説明

電子ビーム多段照射による排ガス処理法及び装置

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、排ガスの処理法に係り、特に排ガス中の硫黄酸化物及び/又は窒素酸化物を除去するための電子ビーム多段照射排ガス処理法及び装置に関する。
【0002】
【従来の技術】従来、硫黄酸化物及び/又は窒素酸化物を含む排ガスを電子ビーム照射室に導いて電子ビームを照射し、電子ビーム照射前及び/又は照射後に、アンモニアを添加し、生成する副生物を集塵機により集塵した後、排ガスを大気中に放出する排ガス処理法は開発されており、さらにその改善が研究されている。また複数の電子ビーム照射装置を使用した排ガス処理法についても、「電子ビーム多段照射排ガス脱硫脱硝法および装置」(特公昭59−40052号公報)に、複数の照射ユニットを使用した方法が提案されている。この方法の記述では、多段照射により、なぜ脱硫脱硝率が向上するかについての理論的裏付けがない。すなわち、実装置として、各電子ビーム発生装置間を、どの程度離せば良いのかの設計条件が不明である。同様に、「廃ガスに電子線を放射することにより廃ガスから有害物質を選択または同時分離する方法」(特公昭63−501142号公報)でも、非照射領域の効果については何もふれていない。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】上記したように、排ガス処理法において電子ビームを多段で設置して処理する方法は、従来公知であったが、電子ビームを設置するための条件、例えば非照射領域での滞留時間は後記の如く数秒ないし数10秒が必要であろうと考へられていた。従って、反応器自体並びに加速器を含めたこれらを遮蔽するコンクリートの建て屋も、極めて膨大なものとなることが想定されていた。
【0004】そこで、本発明は電子ビームを多段で設置する場合の条件を設定し、電子ビーム照射効率が良く、また、排ガスの処理が経済的に行える電子ビーム多段照射排ガス処理法及び装置の提供を目的とする。
【0005】
【課題を解決するための手段】上記目的を達成するために、本発明では、電子ビーム発生装置を多段に設置した電子ビーム照射室からなる排ガス処理電子ビーム多段照射装置において、電子ビームの加速電圧が、300〜3,000kV、排ガスの流速が30m/s以下、処理対象排ガス温度が露点以上、100℃以下で、各電子ビーム発生装置中心間の距離を、下記数式で計算されるXの距離以上設けることを特徴とする排ガス処理用電子ビーム多段装置としたものである。
【0006】式、X=2α+tVにおいて、tは0.01〜0.5であって、実質的に電子ビームによる反応が停止する諸(非照射領域)での滞留時間(秒)を示す。この数値は、実施例に示す二段照射試験結果に基づくものである。
【0007】また、もう一つの目的を達成するために、本発明では、硫黄酸化物及び/又は窒素酸化物を含む排ガスを電子ビームを照射し、電子ビーム照射前及び/又は照射後に、アンモニアを添加し、生成する副生物を集塵機により集塵した後、排ガスを大気中に放出する排ガス処理法であって、隣合せの電子ビーム照射間の非照射領域での排ガスの滞留時間が0.01〜0.5秒間の間隔で排ガスを各照射領域に順次通過することを特徴とする、電子ビーム照射排ガス処理法としたものである。前記数式において、電子ビーム発生装置の加速電圧、排ガス温度、および排ガス組成により、吸収線量の広がる距離(α)が変化する。表1に、電圧とα、およびXの目安になる数値を示す。なお表1の数値は、排ガス温度80℃、排ガス流速(V)10m/sの場合である。
【0008】
【表1】


