説明

鞭毛藻類の異常増殖抑制方法及び装置

【課題】 従来対策の難しかった鞭毛藻類の増殖を効率よく抑制できる鞭毛藻類の異常増殖抑制方法及び装置を提供すること。
【解決手段】 取水した湖水に物理的な大きなせん断力を与え、あるいは加圧条件下で強い乱流を与えることにより、鞭毛藻類の遊泳能力を失わせ、この遊泳能力が失われた鞭毛藻類を日光が達せず鞭毛藻類が増殖しない水深部に向けて放出する。または、揚水発電施設内の水圧管路を通過する水流に物理的な大きなせん断力を与え、あるいは加圧条件下で強い乱流を与えることにより、鞭毛藻類を枯死あるいは遊泳能力を失わせ、この枯死あるいは遊泳能力が失われた鞭毛藻類を日光が達せず鞭毛藻類が増殖しない水深部に向けて放出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、貯水池等における鞭毛藻類による淡水赤潮の発生抑制対策として効果的な鞭毛藻類の異常増殖抑制方法及び装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
例えば、貯水池の水質対策技術には様々な方法が存在する。植物プランクトンの異常増殖抑制対策として有効なものは曝気循環方法による藍藻類によるアオコの抑制であるが、鞭毛藻類の走光性が藍藻類より勝るため、曝気循環では淡水赤潮発生の抑制が難しい。また、淡水赤潮を形成する鞭毛藻類は、光源に向かって泳ぐ走光性によって水面に集積するために、貯水池の水深部に鞭毛藻類を押しやれば、貯水池の表層に戻ることはできずに鞭毛藻類は減少する。しかしながら、例えば、近年用いられることの多い流動制御フェンスによって鞭毛藻類を貯水池の水深部へ押し込んでも、淡水赤潮が発生しやすい貯水池の流入(上流)端は水深が浅いために、淡水赤潮の発生抑制は難しい。
【0003】
すなわち、この既存の技術の問題点としては具体的には以下の通りである。
(1)走光性を制御不可能にすることの対策上の問題
(a) 曝気循環方法による淡水赤潮発生抑制対策上の問題
貯水池の水質保全対策には様々な方法があり、アオコを形成するミクロキスティス等の藍藻類の異常増殖抑制に有効なものとしては、曝気循環方法がある。しかしながら、淡水赤潮を形成する鞭毛藻類は藍藻類よりも優れた遊泳能力を持っており、光源に向かって泳ぐ走光性によって水面に再集結する性質がある。したがって、鞭毛藻類に対する増殖抑制効果は曝気循環装置の近傍にしか期待できない。
(b) 貯水池の流入端における対策の問題
近年用いられることの多い、流動制御フェンスやポンプによる水の移動は鞭毛藻類を貯水池の水深部に押し込むことができる。しかしながら、淡水赤潮が発生しやすい貯水池の流入端は、水深が浅く光が十分に届き、鞭毛藻類にとって走行可能であるために、淡水赤潮の発生抑制は難しい。
(2)赤潮対策における効率の問題
赤潮対策については、過酸化水素水や珪素剤等の薬剤等を散布する方策、物理的な処理方法(電極対や攪拌・キャビテーション等)の処理装置を搭載した作業船による方策等の特許例が存在する(例えば、特許文献1,2参照。)。しかしながら、いずれも効果や大規模水域における処理量の面から課題がある。すなわち、貯水容量が数百万m3、数千万m3の貯水池では、費用対効果の面で、貯水池赤潮対策としては難点がある。つまり、安価なコストでの大量水の取水や処理が不可能である。ダム貯水池では鞭毛藻類による淡水赤潮や藍藻類によるアオコが発生することが多く、ダム管理上解決すべき問題となっている。以上のように従来技術では効率的な対策の実施においては難点がある。
【0004】
【特許文献1】特開2005−15357号公報
【特許文献2】特開2000−229285号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこでこの発明は、前記従来のものの問題点を解決し、従来対策の難しかった鞭毛藻類の増殖を効率よく抑制できる鞭毛藻類の異常増殖抑制方法及び装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記目的を達成するために、請求項1に記載の異常増殖抑制方法の発明は、取水した湖水に物理的な大きなせん断力を与え、あるいは加圧条件下で強い乱流を与えることにより、鞭毛藻類の遊泳能力を失わせ、この遊泳能力が失われた鞭毛藻類を日光が達せず鞭毛藻類が増殖しない水深部に向けて放出することを特徴とする。請求項2に記載の異常増殖抑制方法の発明は、揚水発電施設内の水圧管路を通過する水流に物理的な大きなせん断力を与え、あるいは加圧条件下で強い乱流を与えることにより、鞭毛藻類を枯死あるいは遊泳能力を失わせ、この枯死あるいは遊泳能力が失われた鞭毛藻類を日光が達せず鞭毛藻類が増殖しない水深部に向けて放出することを特徴とする。
