説明

鋼線、及び鋼線の製造方法

【課題】鋼線を環の一部が開口した形状に曲げ加工した際、環の軸方向における鋼線の端部同士のずれ(歪み量)を小さく、かつその歪み量のばらつきを小さくできる鋼線を提供する。
【解決手段】鋼線1の横断面形状は、互いに対向する短辺と長辺とを有する異形状である。その鋼線1は、外力が作用しない無負荷時に、上記短辺側に湾曲している。特に、鋼線の長さ1m当たりの湾曲量αが、−5mm以上であることが好ましい。湾曲量αは、鋼線1の長さ方向の一端側を位置決めし、当該一端側において上記長辺側に接する平面を基準としたとき、当該基準から当該長さ方向の他端側までの垂直距離である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼線、及び鋼線の製造方法に関するものである。特に、C字状など、環の一部が開口した形状に曲げ加工した際、環の軸方向における鋼線の端部同士のずれ(歪み量)を小さく、かつその歪み量のばらつきを小さくできる鋼線に関するものである。
【背景技術】
【0002】
軸又は孔につけた溝にはめて、軸部材やベアリングなどの軸方向への移動を防ぐ環状の部材として、スナップリング(止め輪)がある。この止め輪は、鋼線、特に耐久性(疲労強度)・耐へたり性に優れるばね用鋼線が用いられている。
【0003】
ばね用鋼線としては、鋼線材を伸線加工した後、焼入れ・焼戻しを施したオイルテンパー線(例えば、特許文献1)が挙げられる。オイルテンパー線は、焼入れ・焼戻し処理を必要とするため、線材の製造過程が煩雑な上、得られた線材がコスト高になる。そのため、オイルテンパー処理をせずに、オイルテンパー線と同等な機械的特性(例えば、疲労強度や耐へたり性)を得るための技術として硬引き線(例えば、特許文献2)も知られている。
【0004】
そして、止め輪は、上述のオイルテンパー線や硬引き線などのばね用鋼線を、例えばC字状に曲げ加工して成形される。具体的には、製造されてコイル状に巻回されたばね用鋼線を加工機に給線して、環状に曲げ加工を施した後、ばね用鋼線を適宜なサイズにカットすることで、例えばC字状の止め輪の素材が得られる。このばね用鋼線として異形断面のものを用いる場合、同鋼線の幅方向における厚さの薄い側(厚い側)を曲げの内側(外側)に向けた状態で環状に曲げる。そうすれば、ばね用鋼線の外側は引張応力が作用し、内側は圧縮応力が作用する。それにより、外側が伸びて、外側の厚さが曲げ加工前よりも薄くなり、逆に、内側は縮んで、内側の厚さが曲げ加工前よりも厚くなる。その結果、異形であった横断面形状が、幅方向に厚さの略均一な横断面形状となるからである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−266725号公報
【特許文献2】特開2011−58035号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、精度良くC字状に成形できない場合がある。上述のように、ばね用鋼線の厚さの薄い側を曲げの内側にしてC字状に曲げ加工した際、ばね用鋼線の端部同士が同一平面上に揃わず、成形されたC字状体の軸方向におけるばね用鋼線の一端と他端とのずれ(歪み量)が大きくなったり、その歪み量のばらつきが大きくなったりする場合がある。
【0007】
本発明は、上記の事情に鑑みてなされたもので、その目的の一つは、環の一部が開口した形状に曲げ加工した際、環の軸方向における鋼線の端部同士のずれ(歪み量)を小さく、かつその歪み量のばらつきを小さくできる鋼線を提供することにある。
【0008】
また、本発明の他の目的は、上記鋼線の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記目的を達成するために、鋼線をC字状に曲げ加工した際、上記歪み量が大きくなり、かつその歪み量のばらつきが大きくなる原因について鋭意検討した。
【0010】
