説明

防汚塗料及びガラス層をもつ製品

【課題】溶性シリカを含む水とともに油分とも接触する衛生陶器等において、水アカに基づく防汚性と油分に基づく防汚性とをともに容易に向上させる。
【解決手段】本発明の防汚塗料は、パーフルオロポリエーテルからなる主剤と、アルカン及びアルコールを有する溶媒とを含み、アルカンの平均分子量が138〜180g/molである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、防汚塗料と、衛生陶器やガラス製品等のようにガラス層を有する製品とに関する。衛生陶器等はガラス層を有しており、このガラス層は溶性シリカを含む水と接触し得る。本発明に係る防汚塗料は、そのようなガラス層をもつ製品のそのガラス層に防汚性を付与可能である。
【背景技術】
【0002】
従来、特許文献1に開示された防汚塗料が知られている。この防汚塗料は、第1剤と第2剤とを混合したものである。第1剤は、パーフルオロアルキル基含有有機ケイ素化合物と、加水分解性基含有メチルポリシロキサン化合物とを用意し、これらを0.1N塩酸水、t−ブタノール及びヘキサンからなる親水性溶媒中で共加水分解したものである。第2剤は、オルガノポリシロキサンと、強酸としてのメタンスルホン酸との混合物である。
【0003】
この防汚塗料は、複数の分子が複雑に絡み合った付加化合物、一種のポリマーとして構成されていると考えられる。この防汚塗料が衛生陶器の釉薬層やガラス製品の表面に塗布されれば、乾燥することによって防汚層となる。防汚層は、釉薬層やガラスの表面に存在する水酸基と結合し、水酸基をシールドして不能化する。このため、衛生陶器やガラス製品が溶性シリカを含む水と接触しても、水酸基に溶性シリカが付着することを防止することが可能であり、溶性シリカに起因する水アカが付着することが防止され、水アカに汚れ成分を蓄積することを効果的に防止できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第4226136号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、発明者らの試験結果によれば、上記従来の防汚塗料では、防汚層に油分がなじみやすい。このため、例えば、衛生陶器が水洗便器であれば、水洗便器の表面において、防汚層に便中の油分がなじみ、油分に汚れ成分が蓄積することがある。溶性シリカを含む水とともに油分とも接触するガラス製品においても同様である。このため、これら衛生陶器やガラス製品においては、さらなる防汚性の向上が望まれている。
【0006】
本発明は、上記従来の実情に鑑みてなされたものであって、溶性シリカを含む水とともに油分とも接触する衛生陶器等において、水アカに基づく防汚性と油分に基づく防汚性とをともに容易に向上させることを解決すべき課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の防汚塗料は、パーフルオロポリエーテルからなる主剤と、アルカン及びアルコールを有する溶媒とを含み、該アルカンの平均分子量が138〜180g/molであることを特徴とする(請求項1)。
【0008】
発明者らの試験結果によれば、この防汚塗料では、防汚層が釉薬層の表面に存在する水酸基をシールドして不能化するとともに、防汚層に油分もなじみ難い。
【0009】
したがって、本発明の防汚塗料によれば、溶性シリカを含む水とともに油分とも接触する衛生陶器等において、水アカに基づく防汚性と油分に基づく防汚性とをともに容易に向上させることが可能である。
【0010】
本発明の防汚塗料は主剤と溶媒とを含む。主剤はパーフルオロポリエーテルからなり、溶媒はアルカン及びアルコールを有する。
【0011】
防汚塗料は、触媒(反応促進剤)としての塩酸を含み得る(請求項2)。発明者らの試験結果によれば、触媒として塩酸を用いれば、本発明の防汚塗料の反応性、作業性等が優れる。発明者らの試験結果によれば、防汚塗料は塩酸を0.1〜1.0g/Lの濃度で含むことが好ましい。
【0012】
また、防汚塗料は溶媒がフッ素系溶媒を有し得る(請求項3)。発明者らの試験結果によれば、溶媒がフッ素系溶媒を有すれば、均一で安定的な防汚塗料が得られる。フッ素系溶媒としては、ハイドロフルオロエーテル等を採用することができる。
【0013】
パーフルオロポリエーテルは、例えば、特開平11−29585号公報に開示されている以下の化学式のものを採用することが可能である。
【0014】
【化1】

