説明

電磁波伝送媒体

【課題】量産性に優れ、伝送モードにも影響を与えない電磁波伝送媒体を提供する。
【解決手段】管軸と直交する方向の断面形状が管軸方向で同一となるように成型された可撓性の筒状管1を主要素として含む。筒状管1は、その内壁が表皮深さ以上の厚みを有する導電層で形成されており、断面形状が、筒軸を指向するリッジ部1bを有し且つ当該リッジ部1bが中心から対称をなす円形リッジ導波管形状であり、リッジ部1bに給電される構造を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マイクロ波帯以上の周波数の電磁波を伝送させるための新規な構造の電磁波伝送媒体に関する。
【背景技術】
【0002】
その相対位置を正確に定めることができなかったり、一方又は双方の位置が変化したりする高周波機器同士を接続するための電磁波伝送媒体として、同軸線路や可撓性導波管がある。同軸線路は、可撓性に優れ、しかも比較的安価なために多用されているが、周波数が高くなるにつれて細径化が必要となり、伝送損失の増大、伝送特性維持のための機械加工精度の上昇、耐久性の低下等の問題が生じる。例えば、テフロンを絶縁体に使用し、同軸線路で遮断周波数fcを100[GHz]に選ぶと、その内径は、約1[mm]となる。このように細い同軸線路では、損失が増加するばかりでなく、わずかな機械的誤差が伝送特性に大きな影響を及ぼす。
【0003】
伝送損失防止の観点からは可撓性導波管が優れているが、可撓性導波管は、管壁部分が特殊形状(例えばベローズ状)に成形する必要があるため(特許文献1、2参照)、生産効率が著しく悪い。加えて、可撓性導波管では、例えば30[GHz]を超えてミリ波帯まで使用できるような構造を実現するためには複雑かつ高度な加工技術が必要となる。また、そのような細い可撓性導波管では、耐久性に欠ける。
【0004】
ベローズ状の金属製導波管ではなく、誘電体棒の表面に薄い導体をすき間無く張り付けた、断面楕円状の導波管も存在する(特許文献3)。このような導波管は、誘電体棒を作成した後にその表面に金属テープを巻いたり、あるいは、導電メッキを施したりするだけで導波管が得られるので、低コストで製造できる利点がある。しかしこのような導波管では、伝送損失が大きく、また、柔軟性が十分でない。さらに、断面が楕円状であるために曲げに対して伝送モードが不安定になり、特性が変化するという課題が残る。
【0005】
【特許文献1】実公昭41−018451号公報
【特許文献2】実公昭45−018273号公報
【特許文献3】特開平8−195605号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、使用する電磁波の周波数帯が高くても製造コストを上昇させることなく、しかも曲げが生じても伝送モードに悪影響を与えない、新規な構造の電磁波伝送媒体を提供することを、その目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明が提供する電磁波伝送媒体は、管軸と直交する方向の断面形状が管軸方向で同一となるように成型された可撓性の筒状管を有する。前記筒状管は、その内壁が表皮深さ以上の厚みを有する導電層で形成されており、前記断面形状が、前記筒軸を指向するリッジ部を有し且つ前記当該リッジ部が中心から対称をなす円形リッジ導波管形状であり、前記リッジ部に給電される構造を有することを特徴とする。
「表皮深さ」は、表皮効果により高周波電流が表面の37%になる表面からの距離をいう。この距離で電流が表面の値の1/e になる。eは自然対数の底(約2.72)であり、1/eが約0.37となる。導体層で生ずる損失は、表面から表皮深さの点まで一様に広がって流れていると仮定したときのオーム損失で近似的に与えられる。
【0008】
導体層は、表皮深さ以上であれば良いので、例えば、樹脂で作成された管型の表面に前記導電層を形成することにより筒状管を製造しても良い。
【0009】