横断面形状が、例えば、互いに対向する短辺と長辺とを有する異形状の鋼線は、その短辺側と長辺側の長さが異なるように圧延して製造される。そのため、鋼線の短辺側と長辺側とで伸び率に差が生じ、短辺側の方が長辺側よりもよく伸びるので、鋼線は長辺側に反る。そして、上述のように鋼線の短辺側を曲げの内側に向けて曲げ加工するため、C字状体を成形する場合、鋼線の反り方向とは反対方向に曲げ加工していた。そこで、曲げ加工する際に曲げの内側となる方向に湾曲した鋼線、即ち、上記反り方向とは反対側である上記短辺側に湾曲した鋼線を用意して、上述と同様にして上記短辺側を曲げの内側に向けて曲げ加工した。その結果、上記歪み量を小さく、かつ歪み量のばらつきを小さくできた。この結果から、環の一部が開口した形状に曲げ加工する場合、曲げの内側となる方向に湾曲した線癖を有する鋼線を使用すると良い、との知見を得て、本発明を完成するに至った。
【0011】
本発明の鋼線は、横断面形状が、互いに対向する短辺と長辺とを有する異形状であり、外力が作用しない無負荷時に、上記短辺側に湾曲している。
【0012】
本発明の鋼線によれば、外力が作用しない無負荷時に、横断面形状における上記短辺側に湾曲していることで、例えば、その短辺側を曲げの内側に向けて曲げ加工して環の一部が開口した形状の部材(C字状体)を作製した際、C字状体の端部同士がC字状体の軸方向にずれ難くなる。その結果、当該端部同士のずれ(歪み量)が小さく、かつ歪み量のばらつきの小さいC字状体を作製できる。
【0013】
本発明の鋼線の一形態として、鋼線の長さ1m当たりの湾曲量が、5mm以上であることが挙げられる。ここでいう湾曲量は、鋼線の長さ方向の一端側を位置決めし、当該一端側において上記長辺側に接する平面を基準としたとき、当該基準から当該長さ方向の他端側までの垂直距離とする。
【0014】
上記の構成によれば、鋼線の長さ1m当たりの湾曲量を5mm以上とすることで、上記短辺側を曲げの内側に向けて曲げ加工し易くなり、上記歪み量をより小さく、かつ上記歪み量のばらつきをより小さくできる。
【0015】
本発明の鋼線の一形態として、上記横断面において、上記短辺と長辺とが対向する方向を幅方向とし、当該幅方向に垂直な方向を厚さ方向とするとき、鋼線の最大幅が、7mm以下であり、最大厚さが、3.5mm以下であることが挙げられる。
【0016】
上記の構成によれば、鋼線をC字状に曲げ加工する場合、鋼線の幅が狭く、かつ厚さが薄いほど、上記歪み量、及びそのばらつきが大きくなるが、鋼線の上記短辺側に湾曲した鋼線とすることで、最大幅が7mm以下、最大厚さが3.5mm以下でも、上記歪み量、およびそのばらつきを小さくできる。また、鋼線の最大幅を7mm以下とすることで、幅が広くなり過ぎないので、上記短辺側を曲げの内側に向けて曲げ加工し易い。
【0017】
本発明の鋼線の一形態として、横断面形状が、台形状であることが挙げられる。
【0018】
上記の構成によれば、横断面形状が台形状の場合、上記歪み量、及びそのばらつきを小さくできる上に、その短辺側を曲げの内側に向けて曲げ加工すると、径方向の厚みが略均一なC字状体を作製し易い。
【0019】
本発明の鋼線の一形態として、鋼線が硬引き線であることが挙げられる。
【0020】
上記の構成によれば、鋼線を上記硬引き線とすることで、上記歪み量、及び歪み量のばらつきを小さくできる上に、疲労強度や耐へたり性に優れるC字状体を作製できる。
【0021】
本発明の鋼線の製造方法は、以下の準備工程と矯正工程とを具える。
準備工程:横断面形状が、互いに対向する短辺と長辺とを有する異形状の鋼線を用意する。
矯正工程:外力が作用しない無負荷時に、上記鋼線が上記短辺側に湾曲するように矯正する。
【0022】
本発明の製造方法によれば、横断面形状において短辺側を曲げの内側に向けて曲げ加工してC字状体などを作製しても、C字状体の端部同士がC字状体の軸方向にずれ難い鋼線を製造することができる。
【0023】
本発明の製造方法の一形態として、上記矯正工程は、鋼線の上記長辺側にロールを押し当てることが挙げられる。
【0024】
上記の構成によれば、鋼線の上記長辺側にロールを押し当てることで、上記無負荷時に、鋼線の上記短辺側に湾曲した鋼線を容易に製造できる。
【0025】
本発明の製造方法の一形態として、上記矯正工程は、鋼線の長さ1m当たりの湾曲量が5mm以上となるように施されることが挙げられる。ここで言う湾曲量は、鋼線の長さ方向の一端側を位置決めし、当該一端側において上記長辺側に接する平面を基準としたとき、当該基準から当該長さ方向の他端側までの垂直距離とする。
【0026】
上記の構成によれば、上記短辺側を曲げの内側に向けて曲げ加工し易くて、上記歪み量、及び歪み量のばらつきを小さくするのに効果的な鋼線を製造できる。
