説明

電力計測装置、インバータ制御回路、系統連系インバータシステム、および、電力計測方法

【課題】電圧信号および電流信号に逆相分の信号が重畳されている場合でも、基本波(正相分)の有効電力または無効電力を精度よく計測することができる電力計測装置を提供する。
【解決手段】電力計測部71において、3つの電圧信号Vu,Vv,Vwを直交する2つの電圧信号Vα,Vβに変換する電圧信号三相/二相変換部711と、3つの電流信号Iu,Iv,Iwを直交する2つの電流信号Iα,Iβに変換する電流信号三相/二相変換部712と、電圧信号Vα,Vβから正相分の信号V’α,V’βを抽出する正相分電圧信号抽出部713と、電流信号Iα,Iβから正相分の信号I’α,I’βを抽出する正相分電流信号抽出部714と、信号V’α,V’β,I’α,I’βから有効電力Pまたは無効電力Qを算出する電力算出部715とを備えた。各正相分の信号の抽出には、複素係数フィルタを用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有効電力または無効電力を計測する電力計測装置、当該電力計測装置を備えたインバータ制御回路、当該インバータ制御回路を備えた系統連系インバータシステム、および電力計測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、太陽電池などによって生成される直流電力を交流電力に変換して、電力系統に供給する系統連系インバータシステムが開発されている。
【0003】
図12は、従来の一般的な系統連系インバータシステムを説明するためのブロック図である。
【0004】
系統連系インバータシステムA100は、直流電源1が生成した直流電力を交流電力に変換して三相の電力系統Bに供給するものである。なお、以下では3つの相をU相、V相およびW相とする。
【0005】
インバータ回路2は、直流電源1から入力される直流電圧をスイッチング素子(図示しない)のスイッチングにより交流電圧に変換する。フィルタ回路3は、インバータ回路2から出力される交流電圧に含まれるスイッチング周波数成分を除去する。変圧回路4は、フィルタ回路3から出力される交流電圧を電力系統Bの系統電圧に昇圧(または降圧)する。インバータ制御回路700は、電流センサ5および電圧センサ6などが検出した電流信号および電圧信号を入力され、これに基づいてPWM信号を生成してインバータ回路2に出力する。インバータ回路2は、インバータ制御回路700から入力されるPWM信号に基づいてスイッチング素子のスイッチングを行う。
【0006】
インバータ制御回路700は、出力有効電力および出力無効電力を検出して、これらを目標値に一致させるためのフィードバック制御を行っている。電力計測部710は、電圧センサ6より入力される電圧信号V(Vu,Vv,Vw)と電流センサ5より入力される電流信号I(Iu,Iv,Iw)とから、有効電力Pおよび無効電力Qを算出する。電力制御部72は、電力計測部710が算出した有効電力Pおよび無効電力Qに基づいて、有効電力制御のための補償信号および無効電力制御のための補償信号を生成する。
【0007】
電力計測部710は、電圧信号Vu,Vv,Vwを互いに直交するα軸電圧信号Vαおよびβ軸電圧信号Vβに変換し、電流信号Iu,Iv,Iwを互いに直交するα軸電流信号Iαおよびβ軸電流信号Iβに変換し、下記(1)式によって有効電力Pを算出し、下記(2)式によって無効電力Qを算出する。
P=Vα・Iα+Vβ・Iβ ・・・ (1)
Q=−Vβ・Iα+Vα・Iβ ・・・ (2)
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】赤木泰文、金澤喜平、藤田光悦、難波江章、「瞬時無効電力の一般化理論とその応用」、電気学会論文誌B、Vol.103, No.7, 昭和58年7月、第41ページ〜第48ページ
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、電力系統Bには基本波の正相分の交流信号の他に逆相分の交流信号が含まれているので、電力計測部710は基本波の正相分の有効電力および無効電力を精度よく計測することができない。すなわち、電圧センサ6より入力される電圧信号Vおよび電流センサ5より入力される電流信号Iにも逆相分の信号が含まれているので、これらを基に有効電力Pおよび無効電力Qを算出した場合、これらには逆相分による誤差が含まれる。算出された有効電力Pおよび無効電力Qに対して、ローパスフィルタなどによりリプルの除去を行ったとしても、誤差を完全に取り除くことができない。
【0010】
例えば、α軸電圧信号Vαおよびβ軸電圧信号Vβに含まれる基本波の正相分の振幅をV1、逆相分の振幅をV-1とすると、
Vα=V1cos(ωt)+V-1cos(−ωt)
Vβ=V1sin(ωt)+V-1sin(−ωt)
で表され、α軸電流信号Iαおよびβ軸電流信号Iβに含まれる基本波の正相分の振幅をI1、逆相分の振幅をI-1とすると、
Iα=I1cos(ωt−θ1)+I-1cos(−ωt−θ-1
Iβ=I1sin(ωt−θ1)+I-1sin(−ωt−θ-1
で表される。なお、θ1は正相分の電流信号と電圧信号との位相差であり、θ-1は逆相分の電流信号と電圧信号との位相差である。
【0011】
この場合、上記(1)式により有効電力Pを算出すると、
【数1】

となり、これから直流分を抽出すると、
P=V11cosθ1+V-1-1cosθ-1 ・・・ (3)
となる。上記(3)式に示すように、有効電力Pには、正相分の有効電力の他に、逆相分の有効電力も含まれている。
【0012】
同様に、上記(2)式により無効電力Qを算出して、直流分を抽出すると、
Q=−V11sinθ1−V-1-1sinθ-1 ・・・ (4)
となる。上記(4)式に示すように、無効電力Qには、正相分の無効電力の他に、逆相分の無効電力も含まれている。
【0013】
基本波の正相分の有効電力および無効電力を精度よく計測することができないと、インバータ制御回路700は、出力有効電力および出力無効電力を適切に制御することができない。特に、瞬低などの系統擾乱によって電力系統Bの逆相分が増加した場合、算出された有効電力Pおよび無効電力Qが実際の基本波の正相分の有効電力および無効電力とかけ離れたものになるので、出力有効電力および出力無効電力を適切に制御することができなくなる。
【0014】
本発明は上記した事情のもとで考え出されたものであって、電圧信号および電流信号に複数の信号が重畳されている場合でも、所定成分の有効電力または無効電力を精度よく計測することができる電力計測装置を提供することをその目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題を解決するため、本発明では、次の技術的手段を講じている。
【0016】
本発明の第1の側面によって提供される電力計測装置は、検出された三相交流の各相の電圧信号および各相の電流信号に基づいて、有効電力または無効電力を計測する電力計測装置であって、前記3つの電圧信号を第1の電圧信号および第2の電圧信号に変換する電圧信号変換手段と、前記3つの電流信号を第1の電流信号および第2の電流信号に変換する電流信号変換手段と、前記第1の電圧信号に含まれる所定成分の信号である第1の成分電圧信号と、前記第2の電圧信号に含まれる前記所定成分の信号である第2の成分電圧信号とを、それぞれ抽出する成分電圧信号抽出手段と、前記第1の電流信号に含まれる前記所定成分の信号である第1の成分電流信号と、前記第2の電流信号に含まれる前記所定成分の信号である第2の成分電流信号とを、それぞれ抽出する成分電流信号抽出手段と、前記成分電圧信号抽出手段によって抽出された前記第1の成分電圧信号および前記第2の成分電圧信号と、前記成分電流信号抽出手段によって抽出された前記第1の成分電流信号および前記第2の成分電流信号とから、有効電力または無効電力を算出する電力算出手段とを備えており、前記成分電圧信号抽出手段および前記成分電流信号抽出手段は、それぞれ複素係数フィルタを用いて各信号を抽出することを特徴とする。
【0017】
本発明の好ましい実施の形態においては、前記成分電圧信号抽出手段または前記成分電流信号抽出手段が用いる複素係数フィルタは、帯域通過型の複素係数フィルタである。
【0018】
本発明の好ましい実施の形態においては、前記複素係数フィルタのz変換表現による伝達関数H(z)は、通過帯域の正規化中心角周波数をΩd(−π<Ωd<π)、通過帯域の帯域幅を決めるパラメータをr(0<r<1)、虚数単位をj、自然対数の底eの指数関数をexp()とした場合、
【数2】