【0009】
【作用】本発明者らは、非照射領域を電子ビーム照射容器に設ける方法により窒素酸化物の除去効率が向上することを確認した。電子ビーム照射領域での脱硝反応は、下記化学式1で電子ビーム照射により生成したOH,O,HOラジカルによって化学式2から化学式8のように進行すると考えられている。
【0010】O,HO→OH″,O″,HO″ 式1注)OH″,O″,HO″はそれぞれのラジカルを示す。
NO+OH″→HNO 式2HNO+1/20+NH→NHNO 式3NO+O″→NO 式4NO+1/2HO+1/40+NH→NHNO 式5NO+HO″→HNO 式6NO+OH″→HNO 式7HNO+NH→NHNO 式8その中でも、Oラジカルの反応について注目すると、電子ビーム照射領域では化学式1によりOラジカルが生成し、化学式9によりオゾン生成反応も起きる。ここで生成したオゾンにより、化学式10によりNOがNOに酸化され、化学式5により硝酸アンモニウムとして固定される。
【0011】O+O″→O 式9NO+O→NO+O 式10NO+1/2HO+1/40+NH→NHNO 式5
【0012】しかしながら、これらの反応と同時に、化学式11又は化学式12に示すようなOラジカルを消費する反応も起きている。ここで示した化学式11又は化学式12は本来の目的とする反応ではなく、Oラジカルを無駄使いする反応であるため好ましくないものである。
【0013】NOO″→NO+O 式11O+O″→20 式12
【0014】上記のように、脱硝反応はラジカルに基づく。大別すると、ラジカルによりNOは酸化されNHNOとなる反応(式6,式7→式8)及びラジカルにより生成したNOが酸化されてNHNOとなる反応(式4→式5)がある。また、NOが生成する反応(式9→式10あもあることがわかった。
【0015】しかし、これらの反応と同時に、式4及び式10で生成したNOは、式11で示すようにOラジカルと反応してNOに戻ること、及び式12で示すオゾン及びOHラジカルの消滅反応もあることがわかった。これら式11及び式12のため、照射し続けても、除去されるNO濃度は向上しないこと、及び照射エネルギーが無駄に消費されることが明らかとなった。式5及び式11は競争反応であるが、式11で示したラジカル主体の反応の方が非常に早く、照射しつづける限り、すなわちラジカルが新たに供給され続ける限り、式5にほとんど進行しない。
【0016】式11及び式12を進行させるかわりに、式5を進行させることができれば、最小の電子ビーム照射エネルギーで最大の効果が得られる。そのための手段は、ラジカル発生の中止、すなわち照射中止である。照射を中止することにより、式11及び式12が無くなり、かわりに式5により脱硝が進行する。式5及び式10により、実質的にNO及びOがガス中に存在しなくなってから(未反応のNOはまだ存在する)再び照射すれば式1から式8を主体とする反応により効率的に脱硝される。
【0017】さて、ここでのポイントは、式5により実質的にNOがガス中より消えるまでの時間である。通常、式5で示すガス−ガスのサーマル反応は遅く、数秒から数10秒必要と考えられるが、本発明者らは、このプロセスにおいては、予想に反して、驚くべき事実を見いだした。すなわち、電子ビーム照射で生成した硝安、硫安、硫硝安が共存すると、式5はこれらの生成物の存在において、信じられないほど速く進行することがわかった。種々のテストの結果、少なくとも0.01秒電子ビームの照射を中止することにより、式5は、生成物の存在を利用して進行し、実質的にNOがガス中より無くなることがわかった。以上のように、従来技術では予測できなかった電子ビーム多段照射装置にかかわる基本的設計条件がわかった。また、それは予測に反して、非照射領域での排ガスの滞留時間が0.01〜0.5秒と非常に短い場合でも良く、経済的であることがわかった。