【発明の効果】
【0027】
本発明の鋼線は、C字状など、環の一部が開口した形状に曲げ加工した際、成形されたC字状体における鋼線の端部同士の歪み量を小さく、かつ歪み量のばらつきを小さくできる。つまり、本発明の鋼線は、上記歪み量、及び歪み量のばらつきが小さいC字状体を作製するのに好適に利用できる。
【0028】
本発明の鋼線の製造方法は、得られた鋼線の短辺側を曲げの内側に向けて曲げ加工した際、歪み量が小さく、かつ歪み量のばらつきを小さくできる鋼線を製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】実施形態に係る鋼線の概略を示す図であって、(A)は側面図を示し、(B)は横断面図を示す。
【図2】実施形態に係る鋼線を曲げ加工して成形されたC字状体の概略を示す図であって、(A)は平面図を示し、(B)は正面図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、本発明の実施の形態を説明する。まず、鋼線の構成について説明し、その後、鋼線の製造方法について順次説明する。
【0031】
《鋼線》
本発明の鋼線は、横断面形状が互いに対向する短辺と長辺とを有する異形状であり、その特徴とするところは、外力が作用しない無負荷時に、上記短辺側に湾曲している点にある。以下、図1(図2)を参照して詳しく説明する。図1において、紙面左側を鋼線1の横断面形状における短辺側、紙面右側を鋼線1の横断面形状における長辺側であり、両辺が対向する方向(紙面左右方向)を鋼線1の幅(方向)、幅方向に直交する方向(図1(A)では紙面に対して垂直方向、同(B)では紙面上下方向)を鋼線1の厚さ(方向)とする。
【0032】
[組成]
図1に示す本発明の鋼線1は、鋼からなる線素材に焼入れ・焼戻しを施したオイルテンパー線、又は焼入れ・焼戻しを施さない硬引き線などが挙げられる。その線素材を構成する鋼種としては、代表的には、シリコンクロム鋼、ピアノ線材、硬鋼線材、その他、公知の鋼線材のいずれかが挙げられる。
【0033】
これら鋼種の具体的な組成は、シリコンクロム鋼の場合、質量%で、(1)C:0.5%〜0.8%、Si:1.0%〜2.5%、Mn:0.20%〜1.0%、Cr:0.5%〜2.5%を含有し、残部がFe及び不純物、(2)上記(1)に加えて、V:0.05%〜0.50%、Co:0.02%〜1.00%、Ni:0.1%〜1.0%、及びMo:0.05%〜0.50%から選択される1種以上を含有するものが挙げられる。また、ピアノ線材の具体的な組成としては、「ピアノ線材 JIS G 3502(2004)」に記載の組成が挙げられ、硬鋼線材の具体的な組成としては、「硬鋼線材 JIS G 3506(2004)」に記載の組成が挙げられる。
【0034】
[断面形状]
鋼線1の横断面形状は、互いに対向する短辺と長辺とを有する異形状である。対向する短辺及び長辺は、直線の他、円弧などの曲線を含む。具体的な横断面形状としては、上記短辺と上記長辺が直線状からなる台形状、上記短辺及び長辺の少なくとも一方が円弧状の曲線からなる丸コバ台形状などが挙げられる。前者の場合、上記短辺と上記長辺とが、互いに対向かつ平行であり、それぞれ台形の上底と下底にそれぞれ対応する。台形状には、直角を有する直角台形状、それらの角部を丸めた形状も含む。横断面形状が、図1(B)のように鋼線1の幅方向に対して厚さ方向に線対称な台形状の場合、曲げ加工により図2(A)に示すC字状体10を作製する際、台形の短辺側を曲げの内側に向けて曲げ加工すると、幅方向の厚みが略均一なC字状体10を成形し易く好ましい。
【0035】
[サイズ]
鋼線1のサイズは、最大幅を7mm以下、最大厚さを3.5mm以下であることが挙げられる。この範囲において、最大幅と最大厚さとが「最大幅>最大厚さの二倍」の関係をみたすことが好ましい。そうすれば、鋼線1をドラムに巻き取る場合、上記短辺と上記長辺とを繋ぐ面をドラムの内側に向けて整列巻きし易い。そのため、鋼線1の短辺側への湾曲に影響を与えることなくドラムに巻き取ることができる。具体的なサイズとしては、鋼線1の横断面形状が台形状の場合(図1(B))、幅w(台形の高さ)が7mm以下、長辺(台形の下底)の長さtが3.5mm以下である。一方、短辺(台形の上底)の長さtは、3.5mm未満でかつ上記長辺の長さt未満であればよい。特に、鋼線1の上記短辺側を曲げの内側に向けて曲げ加工をしてC字状体10(図2(A))を作製する場合、C字状体10の厚さが幅方向に略一定な形状となるように、鋼線1の上記短辺側の厚さ(台形の短辺の長さt)、鋼線1の上記長辺側の厚さ(台形の長辺の長さt)、及び幅w(台形の高さ)を適宜選択すればよい。一方、鋼線1の最小幅は、3.0mm以上であることが好ましく、最小厚さ(短辺側の長さ)は0.5mm以上であることが好ましい。即ち、本例のように横断面形状が台形状の場合、台形の短辺の長さtが0.5mm以上であればよい。