【0007】
請求項3に記載の異常増殖抑制装置の発明は、貯水池等の河川が流入する湖面あるいは近傍の湖岸に、所定の圧力により湖水に強いせん断力を与えることができる装置を設置し、該装置は上下方向に所定の間隔を置いて配置された複数の処理板を具え、これら処理板には上下に貫通した穴を複数個設け、前記処理板の上に淡水赤潮が発生している水面からポンプにより湖水を取水する配管を設け、取水された湖水が処理板の上から下に向けて前記貫通穴を通過するときに流速差が生じて強いせん断力が与えられ、鞭毛藻類の遊泳能力が失われるようになっており、かつ前記処理された処理水を日光が達せず鞭毛藻類が増殖しない水深部に向けて放出する配管を設けたことを特徴とする。
【0008】
請求項4に記載の異常増殖抑制装置の発明は、水位差のある二つのダム貯水池間で一定時間毎に放水と揚水を相互に行うことにより、発電を行う揚水発電施設として、上池ダムと、下池ダムと、両ダム間に設置された揚水式発電所とを有し、前記上池ダムと下池ダムを結ぶ水圧管路に該管路内を通過する水に強いせん断力を与えるせん断力付与機構部を設置したことを特徴とする。
【0009】
請求項5に記載の異常増殖抑制装置の発明は、請求項4において、せん断力付与機構部は、管路本体と、該管路本体内に設けた突起部とを有し、この突起部により水圧管路内の水流の状態を変化させ、通過する水流に強いせん断力を与えることによって鞭毛藻類を枯死あるいは遊泳能力を失わせることを特徴とする。
【0010】
請求項6に記載の異常増殖抑制装置の発明は、請求項4又は5において、揚水発電施設の上池ダムに設けた取水口及び下池ダムに設けた放水口のそれぞれ前面に、表層水取水フェンスを設置したことを特徴とする。
【0011】
請求項7に記載の異常増殖抑制装置の発明は、請求項4ないし6のいずれかにおいて、表層水取水フェンスは、取水口及び放水口のそれぞれ前面を囲むように水中に上下方向に張設されたフェンス本体と、このフェンス本体の上端に設けられウェイト及びフロートと、このウェイト及びフロートとワイヤによって接続されて水面に浮いたブイとを有し、このブイとウェイト及びフロートとの間に表層水取水部が形成され、この表層水取水部はフロートに給気されない状態ではウェイトによりワイヤの長さだけフェンス本体の上端が水没して開放され、フロートに給気された状態ではフロートの浮力によりフェンス本体の上端が水面まで浮上して閉鎖されることを特徴とする。
【0012】
請求項8に記載の異常増殖抑制装置の発明は、請求項7において、表層水取水フェンスの内側に、フェンス内側の水流を上下方向に循環させてフェンス外側の表層水を開放された表層水取水部を経て取水口又は放水口に導き易くする曝気装置を設置したことを特徴とする。
【0013】
請求項9に記載の異常増殖抑制装置の発明は、請求項4ないし8のいずれかにおいて、表層水取水フェンスは、フェンス本体の下部に底層水放水部を開閉可能に形成し、この底層水放水部を放水時に開放して取水口又は放水口から放出した湖水を底層水放水部からそのまま底層に放出させる底層水放水部開閉機構部を設置したことを特徴とする。
【0014】
請求項10に記載の異常増殖抑制装置の発明は、請求項9において、底層水放水部開閉機構部は、水中のフェンス本体の高さ方向中間に設けたウェイトと、該ウェイトより下方のフェンス本体に接続されたフロートとを有し、フロートは給気されると浮力によりフロートからウェイトまでのフェンス部分をめくりあげ、取水口及び放水口と対向した位置に開閉可能に形成された底層水放水部を開放することを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
この発明は、前記のようであって取水した湖水に物理的な大きなせん断力を与え、あるいは加圧条件下で強い乱流を与えることにより、鞭毛藻類の遊泳能力を失わせ、この遊泳能力が失われた鞭毛藻類を日光が達せず鞭毛藻類が増殖しない水深部に向けて放出すること、又は揚水発電施設内の水圧管路を通過する水流に大きなせん断力を与えることにより、鞭毛藻類を枯死あるいは遊泳能力を失わせ、この枯死あるいは遊泳能力が失われた鞭毛藻類を日光が達せず鞭毛藻類が増殖しない水深部に向けて放出すること、を可能としたので、従来の対策では難しかった鞭毛藻類の増殖を効率よく抑制することができるという優れた効果が期待できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
