説明

電子聴診器

【課題】狭い部位の聴診音を明瞭に聴取し、かつ従来聴診することができなかった高周波音を明瞭に聴取できる電子聴診器を提供する。
【解決手段】電子聴診器1を、棒状の筐体の端部にチェストピース2を備えた構成とする。チェストピースは、音を採取する時の密閉空間の体積に対する、体表との接触面積の値を0.1/mmより大きくする。チェストピースの内部に、MEMS素子で構成されたマイクロフォンを設ける。
【効果】チェストピースを、音を採取する時の密閉空間の体積に対する、体表との接触面積の値を0.1/mmより大きくすることにより、密閉空間の体積に対する、体表との接触面積の値を適切に設定でき、狭い部位の聴診音を明瞭に聴取し、かつ従来聴診することができなかった高周波音を明瞭に聴取できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は電子聴診器に関し、特に小型で収納し易く、狭い領域の聴診が可能な小型電子聴診器に関する。
【背景技術】
【0002】
生体内で生じる音を取得し診断する装置として聴診器が広く一般に使われている。一般的に聴診器は身体表面から発せられる聴診音(すなわち、体内音)を受信するチェストピースと、これに接続され聴診音を音波として伝達する中空のチューブと、両耳用に2つに分岐した中空のチューブの先端に取り付けられたイヤーチップとから構成されている(例えば、非特許文献1参照)。
最近では、聴診音を一旦、電気信号に変換し電気回路により信号処理を施し、再度、音波に変換された聴診音を耳で聴取できる電子聴診器がある(例えば、非特許文献2参照)。さらに、聴診音を耳で聴取するだけでなく、信号処理装置により聴診音のデータ解析できるものもある。
【0003】
従来の一般的な聴診器はチェストピースからイヤーチップまで空洞を伝播する音波を耳で聴取するため、その音の大きさや周波数特性はチェストピースの形状や空洞の体積に依存する。特に、チェストピースは皮膚表面に接触させるため、聴取される音の大きさはチェストピースの大きさに依存する。新生児や乳幼児を聴診する時は聴診部位が小さいため、よりサイズの小さいチェストピースを使用するのが望ましい。しかしながら、サイズの小さいチェストピースを使用する場合、聴取する音も小さくなり聞こえ難くなる。
【0004】
ところで、電子聴診器は電気信号により信号処理を施すことができるため、信号を増幅して聴診することは可能である。電子聴診器の多くは、形状や大きさが昔ながらのアコースティック聴診器に類似しており、狭い部位の聴診には適さない。アコースティック聴診器に類似したチェストピースに一般的なマイクロフォンを装着した電子聴診器も知られている(例えば、特許文献1参照)。しかしながら、その電子聴診器は、チェストピースの空洞の構造は一般的な聴診器と同じで、マイクロフォン装着部には大きい空洞がある。
【0005】
ここで、アコースティック聴診器には、低周波音を聞き易くしたべルモードとこれより高周波音を聞き易くしたダイアフラムモードがあり、チェストピースの構造でこれら二つの周波数特性を調整している。電子聴診器においては電子回路によるハイパスフィルタおよびローパスフィルタにより、アコースティック聴診器に近い周波数特性に調整している。
【0006】
一般的に、聴診器は生体内で生じた音を、チェストピースを生体表面に接触させて聴取する。この時の周波数特性は弾性体である生体とチェストピースの構成により決まる。チェストピースの質量と生体等の弾性定数により共振周波数が存在し、この共振周波数以上では聴取される音は周波数が高くなるほど減衰する。生体内で生じる音は言い換えれば、生体内で生じる振動である。例えば、その振動が周波数に対して一定の大きさ(加速度)であったとしても、聴診器で聴取される音の大きさは、共振周波数以下であれば、質量に依存し、共振周波数以上では質量に依存せず、振動の振幅に依存する。振動の振幅は周波数の2乗に反比例するため、生体内で生じる振動が周波数に対して一定の大きさをもっていたとしても、共振周波数以上で周波数の2乗に反比例して減衰する。さらに、アコースティック聴診器では、チェストピースとイヤーチップとの間にチューブが存在するため、さらに周波数の高い音は減衰する。一般的な聴診器の生体を聴診する系での共振周波数は数100Hzであり、これ以上の周波数では感度が急激に減衰する。
【0007】
