説明

高度不飽和脂肪酸濃縮油の製造方法

【課題】原料油中に含まれるPUFA、特にDHA、EPA等を濃縮する方法を提供する。
【解決手段】油脂を構成する脂肪酸としてPUFAを含有する油脂をリパーゼによる加水分解反応に付す工程、および、PUFAが濃縮されたグリセリド画分を分離する工程、を含むPUFA濃縮油の製造方法において、リパーゼによる加水分解反応の反応添加物として水酸化カルシウム、塩化マグネシウム、硫酸アンモニウム、炭酸カルシウム、リン酸二水素カリウム、塩化アンモニウムのいずれかを添加することを特徴とする方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はリパーゼを用いた加水分解反応による高度不飽和脂肪酸(Polyunsaturated Fatty Acid、以下、PUFAと略す)を高濃度に含有する油脂の製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
n-3系PUFAであるエイコサペンタエン酸(以下、EPAと略す)やドコサヘキサエン酸(以下、DHAと略す)は様々な生理作用を持ち、医薬品、健康食品、食品素材などとして利用されている。EPAエチルエステルは動脈硬化や高脂血症の治療薬として用いられ、またEPA、DHAを含む魚油を添加した飲料は特定保健用食品としても認可されている。さらに国内外においてサプリメントとしての需要も非常に高い。
PUFAは二重結合数が多いことから、酸化に対し非常に不安定性である。したがって、PUFA含有油脂の製造工程において、常温常圧といった温和な条件で反応が進行する酵素反応を利用することは非常に望ましい。
主に微生物から得られる産業用のリパーゼ製品の中にはこうしたPUFAに作用しにくい性質があるものが知られている。こうした性質を有するリパーゼを用い炭素数の少ない脂肪酸を優先的に遊離させ、これを除去することでPUFAを濃縮した油脂を製造できる。特許文献1には、キャンディダ シリンドラセア(Candida cylindoracea)のリパーゼを用いてマグロ油を加水分解した後、遊離脂肪酸を除去することでDHAを濃縮した油脂の製造方法が開示されている。
【0003】
リパーゼを用いたアルコリシス反応を用いてPUFAを濃縮する方法も報告されている。特許文献2には、リパーゼを用いたアルコリシス反応の反応添加物として、酸化マグネシウム、水酸化マグネシウム、酸化カルシウム、又は水酸化カルシウムを用いる方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開昭58-165796号
【特許文献2】WO2007/119811
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述のようなリパーゼの性質を応用して魚油等のPUFAを濃縮した濃縮油は既に市場に出ているが、濃縮度には限界があり、高濃度の製品は得難いかまたは非常に多くの酵素を必要とする。具体的には、DHA濃縮油として販売されているのはほとんどが46%程度の濃縮品であり、50%を超えるものは、ごくわずかである。それらは、1回のリパーゼ反応で製造することはできず、反応と不要成分の除去操作を繰り返し行うなどの必要があるため、極めて高価な製品となっている。本発明は、原料油中に含まれるPUFA、特にDHA、EPA等を手間をかけずにより高度に濃縮する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
発明者らは産業用のリパーゼを用いた反応を様々な角度から研究した結果、先にアルコリシス反応においては、酸化マグネシウム、水酸化マグネシウム、酸化カルシウム、水酸化カルシウムなどを少量添加することによって、リパーゼの使用量が少なくても、アルコリシス反応の効率を飛躍的に向上させることを見出した。しかも、その方法においては、目的物であるEPAやDHAなどのPUFAには作用しにくいというリパーゼの性質が、当該反応中に厳格に維持される。
