給材料の製造方法。
【請求項21】
請求項1〜15のいずれかに記載の鉄イオン供給材料を、水中に散布又は設置若しくは水底に埋設することを特徴とする鉄イオン供給方法。
【請求項22】
請求項1〜15のいずれかに記載の鉄イオン供給材料を、土壌に散布することを特徴とする鉄イオン供給方法。

【図1】
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【公開番号】特開2011−160764(P2011−160764A)
【公開日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−29872(P2010−29872)
【出願日】平成22年2月15日(2010.2.15)
【特許番号】特許第4729120号(P4729120)
【特許公報発行日】平成23年7月20日(2011.7.20)
【出願人】(000200301)JFEミネラル株式会社 (79)
【Fターム(参考)】