ある実施の態様では、前記断面形状が、第1の円の円弧と、この第1の円の内部で当該第1の円の対称軸からそれぞれ等間隔に180度以下の円弧角を呈する第2の円の円弧とを接続した閉曲面形状であり、前記第2の円の円弧が前記リッジ部をなす。この場合、前記断面形状のサイズは、電磁波の自由空間速度がC、前記第1の円の内径がD、前記第2の円の内径がd、前記筒状管の内部空間を伝搬する電磁波の遮断波長がλcであるときに、前記内部空間に導入する電磁波を、遮断周波数fc(=1.84C/(π√ε(D+d)))で遮断するサイズとすることが好ましい。
前記内部空間は自由空間であっても良く、前記内部空間に誘電体が充填されていても良い。付加価値を高める観点からは、前記第2の円の円弧で囲まれた領域に他の伝送媒体を配設する。これにより、1本で2つの伝送路を形成することができる。
【発明の効果】
【0010】
本発明の電磁波伝送媒体は、筒状管が、管軸と直交する方向の断面形状が管軸方向で同一となるように成型され、且つ、リッジ部によってマッチングするインピーダンス範囲を広くすることができるので、周波数が高くなっても(例えばミリ波帯でも)加工が容易であり、量産性に優れる効果がある。断面形状が表面が円形なので全方向の曲げに対して強く、特に、リッジ部は曲げが生じたときの補強材として作用するとともに、伝送モードを安定にすることができるので、特性の劣化を抑制することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の電磁波伝送媒体は、新規構造の伝送媒体であるが、ここでは、円形リッジ型導波管に類似した構造を有するものの例を示す。
[構造]
この実施形態で説明する電磁波伝送媒体は、可撓性の筒状管を主たる要素として含む。図1は、この筒状管において、管軸と直交する方向の断面形状を示した図である。図1を参照すると、筒状管1は、その断面形状が、第1の円1aの円弧と、この第1の円1aの内部で第1の円の対称軸(中心を通る直径)からそれぞれ等間隔の円弧角を呈する第2の円1bの円弧とを、第2の円1bの1対の胸部1cで接続した閉曲面形状をなす。この閉曲面のうち、電磁波を伝搬させるための伝送空間30と接する部分は、導電層が形成されている。導電層の厚みは、少なくとも表皮深さ以上である。導電層は、表皮深さ以上の厚みとする。上述したように、表皮深さは、表皮効果により高周波電流が表面の37%になる表面からの距離である。ミリ波帯では、数ミクロン程度あるいはそれ以下となる。
この断面形状は、円形リッジ導波管形状に相当し、第2の円1bの円弧の部分が、断面中心に対して対称をなすリッジ部に相当する。
【0012】
第2の円1bの円弧で囲まれた内部空間を本明細書では陥没空間40と呼ぶ。第2の円の円1bの円弧角は、使用する周波数に応じて、対象軸から左右方向にそれぞれ90度(全体では180度)〜180度(全体では360度)の範囲の値を採用し得る。180度(全体では360度)の場合、陥没空間40は、第1の円1aの内壁に第2の円1bが内接した形となる。
図1の断面形状は、筒状管1の管軸方向で同一となるように成型される。
【0013】
[製法]
筒状管1は、以下のようにして製造することができる。
まず、上記の閉曲面内の伝送空間30を残すような抜き型を作成し、この抜き型を用いて、樹脂基体を引き抜き成型する。これにより、外被シース20と円形のリッジ部とが形成され、全体的に円形断面とする。引き抜き成型は、樹脂基体を鋼製のダイから引き抜くことで断面が閉曲面状の筒を得る成型法である。筒状管の管軸と垂直な方向の断面に対して、ほぼ鉛直な方向に必要なだけ延出することができるので、同一の断面形状を維持したまま、一方向に強度を大きくした成型品(筒状管)を量産することができる。
【0014】
外被シース20は、曲げに対する座屈強度を向上するためのガラス繊維やその他の補強部材を含む。曲げをより容易にするために、適度なエラストマー性を有していてもよい。
抜き型で引き抜き成型した後、伝送空間30に剥離強度を増すための下地鍍金、表皮抵抗を低減するための表層鍍金を施す。下地鍍金と表層鍍金の間には、必要に応じて拡散防止層を挟んでもよい。表層鍍金は導電層を形成する。導電層は、好適には導電率の商い銀、銅、金のいずれかから選ばれる。
【0015】
伝送空間30は自由空間なので、伝送損失の向上に資することができるが、この伝送空間30に誘電体を充填してもよい。この場合は、自由空間のときより損失は増加するものの、伝送路の曲げに対する座屈強度の向上と伝送路径の電気的短縮が実現できる。