【0015】
アルカン(alkane)は、一般式Cn2n+2で表される鎖式又は環状の飽和炭化水素であれば、種々のものが採用され得る。例えば、アルカンとしてパラフィンを採用する場合、ノルマルパラフィン、イソパラフィン及び/又はシクロパラフィンを採用することが可能である。
【0016】
発明者らの試験結果によれば、アルカンの平均分子量が138〜180g/molである場合に本発明の効果を発揮可能である。アルカンの平均分子量が138g/mol未満であれば、防汚塗料を塗布した後の蒸気圧が高いため、保水効果が低く、安定した防汚層を形成し難い。アルカンの平均分子量が180g/molを超えれば、防汚塗料の粘度が高くなり過ぎ、防汚層内で分子間の立体障害を生じやすく、平滑性に優れた防汚層を形成し難い。
【0017】
発明者らの試験結果によれば、アルカンはイソパラフィンであることが好ましい(請求項4)。この場合に本発明の効果を確認している。
【0018】
アルコールは、炭化水素の水素原子をヒドロキシ基で置き換えた物質であれば、種々のものが採用され得る。例えば、アルコールとしてブタノールを採用する場合、1−ブタノール(n−ブタノール)、2−メチル−1−プロパノール(イソブタノール)、2−ブタノール(sec−ブタノール)、2−メチル−2−プロパノール(tert−ブタノール(t−ブタノール))等を採用することが可能である。
【0019】
また、発明者らの試験結果によれば、アルコールはt−ブタノールであることが好ましい(請求項5)。この場合に本発明の効果を確認している。
【0020】
また、発明者らの試験結果によれば、アルコールとしてエタノールを採用することも好ましい(請求項6)。この場合、発明者らの試験結果によれば、さほどの品質の低下を生じることなく、製造コストの低廉化を実現できる。
【0021】
本発明のガラス層をもつ製品は、溶性シリカを含む水と接触し得るガラス層をもち、上記防汚塗料が該ガラス層の表面に塗布されていることを特徴とする(請求項7)。この製品は、水洗式便器や洗面器等の衛生陶器やガラス製品として、長期にわたって水アカを生じずに防汚性を発揮できるため、長期に美観を維持することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】試験6に係り、シランカップリング剤をフッ素系溶媒で希釈した場合の経過時間と溶媒の蒸発割合との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明を試験1〜6により具体的に説明する。
【0024】
(試験1)
主剤として、シランカップリング剤(信越化学(株)製「X−71−107B(3)」)を用意する。このシランカップリング剤はパーフルオロポリエーテル(PFPE)を主鎖にもっている。また、t−ブタノール(和光純薬(株)製)と、5種のイソパラフィン(アイソパーE〜M(エクソンモービル(株)製))とを用意する。アイソパーE〜Mは、表1に示すように、蒸留温度範囲によって、平均分子量、密度、粘度及び蒸気圧が異なっている。なお、アイソパーL+Mは、平均分子量が180g/molになるようにアイソパーLとアイソパーMとを混合したものである。
【0025】
【表1】

【0026】
t−ブタノールだけを溶媒とし、シランカップリング剤をこの溶媒で20倍に希釈して試験品1の塗料を得た。また、t−ブタノールとアイソパーE〜Mとを体積比1:1で混合して各溶媒を作製し、シランカップリング剤を各溶媒で20倍に希釈して試験品2〜7の塗料を得た。試験品1〜7の塗料に触媒(反応促進剤)としての濃塩酸(和光純薬(株)製)を1g/Lの濃度で添加し、試験品1〜7の防汚塗料を得た。
【0027】
衛生陶器の試験片を用意し、各防汚塗料を常温で塗布してサンプルを得た。各サンプルについて、初期の水接触角(°)及び標準偏差と、市販のスポンジを用いて1.7Kg重の荷重をかけて10000回の摺動を行った後の水接触角(°)及び標準偏差とを測定した。結果を表2に示す。
【0028】
【表2】

【0029】
表2に示されるように、シランカップリング剤が衛生陶器の釉薬層のSiOH基と加水分解する際、イソパラフィンの種類によって性能が変わっている。しかし、蒸留温度範囲が低いアイソパーEを用いた試験品2の防汚塗料では、塗布した後のアイソパーEの蒸気圧が低いため、保水効果がなく、反応がし難くなっていた。一方、蒸留温度範囲が高いアイソパーMを用いた試験品7の防汚塗料では、アイソパーMの粘度が高く、シランカップリング剤が反応する際、分子間の立体障害になり得た。
【0030】
そして、平均分子量が138〜180g/molのアイソパーG、H、Lを用いた試験品3〜6の防汚塗料であれば、水接触角が大きく、かつその標準偏差も小さくなることがわかる。このため、これらの防汚塗料であれば、防汚層が釉薬層の表面に存在する水酸基をシールドして不能化する。このため、溶性シリカを含む水と接触する衛生陶器等において、長期にわたって水アカを生じずに防汚性を発揮できるため、長期に美観を維持することが可能である。
【0031】
(試験2)
主剤として、試験1のシランカップリング剤の他、フルオロアルキル基(FA)を主鎖にもつカップリング剤を用意する。溶媒は、t−ブタノール又はt−ブタノール及びアイソパーLである。表3に示すように、主剤の濃度を0.60質量%又は0.15質量%とし、試験品8〜11の防汚塗料を得た。なお、試験品10及び試験品11には、防汚塗料の安定性確保のため、5%弱のハイドロフルオロエーテル(HRE−7200、3M(株)製)がフッ素系溶媒として含まれている。
【0032】
【表3】