【0007】
本発明は、アルコリシス反応ではなく、加水分解反応に関する。発明者らは、加水分解反応においては、アルコリシス反応と全く異なる傾向を示すことを見出した。すなわち、反応添加剤としてPUFAを濃縮したのは、水酸化カルシウム、塩化マグネシウム、硫酸アンモニウム、炭酸カルシウム、リン酸二水素カリウム、塩化アンモニウムのいずれかのみであり、特に水酸化カルシウムは、他の塩と比べて圧倒的な効果を示した。本発明は、水酸化カルシウム、塩化マグネシウム、硫酸アンモニウム、炭酸カルシウム、リン酸二水素カリウム、塩化アンモニウムのいずれか、特に、水酸化カルシウムの存在下でPUFA含有油脂をリパーゼにより加水分解反応させたのち、グリセリド画分を分離して得ることを特徴とするPUFA濃縮油の製造方法を要旨とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明は安価な添加剤を添加することにより酵素の反応性を高め、かつグリセリドにエステル結合するPUFAへ作用しにくいという選択性も向上させる。その結果として、PUFAを高度に含有する濃縮油を簡単な操作で安価に製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】図1は水酸化カルシウム無添加反応でのグリセリド画分のDHA含量を示す図である。
【図2】図2は水酸化カルシウム無添加反応でのグリセリド画分のDHA回収率を示す図である。
【図3】図3は水酸化カルシウム添加と無添加での反応のグリセリド画分中DHA含量の比較を示す図である。
【図4】図4は水酸化カルシウム添加、無添加反応のグリセリド画分中DHA含量と回収率を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明において高度不飽和脂肪酸(PUFA)とは炭素数20以上、二重結合数3つ以上の脂肪酸をいう。具体的には、エイコサペンタエン酸(EPA)、ドコサヘキサエン酸(DHA)、アラキドン酸、ジホモ−γ−リノレン酸、リノレン酸等が例示される。本発明の高度不飽和脂肪酸含有油脂は、油脂を構成する脂肪酸として当該高度不飽和脂肪酸を含有する油であれば特に限定されず、PUFAを含む、魚油をはじめとする水産物油、微生物油、藻類油、植物油などが例示される。本発明の原料として用いる場合、それらの原油(抽出あるいは搾油したそのもの)でもよいし、何らかの精製工程を経たものでもよい。本発明の方法は、高度不飽和脂肪酸の中でも炭素数が20以上、二重結合数が4〜6個、特に炭素数が20〜22、二重結合が4〜6個の脂肪酸の濃縮に適している。本発明の方法に適した脂肪酸としては、EPA、DHA、アラキドン酸、ドコサペンタエン酸が例示される。
油脂は、通常脂肪酸のトリグリセリドを意味するが、本発明ではジグリセリド、モノグリセリドを含むグリセリドを意味する。本発明において、グリセリドとは、脂肪酸のトリグリセリド、ジグリセリドおよびモノグリセリドの総称である。
本発明において高度不飽和脂肪酸の濃縮とは、原料油脂の「高度不飽和脂肪酸の量/脂肪酸全量」より、反応後の「高度不飽和脂肪酸の量/脂肪酸全量」を大きくすることを意味し、原料油脂に比べて「高度不飽和脂肪酸の量/脂肪酸全量」が大きくなった油脂が高度不飽和脂肪酸濃縮油である。
本発明の方法により、油脂に含まれる脂肪酸中の高度不飽和脂肪酸が55面積%以上の油脂を得ることができる。特に、油脂に含まれる脂肪酸中のドコサヘキサエン酸が46面積%以上、好ましくは50面積%以上の油脂を得ることができる。さらに、本発明の方法を2回以上繰り返すことにより、従来方法よりも容易に脂肪酸中のドコサヘキサエン酸が70面積%以上の油脂を製造することができる。
【0011】