である。
【0019】
本発明の好ましい実施の形態においては、前記成分電圧信号抽出手段または前記成分電流信号抽出手段が用いる複素係数フィルタは、帯域阻止型の複素係数フィルタである。
【0020】
本発明の好ましい実施の形態においては、前記複素係数フィルタのz変換表現による伝達関数H(z)は、阻止帯域の正規化中心角周波数をΩd(−π<Ωd<π)、阻止帯域の帯域幅を決めるパラメータをr(0<r<1)、虚数単位をj、自然対数の底eの指数関数をexp()とした場合、
【数3】

である。
【0021】
本発明の好ましい実施の形態においては、前記成分電圧信号抽出手段または前記成分電流信号抽出手段は、複数の複素係数フィルタを多段に接続したフィルタを用いる。
【0022】
本発明の好ましい実施の形態においては、前記電力算出手段は、前記第1の成分電圧信号をVα、前記第2の成分電圧信号をVβ、前記第1の成分電流信号をIα、前記第2の成分電流信号をIβとすると、有効電力Pを下記式によって算出する。

P=Vα・Iα+Vβ・Iβ
【0023】
本発明の好ましい実施の形態においては、前記電力算出手段は、前記第1の成分電圧信号をVα、前記第2の成分電圧信号をVβ、前記第1の成分電流信号をIα、前記第2の成分電流信号をIβとすると、無効電力Qを下記式によって算出する。