この発明の実施の形態を、以下に説明する。
【0017】
貯水池等の淡水域における淡水赤潮現象は、鞭毛藻類のペリディニウム(Peridinium)やケラチウム(Ceratium)によって引き起こされる。鞭毛藻類は、鞭毛によって遊泳することによって、光や栄養塩といった増殖に必要な資源を効率よく獲得して、鞭毛藻類と競合する他の植物プランクトンに打ち勝ち、これによって淡水赤潮現象を引き起こす。これが鞭毛藻類による淡水赤潮の発生機構である。物理的処理による鞭毛藻類の遊泳への影響に関しては、せん断力が影響を与える。表1にペリディニウムを用いて、せん断力を強化したことによる遊泳能力への影響の実験結果を示す。これよりわかる通り、単に物理的処理を行ったケースに対して、遊泳停止細胞の割合が約1.5倍に増加する。これは、鞭毛藻類の近傍において、ミクロンスケールの流速分布の不均一な流況が生じ、そこで発生したミクロンスケールのせん断力が鞭毛に作用し、鞭毛の運動能力が悪影響を受けるためであると考えられる。
【0018】
【表1】

表1には参考として、高圧条件での複数の実験結果も示す。高圧ケース及び高圧で2回反復を実施しても、停止細胞の割合は増加しなかった。唯一、4回反復を実施した場合のみ、図1に示したケースに比べて約1.5倍の遊泳停止細胞割合となった。ただし、効率の面からは反復処理は施設構造や管理コスト等の面で効率的ではない。したがって、せん断力の強化が効率的である。
【0019】
なお、所要のせん断力を与えることができるならば、圧力は必ずしも高圧条件である必要はない。図1にせん断力を強化させる構造を備え付けた装置を用いた場合における圧力と遊泳停止の割合の関係を示す。これよりわかるように、圧力の低下によって遊泳停止細胞の割合が顕著に低下する傾向は見られない。これは所要のせん断力を与えることができるならば、必ずしも藍藻類の処理の場合のようにある絶対圧が必要ではないことを示している。一般的に処理能力を高くすると、同じ水量を処理する場合でも多くの電力が必要となり、コスト上昇につながる。したがって、所要のせん断力を与えることができ、かつ可能な範囲で低い圧力で処理することによって処理効率を向上させることが可能であり、対策適用においてきわめて効率的である。
【0020】
こういった処理による遊泳停止細胞の割合は、処理直後はほぼ100%の細胞が遊泳を停止していたものが、処理後3時間から6時間にかけて遊泳を復活した結果である。したがって、処理後3時間までは処理による遊泳停止細胞の割合は100%であると考えてよい。図2に処理後の遊泳細胞割合の時間変化に関する実験結果を示す。これよりわかるように処理前は全て遊泳していた細胞は処理直後から処理後3時間までは遊泳を停止したままである。しかしながら、その後3時間後をすぎると再度遊泳を開始する細胞が出現し、遊泳細胞の復活は処理後5〜6時間でほぼ完了する結果となっている。
【0021】
[第1の実施の形態]
この第1の実施の形態は、前記の実験結果から明らかになった鞭毛藻類とせん断力等との関係を実証するために河川からの水が流入する湖に実施した例を示すものである。図3は、第1の実施の形態において、所定の圧力(例えば0.1Mpa)により湖水に強いせん断力を与えることができる装置を、貯水池の河川が流入する湖面あるいは近傍の湖岸に設置し、淡水赤潮が発生している水面から取水した湖水を処理し、湖底に放流する例を示した模式図である。図において、1は強いせん断力を与える装置で、この実施の形態では作業船に搭載されている。2は該装置に送水する配管で、取水口3が淡水赤潮発生水域4に開口されている。5は該装置から放水する配管で、放水口6が流入河川7から貯水池8の湖底に向けて流入する流入部9に開口されている。10は配管2に設置された汲上用ポンプである。強いせん断力を与える装置1は、図4,5に示すように、上下方向に所定の間隔を置いて重合するように配置された複数の処理板(パンチングメタル)11を具え、これら処理板には対応した位置に上下に貫通した穴12が開けられている。穴12は処理板11のほぼ全面に縦横に一定間隔で、かつ同径で設けられている。しかして、淡水赤潮が発生している水域4の湖水をポンプ10で汲み上げて装置1の中の処理板11にその上から下に向けて穴12から通し、その通過するときに通過断面積が変動することにより流速差が生じて強いせん断力を湖水に与える。なお、図示したように処理板11の厚さ及び穴12の直径は10mm程度が好ましく、また処理板11の配置間隔及び穴12の間隔は30mm程度が好ましい。