本発明で使用するリパーゼは加水分解反応を触媒し、PUFAに作用しにくい性質を有すれば特に限定されない。PUFAよりも飽和脂肪酸などと反応しやすいリパーゼや1,3位選択性のリパーゼなどが使用できる。例示すればキャンディダ シリンドラセア(Candida cylindoracea)に属する微生物から得られるリパーゼ(リパーゼOF、名糖産業(株)製)アルカリゲネス エスピー(Alcaligenes sp.)に属する微生物から得られるリパーゼ(リパーゼQLM、リパーゼQLC、リパーゼPL、いずれも名糖産業(株)製)、バークホリデリア セパシア(Burkholderia cepacia)に属する微生物から得られるリパーゼ(リパーゼPS、天野エンザイム(株)製)、シュードモナス フルオレセンス(Pseudomonas fluorescens)に属する微生物から得られるリパーゼ(リパーゼAK、天野エンザイム(株)製)、サーモマイセス ラヌギノサス(Thermomyces lanuginosa)に属する微生物から得られるリパーゼ(リポザイムTLIM、ノボザイム社製)などが挙げられる。リパーゼの使用量については特に限定されないが、粉末のリパーゼについては油脂に対して10unit/g以上、反応速度を考えた実用性を考えると30 unit/g以上用いるのが好ましく、固定化リパーゼについては油脂に対し0.01%(w/w)以上が好ましい。リパーゼOFの場合、油脂に対して、100〜2000unit/gが好ましい。
【0012】
反応添加剤としては、水酸化カルシウム、塩化マグネシウム、硫酸アンモニウム、炭酸カルシウム、リン酸二水素カリウム、塩化アンモニウムのいずれかを使用する。特に水酸化カルシウムが好ましい。粉末、細粒状、顆粒状などのものが扱いやすく、産業用に市販されているものを用いることができる。反応添加剤の添加量は特に限定されないが、好ましくは原料油脂に対して0.01%(w/w)〜15%(w/w)、より好ましくは0.05%(w/w)〜10%(w/w)の範囲で用いられる。
加水分解であるから、水も添加する。水の量は反応等量以上含有すれば特に限定されないが、油脂の量の0.1〜2倍容量、好ましくは油脂の量の0.3〜1倍程度の容量を用いるのが好ましい。
【0013】
反応方法は所定量の原料油脂、水、酵素、水酸化カルシウムを混合できれば特に限定されないが、酵素の至適反応温度(例えば、20℃〜60℃)で、1時間から24時間程度の反応時間で、良く混合されるように攪拌するのが一般的である。カラム等に充填した固定化酵素を反応に使用しても良い。反応後は水酸化カルシウム及び酵素等を、ろ過及び水性溶液による洗浄等で除き、グリセリドの分離、精製を行うことでグリセリド画分としてPUFA濃縮油を得ることができる。グリセリド画分の分離方法は特に限定されないが、例えば、分子蒸留、短行程蒸留などの蒸留法や各種クロマトグラフィを用いた分離方法、溶剤を用いて遊離脂肪酸を除去する溶剤脱酸などの方法が利用できる。精製方法も通常油脂の精製に用いられる方法を用いればよく、各種クロマトグラフィ、水蒸気蒸留などが例示される。
【0014】
以下に実施例を示し、本発明を具体的に説明する。本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。実施例において、脂肪酸組成、酸価、脂質組成は以下の方法により測定した。
【0015】
脂肪酸組成の測定
原料に用いた魚油の脂肪酸組成は、魚油をエチルエステル化してガスクロマトグラフィーにて測定した。すなわち、魚油40μLに1Nナトリウムエチラート/エタノール溶液1mLを加え、約30秒間攪拌した。その後、1N塩酸を1mL加えて中和し、ヘキサン2mL、飽和硫酸アンモニア水溶液3mLを加え、撹拌、静置後、上層をガスクロマトグラフィーにて測定した。ピーク面積の総和に対する各ピーク面積の百分率をもって脂肪酸組成とした。
【0016】