したがって、心音のような、主に300Hz以下の帯域にあるような音については、聴診器を重くすることで、共振周波数以下の感度が増え、聴診しやすくなる。また、呼吸音等は実際には高い周波数の振動を含んでおり、共振周波数以上では感度が急激に滅衰するため、耳で聴診する場合、高周波音は低周波音にマスキングされ、聞き取ることができない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特表平8−506495号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】3M Littmann CLASSIC II S.E. STETHOSCOPE 、[online]、スリーエムヘルスケア株式会社、[平成21年2月24日検索]、インターネット<URL:http://www.mmm.co.jp/hc/littmann/classic2se.html>
【非特許文献2】3M Littmann ELECTRONICS TETHOSCOPE MODEL4100、[online]、スリーエムヘルスケア株式会社、[平成21年2月24日検索]、インターネット<URL:http://www.mmm.co.jp/hc/littmann/es-4000.html>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述の電子聴診器で従来のアコースティック聴診器と同様の聴診をすることは可能である。しかし、音を聴取するチェストピースの大きさは同じであり、狭い部位の聴診は難しい。このため、チェストピースの小型化・コンパクト化が求められていた。
ここで、特許文献1の電子聴診器のチェストピースについて、その構成のままサイズを小さくすると、感度が低下し明瞭な聴診ができない。特に部位との接触面積あたりの質量が小さくなるため、低音域の聴診がし難くなる。
また、数100Hz以上の音は高い周波数になるほど感度が減衰するため、耳で聴診する場合、高周波音は低周波音にマスキングされ聴取するのが困難である。
本発明は、上述した従来技術の問題を解決するためになされたものであり、その目的は狭い部位の聴診音を明瞭に聴取し、かつ従来聴診することができなかった高周波音を明瞭に聴取できる電子聴診器を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するため、本発明による電子聴診器は、体表に接触させて音を採取するためのチェストピースを備えた電子聴診器であって、前記チェストピースは、音を採取する時の密閉空間の体積に対する、体表との接触面積の値が0.1/mmより大きいことを特徴とする。この構成によれば、密閉空間の体積に対する、体表との接触面積の値を適切に設定でき、生体音を良好に取得することができる。
また、上記電子聴診器において、前記チェストピースは、その内部に、マイクロフォンを有してもよい。マイクロフォンを採用することにより、密閉空間の体積に対する、体表との接触面積の値を適切に設定でき、生体音を良好に取得することができる。
【0012】
さらに、上記電子聴診器において、前記チェストピースは、接触する体表と共に密閉空間を形成するための開口部を有していてもよい。この構成によれば、チェストピースを生体表面に接触させることによって、生体音を良好に取得することができる。
また、上記電子聴診器において、前記チェストピースは、体表に接触する振動板を有し、前記振動板と共に密閉空間を形成してもよい。この構成によれば、チェストピースを生体表面に接触させることによって、生体音を良好に取得することができる。
【0013】
上記電子聴診器において、前記チェストピースのうち、体表と接触する部分の少なくとも一部が弾性材料で形成されていることが望ましい。チェストピースに弾性材料を採用することにより、体表との密着性を高めることができ、生体音を良好に取得することができる。
さらに、上記電子聴診器において、前記密閉空間内の前記開口部に設けられ前記チェストピースが前記体表に接触している時に前記密閉空間の体積の変化を抑えるための凸部を有してもよい。この構成によれば、チェストピースを生体表面に接触させたとき、体表あるいは振動板が撓むことによる密閉空間の体積の変化を抑え、密閉空間の体積に対する、体表との接触面積の値を適切に設定でき、生体音を良好に取得することができる。
【0014】
ところで、上記電子聴診器において、棒状の筐体を有し、チェストピースは、前記棒状の筐体の端部に設けられていることが望ましい。この構成によれば、棒状筐体の先端部を生体表面に接触させることによって、生体音を良好に取得することができ、しかも聴診する医師の手や腕の姿勢が自然になり、手や腕の疲れが少なくなる。