【0018】以下に25万kW石炭火力発電所の排ガス(90万Nm/h)を処理する場合を例に、実用機として望ましい非照射時間を限定する。非照射時間の下限は、実施例1より0.01秒となる。さて、図6に、加速電圧が800kV、ガス流速10m/s、ガス温度80℃の場合の非照射時間と加速器間距離(X)の関係図を示す。非照射時間が増加すると、加速器間距離(X)は長くなり、非照射時間が0.01秒の時は2.1mであるが、0.5秒では7m、0.6秒では8mと長くなる。SO濃度1,500ppm、NO濃度250ppmを含有する90万Nm/hの排ガスを本電子ビーム照射法により脱硫率96%、脱硝率80%の性能で処理する場合、800kV×500mAの加速器(40kW)が8台必要となる。この8台の加速器を配置するのに、非照射時間を0.01秒とした場合、反応器の長さは約20m(2.1m×7間隔+5.3m)となる。5.3mは反応器の排ガス入口部および出口部で必要な長さである。非照射時間が0.5秒の場合の反応器の長さは54.3m(7m×7間隔+5.3m)、0.6秒の場合は61.3m(8m×7間隔+5.3m)と非常に長いものとなる(図6参照)。
【0019】さて、承知のように電子ビームを照射すると、電子ビームのエネルギーのわずかではあるが、透過能力の高いX線が発生する。このX線を遮蔽するため、加速器及び反応器をコンクリート建て屋内に配置する必要がある。この場合の必要なコンクリートの厚みは約1mである。従って、反応器が長くなると、反応器のコスト自体も高くなるが、その反応器を遮蔽するコンクリート建て屋も膨大となる。反応器およびコンクリート遮蔽建て屋の概略建設費を図7に示す。0.01秒の時は約2億円であるが、非照射時間が長くなると、その建設費は増大し、0.5秒の時には0.01秒の2倍のコスト約4億円に、0.6秒の時は約4.4億円となる。建設費が0.01秒の時の2倍以内であなる0.5秒が実用機としての上限とした。
【0020】
【実施例】以下、本発明を実施例により説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。図1および図2は、電子ビーム多段照射装置の概略構成図であり、図1は片面照射、図2は両面照射を示す。図1および図2において、1は電子ビーム発生装置、2は電子ビーム照射室、3は照射領域を示し、また、4は非照射領域を示す。両図において、電子ビーム発生装置中心の距離は前記数式で与えられるX(m)以上とし、それによって非照射領域での排ガスの滞留時間は0.01〜0.5秒保持できる。
【0021】
【実施例1】ガス流量が15N1/min、NOの初期濃度が400ppm、SOの初期濃度が1,720ppmの排ガスに、アンモニアガスを、その濃度が3,460ppmとなるように添加後、二段照射容器を使用して電子ビーム照射試験を実施した。一段目の照射容器と二段目の照射容器の間の非照射領域における滞留時間が0秒(一段照射試験)、0.005秒、0.01秒、0.05秒、0.1秒、0.4秒の6条件となるように試験条件を設定した。非照射領域における滞留時間の設定は、一段目と二段目の照射容器間の配管の内径、または長さを変化させることにより行った。
【0022】これらの結果を一覧表にして、表2に示す。ここで、滞留時間とは、非照射領域での滞留時間であり、デルタNO(ΔNO)は除去されたNO濃度を示す。また、非照射領域での排ガスの滞留時間を横軸にとり、除去されたNO濃度(デルタNO)を縦軸にしたグラフとして図3に示す。この結果では、滞留時間が0秒(一段照射試験結果)に比較して、二段照射試験結果は全ての滞留時間において、除去されたNO濃度が多くなり、また、二段照射では0.005秒の場合を除いて、非照射領域での滞留時間の違いによる除去されたNO濃度の差は見られなかった。なお、この際の反応温度は約80℃であった。
【0023】排ガスによって吸収された線量と除去されたNOの濃度との関係を図4のグラフに示す。このグラフから、300ppmのNO(脱硝率75%)を除くためには、一段照射では2.1Mradが必要であるが、二段照射では1.3Mradでよいことがわかる。したがって、二段照射することにより0.8Mrad(38%)低下している。脱硫結果について図5のグラフに示す。このグラフによれば、一段照射及び二段照射のいずれも適用できることがわかる。
【0024】
【表2】