酵素反応を行った油のグリセリド画分の脂肪酸組成はグリセリド画分をエチルエステル化してから、酵素反応の副生成物である遊離脂肪酸を除去し、ガスクロマトグラフィーにて測定した。すなわち、反応油70μLに1Nナトリウムエチラート/エタノール溶液1mLを加え、約30秒間攪拌した。その後、1N塩酸を1mL加えて中和後、ヘキサン700μLおよび飽和硫酸アンモニア水溶液3mLを加え撹拌、静置後、エチルエステルと遊離脂肪酸を含有する上層を回収した。得られた上層から遊離脂肪酸を除去するために、上層250μLにトリエチルアミンを1〜2滴加えてから、シリカゲルカラム(Varian社、BOND ELUT SI、100mg、1mL)に負荷し、ヘキサンと酢酸エチルの混合溶液(ヘキサン:酢酸エチル=50:1容積比)1mLにてエチルエステルを溶出させ、ガスクロマトグラフィーにて測定した。
【0017】
脂肪酸組成測定の際のガスクロマトグラフィー分析条件
機種;Agilent 6850 GC system (Agilent社)
カラム;DB−WAX J&W 122−7032
カラム温度;200℃
注入温度
;300℃
注入方法
;スプリット
スプリット比;50:1
検出器温度:300℃
検出器:FID
キャリアーガス:ヘリウム (2.9mL/min、コンスタントフロー)
【0018】
酸価(AV)の測定
油約0.5gをエタノールに溶解し、フェノールフタレイン1滴を加え、1N水酸化ナトリウム水溶液で中和滴定を行い、下式により算出した。
AV=滴定量(mL)×56.11/サンプル重量(g)
また、水酸化カルシウムを添加した反応で得られた反応油については、添加した水酸化カルシウムが油に移行していることが明らかな場合において、添加水酸化カルシウム量に相当する値の補正を行った。
AV=滴定量(mL)×56.11/サンプル重量(g)+油1gに対する水酸化カルシウム添加重量(mg)×1.515
【0019】
脂質組成の測定
脂質組成は薄層クロマトグラフィー/水素炎イオン化検出器(TLC/FID,イアトロスキャン、三菱化学ヤトロン株式会社)にて行った。油20μLをヘキサン1mLに溶解し、クロマロッドに0.4〜0.8μLを負荷した。混合溶液(ヘキサン:ジエチルエーテル:酢酸=65:35:1、容積比)を展開溶媒として用い、35分間展開した。これをイアトロスキャンにて分析した。
【実施例】
【0020】
[実施例1]、[比較例1]
4mLの精製魚油1(蒸留脱酸マグロ油、日本水産株式会社)に水2mLとリパーゼOF6.7mg(名糖産業株式会社、660unit/g油)を加えて、さらに水酸化カルシウムを40mg(1.1重量%対油)添加した。これを50℃の恒温槽内でマグネチックスターラーにて14時間撹拌した。14時間撹拌後、反応油を80℃で10分間加熱してリパーゼを失活させ、その後遠心分離機(40℃、1800g、10分)にて油層と水層とを分離し反応油を得た。
比較例として、上記実施例1の条件で水酸化カルシウムを添加せずに反応を行った。
精製魚油1の脂肪酸組成(面積%)と得られた反応油の酸価、酸価から算出したグリセリド含量(%、オレイン酸換算)、グリセリド画分の脂肪酸組成(面積%)、グリセリド含量から算出したEPAとDHAの回収率(%)、グリセリド画分の脂質組成を表1に示した。ここでグリセリド含量は酸価からオレイン酸相当として遊離脂肪酸含量を算出し、反応油全体から差し引いて算出した。
【0021】
水酸化カルシウムを添加した実施例1の反応で得られた反応油のグリセリド画分中のDHA含量は51.7%であり、水酸化カルシウム無添加の比較例1の結果と比較すると、DHAの含有量が3.2%高くなった。水酸化カルシウムの添加によるDHA濃縮の効果が確認された。
【0022】
【表1】

【0023】
[比較例2]
