説明

間葉系幹細胞の培養上清を含む腸炎の予防・治療剤

【課題】本発明は、腸炎の優れた予防・治療剤を提供することを目的とする。
【解決手段】間葉系幹細胞(MSC)の培養上清を含む腸炎の予防・治療剤である。かかるMSCの培養上清としては、MSCを低酸素濃度下で培養して得られる培養上清であることが好ましい。また、MSCとしては、骨髄間葉系幹細胞(BMSC)であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腸炎の予防・治療剤に関し、より詳細には、間葉系幹細胞(MSC)の培養上清を含む腸炎の予防・治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
腸炎は腸に炎症を引き起こす症候群の総称であり、原因が特定されている特異性腸炎と、原因が不明な非特異性腸炎が含まれる。特異性腸炎には、細菌やウイルスの感染による感染性腸炎、抗がん剤や抗生物質等の薬剤による薬剤性腸炎、放射線による放射性腸炎、腸管の虚血による血管性腸炎などが含まれ、非特異性腸炎には、潰瘍性大腸炎、クローン病、非特異性多発小腸潰瘍、急性出血直腸潰瘍、単純潰瘍、好酸球性胃腸症、直腸粘膜脱症候群、アフタ性大腸炎などが含まれ、中でも、潰瘍性大腸炎とクローン病などは頻度が高く、炎症性腸疾患(inflammatory bowel disease;IBD)と呼ばれている。
【0003】
炎症性腸疾患は、最も難治性な消化器疾患の1つであり、患者の生活の質を著しく低下させ、若年患者の結腸直腸癌のリスクを高めることが知られている。現在行なわれている炎症性腸疾患の治療方法として、ヒト化抗TNFα抗体(インフリキシマブ)(例えば、特許文献1参照)の投与が行なわれているが、決定的な治療は困難なままである。その他、チロシンキナーゼ阻害剤を、そのような治療を必要とするヒトに投与する段階を含む炎症性腸疾患を治療する方法(例えば、特許文献2参照)も知られている。
【0004】
本発明者らは、これまでにも、炎症性腸疾患等の腸炎の予防、治療に関して研究を行っており、例えば、デキストラン硫酸ナトリウム(DSS)で腸炎を誘導したラットに間葉系幹細胞(MSC)を尾静脈から投与すると、腸炎からの回復を促進する効果が得られることを見いだしている(非特許文献1参照)。MSC投与によるこの効果は、粘膜固有層の間質に時折生着したMSCが再プログラミングされて、周皮細胞、血管平滑筋細胞、筋繊維芽細胞などの筋系細胞に分化することによると考えられた。しかし、かかる非特許文献1のように、MSC自体を薬剤として投与する場合には、厳格な基準をクリアする細胞調製施設が必要であり、また、ドナー不足が叫ばれる中、拒絶反応を考慮したドナーの選別が必要であった。そのため、患者に適合するMSCを、必要な時期に必要な量を確保することが比較的困難であり、実際上は、MSC投与のタイミングが制限される可能性が高いという問題点があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】米国特許第6,277,969号明細書
【特許文献2】特表2004−537542号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】“Myogenic lineage differentiated mesenchymal stem cells enhance recovery from dextran sulfate sodium-induced colitis in the rat”;J Gastroenterol(2011) 46:143-152
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、腸炎の優れた予防・治療剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前述の非特許文献1は、MSC投与によって、腸炎からの回復が促進されることを開示している。しかし、かかる効果は、粘膜固有層の間質に時折生着したMSCが再プログラミングされて、周皮細胞、血管平滑筋細胞、筋繊維芽細胞などの筋系細胞に分化することによると考えられた。すなわち、腸炎の回復を促進するためには、MSC自体が必須であると考えられた。しかし、本発明者らは、腸炎の予防や、治療に関して、従来の知見に囚われることなく鋭意研究を進めたところ、意外なことに、MSCの培養上清が腸炎の予防・治療効果を有していることを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち本発明は、(1)間葉系幹細胞(MSC)の培養上清を含む腸炎の予防・治療剤や、(2)MSCの培養上清が、MSCを低酸素濃度下で培養して得られる培養上清である上記(1)に記載の腸炎の予防・治療剤や、(3)間葉系幹細胞(MSC)が、骨髄間葉系幹細胞(BMSC)である上記(1)又は(2)に記載の腸炎の予防・治療剤や、(4)腸炎が、炎症性腸疾患である上記(1)〜(3)のいずれかに記載の腸炎の予防・治療剤に関する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によると、腸炎の予防、治療や、改善が可能となる。また、本発明によると、MSC自体を用いる非特許文献1のような場合とは違って、薬剤を調製する施設は通常の施設でもよいため、必要な時期に必要な量を確保し易く、また、患者の拒絶反応を考慮する必要がないので、MSC自体を用いる場合と比較して簡便性及び利便性に非常に優れている。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】3種類(低酸素前処理(hypoCM)、IFN−γ刺激処理(γCM)、及び通常酸素前処理(norCM)のrMSC由来馴化培地(MSC−CM)で処理したIEC−6細胞をMTTアッセイした結果を示す図である。縦軸に、生細胞におけるMTT還元物質の発色の程度の指標となる吸光度を示し、横軸に処理後の経過時間を示す。グラフは、各経過時間において、左から順に、無血清DMEM(medium)、低酸素前処理(hypoCM)、IFN−γ刺激処理(γCM)、及び通常酸素前処理(norCM)処理を示す。