Q=−Vβ・Iα+Vα・Iβ
【0024】
本発明の好ましい実施の形態においては、前記所定成分は、前記三相交流の基本波の成分である。
【0025】
本発明の第2の側面によって提供されるインバータ制御回路は、本発明の第1の側面によって提供される電力計測装置によって計測された有効電力または無効電力を用いて出力電力制御を行うことを特徴とする。
【0026】
本発明の第3の側面によって提供される系統連系インバータシステムは、本発明の第2の側面によって提供されるインバータ制御回路と、前記インバータ制御回路によって制御されるインバータ回路とを備えていることを特徴とする。
【0027】
本発明の第4の側面によって提供される電力計測方法は、検出された三相交流の各相の電圧信号および各相の電流信号に基づいて、有効電力または無効電力を計測する電力計測方法であって、前記3つの電圧信号を第1の電圧信号および第2の電圧信号に変換する第1の工程と、前記3つの電流信号を第1の電流信号および第2の電流信号に変換する第2の工程と、前記第1の電圧信号に含まれる所定成分の信号である第1の成分電圧信号と、前記第2の電圧信号に含まれる前記所定成分の信号である第2の成分電圧信号とを、それぞれ抽出する第3の工程と、前記第1の電流信号に含まれる前記所定成分の信号である第1の成分電流信号と、前記第2の電流信号に含まれる前記所定成分の信号である第2の成分電流信号とを、それぞれ抽出する第4の工程と、前記第3の工程によって抽出された前記第1の成分電圧信号および前記第2の成分電圧信号と、前記第4の工程によって抽出された前記第1の成分電流信号および前記第2の成分電流信号とから、有効電力または無効電力を算出する第5の工程とを備えており、前記第3の工程および前記第4の工程は、それぞれ複素係数フィルタを用いて各信号を抽出することを特徴とする。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、複素係数フィルタによって各電圧信号および各電流信号から所定成分の信号がそれぞれ抽出され、当該抽出された所定成分の信号を用いて有効電力または無効電力が算出される。したがって、検出された各電圧信号および各電流信号に複数の信号が重畳されている場合でも、所定成分の信号のみを抽出して演算を行うので、所定成分の有効電力および無効電力を精度よく計測することができる。
【0029】
本発明のその他の特徴および利点は、添付図面を参照して以下に行う詳細な説明によって、より明らかとなろう。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】第1実施形態に係る系統連系インバータシステムを説明するためのブロック図である。
【図2】第1実施形態に係る電力計測部の内部構成を説明するためのブロック図である。
【図3】複素係数バンドパスフィルタの演算処理を示すブロック図である。
【図4】複素係数バンドパスフィルタの複素演算処理を行う回路構成を示す図である。
【図5】複素係数バンドパスフィルタの周波数特性を示す図である。
【図6】複素係数ノッチフィルタの演算処理を示すブロック図である。
【図7】複素係数ノッチフィルタの複素演算処理を行う回路構成を示す図である。
【図8】複素係数ノッチフィルタの周波数特性を示す図である。
【図9】第3実施形態に係る正相分電圧信号抽出部の内部構成を説明するためのブロック図である。
【図10】第3実施形態に係る正相分電圧信号抽出部の周波数特性を示す図である。
【図11】第4実施形態に係るインバータ制御回路の内部構成を説明するためのブロック図である。
【図12】従来の一般的な系統連系インバータシステムを説明するためのブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、本発明の実施の形態を、本発明に係る電力計測装置を系統連系インバータシステムのインバータ制御回路に備えた場合を例として、図面を参照して具体的に説明する。
【0032】
図1は、第1実施形態に係る系統連系インバータシステムを説明するためのブロック図である。
【0033】
同図に示すように、系統連系インバータシステムAは、直流電源1、インバータ回路2、フィルタ回路3、変圧回路4、電流センサ5、電圧センサ6、およびインバータ制御回路7を備えている。
【0034】
直流電源1は、インバータ回路2に接続している。インバータ回路2、フィルタ回路3、および変圧回路4は、この順で、U相、V相、W相の出力電圧の出力ラインに直列に接続されて、三相交流の電力系統Bに接続している。電流センサ5および電圧センサ6は、変圧回路4の出力側に設置されている。インバータ制御回路7は、インバータ回路2に接続されている。系統連系インバータシステムAは、直流電源1が出力する直流電力を交流電力に変換して電力系統Bに供給する。なお、系統連系インバータシステムAの構成は、これに限られない。例えば、電流センサ5および電圧センサ6を変圧回路4の入力側に設けてもよいし、インバータ回路2の制御に必要な他のセンサを設けていてもよい。また、変圧回路4をフィルタ回路3の入力側に設けるようにしてもよいし、変圧回路4を設けない、いわゆるトランスレス方式にしてもよい。また、直流電源1とインバータ回路2との間にDC/DCコンバータ回路を設けるようにしてもよい。
【0035】
直流電源1は、直流電力を出力するものであり、例えば太陽電池を備えている。太陽電池は、太陽光エネルギーを電気エネルギーに変換することで、直流電力を生成する。直流電源1は、生成された直流電力を、インバータ回路2に出力する。なお、直流電源1は、太陽電池により直流電力を生成するものに限定されない。例えば、直流電源1は、燃料電池、蓄電池、電気二重層コンデンサやリチウムイオン電池であってもよいし、ディーゼルエンジン発電機、マイクロガスタービン発電機や風力タービン発電機などにより生成された交流電力を直流電力に変換して出力する装置であってもよい。
【0036】
インバータ回路2は、直流電源1から入力される直流電圧を交流電圧に変換して、フィルタ回路3に出力するものである。インバータ回路2は、三相インバータであり、図示しない3組6個のスイッチング素子を備えたPWM制御型インバータ回路である。インバータ回路2は、インバータ制御回路7から入力されるPWM信号に基づいて、各スイッチング素子のオンとオフとを切り替えることで、直流電源1から入力される直流電圧を交流電圧に変換する。なお、インバータ回路2はこれに限定されず、例えば、マルチレベルインバータであってもよい。
【0037】
フィルタ回路3は、インバータ回路2から入力される交流電圧から、スイッチングによる高周波成分を除去するものである。フィルタ回路3は、リアクトルとコンデンサとからなるローパスフィルタを備えている。フィルタ回路3で高周波成分を除去された交流電圧は、変圧回路4に出力される。なお、フィルタ回路3の構成はこれに限定されず、高周波成分を除去するための周知のフィルタ回路であればよい。変圧回路4は、フィルタ回路3から出力される交流電圧を系統電圧とほぼ同一のレベルに昇圧または降圧する。
【0038】
電流センサ5は、変圧回路4から出力される各相の交流電流(すなわち、系統連系インバータシステムAの出力電流)を検出するものである。検出された電流信号I(Iu,Iv,Iw)は、インバータ制御回路7に入力される。電圧センサ6は、電力系統Bの各相の系統電圧を検出するものである。検出された電圧信号V(Vu,Vv,Vw)は、インバータ制御回路7に入力される。なお、系統連系インバータシステムAが出力する出力電圧は、系統電圧とほぼ一致している。
【0039】
インバータ制御回路7は、インバータ回路2を制御するものであり、例えばマイクロコンピュータなどによって実現されている。インバータ制御回路7は、電流センサ5から入力される電流信号I、および、電圧センサ6から入力される電圧信号Vに基づいて、系統連系インバータシステムAが出力する出力電圧の波形を指令するための指令値信号を生成し、当該指令値信号に基づいて生成されるパルス信号をPWM信号として出力する。インバータ回路2は、入力されるPWM信号に基づいて各スイッチング素子のオンとオフとを切り替えることで、指令値信号に対応した波形の交流電圧を出力する。
【0040】
インバータ制御回路7は、指令値信号の波形を変化させて系統連系インバータシステムAの出力電圧の波形を変化させることで、出力電力および出力電流を制御している。すなわち、インバータ制御回路7は、出力有効電力および出力無効電力を検出して、これらを目標値に一致させるためのフィードバック制御を行い、出力電流を検出して、これを目標値に一致させるためのフィードバック制御を行う。出力電力のフィードバック制御のための補償信号が出力電流のフィードバック制御の目標値に用いられ、出力電流のフィードバック制御のための補償信号が電圧信号Vを基にした信号に加算されることで指令値信号が生成される。なお、図1においては、出力電力制御および出力電流制御を行うための構成のみを記載して、その他の構成を省略している。
【0041】
インバータ制御回路7は、電力計測部71、電力制御部72、電流制御部73、系統対抗分生成部74、およびPWM信号生成部75を備えている。
【0042】
電力計測部71は、電流センサ5より入力される電流信号I(Iu,Iv,Iw)および電圧センサ6より入力される電圧信号V(Vu,Vv,Vw)に基づいて、系統連系インバータシステムAの出力有効電力および出力無効電力を演算するものである。電力計測部71は、演算結果の有効電力Pおよび無効電力Qを電力制御部72に出力する。電力計測部71で行われる演算処理の詳細については後述する。
【0043】
電力制御部72は、電力計測部71より入力される有効電力Pおよび無効電力Qに基づいて、有効電力制御のための補償信号および無効電力制御のための補償信号を生成するものである。電力制御部72は、有効電力Pおよび無効電力Qをそれぞれの目標値に一致させるためのフィードバック制御(例えば、PI制御)を行うためのものであり、当該制御のための補償信号を電流制御部73に出力する。
【0044】
電流制御部73は、電流センサ5より入力される電流信号I(Iu,Iv,Iw)に基づいて、電流制御のための補償信号を生成するものである。電流制御部73は、いわゆる三相/二相変換処理(αβ変換処理)および回転座標変換処理(dq変換処理)を行って、3つの電流信号Iu,Iv,Iwを2つのd軸電流信号およびq軸電流信号に変換する。そして、d軸電流信号およびq軸電流信号を電力制御部72より入力される有効電力制御のための補償信号および無効電力制御のための補償信号にそれぞれ一致させるためのフィードバック制御(例えば、PI制御)を行う。さらに、電流制御部73は、当該制御のために生成された2つの補償信号を、いわゆる静止座標変換処理(逆dq変換処理)および二相/三相変換処理(逆αβ変換処理)によって、3つの補償信号に変換して出力する。
【0045】
系統対抗分生成部74は、電圧センサ6から電圧信号V(Vu,Vv,Vw)を入力されて、系統指令値信号を生成して出力する。系統指令値信号は系統連系インバータシステムAが出力する出力電圧の波形を指令するための指令値信号の基準となるものである。系統対抗分生成部74が出力する系統指令値信号と、電流制御部73が出力する3つの補償信号とがそれぞれ加算されて、指令値信号が算出され、PWM信号生成部75に入力される。
【0046】
PWM信号生成部75は、入力される指令値信号と、所定の周波数(例えば、4kHz)の三角波信号として生成されたキャリア信号とに基づいて、三角波比較法によりPWM信号を生成する。三角波比較法では、指令値信号とキャリア信号とがそれぞれ比較され、例えば、指令値信号がキャリア信号より大きい場合にハイレベルとなり、小さい場合にローレベルとなるパルス信号がPWM信号として生成される。生成されたPWM信号は、インバータ回路2に出力される。
【0047】
次に、電力計測部71の詳細について、図2〜図5を参照して説明する。
【0048】
図2は、電力計測部71の内部構成を説明するためのブロック図である。
【0049】
同図に示すように、電力計測部71は、電圧信号三相/二相変換部711、電流信号三相/二相変換部712、正相分電圧信号抽出部713、正相分電流信号抽出部714、および電力算出部715を備えている。
【0050】
電圧信号三相/二相変換部711は、電圧センサ6より入力される3つの電圧信号Vu,Vv,Vwを、α軸電圧信号Vαおよびβ軸電圧信号Vβに変換するものである。電圧信号三相/二相変換部711は、いわゆる三相/二相変換処理(αβ変換処理)を行うものであり、電圧信号Vu,Vv,Vwを互いに直交するα軸成分とβ軸成分とにそれぞれ分解して、各軸成分をまとめることでα軸電圧信号Vαおよびβ軸電圧信号Vβを生成する。
【0051】
電圧信号三相/二相変換部711で行われる変換処理は、下記(5)式に示す行列式で表される。
【数4】