6mLの精製魚油1に水3mLとリパーゼOF10mg、20mgまたは30mg(660、1300、2000unit/g油)を加えた。これを50℃の恒温槽内でマグネチックスターラーにて撹拌した。2時間、5時間、8時間、24時間、48時間、96時間の撹拌の後に2mLをサンプリングし、反応油を80℃で10分間加熱してリパーゼを失活させ、その後遠心分離機(40℃、1800g、10分)にて油層と水層とを分離し反応油を得た。
精製魚油1の脂肪酸組成(面積%)と得られた反応油の酸価、酸価から算出したグリセリド含量(%、オレイン酸換算)、グリセリド画分の脂肪酸組成(面積%)、グリセリド含量から算出したEPAとDHAの回収率(%)を表2に示した。DHA含量とDHA回収率の変化を図1、図2に示した。
水酸化カルシウム無添加のリパーゼ反応では、リパーゼ量を増加させても、反応時間を延長しても、グリセリド画分中のDHA含量は50%に達しなかった。
【0024】
【表2】

【0025】
[実施例2](水酸化カルシウム量の影響)
4mLの精製魚油1に水2mLとリパーゼOF6.7mg(660unit/g油)を加えて、さらに水酸化カルシウムを4、8、20、40、60、80、120、200、320mg(0.11、0.22、0.55、1.1、1.7、2.2、3.3、5.5、8.8重量%対油)添加した。これを50℃の恒温槽内でマグネチックスターラーにて撹拌した。24時間撹拌後、反応油を80℃で10分間加熱してリパーゼを失活させ、その後遠心分離機(40℃、1800g、10分)にて油層と水層とを分離し反応油を得た。
得られた反応油の酸価、酸価から算出したグリセリド含量(%、オレイン酸換算)、グリセリド画分の脂肪酸組成(面積%)、グリセリド含量から算出したEPAとDHAの回収率(%)、グリセリドの脂質組成を表3に示した。
水酸化カルシウムの添加量を0.11〜8.8重量%対油の範囲で変化させた結果、添加量が多いほど、DHAをより濃縮できることが示された。
【0026】
【表3】

【0027】
[実施例3](酵素量の影響)
4mLの精製魚油1に水2mLとリパーゼOF3.3、6.7、10、13.3mg(330、660、990、1300unit/g油)を加えて、さらに水酸化カルシウムを40mg(1.1重量%対油)添加した。これを50℃の恒温槽内でマグネチックスターラーにて撹拌した。24時間撹拌後、サンプリングした反応油を80℃で10分間加熱してリパーゼを失活させ、その後遠心分離機(40℃、1800g、10分)にて油層と水層とを分離し反応油を得た。
得られた反応油の酸価、酸価から算出したグリセリド含量(%、オレイン酸換算)、グリセリド画分の脂肪酸組成(面積%)、グリセリド含量から算出したEPAとDHAの回収率(%)を表4に示した。
水酸化カルシウム量を一定とし、酵素量を変化させた場合、酵素が多いほどDHAが濃縮された。
【0028】
【表4】

【0029】
実施例1、3及び比較例1,2の結果を比較してみると、水酸化カルシウムを添加することにより1回のリパーゼ反応でDHAを50面積%以上に濃縮することが可能となるばかりではなく、DHA45〜50面積%の濃縮油を製造する場合でも、水酸化カルシウム無しの場合に比べて、酵素量が少なくて済む、反応時間が少なくて済む、あるいはDHAの回収量が多いなどのメリットがある。
また、リパーゼOFはDHAを濃縮する能力に優れた酵素である事から、反応が進行するとEPAの濃度が低下してしまう。しかしながら、水酸化カルシウムを添加するとでは比較例と比較して、EPA濃度も高く保てる。すなわち、実施例3のリパーゼOF330u/g oil条件ではEPA濃度が8.1%であるのに対し、比較例1、2のDHA濃度が同程度である45-49%でのEPA濃度は7%以下である。水酸化カルシウムを添加するとEPA及びDHAの合計量も高くなる傾向が認められた。
【0030】
[実施例4](反応時間の影響)