【図2】血清枯渇前のIEC−6細胞をフローサイトメトリー解析した結果を示す図である。
【図3】血清存在下で48時間培養したIEC−6細胞をフローサイトメトリー解析した結果を示す図である。
【図4】血清枯渇により48時間培養したIEC−6細胞をフローサイトメトリー解析した結果を示す図である。
【図5】48時間norCM処理したIEC−6細胞をフローサイトメトリー解析した結果を示す図である。
【図6】48時間hypoCM処理したIEC−6細胞をフローサイトメトリー解析した結果を示す図である。
【図7】TUNELによりIEC−6細胞におけるアポトーシスを解析した結果を示す図である。「*」は、IFNγ48とhypoCM(P=9.1E−7)、IFNγ48とnorCM(P=0.023)、及びnorCMとhypoCM(P=0.012)との間の統計的有意性を示す。なお、各群に用いたCMの量は1.5mLであった。
【図8】スクラッチアッセイによりIEC−6細胞遊走を解析した結果を示す図である。縦軸には、各グループにおける24時間後のスクラッチ領域と0時間のスクラッチ領域との比率を示す。24時間後のスクラッチ領域は、[24時間後のスクラッチ領域]=100×[24時間時点のスクラッチ領域面積]/[0時間時点のスクラッチ領域面積]としてコンピューターで算出した。エラーバーは、平均値の標準誤差を示す。なお、各群に用いた馴化培地(CM)の量は1.5mg(1.5mL)であった。「*」は、対照である無血清DMEM(Medium)とhypoCM(P=0.02445)、γCMとhypoCM(P=0.02267)との間の統計的有意性を示す。
【図9】IEC−6細胞およびMSCにおけるAkt及びMAPKシグナル活性をウエスタンブロットにより解析した結果を示す図である。左パネルは、4種類の培地(DMEM[FBS+]、DMEM[FBS−]、norCM、及びhypoCM)条件下でIEC−6細胞を培養した後、それぞれの培養液から得られたIEC−6細胞を解析した結果を示し、右パネルは、3種類の培地(DMEM[FBS−]、norCM、及びhypoCM)で培養したMSCを解析した結果を示す。
【図10】3種類のMSC−CM投与群(1日当り500μgのMSC−CMを5日間投与した群[CM500×5投与群]、1日当り500μgのMSC−CMを3日間投与した群[CM500×3投与群]、及び1日当り200μgのMSC−CMを3日間投与した群[CM200×3投与群])とPBS投与群における、DSS腸炎ラットの体重の経時的変化及び治療プロトコルを示す図である。「●」でドットされるグラフは[CM500×5投与群]の結果を表し、「■」でドットされるグラフは[CM500×3投与群]の結果を表し、「▲」でドットされるグラフは[CM200×3投与群]の結果を表し、「×」でドットされるグラフはPBS投与群の結果を表す。また、矢頭は、MSC−CMが投与された日を示す。括弧付きの矢頭は、CM500×3投与群において、MSC−CMが投与されなかった日を示す。「*」は、CM500×5投与群とPBS投与群(13、14、及び15日目にそれぞれP=0.047、0.032、及び1P=0.019)との間の統計的有意性を示す。各々の群は5匹のラットからなり、エラーバーは平均値±SEを示す。
【図11】3種類のMSC−CM投与群(1日当り500μgのMSC−CMを5日間投与した群[CM500×5投与群]、1日当り500μgのMSC−CMを3日間投与した群[CM500×3投与群]、及び1日当り200μgのMSC−CMを3日間投与した群[CM200×3投与群])とPBS投与群における、DSS腸炎ラットのDAIスコアの経時的変化を示す図である。「●」でドットされるグラフは[CM500×5投与群]の結果を表し、「■」でドットされるグラフは[CM500×3投与群]の結果を表し、「▲」でドットされるグラフは[CM200×3投与群]の結果を表し、「×」でドットされるグラフはPBS投与群の結果を表す。また、「*」又は「**」は、500×5 MSC−CM投与群とPBS投与群(9、11、12、13、14、及び15日目にそれぞれP=0.004、3.48E−4、0.005、0.014、0.001、及び0.002)との間;CM500×3投与群とPBS投与群(14日目及び15日目にそれぞれP=0.026及び0.009)との間;CM200×3投与群とPBS投与群(14日目及び15日目にそれぞれP=0.029及び0.0014)との間;及びCM500×5投与群とCM500×3投与群(11日目にP=0.0047)との間の統計的有意性を示す。各々の群は5匹のラットからなり、エラーバーは平均値±SEを示す。
【図12】3種類のMSC−CM投与群(1日当り500μgのMSC−CMを5日間投与した群[CM500×5投与群]、1日当り500μgのMSC−CMを3日間投与した群[CM500×3投与群]、及び1日当り200μgのMSC−CMを3日間投与した群[CM200×3投与群])とPBS投与群における、DSS腸炎ラットの下痢スコア(DAIスコアの詳細)の経時的変化及び治療プロトコルを示す図である。「●」でドットされるグラフは[CM500×5投与群]の結果を表し、「■」でドットされるグラフは[CM500×3投与群]の結果を表し、「▲」でドットされるグラフは[CM200×3投与群]の結果を表し、「×」でドットされるグラフはPBS投与群の結果を表す。また、矢頭は、MSC−CMが投与された日を示す。「*」又は「**」は、CM500×5投与群とPBS投与群(11、12、13、及び15日目にそれぞれP=2.06E−4、0.005、0.005、及び3.82E−4)との間;CM500×3投与群とPBS投与群(11日目及び15日目にそれぞれP=0.009及び3.82E−4)との間;CM200×3投与群とPBS投与群(11日目及び15日目にそれぞれP=0.002及び0.0001)との間の統計的有意性を示す。各々の群は5匹のラットからなり、エラーバーは平均値±SEを示す。