【0022】
この第1の実施の形態によると、装置1で処理された処理水中の鞭毛藻は強いせん断力が付与されることにより概ね30%が枯死し、残り概ね70%は図2に示したように処理後3時間程度遊泳が停止する。鞭毛藻が貯水池の表層の有光層にいて遊泳可能な間は光合成が可能である。しかし、前記のように強いせん断力が与えられて枯死あるいは遊泳不可能となった鞭毛藻は、貯水池8に流入してくる河川7の流れに載せられ貯水池の無光層である水深のある流入部9に向けて放出される。したがって、処理後3時間に無光層に放出させられた鞭毛藻が再び遊泳可能となっても、走光性により遊泳する鞭毛藻はもはや再び有光層に遊泳して戻ることはできず、光合成ができないため枯死する。このようにして淡水赤潮の現象となる鞭毛藻類の増殖を抑制するものである。
【0023】
[第2の実施の形態]
図6以降は、第2の実施の形態である。図6は、水位差のある二つのダム貯水池間で一定時間毎に放水と揚水を相互に行うことにより、発電を行う揚水発電施設を示す。この揚水発電施設は、上池ダム21(以下、「上池」という。)の取水口から水圧管路22に導く開水路としての図示しない導水路と、この導水路と連通し上池21から揚水式発電所23に至る管路である水圧管路22と、揚水式発電所23から下池ダム24(以下、「下池」という。)の放水口に至る管路である放水路25からなっている。水圧管路22にはせん断力を付与する機構部26が設置されている。せん断力付与機構部機構部26は図7に示すように中空円筒状の管路内に凹凸構造を存在させることによって水流の状態を変化させ、もって流水中のせん断力を強化しようとするものである。すなわち、水圧管路22を構成する内径r1の管路本体(通常管路部)27の内周面に、せん断力付与のための突起部28を管路本体27の長さ方向に所定の間隔をおいて固定し、局所的に管路本体27内の内径をr2としている。このことにより、内径が変化する区間において、流速分布が変化し、大きなせん断力が生じる。このように揚水発電施設内部の水圧管路22において、管路内摩擦に余裕がある場合は、通過する水流に強いせん断力を付与する施設を付加することにより、鞭毛藻類による淡水赤潮の抑制においては、より確実に鞭毛藻類の遊泳能力を消失させることが可能である。
【0024】
なお、実際の施設においては、管路本体27とせん断力付与のための環状の突起部28のスケールであるそれぞれの内径(r1:管路本体の内径,r2:突起部の内径)及び管路長さ(L1:突起部間の管路本体の長さ,L2:突起部の長さ)は様々な組合せとなる。これは水流に関する様々な条件(流速,流量、圧力等)において、せん断力を効率的に強化する最適な条件が異なるためである。図7に示すように、この例では管路本体27の内径そのものを縮小させた施設としているが、突起部28は環状でなくともよく、全流量に対し、効率的にせん断力を増加させる形状の羽根車など、様々な形態の構造物を管路内部に配置してもよい。
【0025】
前記のように、この揚水発電のために発電施設及び取水放水施設を通じて接続された二つのダム貯水池21,24においては、通常は昼間時に上池21より取水し、揚程差のある下池24に放水させることにより、この揚程差に相当する位置エネルギーを用いた発電が揚水式発電所23においてなされる。逆に、夜間時は余剰電力を用いて下池24から上池21に揚水する。尚、この昼間時における発電と、夜間時における揚水はあくまでも一例であって、実際の運用は電力の需給上のバランスにより種々に変更されることがあり得ることはいうまでもない。
【0026】
つまり、前記の例で説明すると、昼間放水による発電、夜間揚水を日毎に交互に繰り返す。図8に昼間に上池21から下池24への放水時の模式図を示すように、上池21において発生している淡水赤潮の原因生物である鞭毛藻類を全水深の中から表層水を選択する選択取水等によって取水し、揚水発電施設(水路及び発電所23)で物理的衝撃を与えることによって鞭毛藻類を枯死させ、あるいは遊泳能力を消失させる。枯死あるいは遊泳能力を消失した鞭毛藻類は下池24に放水された後は沈降する。このことによって、淡水赤潮現象の発生が抑制される。
【0027】
例えば、ある揚水発電施設の場合には、上池21及び下池24の標高差、すなわち揚程は約500mである。したがって、水車ポンプでは約50Mpaの圧力が生じることが期待される。この圧力条件下では、大流速のもとでの乱流による大きなせん断力が発生するために、落水される貯留水の中に含まれている鞭毛藻類の多くは遊泳能力を失い、放水後に沈降してゆくこととなる。
