説明

非線形多変量解析を用いた嚥下障害の検知方法

【課題】この発明は、人の高齢化にともなう障害のひとつである咽頭貯留に起因する嚥下障害を容易に、かつ客観的に評価できるシステムの提供を目的とする。
【解決手段】表示装置5に患者の咽頭貯留に起因する嚥下障害の客観的な評価が表示されるシステムであって、患者が嚥下物を嚥下するときに生じる音をセンサー1で電気信号に変換し、制御装置4で客観的な評価を行うものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は食物の飲み込みが難しい、嚥下障害の検知方法に関する。
【0002】
人は高齢になるにつれて体の機能が衰え始める。日本は高齢化社会を迎えているために、医療機関では容易に体の障害を検知し得る評価方法を求めている。
【0003】
高齢化や疾病に伴う障害のひとつに嚥下障害があるが、その障害を放置しておくと、誤嚥により炎症や肺炎を患うこともありうる。
【0004】
嚥下障害の有無を判断する一つの方法として、患者が食塊を飲み込む際に咽頭部で生じる嚥下音ならびに嚥下前後の呼吸音を頚部から聴診し、評価者の聴覚を用いて主観的に嚥下障害の有無を判断する、頚部聴診法がある。従来のレントゲンによる評価のように、患者がX線に晒されることによる体への影響等は無く、評価者が高額な装置を導入する必要もない。しかし、頚部聴診法は、評価者の経験や聴覚機能の差が評価結果に影響を及ぼすことから、客観的に評価できる方法が必要とされている。
【0005】
従来からの技術である嚥下音解析システム(特許文献1)では、嚥下音および咽頭蓋の開閉音が発生する時間の時間差の比率を利用しているが、咽頭期の嚥下状態を幅広く対象としているため、嚥下障害を適切に評価するというよりは、誤嚥の前段階のスクリーニングに利用されるものである。
【0006】
嚥下障害の一つである咽頭貯留とは、嚥下後に嚥下物が咽頭に残留することである。
【0007】
咽頭貯留は誤嚥と結びつくことも多いため、患者が咽頭貯留を起こしていることに気づかない場合は問題がある。
【特許文献1】特開2006−263299号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は容易で的確に、かつ客観的に咽頭貯留を起因とする嚥下障害を検知する方法を提供すること。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、被験者の頚部表面上にセンサーを設置し、嚥下前後の呼吸時に発生する音響データを採取し、評価することからなる咽頭貯留を起因とする嚥下障害を検出する方法である。
【0010】
嚥下前後に発生する音を的確に採取できる部位にセンサーを配置し、咽頭部で生じる嚥下直後の吸気音、呼気音を採取することが好ましい。
【0011】
採取した音の一定の単位時間ごとの数値変換データを一変数として抽出し、連続する複数単位時間ごとの該データを説明変数として、非線形多変量解析を行うことが好ましい。
【0012】
本発明の評価方法によれば、機械を用いての評価なので、検査する人の主観、経験が影響することなく、咽頭貯留に起因する嚥下障害を的確にすばやく客観的に評価することができる。
【0013】
本発明の検知方法は、医療、福祉施設および住宅における嚥下障害患者の発見と予防、治療に役立つと期待される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】咽頭貯留に起因する嚥下障害を評価する評価システムのシステム構成図。
【図2】咽頭貯留に起因する嚥下障害を評価する評価システムの評価フローチャート。
【図3】嚥下後に発生する音の強度の時間変化を示すグラフ。
【図4】嚥下後に発生する呼気音の強度の時間変化を示すグラフ。
【図5】嚥下後に発生する呼気音をパワー包絡により検出することを示すグラフ。
【図6】実施例の評価結果を示した図。
【符号の説明】
1 センサー
2 増幅器
3 録音装置
4 制御装置
5 表示装置
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明における嚥下とは、口腔内の飲食物、薬物、分泌物、などの液体または固形物を食道を通じて胃に送り込む行為である。
【0016】
本発明における嚥下物とは、前記嚥下において食道を通じて胃に送り込まれる飲食物、薬物、分泌物などであり、液体または固体、あるいはゲル状でもよい。
【0017】
本発明における嚥下障害とは、嚥下の過程の嚥下物の飲み込み時に、中咽頭での嚥下物の振り分けがうまくいかず、嚥下物の一部もしくは全部が食道ではなく気道に流入する障害である。この障害を起こすと、気管支や肺に嚥下物が入り、炎症を起こすことが多い。
【0018】
本発明では、患者に嚥下物を嚥下させ、その前後に咽頭部で発生する音と嚥下直後の吸気音、呼気音をセンサーにより収集する。
【0019】
本発明は、患者の呼吸音の採取可能な頚部皮膚表面に装着または接触または貼り付けさせ、嚥下物の嚥下時に生じる音を集音して電気信号に変えるセンサー1と前記電気信号を増幅する増幅器2と、前記増幅された電気信号を記録する録音装置3と、前記増幅された電気信号をデータとして記憶する記憶手段6と、前記記憶されたデータを解析する解析手段7と、前記解析されたデータを表示装置5に出力する出力手段8と、からなる。