【図13】3種類の経路による投与群(腹腔内投与[IP群]、腸管内投与、すなわち注腸[IC群]及び静脈内投与[IV群])とPBS投与群(静脈内投与)における、DSS腸炎ラットの体重の経時的変化及び治療プロトコルを示す図である。「■」でドットされるグラフは腹腔内[IP]投与群の結果を表し、「▲」でドットされるグラフは腸管内[IC、即ち注腸]投与群の結果を表し、「●」でドットされるグラフは静脈内[IV]投与群の結果を表し、「×」でドットされるグラフはPBS投与群の結果を表す。なお、各群に用いたCMの量は500μgであった。また、矢頭は、MSC−CMが投与された日を示す。「*」は、IC群とPBS投与群(12、13、及び14日目にそれぞれP=0.033、0.035、及び0.042)との間の統計的有意性を示す。各々の群は5匹のラットからなり、エラーバーは平均値±SEを示す。
【図14】3種類の経路による投与群(腹腔内投与[IP群]、腸管内投与、すなわち注腸[IC群]及び静脈内投与[IV群])とPBS投与群(静脈内投与)における、DSS腸炎ラットのDAIスコアの経時的変化を示す図である。「■」でドットされるグラフは腹腔内[IP]投与群の結果を表し、「▲」でドットされるグラフは腸管内[IC、即ち注腸]投与群の結果を表し、「●」でドットされるグラフは静脈内[IV]投与群の結果を表し、「×」でドットされるグラフはPBS投与群の結果を表す。なお、各群に用いたCMの量は500μgであった。また、「*」又は「**」は、IP群とIC群(11日目及び12日目にそれぞれP=0.021及び0.011)との間;IV群とPBS投与群(11日目及び12日目にそれぞれP=0.004及び0.006)との間;並びにIP群とPBS投与群(12、13、及び14日目にそれぞれP=3.740E−4、0.008、及び0.006)との間の統計的有意性を示す。各々の群は5匹のラットからなり、エラーバーは平均値±SEを示す。
【図15】DMEM、norCM及びhypoCM投与群における、DSS腸炎ラットの体重(上段)及びDAIスコア(下段)の経時的変化及び治療プロトコルを示す図である。「●」でドットされるグラフはnorCM投与群の結果を表し、「▲」でドットされるグラフはDMEM投与群の結果を表し「■」でドットされるグラフはhypoCM投与群の結果を表す。なお、norCM投与群及びhypoCM投与群に用いたCMの量はそれぞれ500μgであり、DMEM投与群に用いたDMEMの量は500μLであった。また、矢頭は、MSC−CMが投与された日を示す。norCM及びhypoCM投与群の各日数に示される「*」は、DMEM投与群に対する統計的有意性(P<0.01)を示す。各々の群は5匹のラットからなり、エラーバーは平均値±SEを示す。
【図16】PBS及びMSC−CM投与群における、DSS腸炎急性期及び回復期の病理組織学的評価を示す図である。縦軸には、組織学的スコアを示し、横軸には、腸炎の急性期(Inductive phase)及び回復期(Recovery phase)の各サンプルを示し、グラフはそれぞれ左から順に、PBS投与群及びMSC−CM投与群を示す。なお、MSC−CM投与群に用いたCMの量はそれぞれ500μgであり、PBS投与群に用いたPBSの量は500μLであった。「*」は、PBS投与群とMSC−CM投与群との間の統計的有意性を示す(P=7.98E−5)。各々の群は5匹のラットからなり、エラーバーは平均値±SEを示す。
【図17】PBS及びMSC−CM投与群における、DSS腸炎急性期及び回復期の大腸細胞数を解析した結果を示す図である。縦軸には、Ki−67陽性細胞を指標とした値を示し、横軸には、急性期(Inductive phase)及び回復期(Recovery phase)の各サンプルを示し、グラフはそれぞれ左から順に、PBS投与群及びMSC−CM投与群を示す。なお、MSC−CM投与群に用いたCMの量はそれぞれ500μgであり、PBS投与群に用いたPBSの量は500μLであった。また、Ki−67陽性細胞数としては、代表的な5つの標本中のクリプトの全有核数に対するKi−67陽性細胞数の割合の平均値を示した。「*」は、PBS投与群とMSC−CM投与群との間の統計的有意性を示す(P=1.43E−4)。各々の群は5匹のラットからなり、エラーバーは平均値±SEを示す。
【図18】hypoCM及びnorCMに含まれるラット炎症性サイトカインのタンパク質量を、Rat Cytokine Antibody Array G Series 2により解析した結果を示す図である。縦軸には、標準化したアレイの値を示し、横軸には、解析した34種類のタンパク質を示し、各タンパク質のグラフはそれぞれ左から順に、norCM及びhypoCMを示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の腸炎の予防・治療剤(以下、単に「本発明の予防・治療剤」とも表示する。)としては、間葉系幹細胞(MSC)の培養上清を含んでいる限り特に制限されず、本発明における腸炎としては、腸炎である限り特に制限されず、具体的には、潰瘍性大腸炎、クローン病、抗がん剤や抗生物質等の薬剤による薬剤性腸炎、放射線による放射線腸炎等を好適に例示することができ、中でも、潰瘍性大腸炎、クローン病を好適に例示することができる。本発明の作用機序の詳細は不明であるが、MSCの培養上清に含まれている、MSC由来の何らかの活性成分が、腸炎に対して予防・治療効果を発揮しているものと考えられる。
【0013】
本明細書における「MSCの培養上清」とは、MSCが増殖し得る条件の下、MSCが増殖し得る培養液でMSCを培養して得られた培養液(培養後の培養液)からMSCを除去したものを意味するが、かかる培養上清から、例えば、残存培地成分(培養前の培養液の成分のうち、培養後の培養液中に残存している成分)、培養液の水分などの、本発明における腸炎の予防・治療効果に寄与しない成分の少なくとも一部をさらに除去したものも、便宜上、本明細書におけるMSCの培養上清に含まれる。なお、簡便性の観点からは、培養後の培養液からMSCを除去したものをそのまま培養上清として用いることが好ましい。
【0014】