【0028】
特に、せん断力付与機構部26が付加されていることにより、遊泳能力を失う鞭毛藻類の割合を増加させることができる。これは同一エネルギーを費やした場合に圧力の強化や処理回数の増加よりも、構造的にせん断力を付与させる構造等の付加の方が、処理が効率的となる。すなわち、水圧管路22内では高圧状態になるとともに、発電所23の水車ポンプの羽根車の回転に伴って強い乱流が生じる。このため、せん断力が大きい流況となる。こういった物理環境においては、鞭毛藻類はダメージを受けて細胞破壊や遊泳能力を失う。例えばペリディニウムは実験によると、0.1Mpa以上の圧力で、かつせん断力を付与する機構部があれば、おおよそ30%の細胞が遊泳を停止させることが確認された。なお、鞭毛藻類は細胞のサイズが植物プランクトンの中では大きいために、沈降速度が速い傾向がある。したがって、遊泳ができなくなると浮上することなく沈降する。遊泳停止作用をある時間与えることは、鞭毛藻類を光合成により増殖可能な有光層である表層に再浮上させず、無光層に封じ込める上で有効である。
【0029】
水圧管路22に設置したせん断力付与機構部26におけるせん断力の数値(概算値)を表2に示す。すなわち、圧力条件が0.1Mpaの際のせん断力は約1Mpほどであり、圧力条件が0.67Mpaの際のせん断力は約3Mpほどである。つまり、約1Mp以上のせん断力を与えれば鞭毛藻類の遊泳能力を失わせる現象が生じることになる。表2に示すように管内流速は、数m/sから10m/sのオーダーである。なお、流速については、水圧管路22における流量V(L)と流量測定した時間T(S)とから管内の流量を算定し、水圧管路22の内径断面積を用いて断面平均流速を求めたものである。
【0030】
【表2】

【0031】
一方、図9に夜間に下池24から上池21への揚水時の模式図を示すように、先に述べた逆の放水時と同様に大きなせん断力によって鞭毛藻類は枯死するか、あるいは遊泳能力を失う。このことによって淡水赤潮現象が抑制されることになる。すなわち、死滅した鞭毛藻類だけでなく、遊泳能力を失った鞭毛藻類は、上池21にその取水口から放出された後沈降する。その後は光が存在しないことから増殖できなくなり、死滅し、淡水赤潮の発生は抑制される。このとき、淡水赤潮の原因種がケラチウムであればそのほとんどの細胞は破壊されると想定されるが、ペリディニウムの場合は、例えば0.67Mpa条件での遊泳を停止させることのできる細胞数の割合は約30%である。しかしながら、揚水発電は毎日大量の湖水が放水・揚水を繰り返すために、これを維持すれば貯水池における淡水赤潮が消滅してゆくこととなる。
【0032】
第2の実施の形態においては、主に淡水赤潮の発生する表層水を重点的に取水するために表層水取水フェンス30を上池21の取水口と下池24の放水口のそれぞれ前面を囲むように1個ずつ設置している。この表層水取水フェンス30は図10,11に上池21への設置例を示すように、取水口31の前面に、これを上下方向及び左右方向にわたり囲むように張設され、表層部数メートルのみが取水可能な表層水取水部30aを形成するフェンス本体32を具えている。フェンス本体32の上端にはチェーン等のウェイトを備え付けて水中に没するようにさせる。また、このフェンス本体32の上端に接続したワイヤを、水面に浮遊することのできる浮力を持ったフロート37に接続し、表層の通水断面とこれより下部の遮水構造を構成する。
【0033】
すなわち、図12にも示すように水面に浮いているブイ35から長さ数メートルのワイヤ36が垂下され、フェンス本体32の上端に接続されている。このとき、水面数メートルの通水深さに形成された表層水取水部30aを確実に確保するために、フェンス本体32の上端に備え付けられた細長い管状のフロート37と並置したウェイト38にワイヤ36の下端を接続する。なお、フロート37は表層水取水部30aを閉じるときに図示しないコンプレッサより吸気してウェイト38の負の浮力よりも大きな正の浮力を確保するために用いる。図10〜12は表層水取水部30aを確保するためにこのフロート37が浮力を有していない状況(表層水取水部30aを開いた状態)を示している。なお、この例ではブイ35は20mおきに設置され、フェンス30の全長は250mとなっている。
【0034】
前記構造の表層水取水フェンス30は、揚水発電の取水時に以下の流動作用を生じる。揚水発電設備の取水時においては貯水池表層部の表層水取水部30aを開放する。このことにより、従来は取水口の前面にあたる貯水池の深層の鞭毛藻類が少ない深層水を取水していたのに対して、貯水池の表層の鞭毛藻類が選択的に揚水発電設備により取水されることになる。