【0052】
電流信号三相/二相変換部712は、電流センサ5より入力される3つの電流信号Iu,Iv,Iwを、α軸電流信号Iαおよびβ軸電流信号Iβに変換するものである。電流信号三相/二相変換部712は、いわゆる三相/二相変換処理(αβ変換処理)を行うものであり、電流信号Iu,Iv,Iwを互いに直交するα軸成分とβ軸成分とにそれぞれ分解して、各軸成分をまとめることでα軸電流信号Iαおよびβ軸電流信号Iβを生成する。
【0053】
電流信号三相/二相変換部712で行われる変換処理は、下記(6)式に示す行列式で表される。
【数5】

【0054】
正相分電圧信号抽出部713は、電圧信号三相/二相変換部711より入力されるα軸電圧信号Vαおよびβ軸電圧信号Vβから、基本波の正相分の信号を抽出するものであり、複素係数バンドパスフィルタ(帯域通過型の複素係数フィルタ)を備えている。
【0055】
当該複素係数バンドパスフィルタは、z変換表現による伝達関数H(z)が下記(7)式で表される複素係数の1次IIRフィルタで構成されている。下記(7)式において、複素係数a1におけるfdは、通過帯域の中心周波数f0をサンプリング周波数で正規化した正規化周波数である。また、Ωdは、正規化角周波数である。例えば、サンプリング周波数をfsrとすると、正規化周波数fdはf0/fsr、正規化角周波数Ωdは2π・fd=2π・(f0/fsr)となる。なお、正規化角周波数Ωdは、−π<Ωd<πである。また、rは通過帯域の帯域幅を決めるパラメータ(0<r<1)であり、jは虚数単位、exp()は自然対数の底eの指数関数である。
【0056】
【数6】

【0057】
図3は、上記(7)式の演算処理を示すブロック図である。同図に示すように、複素係数バンドパスフィルタは、上記(7)式の分母の演算処理がフィードバック回路で構成され、そのフィードバック回路の出力に分子の係数b0を乗算する回路によって構成される。
【0058】
図3に示すブロック図において、u[k](k:離散時間を表すインデックス番号)は入力データ、x[k]は状態データ、y[k]は出力データである。入力データu[k]、状態データx[k]および出力データy[k]の間には、
x[k]=r・exp(j・Ωd)・x[k-1]+u[k] …(8)
y[k]=(1−r)・x[k] …(9)
が成立する。
【0059】
複素係数バンドパスフィルタにおいては、入力データu[k]が複素データか実データ(複素データの虚数部が「0」のデータ)かに関わらず、状態データx[k]および出力データy[k]が複素データとなる。したがって、入力データu[k]、状態データx[k]および出力データy[k]をそれぞれu[k]=ur[k]+j・uj[k]、x[k]=xr[k]+j・xj[k]、y[k]=yr[k]+j・yj[k]の複素データとし、複素係数a1をa1=r・exp(j・Ωd)=ar+j・aj=r・cos(Ωd)+j・r・sin(Ωd)として、上記(8)式および(9)式に代入して、実数部と虚数部の関係式に分けると、
r[k]=r・cos(Ωd)・xr[k-1]−r・sin(Ωd)・xj[k-1]+ur[k] ・・・ (10)
j[k]=r・cos(Ωd)・xj[k-1]+r・sin(Ωd)・xr[k-1]+uj[k] ・・・ (11)
r[k]=(1−r)・xr[k] ・・・ (12)
j[k]=(1−r)・xj[k] ・・・ (13)
となる。
【0060】
図4は、上記(10)式〜(13)式に基づき複素係数バンドパスフィルタの複素演算処理を行う回路構成を示す図である。同図において、係数arおよび係数ajは、それぞれ複素係数a1=r・exp(j・Ωd)の実数部および虚数部であり、ar=r・cos(Ωd)、aj=r・sin(Ωd)である。
【0061】
同図に示すように、複素係数バンドパスフィルタは、6個の乗算器12a〜12fと、2個の加算器12g,12hと、2個の遅延回路12i,12jで構成される。遅延回路12iは、状態データの実数部xr[k-1]を生成する回路であり、遅延回路12jは、状態データの虚数部xj[k-1]を生成する回路である。乗算器12a,12bはそれぞれ上記(10)式の第1項と第2項(負の符号を含む)を演算する演算器であり、加算器12gは上記(10)式の第1項と第2項と第3項を加算する演算器である。したがって、加算器12gから上記(10)式で示す状態データの実数部xr[k]が出力される。
【0062】
一方、乗算器12c,12dはそれぞれ上記(11)式の第1項と第2項を演算する演算器であり、加算器12hは上記(11)式の第1項と第2項と第3項を加算する演算器である。したがって、加算器12hから上記(11)式で示す状態データの虚数部xj[k]が出力される。また、乗算器12e,12fはそれぞれ上記(12)式および(13)式を演算する演算器である。
【0063】
本実施形態では、電圧信号三相/二相変換部711が、3つの電圧信号Vu,Vv,Vwを、互いに直交するα軸電圧信号Vαおよびβ軸電圧信号Vβに変換している。α軸電圧信号Vαおよびβ軸電圧信号Vβは、それぞれ複素データur+j・ujの実数部と虚数部に対応させることができるので、α軸電圧信号Vαのサンプリングデータを入力データの実数部ur[k]として加算器12gに入力し、β軸電圧信号Vβのサンプリングデータを入力データの虚数部uj[k]として加算器12hに入力している。
【0064】
α軸電圧信号Vαのサンプリングデータが入力される毎に、遅延回路12i、乗算器12a,12b,12eおよび加算器12gで上記(10)式および(12)式の演算処理が繰り返され、これにより、乗算器12eからは出力データyr[k]が出力される。出力データyr[k]は、α軸電圧信号Vαから正規化角周波数Ωdに対応する成分のみを抽出したものとなる。また、β軸電圧信号Vβのサンプリングデータが入力される毎に、遅延回路12j、乗算器12c,12d,12fおよび加算器12hで上記(11)式および(13)式の演算処理が繰り返され、これにより、乗算器12fからは出力データyj[k]が出力される。出力データyj[k]は、β軸電圧信号Vβから正規化角周波数Ωdに対応する成分のみを抽出したものとなる。
【0065】
バンドパスフィルタを実係数の2次IIRフィルタで構成した場合、その2次IIRフィルタの伝達関数H(z)(z=exp(j・ω))は、
H(z)=(1-r2+2(r-1)・r・cos(Ωd)・z-1)/(1-2r・cos(Ωd)・z-1+ r2・z-2)
で表わされる。この伝達関数H(z)の振幅特性M(ω)を求めると、
【数7】