前述のMSCが増殖し得る培養液としては、本発明における腸炎の予防・治療効果が得られる限り、特に制限されないが、イーグル最小必須培地(Eagle’s Minimum Essential Medium:EMEM)、最小必須培地α(Minimum Essential Medium α:MEMα)、ダルベッコ改変イーグル培地(Dulbecco's Modified Eagle Medium:DMEM)などの哺乳動物細胞用の細胞培地を例示することができ、中でも、DMEMを好適に例示することができ、中でも、グルコースを1,000mg/mL、グルタミンを584mg/mL含有するDMEMをより好適に例示することができ、中でも、Invitrogen社製のDMEMをさらに好適に例示することができる。なお、培養液は、ウシ胎児血清(FBS)などの血清を添加したものであってもよいが、哺乳動物に投与した際の抗原抗体反応を避ける観点から、無血清の培養液を好適に例示することができる。培養液の原材料は市販されているものを適宜利用することができる。
【0015】
MSCを培養する際の培養条件としては、MSCが増殖し得る培養条件である限り、特に制限されないが、より優れた腸炎の予防・治療効果を得る観点から、通常の大気中の酸素濃度(20%)よりも低い酸素濃度下(本明細書において、「低酸素濃度下」とも表示する。)で培養することが好ましい。前述の低酸素濃度下としては、培養中の培養液に接している気体中の濃度が好ましくは1〜19%の範囲内、より好ましくは1〜15%の範囲内、さらに好ましくは1.5〜10%の範囲内、さらにより好ましくは2〜8%の範囲内の条件下であることを好適に含む。かかる低酸素濃度下での培養は、例えば、市販の低酸素チャンバー(低温O/COインキュベータ9200EX、和研薬株式会社製)内で培養することによって、行うことができる。
【0016】
上記の間葉系幹細胞(MSC)としては、未分化の間葉系細胞である限り特に制限はされず、哺乳動物の骨髄、骨膜、脂肪組織、末梢血等から常法に従い採取した後、未分化のMSCをプラスチック付着性の有無等により選択することができる。即ち、骨髄等に含まれる細胞の中で付着性を有するものを選択することによりMSCを得ることができる。ここで、MSCとしては、本発明のより優れた効果を得る観点から、骨髄間葉系幹細胞を用いることが好ましい。かかる骨髄間葉系幹細胞は、例えば骨髄間質細胞から分離することができる。また、上記のMSCとしては、本発明の予防・治療剤の投与対象と同種の哺乳動物由来のMSCを用いることが好ましく、投与対象以外の同種の哺乳動物由来のMSCや、投与対象自身のMSC(自家細胞)を用いることができる。なお、培養上清を作製する際の培養に用いるMSCとしては、MSCを70〜90%コンフルエント(好ましくは80%コンフルエント)まで増殖させて得られた細胞をゼロ継代とし、それをさらに増殖させて3〜5継代のMSCを用いることができる。
【0017】
本発明における腸炎の予防・治療効果とは、いずれかの腸炎の発症を予防及び/又は治療する効果を意味する。かかる治療効果には、その腸炎を完全に治癒する効果だけでなく、そのいずれかの症状を軽減、改善する効果の他、かかる症状の悪化の速度を低下させる効果も含まれる。
【0018】
本発明の予防・治療剤は、本発明における腸炎の予防・治療効果が得られる限り、MSCの培養上清以外の腸炎の予防・治療剤などの任意成分をさらに含んでいてもよいし、生理食塩水等で希釈されていてもよい。
【0019】
本発明の予防・治療剤に含有されるMSCの培養上清は、常法によって適宜の製剤とすることができる。製剤の剤型としては散剤、顆粒剤などの固形製剤であってもよいが、腸炎に対する優れた予防・治療効果を得る観点からは、溶液剤、乳剤、懸濁剤などの液剤とすることが好ましい。前述の液剤の製造方法としては、例えばMSCの培養上清を溶剤と混合する方法や、さらに懸濁化剤や乳化剤を混合する方法を好適に例示することができる。以上のように、本発明におけるMSCの培養上清を製剤とする場合には、製剤上の必要に応じて、適宜の薬学的に許容される担体、例えば、賦形剤、結合剤、溶剤、溶解補助剤、懸濁化剤、乳化剤、等張化剤、緩衝剤、安定化剤、無痛化剤、防腐剤、抗酸化剤、着色剤、滑沢剤、崩壊剤、湿潤剤、吸着剤、甘味剤、希釈剤などの任意成分を配合することができる。
【0020】
本発明の予防・治療剤の投与方法としては特に制限されないが、血管内投与(好ましくは静脈内投与)、腹腔内投与、腸管内投与、皮下投与等を好適に例示することができ、中でも、血管内投与をより好適に例示することができる。
【0021】
本発明の予防・治療剤の投与量としては、腸炎の種類や、その症状の度合い、剤型、投与対象の体重等によって変わり得るが、MSCの培養上清(非乾燥重量)換算で、例えば、1日当たり、0.1μg/kg〜10g/kgの範囲を好適に例示することができ、中でも、1μg/kg〜1g/kgの範囲をより好適に例示することができる。なお、本発明の予防・治療剤の投与は、1日のうち1〜複数回に分けて行ってもよい。また、本発明の予防・治療剤の投与は継続的に行うことが好ましい。例えば、3日に1回以上の頻度で、2回以上継続して投与することが好ましく、中でも、2日に1回以上の頻度で、3回以上継続して投与することがより好ましく、中でも、1日に1回以上の頻度で4回以上継続して投与することが好ましい。
【0022】
本発明の予防・治療剤の投与対象となる哺乳動物としては、特に制限されないが、ヒト、サル、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウシ、ブタ、ウマ、ウサギ、ヒツジ、ヤギ、ネコ、イヌ等を好適に例示することができ、中でもヒトをより好適に例示することができる。また、本発明の予防・治療剤に含まれる「MSCの培養上清」における「MSC」の由来である哺乳動物の種類は、本発明の予防・治療剤の投与対象となる哺乳動物の種類と一致していることが、腸炎に対するより安定して優れた予防・治療効果を得る観点から好ましい。
【0023】
なお、本発明の他の態様として、本発明の腸炎の予防・治療剤や改善剤の調製に使用するためのMSCの培養上清の使用や、MSCの培養上清を、上記の腸炎の予防・治療や改善に使用する方法や、MSCの培養上清を対象哺乳動物に投与することにより、上記の腸炎を予防・治療あるいは改善する方法を挙げることができる。
【0024】