【0036】
[湾曲量]
鋼線1は、外力が作用しない無負荷時に、上記短辺側に湾曲している。ここでいう外力が作用しない無負荷時とは、自重以外の力が作用していないことをいう。つまり、鋼線1をコイル状に巻回した状態などではなく、例えば、鋼線1を平滑な平面上に載置する場合などである。その際、上記短辺と上記長辺とを繋ぐ面を平面に接触するように載置することが好ましい。そうすれば、短辺側や長辺側を平面に接触するように載置した場合のように鋼線1の自重が湾曲量αに影響を及ぼすことがないので、正確な湾曲量αを測定できる。ここでは、図1に示すように、鋼線1の長さ方向の一端側を位置決めして、当該一端側において上記長辺側に接する平面を基準(±0mm)とする。その基準より上記短辺側を−(マイナス)方向とし、上記長辺側を+(プラス)方向とするとき、上記無負荷時において、鋼線1の長さ1m当たりの湾曲量αが、−5mm以上であることが好ましい。そうすれば、後述する試験例から明らかなように、鋼線1を曲げ加工してC字状体10(図2(A))を作製した際、C字状体10の軸方向における鋼線1の端部同士のずれ(歪み量β(図2(B)))を抑制できるので、歪み量βを小さく、かつ歪み量βのばらつきを小さくできる。湾曲量αは、上記基準から鋼線1の長さ方向の他端側までの垂直距離とする。即ち、上記基準から、長さ方向の他端側における横断面の上記長辺側までの距離である。湾曲量αは、−側に大きくなるほど好ましく、特に−10mm以上であることが好ましい。
【0037】
《鋼線の製造方法》
本発明の鋼線1の製造方法は、互いに対向する短辺と長辺とを有する異形状の鋼線1を用意する準備工程と、外力が作用しない無負荷時に、鋼線1が上記短辺側に湾曲するように矯正する矯正工程とを具える。各工程について順に説明する。
【0038】
[準備工程]
準備工程では、横断面形状が互いに対向する短辺と長辺とを有する異形状の鋼線1を作製するか、予め同様に作製された鋼線1を購入するなどして用意する。
【0039】
前者の場合、鋼線1が、上述の鋼種からなる断面が円形のオイルテンパー線、又は硬引き線の線素材を作製した後、線素材の横断面が上記異形状となるように圧延する圧延(異形圧延)工程を施すことで鋼線1が得られる。予め同様に作製された上記線素材を購入するなどして用意し、同様に異形圧延工程を施して鋼線1を得てもよい。
【0040】
(素材線の準備)
素材線を作製する場合、素材線がオイルテンパー線、又は硬引き線のいずれの場合でも、それぞれ従来の製造工程と重複する工程を経て得られる。
【0041】
〈オイルテンパー線の場合〉
オイルテンパー線の製造工程は、代表的には、原料鋼の溶製→熱間鍛造→熱間圧延→パテンティング(微細パーライト組織化)→皮剥ぎ(脱炭層の除去)→焼鈍(皮剥ぎにより生じたマルテンサイト相をなます)→伸線加工→焼入れ焼戻し、という工程が挙げられる。この工程により、焼戻しマルテンサイト組織から構成される線素材が得られる。
【0042】
〈硬引き線の場合〉
硬引線の製造工程は、代表的には、原料鋼の溶製→熱間鍛造→熱間圧延→パテンティング→皮剥ぎ→焼鈍→伸線加工、という工程が挙げられる。この工程により、微細パーライト組織から構成される線素材が得られる。
【0043】
オイルテンパー線や硬引き線における上述の各工程の条件は、公知の条件を利用できる。
【0044】
(異形圧延工程)
異形圧延工程では、上記線素材の横断面形状が互いに対向する短辺と長辺とを有する異形状となるように圧延する。所望の横断面形状となるように圧延ロールの形状を適宜選択すればよい。圧延条件は、公知の条件を適宜利用できる。
【0045】