となり、(1−2r・cos(Ωd±ω)+r2)=0を満たすωで極が表れるから、2次IIRフィルタはその極の周波数を通過させる特性を有する。r≒1とすると、cos(Ωd±ω)≒1より、2次IIRフィルタを通過させる正規化周波数fdはfd=±Ωd/2πとなるから、実係数の2次IIRフィルタでは、正相分、逆相分とも通過させることになる。
【0066】
一方、上記(7)式に示す伝達関数H(z)の振幅特性M(ω)求めると、
M(ω)=(1−r)/√{1−2r・cos(Ωd−ω)+r2
となり、(1−2r・cos(Ωd−ω)+r2)=0を満たすωだけに極が表れる。したがって、複素係数の1次IIRフィルタを通過させる正規化周波数fdはfd=Ωd/2πとなるから、複素係数の1次IIRフィルタでは、正相分または逆相分のいずれか一方のみを通過させることができる。
【0067】
正相分電圧信号抽出部713は、電圧信号三相/二相変換部711より入力されるα軸電圧信号Vαおよびβ軸電圧信号Vβから、基本波の正相分の信号を抽出するものである。抽出された正相分電圧信号V’α,V’βは、電力算出部715に出力される。正相分電圧信号抽出部713が備える複素係数バンドパスフィルタの通過帯域を決定する正規化角周波数Ωdとして、系統電圧の基本波(正相分)の角周波数ω0(例えば、ω0=120π[rad/sec](60[Hz]))を正規化したωdがあらかじめ設定されている。正相分電圧信号抽出部713は、α軸電圧信号Vαおよびβ軸電圧信号Vβを入力データur[k]およびuj[k](図4参照)として複素係数バンドパスフィルタに入力し、出力データyr[k]およびyj[k]を正相分電圧信号V’α,V’βとして出力する。
【0068】
図5は、正相分電圧信号抽出部713が備える複素係数バンドパスフィルタの周波数特性を示す図である。通過帯域の中心角周波数を系統電圧の基本波(正相分)の角周波数ω0としているので、その他の角周波数の信号(逆相分および高調波成分)を好適に除去して、正相分のみを抽出することができる。
【0069】
正相分電流信号抽出部714は、電流信号三相/二相変換部712より入力されるα軸電流信号Iαおよびβ軸電流信号Iβから、基本波の正相分の信号を抽出するものであり、正相分電圧信号抽出部713と同様の複素係数バンドパスフィルタを備えている。抽出された正相分電流信号I’α,I’βは、電力算出部715に出力される。正相分電流信号抽出部714が備える複素係数バンドパスフィルタの通過帯域を決定する正規化角周波数Ωdにも、正相分電圧信号抽出部713と同様、正規化角周波数ωdがあらかじめ設定されている。正相分電流信号抽出部714は、α軸電流信号Iαおよびβ軸電流信号Iβを入力データur[k]およびuj[k](図4参照)として複素係数バンドパスフィルタに入力し、出力データyr[k]およびyj[k]を正相分電流信号I’α,I’βとして出力する。正相分電流信号抽出部714が備える複素係数バンドパスフィルタの周波数特性も図5の特性を示すので、角周波数ω0以外の角周波数の信号(逆相分および高調波成分)を好適に除去して、正相分のみを抽出することができる。
【0070】
なお、正相分電圧信号抽出部713および正相分電流信号抽出部714が備える複素係数バンドパスフィルタは、上記(7)式に示す伝達関数H(z)のものに限定されない。例えば、複素係数の2次以上のIIRフィルタなどで構成された複素係数バンドパスフィルタであってもよい。
【0071】
電力算出部715は、有効電力Pおよび無効電力Qを算出するものである。電力算出部715は、正相分電圧信号抽出部713より入力される正相分電圧信号V’α,V’βと、正相分電流信号抽出部714より入力される正相分電流信号I’α,I’βとから、下記(14)式によって有効電力Pを算出し、下記(15)式によって無効電力Qを算出する。算出された有効電力Pおよび無効電力Qは、電力制御部72に出力される。
P=V’α・I’α+V’β・I’β ・・・ (14)
Q=−V’β・I’α+V’α・I’β ・・・ (15)
【0072】
本実施形態において、3つの電圧信号Vu,Vv,Vwが互いに直交するα軸電圧信号Vαおよびβ軸電圧信号Vβに変換され、3つの電流信号Iu,Iv,Iwが互いに直交するα軸電流信号Iαおよびβ軸電流信号Iβに変換される。複素係数バンドパスフィルタによって、α軸電圧信号Vαおよびβ軸電圧信号Vβから正相分電圧信号V’α,V’βが抽出され、α軸電流信号Iαおよびβ軸電流信号Iβから正相分電流信号I’α,I’βが抽出される。そして、抽出された正相分電圧信号V’α,V’βと正相分電流信号I’α,I’βとから、有効電力Pおよび無効電力Qが算出される。したがって、検出された電圧信号Vu,Vv,Vwおよび電流信号Iu,Iv,Iwに逆相分や高調波成分が重畳されている場合でも、基本波の正相分の信号のみを抽出して演算を行うので、基本波の正相分の有効電力および無効電力を精度よく計測することができる。
【0073】
上記第1実施形態においては、複素係数バンドパスフィルタを用いて正相分の信号を抽出する場合について説明したが、複素係数ノッチフィルタ(帯域阻止型の複素係数フィルタ)を用いて正相分の信号を抽出するようにしてもよい。以下に、複素係数ノッチフィルタを用いる場合を第2実施形態として説明する。
【0074】
第2実施形態に係る電力計測部の内部構成を説明するためのブロック図は、図2に示す第1実施形態の電力計測部71のものと共通する。第2実施形態においては、図2に示す正相分電圧信号抽出部713および正相分電流信号抽出部714は複素係数ノッチフィルタを備えている。正相分電圧信号抽出部713および正相分電流信号抽出部714は、複素係数ノッチフィルタが逆相分の通過を抑制することで正相分を抽出する。
【0075】
正相分電圧信号抽出部713および正相分電流信号抽出部714が備える複素係数ノッチフィルタは、z変換表現による伝達関数H(z)が下記(16)式で表される複素係数の1次IIRフィルタで構成されている。下記(16)式において、Ωdは阻止帯域の正規化中心角周波数(−π<Ωd<π)であり、rは阻止帯域の帯域幅を決めるパラメータ(0<r<1)であり、jは虚数単位、exp()は自然対数の底eの指数関数である。
【0076】
【数8】