なお、上記電子聴診器において、前記マイクロフォンはMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)素子で構成されていることが望ましい。この構成によれば、チェストピースの音を採取する時の密閉空間の体積に対する、体表との接触面積の値を適切に設定することができ、生体音を良好に取得することができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、チェストピースを備えた電子聴診器において、チェストピースを、音を採取する時の密閉空間の体積に対する、体表との接触面積の値が0.1/mmより大きくすることにより、密閉空間の体積に対する、体表との接触面積の値を適切に設定でき、狭い部位の聴診音を明瞭に聴取し、かつ従来聴診することができなかった高周波音を明瞭に聴取できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の実施形態による電子聴診器1の外観を示す斜視図である。
【図2】本発明の電子聴診器のチェストピースの構成例を示す図である。同図(a)は断面図、同図(b)は外側から見た図である。
【図3】本発明の電子聴診器のチェストピースの構成例を示す図である。同図(a)は断面図、同図(b)は外側から見た図である。
【図4】本発明の電子聴診器のチェストピースの構成例を示す図である。同図(a)は断面図、同図(b)は外側から見た図である。
【図5】電子聴診器の一例を示す機能ブロック図である。
【図6】電子聴診器の他の例を示す機能ブロック図である。
【図7】ある所望の生体音を聴診する場合の単位開口面積当たりの高さに対する音圧の関係を示す図である。
【図8】チェストピース内の音圧と密閉空間体積に対する開口部面積の値との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態を、図面を参照して説明する。なお、以下の説明において参照する各図では、他の図と同等部分は同一符号によって示されている。本実施形態においては人体の任意の皮膚表面に接触させて聴診に使用する電子聴診器について説明する。
(概要)
発明者は、チェストピース内の体積Vと接触面積Sとの関係S/Vが電子聴診器の音圧に依存(影響)している点と、音圧のノイズレベルを考慮したS/Vの最低基準を見出し、所定のS/Vより大きいチェストピースの設計で小型化を可能とした。
従来の電子聴診器は、コンデンサーマイクロフォンが使用されていたが、本発明ではチェストピースの小型化のため、MEMS素子、すなわちシリコンマイクロフォンを使用している。
チェストピース内の密閉空間を所定の高さとすることで、皮膚表面からの生体音の振幅を可聴域で、十分な音圧とすることができる。
【0018】
(装置本体の構成)
図1は、本発明の実施形態による電子聴診器1の外観を示す斜視図である。同図において、電子聴診器1は、円柱ないし円筒形の筐体を有しており、その一端には生体の皮膚表面(図示せず)に接触させて音を採取するためのチェストピース2が設けられている。
また、電子聴診器1の筐体側面には、表示・操作部3が設けられている。電子聴診器1の電源の入り切り、音量の調整、モードの切替および表示が、この表示・操作部3によって行われる。
【0019】
さらに、電子聴診器1の筐体の他端には、生体音信号をヘッドホン、イヤフォン等の生体音再生装置へ伝達するための配線4が接続されている。なお、図示されていないが、電子聴診器1の筐体内部には、聴診音信号について処理を行うための信号処理回路や、信号処理回路へ電力を供給するバッテリーなどが設けられている。
電子聴診器1によって皮膚表面から取得される生体音の周波数特性は、チェストピース2の皮膚との接触面積と電子聴診器1の質量とに依存する。そして、接触面積に対する質量の値を大きくするほど共振周波数は低くなり、共振周波数以下の低音の感度が増加する。
【0020】
(チェストピースの第1の構成例)
図2は、図1の電子聴診器1に設けられているチェストピース2の第1の構成例を示す図である。同図(a)はチェストピースの断面図、同図(b)はチェストピースを同図(a)の矢印Yの方向から見た外観構成を示す図である。
図2を参照すると、プリント基板23にマイクロフォンパッケージ21が実装されている。マイクロフォンパッケージ21の中にはMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)素子であるマイクロフォンチップ22が内蔵されている。マイクロフォンパッケージ21の下側には音孔210が設けられており、さらにプリント基板23の同じ位置にも音孔230が設けられている。プリント基板23はチェストピースの外側筐体24の内側に設けられている。
【0021】