以下に、実施例等を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明の技術的範囲は、これら実施例等により限定されるものではない。
【実施例1】
【0025】
[細胞培養及び実験動物]
ラット骨髄間葉系幹細胞(Rat Mesenchymal stem cells;rMSC)を8週齢のLewisラット(Charles River研究所)の骨髄から採取し、文献に記載の通りに培養した(Javazon EH, Colter DC, Schwarz EJ, Prockop DJ. Rat marrow stromalcells are more sensitive to plating density and expand more rapidly from single-cell-derived colonies than human marrow stromalcells. Stem Cells 2001;19:219-225.)。すなわち、大腿骨及び脛骨の骨幹に針を刺して骨髄細胞を採取し、15%ウシ胎児血清(FBS)を含有する完全α改変イーグル培地(MEMα、Invitrogen社製, Carlsbad, CA)30mlで洗浄した後、骨髄細胞懸濁液を70μmナイロンフィルター(Becton Dickinson社製, Franklin Lakes, NJ)でろ過し、75cmフラスコにプレートした。完全MEMα(15%FBS)中で、37℃、5%CO条件下で骨髄細胞を増殖させ、3日後に上記培地を新しい完全MEMα培地(15%FBS)に交換し、接着した骨髄細胞を80%コンフルエントまで増殖させ、得られた細胞試料をゼロ継代(passage 0)と定義した。3継代〜5継代の細胞を実験に用いた。American Type Culture Collection(ATCC, Manassas, VA)から入手したラット小腸由来の細胞(IEC−6細胞)及びヒト結腸癌由来の細胞(Caco−2細胞)を通常(20%)酸素下でDMEM(Invitrogen社製)及びMEM(Invitrogen社製)で各々維持した。札幌医科大学動物実験委員会のガイドラインに従い、Lewisラットを飼養した。札幌医科大学の組換えDNA実験の安全性のための動物実験委員会が、全ての実験プロトコルを検討、承認した。ラットは全て雄で、使用時には8週齢、体重は250g以下であった。
【0026】
[rMSCの免疫表現型、インビトロでの分化、及び蛍光免疫組織染色]
rMSCの免疫表現型を、ラット表面抗原CD11b、CD31、CD43、CD44、CD45、及びCD90に対する特異的抗体(イムノテック社製)を用いてFACSCalibur(BD Biosciences社製, Franklin Lakes, NJ)により決定した(Javazon EH, Colter DC, Schwarz EJ, Prockop DJ. Rat marrow stromalcells are more sensitive to plating density and expand more rapidly from single-cell-derived colonies than human marrow stromal cells. Stem Cells 2001;19:219-225.)。また、かかるrMSCのインビボでの骨細胞、脂肪細胞及び軟骨細胞への分化能を確認した(Romanov YA, Svintsitskaya VA, Smirnov VN. Searching for alternative sources of postnatal human mesenchymalstem cells: candidate MSC-Like cells from umbilical cord. Stem Cells 2003;21:105-110.)。
【0027】
[rMSC由来馴化培地(MSC−CM)の調製]
インビボの治療に最適なrMSC由来馴化培地(MSC−CM)について検討するために、3種類の馴化培地(CM)、すなわち、通常酸素下でインキュベートした馴化培地(norCM)、低酸素下でインキュベートした馴化培地(hypoCM)、及び、INFγで刺激した馴化培地(γCM)を調製した。具体的には、以下のような方法で行った。
rMSC(4×10細胞)を150mmの培養皿に適切なスケールで播種し、rMSCがコンフルエントに達するまで完全MEMα(15%FBS)で培養した。かかるrMSCを以下の3種類のCMの調製に用いた。norCMの場合は、前述のrMSCを無血清DMEMで、通常酸素下(酸素濃度20%)、24時間培養した。hypoCMの場合は、前述のrMSCを無血清DMEMで、低酸素下(酸素濃度5%)、24時間培養した。γCMの場合は、ラットINFγ(100ng/ml、BioLegend社製)を含む無血清DMEMで、前述のrMSCを通常酸素下(酸素濃度20%)、24時間培養した後、PBSで洗浄し、さらに無血清DMEMで、通常酸素下(酸素濃度20%)、24時間培養した。
3種類それぞれの場合のCMを収集し、300×gで5分間遠心し、最後に0.22μmのシリンジフィルターを用いてろ過し、使用時まで−80℃で保存した。製造元の説明書に従い、カットオフ値が10kDaの遠心ろ過ユニット(Ultracel-10K Millipore社製)を用いて、限外ろ過により上記CM(norCM、hypoCM、又は、γCM)をさらに濃縮(最終濃度1μg/μl)してインビボ実験用とした。なお、通常酸素下の培養は、標準的インキュベータ内において5%CO及び20%O含有空気下で行い、低酸素下での培養は、製造元の説明書に従って最終酸素濃度5%の低酸素条件をセットした、低酸素チャンバー(低温O/COインキュベータ9200EX、和研薬株式会社製)内において行った。
【0028】
[MTTアッセイ]