【0077】
図6は、上記(16)式の演算処理を示すブロック図である。図6は、図3に示すブロック図に対して、出力データy[k]を入力データu[k]から減算した値を新しく出力データe[k]として出力する回路を追加したものである。出力データはe[k]となるので、以下では、y[k]を単にデータy[k]と記載する。図6に示すブロック図の詳細説明は省略する。
【0078】
図7は、複素係数ノッチフィルタの複素演算処理を行う回路構成を示す図である。図7は、図4に示すブロック図に対して、実数部の乗算器12eの後段に加算器12nを追加し、当該加算器12nで入力データの実数部ur[k]からデータy[k]の実数部yr[k]を減算して出力データの実数部er[k]を出力する構成としている。また、虚数部の乗算器12fの後段に加算器12oを追加し、当該加算器12oで入力データの虚数部uj[k]からデータy[k]の虚数部yj[k]を減算して出力データの虚数部ej[k]を出力する構成としている。図7に示す回路の演算処理の詳細説明は省略する。
【0079】
乗算器12eより出力されるデータyr[k]を入力データur[k]から減算した値が、出力データer[k]として出力される。出力データer[k]は、入力データur[k]から正規化角周波数Ωdに対応する成分のみを抑制したものとなる。また、乗算器12fより出力されるデータyj[k]を入力データuj[k]から減算した値が、出力データej[k]として出力される。出力データej[k]は、入力データuj[k]から正規化角周波数Ωdに対応する成分のみを抑制したものとなる。
【0080】
正相分電圧信号抽出部713が備える複素係数ノッチフィルタの阻止帯域を決定する正規化角周波数Ωdとして、系統電圧の基本波の逆相分の角周波数「−ω0」を正規化した「−ωd」があらかじめ設定されている。正相分電圧信号抽出部713は、α軸電圧信号Vαおよびβ軸電圧信号Vβを入力データur[k]およびuj[k]として複素係数ノッチフィルタに入力し、出力データer[k]およびej[k]を正相分電圧信号V’α,V’βとして出力する。
【0081】
図8は、正相分電圧信号抽出部713が備える複素係数ノッチフィルタの周波数特性を示す図である。阻止帯域の中心角周波数を系統電圧の基本波の逆相分の角周波数「−ω0」としているので、その他の角周波数の信号(正相分)を好適に通過させて、正相分のみを抽出することができる。
【0082】
正相分電流信号抽出部714が備える複素係数ノッチフィルタの阻止帯域を決定する正規化角周波数Ωdにも、正相分電圧信号抽出部713と同様、正規化角周波数「−ωd」があらかじめ設定されている。正相分電流信号抽出部714は、α軸電流信号Iαおよびβ軸電流信号Iβを入力データur[k]およびuj[k]として複素係数ノッチフィルタに入力し、出力データer[k]およびej[k]を正相分電流信号I’α,I’βとして出力する。正相分電流信号抽出部714が備える複素係数ノッチフィルタの周波数特性も図8の特性を示すので、角周波数「−ω0」以外の角周波数の信号(正相分)を好適に通過させて、正相分のみを抽出することができる。
【0083】
なお、正相分電圧信号抽出部713および正相分電流信号抽出部714が備える複素係数ノッチフィルタは、上記(16)式に示す伝達関数H(z)のものに限定されない。例えば、複素係数の2次以上のIIRフィルタなどで構成された複素係数ノッチフィルタであってもよい。
【0084】
第2実施形態においても、正相分電圧信号V’α,V’βと正相分電流信号I’α,I’βとをそれぞれ抽出することができ、これらを用いて有効電力Pおよび無効電力Qが算出される。したがって、第1実施形態と同様の効果を奏することができる。
【0085】
第2実施形態においては、正相分電圧信号抽出部713および正相分電流信号抽出部714が基本波の逆相分の通過を抑制することで正相分を抽出する。したがって、入力される信号に高調波成分が含まれていた場合、正相分電圧信号抽出部713および正相分電流信号抽出部714は、高調波成分も通過させてしまう。電力系統Bに高調波成分が含まれている場合に当該高調波成分の通過も抑制することで、基本波の正相分をより精度よく抽出する場合を、第3実施形態として、以下に説明する。
【0086】
図9は、第3実施形態に係る正相分電圧信号抽出部の内部構成を説明するためのブロック図である。
【0087】
図9に示す正相分電圧信号抽出部713’は、多段に接続された4つの複素係数ノッチフィルタ713a〜713dを備えている点で、第2実施形態に係る正相分電圧信号抽出部713(図2参照)と異なる。複素係数ノッチフィルタ713aは、第2実施形態に係る正相分電圧信号抽出部713が備える複素係数ノッチフィルタと同じものであり、基本波の逆相分を抑制するためのものである。複素係数ノッチフィルタ713aの阻止帯域を決定する正規化角周波数Ωdとして、系統電圧の基本波の逆相分の角周波数「−ω0」を正規化した「−ωd」があらかじめ設定されている。複素係数ノッチフィルタ713b〜713dは、それぞれ5次、7次、11次高調波(正相分)を抑制するためのものである。複素係数ノッチフィルタ713b〜713dの阻止帯域を決定する正規化角周波数Ωdとして、それぞれ「−5ωd」、「7ωd」、「−11ωd」があらかじめ設定されている。
【0088】
図10は、正相分電圧信号抽出部713’の周波数特性を示す図である。同図によると、基本波の逆相分(角周波数「−ω0」)、5次高調波成分(角周波数「−5ω0」)、7次高調波成分(角周波数「7ω0」)、11次高調波成分(角周波数「−11ω0」)が抑制され、その他の成分が通過される。正相分電圧信号抽出部713’では、複素係数ノッチフィルタ713a〜713dによって、基本波の逆相分だけではなく、5次、7次、11次高調波(正相分)も抑制されるので、基本波の正相分のみをより好適に通過させることができる。
【0089】
一般的に、電力系統Bに重畳されている高調波は、5次、7次、11次高調波が多いので、本実施形態においては、これらを抑制するようにしている。なお、正相分電圧信号抽出部713’は、抑制する必要がある高調波の次数に応じて設計すればよい。例えば、高調波としては5次高調波のみを抑制したい場合は、複素係数ノッチフィルタ713aおよび713bのみを備えていればよく、さらに13次高調波も抑制したい場合には、阻止帯域を決定する正規化角周波数Ωdとして「13ωd」を設定した複素係数ノッチフィルタをさらに備えるようにすればよい。
【0090】
同様に、第3実施形態に係る正相分電流信号抽出部(図示しないが、説明上、「正相分電流信号抽出部714’」とする。)は、第2実施形態に係る正相分電流信号抽出部714が備える複素係数ノッチフィルタと、それぞれ5次、7次、11次高調波(正相分)を抑制するための複素係数ノッチフィルタ(図9に示す複素係数ノッチフィルタ713b〜713d)とを備えている。すなわち、正相分電圧信号抽出部713’のものと同様である。正相分電流信号抽出部714’の周波数特性も図10の特性を示すので、基本波の逆相分、5次高調波成分、7次高調波成分、11次高調波成分が抑制され、その他の成分(基本波の正相分)が通過される。したがって、基本波の正相分のみをより好適に通過させることができる。
【0091】
第3実施形態においては、電力系統Bに高調波が重畳されている場合でも、基本波の正相分を精度よく抽出することができる。
【0092】
上記第1ないし第3実施形態においては、有効電力Pおよび無効電力Qを両方とも算出する場合について説明したが、これに限られない。いずれか一方のみを算出するようにしてもよい。例えば、インバータ制御回路7が入力直流電圧制御により出力有効電力を制御する場合であれば、有効電力制御が必要ないので、有効電力Pを算出する必要はない。この場合を第4実施形態として、以下に説明する。
【0093】
図11は、第4実施形態に係るインバータ制御回路の内部構成を説明するためのブロック図である。同図において、図1に示すインバータ制御回路7と同一または類似の要素には、同一の符号を付している。
【0094】
インバータ制御回路7’は、入力直流電圧制御によって出力有効電力を制御する点で、インバータ制御回路7と異なる。具体的には、電力計測部71’は、有効電力Pを算出せず無効電力Qのみを算出し、電力制御部72’は、電力計測部71’より入力される無効電力Qに基づいて、無効電力制御のための補償信号を生成して電流制御部73に出力する。直流電圧制御部76は、直流電圧センサ8によって検出された、直流電源1からインバータ回路2に入力される直流電圧を目標値に一致させるためのフィードバック制御(例えば、PI制御)を行って、当該制御のための補償信号を電流制御部73に出力する。直流電圧制御部76による入力直流電圧制御によって、系統連系インバータシステムAの出力有効電力は制御される。
【0095】
本実施形態において、電力計測部71’は、正相分電圧信号V’α,V’βと正相分電流信号I’α,I’βとをそれぞれ抽出し、これらを用いて無効電力Qを算出する。したがって、第4実施形態においても、第1実施形態と同様の効果を奏することができる。
【0096】
上記第1ないし第4実施形態においては、正相分電圧信号抽出部713(713’)および正相分電流信号抽出部714(714’)がどちらも複素係数バンドパスフィルタまたは複素係数ノッチフィルタを用いる場合について説明したが、これに限られない。例えば、正相分電圧信号抽出部713が複素係数バンドパスフィルタを用いて正相分の信号を通過させることで抽出し、正相分電流信号抽出部714(714’)が複素係数ノッチフィルタを用いて逆相分の信号の通過を抑制することで正相分の信号を抽出するようにしてもよい。また、正相分電圧信号抽出部713(713’)が複素係数ノッチフィルタを用いて逆相分の信号の通過を抑制することで正相分の信号を抽出し、正相分電流信号抽出部714が複素係数バンドパスフィルタを用いて正相分信号を通過させることで抽出するようにしてもよい。
【0097】
上記第1ないし第4実施形態においては、正相分電圧信号抽出部713(713’)および正相分電流信号抽出部714(714’)で用いられる正規化角周波数Ωdをあらかじめ設定しておく場合について説明したが、これに限られない。信号処理のサンプリング周期が固定サンプリング周期の場合、系統電圧の基本波の角周波数を周波数検出装置などで検出して、検出された角周波数を正規化して用いるようにしてもよい。
【0098】
上記第1ないし第4実施形態においては、基本波の有効電力または無効電力を制御する場合について説明したが、これに限られない。例えば、正相分電圧信号抽出部713および正相分電流信号抽出部714の複素係数フィルタにおいて、通過帯域または阻止帯域の正規化中心角周波数Ωdとして基本波の逆相分の角周波数を正規化した正規化角周波数を設定することで、基本波の逆相分の有効電力または無効電力を計測することができる。同様に、正規化中心角周波数Ωdとして5次高調波(正相分)の角周波数を正規化した正規化角周波数を設定することで、5次高調波の有効電力または無効電力を計測することができる。したがって、基本波以外の有効電力または無効電力を制御するようにすることもできる。
【0099】
上記第1ないし第4実施形態においては、本発明に係る電力計測装置をインバータ制御回路7に組み込んだ場合について説明したが、これに限られない。本発明に係る電力計測装置をインバータ制御回路7とは別に設けて、算出した有効電力P(無効電力Q)を系統連系インバータシステムの出力有効電力(出力無効電力)として表示装置に常時表示するようにしつつ、当該電力計測装置が算出した有効電力Pおよび無効電力Qをインバータ制御回路7に出力するようにしてもよい。
【0100】
上記第1ないし第4実施形態においては、本発明に係る電力計測装置を系統連系インバータシステムに用いた場合について説明したが、これに限られない。本発明に係る電力計測装置は、単体で、三相交流の有効電力または無効電力を計測するための計測装置として用いることもできる。
【0101】
本発明に係る電力計測装置、インバータ制御回路、系統連系インバータシステム、および、電力計測方法は、上述した実施形態に限定されるものではない。本発明に係る電力計測装置、インバータ制御回路、系統連系インバータシステム、および、電力計測方法の各部の具体的な構成は、種々に設計変更自在である。
【符号の説明】
【0102】
A 系統連系インバータシステム
1 直流電源
2 インバータ回路
3 フィルタ回路
4 変圧回路
5 電流センサ
6 電圧センサ
7,7’ インバータ制御回路
71,71’ 電力計測部
711 電圧信号三相/二相変換部(電圧信号変換手段)
712 電流信号三相/二相変換部(電流信号変換手段)
713,713' 正相分電圧信号抽出部(成分電圧信号抽出手段)
713a〜713d 複素係数ノッチフィルタ
714 正相分電流信号抽出部(成分電流信号抽出手段)
715 電力算出部
72,72’ 電力制御部
73 電流制御部
74 系統対抗分生成部
75 PWM信号生成部
76 直流電圧制御部
8 直流電圧センサ
B 電力系統