【0033】
試験1と同様に各防汚塗料で作製したサンプルについて、水接触角(°)、水滑落角(°)、油接触角(°)及び油滑落角(°)を測定した。水滑落角は、サンプルの表面を水平面に対して傾斜させて行き、表面の20μlの水滴が滑落する時の傾斜角である。水滑落角は小さいほど好ましい。油滑落角は、サンプルの表面を水平面に対して傾斜させて行き、表面の20μlの油滴が滑落する時の傾斜角である。油滑落角は小さい程好ましい。結果も表3に示す。
【0034】
表3に示されるように、PFPE系のシランカップリング剤にt−ブタノールとアイソパーLとを併用した防汚塗料が好ましいことがわかる。FA系のシランカップリング剤を採用した場合には、溶媒がt−ブタノールのみの方が良い結果となっているが、この原因は定かではない。シランカップリング剤の極性等の影響が考えられる。
【0035】
(試験3)
試験品11の防汚塗料と、特許第4226136号公報の実施例1で採用した参考例の防汚塗料とを用い、試験2と同様に水接触角(°)及び油滑落角(°)を測定した。なお、参考例の防汚塗料はシランカップリング剤の濃度が2.5質量%である。結果を表4に示す。
【0036】
【表4】

【0037】
参考例の防汚塗料と試験品11の防汚塗料とでは、水接触角にほとんど差がない。一方、参考例の防汚塗料には油と親和性の強いジメチルシロキサンが含まれているため、油滑落角は、参考例の防汚塗料が大きく、試験品11の防汚塗料は小さくなっている。
【0038】
したがって、試験品11の防汚塗料では、防汚層が釉薬層の表面に存在する水酸基をシールドして不能化するとともに、防汚層に油分もなじみ難いことがわかる。このため、試験品11の防汚塗料によれば、溶性シリカを含む水とともに油分とも接触する衛生陶器等において、水アカに基づく防汚性と油分に基づく防汚性とをともに容易に向上させることが可能であることがわかる。
【0039】
(試験4)
試験1のシランカップリング剤に対してアイソパーL及び様々な種類のアルコール系溶媒を採用し、防汚塗料の性能を比較した。アルコール系溶媒としては、メタノール、エタノール、i−プロパノール、n−ブタノール、t−ブタノール、2−ヘキシルデカノール及び2−メトキシエタノールを用意した。
【0040】
溶媒1:溶媒2=アルコール系溶媒:アルカン系溶媒=1:1で混合して溶媒とし、その溶媒で試験1のシランカップリング剤を20倍に希釈し、試験1と同様に試験品12〜18の防汚塗料を作製した。但し、溶媒1にメタノール又は2−メトキシエタノールを用いた場合、アイソパーLと混合しても、混合液が2層分離したため、防汚塗料とはしなかった。
【0041】
そして、試験1と同様に各サンプルを得、各サンプルについて試験1と同様の摩耗試験を行った。試験品12〜18の防汚塗料を塗布した各サンプルについて、摩耗試験前後の水接触角(°)を測定した。結果を表5に示す。
【0042】
【表5】

【0043】
表5からわかるように、水接触角が大きい防汚塗料は、溶媒1として、エタノール又はt−ブタノールを使用した試験品13、16であった。なお、溶媒1にn−ブタノールを用いた試験品15の防汚塗料は、サンプル間内でのバラツキが極端に大きく、測定点(位置)により接触角が異なった。摩耗後の方が接触角が大きくなったのは、測定点の違いと考えられる。なお、各アルコールの特性値を以下の表6に示す。
【0044】
【表6】