【0035】
上池21に設置された取水口31は放水口を兼ねている。これは前記の例で夜間揚水する際に該口から上池21に下池24から揚水した水を放流する必要があるためである。同様に、下池24に設置される後記放水口43(図14参照)は取水口を兼ねており、夜間揚水する際に該口から下池24の水を取水することが可能になっている。
【0036】
前記のように表層水取水部30aを開くことによりフェンス外側からフェンス内側に取水された鞭毛藻類を確実に取水口31から取水するためには、フェンス内側の水流を図13に矢印で示すように上下方向に循環させて取水口31に導き易くする必要がある。そのために図示したような曝気装置39を上池21のフェンス内側の湖底に設置し、上池21の水中で圧縮空気を放出することにより、気泡の上昇に連行された循環流を生じさせるようにしている。このような曝気装置39は図示していないが、下池24にも設置されている。曝気装置39は、具体的には図示していないが、以下の構造からなる。すなわち、水中構造物として、空気吐出装置及び送風装置(送風ホース)が設置され、陸上部施設として、圧縮空気を製造するコンプレッサや配電盤、制御盤等が設置され、陸上部施設は機械小屋に設けられる。
【0037】
一般的に揚水発電ダム貯水池においては、揚水発電が貯水位に影響を受けにくいように上池21に設置される取水口31及び下池24に設置される放水口43とも湖底近くの深い位置に設置されている。これは水位変動に対応するためであり、例えば降雨が少ないこと等によって水位が低下した場合においても、揚水発電を可能とするためである。したがって、取水水深を変更可能な選択取水施設が設置されていない場合には揚水発電施設で取水する湖水は底層部の湖水となる。
【0038】
一方、貯水池の水質保全において問題となる鞭毛藻類による淡水赤潮は貯水池表層付近に存在する。したがって、一般的な揚水発電ダム貯水池においては、これら表層の鞭毛藻類は揚水発電施設の中を通過しにくい傾向がある。しかし、上池21の取水口31及び下池24の放水口43の前面に、表層水取水フェンス30を設置すると、従来は水深部の湖水を取水していたのに対して、鞭毛藻類が存在する表層水が取水されることになる。このことによって、揚水発電施設を多くの鞭毛藻類が通過することになる。フェンス内部の容量と発電取水量とのバランスによっては、フェンス内部に移動したフェンス外部の鞭毛藻類がフェンス内部の表層に留まる可能性がある。これはフェンス内側に取水された貯水池湖心部の表層水に含まれる鞭毛藻類は揚水発電施設において物理的作用を受けていないことにより、水面への遊泳能力を有しているためである。
【0039】
このために、フェンス内部の湖底付近に圧縮空気の吐出装置である曝気装置39を設置し、この曝気装置の循環作用によってフェンス内側において鞭毛藻類の表層局在傾向を解消し、効率的に鞭毛藻類を揚水発電施設の上池21の取水口31から取水させる。このとき、鞭毛藻類の遊泳速度に対して打ち勝つことのできる規模の循環能力があれば、確実にこれらの鞭毛藻類を湖水に混合させた状態で揚水発電施設の上池21の取水口31より取水することが可能である。
【0040】
水深部の放水を可能にする構造と機能を下池24に設置した例で、図14に表層水取水フェンス30と合わせて示す。下池24に設置された表層水取水フェンス30において、下池24の水中のフェンス本体32の高さ方向中間にウェイト41を設け、該ウェイトより下方のフェンス本体32の下端部にフロート42を接続しており、該フロートと湖底面との間を開放可能な底層水放水部30bに形成している。すなわち、給気によって浮力を得ることのできるフロート42に陸上部のコンプレッサから圧縮空気を給気してフェンス本体32の下端部に浮力を与える。これにより、底層水放水部30bを閉じたフェンス部分を図示のようにめくりあげ、底層水放水部30bを開放して通水を確保する。さらに、底層水放水部30bを開くと同時に、放水口43からの放流水をより確実に下池24の下層部に導くためには、フェンス上部にある表層水取水部30aを閉鎖することが必要である。この場合には、水中のフェンス本体30に設置したフロート37に給気することにより、フェンス本体32そのものが浮上する。ここで、フロート37にフェンス本体32の上端が水面に達するまでの十分な浮力を給気して与えることにより、フロート37は水中ブイ35とともに水面に浮上した状態となり、それまで開放されていた表層水取水部30aは図示のように閉鎖され、表層水取水部は表層には存在しなくなる。