細胞生存率を、MTT[3−(4,5−ジメチルチアゾール−2−イル)−2,5−ジフェニル−テトラゾリウムブロミド]発色還元アッセイにより測定した(Sladowski D, Steer SJ, Clothier RH, Balls M. An improved MTT assay. Immunol Methods 1993;157:203-207.)。すなわち、細胞を96ウェルプレートに播種し、Cell Counting Kit-8(同仁化学研究所製)のアリコート10μlを上記96ウェルマイクロプレートの各ウェルに添加し、37℃で1〜4時間インキュベートして反応させた。生細胞におけるMTT還元物質の発色の程度の指標となる吸光度に基づいて、MTTの発色が阻害される割合を導き、かかる割合を基に細胞生存率を算出した。MTT還元物質の発色レベルは、波長450nmの吸光度として測定した。
【0029】
[細胞周期及びアポトーシスの解析]
フローサイトメトリー用として、IEC−6単細胞懸濁液(Single cell suspension)を90%低温エタノールで固定し、RNase Aで処理し、ヨウ化プロピジウムで染色した。フローサイトメトリーで測定されるサブG1のピークを、アポトーシス細胞分画とした。DeadEndColorimetric TUNELシステム(Promega社製)を用いて、末端デオキシヌクレオチド転移酵素媒介dUTPニック末端標識(TUNEL)反応を行った。製造元の説明書に従って、Ki67免疫組織化学法(Abcam社製)を行った。少なくとも5つの異なる試料においてKi67陽性核及びTUNEL陽性核をカウントし、Ki67標識指標及びアポトーシス指標を百分率で表した。
【0030】
[スクラッチアッセイ]
IEC−6細胞のインビトロの遊走を、単層培養細胞創傷アッセイ、即ち「スクラッチアッセイ」により測定した。p200ピペットの先端で、35mm皿上のIEC−6単層に直線の傷を十字状につけて「スクラッチ」を作り、よく洗浄して、削られた細胞を除去した後、各々1.5mlのMSC−CMを加えた。画像を取得する際に位相差顕微鏡下で同一の区域を得ることができるように、上記スクラッチの近傍に、基準点として利用できる印をつけた。一定時間ごと(0、6、12、及び24時間)に観察するため、上記の皿を37℃のインキュベータから取り出すことが可能であり、各々の時間枠経過後の画像を取得した後に戻して、インキュベートを再開した。各々の画像について、TScratch programソフトウェア(http://www.cse-lab.ethz.ch/software.htmlから無料で入手)を用いて各時間枠の、開放創(open wound)の区域面積を定量的に測定した。各実験は少なくとも3回繰り返した(Geback T, Schulz MMP, Koumoutsakos P, Detmar M. A novel and simple software tool for automated analysis of monolayer wound healing assays. BioTechniques2009;46:265-274.)。
【0031】
[残存シグナルのウエスタンブロット解析]
各々のコンフルエント細胞を、20mMのTris−HCl、pH7.4、150mMの塩化ナトリウム、1mMのEDTA、pH8.0、0.1%(w/v)のドデシル硫酸ナトリウム(SDS)、0.1%のデオキシコール酸ナトリウム、及び1%のTritonX-100、並びにプロテアーゼインヒビターカクテル錠Complete Mini(商標)(Roche Diagnostics社製)及びホスファターゼインヒビターカクテル錠PhosSTOP(Roche Diagnostics社製)を1錠ずつ含む放射線免疫沈降法(RIPA)バッファーに溶解した。Bio-Radタンパク質アッセイ(Bio-Rad社製)によりタンパク質量を算出した各々の溶解液40μgを、12%変性ポリアクリルアミドゲル上で分離させ、二フッ化ポリビニリデン(PVDF)膜に転写した。5%脱脂粉乳を含むTBST溶液中でブロッキング処理した後、pan−Akt、phospho−Akt、Erk5、phospho−Erk5、及びJNK1/3に対する一次抗体(Santa Cruz社製)、phospho−SAPK/JNK、p38、及びphospho−p38に対する一次抗体(Cell Signaling Technology社製)、並びにβアクチンに対する一次抗体(Sigma-Aldrich社製)と共に上記膜をインキュベートし、次にホースラディッシュペルオキシダーゼ標識二次抗体(Santa Cruz社製)と共にインキュベートした。enhanced chemiluminescence kit(Amersham Biosciences社製)を用いて免疫反応を進行させた。
【0032】
[実験腸炎モデル及び腸炎の重症度の評価]
5%DSSを含む飲水を7日間(0日目〜6日目)不断給餌することによりDSS腸炎を誘発させた。6日目に上記DSS溶液を水に交換し、体重、文献(Cooper HS, Murthy SNS, Shah RS, Sedergran DJ. Clinicopathologicstudy of dextran sulfate sodium experimental murine colitis. Lab Invest 1993;69:238-249.)に記載のDisease activity index score(DAIスコア)、及び組織学的スコアによる評価を行うまで、ラットに毎日普通の水を飲ませた。上記のDAIスコアは、便性状(硬便=0;軟便=1;水様便=2)、血便(なし=0;少(付着程度)=1;多(流出)=2)、体重減少(基準から2%未満の減少=0;基準から2%以上5%未満の減少=1;基準から5%以上10%未満の減少=2;基準から10%以上の減少=3)と規定した上で、「便性状」×2+「血便」×2+体重減少=DAIスコア、という式に基づいて算出した。また上記の組織学的スコアは、次の通りである:炎症重症度、なし=0;軽度=1;中程度=2;炎症性細胞浸潤を伴う重度=3。炎症の範囲、なし=0;粘膜のみ=1;粘膜及び粘膜下層=2;貫壁性浸潤=3。陰窩の損傷、損傷なし=0、基底の1/3が損傷=1、基底の2/3が損傷=2、陰窩が消失しているが表層上皮が存在する場合=3、陰窩及び表層上皮の両方が消失している場合=3(Williams KL, et al. Enhanced survival and mucosal repair after dextransodium sulfate-induced colitis in transgenic mice that overexpressgrowth hormone. Gastroenterology 2001;120:925-937.)。上記グループ分けについて知らされていない病理医が、腸炎実験の最も炎症の重い病変、及び対照である腸管の対応する解剖学的切片について、代表的断面をヘマトキシリン及びエオシンで染色して、組織学的スコアを独立に判定した。各ラット(n=10)由来の3つの全周断面(全部で90断面)を解析した。Ki67に対するウサギモノクローナル抗体(mAb)をAbcam社から購入した。