【特許請求の範囲】
【請求項1】
検出された三相交流の各相の電圧信号および各相の電流信号に基づいて、有効電力または無効電力を計測する電力計測装置であって、
前記3つの電圧信号を第1の電圧信号および第2の電圧信号に変換する電圧信号変換手段と、
前記3つの電流信号を第1の電流信号および第2の電流信号に変換する電流信号変換手段と、
前記第1の電圧信号に含まれる所定成分の信号である第1の成分電圧信号と、前記第2の電圧信号に含まれる前記所定成分の信号である第2の成分電圧信号とを、それぞれ抽出する成分電圧信号抽出手段と、
前記第1の電流信号に含まれる前記所定成分の信号である第1の成分電流信号と、前記第2の電流信号に含まれる前記所定成分の信号である第2の成分電流信号とを、それぞれ抽出する成分電流信号抽出手段と、
前記成分電圧信号抽出手段によって抽出された前記第1の成分電圧信号および前記第2の成分電圧信号と、前記成分電流信号抽出手段によって抽出された前記第1の成分電流信号および前記第2の成分電流信号とから、有効電力または無効電力を算出する電力算出手段と、
を備えており、
前記成分電圧信号抽出手段および前記成分電流信号抽出手段は、それぞれ複素係数フィルタを用いて各信号を抽出する、
ことを特徴とする電力計測装置。
【請求項2】
前記成分電圧信号抽出手段または前記成分電流信号抽出手段が用いる複素係数フィルタは、帯域通過型の複素係数フィルタである、請求項1に記載の電力計測装置。
【請求項3】
前記複素係数フィルタのz変換表現による伝達関数H(z)は、通過帯域の正規化中心角周波数をΩd(−π<Ωd<π)、通過帯域の帯域幅を決めるパラメータをr(0<r<1)、虚数単位をj、自然対数の底eの指数関数をexp()とした場合、
【数1】