【0041】
揚水発電施設は、揚程差のある二つの貯水池間で放水と揚水を交互に行う。したがって、表層水取水フェンス30を前面に設置した上池21の取水口31からは逆に放水される状況も生じるし、下池24の放水口43からは逆に取水される状況も生じる。このとき、表層水取水フェンス30が設置されている場合にはフェンス内側と外側との水の移動が表層となるために、揚水発電施設内で処理された放流水はフェンス内側の表層に浮くことなく、フェンス外側の表層に放出されることになる。放水時は、既に揚水発電施設内部で物理的に処理されて遊泳能力を失った鞭毛藻類が含まれる湖水が放水される。
【0042】
揚水発電施設内の水圧管路22で処理されたプランクトンを効率よく沈降させるためには、できるだけ光が届かない湖底に近い水深部に放水される必要がある。これは光が届かない湖底への沈降量を増加させるためには、いわゆる沈降距離を短くした方が効率がよいからである。しかしながら、前記のように表層取水フェンス30の設置時には湖心部の表層に放流されることになる。この場合には沈降する距離、すなわち水深が大きいことから湖底に沈降するまでの時間が長くなることに加えて、沈降過程で様々な乱流によって沈降が抑制される可能性もある。こういった場合には遊泳能力を無効化させた効果を半減させる可能性がある。このために放水時においては表層水取水部30aを閉じ、かわりに底層水放水部30bを開放することによって、放水口43から底層水放水部30bに向けて処理後の放流水を放出し、フェンス外側に送った後その湖底に沈降させる。これにより対策の処理全般の効率を高めることが可能である。
【0043】
淡水赤潮を生じる鞭毛藻類として代表的なペリディニウムは、処理後もある一定量の細胞は遊泳能力を持っている。ただし、遊泳する方向性については光を感知して光源の方向に遊泳する走光性によって貯水池の表層に集積する。暗所においては走光性が機能しないために、水中において方向を定めることなしに移動して貯水池の表層に集積することはできない。しかしながら、移動そのものは行うことができるために、できるだけ光の存在する表層と離れた部位に処理水を放水した方が、再度光のある貯水池の表層に移動して淡水赤潮を発生させる可能性を小さくすることができる。
【0044】
前記第1の実施の形態で示した湖水に強いせん断力を与えることができる装置1は好ましい一例を示すものであって、図示したものに限定されるものではない。また、第2の実施の形態で示した揚水発電施設の水圧管路22に設置したせん断力を強化する機構部26もあくまでも一例であって、図示したものに限定されるものではない。取水口31で鞭毛藻類を効果的に取水するための表層水取水のための設備や、放水口43から底層水放水部30bを経て湖底部に放水するための設備も任意であり、実施に際しては種々のものに変更することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】この発明における処理圧力と遊泳停止細胞の割合の関係を示すグラフである。
【図2】同上の処理による遊泳細胞割合の時間変化に関する実験結果を示すグラフである。
【図3】第1の実施の形態における貯水池流入部の湖水に強いせん断力を与える装置を設置した例の模式図である。
【図4】同上の装置の具体的構成例を示す斜視図である。
【図5】(A)は同上の装置の図4のA部断面詳細図、(B)は同平面詳細図である。
【図6】第2の実施の形態における揚水発電の昼間時と夜間時の模式図である。
【図7】同上における揚水発電施設の水圧管路に設置したせん断力を強化する機構部を示し、(A)は断面図、(B)は側面図である。
【図8】同上の昼間に上池から下池への送水時の模式図である。
【図9】同上の夜間に下池から上池への送水時の模式図である。
【図10】同上の表層水取水用フェンスの設置例を示す全体構成図である。
【図11】同上のフェンス詳細図である。
【図12】同上のさらに拡大図である。
【図13】同上のフェンスに曝気装置を付加した例を示す模式図である。
【図14】同上のフェンスに底層水放水部を付加した例を示す模式図である。
【符号の説明】
【0046】
1 強いせん断力を与える装置 2,5 配管
3 取水口 4 淡水赤潮発生水域
6 放水口 7 流入河川
8 貯水池 9 流入部
10 汲上用ポンプ 11 処理板(パンチングメタル)
12 貫通穴 21 上池ダム(上池)
22 水圧管路 23 揚水式発電所
24 下池ダム(下池) 25 放水路