【0033】
[MSC−CMに放出されたサイトカイン及びケモカインの検出]
製造元の説明書にしたがい、複数タンパク質ELISAキット、Multi-AnalyteELISArray(商標)キット(SABioscience社製)を用いてラット炎症性サイトカインについてMSC−CMを分析した。簡潔に述べれば、各々のMSC−CMを、キットに付属するサンプル希釈用バッファーで十分に希釈した。このキットを用いてIL−1β、IL−4、IL−6、IL−10、IL−12、IL−17A,IFN−γ、TNF−α、TGF−β1、MCP−1、MIP−1α、及びMIP−1βの濃度を分析した。上記キットにより供給される陰性及び陽性対照も測定した(Sand KL, Rolin KJ, Al-Falahi Y, Maghazachi AA. Modulation of natural killer cell cytotoxicity and cytokine release by the drug glatiramer acetate. Cell Mol Life Sci2009;66:1446-1456.)。
【0034】
[統計学的分析]
2つのグループを比較するため、独立t検定及びマン−ホイットニーU検定を用いて、パラメトリック分析及びノンパラメトリック分析を各々行った。カイ二乗検定、ピアソンの統計に基づく実際のP値、又はモンテカルロ法を用いて分類に基づく変数(categorical variables)を比較した。多重比較のため、特に経時的評価においてANOVAを採用して、2要因反復測定(対象間―対象内混合(mixed between-within subject))ANOVAを行い、続いてボンフェローニ検定を適用した(Tabachnick BG, Fidell LS, eds. Using multivariate statistics (4th edn). New York: HarperCollins; 2001.)。全ての両側検定(two-tailed test)においてP<0.05の場合に有意性があるとみなした。全ての統計的検定に、SPSS Statisticsソフトウェア 17.0(Chicago, IL)を用いた。
【0035】
[結果]
[インビトロの細胞生存性、細胞周期、アポトーシス、遊走、及び生存シグナル活性化に対するMSC−CMの効果]
インビトロでのIEC−6細胞株の増殖に対する3種類(低酸素前処理(hypoCM)、IFN−γ刺激処理(γCM)、及び通常酸素前処理(norCM))のrMSC由来馴化培地(MSC−CM)の効果や培地濃度による効果を調べるため、MTTアッセイを行い、細胞生存率(図1)及び細胞周期(図2〜6)を解析した。その結果、IEC−6細胞の細胞生存率は、低酸素による前処理(hypoCM)群で最も高く、特に処理後87時間において顕著な差が認められた(図1)。また、フローサイトメトリーにより細胞周期を解析したところ、血清枯渇前のIEC−6細胞(図2)や血清存在下で培養したIEC−6細胞(図3)と比較して、血清枯渇により48時間培養したIEC−6細胞は、サブG1のピークが上昇した(図4)。一方、IEC−6細胞を48時間血清飢餓状態に置いても、norCM(図5)、又はhypoCM(図6)のいずれかを用いた場合において、かかるサブG1のピークの上昇は抑制された。これらの結果は、norCM及びhypoCMで培養を行うことにより、血清枯渇によるアポトーシスの誘導が阻害されたことを示唆している。そこで、TUNELによりIEC−6細胞におけるアポトーシスを解析したところ、48時間IFN−γ刺激処理(IFNγ48)した場合と比較して、通常酸素前処理(norCM)(P=0.023)及び低酸素前処理(hypoCM)(P=9.1E−7)によりアポトーシスは有意に抑制されていることが示された(図7)。さらにhypoCM処理によるアポトーシスの抑制効果は、norCM処理によるそれよりも有意に大きかった(P=0.012、図7)。次に、インビトロのIEC−6細胞遊走を、単層培養細胞創傷アッセイ、すなわち「スクラッチアッセイ」により測定した(図8)。その結果、hypoCMによる処理は、DMEM培地(P=0.02445)及びγCM処理(P=0.02267)と比較して傷の治癒を促進することが示された(図8)。さらに、IEC−6におけるAkt及びJNK1/3シグナル活性を解析したところ、血清飢餓処理(DMEM(FBS−))と比較して、MSC−CM(norCM及びhypoCM)処理によりIEC−6細胞におけるリン酸化されたAkt(Phospho−Akt)及びJNK1/3レベルが上昇した(図9)。これらの結果は、MSC−CM(norCM及びhypoCM)処理によりAkt及びJNK1/3シグナルが活性化された結果、細胞遊走が促進されたことを示している。
【0036】
[腸炎に対するMSC−CMインビボ投与の治療効果]
5%DSSで誘発させた急性腸炎(DSS腸炎)ラットの尾静脈に、インビボ実験用に調製した馴化培地(norCM)を静脈注射し、MSC−CMにより治療効果があるかどうかを、体重(図10)及び疾患活動性指標(DAI)スコア(図11)を指標に調べた。その結果、DSSに曝露させた期間の腸炎急性期(0日目〜6日目)では、有意な治療効果は見られなかったが、DSS曝露を止めてDSSを含まない飲水に代えた回復期間では、MSC−CM投与により体重が有意に回復することが示された(図10)。特に投与後12日目〜14日目(回復期間の5日目〜7日目)における急性腸炎ラットの体重変化から、MSC−CM投与量依存的な治療効果があることを示された。同様に、MSC−CM投与によりDAIスコアが回復し、特に500μg/日のMSC−CMを投与した群では、対照(PBS投与)と比べ優れた有意差を有していた(図11)。さらにDAIスコアを詳細に解析したところ、MSC−CM投与により下痢症状が軽減した(図12)。