【0020】
本発明で用いることのできるセンサーは、音を含む振動をとらえることができるセンサーであり、例えばシリコン・マイクロフォンのように小型で、かつ頚部の配置すべき場所に簡易に装着または接触または貼り付けできるようになっていることが好ましい。このようなセンサーは市販されている。
【0021】
前記センサーはたとえば輪状軟骨直下気管外側面左右の表皮上に配置するのが好ましい。
【0022】
本発明で用いることのできる増幅器は入力された電気信号を増幅して出力するものであり、前記センサーからの入力を増幅する。このような増幅器は市販されている。
【0023】
本発明で用いることのできる録音装置は、デジタル録音装置でもアナログ録音装置でもよい。このような録音装置は市販されている。
【0024】
本発明で用いることのできる制御装置は、記憶手段、解析手段、出力手段を備えたコンピュータもしくはCPUとRAMとROMから構成される装置であり、キーボード、マウス等の入力装置からなる操作手段や、DVDやCD−R等の外部記憶装置を含む。
【0025】
前記制御装置は市販のパーソナルコンピューターでもよい。
【0026】
本発明で用いることのできる表示装置はCRTや液晶画面等で構成する表示装置である。
【0027】
制御装置4はプログラムを実行し、録音装置3から入力した音のデータを音の強度に変換する。
【0028】
解析手段7は非線形多変量解析を行うプログラムであり、例えばニューラルネットワーク、サポートベクトルマシーン、ベイズ判別、回帰木解析、自己組織化マッピングなどである。このようなプログラムは市販されている。
【0029】
あらかじめ採取した、各年代別、性別ごとに健常者、嚥下障害者の嚥下時の音のデータを非線形多変量解析を行い、データを蓄積することにより、判別精度を高められる。
【0030】
嚥下障害の有無を判断するために、嚥下前後に咽頭部から得られる音のデータの解析結果から、嚥下運動が正常であるか判定をこない、嚥下障害を起こした際にリアルタイムで計測者に知らせることのできるシステムが好ましい。
【実施例】
【0031】
本発明を以下に実施例によって説明するが、これら実施例は例示のみを意図しており、本発明の範囲を限定しない。本発明の範囲内のほかの局面、利点、および改変は、本発明に関係する分野の当業者には明らかである。
【0032】
嚥下障害を有する10名と健常者10名に30w/v%硫酸バリウム水溶液と増粘剤を混ぜたゾル溶液3mlを飲ませ、嚥下直後の呼気音を採取した。システム図を図1に示す。音響データを図3に示す。嚥下障害の有無は、同時に採取したVF動画から、咽頭貯留の有無より判断した。同期させた嚥下時の音響データをキャプチャーBOXを介してパーソナルコンピューターに入力した。さらに音響解析ソフトを用いてパワー包絡より吸気終了を確認後から10分の1秒ごとの音の強度データを説明変数として多層パーセプトロンニューラルネットワーク(multi−layer perceptron;MLP)解析に供した。結果を図6に示す。図6から明らかなように嚥下障害で見られる症状である咽頭貯留の有無が、音響解析により判断できることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明の検知方法は、嚥下障害の客観的評価を高い精度で行える点で優れている。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
患者の咽頭貯留に起因する嚥下障害を評価する評価システムであって、
患者の呼吸音の採取可能な頚部皮膚表面に装着または接触させ、嚥下物の嚥下時に生じる音を集音して電気信号に変えるセンサーと、
前記電気信号を増幅する増幅器と、
前記増幅された電気信号を記録する録音装置と、
前記増幅された電気信号をデータとして記憶する記憶手段と、
前記記憶されたデータを解析する解析手段と、
前記解析されたデータを表示装置に出力する出力手段と、
を備え、前記データの解析において、所定の音を切り出して咽頭貯留に起因する嚥下障害を評価することを特徴とするシステム。
【請求項2】
前記嚥下障害の評価を嚥下物の嚥下時に生じる音の強度の時間変化を評価することで行う請求項1記載のシステム。
【請求項3】
前記音の強度の時間変化の評価を嚥下物の嚥下時に生じる吸気音の終了時から所定の時間の間に生じる音の強度の時間変化を評価することで行う請求項2記載のシステム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−161189(P2011−161189A)
【公開日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−45857(P2010−45857)
【出願日】平成22年2月10日(2010.2.10)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 
【出願人】(000106106)サラヤ株式会社 (44)
【出願人】(510058070)