横断面形状が台形状の鋼線1を製造する場合、例えば、複数回の圧延を施すことが挙げられる。複数回のうち、前半の数回の圧延で主として線素材の厚さを調整し、後半の数回の圧延で主として線素材の横断面形状を整える。具体的には、前半の圧延では、線素材の厚さ方向両側(線素材の上下)に設けた水平ロールで行う。それにより、断面形状がトラック状で厚さが調節された線素材が得られる。後半の圧延では、ロールの軸方向の一端側と他端側とで周長が同一の直線ロールを幅方向両側(線素材の左右)に、ロールの軸方向の一端側と他端側とで周長が異なる傾斜ロールを厚さ方向両側(線素材の上下)に、それぞれ互いのロール同士の軸を平行に設けて行う。その際、一対の傾斜ロールには、互いに対向する面が非平行なロールを用いる。この圧延により、傾斜ロールが台形の斜辺を形成しつつ、対向する短辺と長辺とを有する台形状の鋼線1が得られる。これら圧延の回数やロールの傾斜角度などは適宜選択すればよい。
【0046】
[矯正工程]
矯正工程では、準備工程で用意された鋼線1が、外力が作用しない無負荷時に、横断面形状における上記短辺側に湾曲するように矯正する。
【0047】
通常、上記異形圧延工程を経て得られる鋼線1は、横断面において互いに対向する短辺と長辺のうち長辺側に反っている。これは、互いに対向する辺の長さが異なるように圧延するため、その両側で鋼線1の長さ方向の伸び率が異なり、上記短辺側が上記長辺側よりもよく伸びるからである。矯正工程では、その長辺側に反っている鋼線1を、外力が作用しない無負荷時に、長辺側とは反対側の上記短辺側に湾曲するように矯正して、上記短辺側に湾曲する鋼線1を製造する。
【0048】
具体的には、異形圧延工程を経た鋼線1の上記長辺側にロールを上記短辺側方向に向かって矯正塑性加工に達するような作用力で押し当てることが挙げられる。ロールの押当量により、製造される鋼線1の湾曲量αの大きさを適宜調節できる。ロールの押当量を調整して、湾曲量αが−5mm以上となるようすることが好ましく、特に−10mm以上となるようにすることが好ましい。
【0049】
矯正工程は、上記異形圧延工程に続けて連続して行うことが好ましい。特に、上記異形圧延工程の直後、最終横断面形状に成形するロールより数mmから数十mmの距離で矯正工程を施すことが好ましい。そうすれば、鋼線1を効果的に矯正することができ、上記無負荷時に上記短辺側に湾曲した鋼線1を製造し易い。但し、上記線素材がオイルテンパー線で、異形圧延工程を伸線加工と焼入れ焼戻しの間に行う場合は焼入れ焼戻し後に矯正工程を施すとよい。
【0050】
《作用効果》
以上説明した鋼線によれば、外力が作用しない無負荷時に、横断面における短辺側に湾曲していることで、この短辺側を曲げの内側に向けて曲げ加工し易く、曲げ加工により成形されたC字状体の軸方向における端部同士のずれ(歪み量)を小さく、かつ歪み量のばらつきを小さくできる。つまり、鋼線は、C字状体など、環の一部が開口した部材を成形するのに好適である。一方、上述の鋼線の製造方法によれば、横断面形状の上記短辺側を曲げの内側に向けて曲げ加工してC字状体などを作製しても、C字状体の端部同士がC字状体の軸方向にずれ難い鋼線を製造できる。
【0051】
《試験例》
試験例として、図1を参照して説明した鋼線1において、湾曲量αがそれぞれ異なる試料1〜5を用意した。そして、各試料を用いて図2(A)に示すC字状体10を作製し、C字状体10の歪み量βを測定した。
【0052】
まず、組成がSWRH 72B(JIS G 3506(2004))である硬鋼線を用意して、その硬鋼線にパテンティング、伸線加工、異形圧延工程を施して、横断面形状が台形の鋼線1を作製した。横断面(台形)のサイズは、幅w(高さ):6.35mm、短辺の長さt:1.54mm、長辺の長さt:1.64mmであった(図1(B))。続けて、鋼線1に対して上記矯正工程を施して、鋼線1の湾曲量αがそれぞれ異なる試料1〜4を作製した。一方で、上記異形圧延工程後に矯正工程を施さず、鋼線1の湾曲量αが試料1〜4とは異なる試料5も用意した。各試料の湾曲量αを表1に示す。表1の湾曲量αにおける−(+)は、横断面の短辺側(長辺側)への湾曲量であること示す。
【0053】
次に、各試料の鋼線1を曲げ加工機に給線し、鋼線1の短辺側を曲げの内側に向けて曲げ加工した後、鋼線1をカットして、外形が150mmのC字状体10(図2(A))を各試料につき30個ずつ作製した。そして、各C字状体10の歪み量βを測定し、歪み量βの平均値、最大値、最小値、及び標準偏差を求めた。その結果をまとめて表1に示す。