【0025】
【実施例2】ガス流量が1,200Nm/h、NOの諸機能度が約350ppm、SOの初期濃度が1,600ppmの排ガスに、アンモニアガスを、その濃度が3,200ppmとなるように添加後、一段照射容器及び二段照射容器を使用して、約70℃の温度で電子ビーム照射試験を実施した。排ガスの非照射領域における滞留時間は0.5秒であった。試験結果によれば、80%(ΔNO、280ppm)の脱硝率を得るためには、二段照射では照射線量1.5Mrad、一段照射では前者よりも33%高い2.0Mradが必要であった。一段照射及び二段照射による脱硫は同様で約94%の脱硫率であった。以上の試験結果を表3にまとめて示した。
【0026】
【表3】




【0027】
【発明の効果】本発明によれば、前記のような構成としたことにより、照射エネルギーの効率的な利用ができ、最小の照射で最大の効果が得らるため、排ガスの処理を迅速に、かつ経済的に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の電子ビーム多段照射装置(片面照射)の概略構成図である。
【図2】本発明の電子ビーム多段照射装置(両面照射)の概略構成図である。
【図3】排ガスに対する非照射領域での滞留時間と除去されたNO濃度(ΔNO)との関係を示すグラフである。
【図4】排ガス中での吸収線量(Mrad)と除去されたNO濃度(ΔNO)との関係を示すグラフである。
【図5】吸収線量(Mrad)と脱硫率との関係を示すグラフである。
【図6】非照射時間と加速器間距離(X)との関係、及び非照射時間と必要な反応器の長さとの関係を示すグラフである。
【図7】非照射時間と反応器、遮蔽設備の建設費との関係を示すグラフである。
【符号の説明】1 電子ビーム発生装置
2 電子ビーム照射室
3 照射領域
4 非照射領域

【特許請求の範囲】
【請求項1】電子ビーム多段照射による排ガス処理法において、硫黄酸化物及び/又は窒素酸化物を含む排ガスを、流速が30m/s以下、温度が露点以上100℃以下で電子ビーム照射室に導き、電子ビームの加速電圧が300〜3,000kVで照射し、電子ビーム照射前及び/又は照射後にアンモニアを添加し、隣合せの電子ビーム照射間の非照射領域での排ガスの滞留時間が0.01〜0.5秒の間隔で排ガスを各照射領域に順次通過させ、生成する副生物を集塵機により集塵した後に処理済排ガスを大気中に放出する排ガスの処理法。
【請求項2】電子ビーム発生装置を多段に設置した電子ビーム照射室からなる排ガス処理用電子ビーム多段装置において、電子ビームの加速電圧が300〜3,000kV、排ガスの流速が30m/s以下、処理対象排ガス温度が露点以上、100℃以下で、各電子ビーム発生装置中心間の距離を、下記数式X=2α+tVただしX=電子ビーム発生装置中心間の距離(m),2α=排ガス中での吸収線量の広がる距離(m)(排ガスの流れ方向及び流れと逆の方向に対する距離であって、実質的に電子ビームによる反応が停止するまでの距離を指す。この距離は、電子ビーム発生装置の加速電圧、排ガス温度、及び排ガス組成により変化する。),V=排ガス流速(m/s),t=非照射領域での排ガスの滞留時間(秒)(0.01ないし0.5秒である),で計算されるXの距離以上設けることを特徴とする非ガス処理用電子ビーム多段装置。

【公告番号】特公平7−12413
【公告日】平成7年(1995)2月15日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平2−406009
【出願日】平成2年(1990)12月25日
【公開番号】特開平3−293016
【公開日】平成3年(1991)12月24日
【出願人】(000004097)日本原子力研究所 (55)
【出願人】(000000239)株式会社荏原製作所 (1,477)
【参考文献】
【文献】特開昭63−302924(JP,A)
【文献】特開昭53−50054(JP,A)