【0016】
このようにして製造される電磁波伝送媒体において、伝送空間30に導入される電磁波の伝送モードは、断面内に一対の電界の極を有する点で、H10モードの矩形導波管、H11モードの円形導波管とほぼ同じとなる。すなわち、この電磁波伝送媒体は、図2の電界分布図に示されるように、円形導波管、矩形導波管の応用であるリッジ導波管の電界分布特性をほぼ受け継いでいる。
特に、本実施形態の例では、第2の円の円弧をリッジ部として作用させることにより、インピーダンスが整合する範囲が拡大するばかりでなく、また、電界極の位置を固定することができるので、曲げが生じた場合であっても、伝送空間30における伝送モードを安定にすることができる。この点が、曲げによって電界分布が変化する円形導波管や同軸線路と大きく異なる。
【0017】
なお、以上は、閉曲面内の伝送空間30を残すような金属製の抜き型を作成し、この抜き型を用いて、樹脂基体を引き抜き成型した後に導電層を形成する場合の例であるが、伝送空間30の断面形状を有する基体を制作し、その表面に導電層を形成するようにしてもよい。また、導電層を形成した後、必要に応じて樹基体を除去して自由空間を形成するようにしてもよい。この場合、基体は樹脂以外の材料であってよい。
【0018】
[入出力結合]
本実施形態の電磁波伝送媒体は、コネクタを介して高周波電子機器と接続することができる。図3(a)は筒状管1の端部部分の構造を示す側面断面部である。筒状管1のうち、第1の円1aの端部付近に、導体から成る他の伝送線路2aを取付可能にするための接続孔2が設けられている。その電界は対称軸上で最大となるので、伝送線路2aは、対象軸上の接続孔2を介して第2の円筒1b、すなわちリッジ部に接触される。図3(b)は筒状管1の端部にコネクタ3を設けたものである。このコネクタ3の中心部分は導体から成る伝送線路3aである。この伝送線路3aもまた、対象軸上に位置決めされる。接続時は、この伝送線路3aが第2の円1b、すなわちリッジ部に接触される。
【0019】
[特性]
次に、本実施形態の電磁波伝送媒体の特性について説明する。
第1の円1aの内径をD、第2の円1bの外径をd、遮断周波数をfc、遮断波長をλcとすると、遮断周波数fcは、近似的に以下の式で求めることができる。Cは電磁波の自由空間速度である。
fc=C/λc
=1.84C/(π√ε(D+d))
【0020】
遮断周波数fcは、同軸線路と逆に、使用周波数よりも低い周波数でなければならないから、同軸線路で太さ制約が課されるのに対し、本実施形態の電磁波伝送媒体では、細さ制約が課せられる。このため、ごく高い周波数においては加工上格段に有利となる。
伝送特性インピーダンスは、d/Dで定まる。電磁波導波管では0.5〜0.75の程度に選択することができる。この比は、外形サイズ、遮断周波数、損失、可撓性の関係から総合的に決定する。
【0021】
ミリ波帯の伝送線路、例えばおよそ66[GHz]で使用する場合、外被シース20の外径は4〜4.5[mm]、第1の円の内径は2〜2.5[mm]、第2の円の外径は1〜1.8[mm]程度である。同様の通過帯域を持つ同転線路の内径が1[mm]であり、その2倍あることから、電流密度による導体損失は大幅に低減され、通過損失を半分以下とすることが可能となる。また、導電層の厚さは、表皮抵抗を低減するために、表皮深さの3倍の約1ミクロンである。さらに、外被シース20の材質・外径を適切に選ぶことにより、曲げに伴う伝送空間30の座屈変形を回避できる。第2の円1bの円弧角は、中心軸からそれぞれ左右方向に約160度(全体で約320度)に選ばれる。
【0022】
60〜80GHzでの使用を前提とし、第1の円1aの内径を2.5[mm]、第2の円1bの外径を1.8[mm]とした場合の管軸方向の線路長10[mm]あたりの通過損失を図4及び図5の特性図に示す。図5は周波数毎の通過電力(dB)を示しており、図4とはY軸のスケールのみが異なる。また、反射特性を図6及び図7に示す。図6は周波数毎のVSWRを示しており、図7は周波数毎の反射電力(dBm)を示している。
これらの図において、通過損失は、100[mm]に換算すると0.6[dB]程度となる(10[mm]当たり0.06[dB]。通常の同軸線路の通過損失は、100[mm]あたり約1[dB]なので、損失効率が大幅に改善されることがわかる。