外側筐体24には、開口部25が設けられている。音孔230および210の位置が開口部25の範囲に含まれるように、プリント基板23が外側筐体24の内側に設けられている。外側筐体24の開口部25の部分を、人体の任意の皮膚表面に接触させることにより、音孔230および210を介して、マイクロフォンチップ22によって生体音が取得される。
【0022】
ここで、同図(b)を参照すると、生体音聴診時に、チェストピースは皮膚表面に接し、マイクロフォンパッケージ21、プリント基板23、筐体24と皮膚とで密閉空間26が形成される。密閉空間26内の音圧は、密閉空間の体積と開口部25の皮膚表面の振幅との比によって決定される。皮膚表面での生体音の振幅は、可聴域では呼吸時で0.3μm程度である。この場合、開口部25の単位面積当たりの密閉空間の高さを3mmとすると、生体音による音圧は10Paとなる。一般的なマイクロフォンの最大入力音圧は10〜20Pa程度であり、密閉空間の体積を制限することにより、生体音を歪ませること無く高感度に取得することができる。
【0023】
MEMS素子によるマイクロフォンは、マイクロフォンパッケージ21の体積が小さい。例えば、Knowles社製、SP0208LE5では外形体積が28.9mm3である。このため、MEMS素子によるマイクロフォンを利用することにより、チェストピースの開口部の直径が3mm程度でも密閉空間26の音圧を十分確保できる。このため、チェストピースの外径を、従来にない大きさに小型化しても良好に聴診できる。
なお、筐体24の材質は特に限定されるものではなく、硬質の樹脂でも良い。もっとも皮膚との密着性を高めるには、シリコンゴムのような弾性材料が望ましい。
【0024】
(チェストピースの第2の構成例)
図3は、図1の電子聴診器1に設けられているチェストピースの第2の構成例を示す図である。同図(a)はチェストピースの断面図、同図(b)はチェストピースを同図(a)の矢印Yの方向から見た外観構成を示す図である。
図3に示されているチェストピースの基本構成は、図2の場合と同じである。ただし、図3に示されているチェストピース2においては、振動板(ダイヤフラム)37が設けられている点が図2の場合と異なる。チェストピース2の外側筐体34に、凹部が設けられている。そして、外側筐体34の開口部35を塞ぐように、この凹部に振動板37が嵌合されている。振動板37は、電子聴診器の使用時に、体表に接触し、生体音をチェストピース2の内部に伝達する。
【0025】
振動板37が設けられていることにより、密閉空間36が構成される。この振動板37を設けることにより、振動板37が設けられていない場合よりも、密閉空間36の体積を制限することができる。このような構成により、生体音を歪ませること無く高感度に取得することができる。
振動板37の材質は特に限定されるものではない。ただし、ガラスエポキシ板のような硬質板を振動板37として用いる場合、チェストピース2において振動板37の周辺部340はシリコンゴムのような弾性材料で形成する必要がある。望ましくは、外側筐体34、振動板37は一体のシリコンゴムとし、電子聴診器の筐体から脱着可能なものとする。
【0026】
(チェストピースの第3の構成例)
図4は、図1の電子聴診器1に設けられているチェストピースの第3の構成例を示す図である。同図(a)はチェストピースの断面図、同図(b)はチェストピースを同図(a)の矢印Yの方向から見た外観構成を示す図である。
図4に示されているチェストピースの基本構成は、図3の場合と同じである。ただし、図4に示されているチェストピース2においては、密閉空間36内の開口部35に凸部38が設けられている。本例では、一端がプリント基板23に接触し、かつ、他端が振動板37に接触する位置に、凸部38が設けられている。そして、本例では、音孔230の位置を囲むように、円柱形の凸部38が4個設けられている。
【0027】
凸部38が設けられることによりチェストピース2を体表に強く押し付けたとき、振動板37が撓んで音孔230を塞ぎ、感度が低下するのを防ぐことができる。
なお、凸部38は振動板37と一体で形成しても良いし、プリント基板23と一体で形成しても良い。また、凸部38は、本例の場合に限定されるものではなく、体表あるいは振動板が撓むことによる密閉空間の体積の変化を抑えることができるように、その位置や個数を適宜調整すればよい。
【0028】
(機能構成例1)
図5は、電子聴診器の一例を示す機能ブロック図である。同図において、電子聴診器1は、マイクロフォンパッケージ21と、マイクロフォンパッケージ21の出力信号の低周波成分をカットするハイパスフィルタ11と、このハイパスフィルタ11によってカットされた後の信号を増幅するパワーアンプ12とを備えている。パワーアンプ12にはイヤフォン13が接続されている。