【0054】
【表1】

【0055】
《結果》
上記試験より、矯正工程により横断面の短辺側に湾曲した試料1、2の鋼線1を用いて作製したC字状体10の方が、横断面の長辺側に反った試料4、5の鋼線1を用いて作製したC字状体10よりも、歪み量βの平均値、及び最大値が小さく、さらに標準偏差も小さかった。つまり、試料1、2の鋼線1を用いることで、歪み量βを小さく、かつ歪み量βのばらつきを小さくできた。一方、試料3は、今回使用した曲げ加工機に給線できなかったため、C字状体10を作製できなかった。しかし、鋼線1を横断面の短辺側(曲げの内側)に湾曲させるほど、即ち、短辺側への湾曲量αを大きくするほど歪み量βの平均値、及び最大値を小さくでき、かつ標準偏差も小さくなっている。このことから、曲げ加工機の給線機構を調整し、湾曲量αが−20mm以上の鋼線でも曲げ加工機に給線できるようにしてC字状体10を作製すれば、試料3でも、試料1、2と同様に歪み量βの平均値、最大値、及び標準偏差のいずれをも小さくできると期待できる。
【0056】
なお、本発明は、上述した実施の形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において適宜変更することができる。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明の鋼線は、C字状やE字状など各形状のスナップリング(止め輪)、ピストンリング、ワッシャーの他、曲げ加工して成形されるコイルやリング状の機械部品などに好適に利用することができる。
【符号の説明】
【0058】
1 鋼線 10 C字状体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
横断面形状が、互いに対向する短辺と長辺とを有する異形状の鋼線であって、
前記鋼線に外力が作用しない無負荷時に、前記短辺側に湾曲していることを特徴とする鋼線。
【請求項2】
前記鋼線の長さ方向の一端側を位置決めし、当該一端側において前記長辺側に接する平面を基準として、当該基準から当該長さ方向の他端側までの垂直距離を湾曲量とするとき、
前記鋼線の長さ1m当たりの前記湾曲量が、5mm以上であることを特徴とする請求項1に記載の鋼線。
【請求項3】
前記横断面において、前記短辺と長辺とが対向する方向を幅方向とし、当該幅方向に垂直な方向を厚さ方向とするとき、
前記鋼線の最大幅が、7mm以下であり、
前記鋼線の最大厚さが、3.5mm以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の鋼線。
【請求項4】
前記鋼線の横断面形状が、台形状であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の鋼線。
【請求項5】
前記鋼線は、硬引き線であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の鋼線。
【請求項6】
横断面形状が、互いに対向する短辺と長辺とを有する異形状の鋼線を用意する準備工程と、
外力が作用しない無負荷時に、前記鋼線が前記短辺側に湾曲するように矯正する矯正工程とを具えることを特徴とする鋼線の製造方法。
【請求項7】
前記矯正工程は、前記鋼線の前記長辺側にロールを押し当てることを特徴とする請求項6に記載の鋼線の製造方法。
【請求項8】
前記鋼線の長さ方向の一端側を位置決めし、当該一端側において前記長辺側に接する平面を基準として、当該基準から当該長さ方向の他端側までの垂直距離を湾曲量とするとき、
前記矯正工程は、前記鋼線の長さ1m当たりの前記湾曲量が5mm以上となるように施されることを特徴とする請求項6または7に記載の鋼線の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2013−111619(P2013−111619A)
【公開日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−260842(P2011−260842)
【出願日】平成23年11月29日(2011.11.29)
【出願人】(302061613)住友電工スチールワイヤー株式会社 (163)
【Fターム(参考)】