なお、d/Dは、約0.7に設定され、伝送特性インピーダンスを50[Ω]としている。
【0023】
[変形例]
本実施形態の電磁波伝送媒体は、これまでに説明した構造以外にすることもできる。図8(a)〜(e)は、その変形例を示した断面図であり、便宜上、外被シース20は省略してある。
図8(a)は、伝送空間30に誘電体を装着し、陥没区間40を自由空間とした構造、同(b)は第2の円1bの円弧角を対象軸からそれぞれ左右に90度(全体で180度)とした構造、同(c)は伝送空間30を自由空間とし、第2の円により形成されるリッジ部を中空とするとともに、第2の円1bの円弧角を全体で360度した構造、同(d)は(c)の構造において陥没空間40に誘電体を装着した構造、同(e)は(c)の構造においてリッジ部40に絶縁体で被覆された導体線5を配設した構造を示している。図8(e)の構造では、別途配線を用いることなく、伝送空間30での高周波信号の伝送と、導体線5による直流信号や制御信号の伝送が実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の一実施形態となる電磁波伝送媒体の断面構造例を示す斜視図。
【図2】本実施形態の電磁波伝送媒体の電界分布と他の断面構造の伝送線路の電界分布との関係を示した説明図。
【図3】入出力結合の状態を示した図であり、(a)は端部上面、(b)は端面からリッジ部に接続する場合の例を示す。
【図4】本実施形態による線路長10[mm]当たりの通過特性図。
【図5】本実施形態による線路長10[mm]当たりの通過特性図(詳細)。
【図6】周波数毎のVSWRの変化を示した図。
【図7】周波数毎の反射電力の変化を示した図。
【図8】(a)〜(e)は変形例を示した図。
【符号の説明】
【0025】
1 筒状管
1a 外部導体となる第1の円
1b 内部導体となる第2の円
1c 第2の円の胸部
2 接続孔
3 コネクタ
2a,3a 中央導体
5 導体線
20 外被シース
30 伝送空間
40 陥没空間

【特許請求の範囲】
【請求項1】
管軸と直交する方向の断面形状が管軸方向で同一となるように成型された可撓性の筒状管を有し、
前記筒状管は、その内壁が表皮深さ以上の厚みを有する導電層で形成されており、
前記断面形状が、前記筒軸を指向するリッジ部を有し且つ前記当該リッジ部が中心から対称をなす円形リッジ導波管形状であり、
前記リッジ部に給電される構造を有する、
電磁波伝送媒体。
【請求項2】
前記筒状管は、樹脂で作成された管型の表面に前記導電層を形成して成る、
請求項1記載の電磁波伝送媒体。
【請求項3】
前記断面形状が、第1の円の円弧と、この第1の円の内部で当該第1の円の対称軸からそれぞれ等間隔に180度以下の円弧角を呈する第2の円の円弧とを接続した閉曲面形状であり、前記第2の円の円弧が前記リッジ部をなす、
請求項1記載の電磁波伝送媒体。
【請求項4】
前記断面形状のサイズは、電磁波の自由空間速度がC、前記第1の円の内径がD、前記第2の円の内径がdであるときに、前記内部空間に導入する電磁波を、遮断周波数fc(=1.84C/(π√ε(D+d)))で遮断するサイズである、
請求項3記載の電磁波伝送媒体。
【請求項5】
前記内部空間が自由空間である、
請求項4記載の電磁波伝送媒体。
【請求項6】
前記内部空間に誘電体が充填されている、
請求項4記載の電磁波伝送媒体。
【請求項7】
前記第2の円の円弧で囲まれた領域に他の伝送媒体を配設して成る、
請求項3乃至6のいずれかの項記載の電磁波伝送媒体。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−16714(P2010−16714A)
【公開日】平成22年1月21日(2010.1.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−176173(P2008−176173)
【出願日】平成20年7月4日(2008.7.4)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
【出願人】(000006758)株式会社ヨコオ (158)
【Fターム(参考)】