【0037】
[DSS腸炎に対する最適なMSC−CMの療法の検討]
次に、MSC−CMの投与方法により腸炎治療効果に違いがあるかどうかを調べた。すなわち、インビボ実験用に調製した馴化培地(norCM)を、3種類の投与経路(腹腔内[IP]、腸管内[IC、即ち注腸]又は静脈内[IV])により急性腸炎ラットへ投与し、体重(図13)及びDAIスコア(図14)を指標に調べた。その結果、いずれの経路によるMSC−CMの投与においても、対照(PBS)と比べ体重の回復効果が認められたが、3種類の経路による投与方法の間で違いは認められなかった(図13)。また、注腸(IC)に投与した場合、投与後12日目〜14日目(回復期間の5日目〜7日目)における体重は、対照(PBS投与)と比べ有意差が認められた(図13)。同様に、DAIスコアについても、3種類の経路によるMSC−CMの投与により、対照(PBS)と比べ回復していることが示された(図14)。また、腹腔内投与(IP)と腸管内(IC)投与とを比較した場合、11日目(P=0.011)及び12日目(P=0.021)で有意差が認められた(図14)。また、静脈内投与(IV)でも、腸管内(IC)投与と比較して好適な結果が得られた。次に、インビトロでの実験において、norCM処理よりもhypoCM処理の方が効果的であったことから、インビボでの腸炎の治療においてもhypoCM処理が効果的であるどうかについて調べた。その結果、MSC−CMを投与した場合と比べ、hypoCMを投与した場合の方が、体重の回復(図15、上段)及びDAIスコアの回復(図15、下段)レベルがともに高かった。また、hypoCMを投与した場合のDAIスコアの回復効果は、対照(DMEM)を投与した場合と比べ、投与後8〜11及び13日目に有意差が認められた(図15、下段)。
【0038】
[腸炎の急性期及び回復期の病理組織学的評価]
さらに、MSC−CM療法効果を病理組織学的解析により詳細に解析した。すなわち、インビボ実験用に調製した馴化培地(norCM)を、DSS腸炎ラットへ投与し、大腸上皮の損傷レベルを、組織学的スコアを指標に解析し(図16)、また大腸細胞数を、Ki−67陽性細胞を指標に解析した(図17)。その結果、腸炎の急性期(Inductive phase)及び回復期(Recovery phase)において、MSC−CMで治療したラットの上皮傷害レベルは著しく抑制され(図16)、またKi−67陽性細胞数は増加していることが示された(図17)。特に、腸炎急性期(Inductive phase)において、MSC−CMを投与した場合の上皮傷害レベル(P=7/98E−5)及びKi−67陽性細胞数(P=1.43E−4)は、対照(培養培地投与)と比べ、統計的有意性を示していた。また、MSC−CM投与により、腸炎の急性期(Inductive phase)では、Ki−67陽性細胞が陰窩の上方に顕著に増加していたが、回復期(Recovery phase)ではこの傾向は認められなかった。なお、MSC−CM投与により、claudin-2(cldn−2)タンパク質は、アップレギュレーションされて急性期(Inductive phase)では主に陰窩の基底部位に再分布したが、回復期(Recovery phase)にはダウンレギュレーションされることも確認した。対照的に、DSS腸炎ラット対照群における急性期(Inductive phase)には、cldn−2はダウンレギュレーションされ、また回復期(Recovery phase)にはアップレギュレーションされることも確認した。これらの結果から、MSC−CMは、腸炎急性期に上皮の細胞回転を著明に亢進させ、その傷害を低減することが示された。また、その際に、cldn−2タンパクの誘導、再分布が認められたことから、MSC−CMは、上皮バリア機能回復にも寄与する可能性が認められた。
【0039】
[MSC−CMの含有物の測定]
DSS腸炎に対するhypoCM治療作用機構を調べるため、MSC−CM中に含まれるラット炎症性サイトカインのタンパク質量をMulti-Analyte ELISArrayにより解析した(図18)。34種類の代表的なサイトカイン、ケモカイン及び増殖因子のアレイを選択し、norCM処理及びhypoCM処理した場合の培地に含まれる上記34種類のタンパク質の発現量を比較した(図18)。その結果、VEGFとMCP−1の発現量は、norCM処理した場合と比べ、hypoCM処理した方が高く、有意差が認められた(図18)。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明は、腸炎の予防・治療の分野に好適に利用することができる。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
間葉系幹細胞(MSC)の培養上清を含む腸炎の予防・治療剤。
【請求項2】
MSCの培養上清が、MSCを低酸素濃度下で培養して得られる培養上清である請求項1に記載の腸炎の予防・治療剤。
【請求項3】
間葉系幹細胞(MSC)が、骨髄間葉系幹細胞(BMSC)である請求項1又は2に記載の腸炎の予防・治療剤。
【請求項4】
腸炎が、炎症性腸疾患である請求項1〜3のいずれかに記載の腸炎の予防・治療剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【公開番号】特開2013−18756(P2013−18756A)
【公開日】平成25年1月31日(2013.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−155142(P2011−155142)
【出願日】平成23年7月13日(2011.7.13)
【出願人】(307014555)北海道公立大学法人 札幌医科大学 (31)
【Fターム(参考)】