26 せん断力付与機構部 27 管路本体(通常管路部)
28 突起部 30 表層水取水用フェンス
30a 表層水取水部 30b 底層水放水部
31 取水口 32 フェンス本体
35 ブイ 36 ワイヤ
37 フロート 38 ウェイト
39 曝気装置 41 ウェイト
42 フロート 43 放水口

【特許請求の範囲】
【請求項1】
取水した湖水に物理的な大きなせん断力を与え、あるいは加圧条件下で強い乱流を与えることにより、鞭毛藻類の遊泳能力を失わせ、この遊泳能力が失われた鞭毛藻類を日光が達せず鞭毛藻類が増殖しない水深部に向けて放出することを特徴とする鞭毛藻類の異常増殖抑制方法。
【請求項2】
揚水発電施設内の水圧管路を通過する水流に物理的な大きなせん断力を与え、あるいは加圧条件下で強い乱流を与えることにより、鞭毛藻類を枯死あるいは遊泳能力を失わせ、この枯死あるいは遊泳能力が失われた鞭毛藻類を日光が達せず鞭毛藻類が増殖しない水深部に向けて放出することを特徴とする鞭毛藻類の異常増殖抑制方法。
【請求項3】
貯水池等の河川が流入する湖面あるいは近傍の湖岸に、所定の圧力により湖水に強いせん断力を与えることができる装置を設置し、該装置は上下方向に所定の間隔を置いて配置された複数の処理板を具え、これら処理板には上下に貫通した穴を複数個設け、前記処理板の上に淡水赤潮が発生している水面からポンプにより湖水を取水する配管を設け、取水された湖水が処理板の上から下に向けて前記貫通穴を通過するときに流速差が生じて強いせん断力が与えられ、鞭毛藻類の遊泳能力が失われるようになっており、かつ前記処理された処理水を日光が達せず鞭毛藻類が増殖しない水深部に向けて放出する配管を設けたことを特徴とする鞭毛藻類の異常増殖抑制装置。
【請求項4】
水位差のある二つのダム貯水池間で一定時間毎に放水と揚水を相互に行うことにより、発電を行う揚水発電施設として、上池ダムと、下池ダムと、両ダム間に設置された揚水式発電所とを有し、前記上池ダムと下池ダムを結ぶ水圧管路に該管路内を通過する水に強いせん断力を与えるせん断力付与機構部を設置したことを特徴とする鞭毛藻類の異常増殖抑制装置。
【請求項5】
せん断力付与機構部は、管路本体と、該管路本体内に設けた突起部とを有し、この突起部により水圧管路内の水流の状態を変化させ、通過する水流に強いせん断力を与えることによって鞭毛藻類を枯死あるいは遊泳能力を失わせる請求項4に記載の鞭毛藻類の異常増殖抑制装置。
【請求項6】
揚水発電施設の上池ダムに設けた取水口及び下池ダムに設けた放水口のそれぞれ前面に、表層水取水フェンスを設置した請求項4又は5に記載の鞭毛藻類の異常増殖抑制装置。
【請求項7】
表層水取水フェンスは、取水口及び放水口のそれぞれ前面を囲むように水中に上下方向に張設されたフェンス本体と、このフェンス本体の上端に設けられウェイト及びフロートと、このウェイト及びフロートとワイヤによって接続されて水面に浮いたブイとを有し、このブイとウェイト及びフロートとの間に表層水取水部が形成され、この表層水取水部はフロートに給気されない状態ではウェイトによりワイヤの長さだけフェンス本体の上端が水没して開放され、フロートに給気された状態ではフロートの浮力によりフェンス本体の上端が水面まで浮上して閉鎖される請求項4ないし6のいずれかに記載の鞭毛藻類の異常増殖抑制装置。
【請求項8】
表層水取水フェンスの内側に、フェンス内側の水流を上下方向に循環させてフェンス外側の表層水を開放された表層水取水部を経て取水口又は放水口に導き易くする曝気装置を設置した請求項7に記載の鞭毛藻類の異常増殖抑制装置。
【請求項9】
表層水取水フェンスは、フェンス本体の下部に底層水放水部を開閉可能に形成し、この底層水放水部を放水時に開放して取水口又は放水口から放出した湖水を底層水放水部からそのまま底層に放出させる底層水放水部開閉機構部を設置した請求項4ないし8のいずれかに記載の鞭毛藻類の異常増殖抑制装置。
【請求項10】
底層水放水部開閉機構部は、水中のフェンス本体の高さ方向中間に設けたウェイトと、該ウェイトより下方のフェンス本体に接続されたフロートとを有し、フロートは給気されると浮力によりフロートからウェイトまでのフェンス部分をめくりあげ、取水口及び放水口と対向した位置に開閉可能に形成された底層水放水部を開放する請求項9に記載の鞭毛藻類の異常増殖抑制装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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