ハイパスフィルタ11は、遮断周波数調整部14によって、その遮断周波数が調整可能になっている。パワーアンプ12は、音量調整部15によって、そのゲインを調整することにより、出力する音量を調整できるようになっている。
このような構成において、マイクロフォンパッケージ21の出力信号の低周波成分がハイパスフィルタ11でカットされた後、パワーアンプ12によって増幅される。パワーアンプ12によって増幅された信号は、イヤフォン13に入力され、音として出力される。したがって、医師などが、このイヤフォン13を耳に装着しておけば、聴診音を聞くことができる。
【0029】
(機能構成例2)
図6は、電子聴診器の他の例を示す機能ブロック図である。同図の構成では、図5の構成において、ハイパスフィルタの代わりに、バンドパスフィルタ16を用いている。バンドパスフィルタ16は、遮断周波数調整部14によって、その遮断周波数が調整可能になっている。
このような構成において、バンドパスフィルタ16により、マイクロフォンパッケージ21の出力信号について、所定周波数範囲がパワーアンプ12に入力されて増幅される。パワーアンプ12によって増幅された信号は、イヤフォン13に入力され、音として出力される。したがって、医師などが、このイヤフォン13を耳に装着しておけば、聴診音を聞くことができる。
【0030】
(チェストピース内の音圧と単位開口面積当たりの高さとの関係)
図7は、ある所望の生体音を聴診する場合の単位開口面積当たりの高さに対する音圧の関係を示す図である。同図において、横軸は単位開口面積当たりの高さ、縦軸は音圧である。生体音の皮膚表面での振幅が一定で、密閉空間での空気のダンピング効果は振動の振幅が小さいため無視して考えると、同図に示されているように、音圧は単位開口面積当たりの高さに反比例する。
ここで、聴診器として使用する上で、単位開口面積当たりの高さの上限は、聴診しようとする生体音によるチェストピース内での音圧がバックグランドノイズレベルBGNを下回る高さである。この高さの上限は、実用上3mmである。
【0031】
同じく単位開口面積当たりの高さの下限HDは、以下のようになる。まず、密閉空間の体積は、マイクロフォンパッケージの体積とこれに接続されるチェストピースの体積との合計である。チェストピース内の空洞(すなわち、図2(a)の密閉空間26)の高さを低くするほど音圧は高くなる。しかしながら、その高さを低くしすぎると、生体表面に聴診器を当てた時、チェストピースの空洞内において、皮膚が空洞の内壁(上側、すなわち皮膚と遠い側の内壁)に接触し、聴診できなくなる。これが高さの下限HDとなる。この高さの下限HDを数値で特定するのは困難である。また、使用するマイクロフォンパッケージの最大入力音圧によっても高さが制限される。
【0032】
チェストピース内の密閉空間の体積をV、チェストピースの開口部分の面積または振動板の面積をS、皮膚表面または振動板が均一に振動していると仮定して、その振幅をd、とする。すると、振動による体積変化は、S×dである。
密閉空間内の体積変化率は、(S×d)/Vであり、定常状態での空間内での圧力をPとすると、圧力変化は、P×(S×d)/Vとなり、これが音圧に相当する。音圧を保持したままチェストピースのサイズ、すなわち皮膚との接触面積Sを小さくするためには、密閉空間の体積も同時に縮小する必要がある。
【0033】
アコースティック聴診器では、チェストピース内の体積に、チューブの体積が加えられるため、密閉空間の体積を縮小するのは困難である。また、電子聴診器において、チェストピースにマイクロフォンを装着する場合、マイクロフォン自体の体積もこの密閉空間に含まれるため、従来のマイクロフォンを用いると密閉空間の体積を縮小するのは困難である。MEMS素子によるマイクロフォンパッケージを聴診器に適用することにより、マイクロフォン自体の占有体積を縮小できるので、小型化が可能となる。
【0034】
(チェストピース内の音圧と密閉空間体積に対する開口部面積の値との関係)
図8はチェストピース内の音圧と密閉空間体積に対する開口部面積の値との関係を示す図である。同図において、横軸は密閉空間体積に対する開口部面積の値(/mm)、縦軸は音圧(dB)である。
同図を参照すると、密閉空間体積に対する開口部面積の値が0.1に満たない場合、音圧が60dB未満になる。この音圧の60dBは、バックグランドノイズレベルである。したがって、密閉空間体積に対する開口部面積の値が0.1に満たない場合には、聴診音を聞き取ることは困難である。つまり、聴診音を聞き取ることができるようにチェストピースを設計するには、密閉空間体積に対する開口部面積の値を0.1より大きくする必要がある。
【実施例】
【0035】