【0045】
(試験5)
試験1のシランカップリング剤に対してt−ブタノール及び様々な種類のアルカン系溶媒を採用し、防汚塗料の性能を比較した。アルカン系溶媒としては、n−ヘキサン、n−ヘプタン、n−デカン、n−ドデカン、n−ペンタデカン、n−ヘキサデカン、トルエン及びアイソパーLを用意した。
【0046】
溶媒1:溶媒2=アルコール系溶媒:アルカン系溶媒=1:1で混合して溶媒とし、その溶媒で試験1のシランカップリング剤を20倍に希釈し、試験1と同様に試験品19〜26の防汚塗料を作製した。
【0047】
そして、試験1と同様に各サンプルを得、各サンプルについて試験1と同様の摩耗試験を行った。試験品19〜26の防汚塗料を塗布した各サンプルについて、摩耗試験前後の水接触角(°)を測定した。結果を表7に示す。
【0048】
【表7】

【0049】
いずれの直鎖アルカン、芳香族及びアイソパーLを使用した防汚塗料でも摩耗試験前後の水接触角に大きな差は見られなかったが、アイソパーLを使用した防汚塗料は、摩耗試験後でも最も大きな水接触角を有しながら、差が小さかった。但し、芳香族炭化水素であるトルエンを使用した試験品25の防汚塗料は、接触角の差がやや大きくなった。
【0050】
(試験6)
主剤であるシランカップリング剤(信越化学(株)製「X−71−107B(3)」)をフッ素系溶媒で希釈する場合の問題点及び注意点を確認した。2−プロパノール(IPA、和光純薬(株)製)の他、フッ素系溶媒として、ハイドロフルオロエーテル(HFE-7200、3M(株)製)及びハイドロフルオロエーテル(NOVEC7300、3M(株)製)を用意した。
【0051】
サンプル管(φ=14.3mm)に各フッ素系溶媒をそれぞれ10mLずつ入れ、開口部を開放したまま18〜20°C、46〜60%RHで静置した。重さを測定することで継続的にフッ素系溶媒の揮発量を測定した。但し、水蒸気が溶媒に混入することによる重さの増加は考慮していない。結果を表8及び図1に示す。
【0052】
【表8】

【0053】
表8及び図1に示すように、全てのフッ素系溶媒において、蒸発する割合は、時間が経過してもほぼ一定であった。また、フッ素系溶媒であるHFE-7200とNOVEC7300との蒸発速度はIPAに比べ速くなった。一般的にPFPEの推奨溶媒であるHFE-7200又はNOVEC7300はともにエーテルであるため、揮発性が高かったものと考えられる。この結果より、工程で使用する際には、濃度管理を難しくし、かつフッ素系溶媒の蒸気が暴露し易いという問題があると言える。
【0054】
また、サンプル管(φ=14.3mm)にIPA又はHFE-7200をそれぞれ9mLずつ入れ、シランカップリング剤(信越化学(株)製「X−71−107B(3)」)を1mLずつと、36%のHClを1滴(約0.025mL)ずつとをそれぞれ入れた。これらを密閉し、静置して様子を観察した。
【0055】
溶媒にIPAを用いたときには、24時間経過してもほとんど白濁しなかった。しかし、溶媒にHFE-7200を用いたときには白濁し、防汚塗料の主成分同士が重合したと思われる物質が生成した。この結果より、短時間で使用しないと防汚塗料が劣化してしまうため、頻繁に希釈液を作製したり、塗布加工の際にはスポンジを交換したりする必要がある等、取り扱いは厳しくする必要があるといえる。
【0056】
以上において、本発明を試験1〜6に即して説明したが、本発明は上記試験品に制限されるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更して適用できることはいうまでもない。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明は、水洗便器、洗面器等の衛生陶器やガラス製品に利用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
パーフルオロポリエーテルからなる主剤と、アルカン及びアルコールを有する溶媒とを含み、該アルカンの平均分子量が138〜180g/molであることを特徴とする防汚塗料。
【請求項2】
塩酸を含む請求項1記載の防汚塗料。
【請求項3】
前記溶媒がフッ素系溶媒を有する請求項1又は2記載の防汚塗料。
【請求項4】
前記アルカンがイソパラフィンである請求項1乃至3のいずれか1項記載の防汚塗料。
【請求項5】
前記アルコールがt−ブタノールである請求項1乃至4のいずれか1項記載の防汚塗料。
【請求項6】
前記アルコールがエタノールである請求項1乃至4のいずれか1項記載の防汚塗料。
【請求項7】
溶性シリカを含む水と接触し得るガラス層をもち、請求項1乃至6のいずれか1項記載の防汚塗料が該ガラス層の表面に塗布されていることを特徴とするガラス層をもつ製品。

【図1】
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【公開番号】特開2011−21088(P2011−21088A)
【公開日】平成23年2月3日(2011.2.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−166471(P2009−166471)
【出願日】平成21年7月15日(2009.7.15)
【出願人】(000000479)株式会社INAX (1,429)
【Fターム(参考)】