6mLの精製魚油1に水3mLとリパーゼOF15mg(990unit/g油)を加えて、さらに水酸化カルシウムを60mg(1.1重量%対油)添加した。これを50℃の恒温槽内でマグネチックスターラーにて撹拌した。2、4、8、24,48時間撹拌後、サンプリングした反応油を80℃で10分間加熱してリパーゼを失活させ、その後遠心分離機(40℃、1800g、10分)にて油層と水層とを分離し反応油を得た。
得られた反応油の酸価、酸価から算出したグリセリド含量(%、オレイン酸換算)、グリセリド画分の脂肪酸組成(面積%)、グリセリド含量から算出したEPAとDHAの回収率(%)を表5に示した。水酸化カルシウムを添加しないで反応した比較例2の結果と比較するために、比較例2の結果と本実施例4の結果を併せて、図3にはグリセリド画分のDHA含量を、図4には、グリセリド画分中のDHA含量とDHA回収率の関係を示した。
表5に示すように、グリセリド画分のDHA含量は、反応時間24時間で最大となり、48時間ではDHAの濃縮は進まずに加水分解反応だけが進んだ。図3に示すように、水酸化カルシウム無添加の比較例2と比べて、水酸化カルシウム添加すると、DHA含量50%を容易に超えられる結果が得られた。また、DHA回収率との関係をプロットした図4からも、水酸化カルシウム添加により、同程度のリパーゼ量で、DHAの濃縮を高めることができることがわかる。
【0031】
【表5】

【0032】
[実施例5](温度の影響)
4mLの精製魚油1に水2mLとリパーゼOF3.3、6.7、10、13.3mg(330、660、990、1300unit/g油)を加えて、さらに水酸化カルシウムを40mg(1.1重量%対油)添加した。これを40℃または50℃の恒温槽内でマグネチックスターラーにて撹拌した。24時間撹拌後、サンプリングした反応油を80℃で10分間加熱してリパーゼを失活させ、その後遠心分離機(40℃、1800g、10分)にて油層と水層とを分離し反応油を得た。
得られた反応油の酸価、酸価から算出したグリセリド含量(%、オレイン酸換算)、グリセリド画分の脂肪酸組成(面積%)、グリセリド含量から算出したEPAとDHAの回収率(%)を表6に示した。
反応温度40〜50℃ではほぼ同様の結果が得られることを確認した。
【0033】
【表6】

【0034】
[実施例6](原料による影響)
4mLの精製魚油2(溶剤脱酸マグロ油、日本水産株式会社)または精製魚油3(精製(脱酸、脱ガム、脱色及び脱臭)カツオ油、日本水産株式会社)に水2mLとリパーゼOF10mg(990unit/g油)を加えて、水酸化カルシウムを40mg(1.1重量%対油)添加した。これを50℃の恒温槽内でマグネチックスターラーにて撹拌した。24時間撹拌後、サンプリングした反応油を80℃で10分間加熱してリパーゼを失活させ、その後遠心分離機(40℃、1800g、10分)にて油層と水層とを分離し反応油を得た。
比較例として、水酸化カルシウムを無添加にした以外は同様に反応し反応油を得た。
精製魚油2、3の脂肪酸組成(面積%)と得られた反応油の酸価、酸価から算出したグリセリド含量(%、オレイン酸換算)、グリセリド画分の脂肪酸組成(面積%)、グリセリド含量から算出したEPAとDHAの回収率(%)を表7に示した。
魚油の精製方法、魚種の違いによらず、水酸化カルシウムを添加して反応させることで、グリセリド画分中のDHA含量が向上することが確認できた。
【0035】
【表7】

【0036】
[実施例7](他の反応添加物)
4mLの精製魚油1に水2mLとリパーゼOF6.7mg(660unit/g油)を加えて、さらに添加物1種類を40mg(1.1%対油)添加した。これを50℃の恒温槽内でマグネチックスターラーにて撹拌した。14時間撹拌後、反応油を80℃で10分間加熱してリパーゼを失活させ、その後遠心分離機(40℃、1800g、10分)にて油層と水層とを分離し反応油を得た。