発明者は、開口部の面積、密閉空間の高さを変化させて音圧レベルを測定した。ここで、密閉空間の体積をVc、開口部の面積をSoとすると、開口部単位面積当たりの密閉空間の高さHs=Vc/Soとなる。
(実施例1)
図2の構成において、開口部の面積So=3mm2、高さHs=3mmとした電子聴診器により、胸郭での呼吸音を聴診したところ、呼吸音を聞き取ることができた。このときの最大音圧レベルは約70dBであった。
【0036】
(実施例2)
図2の構成において、開口部の面積So=7mm2、高さHs=1.6mmとした電子聴診器により、胸郭での呼吸音を聴診したところ、呼吸音を明瞭に聞き取ることができた。このときの最大音圧レベルは約76dBであった。
(実施例3)
図2の構成において、開口部の面積So=19mm2、高さHs=0.94mmとした電子聴診器により、胸郭での呼吸音を聴診したところ、呼吸音をさらに明瞭に聞き取ることができた。このときの最大音圧レベルは約80dBであった。
【0037】
(比較例)
図2の構成において、開口部の面積So=0.8mm2、高さHs=10mmとした電子聴診器により、胸郭での呼吸音を聴診したところ、呼吸音を聞き取ることができなかった。実施例1と実施例2の呼吸音の音圧レベルから推測される呼吸音の音圧レベルは約60dBであり、呼吸音がノイズに埋もれて聴診することができなかった。
【0038】
(変形例)
上述した電子聴診器の筐体は、円柱ないし円筒形であるが、これに限らず楕円柱、角柱など、各種棒状の筐体を採用すればよい。
上述した電子聴診器においては、生体音信号をヘッドホン、イヤフォン等の生体音再生装置へ伝達するための配線4が接続されているが、配線4を着脱可能にしてもよい。例えば、電子聴診器1の筐体にジャック、配線4の端部にプラグ、をそれぞれ設けておけば、配線4を着脱することもできる。
【符号の説明】
【0039】
1 電子聴診器
2 チェストピース
3 表示・操作部
4 配線
11 ハイパスフィルタ
12 パワーアンプ
13 イヤフォン
14 遮断周波数調整部
15 音量調整部
16 バンドパスフィルタ
21 マイクロフォンパッケージ
22 マイクロフォンチップ
23 プリント基板
24、34 筐体
25、35 開口部
26、36 密閉空間
37 振動板
38 凸部
210、230 音孔
340 周辺部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
体表に接触させて音を採取するためのチェストピースを備えた電子聴診器であって、前記チェストピースは、音を採取する時の密閉空間の体積に対する、体表との接触面積の値が0.1/mmより大きいことを特徴とする電子聴診器。
【請求項2】
請求項1に記載の電子聴診器において、前記チェストピースは、その内部に、マイクロフォンを有することを特徴とする電子聴診器。
【請求項3】
請求項1または2に記載の電子聴診器において、前記チェストピースは、接触する体表と共に密閉空間を形成するための開口部を有することを特徴とする電子聴診器。
【請求項4】
請求項1または2に記載の電子聴診器において、前記チェストピースは、体表に接触する振動板を有し、前記振動板と共に密閉空間を形成することを特徴とする電子聴診器。
【請求項5】
請求項1から4までのいずれか1項に記載の電子聴診器において、前記チェストピースのうち、体表と接触する部分の少なくとも一部が弾性材料で形成されていることを特徴とする電子聴診器。
【請求項6】
請求項1から5までのいずれか1項に記載の電子聴診器において、前記密閉空間内の前記開口部に設けられ前記チェストピースが前記体表に接触している時に前記密閉空間の体積の変化を抑えるための凸部を有することを特徴とする電子聴診器。
【請求項7】
請求項1から6までのいずれか1項に記載の電子聴診器において、棒状の筐体を有し、前記チェストピースは、前記棒状の筐体の端部に設けられていることを特徴とする電子聴診器。
【請求項8】
請求項1から請求項7までのいずれか1項に記載の電子聴診器において、前記マイクロフォンがMEMS素子で構成されていることを特徴とする電子聴診器。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate


【公開番号】特開2011−19799(P2011−19799A)
【公開日】平成23年2月3日(2011.2.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−168707(P2009−168707)
【出願日】平成21年7月17日(2009.7.17)
【出願人】(000000033)旭化成株式会社 (901)