である、請求項2に記載の電力計測装置。
【請求項4】
前記成分電圧信号抽出手段または前記成分電流信号抽出手段が用いる複素係数フィルタは、帯域阻止型の複素係数フィルタである、請求項1に記載の電力計測装置。
【請求項5】
前記複素係数フィルタのz変換表現による伝達関数H(z)は、阻止帯域の正規化中心角周波数をΩd(−π<Ωd<π)、阻止帯域の帯域幅を決めるパラメータをr(0<r<1)、虚数単位をj、自然対数の底eの指数関数をexp()とした場合、
【数2】

である、請求項4に記載の電力計測装置。
【請求項6】
前記成分電圧信号抽出手段または前記成分電流信号抽出手段は、複数の複素係数フィルタを多段に接続したフィルタを用いる、請求項4または5に記載の電力計測装置。
【請求項7】
前記電力算出手段は、前記第1の成分電圧信号をVα、前記第2の成分電圧信号をVβ、前記第1の成分電流信号をIα、前記第2の成分電流信号をIβとすると、有効電力Pを下記式によって算出する、
請求項1ないし6のいずれかに記載の電力計測装置。

P=Vα・Iα+Vβ・Iβ
【請求項8】
前記電力算出手段は、前記第1の成分電圧信号をVα、前記第2の成分電圧信号をVβ、前記第1の成分電流信号をIα、前記第2の成分電流信号をIβとすると、無効電力Qを下記式によって算出する、
請求項1ないし7のいずれかに記載の電力計測装置。

Q=−Vβ・Iα+Vα・Iβ
【請求項9】
前記所定成分は、前記三相交流の基本波の成分である、請求項1ないし8のいずれかに記載の電力計測装置。
【請求項10】
請求項1ないし9に記載の電力計測装置によって計測された有効電力または無効電力を用いて出力電力制御を行うことを特徴とするインバータ制御回路。
【請求項11】
請求項10に記載のインバータ制御回路と、前記インバータ制御回路によって制御されるインバータ回路とを備えていることを特徴とする系統連系インバータシステム。
【請求項12】
検出された三相交流の各相の電圧信号および各相の電流信号に基づいて、有効電力または無効電力を計測する電力計測方法であって、
前記3つの電圧信号を第1の電圧信号および第2の電圧信号に変換する第1の工程と、
前記3つの電流信号を第1の電流信号および第2の電流信号に変換する第2の工程と、
前記第1の電圧信号に含まれる所定成分の信号である第1の成分電圧信号と、前記第2の電圧信号に含まれる前記所定成分の信号である第2の成分電圧信号とを、それぞれ抽出する第3の工程と、
前記第1の電流信号に含まれる前記所定成分の信号である第1の成分電流信号と、前記第2の電流信号に含まれる前記所定成分の信号である第2の成分電流信号とを、それぞれ抽出する第4の工程と、
前記第3の工程によって抽出された前記第1の成分電圧信号および前記第2の成分電圧信号と、前記第4の工程によって抽出された前記第1の成分電流信号および前記第2の成分電流信号とから、有効電力または無効電力を算出する第5の工程と、
を備えており、
前記第3の工程および前記第4の工程は、それぞれ複素係数フィルタを用いて各信号を抽出する、
ことを特徴とする電力計測方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2013−83586(P2013−83586A)
【公開日】平成25年5月9日(2013.5.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−224503(P2011−224503)
【出願日】平成23年10月12日(2011.10.12)
【出願人】(000000262)株式会社ダイヘン (990)
【Fターム(参考)】