得られた反応油のグリセリド画分のDHA含量(面積%)を表8に示した。各種添加物の中で、水酸化カルシウム、塩化マグネシウム、硫酸アンモニウム、炭酸カルシウム、リン酸二水素カリウム、塩化アンモニウムが、DHA含量を濃縮することが示された。特に、水酸化カルシウムが格段の効果を有することが示された。
【0037】
【表8】

【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明により、EPA、DHA等のPUFAを高濃度に含む油脂を提供することができる。すなわち、健康食品等にEPA、DHA等のPUFAを一定量添加する場合に、従来よりも少ない量の油脂を添加すればよいことになる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
油脂を構成する脂肪酸として高度不飽和脂肪酸を含有する油脂をリパーゼによる加水分解反応に付す工程、および、高度不飽和脂肪酸が濃縮されたグリセリド画分を分離する工程、を含む高度不飽和脂肪酸濃縮油の製造方法において、リパーゼによる加水分解反応の反応添加物として水酸化カルシウム、塩化マグネシウム、硫酸アンモニウム、炭酸カルシウム、リン酸二水素カリウム、塩化アンモニウムのいずれかを添加することを特徴とする高度不飽和脂肪酸濃縮油の製造方法。
【請求項2】
反応添加物が水酸化カルシウムである請求項1の方法。
【請求項3】
高度不飽和脂肪酸が炭素数20〜22、二重結合数3〜6の脂肪酸である請求項1又は2の方法。
【請求項4】
高度不飽和脂肪酸がドコサヘキサエン酸及び/又はエイコサペンタエン酸である請求項1又は2の方法。
【請求項5】
高度不飽和脂肪酸含有油脂が魚油である、請求項1又は2の方法。
【請求項6】
反応添加物の添加量が高度不飽和脂肪酸含有油脂に対して0.01〜15重量%である、請求項1ないし5いずれかの方法。
【請求項7】
反応添加物の添加量が高度不飽和脂肪酸含有油脂に対して0.05〜10重量%である、請求項6の方法。
【請求項8】
リパーゼとして高度不飽和脂肪酸に対して反応性が低いリパーゼを用いることを特徴とする請求項1ないし7いずれかの方法。
【請求項9】
リパーゼが、カンジダ属、アルカリゲネス属、バークホリデリア属、シュードモナス属、サーモマイセス属、リゾムコール属のいずれかに属する微生物から得られるリパーゼである請求項1ないし8いずれかの方法。
【請求項10】
リパーゼが、カンジダ シリンドラセア(Candida cylindoracea)、アルカリゲネス エスピー(Alcaligenes sp.)、サーモマイセス ラヌギノサス(Thermomyces lanuginosus)、バークホリデリア セパシア(Burkholderia cepacia)、シュードモナス フルオレッセンス(Pseudomonas fluorescens)のいずれかに属する微生物から得られるリパーゼから選択される、請求項9の方法。
【請求項11】
リパーゼがリパーゼOF(商品名;名糖産業(株))である請求項10の方法。
【請求項12】
請求項1ないし11いずれかの方法により製造された高度不飽和脂肪酸濃縮油。
【請求項13】
脂肪酸中のドコサヘキサエン酸が46面積%以上である請求項12の高度不飽和脂肪酸濃縮油。
【請求項14】
脂肪酸中のドコサヘキサエン酸が50面積%以上である請求項12の高度不飽和脂肪酸濃縮油。
【請求項15】
脂肪酸中のドコサヘキサエン酸が70面積%以上である請求項12の高度不飽和脂肪酸濃縮油。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−55893(P2013−55893A)
【公開日】平成25年3月28日(2013.3.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−194873(P2011−194873)
【出願日】平成23年9月7日(2011.9.7)
【出願人】(000004189)日本水産株式会社 (119)
【Fターム(参考)】